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世田谷城址公園

昨年の10月末ごろだったか、行きました。
世田谷城址公園

公園の案内板を引用
世田谷城は武蔵野台地の一角、南東に張り出した舌状台地の先端部に立地し、西・南・東の三面に烏山川が蛇行し、北には小支谷が入る。十四世紀後半に吉良治家が居住したのに始まると伝える。
吉良氏は清和源氏・足利氏の支族で、世田谷吉良氏はその庶流にあたる。はじめ鎌倉公方に仕え、十五世紀後半に関東が乱れると関東管領・上杉氏やその家宰・太田道灌に与力し、十六世紀には北条氏と結んだ。北条氏と上杉氏との勢力争いで、享禄三年(一五三〇)には世田谷城は攻略されたと伝えるが、のち吉良氏の手に復した。
この間、吉良氏は北条氏と婚姻関係を結び、その庇護下にあったが、天正十八年(一五九〇)、豊臣氏の小田原城攻略により、世田谷城も廃城となった。
世田谷城の濠・土塁の構造は天文六年(一五三七)の再築とされる深大寺城のそれと類似しており、十六世紀前半に防御の為、大改築がなされたことが窺える。


その後、江戸城の築城や改築などの際に廃城となった世田谷城の一部が使われたりしたようで、今は城の一部が残っているのみです。おそらく現在の豪徳寺あたりまでを含むそれなりに規模のある城だったようですが、現在は城の南側がこのように公園として残されているのと、町の一部に土塁の址が残っているだけです。
世田谷城址公園世田谷城址公園
このあたりは空堀の跡と思われます。

世田谷城址公園
見張り台の跡でしょうか。

おそらく色々修繕されたり補築されたりして、奇麗に整備して公園化しているのでしょうが、意外とリアルで、草木が繁っているのがまた逆に不在の存在というか、時の流れを感じさせるなぁと思いつつ、歩いていました。
歴史の一部に触れて心地よくもあり、しかし、当時のリアルな息遣いみたいなのを感じて居心地の悪さもどこかで感じていたりもした。

世田谷城の全貌はまだ見えていないようで、近年も幾度か発掘調査が行われている模様。
中世、この城を中心に人々の生活があったことを考えるととても興味深い公園です。

世田谷城址公園

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