2008.06.08 Sunday13:48
上地雄輔ブログを笑うものは上地雄輔ブログに泣く
タイトルはホッテントリメーカーから(→上地雄輔ブログを笑うものは上地雄輔ブログに泣く 283users(推定) - ホッテントリメーカー)
一日のユニークユーザー数23万人を超えギネス認定をされたニュースでも話題のタレント・俳優の上地雄輔氏のブログですが、実はとても良いエントリがありましたのでご紹介。
彼が横浜高校の野球部出身で現役メジャーリーガーの松坂大輔とバッテリーを組んでいたのは有名ですが、彼が横浜高校に入部するきっかけと、敬愛する先輩の死などが綴られています。
上地雄輔の大事な思い出。|上地雄輔オフィシャルブログ「神児遊助」 Powered by Ameba
このようなドラマチックで、多大な喪失感を伴う哀しい体験は、その痛みの分体験した人に生きる指針のようなものになるんだろうな、哀しいけども熱い物語を背負っているなぁ。と思いました。
故丹波慎也氏のことはこれまで知らなかったのですが、多くの高校野球ファンの間で記憶に残る選手だったようですね。
下を見たらキリがない、上を見たらはてしない。

上地雄輔フォト&エッセイ『 上 地 雄 輔 物 語 』
上地 雄輔

白球は奇跡を喚んだ―松坂大輔と青春群像
渡辺 元智
一日のユニークユーザー数23万人を超えギネス認定をされたニュースでも話題のタレント・俳優の上地雄輔氏のブログですが、実はとても良いエントリがありましたのでご紹介。
彼が横浜高校の野球部出身で現役メジャーリーガーの松坂大輔とバッテリーを組んでいたのは有名ですが、彼が横浜高校に入部するきっかけと、敬愛する先輩の死などが綴られています。
上地雄輔の大事な思い出。|上地雄輔オフィシャルブログ「神児遊助」 Powered by Ameba
このようなドラマチックで、多大な喪失感を伴う哀しい体験は、その痛みの分体験した人に生きる指針のようなものになるんだろうな、哀しいけども熱い物語を背負っているなぁ。と思いました。
故丹波慎也氏のことはこれまで知らなかったのですが、多くの高校野球ファンの間で記憶に残る選手だったようですね。
Doblog - 憧れのバックネット裏 -
それは丹波の練習のたまものであった。過去において練習の虫といえば、昭和48年(73年)のセンバツで優勝した永川という投手がいた。これほど練習するやつはいないと思っていたら、今度は昭和55年(80年)に優勝した時、愛甲の影武者としての川戸がそうだった。とにかくこの2人ほどものすごい練習をした選手はいなかった。ところが、この上をいったのが、丹波だった。練習もしたし、勉強もできた文武両道の選手であった。今まで携わってきた選手の中でもその努力はNo.1といってもいいだろう。
その丹波を軸にオープン戦では負けなしの10連勝。順調にチームは仕上がっていった。忘れもしない平成7年(95年)8月16日の暑い日だった。千葉の中央学院へ試合に行ったのが、まさかその日が丹波との最後の別れになろうとは…。
上地雄輔の大事な思い出。|上地雄輔オフィシャルブログ「神児遊助」 Powered by Ameba
昔、練習のあと2人で一緒に帰ってる途中、マスコミとかファンがやんや言ってて
「うるさいなぁー」
とマネージャーみたいに丹波さんをボディーガードみたいに守り、イライラして歩いてた時。
丹波さんが言った。
『人の意見を気にしてたらキリがないぞ?俺達は人に感動させたり何かを感じさせたり元気にさせられる特別な立場にいるんだから、人にどう思われるかなんてどーでもいいんだよ。ただ感謝して自分のできる事をするしかないんだよ(^-^)』
俺
「はぁー。やっぱカッケーっすね〜(T_T)難しくてよく分かんねーけど俺、絶対丹波さんみたいになります!!」
丹波さん
『ははっ♪下を見たらキリがないし上を見たらはてしないし。自分以上でも以下にもなれないんだから、お前はお前らしく頑張りな(^-^)♪』
俺
「いつも言う事が難しいっす(=_=;)このままでいろって事?丹波さんになれねーじゃん。」
丹波さんはハハッと笑ってその会話は終わっちゃった。
そんな感じ。
下を見たらキリがない、上を見たらはてしない。

上地雄輔フォト&エッセイ『 上 地 雄 輔 物 語 』
上地 雄輔

白球は奇跡を喚んだ―松坂大輔と青春群像
渡辺 元智














