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見通しもきかぬ道を行くときは歌を歌え。誰かが聞いていてくれる

「忘れられた日本人」(P25-26)
こういう山の中でまったく見通しもきかぬ道を、あるくということは容易ではないという感慨を述べると、「それにはよい方法があるのだ。自分はいまここをあるいているぞという声をたてることだ」と一行の中の七十近い老人がいう。どういうように声をたてるのだときくと「歌を歌うのだ。歌を歌っておれば、同じ山の中にいる者ならその声をきく。同じ村の者なら、あれは誰だとわかる。相手も歌をうたう。歌の文句がわかるほどのところなら、おおいと声をかけておく。それだけで、相手がどの方向へ何をしに行きつつあるかぐらいはわかる。行方不明になるようなことがあっても誰かが歌声さえきいておれば、どの山中でどうなったかは想像のつくものだ」とこたえてくれる。私もなるほどなぁと思った。と同時に民謡が、こういう山道をあるくときに必要な意味を知ったように思った。
忘れられた日本人 (岩波文庫)
忘れられた日本人 (岩波文庫)
宮本 常一

久しぶりに宮本常一著「忘れられた日本人」をパラパラとめくっていて、ふと目に留まってなんだかなんともいえぬ感慨を覚えた箇所。

誰もが山中の見通しのきかぬ道を歩いているのだから、みんな歌を歌えばいいし、ともに歩いていなくとも、その歌をみんなが耳にすることができればいい。行方不明になったとしても、ああ、あいつはあっちの方へと行っていたんだったなと覚えておいて貰えればいい。

せめて、そのような「関係」と呼ぶにも薄すぎる、同時代、同空間にいるという存在の認識をお互いがし合えているだけでも、随分と違うだろう。

僕のブログの、今年以降、特にここ最近の色々なエントリーはほぼ、そのような文脈の上にあるなとおもう。

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