2009.09.27 Sunday12:39
「新しい労働社会―雇用システムの再構築へ」濱口 桂一郎 著

(日本の経営者の98.5%が)社会人失格
日本社会全体の仕組みを大改革しなければ、明日は見えてこないのではないかと考えさせられる。
頭が整理される会心の書物。
色々な人に読んで欲しい
事実を見やがれでしょう歴史上屈指の英雄アレクサンドロス大王の有名な伝説に「ゴルディオスの結び目」というエピソードがあります。大王が征服した都市ゴルディオンの中心にある神殿に祀られた戦車は複雑に絡み合った縄で結わえられ、「この結び目を解いたものがアジアの支配者になる」という古代の王の予言が伝えられていました。アレクサンドロスは自ら剣を取り結び目を一刀両断、見事「ゴルディオスの結び目」を解いてみせたという武断主義的な英雄らしいエピソードです。
その英雄伝説にあやかってか、労働に関する複雑に絡み合った諸問題もまた一刀両断することで解決するかのような説がちらほらとあったりしますが、敢えて絡み合った諸問題を一つ一つ丁寧に解きほぐしながら新たに時代にあった結び目を作り直していくことで新しい労働社会を展望しようという、労働法系アルファブロガー(blog→「EU労働法政策雑記帳」)のhamachanこと濱口桂一郎氏の最新刊です。
まず序章「問題の根源はどこにあるか――日本型雇用システムを考える」で日本型の雇用契約は海外のそれとは違い職務(ジョブ)を単位とした契約ではなく職務という概念が希薄なメンバーシップ契約であり、日本型雇用システムを形成する三種の神器を形成する根源になっていると、その本質を鋭くえぐっています。
(P3)
雇用契約それ自体の中には具体的な職務は定められておらず、いわばそのつど職務が書き込まれるべき空白の石版であるという点が、日本型雇用システムの最も重要な本質なのです。こういう雇用契約の法的性格は、一種の地位設定契約あるいはメンバーシップ契約と考えることができます。日本型雇用システムにおける雇用とは、職務ではなくてメンバーシップなのです。
日本型雇用システムの特徴とされる長期雇用制度、年功賃金制度および企業別組合は、すべてこの職務のない雇用契約という本質からそのコロラリー(論理的帰結)として導き出されます。
日本型雇用三種の神器だけでなく、日本型雇用システムが内包する諸問題もまた職務のないメンバーシップ型雇用契約の論理的帰結として、各論で導き出されていく。本書では特に触れられていないが企業不祥事の原因も、その多くはメンバーシップ型雇用契約と密接に関連しつつ形成される閉鎖的な共同体性を根源としているでしょうね。
また、日本の雇用に関する問題を扱う本が大企業で形成された日本型雇用システムをベースに論を進めることが多く、非正規労働とか中小企業経験しかない僕はいつも読みながら片手落ち感を味わっていたのですが、大企業以外の雇用システムについても触れられている、というかその大企業以外の雇用システムと日本型雇用システムとを含めて日本の労働社会を論じているところに好感が持てます。
ただ、「企業規模が小さいほど、事実上、ジョブ型に近づく」というところには少し違和感がありまして、企業規模が小さいと逆に職務の限定が希薄になり例えば営業して経理して雑務して開発してなど何でも屋さんになっていくことが経験上多いように思います。業種にもよるでしょうが、一定の従業員数や専門性によって小規模(メンバーシップ型)→小規模〜中規模(ジョブ型に近いメンバーシップ型)→中規模〜大企業(メンバーシップ型)というような形態を辿るのではないかなとも思います。
続く一〜四章は各論が展開されるのですが、序章が起点となって放射線状に、あるいは議論のベースとして根底に流れているところが、少々専門的なところもある各論の理解を助けてくれていると思います。
各論で「名ばかり管理職」「ホワイトカラーエグゼンプション」「労働時間規制」「ワークライフバランス」「解雇規制」「非正規雇用」「偽装請負」「派遣法」「ワーキングプア」「生活給」「社会保障」などまさに労働社会の諸問題を総なめにして行き最後の第四章で「職場からの産業民主主義の再構築」として「就業規則のねじれ」や「労働組合の再構築」など集団的合意形成の枠組みをいかに構築しステークホルダー民主主義の確立を目指すかに帰結していくプロセスは共感するところ大です。
労使間の利害調整機能を果たす労働者代表組織の構想として著者は企業別組合の強化を言います。
(P187)
現に企業別組合が正社員に限ってではあっても労働者代表組織としての性格をもって存在している以上、その存在意義を否定する方向への改革は事実上不可能です。労働者間の利害調整の仕組みを設けるための代表組織作りが、それ自体労働組合の猛反発により挫折してしまっては、何の意味もないでしょう。
(中略)
それを避けるためには、法的にはさまざまな困難があるにしても、現在の企業別組合をベースに正社員も非正規労働者もすべての労働者が加入する代表組織を構築していくことが唯一の可能性であるように思われます。
おそらく旧来の大企業に存在する企業別組合の方向性としては著者が言うとおり全ての従業員を含むような形でさらに裾野を広げていくという方向性が正しいのだろうと思いますが、そうではない中小企業で働く人々や請負などのフリーランサー、非正規労働者などの受け皿として、著者も取り上げている個人加盟のコミュニティユニオンのほか、産業別労働組合やいっそギルド的な職種別労働組合という可能性は模索されていくべきなのではないかなと思います。
大企業はともかく中小企業では企業別労働組合が存在しないところがほとんどですし、労働条件も一方的に決められた就業規則や雇用契約か、そもそも就業規則等が存在していないなどという場合も多く、労使間、労働者間の利害調整機能が機能せず硬直化しているのではないでしょうか。また、労働紛争なども失うものの方が大きく得るものは少ないこともあってなかなか起こしにくかったりするでしょう。
また、著者が指摘しているように職業安定法第四十五条で特例として認められている労働組合による無料の労働者供給事業はより活用されていくべきだろうと思います。特に産業別、職業別の労働組合が広く薄く形成されていくと様々な法的課題はありますが、人材の流動化に大きな役割を担う可能性があるように思います。
既存の労働組合があればその拡大を、そうでない場合は会社の枠を超えた産業別、あるいは職業別の労働組合を集団的合意形成の重要なプレイヤーとして育てていく方向性もありではないかなと個人的には思います。特に解雇規制が現在主要なトピックとして議論されていますが、その緩和はどの程度の規制緩和になるかにもよりますが、好むと好まざるとに関わらず人材の流動化と大企業と小規模事業主との二極化傾向を強めるはずで、そのとき会社の枠を超えた労働組合は労働社会のバッファとして機能していくのではないか、と個人的には期待しています。
冒頭で例に挙げた「ゴルディオスの結び目」は英雄が一刀両断するのではなく、様々な人々が集まり知恵を出し協力して解きほぐすというのが、新しい労働社会のかたちであり、目指すべきはステークホルダー民主主義というのがこの本の「コロラリー」ですね。
その他、様々な労働の諸問題についてとても勉強になりました。労働問題を概観するときにぜひオススメの一冊ですね。あと生活給や生活保障等セーフティネット周りの議論にも追々触れたいですがそれはまた改めて。
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