2009.11.24 Tuesday00:43
多くの人々の無意識まで届く表現を生む創作プロセス
先日の糸井重里氏のインタビュー記事(糸井重里氏、エロ画像収集について熱く深く語る)が好評だったので、それと結構関連しそうな内容の、元電通で人気CMプランナーであり慶応大学の環境情報学部教授でもある佐藤雅彦氏のエピソードが西村佳哲著「自分の仕事をつくる」にあったので紹介します。
CMプランナーとして「ポリンキー」「ドンタコス」「バザールでござーる」などの大ヒットCMや「だんご三兄弟」のプロデュース、「ピタゴラスイッチ」などを手がける佐藤氏は31歳のとき、CMを作ったことが無いのにCMを作る部署に異動になり、もちろんCMを作ることなんて出来ないので、まずは社内の資料室に三ヶ月篭り、世界中のCMに目を通して自分が面白いと思ったものをまとめていったんだそうです。
「自分の仕事をつくる (ちくま文庫)」(P150)
結果として佐藤氏は、面白くて印象に残るCMに共通する二三種類のルールをまとめるに至ったという。
その後のヒットCMのほとんどすべてが、この時にまとめたルールから作り出されたものだと本人は語る。
その23種類のルールについては同書では語られていないので、それをうかがい知ることは出来ないのですが、佐藤氏が面白いと思ったCMをまとめていった、その過程について著者の西村氏は以下のように続けます。
「自分の仕事をつくる (ちくま文庫)」(P151-152)
魅力的な物事に共通するなんらかの法則を見出そうとする時、彼がとる手法は「好きだけど理由がわからないものを、いくつか並べてみる」というもの。慶應大学の講義ではこの手法を、要素還元という名前で紹介していた。
同じように惹かれるものを並べ、そこにどんな要素が含まれているのか、自分の中の何が感応しているのかを丁寧に探ってゆく作業だ。
自分が感じた、言葉にできない魅力や違和感について「これはいったい何だろう」と掘り下げる。きっかけはあくまで、個人的な気づきに過ぎない。
だが、そこを掘って掘って掘って、掘り下げてゆくと、深いところでほかの多くの人々の無意識と繋がる層に達する。
(中略)
人々に支持される表現は、多数の無意識を代弁している。しかしその入り口は、あくまで個人的な気付きにある。
中途半端な掘り下げはマスターベーションと評されかねないが、深度を極端に深めていくと、自分という個性を通り越して、人間は何が欲しいのか、何を快く思い、何に喜びを見出す生き物なのかといった本質に辿りつかざるを得ない。歴代の芸術家や表現者が行ってきた創作活動は、まさにこのくり返しだ。自我のこだわりではなく、世界にひらかれた感覚をもってその仕事を行えるかどうかが、つくり手の大きさにあたるのだと思う。

「生きるための仕事」ではなく
仕事の迷路に迷ったら、
「働く」ことと「生きる」ことに橋を架けてくれる本です前回の糸井氏のエロ画像収集の話でもちらっと書きましたが、まさに自身の欲望、気づきあるいは感情などのありかを探ることから初めて普遍的な、ユングが言うところの集合的無意識的なアーキタイプを見出して、それを創作者なりの表現手法を持って世に出すというのが創作活動なんじゃないでしょうか。
いや、もちろんユングの集合的無意識という考え方は少しオカルト的で、正当な心理学からは外れているのですが、個人的な感想として、ユング心理学というのは心理学の領域では最早異端でしかないが、創作や物語論、神話等、特にクリエイティビティに関わる分野においてはその存在意義はまだあるんじゃないのかな?と思ったりしています。多分、何事か自身の内面を掘り下げるプロセスで集合的無意識があると仮定することが、創作に関して有用な気がするんですよね。
そして、上記の無意識まで掘り下げるということと近しい内容を村上春樹もインタビューで書いています。
村上春樹最新インタビューまとめ〜やたら長い長編執筆中、テーマは『恐怖』
「物語を書いていくことは、自分の魂の中に降りていく作業です。そこは真っ暗な世界。生と死も不確かで混沌としている。言葉もなければ、善悪の基準もない世界」
「でも魂の世界まで降りていくと、そこは同じ世界なんですよ。それゆえに物語がいろいろな文化の差を超えて、理解し合えるのだと思う」
その「自分の魂の中に降りていく作業」、「深度を極端に深めていく」過程をどのように辿るのかは個々それぞれなんだろうと思うけれど、要素の一つは良く言われる量が質に変わるというフレーズにあるような徹底的な収集過程なんでしょうね。しかし、ただ無為に量を積み重ねても流れ去るのみ。その量を積み重ねる過程でどのように普遍的な何かへと向かって深度を深めていくことが出来るか?が重要なんだろうなと思います。そして、それが出来る人がクリエイターと呼ばれる人たちなんでしょう。
そういう人たちが僕にはとても眩しい。作家のエッセイなどでたまに、創作の過程で深度を深めていく様子が書かれていたりすることがあります。その創作過程を読むことが出来たとき、決まってゾクゾクしてドキドキして、そしてパーッと開けたような感覚を味わいます。そして、その高揚感とともに、僕は観察者であって表現者ではないんだなというような、一抹の寂しさもまた味わうのでした。
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