2007.09.09 Sunday22:15
幸田露伴居宅跡

明治の文豪、幸田露伴が住んだ邸宅の跡が谷中霊園の裏手にあります。
住んでいた建物は今はもうありませんが、この珊瑚樹は幸田露伴がいた頃からここに植えられていたとのこと。
幸田露伴は、明治二十四年一月からほぼ二年間、この地(当時の下谷区谷中天王寺町二十一番地)に住んでいた。
ここから墓地に沿った銀杏横町を歩き、左に曲がると天王寺五重塔があった。五重塔は寛永二十一年(一六四四)に感応寺(天王寺の前身)の五重塔として創建され、明和九年(一七七二)二月に消失、寛政三年(一七九一)棟梁八田清兵衛らにより再建された。
露伴は当時の居宅より日々五重塔をながめ、明治二十四年十一月には清兵衛をモデルにした名作『五重塔』を発表した。
同二十六年一月、京橋区丸山町(現、中央区)へ転居したが、現在もかたわらに植わるサンゴジュ(珊瑚樹)は、露伴が居住していた頃からあったという。(以下略)
今残っているのはこの珊瑚樹だけですが、しかし100年以上昔からここに植えられていたのだと思うとちょっと感動的です。


幻談・風流仏
幸田 露伴

五重塔 (岩波文庫)
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