戸籍より遥かに重要な地籍未整備問題

200歳の幽霊戸籍なんかより、土地登記の幽霊所有者の方がはるかに問題
「土地登記簿にも明治や江戸時代の人いっぱい生きていそう」
今回マスコミは「戸籍上200歳が見つかった」とはしゃいでいるが、
実は社会上重大なのは、戸籍の不備問題より、土地登記簿所有者の不備の方がよほど「重大」である。

広井良典著「コミュニティを問いなおす―つながり・都市・日本社会の未来 (ちくま新書)」では、明治維新以降の制度改革で現在まで引き継がれる課題として「地籍」の未整備問題を指摘している。

地籍というのは土地ごとの所有者、面積、境界などを示すもので、ヨーロッパではナポレオンによって民有地の形状と規模を図面化した「公図」が作成された。一方日本では地籍の整備が遅れている。

2004年度達成率
都市部 19%
宅地 49%
農用地 69%
林地 39%
合計 46%

都道府県別では大阪府が最も低く、地籍調査の進捗率は2%でしかないという。

同P131
全国の登記所にある地図の多くは、明治時代の地租改正時や戦後の混乱期などに作成されたもので、境界や面積が不正確なものが多い。不動産登記法では、土地の境界を明確にするため、正確な測量に基づく地図を登記所に備え付けるよう定めているが、その地図が整うまでの暫定措置として既存の公的地図(明治時代に作成された「字眼図」と呼ばれる地図や戦後の戦災復興図など)が参考図として使われており、それらを正確なものに置き換えるために行っているのが先ほどの「地籍調査」である。地籍調査がなかなか進まない理由は、土地が細分化され権利関係が錯綜していることに加え、地権者の利害に絡むことが多いからである。

この地籍調査を遅れさせているのが、上記リンクのような相続放置等の問題であったり、あるいはかなりシビアな、時に命にかかわるような利害であったりするのだろう。そしてこの地籍調査の遅れに象徴されるような都市計画のアバウトさが経済や福祉等社会全体に影響を及ぼしていると、広井は指摘している。

同P133-134
日本人はもともと土地に対して、"近代所有権"的な、ないし資本主義的な執着があったわけではない。その土地に対する感覚は、一方である種「共有的」あるいはコモンズ的なものであり、かつそれは言語以前的な、漠然とした、しかし確固たる愛着という性格を多分にもつものだった(それは人間にとっての原的な土地や自然に対する感覚として、ある程度普遍的なものだったといえる)。それが明治維新の地租改正で(地租を払うということとの関連で)一定の明確な土地所有意識が生まれ、やがて(地租を払えない農民が土地を売り払うことで)地主―小作の分化が進むとともに、第二次世界大戦後の農地改革で私的所有の絶対性が強まり、しかもそれが高度経済成長期の開発志向の流れに大きく組み込まれる形で半ば"暴走"していったことになる。

致命的であったのは、先の地籍の未整備という点や、都市計画の弱さという点などに象徴されるように、そこに「公共性」の論理による規制が働かず、私的利益の追求が野放しで展開していったことだ。ある意味では、農村的な論理(素朴な私益と「公共性」の強さ)が、共同体的な制約から解き放たれる中で都市的な論理の一部(私的所有権という発想)と奇妙に、あるいは中途半端に結びついた帰結ともいえる。

経済不況の中で福祉が問い直される昨今だが、居住の問題は福祉の根幹をなすにも関わらずそのベースとなる調査の遅れの存在は、今まで以上に重要で、致命的な問題となるのだろうと思う。戸籍はそもそもが差別と排除から始まった制度であり、その役目を終えつつあるが、その逆に、福祉や失業・貧困対策など土地の公共性について検討される前提として地籍はこれからますます重要度を増していくのだろう。

とりあえず気になった記事へのメモ的な言及として端的に書いた。この土地と公共性の問題まわりについては、僕自身良く理解していないところが多々あるので、今後よく調べて整理出来るところは整理してみたいとおもう。

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コミュニティを問いなおす―つながり・都市・日本社会の未来 (ちくま新書)
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マイケル・サンデル講演動画「失われた民主的議論の技術」


日本でも人気爆発中のハーヴァード大学教授マイケル・サンデルが今年の一月にTEDカンファレンスで講演したときの動画です。subtitlesからJapaneseを選択すると日本語字幕が表示されます。

サンデルは、この講演でアリストテレスの「正義とは受けるに値するものを人々に与えることである」という言葉を前提として以下の三つの問題について観衆に問いかけつつ、議論を進めていく。

1)最も良いフルートを誰が手にするべきか?
2)足に障害を負ったプロゴルファーにホールからホールへの移動時にカートを使用させることは是か非か?
3)同性婚は是か非か

この三つの設問を通して、正義が何を求めているかという問いに答えることは「問題となっている活動の本質は何か。その活動における動行った性質やどういった卓越性が名誉や評価を受けるに値するのか。」という問いを的確に捉えることだという命題を導き出し、一般的に見られるような政治上の道徳的課題に直接取り組むことを回避する傾向にとらわれず、「より相互に尊敬しあえるようになるには、人々が社会生活の中に持ち込んだ道徳的信念に対して正面から取り組むべきであり、人々に対してその深い道徳的信念を政治とは関係ないとするよう求めるべきではない」ということ、それこそが民主的議論の技術を復活させる方法だと語っています。

それぞれのテーマはハーバード白熱教室でもそれぞれ取り上げられていたようですので、そのダイジェスト版的な内容ですね。

■コミュニタリアニズムとマイケル・サンデル
マイケル・サンデルはコミュニタリアニズム(共同体主義)の代表的思想家と言われます。

コミュニタリアニズムという語は19世紀にユートピア社会主義を指す言葉として登場しましたが、現代のコミュニタリアニズムは1970年代から80年代にかけてのアメリカでリベラリズム、リバタリアニズムを批判する思想として体系化されていったものです。

集中講義!アメリカ現代思想―リベラリズムの冒険 (NHKブックス)」P133

「コミュ二タリアン」は、その名の通り、様々なレベルの文化的な「共同体」の中で培われる諸個人の価値観を重視する立場であり、共同体ごとに培われる価値観を度外視して、正義の原理を普遍的に探求することができるかのような議論をする「リベラル」を批判する。

(中略)

「コミュ二タリアン」が問題にするのは、主として自由主義的な政治や経済を支えている哲学あるいは人間観である。彼らは人間はリベラルやリバタリアンが想定しているほど"自由"に振舞うことができるわけではなく、共同体的な価値観によって拘束されている面が不可避的に大きいので、それを踏まえた政治・社会哲学が必要だと主張する。

リベラリズムの代表的な論者であるジョン・ロールズは社会のルールが、"「公正」であるというみんなの「正義感覚sence of justice」を適切に反映したもの"=「正義」である必要があると考え、その正義を二つの原理に集約させた。

一つは各人が自由に対して等しく権利を持っているということ、もう一つは経済的・社会的不平等が許容される条件として、「最も不利な立場にある人の期待便益を最大化」つまり全面的な平等配分を行うことで能力のある者のやる気を殺ぐのではなく、「競争力のある人間にできるだけ稼ぎ、社会を豊かにしてもらって、その利益が弱者に還元されるようなシステムを作る」ことだと考えた。

これに対してハイエクやノージックなどのリバタリアンは、政府が再分配機能を拡大し大きな政府になることやリベラリズムが持つ社会に対する設計主義的思想を批判し、市場での自由な取引と、人々の「経験」に基づいて形成されてきた「伝統」や「習慣」などの「自生的秩序」を重視する。リバタリアンとは「あくまで「自由」それ自体を重視し、平等や正義といった別の要素を"自由主義"に持ち込むべきではないとする立場である」。

リベラルとリバタリアニズムはどちらも「自由」を最優先としつつ、その"「自由」を守るために計画経済的な要素を取り入れるのか、それとも可能な限り計画を排して市場の純粋性を守るべきなのか"が対立軸だが、コミュニタリアニズムはそもそも、その「自由」が行き過ぎていることを批判する。

・マッキンタイアの「共通善」
スコットランド生まれの哲学者アラスデア・マッキンタイアは現代の自由主義者が法や道徳などの規則を善や人生の目的など根本的な概念から導き出さないため、「規則」に従って生きることが彼らの道徳的な徳性になっていると批判し、アリストテレスの思想への回帰を主張する。

日本を甦らせる政治思想~現代コミュニタリアニズム入門 (講談社現代新書)」P38

アリストテレスに従ったマッキンタイアによれば、人間の本性とは名誉や快楽、金銭などのような「外的な善」ではなく、コミュニティ全体にとっての善である「内的な善」を追求する徳を所有することにあります。
つまり、人間は、「家族、近隣、都市、部族など」のコミュニティの一員であることに「埋め込まれ」、政治的コミュニティにおける「共通の事業」としての「善き生」を目的とするものです。

アリストテレスのいう「共同体」は、「人々が「共通の善」として認知したものを、共通の事業によって達成するために創設される」もので、マッキンタイアは「中世の社会には、共同体の共通事業として「共通善」を追求し、その事業の中で「徳」を育む伝統があった」が、近代社会ではその「共通善」という目的が喪失してしまっているため、「共通善」を追求するための「地域共同体」の建設が重要だとする。

・チャールズ・テイラーの「多文化主義」
カナダの哲学者テイラーは、サンデルがオックスフォード大学の学生だった頃に政治学教授として教鞭をとっており、サンデルは彼の下で学んだという。

集中講義!アメリカ現代思想―リベラリズムの冒険 (NHKブックス)」P143
七〇年代末から九〇年代初頭にかけて公刊された、近代の中での「自己」のあり方をめぐる一連の思想史的な著作でテイラーは、伝統を解体して強力に「平等化」を推し進める近代化の過程で産出されてきた"自律した自由な主体"たちが、合理的・官僚的に組織化された産業社会の中で機械の部品のように働いている内に、「自己」のアイデンティティを形づくっている様々な価値の源泉との繋がりを見失い、自己疎外状況に陥っていることを指摘する。そしてテイラーは、そのような疎外状況から離脱するために、身体的存在、共同体的存在としての「自己」を見直すべきことを主張している。

そのような前提で、テイラーは各人のアイデンティティは共同体など社会的関係の中で周囲の他者たちとの相互承認を通して形成され安定すると考えた。その上で「各人の尊厳の平等な承認を、画一的なアイデンティティの押し付け」として否定的に見るのではなく「各人が普遍的に有しているはずの「自らのアイデンティティを形成し、定義する潜在能力」を尊重」して、自分たちのコミュニティだけでなく他の文化を尊重する多文化主義を展開していった。

・マイケル・サンデル
マッキンタイアとテイラーの影響を受けて1982年、若干29歳のマイケル・サンデルは「自由主義と正義の限界」(改題リベラリズムと正義の限界」)を発表しリベラリズム批判を行った。

ロールズらリベラリズムの個人主義を基本とする自由主義は、各人がそれぞれ他者から邪魔されること無く自身の人生における善を追求する自由を持った自己完結型のアイデンティティを想定している。これに対してサンデルはその自己完結型アイデンティティは「負荷なき自己 unencumbered self」であり、抽象的で具体性に欠くと考えた。

集中講義!アメリカ現代思想―リベラリズムの冒険 (NHKブックス)」P138

各個人がロールズのいう「善く秩序付けられた社会」を志向するように動機付けられることを説明するためには、各人格を自己完結したものとして捉えるのではなく、その個人が属する「共同体」との関係において捉えるコミュニタリアニズム(共同体主義)的な視点が不可欠である。家族、部族、都市、階級、人民、国民(ネーション)などの、各種の「共同体」の中で培われる暗黙の慣習や相互理解が、各人の自己理解の基盤を提供しているのである。

として、「負荷なき自己 unencumbered self」に対して共同体との繋がりを自覚した「状況付けられた自己 situated self」を置いた。

アメリカの公共宗教―多元社会における精神性」p126-7

これは端的に言えば、人間は、ある具体的な共同体のうちにあってはじめて反省能力や選択能力をもった個人たりえる、ということである。

(中略)

ここから明らかになるのは、自己あるいは個人が「状況づけられた」存在であるためには、「重要な他者」を必要とし、しかも、その「重要な他者」とのあいだで、対話をはじめ、さまざまな「コミュニケーション」をしなければならない、ということである。私たちは「重要な他者」と対話をするなかで、またときには彼らや彼女らと競い、闘うなかで、自分のアイデンティティの定義を絶えず確認し、更新している。かくしてコミュニタリアニズムにあっては、ロールズの「個人」像には欠けている「自分とはいかなる存在か」という反省が可能になるのである。

さらにサンデルは「状況付けられた自己 situated self」から、コミュニティが重層的に折り合う多元社会を構想し「多層的に状況付けられた自己 multiply-situated selves」という概念へと発展させていく。
・家族や地方自治体などのコミュニティに属している「負荷ある自己」
・何らかの文化的背景を背負っている「エスニックな自己」
・国民的責任を担っている「国民的自己」
・自分はグローバルなコミュニティにつながっているのだという「地球市民的自己」
これらが多層的に積み重なっている、と考える自己観・世界観のことである。

しかし、これらは常に整合的な関係にあるわけではなく、絶え間なくズレや葛藤が生じることになる。

アメリカの公共宗教―多元社会における精神性」P145

ゆえに、サンデルも、こうした「多層的に状況づけられた自己」をうまく調整していく能力こそが「現代に特有な市民の徳(The civic virtue distinctive our times)」であると言うのであった。

このように、リベラルとコミュ二タリアンの論争、サンデルの思想的背景などを見ていくことで、サンデルが何故対話や議論を重視するのか、また上記の動画で述べているように「が社会生活の中に持ち込んだ道徳的信念に対して正面から取り組むべき」だと考えるのはなぜか、ということの理由の一端が見えてくるのではないでしょうか。

そして、サンデルが日本で人気な理由も、このアイデンティティとコミュニティの関係を徹底的に考えようとする思想と、それによって生じる軋轢と正面から向き合おうとする知的誠実さにあるのでしょうね。

サンデルの来日講義(参照参照)があるようなので、このあたりを踏まえて公開される議論の様子をチェックしてみるとより理解が深まるのではないかと思います。

参考文献
・仲正昌樹著「集中講義!アメリカ現代思想―リベラリズムの冒険 (NHKブックス)
・菊池理夫著「日本を甦らせる政治思想~現代コミュニタリアニズム入門 (講談社現代新書)
・藤本龍児著「アメリカの公共宗教―多元社会における精神性
・森村進著「自由はどこまで可能か=リバタリアニズム入門 (講談社現代新書)
・会田弘継著「追跡・アメリカの思想家たち (新潮選書)
・山脇直司著「公共哲学とは何か (ちくま新書)

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男はなぜ絶望し死を選んだか〜「ペパーミント・キャンディー」

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3 世界観、好きです
5 薄荷味の涙
5 徴兵制からは逃れられない
4 救いのない
4 宿題貰った気分です


2000年の韓国映画。「オアシス」「グリーンフィッシュ」のイ・チャンドン監督。韓国のアカデミー賞大鐘賞主要5部門受賞。列車が逆行していくように、一人の男の半生を韓国現代史とともに振り返っていく。

※映画の核心に触れています。

1)ピクニック 1999年 春
1999年。中年男のキム・ヨンホ(ソル・ギョング)は人生に絶望し、線路上に立つと目前に迫り来る列車を前にして「あの日に戻りたい」と叫び、その身をゆだねた・・・列車は止まることが出来ない・・・

何が彼を絶望させたのか。映画は彼の半生を少しづつさかのぼっていく・・・

2)カメラ 3日前 1999年 春
三日前、ヨンホはなけなしの金をはたいて拳銃を手に入れていた。彼の人生を滅茶苦茶にした奴を道連れに死ぬためだ。しかし、誰を選ぶのか。全財産を紙くずにした株屋?暴利をむさぼったサラ金?共同事業を持ちかけながら金を持ち逃げした友人?それとも自分を捨てた妻ホンジャ(キム・ヨジン)と娘か?・・・誰も殺せない。

雨漏りのする彼のあばら屋に一人の男が訪ねてくる。彼はヨンホの初恋の女性ユン・スニム(ムン・ソリ)の夫。彼が言うにはスニムは入院しており、ヨンホに会いたがっているという。翌日、彼とともに、思い出のペパーミントキャンディーの小瓶を買って病院に行くと、スニムは容態が急変しすでに意識不明になっていた。

覚えているかい。ペパーミント・キャンディー。軍隊にいるとき、送ってくれただろ。手紙に一粒づついれて。大事にためてとっといた・・・」口に管を通され、意識無く変わり果てた姿の彼女に話しかけ・・・哀しみのあまりヨンホは「ごめんねスニム」と謝罪して立ち去った。意識不明のはずのスニムの目から一筋の涙が流れていたことを誰も知らない。帰り際、スニムの夫から古いカメラを渡される。「スニムがあなたのものだと言っていました・・・」古傷だろうか、突然右足をひきずり始め、それが収まらないままヨンホは病院を後にし、公園で泣き崩れた。

3)人生は美しい 1994年 夏
1994年。ヨンホは共同経営者とともに家具販売の会社を立ち上げていた。事業は順風満帆。しかし、かねてから妻ホンジャの浮気を疑っており、探偵の連絡でついにその浮気現場に踏み込むと間男と妻を引きずりだす。間男を追い払い、妻を帰らせると・・・遠くで待たせていた会社の事務員の愛人とデートに向かうのだった。愛人とのデートで立ち寄った店で、一人の男ミョンシク(キム・ギョンイク)と再会する。怯えるミョンシクに威圧的な態度のヨンホ・・・「人生は美しい、だろ?」キムはそう凄んで見せる。

一方で夫婦の関係は、崩壊していた。転居祝いで会社の人達がヨンホの家に集まったとき、食前の祈りを捧げながら泣き出す妻、居ても立っても居られずその場から立ち去るヨンホ・・・

4)告白 1987年 春
1987年。ヨンホは暴力刑事として恐れられていた。出産を間近に控えた妊娠中の妻との会話もそこそこに仕事に向かう途中で、かねてから追っていたミョンシクを見つけ逮捕する。学生運動家だろうか。警察署内でヨンホはミョンシクを殴る、蹴る、裸にして水攻めにするなど苛烈な暴力的な取調べを行っていく。ヨンホだけではない。同僚の刑事たちもみな当然のように暴力を振るう。取調べ上の暴力が組織的であるようだ。ついに狙っていた人物の居所を自白させたヨンホは、ミョンシクにこう尋ねる。「差し押さえたお前の日記に人生は美しい、と書いてあった。そう思うか?

ミョンシクの自白に基づいてヨンホらは重要人物の逮捕のため地方の群山という街に向かう。群山は、スニムが住んでいる街だ。張り込みの交替時に、ヨンホはふと立ち寄ったカフェの従業員の女性に、「何をしにこの街へ?」と訊ねられ、思わず「初恋の人がこの街に住んでいるんだ」と答てしまう。そしてそのまま思いのたけを吐露していく・・・惹かれ合う二人。翌朝、犯人が現れ逮捕しようというとき、再びヨンホの古傷が痛み始める。身動き取れなくなるヨンホ。ヨンホを置いて仲間の刑事二人が犯人の男を逮捕する。「たるんでるぞ」とたしなめられる。

5)祈り 1984年 秋
1984年。新米刑事のヨンホは警察署前の食堂で、朝食をとっていた。その食堂では後に妻になるホンジャが働いている。「あなた刑事さんぽくないよね」と元気よく指摘され、戸惑いを見せる初々しいヨンホ。

警察では1987年のときと同様に取調べの際に苛烈な暴力が振るわれていた。先輩刑事たちがふるう暴力に思わず目を背けるヨンホだったが、ついに彼も取調べを行うように指示される。裸にされ縄で縛られて身動き取れない容疑者を抱きしめ「頼む。自白してくれ・・・」とすがるヨンホ。しかし自白しない。何かに追い詰められるように、あるいは自分に向けるかのように徐々にヨンホは力を振り絞り・・・暴力を振るう。苛烈さを増すヨンホの暴力。何かがはじけた。

その午後、スニムが面会に来る。食堂で会う二人。スニムは音信が途絶えたヨンホの実家まで行って彼に会いにきたようだ。「雰囲気は変わってしまったけど、その優しそうな手は変わっていない」ヨンホに優しく語りかけるスニム。ヨンホは自嘲気味に笑い、飲み物を配膳に来たホンジャのお尻を触ってみせる。衝撃を受けるスニムにヨンホはこう言ってのける。「優しい手だ」。スニムはかつてヨンホが写真が夢だと語っていたことを胸に秘めて、少しづつお金をためて買ったカメラを彼に渡しに来たのだった。一筋の涙がスニムの頬を伝う。

その夜、食堂で開かれた職場の宴会でヨンホは同僚たちに向かって大暴れをし、食堂を壊し、帰ることも出来ずホンジャと一夜をともにすることになる。敬虔なクリスチャンのホンジャは彼の布団に入り、ヨンホに祈りを捧げるよう誘う。

われらの過ちを赦し給え・・・

6)面会 1980年 5月
1980年。スニムはヨンホに会うために彼が徴兵されて所属する韓国軍基地を訪れるが、面会することはかなわない。窓口で追い返されるスニム。それと時を同じくして、一斉に緊急出動の指令が基地内に響き渡る。全員、一秒を争う出動準備の中、ヨンホは少しもたついている。叱責がヨンホに飛ぶ。あわてて準備を整えるヨンホ。その時、彼の荷物からペパーミント・キャンディーをつめた小瓶が落ち、白い粒が一帯に散らばる・・・集めることができないままヨンホは出動せねばならなかった。白い粒は出動する兵士たちの軍靴に次々と踏み潰されていく。

ヨンホたちは戒厳令下の夜の街に展開する。市民らを追い立てる兵士たち。そのような中でヨンホは隊からはぐれてしまう。なんとか上官と合流するが「右足に水がたまって身動きがとれない」・・・そう訴える。実は流れ弾にあたって右足を負傷していたのだった。身動き取れないヨンホに治療を加えるため上官の男は仲間を呼びに行き、ヨンホは一人残される。

うずくまるヨンホに近づいてくる人影が見えた。女性のようで、一瞬スニムに見間違えるが、実は道に迷った高校生の少女だった。軍隊に見つかると連行されてしまう可能性があるため、怯え泣き崩れる少女を、立ち去るように促すヨンホ。その時、仲間が近づいてくる音がする。ヨンホは少女を急かすべく宙に向かって威嚇射撃を数発行い・・・悲劇が起こった。血まみれの少女を抱きかかえ、ヨンホは声にならない叫びをあげた・・・

7)1979年 ピクニック 秋
1979年。大学のピクニックでヨンホやスニムたちは河原を訪れていた。河原の花の美しさに目を奪われるヨンホ。スニムに「花が好きなのね」と問われ、彼は夢を語った。「いつか写真を・・・カメラ担いで名もない花を撮り歩きたい」スニムは照れ笑いを浮かべながら「キャンディーいかが?」とそっとペパーミント・キャンディーをヨンホに渡した。

ペパーミント・キャンディー、好きなんだ

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1980年5月、韓国に何が起こっていたか。光州事件である。

1979年、独裁者朴正煕大統領が暗殺されると、韓国は一気に民主化運動が盛り上がりを見せ、ソウルの春と呼ばれる民主化ブームに花開く。しかし中央政権では権力抗争が激化していた。1979年12月、全斗煥陸軍少将がクーデターによって軍の全権を掌握すると、金大中を始めとする野党指導者を次々拘束し、翌年5月から韓国全土に戒厳令を敷き民主化運動の武力鎮圧を開始する。

5月18日、光州市で自然発生的に学生と陸軍との衝突が自然発生的に始まると、翌日には一気にエスカレートして光州市全土で市民が蜂起して武力衝突が開始される。次々と韓国軍が投入される中、市民も武器庫を襲い武装して内戦状態になった。5月28日に終結するまでにおよそ2万の韓国軍が投入され、民間人に死者・行方不明者あわせて224名、5000名以上の死傷者を出す、韓国現代史に大きな傷を残す悲劇となった。さらに、このとき、米国が韓国軍投入を承認したことが、韓国の対米感情に現在まで残るしこりを生んだ。

光州事件後、全斗煥大統領による軍事政権は1987年の6月民主抗争によって盧泰愚政権が誕生するまで続き、この間運動家等反政府活動家の取締りを強化するとともに、三清教育隊と呼ばれる強制労働、警察による取調べ時の拷問など、苛烈な社会体制を作り上げた。

・・・この作品はそのような苛烈な社会体制を背景にして、一人の、花の美しさに涙する男性が、自身ではどうしようもない力によって人生に絶望させられていくまでを描いている。時に、どこかで軌道修正できたのかもしれないと思わされるところもあるのだが、しかし、それは一人の観客だから言えることなのだと思う。人生は確かに自身の力で作り上げるものであるのかもしれない。しかし、自身ではどうしようもない何かによって傷つき、その傷の癒し方がわからぬままで、自身と自身をとりまく多くの人を傷つけ、さまようことが往々にして、ある。

公開時に劇場で観て衝撃を受けて以来、約十年ぶりにこの作品を観て、ふと村上春樹のエルサレム賞スピーチを思い出した。

【日本語全訳】村上春樹「エルサレム賞」受賞スピーチ - 47トピックス
 「高くて、固い壁があり、それにぶつかって壊れる卵があるとしたら、私は常に卵側に立つ」ということです。

 そうなんです。その壁がいくら正しく、卵が正しくないとしても、私は卵サイドに立ちます。他の誰かが、何が正しく、正しくないかを決めることになるでしょう。おそらく時や歴史というものが。しかし、もしどのような理由であれ、壁側に立って作品を書く小説家がいたら、その作品にいかなる価値を見い出せるのでしょうか?

 この暗喩が何を意味するのでしょうか?いくつかの場合、それはあまりに単純で明白です。爆弾、戦車、ロケット弾、白リン弾は高い壁です。これらによって押しつぶされ、焼かれ、銃撃を受ける非武装の市民たちが卵です。これがこの暗喩の一つの解釈です。
 
 しかし、それだけではありません。もっと深い意味があります。こう考えてください。私たちは皆、多かれ少なかれ、卵なのです。私たちはそれぞれ、壊れやすい殻の中に入った個性的でかけがえのない心を持っているのです。わたしもそうですし、皆さんもそうなのです。そして、私たちは皆、程度の差こそあれ、高く、堅固な壁に直面しています。その壁の名前は「システム」です。「システム」は私たちを守る存在と思われていますが、時に自己増殖し、私たちを殺し、さらに私たちに他者を冷酷かつ効果的、組織的に殺させ始めるのです。

 私が小説を書く目的はただ一つです。個々の精神が持つ威厳さを表出し、それに光を当てることです。小説を書く目的は、「システム」の網の目に私たちの魂がからめ捕られ、傷つけられることを防ぐために、「システム」に対する警戒警報を鳴らし、注意を向けさせることです。私は、生死を扱った物語、愛の物語、人を泣かせ、怖がらせ、笑わせる物語などの小説を書くことで、個々の精神の個性を明確にすることが小説家の仕事であると心から信じています。というわけで、私たちは日々、本当に真剣に作り話を紡ぎ上げていくのです。

村上春樹のこのスピーチと、この作品とは理念を同じくしている。どれほど弱く愚かであろうとも、イ・チャンドン監督は常にヨンホの側に立って作品を作り上げている。そして「システム」はヨンホ自身に「他者を冷酷かつ効果的、組織的に殺させ」、そしてヨンホ自身をも傷つけていく。

純白のペパーミント・キャンディーはなぜ踏み潰されたのか。見る者をその大きなテーマに向きあわせるために、この作品は映画史に燦然と輝き続ける。

参考サイト
光州事件 - Wikipedia / 全斗煥 - Wikipedia / 粛軍クーデター - Wikipedia / 輝国山人の韓国映画 イ・チャンドン ペパーミント・キャンディー / ペパーミント・キャンディーの研究



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リバタリアンの9分類表とリバタリアニズム関連本・入門書まとめ

森村進著「自由はどこまで可能か=リバタリアニズム入門 (講談社現代新書)」によると、リバタリアニズムは「いかなる国家までを正当とみなすか」「諸個人の自由の尊重を正当化する根拠は何か」という二つの論点によって分類することができるという。

前者については
(1)アナルコ・キャピタリズム(市場アナーキズム)
国家の廃止を主張
(2)最小国家論
国家の役割を国防・裁判・治安・その他の公共財の供給、あるいはその一部だけに限定
(3)古典的自由主義
上記以外にある程度の福祉・サービス活動も行う小さな政府を主張

後者については
(1)自然権論
基本的な自由の権利、特に自己所有権に訴える
(2)帰結主義
自由を尊重する社会の方が結果として人々が幸福になるはずだと考える
(3)契約論
理性的な人々だったらリバタリアンな社会の原理に合意するはずだと考える

これらの分類を元に作成したのが以下の表です。

リバタリアンの分類表

同書で紹介されているここに出てくる人達の代表作を列挙すると以下のとおりですが、僕は一冊も読んでいないです。とりあえず自分用にメモとして。ロック、ハイエク、M・フリードマンぐらいは読んでおかないとなぁとは思うんですが。



■自然権論的アナルコキャピタリズム
マレー・ロスバード
自由の倫理学―リバタリアニズムの理論体系
マリー ロスバード 勁草書房 売り上げランキング: 333981
おすすめ度の平均: 4.5
4 倫理的なリバタリアニズムの基礎付け
4 「国家」のない「社会」を考える思考実験としては面白いが……。
5 リバタリア二ズムの古典


■自然権論的最小国家論
ロバート・ノージック
アナーキー・国家・ユートピア―国家の正当性とその限界
ロバート・ノージック 木鐸社 売り上げランキング: 48139
おすすめ度の平均: 3.5
2 国家は存在してはいけない
5 国家は何をしてはいけないか


■自然権論的古典的自由主義
ジョン・ロック
統治論 (中公クラシックス)
ロック 中央公論新社 売り上げランキング: 132922
おすすめ度の平均: 5.0
5 古典中の古典


■帰結主義的アナルコ・キャピタルズム
デイヴィド・フリードマン
自由のためのメカニズム―アナルコ・キャピタリズムへの道案内
デイヴィド フリードマン 勁草書房 売り上げランキング: 563782
おすすめ度の平均: 5.0
5 過激な思想!
5 現代的アナーキズムの到達点
5 アナキズムはナップスター(あるいは著作権フリー)の夢を見るか?
4 確かにそうも考えられるが


竹内靖雄
国家と神の資本論
国家と神の資本論
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竹内 靖雄 講談社 売り上げランキング: 642899


■帰結主義的最小国家論
ランディ・バーネット
自由の構造 正義・法の支配
ランディ・E. バーネット 木鐸社 売り上げランキング: 552413


■帰結主義的古典的自由主義
ルートヴィヒ・フォン・ミーゼス
ヒューマン・アクション―人間行為の経済学
ルートヴィヒ・フォン・ミーゼス 春秋社 売り上げランキング: 307930
おすすめ度の平均: 5.0
5 おすすめ
5 読むべし


フリードリヒ・アウグスト・フォン・ハイエク
隷属への道 ハイエク全集 I-別巻 【新装版】
F.A. ハイエク 春秋社 売り上げランキング: 48560
おすすめ度の平均: 5.0
4 自由主義の古典的名著であり必読の書
5 自由と計画経済は両立しない
5 本当の自由主義
5 今も価値を失っていない主張
5 真の自由への道を求めるしかない


法と立法と自由I ハイエク全集 1-8 新版
ハイエク 春秋社 売り上げランキング: 282194


ミルトン・フリードマン
資本主義と自由 (日経BPクラシックス)
ミルトン・フリードマン 日経BP社 売り上げランキング: 1057
おすすめ度の平均: 4.5
5 資本主義が嫌いな人ほど読むべき
4 「政府の失敗」に全重量をかけた“論争の書”
4 孫vs池田信夫のUST前の予習としてうってつけの一冊
4 既にあちこち古く、一方で現代感覚でも過激な主張がちらほら、もっと批判があってもいいのでは
5 自由主義経済の本質を知る


■契約論的古典的自由主義
ジェイムズ・ブキャナン
自由の限界―人間と制度の経済学 (1977年)
J.M.ブキャナン 秀潤社 売り上げランキング: 1406547
おすすめ度の平均: 5.0
5 リヴァイアサンは耐えうるか


ディヴィッド・ゴディエ
合意による道徳
合意による道徳
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デイヴィド・ゴティエ 木鐸社 売り上げランキング: 613141

と、列挙してみるとわかるようにどれも高価かつ品薄で、手に取るのに敷居が高いですね。可能な範囲で原典は徐々に読んでいこうとは思っているのですが、その前段階としてとりあえず原典にあたる前に、これまでぼくがざっと読んだリバタリアニズム関連の入門書もあわせてまとめておきます。



森村進「自由はどこまで可能か=リバタリアニズム入門」
自由はどこまで可能か=リバタリアニズム入門 (講談社現代新書)
森村 進 講談社 売り上げランキング: 18461
おすすめ度の平均: 4.0
5 魅力的
3 「リバタリアンは」が多すぎる
5 いい
1 リバタリアンは一種の怪物である
5 リバタリアニズム=自由主義?


このエントリーを書くのにも参考にしたリバタリアニズム入門の定番書。「自己所有権」「自生的秩序」といった基礎用語はもちろん、リバタリアニズムが直面する様々な社会問題、疑問等をじっくり解いていてとても面白かったです。例えば、死刑廃止論、無体財産権はリバタリアニズムで正当化されるか、臓器売買の自由は認めるべきか、家族にいかなる地位を認めるか、など時に極端とも思える意見が論理的に出てくるあたり興味深いです。

仲正 昌樹「集中講義!アメリカ現代思想―リベラリズムの冒険」
集中講義!アメリカ現代思想―リベラリズムの冒険 (NHKブックス)
仲正 昌樹 日本放送出版協会 売り上げランキング: 27115
おすすめ度の平均: 4.5
4 現代アメリカにおける哲学・思想の諸潮流を俯瞰
3 自由と民主、をめぐるよい解説です
5 これまでに無かった「現代アメリカ政治哲学入門」
5 「現代」思想を通覧するに最新、最良のテキスト
5 アメリカの自由をめぐる思想家たちの格闘の歴史


こちらはアメリカ現代思想史を主にリベラリズムの立場から概説した名著。これはかなり良かった。特にリベラリズムvsリバタリアニズムvsコミュニタリアニズムの三つ巴の議論の対立軸を明確に整理しているので、それぞれの違いがすこんと理解出来ます。ハイエクvsエーリッヒ・フロムとか、ロールズvsノージックとか、あと最近人気のサンデルやウォルツァーらのコミュ二タリアンの意見についてもざっくり把握したい人にお薦め。

会田 弘継「追跡・アメリカの思想家たち」
追跡・アメリカの思想家たち (新潮選書)
会田 弘継 新潮社 売り上げランキング: 304247
おすすめ度の平均: 3.5
2 著者の能力不足による消化不良
4 多様な現代米国思想をジャーナリストの眼で描いた好著
5 ジャーナリストが描く思想


こちらはアメリカの、特に保守主義を中心とした11人の思想家の半生と主張を読み物風にまとめた一冊。リバタリアンで取り上げられるのはノージックで、彼が最小国家論を表す背景となる生い立ちや、その代表作「アナーキー、国家、ユートピア」をどう考えていたのかなどが著されています。またエピローグでハイエクについても触れられているので、思想家たちの生き様にスポットを当てた読み物としてとても面白いです。

中岡 望「アメリカ保守革命」
アメリカ保守革命 (中公新書ラクレ)
中岡 望 中央公論新社 売り上げランキング: 100993
おすすめ度の平均: 4.0
5 アメリカの「理念」と「保守思想」
5 アメリカの二大政党について基本が見える一冊
5 良書
1 編集がだめ
4 映し出された激動のドラマ。


レーガンに始まるアメリカの保守革命はどのような経緯で進んでいったのか、を丁寧に考察した一冊。特にリバタリアニズムが保守主義といかに結びついていったかは目からウロコでした。ラッセル・カークの伝統主義、ネオコンの思想体系、レーガノミックスやギングリッジとクリントンの対立あたりのドラマに興味がある人におすすめかな。

佐々木 毅「アメリカの保守とリベラル」
アメリカの保守とリベラル (講談社学術文庫)
佐々木 毅 講談社 売り上げランキング: 83937
おすすめ度の平均: 5.0
5 アメリカ政治の見取り図としてはわかりやすい
5 著者ならびに講談社さんに求められること
5 20年前の米国の混迷の現代日本を見る
5 アメリカ政治のイデオロギーをわかりやすく説く


こちらはアメリカ思想研究の古典らしいです。やはり戦後保守主義がいかに勃興し、また、アメリカのリベラリズムがいかに変容していったかがじっくりと描かれていて勉強になりました。第一章でミルトン・フリードマンなどが取り上げられてます。90年前後に書かれた本なので、日本特殊論やフランシス・フクヤマの「歴史の終わり」、ハンチントンの「文明の衝突」などを始めとする当時の思想状況がホットな話題として取り扱われているのも面白かったです。そのあたりの本のこと読むまで忘れてたよ・・・

デイヴィッド ボウツ「リバータリアニズム入門」
リバータリアニズム入門―現代アメリカの「民衆の保守思想」
デイヴィッド ボウツ 洋泉社 売り上げランキング: 183882

これは最初の方だけ読んだんですが、前半でリバタリアニズムがどのような歴史的経緯で誕生していったかが概説されていて良かったです。アダム・スミス、ロックなどの古典的自由主義者など前半部分は「自由」の歴史がざっくりと。リバタリアニズムと道教との類似についても指摘されていて重要ポイントだと思いました。著者のディヴィッド・ボウツはアメリカのリバタリアン系シンクタンクCATO研究所の副理事長。

以上のような感じで、今のところ入門書をかじった程度なのですが、徐々に各思想家の本を読んでいきつつ、やはり重要なのはリバタリアニズム、リベラリズム、コミュニタリアニズム、そして保守主義などの多様な思想との間の議論を見ていくことなのだと思うので、このような現代の思想体系について広く、深く勉強していければいいなと思っています。

自由というのは現代政治の大原則の一つなのですが、その自由という原則への執着の度合いと、自由の捉え方の違いが現代思想の対立点の一つになっているように思います。その自由というものを自分自身がどう考えていくのかは、今のうちにちゃんと向き合っておかないと、これから特に身動き取れなくなっていきそうな切迫感がありますね。そして、自由とともに平等、公平、共同体、権力、伝統、正義などなどの概念がぶつかり合いながら生まれるダイナミズムはよく注視したいです。

現時点ではリバタリアニズムも共感するところは多々あるものの、リバタリアニズムよりもリベラリズムの方に思想としては近しいものを感じていますが、わからないことの方が圧倒的に多いので、もっとよく学び、考えて行きたいと思います、という自分用メモとしてのリバタリアニズム関連本のまとめ記事でした。

近いうちにネオコン、コミュニタリアニズム、宗教右派についてもそれぞれ何か書くかも。

あとおまけ。この動画もケインズとハイエクの政策論争をラップ調にまとめていて楽しみつつ勉強になりました。以前話題になっていたのでいまさら感があるかもですが。


YouTube - ケインズvsハイエク

クセになるので注意です(笑)

解説はこちらのエントリーが詳しいです。
ケインズvs新自由主義論争を描いた分かりやすくて笑える映像 - My Life in MIT Sloan

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「総員玉砕せよ!」水木しげる著

総員玉砕せよ! (講談社文庫)
水木 しげる 講談社 売り上げランキング: 18
おすすめ度の平均: 4.5
5 永久出版すべき「証言記録 兵士たちの戦争」マンガ版だ!
5 戦場はきっとこういうものなのでしょう
4 悲惨だが事実だろう
5 なまなましい玉砕戦の真実
5 生々しい一兵士の証言


漫画家水木しげる自身の戦争体験を元にしたニューブリテン島ズンゲンでの日本軍玉砕を描いた作品。

1942年、日本軍はニューブリテン島を占領すると周辺地域等含め約10万の兵力が投入され軍事拠点が築かれた。ラバウル航空隊と呼ばれる航空部隊の本部等が置かれ難攻不落のラバウル要塞として連合軍に警戒されたが、米陸軍司令官マッカーサーは正面からの攻撃は困難と見ると、包囲と爆撃にとどめてラバウル要塞攻撃を回避、日本軍が手薄なサイパン島等本土攻略に重要な拠点に戦力を集中することでラバウル要塞を孤立させ無力化していった。

水木しげる(武良茂)は昭和十八年十月、成瀬懿民少佐率いる臨時歩兵第二二九連隊支隊麾下の第二中隊(児玉清三中尉)に配属され、そして昭和二十年、成瀬少佐は連合軍の攻撃を受け玉砕命令を下すが、児玉中隊長は玉砕命令を拒否してゲリラ戦に転じ、そのおかげで水木しげるは激戦の中で左腕を失いつつも九死に一生を得て終戦を迎え、その後は御存知の通り。

水木が「90パーセントは事実です」というように、作中では登場人物、場所の名前と、後半の展開が事実と大きく違う。

昭和十八年、丸山二等兵(水木)は田所少佐(成瀬少佐)率いるバイエン支隊に配属される。500名のバイエン支隊はニューブリテン島バイエン(実際の地名はズンゲン)の無血占領を果たすが、そこは連合軍の侵攻がもっとも想定される要衝だった。

ごくごく当たり前のように非戦闘行為で多くの人が死んでいく。例えばデング熱やマラリアなどの伝染病にかかる者、川でワニに食われる者、魚を喉につまらせて死ぬ者など死の無意味さが充満する。

そのような中、ついに連合軍の上陸が始まった。

田所少佐は「全員が敵に向かってかの大楠公がしたようにつっこむのだ」と湊川の戦いで足利軍に包囲されながら奮戦し最後自決した楠木正成を例に出して玉砕を主張。これに対して中隊長(児玉中尉)らは玉砕するのは「全くバカげたこと」「捨石となりラバウルの将兵を延命させるのが目的であるというのならば、なにも後方の山に下ってゲリラをやったって目的は達せるはず」と反対しゲリラ戦による持久戦を主張するが、最終的には田所少佐は玉砕の意思を変えず「わしも職業軍人のはしくれだ。死に場所を得たいのだ」と玉砕指令を出し、500名による不幸な突撃が始まった。

バイエン支隊の玉砕報告に驚いたのはラバウル司令部で、玉砕するほどの戦局では無いはずと、急ぎ「玉砕を急ぐな」と返電するがバイエン支隊から連絡が無いため、すでに玉砕を行ったと判断し、全軍の士気高揚の目的もあって玉砕を発表する。

その頃、突撃を行ったバイエン支隊は、自身に楠木正成を投影させた田所は戦死、400名以上の死傷者を出したが、中隊長の配慮もあって丸山ら81名が生き残り、退却して聖ジョージ岬(実際の地名はヤンマー岬)に終結していた。その過程で中隊長は負傷し、自決している。

しかし、すでにバイエン支隊玉砕を発表してしまった司令部は玉砕を敢行したはずが生き残っている者がいることに怒った。バイエン支隊の石山軍医(実際は松橋登軍医中尉)が助命嘆願に訪れるも、「玉砕の命令は守られねばならぬ」・・・絶望した石山軍医が自決したのち、無謀な再突撃を実行するべく、木戸参謀(実際は松浦義教中佐)がバイエン支隊に派遣され、再突撃が敢行される・・・

戦争の、日本軍の狂気を見事に描き出した作品だが、前述の通り後半の展開は大きく違い、松浦中佐が派遣されたあとは直接戦闘が無かったこともあって再突撃は行われず、そのまま終戦を迎えている。

残った将兵たちは玉砕を覚悟していたともいうが、後に終戦に際して戦犯弁護人を果たすなど将兵の助命に奔走することになる松浦中佐には玉砕させる意思は無かったのかもしれない。あるいはラバウル司令官だった今村均大将も部下思いで知られていることから玉砕を苦々しく思っていた可能性もあるだろうが、そういう個々人の思いを超えた、どうしようもなさが戦争にはあるだろうし、そのような無力さは想像を絶するものがあり、明確にはわからない。ただ、再突撃は行われなかった。この物語では再突撃が行われた。その違いがある。

田所少佐(成瀬少佐)が傾倒する楠木正成について、これは皇国史観の影響が大きい。

簡単に説明すると明治維新というのは天皇の権威によって成立した。そもそも天皇に権威を持たせたのは誰か。それは徳川幕府だ。徳川幕府はその統治に正当性を持たせるために天皇から統治を委託されているかたちをとった。そこで天皇に権威が必要となり、朱子学が発展する。日本の朱子学は儒教倫理に基づいて天皇統治の正統性を研究する学問だ。水戸光圀ら水戸藩が中心となった水戸学と山崎闇斎ら崎門派の神儒一致思想などが結びついて後に勤王思想となり、天皇の権威の絶対化へとつながり、明治政府成立後により強化されて皇国史観というものを生み出した。その思想下で南北朝の南朝が正統とされ、その南朝から禅譲を受けた明治天皇へと続く系譜は万世一系かつ神聖不可侵とされた。

教育勅語とともに、天皇に忠義を尽くしたり、あるいは儒教的倫理の規範となる歴史上の人物が明治時代に次々と神聖化される。それが新田義貞、楠木正成、水戸光圀、山崎闇斎を庇護した保科正之、二宮尊徳、乃木希典らであり、また忠義を尽くしたという意味で明治以降に人気になったのが諸葛孔明などだ。諸葛孔明は江戸期に講談などで知られはじめ、山崎闇斎の弟子浅見絅斎の著書「靖献遺言」で取り上げられた。明治維新から第二次大戦中を通して「靖献遺言」は大ベストセラーとなり特攻隊員らが愛読していたという。おそらく坂本龍馬の再発見も皇国史観の影響が少なからずあるだろう。

このような国家システム的に生み出された狂気が、劇中の田所少佐の楠木正成への傾倒の背景にある。

このような個々人の力ではどうしようもない虚無感、そのような中で生き抜こうとする力が、この作品には根底にあって、悲劇でありながら、いや悲劇であるがゆえに圧倒的に力強い。

最初の突撃を生き残った石山軍医は他の将校と海を見ながら劇中でこう語る。

生きながらえたところでといいますけどね人生ってそんなもんじゃないですか
つかの間からつかの間へ渡る光みたいなもんですよ
それをさえぎるものはなんだろうと悪ですよ 制度だってなんだって悪ですよ
生きるのは神の意志ですよ
自然の意志なんですよ

そして、彼は助命嘆願のために司令部へと赴き・・・絶望して自決する。

水木しげるはあとがきでこう書いている。

将校、下士官、馬、兵隊といわれる順位の軍隊で兵隊というのは"人間"ではなく馬以下の生物と思われていたから、ぼくは、玉砕で生き残るというのは卑怯ではなく"人間"として最後の抵抗ではなかったかと思う。

最後の抵抗むなしく、多くの、数多くの人々が斃れていった。

水木しげるはあとがきをこう結んでいる。

ぼくは戦記物をかくとわけのわからない怒りがこみ上げてきて仕方がない。多分戦死者の霊がそうさせるのではないかと思う。

水木しげるの「怒り」が読む者を「哀しみ」に包む。ほんとうに悲しくて哀しくてどうしようもないほどに。怒りと哀しみがあるがゆえに人間は生きている。そのような人間賛歌として、ぼくは読んだ。

参考サイト
水木しげる - Wikipedia / 総員玉砕せよ! - Wikipedia / 今村均 - Wikipedia / ラバウル - Wikipedia / ラバウル航空隊 - Wikipedia / アイランドホッピング - Wikipedia / 皇国史観 - Wikipedia

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5 理不尽な玉砕


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