マイケル・サンデル講演動画「失われた民主的議論の技術」


日本でも人気爆発中のハーヴァード大学教授マイケル・サンデルが今年の一月にTEDカンファレンスで講演したときの動画です。subtitlesからJapaneseを選択すると日本語字幕が表示されます。

サンデルは、この講演でアリストテレスの「正義とは受けるに値するものを人々に与えることである」という言葉を前提として以下の三つの問題について観衆に問いかけつつ、議論を進めていく。

1)最も良いフルートを誰が手にするべきか?
2)足に障害を負ったプロゴルファーにホールからホールへの移動時にカートを使用させることは是か非か?
3)同性婚は是か非か

この三つの設問を通して、正義が何を求めているかという問いに答えることは「問題となっている活動の本質は何か。その活動における動行った性質やどういった卓越性が名誉や評価を受けるに値するのか。」という問いを的確に捉えることだという命題を導き出し、一般的に見られるような政治上の道徳的課題に直接取り組むことを回避する傾向にとらわれず、「より相互に尊敬しあえるようになるには、人々が社会生活の中に持ち込んだ道徳的信念に対して正面から取り組むべきであり、人々に対してその深い道徳的信念を政治とは関係ないとするよう求めるべきではない」ということ、それこそが民主的議論の技術を復活させる方法だと語っています。

それぞれのテーマはハーバード白熱教室でもそれぞれ取り上げられていたようですので、そのダイジェスト版的な内容ですね。

■コミュニタリアニズムとマイケル・サンデル
マイケル・サンデルはコミュニタリアニズム(共同体主義)の代表的思想家と言われます。

コミュニタリアニズムという語は19世紀にユートピア社会主義を指す言葉として登場しましたが、現代のコミュニタリアニズムは1970年代から80年代にかけてのアメリカでリベラリズム、リバタリアニズムを批判する思想として体系化されていったものです。

集中講義!アメリカ現代思想―リベラリズムの冒険 (NHKブックス)」P133

「コミュ二タリアン」は、その名の通り、様々なレベルの文化的な「共同体」の中で培われる諸個人の価値観を重視する立場であり、共同体ごとに培われる価値観を度外視して、正義の原理を普遍的に探求することができるかのような議論をする「リベラル」を批判する。

(中略)

「コミュ二タリアン」が問題にするのは、主として自由主義的な政治や経済を支えている哲学あるいは人間観である。彼らは人間はリベラルやリバタリアンが想定しているほど"自由"に振舞うことができるわけではなく、共同体的な価値観によって拘束されている面が不可避的に大きいので、それを踏まえた政治・社会哲学が必要だと主張する。

リベラリズムの代表的な論者であるジョン・ロールズは社会のルールが、"「公正」であるというみんなの「正義感覚sence of justice」を適切に反映したもの"=「正義」である必要があると考え、その正義を二つの原理に集約させた。

一つは各人が自由に対して等しく権利を持っているということ、もう一つは経済的・社会的不平等が許容される条件として、「最も不利な立場にある人の期待便益を最大化」つまり全面的な平等配分を行うことで能力のある者のやる気を殺ぐのではなく、「競争力のある人間にできるだけ稼ぎ、社会を豊かにしてもらって、その利益が弱者に還元されるようなシステムを作る」ことだと考えた。

これに対してハイエクやノージックなどのリバタリアンは、政府が再分配機能を拡大し大きな政府になることやリベラリズムが持つ社会に対する設計主義的思想を批判し、市場での自由な取引と、人々の「経験」に基づいて形成されてきた「伝統」や「習慣」などの「自生的秩序」を重視する。リバタリアンとは「あくまで「自由」それ自体を重視し、平等や正義といった別の要素を"自由主義"に持ち込むべきではないとする立場である」。

リベラルとリバタリアニズムはどちらも「自由」を最優先としつつ、その"「自由」を守るために計画経済的な要素を取り入れるのか、それとも可能な限り計画を排して市場の純粋性を守るべきなのか"が対立軸だが、コミュニタリアニズムはそもそも、その「自由」が行き過ぎていることを批判する。

・マッキンタイアの「共通善」
スコットランド生まれの哲学者アラスデア・マッキンタイアは現代の自由主義者が法や道徳などの規則を善や人生の目的など根本的な概念から導き出さないため、「規則」に従って生きることが彼らの道徳的な徳性になっていると批判し、アリストテレスの思想への回帰を主張する。

日本を甦らせる政治思想~現代コミュニタリアニズム入門 (講談社現代新書)」P38

アリストテレスに従ったマッキンタイアによれば、人間の本性とは名誉や快楽、金銭などのような「外的な善」ではなく、コミュニティ全体にとっての善である「内的な善」を追求する徳を所有することにあります。
つまり、人間は、「家族、近隣、都市、部族など」のコミュニティの一員であることに「埋め込まれ」、政治的コミュニティにおける「共通の事業」としての「善き生」を目的とするものです。

アリストテレスのいう「共同体」は、「人々が「共通の善」として認知したものを、共通の事業によって達成するために創設される」もので、マッキンタイアは「中世の社会には、共同体の共通事業として「共通善」を追求し、その事業の中で「徳」を育む伝統があった」が、近代社会ではその「共通善」という目的が喪失してしまっているため、「共通善」を追求するための「地域共同体」の建設が重要だとする。

・チャールズ・テイラーの「多文化主義」
カナダの哲学者テイラーは、サンデルがオックスフォード大学の学生だった頃に政治学教授として教鞭をとっており、サンデルは彼の下で学んだという。

集中講義!アメリカ現代思想―リベラリズムの冒険 (NHKブックス)」P143
七〇年代末から九〇年代初頭にかけて公刊された、近代の中での「自己」のあり方をめぐる一連の思想史的な著作でテイラーは、伝統を解体して強力に「平等化」を推し進める近代化の過程で産出されてきた"自律した自由な主体"たちが、合理的・官僚的に組織化された産業社会の中で機械の部品のように働いている内に、「自己」のアイデンティティを形づくっている様々な価値の源泉との繋がりを見失い、自己疎外状況に陥っていることを指摘する。そしてテイラーは、そのような疎外状況から離脱するために、身体的存在、共同体的存在としての「自己」を見直すべきことを主張している。

そのような前提で、テイラーは各人のアイデンティティは共同体など社会的関係の中で周囲の他者たちとの相互承認を通して形成され安定すると考えた。その上で「各人の尊厳の平等な承認を、画一的なアイデンティティの押し付け」として否定的に見るのではなく「各人が普遍的に有しているはずの「自らのアイデンティティを形成し、定義する潜在能力」を尊重」して、自分たちのコミュニティだけでなく他の文化を尊重する多文化主義を展開していった。

・マイケル・サンデル
マッキンタイアとテイラーの影響を受けて1982年、若干29歳のマイケル・サンデルは「自由主義と正義の限界」(改題リベラリズムと正義の限界」)を発表しリベラリズム批判を行った。

ロールズらリベラリズムの個人主義を基本とする自由主義は、各人がそれぞれ他者から邪魔されること無く自身の人生における善を追求する自由を持った自己完結型のアイデンティティを想定している。これに対してサンデルはその自己完結型アイデンティティは「負荷なき自己 unencumbered self」であり、抽象的で具体性に欠くと考えた。

集中講義!アメリカ現代思想―リベラリズムの冒険 (NHKブックス)」P138

各個人がロールズのいう「善く秩序付けられた社会」を志向するように動機付けられることを説明するためには、各人格を自己完結したものとして捉えるのではなく、その個人が属する「共同体」との関係において捉えるコミュニタリアニズム(共同体主義)的な視点が不可欠である。家族、部族、都市、階級、人民、国民(ネーション)などの、各種の「共同体」の中で培われる暗黙の慣習や相互理解が、各人の自己理解の基盤を提供しているのである。

として、「負荷なき自己 unencumbered self」に対して共同体との繋がりを自覚した「状況付けられた自己 situated self」を置いた。

アメリカの公共宗教―多元社会における精神性」p126-7

これは端的に言えば、人間は、ある具体的な共同体のうちにあってはじめて反省能力や選択能力をもった個人たりえる、ということである。

(中略)

ここから明らかになるのは、自己あるいは個人が「状況づけられた」存在であるためには、「重要な他者」を必要とし、しかも、その「重要な他者」とのあいだで、対話をはじめ、さまざまな「コミュニケーション」をしなければならない、ということである。私たちは「重要な他者」と対話をするなかで、またときには彼らや彼女らと競い、闘うなかで、自分のアイデンティティの定義を絶えず確認し、更新している。かくしてコミュニタリアニズムにあっては、ロールズの「個人」像には欠けている「自分とはいかなる存在か」という反省が可能になるのである。

さらにサンデルは「状況付けられた自己 situated self」から、コミュニティが重層的に折り合う多元社会を構想し「多層的に状況付けられた自己 multiply-situated selves」という概念へと発展させていく。
・家族や地方自治体などのコミュニティに属している「負荷ある自己」
・何らかの文化的背景を背負っている「エスニックな自己」
・国民的責任を担っている「国民的自己」
・自分はグローバルなコミュニティにつながっているのだという「地球市民的自己」
これらが多層的に積み重なっている、と考える自己観・世界観のことである。

しかし、これらは常に整合的な関係にあるわけではなく、絶え間なくズレや葛藤が生じることになる。

アメリカの公共宗教―多元社会における精神性」P145

ゆえに、サンデルも、こうした「多層的に状況づけられた自己」をうまく調整していく能力こそが「現代に特有な市民の徳(The civic virtue distinctive our times)」であると言うのであった。

このように、リベラルとコミュ二タリアンの論争、サンデルの思想的背景などを見ていくことで、サンデルが何故対話や議論を重視するのか、また上記の動画で述べているように「が社会生活の中に持ち込んだ道徳的信念に対して正面から取り組むべき」だと考えるのはなぜか、ということの理由の一端が見えてくるのではないでしょうか。

そして、サンデルが日本で人気な理由も、このアイデンティティとコミュニティの関係を徹底的に考えようとする思想と、それによって生じる軋轢と正面から向き合おうとする知的誠実さにあるのでしょうね。

サンデルの来日講義(参照参照)があるようなので、このあたりを踏まえて公開される議論の様子をチェックしてみるとより理解が深まるのではないかと思います。

参考文献
・仲正昌樹著「集中講義!アメリカ現代思想―リベラリズムの冒険 (NHKブックス)
・菊池理夫著「日本を甦らせる政治思想~現代コミュニタリアニズム入門 (講談社現代新書)
・藤本龍児著「アメリカの公共宗教―多元社会における精神性
・森村進著「自由はどこまで可能か=リバタリアニズム入門 (講談社現代新書)
・会田弘継著「追跡・アメリカの思想家たち (新潮選書)
・山脇直司著「公共哲学とは何か (ちくま新書)

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男はなぜ絶望し死を選んだか〜「ペパーミント・キャンディー」

ペパーミント・キャンディー [DVD]
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3 世界観、好きです
5 薄荷味の涙
5 徴兵制からは逃れられない
4 救いのない
4 宿題貰った気分です


2000年の韓国映画。「オアシス」「グリーンフィッシュ」のイ・チャンドン監督。韓国のアカデミー賞大鐘賞主要5部門受賞。列車が逆行していくように、一人の男の半生を韓国現代史とともに振り返っていく。

※映画の核心に触れています。

1)ピクニック 1999年 春
1999年。中年男のキム・ヨンホ(ソル・ギョング)は人生に絶望し、線路上に立つと目前に迫り来る列車を前にして「あの日に戻りたい」と叫び、その身をゆだねた・・・列車は止まることが出来ない・・・

何が彼を絶望させたのか。映画は彼の半生を少しづつさかのぼっていく・・・

2)カメラ 3日前 1999年 春
三日前、ヨンホはなけなしの金をはたいて拳銃を手に入れていた。彼の人生を滅茶苦茶にした奴を道連れに死ぬためだ。しかし、誰を選ぶのか。全財産を紙くずにした株屋?暴利をむさぼったサラ金?共同事業を持ちかけながら金を持ち逃げした友人?それとも自分を捨てた妻ホンジャ(キム・ヨジン)と娘か?・・・誰も殺せない。

雨漏りのする彼のあばら屋に一人の男が訪ねてくる。彼はヨンホの初恋の女性ユン・スニム(ムン・ソリ)の夫。彼が言うにはスニムは入院しており、ヨンホに会いたがっているという。翌日、彼とともに、思い出のペパーミントキャンディーの小瓶を買って病院に行くと、スニムは容態が急変しすでに意識不明になっていた。

覚えているかい。ペパーミント・キャンディー。軍隊にいるとき、送ってくれただろ。手紙に一粒づついれて。大事にためてとっといた・・・」口に管を通され、意識無く変わり果てた姿の彼女に話しかけ・・・哀しみのあまりヨンホは「ごめんねスニム」と謝罪して立ち去った。意識不明のはずのスニムの目から一筋の涙が流れていたことを誰も知らない。帰り際、スニムの夫から古いカメラを渡される。「スニムがあなたのものだと言っていました・・・」古傷だろうか、突然右足をひきずり始め、それが収まらないままヨンホは病院を後にし、公園で泣き崩れた。

3)人生は美しい 1994年 夏
1994年。ヨンホは共同経営者とともに家具販売の会社を立ち上げていた。事業は順風満帆。しかし、かねてから妻ホンジャの浮気を疑っており、探偵の連絡でついにその浮気現場に踏み込むと間男と妻を引きずりだす。間男を追い払い、妻を帰らせると・・・遠くで待たせていた会社の事務員の愛人とデートに向かうのだった。愛人とのデートで立ち寄った店で、一人の男ミョンシク(キム・ギョンイク)と再会する。怯えるミョンシクに威圧的な態度のヨンホ・・・「人生は美しい、だろ?」キムはそう凄んで見せる。

一方で夫婦の関係は、崩壊していた。転居祝いで会社の人達がヨンホの家に集まったとき、食前の祈りを捧げながら泣き出す妻、居ても立っても居られずその場から立ち去るヨンホ・・・

4)告白 1987年 春
1987年。ヨンホは暴力刑事として恐れられていた。出産を間近に控えた妊娠中の妻との会話もそこそこに仕事に向かう途中で、かねてから追っていたミョンシクを見つけ逮捕する。学生運動家だろうか。警察署内でヨンホはミョンシクを殴る、蹴る、裸にして水攻めにするなど苛烈な暴力的な取調べを行っていく。ヨンホだけではない。同僚の刑事たちもみな当然のように暴力を振るう。取調べ上の暴力が組織的であるようだ。ついに狙っていた人物の居所を自白させたヨンホは、ミョンシクにこう尋ねる。「差し押さえたお前の日記に人生は美しい、と書いてあった。そう思うか?

ミョンシクの自白に基づいてヨンホらは重要人物の逮捕のため地方の群山という街に向かう。群山は、スニムが住んでいる街だ。張り込みの交替時に、ヨンホはふと立ち寄ったカフェの従業員の女性に、「何をしにこの街へ?」と訊ねられ、思わず「初恋の人がこの街に住んでいるんだ」と答てしまう。そしてそのまま思いのたけを吐露していく・・・惹かれ合う二人。翌朝、犯人が現れ逮捕しようというとき、再びヨンホの古傷が痛み始める。身動き取れなくなるヨンホ。ヨンホを置いて仲間の刑事二人が犯人の男を逮捕する。「たるんでるぞ」とたしなめられる。

5)祈り 1984年 秋
1984年。新米刑事のヨンホは警察署前の食堂で、朝食をとっていた。その食堂では後に妻になるホンジャが働いている。「あなた刑事さんぽくないよね」と元気よく指摘され、戸惑いを見せる初々しいヨンホ。

警察では1987年のときと同様に取調べの際に苛烈な暴力が振るわれていた。先輩刑事たちがふるう暴力に思わず目を背けるヨンホだったが、ついに彼も取調べを行うように指示される。裸にされ縄で縛られて身動き取れない容疑者を抱きしめ「頼む。自白してくれ・・・」とすがるヨンホ。しかし自白しない。何かに追い詰められるように、あるいは自分に向けるかのように徐々にヨンホは力を振り絞り・・・暴力を振るう。苛烈さを増すヨンホの暴力。何かがはじけた。

その午後、スニムが面会に来る。食堂で会う二人。スニムは音信が途絶えたヨンホの実家まで行って彼に会いにきたようだ。「雰囲気は変わってしまったけど、その優しそうな手は変わっていない」ヨンホに優しく語りかけるスニム。ヨンホは自嘲気味に笑い、飲み物を配膳に来たホンジャのお尻を触ってみせる。衝撃を受けるスニムにヨンホはこう言ってのける。「優しい手だ」。スニムはかつてヨンホが写真が夢だと語っていたことを胸に秘めて、少しづつお金をためて買ったカメラを彼に渡しに来たのだった。一筋の涙がスニムの頬を伝う。

その夜、食堂で開かれた職場の宴会でヨンホは同僚たちに向かって大暴れをし、食堂を壊し、帰ることも出来ずホンジャと一夜をともにすることになる。敬虔なクリスチャンのホンジャは彼の布団に入り、ヨンホに祈りを捧げるよう誘う。

われらの過ちを赦し給え・・・

6)面会 1980年 5月
1980年。スニムはヨンホに会うために彼が徴兵されて所属する韓国軍基地を訪れるが、面会することはかなわない。窓口で追い返されるスニム。それと時を同じくして、一斉に緊急出動の指令が基地内に響き渡る。全員、一秒を争う出動準備の中、ヨンホは少しもたついている。叱責がヨンホに飛ぶ。あわてて準備を整えるヨンホ。その時、彼の荷物からペパーミント・キャンディーをつめた小瓶が落ち、白い粒が一帯に散らばる・・・集めることができないままヨンホは出動せねばならなかった。白い粒は出動する兵士たちの軍靴に次々と踏み潰されていく。

ヨンホたちは戒厳令下の夜の街に展開する。市民らを追い立てる兵士たち。そのような中でヨンホは隊からはぐれてしまう。なんとか上官と合流するが「右足に水がたまって身動きがとれない」・・・そう訴える。実は流れ弾にあたって右足を負傷していたのだった。身動き取れないヨンホに治療を加えるため上官の男は仲間を呼びに行き、ヨンホは一人残される。

うずくまるヨンホに近づいてくる人影が見えた。女性のようで、一瞬スニムに見間違えるが、実は道に迷った高校生の少女だった。軍隊に見つかると連行されてしまう可能性があるため、怯え泣き崩れる少女を、立ち去るように促すヨンホ。その時、仲間が近づいてくる音がする。ヨンホは少女を急かすべく宙に向かって威嚇射撃を数発行い・・・悲劇が起こった。血まみれの少女を抱きかかえ、ヨンホは声にならない叫びをあげた・・・

7)1979年 ピクニック 秋
1979年。大学のピクニックでヨンホやスニムたちは河原を訪れていた。河原の花の美しさに目を奪われるヨンホ。スニムに「花が好きなのね」と問われ、彼は夢を語った。「いつか写真を・・・カメラ担いで名もない花を撮り歩きたい」スニムは照れ笑いを浮かべながら「キャンディーいかが?」とそっとペパーミント・キャンディーをヨンホに渡した。

ペパーミント・キャンディー、好きなんだ

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1980年5月、韓国に何が起こっていたか。光州事件である。

1979年、独裁者朴正煕大統領が暗殺されると、韓国は一気に民主化運動が盛り上がりを見せ、ソウルの春と呼ばれる民主化ブームに花開く。しかし中央政権では権力抗争が激化していた。1979年12月、全斗煥陸軍少将がクーデターによって軍の全権を掌握すると、金大中を始めとする野党指導者を次々拘束し、翌年5月から韓国全土に戒厳令を敷き民主化運動の武力鎮圧を開始する。

5月18日、光州市で自然発生的に学生と陸軍との衝突が自然発生的に始まると、翌日には一気にエスカレートして光州市全土で市民が蜂起して武力衝突が開始される。次々と韓国軍が投入される中、市民も武器庫を襲い武装して内戦状態になった。5月28日に終結するまでにおよそ2万の韓国軍が投入され、民間人に死者・行方不明者あわせて224名、5000名以上の死傷者を出す、韓国現代史に大きな傷を残す悲劇となった。さらに、このとき、米国が韓国軍投入を承認したことが、韓国の対米感情に現在まで残るしこりを生んだ。

光州事件後、全斗煥大統領による軍事政権は1987年の6月民主抗争によって盧泰愚政権が誕生するまで続き、この間運動家等反政府活動家の取締りを強化するとともに、三清教育隊と呼ばれる強制労働、警察による取調べ時の拷問など、苛烈な社会体制を作り上げた。

・・・この作品はそのような苛烈な社会体制を背景にして、一人の、花の美しさに涙する男性が、自身ではどうしようもない力によって人生に絶望させられていくまでを描いている。時に、どこかで軌道修正できたのかもしれないと思わされるところもあるのだが、しかし、それは一人の観客だから言えることなのだと思う。人生は確かに自身の力で作り上げるものであるのかもしれない。しかし、自身ではどうしようもない何かによって傷つき、その傷の癒し方がわからぬままで、自身と自身をとりまく多くの人を傷つけ、さまようことが往々にして、ある。

公開時に劇場で観て衝撃を受けて以来、約十年ぶりにこの作品を観て、ふと村上春樹のエルサレム賞スピーチを思い出した。

【日本語全訳】村上春樹「エルサレム賞」受賞スピーチ - 47トピックス
 「高くて、固い壁があり、それにぶつかって壊れる卵があるとしたら、私は常に卵側に立つ」ということです。

 そうなんです。その壁がいくら正しく、卵が正しくないとしても、私は卵サイドに立ちます。他の誰かが、何が正しく、正しくないかを決めることになるでしょう。おそらく時や歴史というものが。しかし、もしどのような理由であれ、壁側に立って作品を書く小説家がいたら、その作品にいかなる価値を見い出せるのでしょうか?

 この暗喩が何を意味するのでしょうか?いくつかの場合、それはあまりに単純で明白です。爆弾、戦車、ロケット弾、白リン弾は高い壁です。これらによって押しつぶされ、焼かれ、銃撃を受ける非武装の市民たちが卵です。これがこの暗喩の一つの解釈です。
 
 しかし、それだけではありません。もっと深い意味があります。こう考えてください。私たちは皆、多かれ少なかれ、卵なのです。私たちはそれぞれ、壊れやすい殻の中に入った個性的でかけがえのない心を持っているのです。わたしもそうですし、皆さんもそうなのです。そして、私たちは皆、程度の差こそあれ、高く、堅固な壁に直面しています。その壁の名前は「システム」です。「システム」は私たちを守る存在と思われていますが、時に自己増殖し、私たちを殺し、さらに私たちに他者を冷酷かつ効果的、組織的に殺させ始めるのです。

 私が小説を書く目的はただ一つです。個々の精神が持つ威厳さを表出し、それに光を当てることです。小説を書く目的は、「システム」の網の目に私たちの魂がからめ捕られ、傷つけられることを防ぐために、「システム」に対する警戒警報を鳴らし、注意を向けさせることです。私は、生死を扱った物語、愛の物語、人を泣かせ、怖がらせ、笑わせる物語などの小説を書くことで、個々の精神の個性を明確にすることが小説家の仕事であると心から信じています。というわけで、私たちは日々、本当に真剣に作り話を紡ぎ上げていくのです。

村上春樹のこのスピーチと、この作品とは理念を同じくしている。どれほど弱く愚かであろうとも、イ・チャンドン監督は常にヨンホの側に立って作品を作り上げている。そして「システム」はヨンホ自身に「他者を冷酷かつ効果的、組織的に殺させ」、そしてヨンホ自身をも傷つけていく。

純白のペパーミント・キャンディーはなぜ踏み潰されたのか。見る者をその大きなテーマに向きあわせるために、この作品は映画史に燦然と輝き続ける。

参考サイト
光州事件 - Wikipedia / 全斗煥 - Wikipedia / 粛軍クーデター - Wikipedia / 輝国山人の韓国映画 イ・チャンドン ペパーミント・キャンディー / ペパーミント・キャンディーの研究



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幸福を求めてしまう哀しみ〜「ねずみ男の冒険」水木しげる著

ねずみ男の冒険 (ちくま文庫―妖怪ワンダーランド)
水木 しげる
筑摩書房
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おすすめ度の平均: 5.0
5 水木しげるの知られざる名作
5 「鬼太郎」では物足りない貴方へ
4 ねずみ男祭り
5 人生ってオソロシイ・・・


水木しげるがマガジンデビュー前の1964〜65年頃にガロや忍法秘話など貸本漫画に発表した短編を中心に編集した短編集。のちに世間知の権化ねずみ男として人気を博すことになる頭巾姿のキャラクターに人間たちが翻弄される様子をシニカルに描いた作品がずらりと揃っています。

収録作品は以下の18作。「勲章」「合格」「はかない夢」「神変方丈記」「ああ無情」「不老不死の術」「夢の食糧」「幸福の甘き香り」「空想石」「空のサイフ」「錬金術」「マンモス・フラワー」「「幸福」という名の怪物」「仙人酒」「心配屋」「悪魔の使者」「海じじい」「子供の国」

その収録作品の中から4作品を紹介。

「勲章」
ガロ第三号に掲載された作品。舞台は平安時代。ねずみ男は「とうとう人類の夢を実現したぞ」と空をヒョイっと軽やかに飛んで見せる。それを見ていた出っ歯メガネでお馴染みの太政大臣は、ねずみ男を国宝に認定して勲章を授けてしまう。実はねずみ男が天女の羽衣を盗んだことを知った少年は、ねずみ男が寝ているすきに羽衣を奪い返し、実はねずみ男は飛べないことを暴露するが、ねずみ男の方が一枚も二枚も上手だった・・・

現在放送中のゲゲゲの女房でも、少年ランドの編集者豊川さん(少年マガジンの内田勝編集長がモデル)が、この作品を読みながら「水木しげるのマンガは、ザラッとしてるなぁ〜」と絶賛し、原稿依頼に登場するというエピソードで使われてましたね。

勲章や肩書きに対する人間の弱さと愚かさを痛烈に描いていて、おっしゃるとおり「ザラッとくる」作品です。暴露されても全くたじろがず「勲章を持っている人間がウソをつくものか」と豪語してみせるねずみ男の小憎らしさが素敵。

「合格」
江戸時代頃、忍者になるべく伊賀の里にやってきた少年は、忍者評論家を名乗るねずみ男に声をかけられる。早速ねずみ男に教えを請う少年だったが、ねずみ男は、公認の忍者人間テストが解ければ伊賀忍者の頭領百々地三太夫への紹介状を与えると言い、様々な無理難題をふっかけてくるのだった。

魚を取って来いから始まり、ふとん、千両箱など次々エスカレートする難題に、少年が難色を示すと「十年だまって辛抱するのが真の忍者だ」「愛すればこそムチを打つのだ」「君のためになることだ」「苦しみを超えてこそ大いなる喜びがある」と、ブラック企業の経営者ばりのさわやかな弁説で少年をたきつけ、それらをクリアした少年が傷つき疲れはてて眠っているうちに、ねずみ男は紹介状を残してドロン。そして、目が覚めた少年は喜び勇んで紹介状を開くと、そこに書かれていたのは・・・

いやいや、ねずみ男先生のその姿勢は今や多くの人々がしっかりと受け継いでおりまするな、などと皮肉っぽい嗤いが浮かんでしまってにやにやしながら読んでいたんですが、オチがブラック過ぎて最後はフハッ!と吹いた。

「錬金術」
貧乏な出っ歯メガネの男と妻子は近所の導師丹角先生を名乗るねずみ男の指示通りに毎日錬金術に精を出していたが失敗続き。それでも「ただの小石を純金にかえることができればどんな借金があったってすぐに返せるのだ」とポジティブに、時折大失敗をしては奇妙な笑いを浮かべている。

よく、熱心な宗教家や奇人が、希望も何もないような生活をしていながら、希望にみちみちた笑い声を発することがある。その笑い声と一緒なのである。

息子はそんな両親の姿にうんざりして、ある日、ねずみ男にこれ以上両親をまどわさないでくださいと言いに行くが、ねずみ男は一笑に付してこう言うのだった。

おまえたちが幸福になったのは錬金術をはじめたからじゃないか
瓦が金になりはしないかという果てしない希望 それによってもたらされる充実した日々・・・

錬金術は金を得ることではなくそのことによって金では得られない希望を得ることにあるんだ
人生はそれでいいんだ・・・・・・・・・
この世の中にこれは価値だと声を大にして叫ぶに値することがあるかね すべてはまやかしじゃないか

ねずみ男に仮託して作者水木しげるの叫びが、そう、貸本漫画家として出口の見えない迷路の中をさ迷う苦境の中で辿りついたある種の達観がここにはあって、それは漫画を書き続けるという錬金術と同様に金にはならず、しかし希望であるところの日々の繰り返しの中で見出した価値観がぎゅっと濃縮されていて、ちょっと震えた。

「子供の国」
三話からなる短編連作。時は戦国時代、戦争で親兄弟を亡くした不運な孤児たちは自分たちの幸福は自分たちで作らねばならないとばかりに山奥に入り「こどもの国」をつくっていた。「こどもの国」では選挙によってニキビが大統領が選ばれ、No2の書記出っ歯メガネのゴマとともにこどもたちの集団を率いていた。そこに登場するのがコシマキデザイナーのカルダンことねずみ男で、最先端デザインのコシマキを女の子たちに売り込もうとするが、理想主義者の少年三太に追い返されてしまう。

かねがね正論ばかり言う三太を苦々しく思っていたニキビ大統領はゴマ書記の進言に従い、国民を型にはめて大統領の言うことをきかせるべく「期待される子供像」を制定。さらに、こどもの国の主食は芋だったが、大統領と書記は、実は国民に配給される前の段階でその芋を隠し、大量に蓄えていた。その芋の蓄えをねずみの被害から守るべく猫を飼おうという政策を打ち出すが、国民は誰も芋の蓄えなど無いのに猫を飼うのはどういうことだと、多くの国民が不満を漏らし始めた。そこで三太が、大統領たちは不正に芋を蓄財しているのではないか、と大統領達を問い詰め、ついにクーデターに成功、ニキビたちを追放する。

新たに大統領に就任した三太はこれまでニキビ一味が不正に蓄えていた芋を開放し、芋の配給を平等にして、それまで実力主義政策のニキビ政権下では満足に配給をもらえなかった女の子や赤ちゃんたちから強い支持を受けた。しかし、配給が平等になったことで不満を覚えるようになったのが男の子たちだ。ニキビ政権下では男の子たちは体力に応じて芋を食べられていたのが、三太政権では赤ちゃんや女の子たちと一緒の量になってしまったのである。

追放されたニキビとゴマだったが、実は裏山にさらに芋を隠し持っており、コシマキを売りたいが、食糧生産重視の三太政権ではコシマキを売ることが出来ないねずみ男も彼らの仲間に入ってニキビ復権に暗躍していた。そこで彼らが目をつけたのが不満を持っている男の子たちを調略することだ。隠し芋と新政権ポストで次々と男の子たちを寝返らせると、一気に子供の国に攻め入り再度のクーデターに成功、三太が追放される。

しかし、三太を支持する赤ちゃんたちが子供の国から離脱し、三太と赤ちゃんたちからなる一味はゲリラ戦を展開。さらにオイシイところを取りたいねずみ男はニキビ政権と三太一味との間で暗躍、ニキビ政権下で女の子たちのサボタージュもあって、ついに子供の国はニキビ政権と三太政権で分断されることになった。子供の国が内戦状態になっているころ、軍事力で鳴らす狸の国が隣国にまで領土を拡大してきていた。ニキビ大統領は「くさった政治」同士、狸の国と同盟を結び、一気に三太の国を包囲しようと軍を進める。

ねずみ男は芋を報酬で受けることで三太を退陣させ無血開城させるべく三太の国に使者として向かうが、三太は「おいら・・・わずかな芋をわけあってその日その日を生きている人間じゃアねえかどこが悪いんだ」と聞く耳を持たない。そして軍勢が迫る中ねずみ男を捕らえ、「命がおしけりゃお前の弁説で協力しろ」と伝えるのだった・・・果たしてねずみ男最大の危機を乗り越えられるのか・・・という一大スペクタクル。みんな子供だけど。

腐敗した自由主義と現実離れした社会主義との間で揺れ動く人々の営みを子供の国に仮託して描ききった傑作。この透徹した視線が水木しげるの水木しげるたるゆえんなのでしょうか。おそらくハッピーエンドとして描いたのだと思いますが、現代から見ると、この作品で最後に象徴的に描かれた協力関係が、いわゆる野合として、社会に閉塞をもたらすことになるのだと思うと、結果として実に水木しげる作品らしい、現実の世知辛さを描いた作品になっているように思います。超傑作。

このように収録作品のうち四つ紹介しましたが、他の作品もどれも劣らぬ傑作揃い。人間の幸福を追い求める心から生じた悲喜劇を描いており、一人ひとりの力ではどうにもできない、それぞれが背負った業を、ねずみ男が"まれびと"的な第三者として剥き出しにしていく物語たちだ。

収録作品の一つ「幸福の甘き香り」に、おそらくこの「ねずみ男の冒険」最大のテーマが記されている。

誰もがほしがり、誰もがつかみそこねる幸福・・・・・・・・・。
それは、本当はないのかもしれない。
しかし、人間は、生きている限り、何等かの形で、それをもとめてやまない・・・・・・。

ぼくたちはなぜ幸福(しあわせ)になりたいのだろう。それが時に悲劇をもたらすにもかかわらず。



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調布の総鎮守、布多天神社と大正寺

調布の総鎮守、布多天神社の紹介です。



布多天神社はその歴史はかなり古く、延長五年(九二七)に作成された当時の神社の一覧を記した資料「延喜式神名帳」にその記載があるとのことで、それ以前にはすでに創建されていたと推定されています。社伝では垂仁天皇の時代とあるとのことですが、さすがに伝説の域を出ません。

当初、多摩川沿い、現在の布田五丁目付近にありましたが、文明年間(一四六九年〜一四八六年)に多摩川が大氾濫を起こしたことをきっかけに現在地に移転。その際にそれまでの祭神である少彦名命(スクナビコナ)とあわせて菅原道真が合祀されます。

江戸時代に甲州街道が整備され、調布一帯の街道沿いに国領、下布田、上布田、下石原、上石原の五つの宿場(布田五宿)が作られると、五宿天神と呼ばれて地域の人々や街道をゆく旅人たちの信仰を集めました。

拝殿


都内の神社の多くが明治以降あるいは第二次大戦の戦災で戦後に再建されたものであるのに比して、この神社の拝殿は古く、宝永三年(一七〇六)に再建されたものとのことです。

調布市最古の狛犬


この狛犬は境内で開かれる市の繁栄と商売繁盛を祈願して、寛政八年(一七九六)に建立されたもので、願主に「惣氏子中」と並んで「惣商人中」とあることから、この当時からすでに市が立てられていたことがわかります。境内の案内板によると、昭和の初めごろまでは「古着、古道具をはじめ、農機具、節句雛、鯉幟等庶民生活と深い関係のある商品が取りあつかわれ、特に暮の市はたいへんにぎわっていた」とのことです。

現在でも毎月二十五日に市が開かれています。



境内では近所の幼稚園の子たちが先生に連れられて元気よく走りまわってました。

牛の像


菅原道真を祀る天神系にかかせない牛の像。

余談ですが、菅原道真と牛は何故セットなのかなーという疑問をかねてから持っていまして、おそらく怨霊であったことと関係があるんじゃないかと思っています。かつては牛は獰猛な野獣と見られていたこと、また牛は疫病神とも深く関係していることなどそういう荒ぶる象徴だったことと、怨霊としての道真というのが結びついた結果なんじゃないかなと、随分前から疑問を持っていて、そのうち調べたいと思っているのですが、思いながら随分経ってしまったので近いうちになんとか調べはじめられればいいなぁと。

大正寺


布多天神社の参道沿いにある寺院です。大正寺はこの地にあった栄法寺と小島の不動院、下布田の宝勝寺の三つの寺院が大正四年(一九一五)に合併してできた真言宗系の寺院です。栄法寺の本堂は現在、布多天神社の真横にある大正寺墓地のあたりにあり、それを現在地に移設してきました。

旧栄法寺には明治四年から明治七年にかけて布田郷学校という教育期間がありました。当地の案内板によると郷学校というのは江戸時代中期から明治時代初期にかけての教育機関の名称で、寺子屋や私塾より公共性の高いものを指していたとのことですが、文部科学省HPの学制百年史によると「まだ統一した学校制度が全国に実施されていなかったので、これらの学校は性格も多様であり、名称も一定していなかった。藩立の学校を改造した場合には、学校、藩学校、郷学校などの名称を用い、一般子弟のための初級の学校は小学、小学校、小校、啓蒙所、義校などと称していた。」とのことで、きちんとした分類があるわけではなく、郷学校という名称を使った教育機関が設けられたということのようです。

案内板より
布田郷学校は、発足するにあたり、原豊穰等五宿の有力者たちが中心となって、近隣の村々の協力を得て開校したものであるが、この郷学校は養豚所を経営することによって得た利益を学校の運営費にあて、授業料等一切とらなかったという特色のある学校であった。養豚所の経営不振から明治七年閉鎖し、公立布田学校(現在の第一小学校の前身)となるまで、公立学校に代わる重要な役割を果たしてきた。

という、いわば明治維新の黎明期、まだ国の学校教育の制度すら整っていない時代に社会企業的なスタンスで始められた学校だったようで、当時の熱気のようなものが想像されてちょっと胸が熱くなります。

布田郷学校跡


経営には失敗し、ささやかにその事績が案内板と石碑に残っているだけではありますが、しかし挑戦しようとした人たちがいたという事実は、ひとつの歴史のうねりとして今につながっているんでしょうね。

で、大正寺の境内ですが、山門正面からではなく、脇の勝手口から見学者は入場する旨書かれていますのでそちらから静かに入ります。

本堂


旧栄法寺の本堂を合併時に移設させたものですが、このように寺院の境内は実に丁寧に手入れが行き届いていてとても涼やかな印象を受けます。

庚申塔


調布七福神の一つ恵比寿神




石仏


ということで調布駅から徒歩五分程度で行ける神社と寺院はちょっと離れた深大寺同様、静謐な空間が創りだされていてとても心地よかったです。


大きな地図で見る

調布駅北口より徒歩五分

参考サイト
東京都/調布市/祈祷/ご婚礼/学業祈願/【布多天神社】
布多天神社 - Wikipedia
延喜式神名帳 - Wikipedia
甲州街道 - Wikipedia
てらたび(寺旅)寺院紹介
学制百年史 [総説 一]

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アメリカ保守主義思想の成立

保守とリベラルというアメリカの二つの思想潮流の一翼を形成する保守主義思想が体系化されたのは戦後になってからのことだ。進化論裁判での失墜と大恐慌に対する無策によって古い保守派は信頼を失い、ルーズベルト大統領とその政策を支持するニューディール連合によるリベラリズムの時代が第二次大戦以降アメリカに訪れる。

アメリカの政治、経済、社会と広く浸透したリベラリズムに対して危機感を抱いた保守主義者たちは真摯にその思想に向き合い、保守主義思想の体系化が静かに進められて行った。保守主義思想はまさにリベラリズムに対する反動として成立した。

保守主義思想の理論構築はシカゴ大学教授リチャード・M・ウィーバー(1910〜63)と政治学者ラッセル・カーク(1918〜94)の二人によって始まった。

ウィーバーはアメリカ南部の伝統的価値観を重視し、第二次世界大戦の惨状を目の当たりにしたことから進歩主義、リベラリズムへの懐疑へと発展させ、人間の倫理性が失われたのは「原罪の教義が放棄され、人間の善性が原罪に取って代わった」からだと考えるようになる。つまり、社会進化思想的な価値観によって人々が「社会システムは単純なものから複雑なものに進化すると考えるようになった」結果、社会が多様化し、社会が分断され、さらに人間の原罪を否定し、人間が自分たちで改善することが出来ると過信するようになった、と考えた。

(「アメリカ保守革命」P18)
ウィーバーは、人々は、「世界に理解出来ないものが存在する」というアリストテレスの思想を否定し、さらに人間の持つ"原罪"をも否定してしまったという。人間は不完全である。だからこそ「伝統」や伝統に基づく「価値観」や「秩序」がアンカー(鎖)として必要なのである。ウィーバーによれば、アメリカ建国の父たちは人間が不完全であるゆえに国家権力の集中を避けようとしたのである。建国の父たちが想定した「社会秩序」(連邦主義)こそが、アメリカの保守主義の基本ともいえる「国家」と「コミュニティ」「個人」の関係を明確に規定していると主張したのである。

このウィーバーの思想が新しい保守主義の始まりとなった。

続いてラッセル・カークはエドモンド・バークの原点としてアメリカこそバークの言う「伝統と倫理に基づく社会秩序」を実現する場であると考え、「保守主義の六つの規範」を記した。(「アメリカ保守革命」P21-23より)

(1)「神の意思が意識と社会を支配し、偉大なる物と曖昧なる物、生ける者と死せる者を結びつける権利と義務の無限の連鎖を作り出している。政治問題は基本的に宗教問題であり、道徳の問題である」
(2)「豊かな多様性を持つ伝統的な生活を愛することであり、それは最も過激なシステムが目指す狭い画一性と平等と効率性を主張する社会とは異なる」
(3)「文明社会にとって秩序と階級が必要である。唯一の平等は道徳的平等である。他の平等を実現しようとする試みは、法律によって強制するなら、すべて絶望に終わるだろう」
(4)「財産と自由は分かちがたく結びついている。経済的な平等は経済的な進歩を意味するものではない。財産と私的所有を分離すれば自由は消滅する」
(5)「神の意思を信頼し、"詭弁家や計算高い人"を信じてはならない。人は自分の意思と欲望をコントロールしなければならない。なぜなら人は理性よりも感情により多く支配されているからである。伝統と健全な判断が人の無政府的な衝動を規制することになる」
(6)「変化と改革は同じものではない。イノベーションは進歩を示す松明ではなく、破壊的な大火になる可能性がある。社会は変化しなければならないが、人間の体が永続的に更新されるように緩やかな変化は社会の秩序を保つものである」

そして、アメリカの保守主義思想はキリスト教的道徳のことであり、精神的、道徳的な再生を図り、教育を浄化し、家族への敬意、知的財産の尊重などの重要性を訴えた。また、上記の六つの規範とあわせて保守主義の基本思想として以下の7つのことを挙げている。(「アメリカ保守革命」P24-25)

・「永続的な道徳的秩序が存在し、人間の本性は時代が変わっても変わらない」
・「社会政策は長期的な影響によって判断されるべきである」
・「ユートピアを求めることは悲惨な事態を招く」
・「人間は不完全性な存在である。人間の完全性を約束する思想家が一九世紀の偉大な部分を地球上の地獄に変えてしまった」
・「市民の生活に最も重要なのはローカルかつ自発的に行われる決定である」
・「権力や人間の情熱を抑制することが必要である。個人や少人数のグループがチェックされることなく同胞を支配する国家は専制主義国家である」
・保守主義者は道理に基づいた穏やかな進歩を支持する。新しい物が古いものよりも常に優れていると主張する狂信的な集団に反対する」

このように、キリスト教道徳への回帰とリベラリズムへのアンチテーゼとして、アメリカ保守主義の理論的構築がウィーバーとカークの二人によってなされ、次第にその体系が構築されていくことになる。

アメリカ保守主義思想の源泉は主にギリシア哲学や聖書、ユダヤキリスト教文明とヨーロッパの保守主義思想に求められた。

保守主義思想研究家のチャールズ・ダン、デビッド・ウッダードによると保守主義思想の基本的な発想は以下の八つに要約できるという。(「アメリカ保守革命」P27-28)

(1)伝統的、宗教的価値観を重視すること
(2)人間の善意、理性、完全性を信用しないこと
(3)中央政府を信用しないこと
(4)州政府、地方政府の方が中央政府よりも明確な自己意識を持っていると考えること
(5)愛国心を持っていること
(6)個人の権利よりも義務を重視すること
(7)資本主義と自由市場を信頼すること
(8)既存の制度内での緩やかな変化を通して経済的、政治的、宗教的な安定性の維持に務めること

まず、保守主義思想では人間は不完全で原罪を背負っているが故に人間の善意を信用せず、道徳と秩序の源泉である神の存在によって人が人たらしめられていると考えている。

次に、近代の相対主義は神という絶対的な価値観の否定によって生まれ、人間の手によって社会を作り替えることができるというユートピア思想を生み、そのユートピア思想は人間の不完全性ゆえにファシズムやナチズム、共産主義国家のように最終的に全体主義に堕すると彼らは考える。この人間に対する不信が一方で実証主義的な科学を生み、他方で神の絶対性によって科学への懐疑へとつながる。

また、巨大な権力が集中した「大きな政府」は市場に介入し個人の自由を抑圧し、全体主義に繋がるという恐れを持つ。この全体主義に対する過剰とも言える恐怖が反共主義や米ソ対立へと彼らを駆り立てて行く。平等については彼らが重視するのは機会の平等であって結果の平等ではないため、階級社会を肯定的に考える。そして伝統は長く積み上げられた知恵の集積であると考えており、それゆえに変化や急激なイノベーションに対して強い抵抗感を持つ。

この1950年代から60年代にかけて理論構築されていった保守主義思想がアメリカ社会の根底にあるアメリカ例外主義と混ざり合いながら、巨大な思想潮流として現代のアメリカ社会を席巻していくのである。

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三歩進んで大統領になったビル・クリントン

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「音が人に与える4種類の影響」についての見事なプレゼン



音環境を設計するビジネスをしているジュリアン・トレジャー氏が我々に影響を与える4種類の音について語るプレゼンテーションの動画です。subtitlesからJapaneseを選ぶと日本語字幕が出ます。

プレゼン中、様々な音の例を聴かせつつ、その影響とは以下の四種類だと語っています。
・生理的なもの
・心理的に影響を与えるもの
・認知機能に影響を与えるもの
・行動面への影響を与えるもの

そして、その四つの影響を踏まえつつ、プレゼンはコマーシャルサウンドの四つのゴールデンルールについて展開していきます。すなわち、
・調和すること
・状況にふさわしいものであること
・価値があること
・何度も何度もテストをすること
が、ビジネスの上で音の影響を考えるときの四つの黄金律だとのこと。

とにかく、このプレゼンはたった五分の限られた時間の中で、論旨が明解で実例が豊富で、それゆえに聞いている側に強い興味を抱かせて、そして流れるようにクロージングまで持っていくという、ちょっと観ていて気持ちいいぐらいにプロフェッショナルを感じさせる内容になっていました。これ、すごいです。

音が人に与える影響については、僕自身が殊更音環境に敏感なところがあり、生理的、心理的に音にはすごく左右され、時にダメージを受けてしまうため、このプレゼンはとても興味深かったです。まずもってカクテルパーティ効果と呼ばれる音の選択的聴取が上手く出来ないのと、雑踏や雑音で人並み以上にコンフューズしてしまう傾向が強いんですよね。極力、調和した心地いい音環境に身を置けるような生活スタイルを構築出来るようにしたいと思っているところなので、特に四つのゴールデンルールは気を付けたいです。

ということで、音が人に与える影響について簡単に把握する、効果的なプレゼンのお手本としておすすめの動画でした。

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愚迷の帝王が打ち込んだ楔

2010/4/21 党首討論-谷垣vs鳩山前編


2010/4/21 党首討論-谷垣vs鳩山後編


三宅観瀾(みやけかんらん)は十七世紀後半〜十八世紀初頭の朱子学者である。徳川光圀の下で「大日本史」の編纂に関わり、水戸藩の朱子学研究機関「彰考館」の総裁に就任、その後、新井白石に招かれて幕府の儒官として活躍した。

彼は著書「中興鑑言」で後醍醐天皇の政権について論じ、後醍醐天皇の建武の新政の迷走ぶりをこう評した。

「知らずしてこれをなす、これを愚という。知りてこれをなす、これを迷という」

後醍醐帝の建武の新政は、疲弊した鎌倉幕府に代わって政権を奪取した当初は民心を得て、大きな構想と天皇親政の強いリーダーシップの元で華々しく始められたが、すぐに頓挫する。

(山本七平著「現人神の創作者たち〈下〉 (ちくま文庫)」P193)
いわば、後醍醐帝は大きな構想をもち、それを急速に実行に移そうとしたのだが、それを現実化しうる能力のある者がいなかった。優秀な官僚群がなくそれの組織化もできていなかった。さらに帝はその時代の民情・風俗を全然知らなかった。そのためその施政は初期には華々しく展開されたが、結局は「構想倒れ」に終わったわけである。

何が悪かったのか、観瀾はこう指摘する。

号令の発するや、朝に定め暮に改め、彼より奪いこれに与え、内批廷断、常に矛盾をなす。論功の主吏、依違沮閣し、往々数人を以て一賞邑を争い、所在これがために擾動す。これまさに綸ふつ(糸編に孛)の言をして、反覆泛濫して適従するところを知らざしめんとす

命令を発しても朝令暮改、奪ったかと思うと与え、上下の意志は一致せず、常に矛盾をなしている。賞罰の担当者たちは互いに手続き・意見がまちまちで、数人で一つの賞となる領地を争い、このことで天下をかき乱している。後醍醐天皇の言は何度もくりかえされて溢れかえり、どれに従って良いかわからなくなっている。

意を恣にして芸なく、因循せざれば擾動し、法すら且つ蕩然として持拠する所なく、ついに天下の民をして淫縦争奪し、窮怨交交起こらしめ、時に方りて禍発すれば一敗して救わず。これ以て論をなすに足らざるなり。

専制的に勝手気ままに権力を振るうが統治能力は無く、前例を守って何もしないか、あるいは天下をかきまわすだけ、自分で定めた法ですら自分が守っていこうともしない。人々は次第に欲のままに勝手に相互に争い奪い合い、生活に苦しみ政権を恨むようになる者が相次いで起こるようになる。何かあれば一気にひっくり返って当然だ。これ以上論じる必要もない。

後醍醐帝は高い理想と幅広い構想力、少なくとも愚かではない政治センスを持っていたが、反面、世情に疎く、自意識が異常に強く、肥大化した自己無謬感・全能感に囚われていた。特に偶然といっていいぐらいに北条氏から政権を奪取できたことでその全能感に手がつけられなくなり、結果として政権を失っていく。

観瀾は後醍醐帝の幼き日の環境にもその一因があるとしている。

今の上たる者、生まれながら天下の富貴を以て自ら享け、襁褓齠齔(きょうほちょうしん)、輔くるに保姆滕御(ほぼようぎょ)を以てして、その怡コニを済しその叱詈を縦にし、或いは挫折違忤するなし。

皇族たる者、生まれながらに天下の財を享受することができ、二、三歳から七、八歳の幼い時期、保母や老女に助けられて、喜びも悪口も好きなように言い、やめさせたり機嫌に逆らっても正されるというようなことはなかった。

要するに幼い頃に恵まれすぎた環境にあったことでスポイルされてしまったということで、それは必ずしも後醍醐天皇だけに責任が帰されるものではなく、後醍醐帝とその臣を責めるより「世習の正しからざることを詰らん」と語っている。

後醍醐政権は華々しいスタートを切ったものの、人々の離反を招き足利尊氏の挙兵によってわずか二年あまりで瓦解した。

政権瓦解後も後醍醐帝の執念は止むところ無く、二人の天皇が立つ南北朝時代となり、政権は長らく分断の時代を迎え、南北統一後も後醍醐帝につき従った「悪党」と呼ばれる勢力が各地で力を蓄ていき、基盤の脆弱さをはらんでいた室町政権は各地で頻発する反乱に手を焼き、南北統一から半世紀あまりで勃発した応仁の乱によって戦国時代へと突入。豊臣・徳川氏によって統一されるまでの長い戦乱の遠因はまさに後醍醐帝の愚迷さにあった。

そして、この後醍醐帝をどう扱うかが、江戸時代、朱子学の一大テーマとなって発達し、その朱子学は天皇の正統性をうたい、天皇から将軍職を任じられている徳川の統治の正統性を支える原理となったが、一方で幕末になると天皇の正統性はすなわち勤王思想へと転化して倒幕へと繋がっていく。そして明治以降、愚迷であっても天皇に忠義を尽くし「君たらずとも臣」であった楠木正成や新田義貞らが再評価されて神格化され、統治規範として儒教的神道思想の一端を担い、その規範意識は戦後もいわば「空気」のようにして社会に横溢することになる。

歴史を振り返ってみると政体が制度疲労を起こしている中で、後醍醐天皇ほど強烈ではないにしてもプチ後醍醐のような人物が登場し、数年と言わず数百年単位の長きに渡って影響を及ぼす「くさび」のようなものを打ち込んで退場していくというプロセスを辿ることが往々にして起こる。

愚迷の帝王後醍醐が、その愚迷さによって700年あまりものあいだ抜くに抜けない巨大な「くさび」を打ち込んだように、ここ十数年の政治、社会の混迷は再び大きく深い、長く抜けないだろう「くさび」をこの社会にグサッと打ち込んでいるんじゃないかと思うことがある。

鳩山氏は確かに愚迷のカリカルチャ的な存在感だが、歴代の指導者たちも大なり小なり愚であり迷であった、あるいは愚迷であることを余儀なくされ、または愚迷であるかのように煽られた。まるで、人々は彼らが愚迷たることを熱望し、投影しているようでもあった。

三宅観瀾の後醍醐評はことごとく現政権に当てはまっているかのように読むことができる。それは、確かに彼らの資質や能力や体制の問題も大きいが、我々もまたそれをどこかで望んでいるのではないだろうか。政権の愚かしさを責めることは容易いが、三宅観瀾がそうしたように、あえて「世習の正しからざることを詰」ることが必要だろう。世習とはまさに我々が形成しているものだからである。

上記の動画や政治家たちの言動に愚かさを感じるとき、その気持のどこかに、自身の愚かさの投影である面はないだろうか。あるいは政治家の愚かさの発露を望んでいないだろうか。あるいは愚かさを叩くことに喜びを感じていないだろうか。何故、愚かだと思うのだろうか。

テレビでもお馴染み政治学者の山口二郎先生のブログでポピュリズムについてとてもよくまとまっていた論考をみつけたので、そこから引用する。

08 年5月:ポピュリズムと民主政治についての考察 | YamaguchiJiro.com

1960年のアメリカ大統領選挙におけるケネディとニクソンのテレビ討論は、民主政治におけるテレビの影響力を決定的に高めた歴史的な画期であった。もちろん、ニクソンはメディア政治における自己演出についてケネディに遅れを取り、苦杯を嘗めたのであるが、そのときに彼の言った言葉が印象的であった。

 「人々はケネディの中に自分がこうありたいと思うものを見出し、ニクソンの中に自分が実際にそうであるものを見出す」

 ケネディ、ニクソン、それぞれの人となりが実際にどんなものかは重要ではない。メディアに映った政治家のイメージに人々は自分の美しい面と醜い面を重ね合わせるとニクソンは言いたかったのであろう。それこそが、近代的なポピュリズムの要諦であった。

(中略)

社会保険庁の杜撰な業務や、道路予算の無駄遣いなど、政府が犯す明らかな誤りをたたくことは、民主政治におけるメディアの使命である。しかし、悪をたたくこと自体がステレオタイプ化するとき、思考停止が始まる。思考を停止したまま、悪をたたくことに共鳴し、そのことに満足している人々は、ポスト近代型ポピュリズムの担い手となる。このようなポピュリズムの蔓延は、民主政治を劣化させる。しかし、どこまでが正当な批判で、どこからがステレオタイプかを識別することは困難である。なるべく多様な言論を並存させ、そうした言論の摩擦や軋轢の中でステレオタイプを崩していくしか方法はない。

「愚迷の帝王とは、私自身のことではないか?」。一人ひとりがその終りの無い問いを問い続ける、ある種苦行にも見える活動こそが、実は民主政治の要諦であるように思う。そして苦行ゆえに民主政治は腐敗するのだろう。

※三宅観瀾の「中興鑑言」とその意訳については山本七平著「現人神の創作者たち〈下〉 (ちくま文庫)」より引用または参照。

参考書籍・サイト
・山本七平著「現人神の創作者たち〈上〉 (ちくま文庫)
・山本七平著「現人神の創作者たち〈下〉 (ちくま文庫)
・網野善彦著「異形の王権 (平凡社ライブラリー)
三宅観瀾 とは - コトバンク
08 年5月:ポピュリズムと民主政治についての考察 | YamaguchiJiro.com

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自分の思考フレームをはずす、という傾聴法

たまーに会うお義母さんの話を上手に聞く方法 - kobeniの日記

このkobeniさんの記事にまとめられたお義母様との対話の実践は、思考フレームをはずす、というとても高度な傾聴法の一つのように思いました。

対話で心をケアするスペシャリスト《精神対話士》の 人の話を「聴く」技術」によると、我々の日常会話は二つの情報から成り立っているそうです。一つは発された言葉そのものが意味する「意味情報」、もうひとつはその言葉に込められた感情を意味する「感情情報」です。コミュニケーション能力とは「意味情報」と「感情情報」の二つを過不足無く受け止め、会話する能力であり、「話し手はメッセージを発するとき、じつは、そのメッセージの裏側に隠れた感情こそ伝えたいと思っているのです。

その傾聴法の一つとして、自分の思考フレームをはずすというメソッドがあります。

対話で心をケアするスペシャリスト《精神対話士》の 人の話を「聴く」技術

人はそれぞれ自分の思考の枠組み(フレーム)のようなものを持っています。(中略)育った環境や教育、親のしつけ、性別などを通して、人は物事を考える枠組みのような思考パターンを作っていきます。
そのフレームに収まらないことを見聞きすると、人は「でも」とか「しかし」とか「そうではなくて」などと、反論したくなったり、相手の考えを修正したいという衝動を覚えるものです。
この思考フレームが話し手との間に壁を作ります。自分の思考フレームに相手を勝手に当てはめ、「この人はお金持ちだ」「この人は病気だ」「この人は反社会的な考えを持っている」「この人は暴力的だ」などと決め付けてしまうと、他人との深いコミュニケーションをとることが不可能になります。

(中略)

自分の思考フレームをはずして、先入観のない目で、相手の心を見てみましょう。「でも」「しかし」と言いたくなったら、その言葉を一度飲み込んで、とりあえずあいての話に傾聴してみてください。

「■お義母さんの話は、ストックではなく常にフローであると心得る」「■登場人物や地名が分からなくても、気にしない」といった姿勢はまさにこの思考フレームをはずす、という方法の具体的な実践だなぁと思いました。

同書では、この方法の実践例としてかなりシビアな例が紹介されています。

A君は温和な少年だったが、学校でいじめにあい、学校にいかねばと自身では思いながらも葛藤してひきこもってしまう。しかし両親は学校に行けと説教してくる。そこで堪り兼ねて親に暴力を振るってしまい、警察へ。保護観察となり精神科医にもかかるものの少年の孤独感は強まる一方で、心を開こうとしない、という状況でベテランの精神対話士が派遣されてくるというシチュエーションです。

対話で心をケアするスペシャリスト《精神対話士》の 人の話を「聴く」技術」より

最初に会ったとき、彼の目は怒りに燃えていました。不信感のかたまりを身体全体で表現し、精神対話士をにらみつけ、宣戦布告をするようにこう言いました。
「俺は自殺をするつもりなんですよ。でも、一人で死にたくないからね。もう一人道連れにします。誰だと思いますか。父親ですよ」
(中略)
そして精神対話士にも、
「人を殺して、なぜいけないのか」
と尋ねてきました。
精神対話士はこう答えました。
「君が殺したいと思うのだったらそれは君の意思だから、本当に殺すか殺さないかということは別として、その気持ちはぜひ汲んであげたいと思う。できれば、どうしてそう思うようになったのか教えてほしい。やっぱりそれだけのつらさや苦しい気持ちがあったんだと思う。その気持ちを話してほしいし・・・・・・それにしても、私は君が実際に父親を殺すとは思えない。殺せば周りの人が苦しんだり悲しんだりすることを君はちゃんとわかっていると思うんだけど・・・・・・たぶん、君が殺したいというのは、自分がそれぐらい苦しめられている気持ちの表れのような気がするんだけど・・・・・・どうなのかな」
彼はしばらく黙ってから遠くを見つめ、涙をポロッと流しました。

その後、彼は対話を重ねるごとに家庭内暴力も減っていき、社会復帰へと進んで行ったとのことです。

書籍用にかなり脚色が入っているだろうし、おそらくここまで至るのに一朝一夕ではなかっただろうとは思うものの、「殺したい」という"反社会的な"思考を受け止めて、相手を尊重する姿勢に学ぶところは大きいと思います。

少しそれますが、「殺したい」「死にたい」と人が言うときの臨床家の姿勢について、河合隼雄氏が「こころの処方箋 (新潮文庫)」で以下のように書いています。



河合隼雄「こころの処方箋 (新潮文庫)」より

抑うつ症で死にたいと言う人は多い。それに、実際に自殺することも多いので、気をつけねばならない。
しかし、ここで大切なことは、この人の自殺をとめることにばかり熱心になると、それは、この人の「死んで生まれ変わろう」とするせっかくの動きをとめてしまうことになる、ということである。従って、われわれとしては、自殺を単純にとめるというのではなく、それを象徴的な「死と再生」への過程としてすすめてゆくことを――実際の自殺を避けつつ――援助することを考えねばならない。

そこで、話を聴き、相手がリアルな死を選ぶのを避けつつ、その死にたい、殺したいという思いの背後にある感情を汲み取り、「死と再生」へと向かわせるよう手助けをするのだそうだ。ただ、ちょっとどの本で読んだのか忘れたのだけれど、やはり河合先生のだったと思うが、ある臨床家が「死にたい」という患者の話を、型通りの方法で話を聴いていて、ある日本当に死んでしまい、聞き手であった療法家自身も大変心に傷を負ったという話がありました。

上記の例は単純化されているが、ケースとしてはとてもシビアで型通りの方法で対処するのはとても危険だろうということは申し添えておかなければならないでしょうね。上記の方法ですべてうまくいくのではなく、常にケースバイケース、百人百様の、特に困難な例であり、あくまで、その思考フレームを外す、という一例として読む方が良いと思います。

で、思考フレームをはずす、という話に戻って、このように思考フレームをはずす、という方法はいわばコミュニケーションや傾聴の専門家の間での高度な技術ですが、日常生活でもそのメソッドは確かに有効なのだと思います。いかにして、自身の思考フレームをはずせるか、というのは自身が何に執着し、何によって呪縛されているのか?ということに向かい合うことにもつながってくるわけで、そのプロセスをごくごく自然な振る舞いとして、しなやかに行える人というのはとても尊敬します。

このように、思考フレームをはずす、ということを実践することで、自身について見えてくるものもあるだろうと思いますので、人の話を聴くときに、「でも」「しかし」という言葉を飲み込んで相手の話を受け止めてみると良いのではないかと思います。まぁ、理解していても結構難しいもので、僕はそれがなかなか苦手なゆえに非コミュなんですけれどね(笑)



対話で心をケアするスペシャリスト《精神対話士》の 人の話を「聴く」技術

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100歳を超えて生きるには

ダン・ベットナー:100歳を超えて生きるには | Video on TED.com

TEDで興味深いスピーチを見ました。subtitlesからJapaneseを選ぶと日本語字幕がでます。スピーカーのダン・ベットナーはナショナルジオグラフィック誌やアメリカの国立老化研究所などとチームを組み、世界各地の100歳以上の長寿者が多い地域(ブルーゾーン)の生活習慣や社会構造を研究し文化を超えて共通する要素を抜き出したといいます。彼らが調査した多くのブルーゾーンのうちイタリアのサルディーニャ島にある高地地帯ヌオロ県、日本の沖縄本島北部地域、アメリカのプロテスタントの一派セブンスデイ・アドベンチストが多く集まるカリフォルニア州ロマリンダ地域の三箇所について紹介されています。

それぞれの地域に共通するのは、植物性の食生活を送り、生活の中に運動が組み込まれ、生きる目的に関する言葉があり、孤独にならず、信頼に基づいた共同体が存在しているなどだそうだ。サルディーニャ島では古い歴史が残る文化と、ポリフェノールが通常の三倍以上のワインやチーズなどと植物性の食生活とともに、老人に対する敬意を持った社会が形成されているという。また、沖縄では「腹八分」という言葉と過食を防ぐ生活習慣、模合という相互扶助の組合の話や「生き甲斐」―その意味は「翌朝目覚めるための理由」だという、うまい言い回しだ―などのエピソードが語られる。アメリカについてもセブンスデー・アドベンチストたちの健全でアクティブな生活と、信仰に裏打ちされたコミュニティの状況が紹介されれている。

関係ないけどセブンスデー・アドベンチストはその昔、コーンフレークを発明したケロッグ博士が信仰していた宗派ですね。ケロッグ博士は熱心な信者で団体の診療所で働いており、その信仰心から、アメリカ人の健康促進のためコーンフレークを考案したという歴史があったりします。何故か日本ケロッグ社の由来にはセブンスデー・アドベンチストについては載っていないんだけど、そこは色々大人の事情があるんでしょう。

ダン・ベットナーはコミュニティの重要性や生きる目的に関する部分を強調する。確かにそのような健全な人間関係によるソーシャル・キャピタルの存在は健康と密接に関わっている、という話は良く聞くので、それを喚起しようという意図なのだろうし、それはとても重要なことで、長寿や健康と社会との関係についてはよく研究されて欲しい分野だと思います。

スピーチの上手さもあって、とても聴きごたえがあった動画なのだけれど、しかし、多分、聴衆となる人々が素人であることを考慮してわかりやすさを重視しているのだと思うが、論旨を補強するデータや裏付け、エピソードをかなりばっさりとシンプルにしたことで、少々牽強付会な印象、というか結論有りきというようにも聞こえるかなとも思う。特に沖縄の話は「腹八分」って孔子なの?とか「生き甲斐」は日本語圏に共通する言葉なので、その原因であるかのような言い方は少し語弊がありそうとか、まぁそういう枝葉末節なあたりとかだったり、その他いろいろ少し気になったり。他の二ヶ所についてはわからないけれど、多分聞く人が聞くとあれ?と思うこともありそうですね。

全体像としては興味深く、あまり詳しくない面もあって面白く見たスピーチで、これをきっかけに自身の生活を振り返ったりするのに良いんじゃないかなと思うとともに、このあたりの健康や長寿と社会との関係について、より深く知りたくなりました。もう少しがっちりしたスピーチや書籍もおいおい調べてみたいです。まぁ、そういう興味を抱く契機としていい感じですね。

あと、TEDでのスピーチって多くは、多様なテーマで主題はコミュニティの重要性、信頼の重要性、ネットワークの重要性などについて語られることが多いですね。カリフォルニアの気風でしょうか。

しかし、TEDでスピーチする人たちってみんななんでこんなにスピーチうまいのよ。

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「ソーシャル・キャピタル―「信頼の絆」で解く現代経済・社会の諸課題」稲葉陽二 著
「限界集落ーMarginal Village」梶井照陰 著



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4 つながりを取り戻せるのだろうか
4 膨大なデータ量に圧倒される
5 アメリカは日本の鏡ということを実感



身体と健康 | trackbacks(0) | ブログランキング・にほんブログ村へ ブックマークに追加する あとで読むこのエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーを含むはてなブックマーク

暴走する「甘やかな連帯」

梨木香歩著「ぐるりのこと (新潮文庫)」(P175-176)

十年程前、ある講演会場で、学校へ行かない子どもたちの孤独について話していたときのこと、質疑応答の時間になって、前の方の席で聞いていてくださった年配の男性が立ち上がり、「今の時代の大変さを言っていたようだったが、僕たちの頃は戦争中で、まず食うことが大変だった。学校は授業らしい授業もなく、僕たちは学徒動員で……。今の子たちとは比べ物にならない大変さだった。そのことについてどう思うのか」と質問された。私はまず、その人が「僕たちは」という言葉で、自分たちのことを述べた、そのことについて、「甘やかな連帯」のようなものの自覚はないか、訊いた。「僕たちの頃」、その方がそう言ったときのどことなく誇らかな調子が、何か郷愁のようなもの、宝物を見せるときのような二ュアンス、私がそのときテーマにしていた子どもたちが、望んで決して得られない何か、そしてその人自身もどこかでそれに気づいている―自分が持っている宝―それについて語りたいのだということが察せられたからであった。私はそれが確かに素晴らしい宝であること、うらやましく思うことを正直に言い、そしてその人はそれを認め、私はそれを受けて、けれど、「僕たち」「私たち」で語ることの出来ない孤独について、引き続き何か語った、と思う。

「群れ」にあるということ、それ自体が人を優越させ、安定させ、ときに麻薬のような万能感を生む。そして人は時々、群れを外れている人に向かってそれを確かめ、群れの中にいることの快感を得たいと思う。

甘やかな連帯は、そういう、そこはかとないところで止めておくのが健やかさを保つ鍵である。その快感への渇望が暴走すると、異分子を排除しようと痙攣を繰り返す異様に排他的な民族意識へと簡単に繋がる。

梨木香歩が言う「甘やかな連帯」は、その人を取り巻く環境が不確実なものであればあるほどに、その空想上の「甘やかさ」にすがりたくなるものだと思う。その甘やかな連帯を実感したいと思うが故に、連帯するものたちのウチとソトを明確に峻別し、連帯を確かめるべくソトに対して自身が所属する「我ら」を強調する。そして、その甘やかさは多くの場合想像上の過去が理想像とされていく。

自身を取り巻く社会の不確実性が増し、危機が迫る中で、その危機を克服するために過去にユートピアを設定し、複雑化した社会の中で、自身の安定の拠り所となる理想郷「甘やかな連帯」を渇望し、その形なき「甘やかな連帯」をわずかでも毀損しようとする者たちに「憎しみ」を向けて行くことになるのだろう。

「われわれがある人間を憎む場合、われわれはただ彼の姿を借りて、われわれの内部にある何者かを憎んでいるのである。」ヘルマン・ヘッセ「デミアン (新潮文庫)

己が誰かに憎しみを向けるとき、なぜ、己は憎しみを抱くのかを問えるかどうかが、「甘やかな連帯」を暴走から救う鍵になるのだろう。しかし、往々にしてそれは大きな困難を伴ない、時に新たな対立すら生む。

"Always remember others may hate you but those who hate you don't win unless you hate them. "Richard M Nixon
(いつも覚えておきなさい。他人が貴方を憎んだとしても、あなたが彼らを憎まない限り、彼らはあなたに勝つことは無いのだということを。)
リチャード・M・ニクソン(第37代アメリカ合衆国大統領)

せめて、憎しみの連鎖を生まないことだけしか無いのかもしれない。最近の、特にWEB界隈での風景を見ると、甘やかな連帯の暴走が目立ってきているような気がして、得体の知れない不安を覚えることがある。彼らの不安や恐れを排除と排他によってではなく、理解と信頼によってつなぐことはやはり出来ないのであろうか。



ぐるりのこと (新潮文庫)
梨木 香歩
新潮社
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おすすめ度の平均: 3.5
1 生煮え
4 結論を出すまでの長いトンネル
3 題名が素敵
5 前作よりも抽象的だが、世界への真剣味を感じる
1 ファン以外には無理


コミュニティ 安全と自由の戦場
ジグムント バウマン
筑摩書房
売り上げランキング: 165488
おすすめ度の平均: 4.0
4 集団への漠然とした怪しさ、苛立ち
1 悪文・散文
5 考え、議論するための糧として
4 安全と自由はトレードオフである
5 コミュニティってもはや幻想? 死語?


想像の共同体―ナショナリズムの起源と流行 (ネットワークの社会科学シリーズ)
ベネディクト アンダーソン
NTT出版
売り上げランキング: 148891
おすすめ度の平均: 4.5
5 示唆に富む
4 自然にみえてもそうでないらしい
3 水村美苗に読まされた一冊
5 言葉のうちに秘めた、共同体意識を育む魔力
5 「国民」が読むべき名著
社会 | trackbacks(0) | ブログランキング・にほんブログ村へ ブックマークに追加する あとで読むこのエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーを含むはてなブックマーク

アメリカの政教分離と見えざる国教

アメリカの政教分離原則について簡単にまとめ。アメリカの政教分離原則は合衆国憲法修正第一条で以下のように規定されている。

アメリカ合衆国憲法 - 在日米国大使館

アメリカ合衆国憲法修正第一条
修正第一条 連邦議会は、国教を樹立し、あるいは信教上の自由な行為を禁止する法律、(中略)を制定してはならない。

ここで定められているのは教会と国家の分離(Separation of Church and State)であって政治と宗教の分離ではない。特定の教派を国教として定めたり特別扱いせず、各宗派とも自由に活動させ、競争させるという趣旨になっている。

この背景にはアメリカ合衆国建国の歴史と不可分な事情がある。そもそもピューリタンたちはイギリス国教会が支配的だったイギリスから逃れて、それぞれの宗派が信じる宗教的な生活を送りたいと思いアメリカ大陸に渡ってきた。

会衆派はマサチューセッツを開き会衆派を公認宗教とする神権政治を行っていた。そのマサチューセッツのやり方に不満を持ったバプチストのロジャー・ウィリアムスが信教の自由を原則として作ったのがロードアイランド、同じくマサチューセッツから逃れた人びとが作ったのがコネチカット、クエーカー教徒はペンシルベニア、カトリックはメリーランドと言った具合に各植民地とも個々に宗派を公認宗教として持ち宗教と不可分なコミュニティを作っていた。

このため、13植民地をとりまとめることになる連邦政府としては中立な立場を取る必要があり、そのため政教分離原則が盛り込まれた。つまり各州の宗教には介入しないし、特別扱いもしませんよということ。

当時、13州のうち12州で公職に就くにはキリスト教徒であることが求められ、また5つの州で公認宗教が定められていて、各州の公認宗教の廃止は1833年、1868年に憲法修正第一条を拡大適用し、公職に就く条件を制限することの禁止を定めた修正第十四条が制定された後もキリスト教徒であることを条件とする規定は一部の州で続き、最終的に全州で公職に就く際の宗教的資格要件条項が撤廃されるのは1961年のこと。

修正第一条の解釈については長く裁判が行われていたが、その意味するところを具体的に出した判決が1947年の「エヴァーソン対教育委員会事件」で修正第一条は以下の6つのことを意味するとされた。
1)連邦・州による教会の設立の禁止
2)ある宗教を補助したり、すべての宗教を補助したり、ある宗教を他より優先させることの禁止。
3)教会に行く、または行かない、宗教を信じ、または信じないことの告白を強制したり、それに影響を与えたりすることの禁止。
4)宗教を信じ、または信じないこと、またそのことを告白したこと、教会に出席し、または出席しないゆえに制裁を課されないこと。
5)宗教的活動や制度を支えるために租税を徴収することの禁止。
6)連邦・州が宗教組織・団体の事項に関与すること、あるいは逆のことの禁止。

またその後1963年から1971年にかけて国教樹立禁止条項のもとで州の行為が合憲とされるための三つの条件を示した。
1)法律は世俗的な立法目的を有していなければならない
2)その主たる効果が宗教を促進し、あるいは抑圧するものであってはならない
3)法律は「政府と宗教の過度の関わり合い」を促進してはならない

(以上、蓮見博昭著「宗教に揺れるアメリカ」(P39-45))

これらが最高裁の判例として、後々の係争で基準として使われるようになるが、批判も多く微妙に無視されることもあるという。

このように政治が宗教に介入することの禁止が概ね定められていて、宗教が政治に影響を与えることについては直接の制限は厳格ではないというのがアメリカの実情ということのようだ。

このような背景で多民族、他宗派を一つの国家としてとりまとめるために汎ユダヤ・キリスト教的な儀礼や思想をベースにして「市民宗教」あるいは「見えざる国教」と呼ばれる宗教的信条が作られアメリカ合衆国のナショナル・アイデンティティとなっていると考えられている。例えば大統領選挙や大統領就任式での聖書への宣誓とキリスト教儀礼に類似した式次第、あるいは硬貨に刻まれた"In God We Trust"など。

いわば大統領を祭司とした神権政治的側面をアメリカは持っており、それがアメリカの様々な政治、思想、生活等に影響を与えている、というところが理解出来ると色々見方が変わりそうです。

そして、このアメリカの「見えざる国教」に関する理解が日本の「見えざる国教」を考えることにもつながってくるわけですが、それについてはまたそのうち。もうしばらくアメリカの宗教・政治史ネタにお付き合い下さいませ。

参考書籍
・森孝一著「宗教からよむ「アメリカ」 (講談社選書メチエ)
・蓮見博昭著「宗教に揺れるアメリカ―民主政治の背後にあるもの
・大宮有博著「アメリカのキリスト教がわかる―ピューリタンからブッシュまで
・飯山雅史著「アメリカの宗教右派 (中公新書ラクレ)

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「西の魔女が死んだ」長崎俊一監督/サチ・パーカー主演


登校拒否になってしまった中学一年生のマイ(高橋真悠)が、しばらくの間、お母さん(りょう)に連れられて田舎の山村で自給自足に近い生活をする英国人のおばあちゃん(サチ・パーカー)の元で生活していく過程で、「魔女修行」を通して徐々に成長していくというストーリー。

梨木香歩の同名小説を原作のテイストやテーマを壊すこと無く忠実かつ丁寧に映画化した佳作で、細部にまで行き届いた繊細な描写、演出がとても心地良い。

思春期の少女の目を通してこの作品描かれるのは大きく二つのテーマだとおもう。一つは成長して行く過程での自我と自己の確立、もう一つは生きていく中で死をどう位置づけるかということだ。

■自我と自己の確立

主人公のマイちゃんはクラスに馴染めず孤立し、そして気付くといじめの対象にすらなっていった。漠然と、女の子同士の自己を捨ててグループに所属せざるを得ない濃密な人間関係を拒否してしまうことから始まるその孤立が登校拒否へと繋がっていき、そしておばあちゃんの家で過ごす事になるわけだが、そこでおばあちゃんと一緒に行うのが魔女修行と言うものだ。

魔女修行と言ってもファンタジックなものではなく、もっと地に足がついた、例えば毎日のスケジュールを立てる、早寝早起き、規則正しい生活を送る、自分の意思で行動すると言ったようなもので、自律性を養って行くプロセスのことだ。裏庭の畑から野菜を収穫し、にわとり小屋から卵を取り、いちごジャムを作り、植物を植えて育て、料理、掃除、洗濯をこなす。全ては自分の意志で。その意志の力が魔女への第一歩だと、おばあちゃんは言い、マイも自主的にそれをやり遂げて行くようになる。

自我を確立し自我を中心として直観、感覚、感情、思考と意識、無意識の関係性を保つことで自己という全体の調和を取れるようになっていくこと、つまり精神分析学で言うところの「心の全体性(psychic totality)」の重要性がおばあちゃんの家という自然の中で魔女修行と言う名の自律的な行動を通して、生き生きと描かれて行く。

■生の中の死をどう位置づけるか

年頃のお子さんをお持ちの方は、お子さんから「人は、死んだらどうなるの?」と訊ねられたらどう答えるだろうか。あるいは「私、死ぬのが怖い」と告白されたときにどう答えるだろうか。

数年前、主人公マイちゃんに「人は死んだらどうなるの?」訊ねられたパパ(大森南朋)は「死んだら最後だ、もう自分というものも何も無くなってしまうんだ」と答え、続けてマイは「わたしが死んでもやっぱり朝になったら太陽が出て、みんなは普通の生活を続けるの?」と聞き、「そうだよ」と答え、マイは言葉に詰まり、そして不安と恐怖を抱えたまま生活を送っている。

パパが語った死は消滅であるという死生観は、おそらく正しい理解であり、現代人の多くが共有している死生観であり、その死=消滅ということを敢えて見ないことで、多くの大人はバランスを保っているのだろう。しかし、死ということと向き合うとき、消滅はある種の恐怖として人々の心に影を落とす。

作中でマイちゃんはおばあちゃんに今の私の意識が消えてしまうのが怖いといった、自己が消滅することの恐怖を訴える。そうだ。僕も怖い。おそらく誰しもが従容と死を受け入れることは出来ないだろう。「人は死んだらどうなるの」という問い掛けは問いかけられた側もまた、普段見ようとしなかった「死」について否応なしに向かい合うことになるし、また、相手が思春期の子供であったとき、大人が内面で処理しているように敢えて死を切り離してしまうということは、なかなか困難なのではないだろうか、とおもう。

おばあちゃんはそのマイの訴えに対して、魂と肉体の関係について語る。人は身体と魂があわさって生きていて、歳を取り死ぬことで魂は身体から離れて行き、また長い旅にでるのだと。肉体から解放されて魂は自由になるのだと言う。これはさまざまな宗教で語られる霊肉二元論とよばれる考え方だ。

霊肉二元論については脇本平也著「宗教学入門」を引用しよう。

宗教学入門 (講談社学術文庫)」(P154)
人間は、肉体と霊魂との二つの部分から成り立っている。この両者は、原理的には相対立する性質を有しながら、しかも、ともに結合して人間というものを存立させている。そして多くの場合、肉体に属するものとして、罪や迷いや死があると考える。いわば肉に必然的につきまとう罪や迷いや死が、紙の恩寵や赦しによって浄化され、あるいは、禁欲的な苦行によって乗り越えられ、そこに霊の救済や再生が実現する、というような信仰形態がこうして成立してきます。

キリスト教など一神教に代表的な考え方だが、仏教などでもこれに近い二元論的把握がなされ、ある程度普遍宗教に共通の理解と考えられている。

どのような考え方を取るにしても、生の中に死をどのように内包して、その恐怖を和らげるような一つの物語を語ることが出来るか。例えば死が消滅であるとしても、その消滅を受け入れることができるような死生観を、自身は信じていなくても、お子さんに「お父さん、お母さん、人は死んだらどうなってしまうの?」と問われたときに、その問いを受け止め、そして語ることが出来るか、そのヒントがこの作品にはあるだろう。

■物語が持つ力について

この「西の魔女が死んだ」の原作について、実は次のようなエピソードがある。

ダ・ヴィンチ 2008年 07月号 [雑誌]
(デビュー作「西の魔女は死んだ」について)
「この人ひとりにだけ読んでもらえば良い。そう思って書き終わったものを持っていったら、その人は私に何の断りもなく原稿を出版社に持っていっちゃったんですよ(苦笑)」
その人こそ誰あろう、臨床心理学者の故・河合隼雄氏だった。日本にユングを紹介した第一人者であり、物語が魂に及ぼす力について知り抜いているこの人が『西の魔女が死んだ』の最初の読者だったことの幸運を喜びたい。そうでなかったら作家・梨木香歩は誕生していなかったかもしれないのだから。

休学していた大学を卒業するため、イギリス留学から一旦帰国した梨木さんは、一時期、河合氏の下でアルバイトをしていたことがある。梨木さんにとって河合氏は「物語の可能性について目を開かせてくれた人」だった。『西の魔女が死んだ』を読んだ河合氏は「涙が出た。よかった。あの原稿はもう出版社に持っていったよ。これを出すことは意味があることだから」と臆する梨木さんの背中を押した。

「私自身は臆病な人間ですから最初はすごく葛藤がありました。一市民であり無名の私が誰にも知られず祈るように書くことが、何か社会の無意識にいい作用を及ぼすのではないか。少なくとも悪い方向にはいかないのではないかという漠然とした確信のようなものはありましたが、それを社会に実際に発信していく、ということとはまだ結びついていなかったのです」

河合氏は最晩年の最後の仕事として科学が持つ厳密さと人が持つ曖昧さとを共存させる人生観を構築出来ないか模索していたようだ。おそらく晩年、文化庁長官に就任したのもそういう背景があったのだろうとおもう。そのような河合氏だったが故に、この作品は世に出さなければならないと考えたのだろう。

そうやって出版された作品は100万部を超えるベストセラーとなって多くの人に届き、DVDのコメンタリーで同作のプロデューサーが「原作を読んだとき、この作品だけは映画化しなければならないという使命感を抱きました」と語っている様に製作者達に情熱を与え、そして丁寧な、実に丁寧な作品として作り上げられた。

僕は、人には知識やロジックを希求する時期と、物語を渇望する時期とがあるとおもう。経験上、それは交互に訪れて来て各々とり憑かれたようにそれを追い求める。それらは相反する概念であり、また共存させていかなければならない要素でもある。生きるためには、物語が必要なのだ。

そのような、物語を渇望する時期、特に本作で描かれる主人公と同世代の10代前半から20代にかけてのころにこの映画あるいは原作本は強い力となって生きるための物語として大きな影響を与えるのではないだろうか、と少々押し付けがましい言い回しだが、強くおすすめしてこの記事は終わりにしたい。少々ベタだが、良い物語です。



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5 いつまでも大切にしたいお話
3 原作を先に読んでいると… 残念な気分
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日本国憲法に勤労の義務が入った経緯

日本国憲法の国民の三大義務というと教育、勤労、納税ですが、元々旧大日本帝国憲法には勤労の義務というものは無く、日本国憲法になって勤労の義務が権利とセットで盛り込まれることになりました。wikipediaではその勤労の義務の由来について、こう書いてあります。

勤労の義務 - Wikipedia

この規定の由来については諸説あるが、一番有力なのは、元農林大臣の石黒忠篤や代議士の竹山祐太郎が、二宮尊徳の「報徳思想」の精神に則って、日本国民が自らの勤労の力で太平洋戦争で荒廃した祖国を再建させてゆこうという発想から提案されたものだと言われている(橋本伝左衛門・日本農業研究所『石黒忠篤伝』(1969年、岩波書店))。

なかなか興味深い記述ではあるんですが、帝国議会会議録データベースを漁ってみると勤労の義務を提案していたのは竹山代議士ではなく、穂積七郎という議員。かなり熱心に勤労の義務を盛り込むべく主張を繰り広げています。昭和21年07月03日衆議院帝国憲法改正案委員会から長文ですが、かなり興味深いので穂積議員の意見を引用します。


私は此の國民の權利義務の中に於て最も中心的に論ずべきものは、言ふまでもなく前世紀的なものではあるかも知れませぬが、ここに言はれて居る基本的な人權の尊重、是はもう言ふまでもないことであります、所が今日の時代に於て之に附加すべき中心として考へらるべきものは、言ふまでもなく勤勞體制の建設でなければならぬと思ふのであります、日本の民族の政治的獨立なり、それに依る世界平和への貢獻と云ふ民主的な最初の出發の自覺を民族生活に對して持ちましても、我が國に於きましては觀念としてはそれは成立ちますが、經濟的基礎を全く缺いて居るのであります、隨て政治構造なり思想の面に於て植民地化の危機があるだけでなしに、經濟的基礎に於て獨立の要件を缺いて居ると私は思ふのであります、其の立場に立つて若しここで凡ゆる意味に於ける民主主義的な日本の經濟と國民生活の構造とは一體何だと云ふことが立案者の中に理念されて居るとするならば、進歩的な意見はそれは社會主義者の立場であつて、我々は認識を異にすると云ふやうなことで逃げらるべき性質のものではないと私は思ふのであります、終戰後の日本の生活なり經濟の基礎と云ふものを眺めました時に、今までの前世紀的に、此の經濟を裕かにし、國民生活を再建するのに考へられましたのは、一つは武力と二つは資本の力であります、之に依つて國内の勞働力を生産下に組入れて、さうして餘剩利得を此處に蓄積すると云ふことだけでなしに、更にそれが發展致しまして、帝國主義の特徴である自らの持てる武力と資本の力に依つて、外地の民族を支配すると云ふことが、今までの民族經濟の建設の場合に手取早く考へられて來たのであります、併しながら是が非民主的であり、非平和主義的であつたと云ふことは、今まで幾多の人々に依つて明かにされて來たのであります、假令それが許されたと致しましても、今日の日本の經濟の現實、國民生活の現實から致しましては、此の條件と云ふものは全くないのであります、そこで次に我々と致しましては、國内にある物は何だ、資源はない、それでは後は何かと云へば、景色が佳いと云ふことであります、景色が佳いから觀光的な經濟の復興はどうかと云ふことが一應考へられますが、それは決して國民生活の建設の健全なあり方ではない、そこで最後に日本の經濟なり或は生活を立直して行く爲に、中心として我々が考へらるべきものは、唯一つ我々全勤勞國民體内にありまする思想の力と、勤勞の力以外に私はないと思ふのであります(拍手)正しき思想に導かれたる勤勞の力を、如何にして經濟生活の中に組織化するかと云ふことが、是が國民の權利義務、即ち日本の民主主義改革の基礎でありまする經濟と生活に於ける民主化の確立の中心でなければならぬ、此の意味に於きまして、私は此の第三章に於ける中心的な問題は前世紀的な基本的な人權の尊重は、是は封建制がまだ殘つて居ると云ふことで付けても結構でありますが、積極的に付けるべきものは、私は全國民が働く場を與へられ、働く國民が安心して生活して行くことが出來、さうして働かざる者は食ふべからずと云ふ經濟の體制が出來、生活の體制が確立され、更に最も重要なことは、其の働く國民が政治だけでなしに、政治界に於ける民主化だけでなしに、經濟と文化全般に亙りまぬる參加が許されて、民主主義が確立されなければならぬと思ふのであります、是が出來て初めて私は日本の今までの戰爭の原因であり、又敗戰の原因でありました勤勞體制の非民主的、非生産的の行詰りを打開出來る。言換へるならば、日本の民族建設の爲に其の中核となるべき勤勞層と云ふものが、實は知らしむべからず、由らしむべし、生かすべからず、殺すべからずの徳川時代以來の封建的な政治、經濟の原則に依りまして抑へられて來たことが、是が民主主義化を不可能ならしめたる根源であります、私は其の意味に於きまして、如何に議會が中心となつて、最高機關と云ふことが決定され、或は天皇の大權が大多數が國家の正當なる民主的なる機關を通じて履行されなければならぬと云ふことが確立されましても、日本の民主主義改革の基礎と云ふものは、此の勤勞體制が確立すると云ふ所になければ絶體にあり得ないし、今後の日本の經濟の復興も、民族の運命の開拓も、今日の飢餓と窮乏に瀕して居りまする國民生活の開拓も、是れ以外にはないと私は固く信ずるのであります、其の意味に於て此の條章の中に、私は勤勞に對する權利だけではなしに、より勤勞の義務制をここで確立すべきである、從來日本の教育、或は法律制度の上に於きましては、兵役の義務と云ふものが中心を成して居つたのでありまするが、此の軍國主義的なるものに代るに、我々が第二章に唱へられて居りまする理想を實現する現實の實行と云ふものは、正に勤勞の義務制を國民生活の中に確立する、寧ろ其の面が強調されなければならないし、同時にもう一章附加へらるべきものは、全勤勞者が法律の定むる所に依つて經濟の運營に參加發言することが出來ると云ふ條章がここに明確にされねばならぬ、是で初めて今までの日本の統一理念としての天皇と云ふものの、第一章の天皇と云ふ理念を我々が此處で積極的に活かすことが出來る、國民と共にある天皇であり、國民の生活の中に其の天皇の理念が活きて居ると云ふことが言はれる、一君萬民と云ふことが胡麻化しに使はれるのではなしに、現實の生活の中に證明されなければならない、所が戰爭中特に昭和六年以後に於きましては、軍官の指導者が、或は資本家が惡い事をする爲に、搾取する爲に天皇が使はれ、國家が使はれ、或は又下の者が發言して正しき主張を民族發展の爲に表現しようとする時に、それを仰へる爲に天皇が使はれ、國家が使はれて來たのでありまするが、之を引繰返さなければ、國民と共にある天皇などと云ふことを理念として言ひましても、或は平和の建設と言ひ、或は政治に於ける民主化と言ひましても、一切の民主主義の思想と體制は空言であり、此の勤勞國民を中心にしました、今申しました勤勞の義務制と、全國勤勞國民が、經濟と生活の運營に對して、法律の定むる所に依つて之に參加すると云ふ體制が出來なければならぬと私は信ずるのであります、之をどうぞ國民生活の民主主義建設の中心の構造として御取上げ願ひたい、其の考へ方を私は御願ひと共に御尋ねする次第であります

戦争の原因が非民主的な労働体制にあったという反省の上で、基本的人権より勤労の義務こそ重視し、「働かざるもの食うべからず」という思想の元で、兵役の義務に代わって勤労の義務が中心となる体制、勤労義務を敷くことで天皇を中心とした一君万民の体制を作るのだと、そのようなことを主張しています。で、概ねどの議事録でも穂積議員が勤労の義務の導入について論陣を張っており、最終的に衆議院の修正によって日本国憲法に勤労の義務が盛り込まれましたので、導入当時はおよそこのような考え方を反映するかたちで盛り込まれたということのようです。

穂積七郎は戦前は極右テロを繰り広げることになる血盟団のメンバー四元義隆、田中邦雄らとともに帝大七生社という極右団体の活動家として大暴れし、戦後は一転して左翼に転向し社会党に所属(実は「勤労の義務」の導入は社会党の憲法草案にあるものです→ 社会黨 憲法改正要綱(テキスト) | 日本国憲法の誕生 )。のち佐藤栄作首相を「売国者」呼ばわりして懲罰を受ける一方、日朝友好に尽力するなど色々アンビバレントな顔を持ったかなり興味深い経歴の政治家のようです。

この勤労の義務の経緯について、江橋崇法政大学法学部教授が「国家主義的なボランティアリズムと左翼社会主義の合体」というかなり当を得た表現をしています。

資料 日本国憲法制定の経緯における「国民の義務」

 「勤労の義務」は「労働の権利」ととはまったく別のものである。この場合、労働とは、自己及び家族、友人らの健康で文化的な生活を支える自助の努力という意味で個人目的性の強いワークであり、逆に勤労とは、公共のために献身するという目的の役務提供のワークである。こういう勤労を義務付けるというのであれば、市民は、国家に対して、役務提供の憲法上の義務を負うことになる。したがって、この意味での勤労の義務は、労働の権利とは別の条文で、別個に規定されるべき筋合いのものであった。
 ところが、憲法草案が審議されていた当時は、社会主義思想の強い影響の下に労働運動が活発に展開され、「働かざる者は食うべからず」で、人間は労働する義務があるのだという左翼的な主張もなされていた。左翼は、もし勤労が国家への役務の強制的な提供であると知っていれば反対したであろうが、そこで巧妙にも官僚たちは「勤労の義務」を「労働の権利」と結合させ、「勤労の権利と義務」にしてしまって左翼の支持も取り付けた。ここに、国家主義的なボランティアリズムと左翼社会主義が合体してしまい、憲法の規定は、右と左で違った色彩に見える意味不明のものとなってしまった。
 戦後の憲法学は、左翼的であったから、この条文に含まれている、国家緊急時における、兵役に代わる役務提供義務という本来の意味を無視して、働くことは権利にして義務であるという説明をしている。こうなると、しかし、「義務」の性格はわけが分からなくなる。義務は権利に対応する。市民は、誰に対して勤労する義務があるのか。これがさっぱり理解できない。そこで、憲法の施行後の解説書では、「勤労の義務」というのは趣旨不明な言葉としてあつかわれた。そして、だれかが、この言葉があるので勤労の義務への意欲がない市民に対する国の福祉配慮義務は否定されるという理屈を立てると、それが広まって、またいつまでも影響して、今日までこのように解釈されている。

その権利と義務の不幸な結婚が規定から実体を失わせて道徳的規範に止め、かつそれがあることで働けないあるいは働かない人に対して生存権を脅かしかねない解釈も可能になり、またこの勤労が義務であるという規定によって働かない事に対する罪悪感や、批難の一要因にもなりかねないという、なにやら意味不明だけど、無駄に存在感だけある規定になっているという感じがありますね。今となっては義務規定は邪魔なだけのような。

まぁ、歴史的経緯をざっくり把握すると色々と議論のネタにできるのではないかと思いますので、興味がある方は調べてみるとおもしろいですよ。とりあえず「国会会議録検索システム」をあさるだけでも色々発見があるかも、というあまり深入りしない感じのまとめ方ですいません。

参考サイト
勤労の義務 - Wikipedia / 田中清玄と安保全学連 / 帝大七生社 - Wikipedia / 資料 日本国憲法制定の経緯における「国民の義務」 / 社会黨 憲法改正要綱(テキスト) | 日本国憲法の誕生 / ニートひきこもりJournal 勤労の義務 / 国会会議録検索システム

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「アイヌ神謡集」知里幸恵編訳

アイヌ神謡集 (岩波文庫)
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4 古い思い出
5 隠れたベストセラー
4 アイヌのお茶目さ
5 経済・文化が曲がり角にいる現代に贈られたアイヌ神謡
5 アイヌの伝承


アイヌ文学の中にユーカラ(神謡)と呼ばれる神々の自叙の形式を取る短編の詩曲がある。中でもカムイユーカラは特にアニミズム色が強く、神々と言っても例えばキツネ、フクロウ、カエル、オオカミあるいはウサギなど動物神のかたちを取り、神々が一人称で謡うもので、アイヌの人々の間では古くから祭儀の際にリズムにのせて歌い継がれてきた。

その代表的な神謡13編を知里幸恵さんがローマ字で表記し、日本語に翻訳したのがこのアイヌ神謡集だ。

神謡にローマ字をつけ日本語に訳し、編纂した知里幸恵さんは、1903年(明治36年)北海道幌別郡(現登別市)のアイヌ人の家庭に生まれ、祖母がカムイユカラ(神謡)の謡い手であったことから、アイヌのさまざまな詞曲を身近なものとして育った。また、学校でも日本語の読み書きを学び優秀な成績を修めるとともに、10代前半に函館のキリスト教会に預けられ、敬虔なカトリックとして英語やローマ字の知識も習得する。

国語学者金田一京助博士との出会いは1918年、15歳の頃のことだった。金田一はアイヌ語研究のため彼女の祖母の元をたびたび訪れ、ユーカラの聞き取り調査を行っていた。そのとき偶然幸恵さんに語学の非凡な才能があることを知り、またアイヌ語へのただならぬ熱意があることから、東京に誘い、幸恵もそれに応えて上京。金田一宅に住み込み翻訳作業に没頭する。

彼女が心血注いで編んだのがこの「アイヌ神謡集」で、元々心臓に持病を抱えていた彼女は、文字通り命がけで作業に取り組み、「アイヌ神謡集」が完成してまもなく、1922年(大正11年)9月18日、出版を待たずしてこの世を去った。享年19歳だった。

彼女の熱意は青空文庫で公開されている「日記」からも強く伝わってくる。

自分を捨てゝ人の為に……何といふ難かしい事であらう。私にはとても出来ない事であらう……が、此の前先生が仰った様に、自分を捨てきる事は出来ないけれども捨てゝ人の為にしようといふ努力はやはり尊いものである。努力、努力! そして出来るだけ完全に近い所へゆく……それが人間にとってもっとも尊い事である。
汝心を尽し、精神を尽し、意を尽し、主なる汝の神を愛すべし。これ第一にして大いなる誡なり。第二もまたこれに同じ。己の如く汝の隣を愛すべし。(太二二・三七―三九)
ほんとうに最も大きな誡、これだけを守る心がある人は全くのえらい人でせう。私にはとても出来ない。完全なえらい人になる事は出来ないのは当然だらう。が、先生がいつか仰った様に努力! 完全といふ目的にむかって真直に進んでゆく……それが私には最大なものである。
何故アイヌは、知識と健康を併得る事が出来ないであらうか。幸に知識と健康を得たとしても愛を失ってゐる。無味乾燥、少しのやはらかみのないものが出来上ったりするのではないかしら。
知識を得よう、知識を得ようと砕身粉骨に近い努力、先ず自分の最善を尽した私は、とう/\健康を失ってしまった。しかも、それほど望んだ知識なるものも望みの四半分も得る事が出来なかった。何故、私があまりに自然にさからったからか。さうかも知れない、さうでせう。自然にさからふ、それは大きな罪であらう。自然に伴ふべく最善をつくせばそれでよいのだ。
運命に逆らはう、自然の力に抵抗しようと思ふのは罪ぢゃないか。おのれたゞ人ではないか。小さい、いと小さい人の力が絶大無限の神の力にさからはうとするのはあまりに愚な事ではないか。何故神は我々に苦しみをあたへ給ふのか。試練! 試練※(感嘆符二つ、1-8-75) 胸に燃ゆる烈火の焔に我身をやききたへ、泉とほとばしる熱血の涙に我身を洗ふ。さうしてみがきあげられた何物かは、最も立派なものでなければならぬ。
私たちアイヌも今は試練の時代にあるのだ。神の定めたまふた、それは最も正しい道を私たちは通過しつゝあるのだ。捷路などしなくともよい。なまじっか自分の力をたのんで捷路などすれば、真っさかさまに谷底へ落っこちたりしなければならぬ。
あゝ、あゝ何といふ大きな試練ぞ! 一人一人、これこそは我宝と思ふものをとりあげられてしまふ。
旭川のやす子さんがとう/\死んだと云ふ。人生の暗い裏通りを無やみやたらに引張り廻され、引摺りまはされた揚句の果は何なのだ! 生を得ればまたおそろしい魔の抱擁のうちへ戻らねばならぬ。
死よ我を迎へよ。彼女はさう願ったのだ。然うして望みどほり彼女は病に死した。何うしてこれを涙なしにきく事が出来ようぞ。心の平静を保つことに努めつとめて来た私もとう/\その平静をかきみだしてしまった――だからアイヌは見るもの、目の前のものがすべて呪はしい状態にあるのだよ――。先生が仰った。おゝアイヌウタラ、アウタリウタラ! 私たちは今大きな大きな試練をうけつゝあるのだ。あせっちゃ駄目。ぢーっと唇をかみしめて自分の足元をたしかにし、一歩々々重荷を負ふて進んでゆく……私の生活はこれからはじまる。
人を呪っちゃ駄目。人を呪ふのは神を呪ふ所以なのだ。神の定めたまふたすべての事、神のあたへたまふすべての事は、私たちは事毎に感謝してうけいれなければならないのだ。そしてそれは、ほんとうに感謝すべき最も大きなものなのだ。

その敬虔な信仰心とアイヌへの想いに読むと胸が熱くなる。19歳の才能に溢れた年若い少女がアイヌ語を後世に残すという作業に、文字通り命を賭けることになったのは、その哀しきアイヌの歴史が大きい。

アイヌ文化は13世紀ごろ、青森から北海道一帯に広がっていた狩猟採集中心の擦文文化とオホーツク海沿岸に栄えた漁労や交易を中心としたオホーツク文化及びオホーツク文化を受け継いだトビニタイ文化が融合して成立した文化で、国家というよりはいくつもの部族が共存した社会で、文字を持たないこと、汎神論的な信仰、交易や漁労・狩猟が中心の生活などが特徴となっている。

しかし、地理的な状況からたびたび和人やモンゴル人などの騎馬民族、時代が下るとロシア人の侵略を受け続けてきた。戦いになると部族間で連合して対抗しあるいは交渉して難を逃れてきたが、18世紀ごろからロシアの南下政策と江戸幕府を背景とした松前藩の圧力の間で徐々に両国の支配下に入るようになっていく。

1854年日露和親条約によって外交的に北海道が日本領となり、1869年函館戦争終結によって明治維新が一段落付くと蝦夷地を北海道に改称、本格的に和人の入植を進めて行くようになる。1871年、戸籍法が制定されるとアイヌ人は「平民」に編入。開墾に従事させ、民俗風習を禁じ同化政策を推し進め、75年に屯田兵制、同年ロシアとの樺太・千島交換条約で樺太をロシア領、千島列島を日本領として樺太のアイヌ人を強制移住させ、1878年アイヌの呼称を「旧土人」に統一。1899年、悪名高い「北海道旧土人保護法」が制定された。保護の名の元にアイヌ人の土地没収、漁業・狩猟の禁止、アイヌの習俗の禁止、日本語使用の強制、日本語名への改姓などが強制され、この法律は1997年アイヌ文化振興法の施行までおよそ100年に渡り続いて行くことになる。

このようなアイヌ文化に対する抑圧と差別によるアイヌ人の貧困化や衰退の中で、苦境による人としての尊厳やアイデンティティの喪失、さらに命そのものの危機に、当時、彼女を始めとするアイヌ人が直面していた(今も直面し続けている)。彼女の日記を読んでも、上記で引用した「旭川のやす子さん」など幾たびかアイヌの知人の死に直面して悲しむ彼女の様子が見てとれて胸を締め付けられる。

そして、彼女が編んだ神謡を読み進めて行くと、アイヌの人々の信仰や日々の生活がゆっくりと伝わってくる。一つさわりだけローマ字と翻訳文を引用するので、ぜひローマ字を音読してみて欲しい。とても瑞々しいので。

アイヌ神謡集 (岩波文庫)

Kamuchikap kamui yaieyukar,
梟の神の自ら歌った謡
"Shirokanipe ranran pishkan"
「銀の滴降る降るまわりに」

“Shirokanipe ranran pishkan, konkanipe
「銀の滴降る降るまわりに,金の滴
ranran pishkan.” arian rekpo chiki kane
降る降るまわりに.」という歌を私は歌いながら
petesoro sapash aine, ainukotan enkashike
流に沿って下り,人間の村の上を
chikush kor shichorpokun inkarash ko
通りながら下を眺めると
teeta wenkur tane nishpa ne, teeta nishpa
昔の貧乏人が今お金持になっていて,昔のお金持が
tane wenkur ne kotom shiran.
今の貧乏人になっている様です.
Atuiteksam ta ainuhekattar akshinotponku
海辺に人間の子供たちがおもちゃの小弓に
akshinotponai euweshinot korokai.
おもちゃの小矢をもってあそんで居ります.
“Shirokanipe ranran pishkan,
「銀の滴降る降るまわりに
konkanipe ranran pishkan.” arian rekpo
金の滴降る降るまわりに.」という歌を
chiki kane hekachiutar enkashike
歌いながら子供等の上を
chikush awa, unchorpoke ehoyuppa
通りますと,(子供等は)私の下を走りながら
ene hawokai:――
云うことには,
“Pirka chikappo! kamui chikappo!
「美しい鳥! 神様の鳥!
Keke hetak, akash wa toan chikappo
さあ,矢を射てあの鳥
kamui chikappo tukan wa ankur, hoshkiukkur
神様の鳥を射当てたものは,一ばんさきに取った者は
sonno rametok shino chipapa ne ruwe tapan”
ほんとうの勇者,ほんとうの強者だぞ.」

この神謡は梟の神がある村の上に来て村人の様子を眺めると、昔貧乏だった者は金持ちになっており、かつて金持ちだった者は貧乏になっていて、その子たちが弓矢で遊んでいるのが目に入った。貧乏な子がまわりにからかわれ、虐げられても一生懸命に自分を狙ってくるので、その貧乏な子が放った矢をこっそりと取り、撃たれたふりをして落ちて行く。子どもたちが競いながらも最後はその貧乏な子が梟を手に取り、そしてその梟を家に持ち帰ると、貧乏だが紳士然とした両親が迎え入れ、梟に対しても最大限の敬意を払ってくれるので、彼らが寝静まった後に宝物を与えて飛び去って行く。そして他にも貧乏だけれど正しい者たちが富めるように施してやり、そして村人たちが別け隔てなく仲良くなるようにはからい、村人たちも感謝をする、そして、「私も人間たちの後に坐して、何時でも、人間の国を守護っています」と梟が語って終わるという物語になっている。

このような、アイヌの人々の信仰と生活とが描かれた13の神謡がおさめられ、詞の一つ一つに心打たれる珠玉の一冊になっている。

金田一京助は、彼女の死を心から悼み、その後半生はずっと後悔と贖罪の日々だったという。彼女の弟、知里真志保は彼女の遺志を継ぎ、アイヌ語の研究に没頭し、金田一もまた彼を全力で支え、真志保は戦後アイヌ人初の北海道大学教授となり、アイヌ語研究を極め「その業績はもはや「アイヌ学」という一つの学問を築き上げている。」と称えられている。

最後に、ぜひ知里幸恵さんが死の直前に書いた同書の序文を読んでいただきたい。

アイヌ神謡集 (岩波文庫)」(P3-5)

その昔この広い北海道は,私たちの先祖の自由の天地でありました.天真爛漫な稚児の様に,美しい大自然に抱擁されてのんびりと楽しく生活していた彼等は,真に自然の寵児,なんという幸福な人だちであったでしょう.

冬の陸には林野をおおう深雪を蹴って,天地を凍らす寒気を物ともせず山又山をふみ越えて熊を狩り,夏の海には涼風泳ぐみどりの波,白い鴎の歌を友に木の葉の様な小舟を浮べてひねもす魚を漁り,花咲く春は軟らかな陽の光を浴びて,永久に囀ずる小鳥と共に歌い暮して蕗とり蓬摘み,紅葉の秋は野分に穂揃うすすきをわけて,宵まで鮭とる篝も消え,谷間に友呼ぶ鹿の音を外に,円かな月に夢を結ぶ.嗚呼なんという楽しい生活でしょう.平和の境,それも今は昔,夢は破れて幾十年,この地は急速な変転をなし,山野は村に,村は町にと次第々々に開けてゆく.

太古ながらの自然の姿も何時の間にか影薄れて,野辺に山辺に嬉々として暮していた多くの民の行方も亦いずこ.僅かに残る私たち同族は,進みゆく世のさまにただ驚きの眼をみはるばかり.しかもその眼からは一挙一動宗教的感念に支配されていた昔の人の美しい魂の輝きは失われて,不安に充ち不平に燃え,鈍りくらんで行手も見わかず,よその御慈悲にすがらねばならぬ,あさましい姿,おお亡びゆくもの……それは今の私たちの名,なんという悲しい名前を私たちは持っているのでしょう.

その昔,幸福な私たちの先祖は,自分のこの郷土が末にこうした惨めなありさまに変ろうなどとは,露ほども想像し得なかったのでありましょう.

時は絶えず流れる,世は限りなく進展してゆく.激しい競争場裡に敗残の醜をさらしている今の私たちの中からも,いつかは,二人三人でも強いものが出て来たら,進みゆく世と歩をならべる日も,やがては来ましょう.それはほんとうに私たちの切なる望み,明暮祈っている事で御座います.

けれど……愛する私たちの先祖が起伏す日頃互いに意を通ずる為に用いた多くの言語,言い古し,残し伝えた多くの美しい言葉,それらのものもみんな果敢なく,亡びゆく弱きものと共に消失せてしまうのでしょうか.おおそれはあまりにいたましい名残惜しい事で御座います.

アイヌに生れアイヌ語の中に生いたった私は,雨の宵,雪の夜,暇ある毎に打集って私たちの先祖が語り興じたいろいろな物語の中極く小さな話の一つ二つを拙ない筆に書連ねました.

私たちを知って下さる多くの方に読んでいただく事が出来ますならば,私は,私たちの同族祖先と共にほんとうに無限の喜び,無上の幸福に存じます.

大正十一年三月一日
知里幸惠

アイヌ語の話者は今、10人に満たないという。

参考サイト
知里幸恵 - Wikipedia / 知里幸恵について / 知里幸惠編訳 アイヌ神謡集 / 青空文庫 知里幸恵 日記 / アイヌの歴史 - Wikipedia / 北海道旧土人保護法 - Wikipedia / アイヌ文化 - Wikipedia / アイヌ語 - Wikipedia / 金田一京助 - Wikipedia / 知里真志保 - Wikipedia

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向上しながら滅びる

最近、色川武大の「うらおもて人生録」をパラパラと読んでいるのですが、その中で彼はこういうことを書いています。

「うらおもて人生録 向上しながら滅びる―の章」(P222-223)

物事というものは、進歩、変革、そういうことが原因して、破滅に達するんだ。

(中略)

エラーが原因して、破滅すると言う例は、存外にすくないんだ。すくないといっても、むろんばかにはできないよ。エラーすれば自滅するのは当然だよ。
けれども、進歩していって破滅する例にくらべれば、圧倒的にすくないんだ。
自殺して消えていく人間は、全体からすると、ごくすくないだろう。
大部分の人間はね、生きようとしていって、そして生きてしまうために、それが原因で、死を迎えるんだ。
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5 出来るだけ若いうちに・・・
5 どう生きていったらいいかよくわからない人
5 フォームとスケール
4 異色の人生論
5 「座右の書」です。


どういうことかというと、作用と反作用の関係のように何かを得た代わりに何かを失っていて、例えば人類の大きな発明でプラスになったように見えても実は大きなマイナスもまたあると言う。

「うらおもて人生録 向上しながら滅びる―の章」(P224)

たたかいの場合、勝者と敗者ができるけれども、勝者が傷ついていないかというとそんなことはない。それなりに、勝ちを得た分くらいは傷がついている。もちろん敗者の方も傷だらけ。両者の傷をさしひいて、残りの部分でいくらか余裕がある方が、勝者というわけかな。

それでも、人は今日より明日を良くしたい、もっと自分らしく、自分の生きたいように生きたいという思いを持っている。そうして向上していきながらもその反面さまざまなものを失い、そして最後は死ぬ。向上しながら滅びる。

こういう円環的な人生観・歴史観は色川だけではありません。全然かけ離れた、一見色川と正反対にいるようにも見える人ですが、宮本常一も似たようなことを書いていました。

「民俗学の旅」(P234)

私は長いあいだ歩きつづけてきた。そして多くの人にあい、多くのものを見てきた。それがまだ続いているのであるが、その長い道程の中で考えつづけた一つは、いったい進歩というのは何であろうか、発展というのが何であろうかということであった。すべてが進歩しているのであろうか。停滞し、退歩し、同時に失われてゆきつつあるものも多いのではないかと思う。

(中略)

進歩のかげに退歩しつつあるものをも見定めてゆくことこそ、今のわれわれに課せられてれているもっとも重要な課題ではないかと思う。
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彼らは戦後の世界的な急成長を目の当たりにした。その雰囲気を河合隼雄が「生の急拡大」という言葉で的確に表現しています。

「村上春樹、河合隼雄に会いにいく」(P189)

現代というか、近代は、死ぬということをなるべく考えないで生きることにものすごく集中した、非常に珍しい時代ですね。それは科学・技術の発展によって、人間の「生きる」可能性が急に拡大されたからですね。
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日進月歩で変わりゆく社会、科学技術の急発展による生きる可能性の急拡大という時代の中で、進歩のかげに退歩しつつあるものがあるのではないか、我々は向上しながら滅びて行くのではないかそういう冷静に見つめる視線があったということなのだろうと思います。

この背景にはもちろん個人主義思想、近代化という変化のなかであらたな道徳観として神聖不可侵な人格を人はみな持っているという人格崇拝の考え方が広がり、そのかけがえのない今を生きる、つまり生きるために生きるという人生の自己目的化がいわゆる「生きる可能性の急拡大」でしょう。

自己を何かしら掣肘していた家父長的大家族、村、地域、国家あるいは企業というさまざまな集団の力が弱まっていく中で相対的に人格の重要性が上がり続けてきたこと。その文脈上にライフハックブームだったり潜在能力だったり脳科学、空気読めとかがある訳ですが、一方で急成長の時代は終わり、進歩や成長は必ずしも幸福を意味しないようになることで生きる可能性の停滞縮小が始まると、相対的にこれまであまり見ないようにしてきた「死ぬ」ことの可能性が急拡大してきますね。死を取り扱う話題がここ10年目立つようになってきたように思います。

日本は自称無宗教な人が多いと言いますが(まぁ、自身の考え方の宗教性に無頓着というか、見ないようにしているだけなのですけれど)おそらく、これから50年ぐらいかけて日本はこれまでの反動のように宗教社会化を遂げて行くと思います。

高齢化社会というのはつまり死と向き合うことになる人の増加を意味する訳で、特にこれまで「生」に殊更重きをおいた人生を歩んできた団塊以降の世代が続々と歳をとり、「死」と向き合うことになったとき、「生」が重要であったということはその反面「死」も同様に極端に重いものになるからです。

「死」の重みをどのように「生」の中に内包させていくのか、が多くの人達の後半生の重要な課題となっていくなかでその意味を再定義するさまざまな信仰、宗教、物語が生み出されて行くのでしょうね。人は向上しながら、滅びる。その滅びをいかにして飲み込み、人生の物語に昇華させていけるか、ということに好むと好まざるとに関わらず向き合わざるを得無くなるのだろうし、その受け皿としておそらく宗教やあるいは宗教的なるもの、または思想などが次々と生まれてくるだろうなと思います。

生と死に新たな価値観を与える、あるいは自身で作り出すことを支援する動きとあわせてたぶん、極端な復古主義やナショナリズム、カルト、原理主義的思想なんかもね。既存の宗派宗教は一般の人々の宗教性との乖離が大きいままなので、このまま形骸化していく一方なのでしょうけれども、まぁ、米国のような宗教社会へと近づいていくんじゃないかとぼつぼつ思います。今はまだ現実味がないかもしれませんが、いわゆる全く違うかたちでしょうけれど、大覚醒運動的なのが日本で起きるんじゃないかと少し想像したり。

そんなことを寒くなってくるとついつい考えてしまうのですよね。ねこになりたい。



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思考・心理 | trackbacks(0) | ブログランキング・にほんブログ村へ ブックマークに追加する あとで読むこのエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーを含むはてなブックマーク

イスラム原理主義思想の父サイード・クトゥブの生涯

9.11事件を起こしたアル・カイーダを始め世界中でテロを繰り返し、アメリカを始めとする欧米諸国と対立を深めるイスラム原理主義勢力ですが、その原理主義思想はさかのぼるとたった一人の思想家にたどり着きます。

男の名はサイード・クトゥブ。イスラム原理主義思想の父と呼ばれ、主なイスラム原理主義団体の殆どが彼の思想をベースにしています。その彼の悲劇的な生涯は果たして何を生んだのか。

1)青年時代
クトゥプは1906年、エジプトのナイル川上流、貧困地帯として知られる上エジプトのアスユート県の貧しい村で農民の子として生まれました。彼の父は農民とは言え、比較的豊かで、かつイスラム学を学んでいることから村の知識人として尊敬を集めていました。そんな父の影響もあってかサイード少年は、10歳でコーランを暗唱するなど知識欲が強く将来を嘱望されていました。

1919年、クトゥプ一家は土地を売ってカイロ近郊に移住。サイード・クトゥブは中等教育を受けたのち、1929年に名門ダール・アル・ウルーム師範学校に入学。同校は伝統的なイスラム教育ではなく近代思想や合理主義を教える近代的な教育機関で、彼は英文学に熱中。1933年、教育学の学士を取得し、成績優秀だったため同校に講師として残り、同時にエジプト文部省の教官としても勤務するようになります。

また、同時期に文芸評論や小説、詩の創作などを行い、文壇デビュー。作品はイスラム的なものではなく逆にイスラムの伝統的な社会ではタブーとされていた男女の性を扱ったり、恋愛小説を書いたり、時には女性のヌード描写も登場するなど自由でロマンチックな作風だったと言います。

後にイスラム原理主義の父と呼ばれる苛烈な面影は微塵も無く、欧米諸国への憧れを抱く、心優しく繊細な文学青年。それが若かりし頃のサイード・クトゥブでした。

2)ムハンマド・アリー朝下のエジプト
エジプトの近代史は欧米列強の植民地支配に翻弄された歴史でした。

エジプトは長くオスマン帝国の支配下にありましたがナポレオンのエジプト遠征と撤退後の混乱の中で1805年、アルバニア人傭兵ムハンマド・アリーがオスマン帝国の下でエジプトを支配していたマムルークなど有力者を倒してムハンマド・アリー朝を起こすと、西洋文明を導入してエジプトの近代化と国力増強に努めます。

ムハンマド・アリー朝の下では西欧を敵視するのではなく、イスラム文化と西欧文化との共存が目指されました。フランス啓蒙思想を学んだ啓蒙思想家リファー・アル・タフターウィー(1801〜73)は西洋思想をイスラムに紹介するなど西洋とイスラムの共存のため思想を説き、宗教家のジャマル・アル・アフガーニー(1839〜97)は後に「汎イスラーム主義」と呼ばれる、イスラム教を近代西洋思想に対抗しうるような科学的、合理的なコーランの再解釈と連帯を唱え、アフガーニーの弟子で教育者のアブドゥフはイスラム教下での民主主義の導入に向けた政治改革と自然科学教育を重視する教育改革を試みました。

しかし、このようなイスラム社会と西洋社会の共存の試みは、残念ながら上手く行きませんでした。急速な近代化は社会の歪みを生み、また欧米列強との不平等条約に基づく市場開放はエジプト経済を不安定化させ、さらにスエズ運河の建設はエジプト財政を逼迫、1876年には財政破綻し英国が実質的に植民地支配に乗り出します。

第一次大戦後、エジプトでも民族自決の機運が高まり独立運動が盛んになると、1922年、英国政府はエジプト王国の独立を宣言しますが、実質的な支配権は英国が握り続けました。

英国政府の植民地支配とそれに対する王政への無力さに危機感を覚えた一人の青年がいました。ハッサン・アル=バンナはクトゥプと同年の1906年生まれ。クトゥブと同じダール・アル・ウルーム師範学校を1927年に卒業。当時の政治的閉塞状況に危機感を覚え、一人モスクに立って演説を始めると、すぐに多くの支持者を獲得し、翌1928年、後に様々な原理主義組織の母体となる「ムスリム同胞団」を結成。イスラム教教育の重視や生活水準の向上、植民地支配からの独立などを謳い、非暴力の政治運動を展開し、多くの支持を獲得していきます。

1930〜40年代のエジプトは英国政府、王党派、ワフド党と呼ばれる民族主義勢力、そしてイスラム教をベースにしたムスリム同胞団の四つの勢力が綱引きを行う微妙な情勢となっていました。

3)米国留学
さて、このころ、サイード・クトゥブは良き理解者に巡りあっていました。後世「文学の巨柱」という称号を与えられ敬意を集める近代エジプトの自由主義思想家、教育者、作家であり、また文部官僚(のち文部大臣)でもあったターハー・フサインです。フサインはクトゥプの仕事上の上司として、また近代思想の教師として親交を深めていました。

当時、文部省の官僚であり、言論人でもあったクトゥブは公務に励みつつも、傀儡と化したエジプト政府の腐敗に倦んでおり、徐々に政府批判を発表するようになっていました。そのような矛盾を抱えていたこともあって上司のフサインに辞職を申し出ますが、フサインは辞職させるのではなく、近代教育制度を学ばせるという名目で米国留学を命じます。フサインは米国の文化に触れることでクトゥブを知識人として成長させたいと考えていたようです。

彼は1948年から50年までスタンフォード大学に留学します。しかし、若き日に欧米文化への憧れをいだいていたクトゥブが米国生活で感じたものは「失望」でした。クトゥブは米国でショックを受けたのは「物質主義」「人種差別」「性の乱れ」の三つだと言い、これは政教分離が原因ではないかと考えました。キリスト教徒は熱心に教会に通うが、そこには信仰は無く、「本来の信仰の基本であるはずの深い内省からかけ離れた堕落した形態」(「テロと救済の原理主義」P33-34)でしかなく、「政教分離を原則としる西洋近代の思想やイデオロギーは、イスラーム世界のモデルたりえない」(P33)。そして闇雲に西洋の近代思想を導入しようとするイスラム社会の傾向に警鐘を鳴らし、西洋の近代思想や共産主義ではなくイスラム法にこそ社会秩序の源を求めるべきではないか?と考えるようになります。

米国留学から帰国した彼は、1951年文部省を退官。1953年、ムスリム同胞団に入団し、機関誌編集長、指導評議会のメンバーとしてイスラム原理を通じた社会改革運動に身を投じます。

4)エジプト革命とナセル政権
クトゥブが米国留学に行った1948年、エジプトの政治は緊迫の度を増していました。パレスチナでのユダヤ人による英国政府に対する武力闘争に端を発した第一次中東戦争は圧倒的有利と見られたアラブ諸国連合軍の大敗に終わり、エジプトでも王政の権威が失墜。さらにエジプトのネクラーシ首相が暗殺される事件が起き、これがムスリム同胞団に属する者の仕業だとされると王党派によってハッサン・アル=バンナが暗殺されムスリム同胞団は大きな痛手を負います。

このような政情不安の中でムハンマド・ナギーブ、ガマール・アブドゥン=ナセルら軍人によって組織される自由将校団は1952年7月23日クーデターを起こし政権を掌握、翌53年、ムスリム同胞団と協力して王制を廃止するとナギーブを首班とする共和制を樹立。しかしほどなくムスリム同胞団が支援するナギーブとナセルの間で路線対立が表面化し、1954年、ナセルの暗殺未遂を図ったとしてムスリム同胞団が非合法化措置が取られるとともにナセルが政権を掌握。1956年、ナギーブから大統領職を譲られる形でナセルの軍事独裁政権が成立します。

めまぐるしく動く政局の中で、1954年のムスリム同胞団非合法化とともにナセルによるムスリム同胞団などナセルに敵対する勢力の大弾圧が始まり、クトゥブも逮捕され15年の強制労働の刑を受け、カイロ南郊外ヘルワンのトラ刑務所に1964年まで10年間獄中生活を送ることになります。そして、この獄中生活がクトゥブの思想を先鋭化させ、イスラム原理主義思想の根本概念となる様々な書物が書かれていくことになるのです。

5)獄中生活
クトゥブの獄中生活は悲惨だった。

「テロと救済の原理主義」(P36)
逮捕時、彼は高熱にうなされていた。にもかかわらず、手錠をかけられて素足のまま監獄にほうりこまれ、怒りと高熱のため彼は意識を失った。獄中の拷問で命を落とした同士も多かった。五五年、多くの同胞団員が刑務所で惨殺される事件が発生し、クトゥプはぼろぼろになって運ばれてくる負傷者の姿を垣間見た。ひと時は自由将校団のメンバーにイスラームに関する講義を行い、ナセルとも面識があったクトゥプは、世俗国家権力の非情を思い知ったのである。

藤原和彦「イスラム過激原理主義」によると55年ではなく57年に囚人が惨殺される事件があったと書かれているが幾度かあったのかもしれない。57年の惨殺事件は服役囚23人が作業を拒否して座り込みを行ったところ、刑務所の看守らが銃撃を浴びせ惨殺したというもの。

このような過酷で残虐極まる刑務所生活の中で、彼は代表作となる著書「道標」を著し、原理主義革命の根本思想「ジャーヒリーヤ論」を生み出すことになる。ジャーヒリーヤ(無明時代)、つまりこの世は闇であると。

6)クトゥプの原理主義思想
(1)「ジャーヒリーヤ論」
ジャーヒリーヤとは預言者ムハンマドが現れる以前の社会は野蛮で無知が支配する時代を指す言葉だった。これを現代にも当てはめたのはクトゥプと同時代のパキスタンのジャーナリストで思想家のマウドゥーディーだった。マウドゥーディーは現代もまたジャーヒリーヤ(無明時代)であり、西洋が押し付ける近代思想に対抗するためジハードを行うという原理主義思想の根本になるようなジハード論を唱えた。

クトゥブはそれをさらに拡大させてジャーヒリーヤは西洋列強だけでなく、イスラーム内部にも巣くっている。それはナセルら世俗の民族主義者たちであり、そのような邪悪な偽善社会に対抗していかなければならない。そしてジャーヒリーヤの世界とは人間が人間を支配するという、「神の主権」の侵害であり、人間の手にある主権を神に返し、神の名の下に平等な世の中を作らなければならないという思想に至る。

ここで重要なのは「神の主権」とは神の名の下に独裁的な神権政治の樹立を行うのではなく、「あらゆる問題に関する最終的な判断を生身の個人にではなく、イスラーム法に求める社会」(「テロと救済の原理主義」P46)つまり、イスラーム法による法治国家の樹立を目指すと言うことだ。

そしてそのイスラーム法に基づく「神の主権」を回復させるために欧米列強やナセル政権に対して武力抵抗=ジハードを行い、戦って行かなければならないという思想を生み出した。

(2)「イスラーム前衛論」
上記のジャーヒリーヤの世界を打ち破り「神の主権」を確立し、西洋の物質文明に対してイスラム教原理に基づいた社会秩序を生み出すためにイスラム諸国においてその実践と復興運動を行う人々がいなくてはならない。そのような人々「イスラーム前衛」の必要性をその著書「道標」で「現代社会を覆うジャーヒリーヤの大海を泳ぎきり、確固たる決意をもってイスラームの大義の道を行く前衛たちが必要である。」と語った。

(3)「ジハード論」
ジハードと言う言葉には「個人の内面との戦い」という精神的な修練の意味と「外部との戦い」という行動的な意味がある。概ね前者の意味で使われており、後者の「外部との戦い」という場合、基本的にコーランでは強制改宗目的でのジハードは禁じられており、どうしても戦わざるを得ない場合にイスラム法に基づいてジハードを行うべきかどうか判断が下されるというものだった。

このジハードをクトゥブは再定義する。神に代わって人が人を支配する世界から人々を解放し、イスラーム法に基づいた平和な世界を作るために、説得や教化だけでなく武力行使も含む戦闘を積極的に行うべきであるとした。

7)クトゥブの死とその後
1964年、イラクのアーリフ大統領の調停により釈放されたクトゥブは、アーリフ大統領のイラク移住の勧めを断りエジプトに残ると、上記のような思想を記した書籍「道標」を出版。このイスラム教を再解釈し闘争に特化した急進的な思想はエジプトだけでなく政権の腐敗や圧制、列強の植民地支配、社会の矛盾に怒りと不満を覚えていたアラブ諸国の若者たちに圧倒的な支持と共感を得る。彼らにとって、このクトゥブの思想はそのタイトル通り暗い現実社会を照らし、何をするべきかを指し示す「道標」だった。

この内容に恐れをなしたナセル政権は1965年、扇動罪でクトゥブを再逮捕すると、アラブ諸国からの助命嘆願を無視して具体的な証拠が無いまま死刑判決を言い渡し、翌66年、彼は絞首刑に処せられる。彼の死はすぐにアラブ世界を駆け巡り、多くの若者達がその死を悼み、絶望し、怒り、次々と行動に出た。

後にサダト大統領暗殺のリーダーとなるムハンマド・ファラグ、アル・カイーダのNo2として世界中でテロ行為を繰り返すことになるアイマン・ザワヒリらが結成する「ジハード団」、93年の世界貿易センタービル爆破テロや悲惨なルクソール事件を巻き起こすオマル・アブドルラフマンの「イスラム集団」、ムスタファ・シュクリの「断罪と逃亡団(ヒジュラ団)」などが70年代前後から一斉にテロ活動を始め、それに対して政府も武力で応えた。

70年、独裁者ナセルが急死した後を継いだサダト大統領は敬虔なイスラム教徒であり、第四次中東戦争などでイスラエルに打撃を与える一方でキャンプデービット合意によってノーベル平和賞を受賞するなど外交的にはアラブ諸国の盟主であり、開放経済を推し進める合理主義者であり、そして反対派は徹底的に弾圧する軍事独裁者だった。

徹底的な政治活動家の取締りと開放経済による貧富の格差の拡大による社会の不満が頂点に達した81年10月6日、サダト大統領は第四次中東戦争の戦勝記念式典で閲兵中にジハード団のメンバーによって暗殺される。

サダトの後を継いだムバラクは文字通りサダトの後継者だった。独裁色を強めるとともに反対勢力に徹底した弾圧を加えた。特に悪名高いのがSSI(国家治安調査庁)と呼ばれる対原理主義勢力の秘密警察で拷問や不当勾留を繰り返し、さらに原理主義勢力に対しては極めて短時間のうちに死刑判決→執行が行われているという。ミドルイーストウォッチやアムネスティインターナショナルなどの人権団体が幾度となくエジプト政府に対し調査や非難声明を行っているが、今でも政治犯に対する拷問、虐待、私刑はつづいているという。

苛烈極まる弾圧でエジプト国内の原理主義組織はエジプトから脱出し、アラブ世界に活動範囲を広げていった。また、79年、ソ連がアフガニスタンに軍事侵攻したアフガニスタン戦争に多くの原理主義思想に傾倒する若者たちが参加。その中にはのちにアル・カイーダの最高指導者となるオサマ・ビンラディンもいた。「アラブ・アフガンズ」と呼ばれた彼らを米国が支援し、そこで学んだ軍事知識を元に彼らはアラブ諸国に散っていき各国でテロ活動を繰り返すようになった。

反対派の抵抗に対して政府は弾圧で臨み、それに対して原理主義勢力はテロで応酬し、政府は武力鎮圧し・・・という数十年に渡る流血の連鎖の結果、テロ組織はますます過激かつ先鋭化し、燎原の火のごとく世界を覆い、おそらくイスラム革命という理想すら見失いテロのためのテロを繰り返し、また欧米諸国や中東諸国は武力を持って徹底的に叩くという泥沼へ嵌っている。クトゥプの死からわずか50年でおそらく今後数百年は続くであろう対立という巨大な楔が世界に打ち込まれている。

元はたった一人の文学者の非業の死だった。日本に怨霊信仰というものがあるが、かつての怨霊信仰は社会の変革期に人々の不満を、非業の死を遂げた人の無念さに仮託した反抗運動だった。そのような意味で言うならば今の原理主義勢力によるテロの連鎖はサイード・クトゥブの怨霊なのだ。怨霊は退治するものではなく祀り、鎮め、不満を取り込んでいくものなのではないか。

「テロと救済の原理主義」の著者小川忠は原理主義の蔓延する原因として一般的に、貧困や社会的格差が言われているが重要な要因を見逃していると書いている。それは「誇りの不平等」だと言う。

「テロと救済の原理主義」(P216)
圧倒的な西洋の軍事・経済・文化的パワーに直面し、それに対抗するために自らも西洋近代の科学技術を摂取し、消化しようと試みてきたイスラーム近代改革主義者の中から、中東イスラームの原理主義は誕生した。西洋に対抗するために敵である彼らの文明を学ばざるをえなかったという屈辱は、「西洋によって我々は貶められている」という怨念となって彼らの胸の中で結晶化していった。一九世紀半ば、日本も、西洋列強の強権的な砲艦外交に屈して国を開かざるをえなかった。その屈辱、傷ついた自己アイデンティティーの回復が、明治以降の日本の国家目標となった。

傷ついた人々の誇りをいかに回復させるか。人が人らしく生きていくためには「誇り」が必要だ。

(中略)

相手を変えようと思ったら自らが変わる勇気をもつこと。相手に愛してもらおうと思ったら、自らが相手を愛する度量をもつこと。

(中略)

「私たちは貴方たちを尊敬している。貴方たちのことをもっと知りたい」。これこそが、日本が中東に向けて発しうるメッセージの出発点と、私は信じたい。

僕もそう思う。そして、イスラム世界のことは全く知らなかったので、知りたいと思い、色々書籍やサイトを漁って自分なりにまとめてみた。イスラム世界についての理解をここから始めてみようと思う。次は原理主義とは反対のイスラム世界のリベラルな運動についてまとめたい。

参考文献


テロと救済の原理主義 (新潮選書)
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5 そういうものにわたしはなりたくない
5 超おすすめ!


原理主義とは何か―アメリカ、中東から日本まで (講談社現代新書)
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おすすめ度の平均: 5.0
5 原理主義の克服を目指す。
5 いろいろ答えが得られます。
5 原理とは
5 原理主義入門必読書!


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4 イスラムの印象が変わる
5 イスラム原理主義の歴史的経緯や思想的系譜を丹念に掘り下げた秀逸な書籍
5 フセインとアサドらバース党の功績
5 9・11テロ以前の章立てながら
5 エジプトにおける過激主義

参考サイト
イスラム原理主義 - Wikipedia / ムハンマド・アリー朝 - Wikipedia / “西洋”の衝撃とイスラーム改革 / ターハー=フサイン / ムスリム同胞団 - Wikipedia / ムハンマド・ナギーブ - Wikipedia / ガマール・アブドゥン=ナーセル - Wikipedia / アンワル・アッ=サーダート - Wikipedia


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インドの宗教暴動は社会の緩やかな紐帯によって抑止される

小川忠著「原理主義とは何か―アメリカ、中東から日本まで (講談社現代新書)」に面白い研究結果が紹介されていた。

インドの宗教暴動について研究している米国ミシガン大学南アジア研究センター長のアシュトシュ・ヴァルシュネイ氏によると、インドの宗教暴動は地域的にばらつきが有り、28ある州のうちアンドラ・プラテシュ、ビハール、グジャラート、マハラシュトラ、ラジャスタン、ウッタル・プラデシュの6州で暴動が頻発し、他の州では大したことがなく、さらに宗教暴動は農村ではなく都市で発生している。また、過去70年間の統計結果を見ると死者数の半分が全人口の5.5%に過ぎない8都市(アーメダバード、ボンベイ、バローダ、アリガル、メルート、デリー、カルカッタ、ハイデラバード)に集中していることがわかった。都市の中でも古くからある都市ではなく、急速に開発された都市や新興住宅地において「宗教」暴動が発生する傾向にあるということだ。

(P261)
ヴァルシュネイ氏は、「ヒンドゥー教徒とイスラム教徒の市民的結びつきが強いところで暴動は抑えられ、そうでないところでは暴動が多発する。そして異なる宗教徒間の市民的結びつきは紛争防止機能を持っている」と分析している。

また、当事者からの証言を分析した結果、「宗教」暴動には匿名性があることがわかったという。顔見知りにやられたという証言は少なく、ほとんどが「見知らぬ」暴徒がどこからかやってきて襲ってきたということだそうだ。

(P261)
つまり、お互いに相手を知っているということ、相互理解は暴力の発生を防ぐのである。二人の人間をつなぐ相互理解のネットワークは一つである。三人がそれぞれを直接知るために必要なネットワークは三つ、四人の場合は六つ必要になる。都市が大きくなるほどに社会の構成員がお互いを知るために必要となるネットワークの数は加速度的に増えていく。伝統的な人間関係が希薄な都市には見知らぬ「他者」が多数存在するようになり、暴力抑止機能は低下する。

ヴァルシュネイ氏は市民的結びつきを以下二つに分類する。
「社会的関与」商業組合、読書会、同好会、NGOなど
「日常的関与」家族ぐるみのつきあいや祭祀への参加など

特に「社会的関与」がより宗教暴動の抑止機能が強く、このヴァルシュネイ氏の研究結果に基づいて「社会的関与」を強化する動きがインド社会で特に地域社会や市民団体のイニシアチブの元に徐々に広がっているという。

というように、昨今特に研究が進んでいるソーシャル・キャピタルの重要性がこのような宗教暴動対策としても指摘されていて、非常に興味深かった。

ソーシャル・キャピタルはさまざまな分類があるが、日本大学の稲葉陽二教授は「社会における心の外部性を伴った信頼・互酬性の規範・絆(ネットワーク)がソーシャルキャピタルである」と定義し、社会全般における信頼・規範としての「公共財」、個人間ないしは組織間のネットワークである「私的財」、ある特定のグループ内における信頼・規範である「クラブ財」の三つに分類される、という。

概ね、これまでの日本社会は、個人間・組織間の結びつきである「私的財」はとても希薄だったが、安定した社会全般における信頼と規範意識=「公共財」と、個々の企業や集団など特定のグループ内の信頼関係・規範意識=「クラブ財」の二つのソーシャル・キャピタルの強さが社会を支えていた一因だと思うのだけれど、公共財としての信頼が揺らぎ、クラブ財の強さが逆に個々の集団の閉鎖性を招いて、実情以上に人々が閉塞感を感じてしまっているということなのではないかと思う。

そこで、インド社会が宗教暴動対策として「社会的関与」つまり「私的財」の強化を進めているように、今後はこれまで希薄であった個人間ないしは組織間のネットワークの強化が、特に重要になってくる・・・というような訳で、知人が2月13日に勉強会を開催するそうなのでお知らせしておきます(笑)

通貨にまつわる勉強会開催「お金の未来、僕らの未来」〜新たな通貨の提案と試み〜
http://happy-project.appspot.com/news.html

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原理主義のイデオロギー・組織に関する9つの特徴

小川忠著「原理主義とは何か―アメリカ、中東から日本まで (講談社現代新書)」によると、米国の宗教学者マーティン・マーティ教授らが中心となって行った原理主義研究プロジェクト(通称シカゴ大プロジェクト)は世界の主な宗教における教義、世界観、社会状況、規模、教団の組織等を分析し、原理主義の共通特性について、イデオロギー的特徴と組織的特徴について総括しているという。それによると原理主義の特性は以下の通り。

イデオロギー的特徴
○近代化による宗教危機に対する対応
○選択的な教義の構築
○善悪二元論的な世界観
○聖典の無謬性の主張
○終末観的世界認識と救世思想

組織的特徴
○選民思想
○組織のウチとソトとの明確な区別
○カリスマ的な指導者の存在
○厳格な規律、行動規範

1)近代化による宗教危機に対する対応
世俗化、近代化の進展による社会変化によって、特に近代国民国家の政教分離原則が宗教を個人の領域に限定し、公教育においても宗教を排除しようとすることや、宗教に変わって自由民主主義や社会主義等宗教性を持たないイデオロギーが推進する近代化や世俗ナショナリズムが、宗教危機を招き、伝統的なコミュニティを解体するという危機感を持っている。

また、米国の宗教学者ユルゲンスマイヤー教授によると、脱宗教であるはずの世俗ナショナリズムも宗教が有する教義、神話、倫理、儀礼、体験及び社会組織という六つの基準を満たしており、非西洋の側から見ると一つの宗教に見えるという。

2)選択的な教義の構築
原理主義は以下の三つの点で選択的であるという。
(1)原理主義はその属する宗教のさまざまな教義の中から、特定の教義、思想を選ぶことによって、独自性を獲得しようとする。
(2)近代に反発しつつも、近代が有するいくつかの面、特にキリスト教の宣教技術や科学技術などについては選択的に摂取しようとする。
(3)近代に対する反発のうち、近代のどの要素に反発するかも選択的である。例えば中絶に固執するキリスト教原理主義団体など。

原理主義とは何か―アメリカ、中東から日本まで (講談社現代新書)」(P27)
つまり、原理主義者が直面する政治状況、社会状況に応じて、最も都合の良い教義、聖典が引用され、近代の肯定、否定も状況によって、解釈は変えられるのである。

3)善悪二元論的な世界観
善と悪、ウチとソトという構図が描かれ、他者=邪悪という位置付けの元で外部から侵入を図ってくる悪魔から仲間を守り、神の世界を実現するという世界観を持つ。善悪二元論は主にアブラハム宗教の特徴であったが、もともと善悪二元論に馴染みが薄い多神教地域でも敵となる他者を作り出す原理主義的思想が生まれている。

4)聖典の無謬性の主張
聖典に一切誤りがないと主張し、聖典の解釈を否定し聖典を絶対視する特徴がある。しかし、解釈の余地がある部分を文字通り読むというのも一つの聖典解釈であり、また上記2)のように選択的な教義の構築をしているなど、聖典の無謬性の主張そのものが時代状況に応じた一種の戦略であると見られている。

5)終末観的世界認識と救世思想
やがて最後の審判が下され、その前に救世主が登場して神を信じるものだけが救われる。その後楽園が登場する、という終末論とユートピア思想がセットになったキリスト教やイスラム教などアブラハム宗教の特徴的な世界観をアブラハム宗教以外の地域でも原理主義的運動に持ち込まれている。

6)選民思想
自らを神に選ばれた者と考え、さらに自らの組織の中でも幹部集団とそれ以外の構成員とを峻別する傾向がある。

7)組織のウチとソトとの明確な区別
構成員であるかないかの境界線を明確にし、外の者たちは罪深い者とみなす傾向がある。

8)カリスマ的な指導者の存在
構成員の自発性、自覚が高い一方でカリスマ的指導者を持つことが多く、指導者の指示は組織内で絶対視される。但し、構成員の自発性が強いことと、カリスマ的指導者の存在とが組織内に亀裂を生み分裂へとつながることが多い。

9)厳格な規律、行動規範
集団行動を重んじ、構成員の日常生活には厳格な規律、行動規範が示される傾向が強い。

ただし、同プロジェクトの分析ではキリスト教、イスラム教、ユダヤ教などのアブラハムの宗教においてはこの九つの特徴に当てはまる場合が多いが非アブラハムの宗教(ヒンドゥー教、仏教など)においては外れるものも多いため、分析結果を「アブラハム系原理主義」「原理主義的運動」「非原理主義運動」に分類しているとのこと。

著者の小川忠氏はこのシカゴ大プロジェクトの分類とユルゲンスマイヤー教授が「シカゴ大プロジェクト」を批判する形で定義した「宗教ナショナリズム」との分類を組み合わせて、上記の9の特徴を踏まえた宗教運動について「原理主義」と「宗教ナショナリズム」という二つに分類を行っている。

「原理主義」
近代化を推進する世俗政治権力に対して宗教の側から反抗を試みる思想、運動

「宗教ナショナリズム」
原理主義と類似性を有するが、政治目的と宗教目的が合体して国民国家の統合を強化しようという思想、運動


この分類がとてもわかりやすいと思う。例えば前者は米国でID論や中絶反対、アンチフェミニズムを推進するキリスト教右派勢力やアルカイダ、ジハード団など、後者はインドのヒンドゥーナショナリズムやスリランカのダルマパーラに始まる仏教ナショナリズム、日本の国家神道や昭和初期に生まれた日蓮主義思想などがそれにあたる。

そして、原理主義の決定的な特質として、「その宗教の原点となる教祖がいた時代、コーランや聖書のような聖典が書かれた時代」という過去を理想とするが、その過去とは誰も体験したことの無い「原理主義者の「想像上の過去」」であるということが上げられる。そして、その「想像上の過去」を絶対視するが故に過去の名の下にそれまで続いてきた秩序を破壊するという革命理論に転化し、また「自分たち固有の原理に固執するという側面では排外主義という反革命の原理にもなる」という二面性を持つ。(「原理主義とは何か」P22,38より)

このような分類を見ていくと、原理主義についての理解が深まるとともに、宗教のみならず、身近にある様々な活動の原理主義性のようなものにも気付かされます。もうしばらく、原理主義については色々調べてみたいと思っています。

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現代人のための神仏習合入門その2「跋扈する怨霊、翻る反旗」篇

前回→現代人のための神仏習合入門その1「神仏習合のはじまり」

今回は怨霊信仰が登場して散々暴れまわったのちに王権に取り込まれて行くまでです。引き続き参考文献は義江彰夫著「神仏習合」、末木文美士著「日本宗教史」より。

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神仏習合以前の古来の神祇信仰の元でも人には霊や魂があると信じられ、その霊魂を祀ることが行われていたが、それは祖霊と呼ばれる家や共同体に紐づいたすでに個性を失ったものであり、特定の個人の霊というかたちで出現するものではなかったと考えられている。

しかし、八世紀半ばごろには、特に王権中枢部など貴族の間で権力闘争の末に非業の最期を遂げたものたちの霊が怨みを持って現れるという観念が登場し始めていた。例えば神亀六年(729年)に謀反の疑いをかけられ服毒自殺した長屋王や、天平十二年(740年)時の権力者橘諸兄に対して反乱を起こして誅せられた藤原広嗣が怨霊としてあらわれ疫病や関係者の死に関わっているのではないかという噂がささやかれるようになっていた。

この傾向は九世紀に入ると一気に広がり、貴族から一般庶民まで、社会底辺を含む広範囲の人々によって、政争敗死者たちが怨霊として世の中に災いをもたらすため、その怨霊を祀ろうという動きが出てくるようになる。それが御霊会と呼ばれる神仏習合的なイベントである。

■拡大する御霊会

御霊会とは、当時怨霊とされた政争の末に死した六人の人物(早良親王、伊予親王、藤原吉子、藤原仲成、橘逸勢、文室宮田麻呂)の怨みを残した霊魂が疫病や天災、死者数の増加などの原因であるとして、その怨みを鎮めるために行われる密教的な内容の法会であり、九世紀以降京・畿内から始まって全国各地で自然発生的に頻発するようになっていた。この法会の際、怨霊のことを敬意を込めて御霊と呼んだことから御霊会と呼ばれている。

御霊会は怨霊をシンボルとして政情不安や疫病などの原因を、彼らを怨霊化させた権力者の責任として反権力的な運動として広がっていったものであり、王権支配に対する不満が怨霊を通して組織化されていったものと捉えられている。これは敗死した者たちの一族やその傘下にあった貴族たち、さらに彼らに共鳴する没落貴族たちを根源としつつ、密教僧たちが密教の呪術的観念と結びつけて広く底辺にいる人たちの社会への不満と呼応させて社会運動化したものだった。

御霊会の広がりに対して、朝廷は、御霊会は表向き天災回避を建前としていたので強制的な介入は出来なかったため、朝廷主催の御霊会を開催したり、反権力的な神仏習合神だった八幡神を守護神に祀り上げるなど率先して怨霊の怒りを鎮めようとするが、御霊会は静まること無く各地で盛んに開かれるようになっていた。

そのような反権力的な雰囲気がくすぶり続ける中で最強の怨霊菅原道真が登場することになる。

■猛威を振るう菅原道真の怨霊

菅原道真は宇多天皇に重用されて昇進し、醍醐天皇の下で右大臣にまで昇進を遂げるが、左大臣藤原時平によって太宰府へと左遷され、延喜三年(903年)に死した人物だが、その死後すぐに様々な天変地異は彼の祟りのせいだということがまことしやかに囁かれるようになる。

早くも延喜五年(905年)には道真の仏教の師にあたる天台密教僧尊意の元に道真の霊が現れ、左遷の怨みを晴らすために復讐をすると宣言。延喜八年(908年)、道真配流首謀者の一人藤原菅根が病死すると道真の怨霊のせいだという噂が広がり、翌、延喜九9年(908年)には藤原時平が陰陽師の祈祷の甲斐もなく39歳の若さで病没。

その後も様々な天変地異や疫病と結びつけられながらついに道真の怨霊は「密教究極の仏大日如来の化身である帝釈天の弟子観自在天神にあたり、龍や雷を操って危害を加える神」とされるようになり、延長元年(923年)には醍醐天皇の皇太子で、藤原時平の娘を妃にしていた保明親王が21歳で病死、続いてその子慶頼王が皇太子となるが二年後に5歳で死去、そして、延長八年(930年)6月26日、天皇の御所である清涼殿の落雷は、火災を巻き起こしてやはり藤原時平の下で道真配流に関わったとされる大納言藤原清貫他要人数名を死傷させた。さらにこの惨状によって体調を崩した醍醐天皇も三ヶ月後の9月29日、崩御する。

もちろん、醍醐帝を始めとする人々の死は怨霊の仕業ではない。しかし、これらの偶然の出来事はすべて道真の怨霊という一つながりの物語として人々の間で広がり、菅原道真は最強の怨霊としてその名を轟かすことになる。そしてこれは怨霊信仰の極みとしての意味を持っていく。

「神仏習合」(P107)
理不尽な処置で人を死に追いやれば、その霊魂はその罪を犯した人すべてに報復を加え、ついには最高責任者たる帝王をも殺してもいたしかたないという認識が、当時の日本社会を覆っていたことは確実である。御霊信仰にはじまる怨霊の怨みは、御霊会という法会と祭祀でうさばらしをするという限度を超えていた。直接加害者に死の報復を与え、王権の頂点に立つ帝王そのものを死に追いやるという、極限的な反逆活動を展開するところにまで到達してしまったのである。


怨霊信仰は神仏習合の一形態だが、社会運動としての広がりがエスカレートして、王権を揺るがす論理として当時の人々の間に共通の認識が形成されていった。

怨霊信仰が盛んになる中で重用されはじめるのが陰陽師と呼ばれる人々である。陰陽道は中国の陰陽五行説が仏教や儒教の伝来とともに日本に伝わり民間の神祇信仰や道教、密教などと習合しつつ天文や暦を観察する学問・占術として日本で発達した儀礼・呪術体系で、七世紀ごろには民間で陰陽師が活動を始め、律令制の下で陰陽寮が設置され、怨霊信仰が盛んになる九世紀から十世紀にかけて陰陽道として確立していく。天変地異や災難、出産、病気などの際には陰陽師が加持祈祷を行い、また怨霊を祓う、怨敵を呪詛するなどの儀式のために陰陽道の行法が発展していった。陰陽道は後に暦や方角、吉凶などを占う民間信仰として浸透していくことになる。

このように都では道真の怨霊が猛威を振るい、御霊会が燎原の火の如く全国に広がっていく中で、ついに関東で反乱の火の手が上がる。平将門の乱である。

■平将門の反乱を支える御霊信仰の論理

承平五年(935年)、叔父の平国香を殺した平将門はそのまま朝廷に反旗を翻し、天慶元年(938年)、藤原玄明らとともに、武蔵国府、常陸国府を次々と攻撃して関東一帯を制圧。翌天慶二年(939年)、上野国府に入城して新皇即位を宣言する。

この平将門が新皇に即位する時に行われた儀式に菅原道真が登場する。

「神仏習合」(P111)
九三九年十二月、上野国府を占領し、そこで四門の陣を固め、諸国の除目(引用者注:除目=諸官の任命)を行ったとき、八幡大菩薩の使と称する巫女が現れて"八幡の持つ帝位を蔭子平将門に授けよう"と八幡の言葉を口走り、そこに菅原道真の霊魂が出現して、帝位授与の位記(引用者注:位記=辞令)を記して将門に与えたのであった。これによって将門は帝位に即き、みずから新皇の号を称するにいたる。


八幡神もそもそもは王権に反逆する九州地方の独立勢力の神仏習合神であったものが、王権の守護神として祀られたもので、応神天皇の霊だとされている。応神天皇の霊である八幡神の神仏習合と化した八幡大菩薩が将門のことを蔭子(子孫)と言い、怨霊菅原道真が帝位授与の辞令を書くという反逆のための大義名分となる儀式であり、この儀式に際して三十二相の音楽(仏のそなえている三十二のすぐれた相を七言の経にして、雅楽の合奏曲に合わせて歌う仏事の音楽)が奏でられ、神仏習合神、怨霊、仏教音楽など神仏習合の典型的な様相がこの儀式に現れていた。

このような当時の日本社会を覆っていた反権力的な意識の発露である怨霊信仰を取り込みながら、将門の乱は新皇即位からわずか二ヶ月後の天慶三年(940年)2月、藤原秀郷、平貞盛らが率いる朝廷軍によって鎮圧される。また、同時期に西国で反乱を起こした藤原純友も翌年捕らえられ獄死する。

この二つの反乱の失敗ののちも、怨霊はしばらくの間猛威を振るうが徐々に沈静化し、怨霊たちは王権の守護神として朝廷に取り込まれて行くことになる。

■王朝国家の確立

ここまで見たような怨霊信仰が実際に武力反乱を巻き起こすまでに激化していく背景には宇多天皇から醍醐天皇、そして醍醐天皇の子朱雀・村上天皇へと至る時期に行われた朝廷の構造改革と密接に関連している。怨霊に呪い殺されてもやむを得ない、というぐらいに損な役回りを伝説では負わせられる醍醐帝だが、じつは、その治世は後世、延喜の治と称せられ、宇多帝の寛平の治、村上帝の天暦の治と並び後の王朝国家の基礎固めを行った善政の時代として知られている。後に後醍醐天皇は延喜天暦の治の時代を範として建武の新政を行った。

1)土地・税制改革
当時、律令体制は私的領主の勃興により徐々に無力化しており、新興勢力の領主たちは自身の土地(私営田)を寺社や大貴族に寄進することで徴税逃れをし、経済力を蓄えるようになっていた。そのため、宇多帝時代以降、朝廷は土地・税制の抜本的改革に乗り出す。

宇多天皇の私営田抑制施策を受け継いだ醍醐天皇は延喜二年(902年)、富豪たちの私営田を貴族・寺院に寄進する認否を国司(地方行政の責任者)の裁量に委ねる太政官符を発令。国司の権限を強化しつつその下の郡司の権限を奪うことで地方行政の再編成を進め、貴族・寺社への寄進認可を最小限にするとともに、私営田化しつつあった土地を順次公領として編成していった。

その際執られたのが負名という制度である。これは「実際に土地を経営する者が国衙に対し納税を約束した田畠の全体に誰々名という名をつけ、毎年その田畠総面積に応じた租税を出しさえすれば、経営の内実は名を負った者の自由に委ねられるという制度」(「神仏習合」P122)で、これにより旧来の幣帛班給制度に変わって実効性のある土地税制が確立した。

2)政治制度改革
御霊会の拡大のところでも触れたように九世紀の始めごろに軍事・検察行政を司る検非違使庁、天皇の秘書的役割を果たす蔵人所が設置され、特に検非違使庁は私的領有の発展とともに領主間の争いの増大に対応して巨大組織化していった。また、領主間の争いの急増によって法で処理出来ない紛争を武力で解決するための集団として武士が登場し、様々な紛争を経てその地位が強化されていく。

宇多天皇は史上始めて関白という天皇の政務を補佐する役職を設置し、藤原基経(藤原時平の父)を任命。さらに蔵人所式を編纂し、天皇を警護する滝口武者制度を確立。政治の中枢の現実的な組織化を進めた。

この宇多帝から醍醐・朱雀・村上帝の時期に天皇とそれを補佐する関白・摂政、政務の秘書としての蔵人所とそれを補佐する有能な官僚からなる殿上人、軍事・検察の検非違使、警護の滝口武者などが政治の核となり、その下に中央官制と地方行政が連なる体制が確立され、王朝国家の基礎が築かれていく。

■怨霊信仰の社会的背景

上記のような国政改革と社会変動の大きな流れの中で、中央では蔵人所、検非違使庁を中心とする新体制から旧来の豪族たち―藤原氏に実権を奪われる忌部氏、検非違使台頭により軍事の実権を奪われる大伴・物部氏、蔵人所設置によって閑職に追いやられる橘氏など―が次々と失脚していった。また、失脚していく名族の下についていた無数の人々もまた没落の憂き目にあっていた。

地方でも私的領有を基盤とする新体制へと変わりゆく中で、一部の富裕層とは別に私領を確保出来なかった多くの没落者たちや、大貴族・寺社の傘に入れず私営田経営に失敗した者たち、さらに私営田経営に乗り出していても、新制度によって自らの土地を公領に編成されてしまう恐れが常につきまとっていた。

彼らの不満や怨み、恐れが怨霊を生み出し、神仏習合初期から神宮寺建立などを通して彼ら旧勢力と密接に繋がっていた密教僧が、庶民の間にあった神祇信仰の災禍観念と密教の贖罪・報復の観念とを結びつけていくことで、変革期の社会不安に乗って一気に拡大したのが怨霊信仰の実態であったようだ。

そして、平将門の乱はそのような崩れゆく律令国家と新たに作られようとする王朝国家の転換期に拡大する反王権の雰囲気の中で起きた武力反乱であったが、戦略・戦術的な失敗もあったとはいえ、まさに現王権に変わる新しい体制を提示出来なかったために一時的な武力反乱に留まり敗れていった。

■怨霊信仰のその後

平将門・藤原純友の乱鎮圧後も菅原道真の怨霊は引き続き人々の間で囁かれるものの、当初は天皇を呪い殺すほどであったものが、天慶九年(946年)に北野社が建立されて以降は、官位や社殿をねだるなど要求が俗化していき、徐々に王権へと接近し、十世紀末には無力化していくことになる。

道真に変わって新たな怨霊として登場したのが牛頭天王だが、朝廷は積極的に朝廷主催の御霊会を開催し、民間にも開放。怨霊信仰はガス抜き的なカーニバルに転化していくことになる。

結局、新体制が確立していくことで、密教寺社勢力にしろ、武士勢力にしろ王朝国家が打倒出来ないことを知り王権に逆らうのではなく王権の中に食い込んで徐々に力を蓄えていくという方向に方向転換していった。武士は中央や地方で武官の地位を確保し、領主間の紛争解決を図ることで社会的地位を高め、密教勢力は王権擁護を全面に押し出すことで勢力のさらなる拡大をはかって行った。

このようにして怨霊信仰を取り込み、転換期を乗り越えて完成された王朝国家の下で平安文化が花開いていく。

しかし、この神仏習合の過程で生まれた怨霊信仰は王権を掣肘する論理を生み、武士階級の登場を招き、この後千年以上も続く戦乱と二重権力の萌芽となっていくのであった。そして、怨霊信仰の先に生まれた王朝国家の下で神仏習合を背景としてその後の日本社会に大きな影響を与え続けるケガレ忌避観念が生まれ、そして本地垂迹説の登場と中世日本紀に代表される新しい神祇信仰=神道が作り上げられていき神仏習合は一定の終結を迎えることになる。

(つづく)

参考サイト
御霊信仰 - Wikipedia / 御霊会 - Wikipedia / 祖霊 - Wikipedia / 寛平の治 - Wikipedia / 延喜・天暦の治 - Wikipedia / 陰陽道 - Wikipedia / 関白 - Wikipedia / 平将門 - Wikipedia

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「魔界転生」(1981年)/深作欣二監督

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5 二度とありえない
3 原作も読んでいただきたい
4 豪華だから他は許す
2 ストーリーのは期待できない
4 力作


深作欣二監督版「魔界転生」を超久しぶりにDVDで観賞。実に面白かった。

原作は伝奇物の奇才山田風太郎先生の同名小説で、未読なのであれですが、あらすじなどを読むと由比正雪が幕府転覆のために謎の老人の妖術魔界転生の力を借りて剣豪たちを転生させ、暗躍。柳生十兵衛が仲間とともにそれに立ち向かうという筋立てのようですが、映画版では一登場人物だった天草四郎をメインに据え、弾圧されたキリシタンの恨みを晴らすため、現世に執着を残す剣豪たちを転生させていくという展開に変更。この改変が怨霊の復讐という奥行きを与えて見事に成功しているように思います。

怨霊信仰について今度別エントリーで書こうと思うのでさらっとだけ触れておきますが、怨霊って劇的な社会変動を背景にして新体制が固まっていく中で明確になった敗者、没落した者たち、抑圧された諸勢力の象徴として、特に理不尽な死を迎えた者が怨霊として祭り上げられるものなんですよね。怨霊は理不尽な死を与えた時の権力者や社会体制に復讐するものであり、それを良しとするコンセンサスが歴史上成立してきて、また時の権力に不満を持つものはそれを応援し、あるいは実際に大義名分にして反乱活動も行った。

そういう意味で、ほかの登場人物は個人的な執着で転生するだけですが、天草四郎だけは当時の陰となってしまった層の様々な恨みつらみ、怨念を糾合しその象徴たる怨霊として魔界転生し幕府を転覆させんと暗躍するという設定に説得力が充分すぎるほどにあります。

そして、その怨霊天草四郎を演じるのが沢田研二!ジュリー!妖しい魔物にしか見えない!真田広之とのキスシーンは世代を超えた腐女子の間でおそらく伝説なんだと思いますが、僕が聞いた話だと台本に無かったものを深作監督が「じゃぁそのままキスしようか」と指示したという説だったんですが、wikipediaだと沢田研二がアドリブでキスしたとなってますね。このあたりどっちでも良いんですが、その後の展開を見ても実に必然的なシーンだと思います。

細川ガラシャを演じる佳那晃子サマもまた美しすぎる・・・思わず見とれて、しかも見終わった後もその妖艶な姿がちらちらと浮かんで消えない。深作監督って男を撮るだけじゃなく何気に女優を見出す、あるいは女優の魅力を引き出して撮るのが上手いですよね。将軍家継を虜にする妖婦っぷりにときめきを覚えつつ、やはり燃え盛る江戸城で槍を片手に天守閣に駆け上り業火の中で高笑いする狂気に釘付けでした。こういう妖艶な迫力のある女優さんって稀有ですよね。

他にも、柳生宗矩役の若山富三郎のキレまくりな立ち回りの華麗さ、緒形拳演じる宮本武蔵の強烈な圧迫感、丹波哲郎の相変わらずオイシイところを持って行く存在感、知恵伊豆こと松平伊豆守役の成田三樹夫の成田三樹夫っぷりなど脇を固める俳優陣の充実っぷりがすごかったですねー。相変わらず千葉ちゃんは千葉ちゃん以外の何者でも無いし(笑)もう堪能しまくりです。

また、家継時代の江戸幕府の政情不安や、江戸城天守閣を焼き尽くした明暦の大火など微妙に当時の出来事をエッセンスとして混ぜ込んでいて、歴史ファン的にはそういう小ネタ探し的楽しみも軽くできますね。ちなみに、各登場人物の没年や出来事の年代を調べたりするのは・・・天草四郎(没年:1638年)、宮本武蔵(没年:1645年)、柳生十兵衛(没年:1650年)、松平伊豆守(没年:1662年)、明暦の大火(1657年)・・・武蔵を仲間にするまでに10年近くかけてたり柳生十兵衛も魔界転生してないといろいろ問題が(笑)なので、そういうことを気にしてはいけませぬ(笑)時空がゆがんでいるのです!

あー面白かった!

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「グローバリゼーション 人類5万年のドラマ」ナヤン・チャンダ著

グローバリゼーション 人類5万年のドラマ (上)
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おすすめ度の平均: 4.5
5 全ては歴史認識とリアリズムから始まる。
3 銃・病原菌・鉄と比較して
5 「フラット化・・」を遥かに凌駕する壮大なスケール
5 人間の宿命としてのグローバリゼーション


グローバリゼーション 人類5万年のドラマ (下)
ナヤン・チャンダ エヌティティ出版 売り上げランキング: 11841
おすすめ度の平均: 5.0
5 世界史はいつもグローバル(ボーダーレス)
5 フラット化する世界を遥かに凌駕する(上巻から引用)


グローバリゼーションという言葉は、最近はそれほどでも無いが、一時期バズワード的になっていたこともあって頻繁に耳にすることが多かったし、また、様々な意味で使われていた。グローバリゼーションによって経済が成長し、技術進歩があり、人々の生活は豊かになり・・・といった輝かしい意味合いで使われることもあれば、様々な貧困や経済危機や環境問題の原因であり、人々から道徳を奪い去り、グローバリゼーションによって拡大する資本主義が諸悪の根源で・・・と言った忌まわしい意味合いで使われることも多々あり、非常に多面的で象徴的な言葉に近年なってきた。

そのグローバリゼーションとはいったい何者か?について、およそ5万年前の人類の祖先による出アフリカから、21世紀の現代に至るまでの様々なグローバリゼーションの過程を壮大なスケールで生き生きと描き出した大作。著者のナヤン・チャンダ氏は「ファー・イースタン・エコノミック・レビュー」編集長等を経てエール・グローバリゼーション研究センター出版部長、エール・オンライン編集長として第一線で活躍中のジャーナリスト。

とても面白くで知的好奇心をそそられ、かつエキサイティングな本なのだけど、読み物として面白いのはもちろん、特にこの本が魅力的なのは5万年以上にわたるロングスパンの人類史を通してグローバリゼーションという事象を俯瞰できること、時空を超えて様々な事象が結びつき、相互に連関しあっていることだろう。それは目次を見ただけでもわかる。第一章から第五章までが上巻、第五章から第十章までが下巻という構成です。

第一章 すべてはアフリカから始まった
旅の隠された物語/アフリカの一人の母/オーストラリアへの急行便/紅海の晩餐/わが、曽、曽…曽祖父はアフリカ人/黄帝の黒い母/アメリカに渡る/皮膚の色を変える/気候が身体を変える/イチジクの木のルーツ/新たな移住/交易による結びつき/帝国の衝動/信仰を説く

第二章 ラクダの隊商(キャラバン)から電子商取引(eコマース)へ
大きな家はいつ持てるのか/砂漠の船/甘いワイン、干しイチジク、そして学者/インド洋の無賃航海/イタリアの冷たく香り高いワイン/アラビアの大三角帆船と中国の舵/マラバルのユダヤ商人/ヴェネチアの喉を扼するメラカの手/「悪魔の使いよ、おまえは何をしにきたのか?」/金貨からオンラインのペイパル決済へ/銀、繊維、香辛料の三角地帯/粘土板からインターネットへ/メラカからメンフィスへ/新たなモンスーン

第三章 ワールド・インサイド――世界がその中に詰まっている
マネーより換金性の大きな綿/不信心者の糸は使うなかれ/王様になった綿と奴隷/供給チェーンとタコ部屋/跳ね回るヤギ/悪魔のおいしい飲み物/コーヒー豆に愛をこめて/飢えをごまかすもの/インターネット・カフェ/押し合いへし合いするゼロ/タレスの琥珀/コロッサスからマイクロチップへ

第四章 布教師の世界
信仰と旅/黄金を求めて/仏陀の足跡/絹の貿易/ナザレの大工/伝道葡萄/アフリカに「神のハイウェー」を通す/砂漠の啓示/聖戦がアジアにやって来た/すべての道はメッカに通ず/「茹だってしまえ、汝、悪魔の申し子よ」/「暗さを乗ろうより蝋燭を灯すべし」/認識は瞬時に行き渡る

第五章 流動する世界
ハンノと河馬/キリンを持ち帰る/「百万の法螺」の旅/旅行者の馬取引/ユダヤ人のマルコ・ポーロ/「知識を求めよ、中国に行ってでも」/新世界のゴールドラッシュ/マカタン島での非業の死/統治とは人を住まわせること/奴隷、苦力、旦那様/カリブ海への棺桶船/ジャマイカ人、ロンドンに襲来す/移民特急――セヴィーリャからサイゴンまで

第六章 帝国の織りなす世界
世界帝国の夢/偶像崇拝者を殺せ/アフリカの誘惑/モンゴル人の種を蒔く/征服し、住まわせよ/言語ネットワーク/神の道具としての帝国/法の帝国/モンゴルの贈り物はズボンと弓の弦/中国の火薬、ペルシアの工業技術/朝鮮人、キムチを手に入れる/本物のノアの方舟/ヴィクトリア女王の世界に伸びる電信線

第七章 奴隷、最近、そしてトロイの木馬
ヨーロピアン・ドリーム/最古の貿易/奴隷―兵士、労働者、コンパニオン/奴隷・砂糖コンプレックス/アジアとアメリカ大陸の架け橋/産業革命の推進/彼方からの見えざる脅威/死のハイウェー/検疫の誕生/兵士、蒸気船、そしてスペインかぜ/国境なき病/ウィルス・ハンター/キスマーク/ゼロデイ・ウィルスを警戒/犯罪市場

第八章 グローバリゼーション――流行語から呪われた言葉へ
スプートニクとアムネスティ・インターナショナル/グローバリゼーション=保護主義/国際貿易は過去、グローバリゼーションは未来/ブラック・マンデー(暗黒の月曜日)/GO-GOグローバリゼーション/グローバリゼーションの「バンブー(空洞)効果」/人殺しのWTOを殺せ/グローバリゼーションはここにある/九・一一ショック/反グローバリゼーションからもう一つのグローバリゼーションへ/アウトソーシングの脅威

第九章 グローバリゼーションを恐れる者は誰だ?
疫病が見の貿易/全滅/空飛ぶ牛、ビッグマック/長距離公害/不条理劇/解雇通知とウォルマート/仕事泥棒の侵入/低賃金、高度処理能力/大金持ちと美容師の国/ポーランド人配管工の溶解/丸見えの勝者と敗者/ラテンアメリカ、アフリカの疑惑の発展

第十章 前途
貧困から救済された数百万の人々/解き放たれた資本、失業者/金持ちのパーティータイム/世界的流行病の暗雲/帝国の負の遺産

この目次だけでドキドキしてきませんか?先日第三章からコーヒーの歴史についてまとめたエントリー「世界と人々の暮らしを激変させたコーヒーの1000年の歴史」を書きましたが、この目次の通り、第一章から第七章にかけて様々な人々、商人、宗教家、冒険家、戦士らがいかにして世界に拡散し、そして世界を結びつける役割を担ってきたかが描かれ、第八章、第九章で現在のグローバリゼーションという言葉が抱える諸問題や実情の考察があって、最後にこれからの世界について、希望と絶望とが入り交じった将来像が浮かび上がっていくという、世界史上の様々な出来事がグローバリゼーションという言葉をキーにしてつながり合っていくダイナミックな構成で描かれています。

グローバリゼーションとは何か?を表すことは難しい。その言葉が意味する変化は第八章で様々なデータを元に考察されているが、それこそグローバリゼーションという現象を是とする人たちはそのもたらした莫大な利益を声高に主張するし、グローバリゼーションという現象を非とする人たちは、グローバリゼーションによって失われた様々な事柄と苦境に立たされた人々の悲劇を殊更に強調する。

(下:P153)
相互接続、相互依存社会の現実を理解する最善の方法は、おそらくグローバリゼーションをめぐる解釈論争に巻き込まれることではなく、相互接続を推し進めてきた力やグローバリゼーションが辿ってきた歴史的道筋を検証することである。

僕も上記のような著者の意見に同意したい。

グローバリゼーションという相互に連関しあう事象は時を経ていくにつれてつながりあうもの同士の影響の度合いを強め、一方に利益をもたらしつつ、一方で多大な損害を与えつつ、距離を近づけていく。著者は「超結合社会(ハイパー・コネクテッド・ワールド」と呼ぶ。

だが、確かに世界中で、世界がつながっていくことによって悲惨な出来事が起き、格差が生じているじゃないかというだろう。そのとおりで、グローバリゼーションによる市場の近接化と経済成長は格差も産む。しかし、経済成長は貧困を減少させもする。果たしてどちらが大きいのか?について、ここポイントだなと思ったところがあるので引用すると、

(下:P204)
世界銀行のブランコ・ミラノヴィッチは、二〇〇三年に九五ヵ国で実施した家庭収入調査の最新かつ詳細なデータを使い、アナリストのランドバークとスクワイアの結論―「われわれが得た確証は、開放経済で恩恵を受けるのは、微々たる利益であっても富裕層だということだ」に近づいた。平均的な中流諸国の経済水準が上がると、貧困層や中流階層の収入は、上位二〇パーセントの高所得者と比べて相対的には増えるとしながらも、ミラノヴィッチは、「開放経済は以前よりひどい所得格差をもたらしているようだ」と結論づけた。

こうした調査結果は、貿易が拡大すれば格差はさらに広がり、最貧困層の収入はゆっくりとしたペースでしか増えないことを示唆している。

つまり、経済成長によってまず富裕層が最大の恩恵を受け、格差は「急」拡大する反面中流層、貧困層の収入は「ゆっくり」と微増していき、「最終的に」豊かになるということのようだ。

交易はすべての人々をより豊かにする」が、その過程でよりシビアな形で成長と分配という「トレードオフに直面」するということなのでしょうね。

そして、グローバリゼーションという事象のこれからについて、「数千年をかけ勢いを増してきた相互依存の複雑なプロセスを止めることはできない」としながらも「グローバリゼーションの「中断期」に向かって進んでいるのかもしれない」と危惧している。そしてそれは確かに現実のものとなりつつあるのかもしれないと思います。

リチャード・セネットがその著書「不安な経済/漂流する個人―新しい資本主義の労働・消費文化」で英国の政治を例に出して政治のプラットフォーム化が進むと双方の政策に差がなくなっていくので小さな差異を殊更強調してまるで大きな違いであるかのように言い立てるようになり、そういう傾向が例えば移民排斥などの差別へと繋がっていったという趣旨のことを書いていたが、グローバリゼーションという急速な結合は、同様に人々の様々なアイデンティティを揺るがせ、「小さな差異の強調」を産むかもしれない。その結果、グローバリゼーションの過程で強いローカリゼーションが進むのだろう。例えばかつての日本の村八分もそういう構造を持っていた。

結合が人々の間に断絶を産み、悲劇を巻き起こしながら、しかしより強く結合していくという方向へと無情にも歩んでいくというのが、この本で描きだされた人類の歴史だと思う。この国でも、その過程で「日本的なるもの」は、新たな格差や差別や経済社会の変化を招き、また様々な文化を再生産しつつも、溶解していくのだろう。

グローバリゼーションは「中断期」を迎えつつもその歩みを止めず、より人々を近づけ、結びつけていくが、その超結合世界の中で「小さな差異の強調」ではなく「多様性」をいかに保ち、創り上げていくか、ということがこれから特に重要なのだろうと言う思いを、読み終えて新たにした。共通化と多様化とのトレードオフ、あるいは矛盾をいかにして解決し、共存させていくかということなのだろうな、と思う。

ということで、この本、おすすめです。

関連エントリー
世界と人々の暮らしを激変させたコーヒーの1000年の歴史
「英語の歴史―過去から未来への物語」寺澤盾 著
「人類の足跡10万年全史」スティーヴン・オッペンハイマー著
「内向き」の対象が「ウチ」で無くなる日
衆院選雑感〜二大政党制と政治のプラットフォーム化について
村八分が始まったのは実は最近?
マンキュー経済学ミクロ編が一目瞭然なすごいパワポ



人類の足跡10万年全史
人類の足跡10万年全史
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スティーヴン オッペンハイマー 草思社 売り上げランキング: 23623
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5 人間わずか10万年、下天のうちに比ぶれば
3 訳のクオリティの低さが興趣を損ねているのが残念
5 人類の全地球への伝播が、理解できた
5 「人はどこから来たのか?」という問いの答えがここに
2 ビジュアルなやさしい本なら ・・・


新ネットワーク思考―世界のしくみを読み解く
アルバート・ラズロ・バラバシ NHK出版 売り上げランキング: 60064
おすすめ度の平均: 4.5
5 知的好奇心を刺激する内容
5 海に流したボトルメール
5 課長 島耕作の不思議
3 ネットワークとは
4 ネットワークから数理モデル、物理学まで包括した1冊


フラット化する世界 [増補改訂版] (上)
トーマス フリードマン 日本経済新聞出版社 売り上げランキング: 15034
おすすめ度の平均: 4.5
5 必読
5 日本には越えるべきハードルがさらにある
4 自国の利益
4 フラット化する世界を分かりやすく紹介する好書
4 人間はアップロードを好む。

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大学生のころ、SIONが好きだった

SORRY BABY〜SION-YAON 2004〜


SION「好きで生きていたい」


Sion/春夏秋冬/Promo


SION「夜しか泳げない」


こんな大事な夜に - SION


コンクリートリバー / SION


がんばれがんばれ−SION


大学生のころ、ふと友人から借りたCDが確かSIONのファーストアルバムで、それから大学時代は一人暮らしのアパートで安物のラジカセでSIONを良く聴いていた。当時はどちらかというと、こういうちょっとオルタナティヴな雰囲気に対する憧れのようなもので聴いていたんだけど、大学を卒業して、社会人になってからはすっかり疎遠になっていた。

それから20年近く経って今聴き返してみると、言葉のひとつひとつに刻まれた人生のようなものが凄く共感できて心に本当に染みる。じわっと胸の奥から染み出してくる感情の昂ぶりと鎮まりのようなものがある。SIONはずっと歌を生きてきたんだなという感慨・・・というか存在感というか、何かがある。かっこいいなぁ。

本当に今日、SIONを思い出したきっかけは実は全く関係の無いことで、それは、今、WEB界隈を賑わせている本「フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略」だ。同書ではレディオヘッドなどのアーティストの例を出して、無料で音楽を提供することで、ライブ等への誘導をはかり大成功を収めた例が出されていた。「思い出に残る経験こそが、もっとも希少価値がある」のだと。

そういうライブの希少価値というフレーズから、そうだ、大学生のころ好きだったSIONはまさにそういう「歌い手」だったなという感覚が蘇ってきた。そして、GoogleやYoutubeで検索してみると、今でもアコースティックギターを片手に全国の小さなライブハウスを回り、CDを定期的に発売し、手作り感溢れるオフィシャルサイトブログはきちんと更新をし、myspaceや、Youtubeにオフィシャルチャンネルを設け、また古くからのファンが上で貼った動画のように過去のライブの様子をアップし、コメント欄ではそれぞれのファンが自身の人生とSIONの曲とを重ねあわせていた。すごく良い。すごく嬉しい。

これからの時代は、SIONのような地道に音楽活動を続け、実力があり、人々に訴える力を持ったアーティストにこそ多くの人たちが出会い、またアーティスト自身がより多く報われていくと良いよね、と思う。

自分の狭い範囲での小さな変化と、もっと広い時代の流れ的な大きな変化とが微妙にシンクロして繋がっていく感じがとても心地良かった午前1時すぎ。久しぶりにSIONを聴いて心震えた。

SION TWIN VERY BEST COLLECTION
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5 人間そのものへの愛情表現
5 SIONの兄ぃはやっぱり最高や!!(涙)
5 最高☆
5 懐かしい


住人~Jyunin~
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SION インディーズ・メーカー (2008-06-11)売り上げランキング: 36806
おすすめ度の平均: 5.0
5 レビューじゃないけど
5 参った!
4 まだ行くぜ、そして
5 SIONの最高傑作
5 SIONはSIONであり続ける。


鏡雨〜kagamiame〜
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SION スリーディーシステム (2009-07-15)売り上げランキング: 23700
おすすめ度の平均: 5.0
5 のたうち回り続ける
5 言葉はいらない
5 たたき、しみこむ。
5 いろんな想いがスライドします
5 強烈に突き刺さるニュ−アルバム



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多くの人々の無意識まで届く表現を生む創作プロセス

先日の糸井重里氏のインタビュー記事(糸井重里氏、エロ画像収集について熱く深く語る)が好評だったので、それと結構関連しそうな内容の、元電通で人気CMプランナーであり慶応大学の環境情報学部教授でもある佐藤雅彦氏のエピソードが西村佳哲著「自分の仕事をつくる」にあったので紹介します。

CMプランナーとして「ポリンキー」「ドンタコス」「バザールでござーる」などの大ヒットCMや「だんご三兄弟」のプロデュース、「ピタゴラスイッチ」などを手がける佐藤氏は31歳のとき、CMを作ったことが無いのにCMを作る部署に異動になり、もちろんCMを作ることなんて出来ないので、まずは社内の資料室に三ヶ月篭り、世界中のCMに目を通して自分が面白いと思ったものをまとめていったんだそうです。

自分の仕事をつくる (ちくま文庫)」(P150)

結果として佐藤氏は、面白くて印象に残るCMに共通する二三種類のルールをまとめるに至ったという。
その後のヒットCMのほとんどすべてが、この時にまとめたルールから作り出されたものだと本人は語る。

その23種類のルールについては同書では語られていないので、それをうかがい知ることは出来ないのですが、佐藤氏が面白いと思ったCMをまとめていった、その過程について著者の西村氏は以下のように続けます。

自分の仕事をつくる (ちくま文庫)」(P151-152)

魅力的な物事に共通するなんらかの法則を見出そうとする時、彼がとる手法は「好きだけど理由がわからないものを、いくつか並べてみる」というもの。慶應大学の講義ではこの手法を、要素還元という名前で紹介していた。
同じように惹かれるものを並べ、そこにどんな要素が含まれているのか、自分の中の何が感応しているのかを丁寧に探ってゆく作業だ。

自分が感じた、言葉にできない魅力や違和感について「これはいったい何だろう」と掘り下げる。きっかけはあくまで、個人的な気づきに過ぎない。
だが、そこを掘って掘って掘って、掘り下げてゆくと、深いところでほかの多くの人々の無意識と繋がる層に達する。

(中略)

人々に支持される表現は、多数の無意識を代弁している。しかしその入り口は、あくまで個人的な気付きにある。
中途半端な掘り下げはマスターベーションと評されかねないが、深度を極端に深めていくと、自分という個性を通り越して、人間は何が欲しいのか、何を快く思い、何に喜びを見出す生き物なのかといった本質に辿りつかざるを得ない。歴代の芸術家や表現者が行ってきた創作活動は、まさにこのくり返しだ。自我のこだわりではなく、世界にひらかれた感覚をもってその仕事を行えるかどうかが、つくり手の大きさにあたるのだと思う。

自分の仕事をつくる (ちくま文庫)
西村 佳哲 筑摩書房 売り上げランキング: 4140
おすすめ度の平均: 4.5
4 「生きるための仕事」ではなく
4 仕事の迷路に迷ったら、
5 「働く」ことと「生きる」ことに橋を架けてくれる本です


前回の糸井氏のエロ画像収集の話でもちらっと書きましたが、まさに自身の欲望、気づきあるいは感情などのありかを探ることから初めて普遍的な、ユングが言うところの集合的無意識的なアーキタイプを見出して、それを創作者なりの表現手法を持って世に出すというのが創作活動なんじゃないでしょうか。

いや、もちろんユングの集合的無意識という考え方は少しオカルト的で、正当な心理学からは外れているのですが、個人的な感想として、ユング心理学というのは心理学の領域では最早異端でしかないが、創作や物語論、神話等、特にクリエイティビティに関わる分野においてはその存在意義はまだあるんじゃないのかな?と思ったりしています。多分、何事か自身の内面を掘り下げるプロセスで集合的無意識があると仮定することが、創作に関して有用な気がするんですよね。

そして、上記の無意識まで掘り下げるということと近しい内容を村上春樹もインタビューで書いています。


村上春樹最新インタビューまとめ〜やたら長い長編執筆中、テーマは『恐怖』


「物語を書いていくことは、自分の魂の中に降りていく作業です。そこは真っ暗な世界。生と死も不確かで混沌としている。言葉もなければ、善悪の基準もない世界」

「でも魂の世界まで降りていくと、そこは同じ世界なんですよ。それゆえに物語がいろいろな文化の差を超えて、理解し合えるのだと思う」

その「自分の魂の中に降りていく作業」、「深度を極端に深めていく」過程をどのように辿るのかは個々それぞれなんだろうと思うけれど、要素の一つは良く言われる量が質に変わるというフレーズにあるような徹底的な収集過程なんでしょうね。しかし、ただ無為に量を積み重ねても流れ去るのみ。その量を積み重ねる過程でどのように普遍的な何かへと向かって深度を深めていくことが出来るか?が重要なんだろうなと思います。そして、それが出来る人がクリエイターと呼ばれる人たちなんでしょう。

そういう人たちが僕にはとても眩しい。作家のエッセイなどでたまに、創作の過程で深度を深めていく様子が書かれていたりすることがあります。その創作過程を読むことが出来たとき、決まってゾクゾクしてドキドキして、そしてパーッと開けたような感覚を味わいます。そして、その高揚感とともに、僕は観察者であって表現者ではないんだなというような、一抹の寂しさもまた味わうのでした。

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糸井重里氏、エロ画像収集について熱く深く語る
糸井重里氏が語る、個々の欲望を左右する「欲望の増幅装置」
村上春樹最新インタビューまとめ〜やたら長い長編執筆中、テーマは『恐怖』
あらゆる仕事で起こる目的と手段の倒錯について
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マーケティング用語のペルソナって言葉を見るたびに



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世界と人々の暮らしを激変させたコーヒーの1000年の歴史

インド出身のジャーナリスト、ナヤン・チャンダ氏が書いたグローバリゼーションという本はおよそ五万年前に人類がアフリカから世界へと第一歩を踏み出してから現代まで結びつきを強めて行く過程を様々な視点から描いた傑作なのですが、その上巻にコーヒーがいかにして広がっていったかが描かれていてとても面白かったので、それを参考にしつつ、コーヒーの歴史を簡単にまとめてみます。


グローバリゼーション 人類5万年のドラマ (上)
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5 人間の宿命としてのグローバリゼーション


1)コーヒーの伝説
コーヒーがいつごろから飲まれるようになったかは定かではないが、伝説によると、エチオピアのカッファ地方のあるヤギ飼いの少年に始まるという。

昔々、アフリカ東部のエチオピア南西部カッファ地方にカルディというヤギ飼いの少年がいた。

ある日のこと、放牧していたヤギたちが、飛び跳ね、角をぶつけ合い異常に興奮しているのを見つけ、カルディは驚く。そして、ヤギたちが食べていた赤い木の実を口に入れてみたところ、身体がぞくぞくするような快感が舌から全身へと広がっていく体験をしてしまったという・・・

エチオピアではなくイエメンという説もある。イエメンのシェホデト僧院の導師はこのヤギ飼いが「ヤギを魔法にかけた」という木の実をあぶり醸造してみた。同書ではハインリヒ・エドワルド・ヤコブの著書「コーヒー、日用品の壮大な叙事詩」(日本語訳無し)を引用し、このときの様子をこう描写している。

グローバリゼーション 人類5万年のドラマ (上)」(P170)
「すると、ほんの少しも経たないうちに、このシェホデト僧院の導師はまるで魔法にかかったような気分になってしまった。導師は、いまだ経験したことのない不思議な陶酔状態に陥った。導師は熱心なイスラム教の信者なので、酒に酔った経験などまったくなかった。・・・・・・ところがいま、身体の感覚はほとんどなくなり、心はいつになくいきいきと、愉快で、かつ冴えた状態になった。考えも頭に浮かぶだけでなく、はっきりと目に見える形をとった」

そして、この後、導師は真夜中の礼拝の際に信者たちにこの飲み物を飲ませるようになったという・・・

このコーヒー起源の物語はあくまで伝説であって事実はわからないが、一説にはコーヒーの名前がカッファ地方に由来するとも言われている。

事実としては、紀元前のエチオピアのアビシニア高原一帯でガラ族がコーヒーの実をつぶしたものを携帯食としていたといわれており、六世紀から九世紀にかけてアラビア半島に伝わりスーフィー(イスラム系神秘主義者)たちの間で眠気覚ましに用いられていた、ということのようだ。

2)イスラム圏での拡大
13世紀ごろには早くもコーヒー豆の焙煎が行われアラビア半島ではカヴェハ・カネスという名の飲み物を出すコーヒーハウスが登場、人気となっていたという。当時のメッカの総督はコーヒーを社会に悪影響を与えるものとしてコーヒーハウスを閉鎖したが、民衆の暴動などを招きカイロのスルタンがその命令を撤回する事態になったというエピソードも紹介されているが、wikipediaのコーヒーの歴史によると、当時、コーヒーの飲用についてはイスラム法学者たちの間でも意見が分かれており、多くの法学者の間では悪しき逸脱(ビドア)であるという意見が多かったという。

当時、「コーヒーを供する場所が庶民や知識人が集まる社交場となりはじめたため、それが為政者や社会に対する不平不満を語り合う場に転ずることを警戒する動機があった」とも言われているが、民衆の間でコーヒー人気は広がって行き、「1454年にアデンのムフティー(法学者)、ジャマールッディーンがイスラム法学上の見解で合法と判断して以来、数十年にわたる論争を経つつ、やがて飲用しても構わないという見解が主流となってコーヒーは中東圏に広まっていった。」(コーヒーの歴史 - Wikipediaより)という。

当時、あるイスラム教聖職者はこう言った。「コーヒーを体内に入れて死んだ者は地獄の業火に焼かれることはない」また、信者たちは「正しい意図と献身、それに心からの信心を持っていれば、コーヒーを飲むと隠された秘密の快楽に到達することができる」とも教えられたという。

16世紀初頭、飛ぶ鳥を落とす勢いで世界帝国建設に走っていたオスマン帝国がアラビア半島からエジプトまでを支配地域に入れると同時にコーヒーは瞬く間にトルコ地域に広がった。1554年、二人の実業家がイスタンブールにコーヒーハウスを開店すると、多くの人々がコーヒーハウスに足を運ぶようになったという。

グローバリゼーション 人類5万年のドラマ (上)」(P173)
時をおかず、暇をもてあます旦那衆、気晴らしを求める男たち、学者や詩人といった連中が、コーヒーハウスに群がるようになった。こうした人々は本を読み、パックギャモンに興じた。彼らは詩の朗読を聴くのは大好きだったが、モスクにはめったに足を運ばなかった。そこでこれらのコーヒーハウスは半ば冗談に、「メクテブ・イ・イルファン」(知識の学校)と呼ばれた。

3)イスラム圏からヨーロッパへ
オスマン帝国でのコーヒーの流行は瞬く間に地中海を経由してヨーロッパにも上陸、ヨーロッパに人々の間でも愛好者が増えていった。

1592年、キリスト教信者の間でこの「イスラムのワイン」の愛好者が増えていることを危惧した聖職者たちは、時のローマ教皇クレメンス八世にコーヒーの禁止を進言したが、それに対して教皇はこう言ってその訴えを退けたという。

クレメンス8世 (ローマ教皇) - Wikipedia

「それにしても悪魔はいいものを飲んでいる。いっそのことコーヒーに洗礼を授けてこちらのものにしてしまってはどうだろうか……。」

英邁な教皇として後世に名を残すクレメンス八世は大のコーヒー好きとしても知られている。

しかし、17世紀に入ると若くて信仰心の篤いムラト四世の下でオスマン帝国ではコーヒーハウスは禁止されることになる。当時オスマン帝国は反乱や経済の不安定さから、当時数千軒あったといわれるコーヒーハウスでは政府の悪口を言ったり、陰謀の巣となっていることが多かったため、1640年、イスタンブールのコーヒーハウスはすべて閉鎖されることになり、またイランでも同様に閉鎖された。

この閉鎖によってオランダやイギリスの商人たちは売れ残ったコーヒーをイギリスに輸出。1650年、ヨーロッパ圏で最初のコーヒーショップがトルコ系ユダヤ人ジェイコブによってオックスフォードに開店する。このジェイコブのコーヒーショップは大繁盛し、学生や知識人が常連客となってコーヒー代を1ペニー払うだけで知識を得られるという意味で「ペニーユニバーシティ」というあだ名がつけられた。

1683年、第二次ウィーン包囲として知られるオスマン軍対ヨーロッパ連合軍の攻防はオスマン軍の大敗に終わったが、そのときオスマン兵が捨てていったコーヒー豆を使い、ウィーンにコーヒーハウス「青い瓶」が開店する。

グローバリゼーション 人類5万年のドラマ (上)」(P175-176)
伝説によると、マルコ・ダヴィアノというイタリア人のカプチン会修道士がミルクと蜂蜜をまぜてコーヒーに入れ、その苦さを薄めることを思いついた。ウィーンっ子たちはこの新しい飲み方を気に入り、こうしたコーヒーの色がカプチン会修道士の僧衣の色柄と似ていることから、カプチン会への敬意の標としてこれを「カプチーノ」と名づけたという。

カプチーノの由来には諸説あるためはっきりとはしていないが、カプチン会修道士の頭巾のことをカプッチョと呼んでいたことにちなむ説が有力らしい。またマルコ・ダヴィアノはウィーン包囲の際に活躍した修道士で当時人々から多大な敬意を集めた宗教的指導者の一人だが、おそらく実際はカプチーノコーヒーの由来とは関係が無いとは思われる。

1669年、フランスにオスマン帝国の大使として赴任したスレイマン・アガがコーヒーを飲む姿の優雅さはたちまちフランス宮廷の貴婦人たちを虜にし、コーヒーが大流行することになり、そしてコーヒーは知識階級のたしなみとして定着することになる。

4)ヨーロッパから世界へ
ヨーロッパでのコーヒー需要の拡大によってイエメンの港モカからの輸出だけではその需要を満たすことは出来なくなっていたが、輸出は厳しく制限されていた。インド人巡礼者のババ・ブダンはメッカへの巡礼の際にイエメンからコーヒー豆を持ち帰ることに成功し、南インドで栽培を開始。続いてオランダの貿易商人がセイロン、ジャワに植えた。

そして1723年、フランス陸軍大尉ガブリエル・マチュー・ド・クリューはカリブ海のマルティニク島に一本のコーヒーの木を運ぶ命を受け、大西洋の嵐の中、コーヒーの木を枯らさぬよう自分の飲み水を与えながら、無事運んだという。そのコーヒーの木はマルティニク島で瞬く間に増え、後にマルティニク島ほかカリブ海はコーヒーの原産地としてフランスに供給し続けることになった。

ポルトガルはフランスとオランダに出遅れてしまい、コーヒーの木を手に入れられなかったが、1727年、仏領ギアナとオランダ領ギアナの境界をめぐる紛争の際にポルトガル領ブラジルの当局者であったフランシスコ・デ・メリョ・パリェタに仲裁が依頼されることになった。パリェタはコーヒーの木を手に入れるためにスパイ映画ばりの手段を講じ見事成功する。

グローバリゼーション 人類5万年のドラマ (上)」(P179)
彼はあっという間にフランス総督の夫人と熱い仲になった。(中略)ある宴会の折、フランス総督の夫人は何の疑いも持たない夫の目の前で、パリェタに大きな花束を贈った。その中にはよく熟れたコーヒーの実が一握りほど隠されていた。パリェタはこの宝物を持って船に乗り、ブラジルに帰った。その後、ブラジルは世界最大のコーヒー原産国への道をひた走ることになる。

パリェタがルパン三世やジェームズ・ボンドで脳内再生されそうになるすごいエピソードですが、実はたしかなお話ではありません。ただコーヒー豆が仏領ギアナを経由してブラジルに持ち込まれたというのは事実で、それにこのようなエピソードが語られるようになったということらしいですね。

このようにして、1750年ごろまでにはコーヒーは五つの大陸で栽培されるようになる。

5)奴隷貿易の横行と戦争、侵略
15世紀ごろから始まり、16世紀から18世紀にかけて最も盛んだった奴隷貿易の隆盛にコーヒー栽培は少なからぬ、いや直接的に多大な影響を与えている。

タバコ、綿花、砂糖、ココアなどと並んでコーヒー栽培でも多くの奴隷がアフリカから各植民地に運ばれた。約3世紀に渡る奴隷貿易でアフリカから大西洋を渡った奴隷の数は最大1500万人以上(定説では900万人から1100万人)と言われているが、コーヒー栽培では特に子どもの奴隷が多く使用されたという。

グローバリゼーション 人類5万年のドラマ (上)」(P181)
非合法の奴隷貿易で、毎年四万五〇〇〇人の奴隷がこの国(引用者注:ブラジル)に流入した。コーヒー・プランテーションはまた、奴隷貿易の人口構成の内容を変えた。コーヒー・プランテーションの奴隷の買い手は、成人男子ないし女子よりも年少の奴隷を欲しがった。おそらくそれは、彼らが敏捷にコーヒーの木々の間を動きまわって熟した実を採ることができたからだろう。コーヒー・プランテーションで働く奴隷の三分の二から四分の三は少年だった。ブラジルで奴隷制が名実ともに廃止された一八八八年には、奴隷の数は一五〇万人にも達していて、そのほとんどはコーヒー・プランテーションで働かされていた。

1598年にジャワ島に設立されたオランダ東インド会社は当初、香辛料貿易を目的としていたが後に軍事力を持ち東南アジア一帯を徐々に侵略して植民地化を進めるようになっていた。その大きな目標の一つが当時莫大な利益を生んでいたコーヒー栽培で、軍隊の力を背景にして強制労働によるコーヒー栽培を進めた結果、小規模農家が消えていき、民衆の生活は困窮。のちにジャワ戦争という民衆の独立戦争へと結びつくが、ジャワ戦争は敢え無く鎮圧、戦費により財政難に陥ったオランダ東インド会社はさらに悪名高い強制栽培制度を導入して植民地支配を強めていく。

奴隷貿易と奴隷労働は19世紀、植民地支配は第二次世界大戦の終結前後まで続き、コーヒーは世界の歴史に暗く悲惨な楔を打ち込んでしまうこととなった。

6)コーヒーの大衆化とフェアトレード、スターバックス
世界中でコーヒーが生産され供給が過剰になるとともに、海上輸送のコストが下がり、欧米で所得が増大していく過程で19世紀から20世紀にかけてコーヒーは一般大衆の飲み物として定着した。

日本には最初天明年間(1781年 - 1788年)に持ち込まれたが、鎖国下ということもあり、本格的に飲まれることは無く開国後の明治21年(1888)に上野に日本最初のコーヒー店可否茶館(かひいちゃかん)が作られたが、本格的なカフェは明治44年(1911)に銀座に作られたカフェー・ブランタンが最初となる。欧米にはいない女給(ウェイトレス)が人気を博し当時カフェブームを巻き起こしたという。

コーヒーの画期的な技術革新は1938年に起きた。コーヒー豆は長期間貯蔵することが出来ないため、天候や景気に大きく左右されてしまう。そこでブラジル政府はコーヒー豆の過剰を解消するためにネスレ社と提携し、ネスレ社はコーヒー豆の乾燥凍結法を開発する。インスタントコーヒーの誕生だった。

1960年代以降、今度は人口一人当たりのコーヒー消費量は減少傾向に転じ、技術革新による供給過剰もあって売価も減少し続けた結果、世界銀行の発表によると2002年には中米だけで60万人の職が失われたという。また、エチオピアではコーヒーは輸出所得の三分の二を占めるがコーヒー価格の下落により2000年から2001年にかけて年間総輸出所得の半分にあたる3億ドルも減少することになった。これらのような状況にも関わらず、世界のコーヒーの40%を支配する四大焙煎小売業(プロクター・アンド・ギャンブル、クラフト・フーズ、サラ・リー、ネスレ)は売価の下落によって大幅な利ざやを得ていたことが批判に晒された。

グローバリゼーション 人類5万年のドラマ (上)」(P184-185)
栽培農家に支払われる価格は一九九七年以来、八〇パーセントも下落したが、アメリカの諸都市では、挽いた焙煎コーヒー豆の小売価格は二七パーセントから三七パーセントしか下がらなかった。

現在でも残るコーヒー栽培農家に対する搾取を止めさせ、栽培農家のセーフティネットを整備するため複数のNGO団体がフェアトレード認定期間を立ち上げ、コーヒー1ポンドあたり最低1.26セントを払った業者に認定書を与える運動を始めるとともに、アメリカのNGOでは主要な小売業者に対してフェアトレードの認定を受ける栽培農家から仕入れるような圧力を掛ける運動を展開している。

このようなまだ残る問題の一方で、コーヒーは世界中の人々の口に行き渡るようになった。2007年には世界の消費量は750万トンに及び、2009年時点の一人当たり消費量は最多のルクセンブルグでは年間16.65キロ、日本でも一人当たり年間3.41キロに及ぶ。みんな飲んでますねー。

世界規模のコーヒーチェーンスターバックスは1971年にシアトルで開業したが最初は普通のコーヒーショップだった。しかしハワード・シュルツが1987年にスターバックスの商標を購入すると一気に店舗数を増やし世界展開していった。

その後スターバックスと近い様々な新しいコーヒーショップチェーンが世界中に展開し、コーヒーはより身近になっていくとともに、特にアメリカではスターバックスをはじめとするコーヒーショップでは無線LAN環境が提供されることで、サードプレイス化が進み、コーヒーを飲みながら、自宅とオフィスの中間の空間で作業に集中しあるいは趣味に没頭するという、一部の人たちの労働環境や生活環境を変えようとしている。

そして、ほとんどのオフィスや自動販売機、自宅で手軽にコーヒーが楽しめるようになった。

いかにして世界は小さくなり、技術と生活水準が向上し、人々に喜びを与えてきたか。またその一方で世界を断絶し、格差が生まれ、人々に悲劇をもたらしたのか。コーヒーの辿ってきた道は人間の営みや歴史を象徴的に表しているようでした。

世界と、人々の暮らしを文字通り劇的に変えてきたコーヒーの歴史でした。

ちなみに僕はコーヒーが一滴も飲めません(笑)

グローバリゼーション 人類5万年のドラマ (上)グローバリゼーション 人類5万年のドラマ (下)

このエピソードはこの本の上巻のわずか15ページほどの分量。コーヒーだけでなく様々なエピソードを交えつつ世界がいかにして狭まって行ったか?というグローバリゼーションの進展を壮大なスケールで描いていてとても面白いです。この本の感想はまた改めて。



参考サイト
コーヒー - Wikipedia
コーヒーの歴史 - Wikipedia
コーヒーの歴史 | コーヒー雑学 | UCC上島珈琲 - コーヒーから生まれる笑顔のために。
スーフィズム - Wikipedia
オスマン帝国 - Wikipedia
ムラト4世 - Wikipedia
第二次ウィーン包囲 - Wikipedia
Marco D' Avianoの列福
カプチーノ - Wikipedia
クレメンス8世 (ローマ教皇) - Wikipedia
奴隷貿易 - Wikipedia
奴隷市場と奴隷貿易 〜黒い奴隷船〜
奴隷市場と奴隷貿易 〜奴隷制度の光と影〜
オランダ東インド会社 - Wikipedia
2 南アジア・東南アジアの植民地化
カフェー・プランタン - Wikipedia
全日本コーヒー協会
スターバックス - Wikipedia

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「鳥居」〜1000年以上も遡るその歴史と起源は謎ばかり

最近、「鳥居」という本を読んで鳥居の歴史がざっと書かれていたのでまとめておきます。


鳥居 (光文社新書)
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3 まあ、ほかにないし。
2 安価で手ごろな「鳥居」ガイド
4 とっつきやすい「鳥居本」
3 鳥居のガイド本としては格好。

神社や鎮守の森、神域の入り口はもちろん、不法投棄や立小便対策でもあちらこちらで見られる鳥居ですが、実はその起源は未だはっきりとしていません。

鳥居鳥居は実はかなり多くの種類があり、およそ60種類以上あると言われています。伊勢神宮や靖国神社などの神明系と八幡神社や山王神社などの明神系の二種類が多く、その他、島木神明系、三輪系、合掌系などがあります。(鳥居の画像はwikipediaより。

鳥居は俗世界と神域とを分ける境界を示していますが、あわせて鳥居をくぐるという行為は穢れを落とす禊という意味があると言われています。

大祓などの神事で茅草や藁を編んだ輪を鳥居に設置して、それをくぐり災厄を祓う「茅輪くぐり」も実はその由来は定かではなく、当初茅輪は腰につける小さな輪だったものが、平安時代以降人がくぐれる大きな輪になったといわれています。鳥居をくぐるという行為が茅輪を大きくした可能性を「鳥居」の著者稲田智弘氏は指摘しています。

また、山岳信仰では修行する山岳全体をや洞窟などを母体とみなし山に入って修行ののちまた山を下る過程は擬似的な死と再生と見なされていますが、鳥居をくぐり参道を行き来することもまた日常的な擬似死再生儀礼という意味合いもあります。

このような複合的な意味を持つ鳥居ですが、その由来には諸説あり、また語源なども定かではありません。資料上最も古い鳥居の登場はまず、延暦二十三年(八〇四)に成立した『皇大神宮儀式帳』の「於不萱御門」(うえふかずのごもん)が鳥居を指すと考えられています。鳥居という言葉自体の登場は延長五年(九二七)に完成した『延喜式』に鳥居という言葉があり、写本によっては鴨居と書かれているものがあるため、この時期に鳥居という言葉が使われ始めたと考えられています。

ただ文献には「鳥居」の他に鳥居を指す言葉が多数あり、例えば天門、神門、華表、額木、鶏栖、助木、鳥井、鶏居、華門、衝門、八宿、祇囲、華極、桓などがありますが、何れにしろ鳥居的な何かが8世紀から遅くとも十世紀頃には登場していたと考えられています。

諸説ある鳥居の由来のうち有力なものはやはり鳥に関する説で、日本の神話上鳥が神聖なものとして扱われていることから来ています。天岩戸を開いた長鳴鳥、タカミムスヒ神が使わした無名雉、神武天皇を助ける八咫烏、あるいは死して白鳥になるヤマトタケルなどが代表的ですが、様々な伝承、神話のエピソード中に鳥が登場し神の使い、または神の来訪を告げ、あるいは魂を運ぶなど神聖なものとして扱われています。(ちなみに鳥は天上の生き物、その対となる地上の生き物が鹿なのだそうです)

また、この鳥に関連して、タイ北部のアカ族(ハニ族)の村の出入り口に建てられるロコーンという門は悪人や悪霊の出入りを防ぐ役割があり、門に触れることすら許されないが、このロコーンは横木の上に木彫りの鳥を模した造形物が設置されているという。かつて、長江流域に栄えた長江文明の人々は後に黄河文明の進出によって各地に離散していくが、日本列島にも入ってきて稲作を伝えたと言われている。元々長江文明でこのような鳥居的な鳥を神聖とする建造物があり、それが稲作と同時に日本にも伝えられたのではないかとの説が有力になってきているようです。

鳥とあわせて神聖視されるものに、柱があります。例えば日本の神々を数える時の単位が柱であるように、神そのものであったり、神が宿る依り代であったりします。柱は天と地を結びつけ、より天に近づけるとともに、天からの使いがやってきやすい場所でもあり、また柱を立てることで境界を示す意味もあります。

このように鳥居は境界を作るとともに境内を神の支配下とするための役割もあり、また神の使いである鳥が降りてくる場所でもあり、さらに鳥居をくぐることで禊や擬死再生儀礼を行う門でもあるという非常に複合的な意味をもった建造物であるようです。

「鳥居」(P199-200)
鳥は確かに、古代人にとっては神霊と深いつながりを持っていた。鳥居とはそのような鳥との関わりから生まれたものだろうと思われる。

そして鳥居は目印として神聖な空間の始まりを人々に指し示し、聖域と俗域を分ける境界線を生じさせることでその内側が神のものであることを明らかにし、神の宿る聖なる門として邪悪なものの侵入を防ぎ、また人々の信仰の証や祈念碑としても建てられる。さらにそのデザインや材質を変えたさまざまな鳥居が立てられることもあるのかもしれない。

いろんな意味を持っている、あるいは持っていた鳥居は、神社のシンボルとしてときに敬遠されときに慕われつつ、これからも日本の風景のなかに静かに立ち続けていく。

鳥居を見た時に感じる表現しがたい感覚のありかが、なんとなくつかめたような気がします。シンプルでありながら複合的な意味を持ち、そして死と再生の疑似体験の入り口であるということが直感的に感じられるからなのかなということで、まだまだ謎の部分が多い鳥居ですが、興味と理解が深まりました。

参考サイト
鳥居 - Wikipedia

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糸井重里氏が語る、個々の欲望を左右する「欲望の増幅装置」

前回のエントリーで紹介した糸井重里さんのインタビュー(→「糸井重里氏、エロ画像収集について熱く深く語る」)の続きがまた面白いので紹介します。前回エロ画像収集から自身の欲望のありかを追究していくというお話でしたが、それに続けて人間の欲望が個人的な何かに根ざしたものだけではなく社会的な影響もあって、欲望は抗えない大きなものだと思い込みすぎているんじゃないか?ということから以下のようなことをおっしゃっています。

考える人 2009年 11月号 [雑誌]」(P27)

大きな流れというか、大きく見えるものって、増幅する人たちがいるから大きくなるんですよ、たぶん。エコだって、誰も増幅しなければ、小さな考え方のままだったかもしれない。ところが増幅に増幅が重ねられていくうちに、「エコは人間の義務である」ぐらいまでなってきて、そのうちに「自分が生まれてきたのはエコのためだ」って言いたくなってくる(笑)。いや「エコ」じゃなくてもいいんです。「エコ」のかわりに「戦争」を入れてもいいし、「お金」でも「性」でもいいわけですけれど。

なんか大きすぎて見えなくなるぐらいに感じはじめると、正面から見ることを恐れてしまうというか、もう目を凝らして考えるのは難しいと思い込んでしまって、考えるのをやめてしまうんですね。世の中の大きな流れってそういうものなんじゃないか。大きな流れがどうしてできてしまうかといえば、それはもう増幅装置が犯人だって、ぼくは思うんですね。

前回のあの内容から、このように市場経済の構造に到達してしまうところが興味深いです。まさに性欲など根源的な欲望も含めた幅広い欲望=需要を喚起し増幅させることで今の社会は成り立っていますから、その欲望を喚起され続ける「大きな流れ」が自身の欲望にいかに影響しているか、というのはやはり一歩引いて観察していかないといけないなぁと日ごろから感じています。

そして個々人の欲望はそういう増幅装置が無ければ元々そんなに大きく無く、欲望を抑えきれなくなる瞬間があっても平静へと戻れる振れ幅があるものではないかと言っています。

考える人 2009年 11月号 [雑誌]」(P27)

欲望っていうのは、本来はそれぐらいの振れ幅のあるものかもしれない。ところが、強い欲望の幻想を信じこんでしまうと、しかも「みんなはいいことしてるぞ」みたいな小さな声がいつもどこかから聞こえてくるような日本にいると、「お金」とか「性」とかがすべてを動かすんだ、みたいな気分になってしまう。

また、これに続けて「草食系」などと言った最近の若い層の傾向についてもこう言っています。

考える人 2009年 11月号 [雑誌]」(P27)

昔だったらもっとぎらぎらしていたのが、淡々としているでしょう。その清潔感を、今の若い子たちのポテンシャルが落ちているせいだって世の中は整理したがるんだけど、そんなことはないんじゃないかな。時代とか場所の持っているエネルギーに強く影響されているか、それほど影響されてないか、という問題にすぎないかもしれない。「草食系」だなんて簡単に片づけてしまわないほうがいい、とぼくは思いますね。

ここも、的確に捉えているんじゃないかと思いました。僕はこれまで「増幅装置」が欲求を露骨に煽りすぎてきたことに対するカウンター的な傾向と、あと若い人たちの生活空間の縮小やアイデンティティへのこだわりの低下というのが大きいのではないだろうかと思っています。欲望がすなわち消費だったのが徐々に分離して消費しない欲望という傾向が強まっているのかもしれないですね。

ただこれからは徐々にそういう「無欲という欲望」を喚起し増幅させていく「大きな流れ」が形成されていくんだろうなとも思います。欲望の形は変わりつつもなんらかの形で増幅させていくことで、需要を喚起する、というのは不変だろうと思いますので。

そういえば、大乗仏教の概念の一つに煩悩即菩提ってあるじゃないですか。煩悩(欲)があるから苦しみがあり苦しみがあるから菩提(悟り)を求めようとする心が生まれ、菩提(悟り)があるから欲を見つめることができる、というなかなか含蓄のあるものですが、自身の欲望のありかを把握するというのはそういう仏教思想的なところとも相通じるものはあるかもしれないですね。

欲望は増幅されるのが当然の社会ですので、別に禁欲的になる必要は無いと思いますが、自身の「欲望のありか」には敏感でありたいですねぇ。少なくとも、どんな欲望を「増幅装置」は喚起しようとしているのか、湧き上がる自分の欲求は何か、を観察するように心がけていくのが大事だなぁと思います。

欲望のありかをどのように捉えるかと個人の欲望に対する欲望増幅装置という社会的環境もあるということを糸井さんなりの視点で考察していて、それが結構ダイレクトに本質的なところに到達していて面白かったです。まだまだこれインタビューの前半部分で、このあとほぼ日についてなど幅広く展開して色々興味深い内容でしたねー。また他の人のインタビューもなかなか読み応えあるの多くておすすめです。



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けんすうさんのブログ(「Web上の文章は官僚の作文に近い」 by 養老孟司 : ロケスタ社長日記)や河野さんのブログ(反論を予測しながら書く文章はつまらない。 | smashmedia)など、人気ブログで考える人11月号が話題だったので、僕も読んでみました。どちらも養老さんのインタビューを取り上げていて、それはそれでとても興味深かったんですが、同様に巻頭の糸井重里のインタビューがめちゃめちゃ面白かったです。

特に、糸井さんが49歳で初めてMacを買い、インターネットにはまり、エロに夢中になってしまったあたりのエピソードがとてもおもしろい。最初、エロとメールに興味があってエロ画像をどんどん収集していたんだそうです。

考える人 2009年 11月号 [雑誌]」(P26)
そのうちに、自分がこれはとっておこうと思う画像と、とっておいたけどもう捨てていいやと思う画像の違いに興味が湧いてきたんです。自分の欲望についてチェックする機会なんてないですからね。何を素敵だと思っているのか。捨てたくない画像って何か。

そうしたら、とっておきたくなる画像っていうのはわいせつの深度ではなくて、「人」なんだってわかったんですよ。画像を集めているうちに「好きな人」がおのずと浮上してくるんです。オレはこの名前のこの人が好きなんだ、とはっきりしてくる。それがわかったときはびっくりしました。要するに人につくんですよ、エロも。

こっちはまじめですから折々にいま「好きな人」がどうしてるかってチェックするでしょう?そうすると今度は「好きな人」がだんだん年老いていくのもわかるわけです。最近見ないなと思って、あらためて検索してみると、ちょっと前までポルノスターだった人が今はアメリカの地方のストリップ劇場に出ていたりする。来月はネバダ州の何とかいう酒場でその人が踊っているらしい。そこまで追いかけられるわけです。これはもうインターネットならではのことでしたね。

(中略)

ひいきのブルースシンガーを現地まで聴きにいく、なんていうのと同じです。つまり彼女の場合の音楽はボディで、「こういうのっていやらしいでしょ?」っていう提案はつまり彼女の作品でしょう。それを最後まで追いかけて見届けたいと思うかどうか。鈍なまじめさというか、自分の欲望がわかるまでついていくというか、それは相手を追いかけるのと同時に、自分の精神へのストーカーでもあるわけです。だから「ユーザーの欲望が」なんて簡単に言うけど、自分の欲望のありかさえはっきりとわからないで、他人のことなんてもう絶対にわからない、とぼくは思うんですね。

糸井さんの性嗜好に興味は無いですが(笑)、この、糸井さんの自身の欲望をむき出しにしていく過程って、収集を通して何かを創作していく感じですよね。全般的に言えるのかどうか知らないですが、例えば作家が作品を生み出す過程って自身の嗜好とか感情とかと向き合ってどんどん無意識下に降りて行ってそこでなんらか普遍的な物語を作り出していくみたいなのじゃないですか。そういう何かを創作していく過程の前段階的なステップと、こういう自身の欲望のありかをはっきりさせるという行為とが、とても近いところにあるんじゃないかな、という印象を受けました。

糸井さんの創作活動にどれだけこの過程が影響しているのかをうかがい知ることは出来ませんが、こういうこだわりは僕も強く持っているところがあるのでとても共感して読みました。残念ながら僕は何も生み出していませんが。途中で漏電したり溶けていってしまったりしちゃうので(笑)

この部分に続く「欲望の増幅装置」のお話もとても興味深いんですが、それはまたあらためて。



考える人 2009年 11月号 [雑誌]

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「走ることについて語るときに僕の語ること」 村上春樹
あらゆる仕事で起こる目的と手段の倒錯について

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日本の『クソ労働環境』成立の歴史的背景と諸悪の根源

人類史上何度も起きた、クソ労働環境の劇的な改善の原因 - 分裂勘違い君劇場

ふろむだ先生のエントリーには乗っかるのがブロガーの務め(笑)かどうかは知りませんがとりあえず乗っかっておきます。基本的にふろむださんが書いておられるような経済成長と雇用創出が『クソ労働環境』改善の有効な処方箋という趣旨には異論ないところではありますが、少しこの『クソ労働環境』の構造について簡単にまとめておこうかなと思います。

まぁ、『クソ労働環境』という言い方はあまり好みではないんですけど、まぁセンセーショナルだし通りが良さそうなので一応・・・

■第二次大戦後の劇的労働環境改善

世界の歴史上最も劇的に『クソ労働環境』が変わったのはやはり第二次世界大戦後の経済成長期でしょう。教科書的なおさらいをしておくと、18世紀の市民革命によって契約自由の原則に基づいた雇用契約という概念が生まれますが、いくら個人の自由な意思に基づいてという建前であっても、個人は労働力を提供しないと生活出来ないので労働契約は実質雇用者側の一方的な契約となり、奴隷的な労働が横行。日本でも炭鉱労働とか女工哀史とかで有名な休憩なし一日十数時間連続労働でなけなしの給料もピンハネされ女子供から次々と死んでいくという悲惨なエピソードにこと欠かない時代のことです。

しかし、さすがにそれは過酷だよねということで欧州を中心に労働者を集団的に保護する趣旨で労働法が次々成立。団結権とか集団的交渉権などはいずれも19世紀末から20世紀初頭に成立していきました。とは言えこれで劇的に改善したという訳ではなく、第二次世界大戦後の経済成長期を待たなければなりませんでした。

戦後圧倒的な生産力を持っていた米国のドルを金と並ぶ基軸通貨とするブレトンウッズ体制下で西側諸国は劇的な経済成長を達成。その背景にはケインズが提唱した政府による積極的な市場介入と完全雇用の達成により国民の購買力を引き上げる経済政策が大きく影響しました。

で、何が当時の『クソ労働環境』の劇的な改善につながったかというと、水町先生の「労働法 第2版」から。

労働法 第2版」(P19)
労働法や社会保障法などによる社会的保護の充実(賃金の引上げ、社会保障の充実など)によって国民の購買力が引き上げられると、消費が拡大し投資が刺激されて総需要の拡大や生産性の上昇(経済成長)につながる。この経済成長の成果が社会的保護の充実という形で再び労働者に分配・還元され、さらなる消費拡大・経済成長がもたらされる。

このように戦後の経済成長期には、労働法や社会保障法などによる社会的保護と経済成長とが有機的に結びつく形で国の社会と経済が発展していくという「黄金の循環」が、先進諸国の間にある程度共通する現象としてみられたのである。

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さらに詳しくは以前書いた記事を→15分でわかる労働法の歴史

■諸悪の根源、日本特有の雇用契約

日本でも当然労働基準法(1947年成立)など労働法関連法が急ピッチで整備され、たとえば強制労働の禁止(労働基準法第五条)中間搾取の排除(同第六条)など旧弊が次々と禁止されるとともに、労働組合法(1945年成立49年大幅改正)、労働者災害補償保険法、職業安定法(1947年成立)等が続々成立して『クソ労働環境』は劇的に改善しました。

しかし、カローシ(過労死)が世界的に知られるなど日本の労働環境は諸外国と比べるとかなりよろしくない。その原因はこの輝ける『黄金の循環』期(=高度経済成長期)にありました。

結論から言うと諸悪の根源は、日本特有の雇用契約にあります。

おなじみhamachanこと濱口桂一郎氏の著書「新しい労働社会―雇用システムの再構築へ」でも指摘されていることですが、海外の雇用契約は職務(ジョブ)を単位として締結されるのに対し、日本のそれは会社の中にある職務(ジョブ)を切り出さずに、会社に所属することそのものを雇用契約にするのが特徴となっています。これを濱口氏はメンバーシップ型雇用契約と呼んでいます。



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職務を限定せず会社に所属することそのものを雇用契約とするそのやり方は社内で不足した職務があれば即座に配置しOJTによって教育、戦力化できるため、終身雇用制度下で実に有効に作用しました。高度経済成長下では企業は次々と親子会社が出来、いわゆる系列間での異動、出向も出来るようになり外部の労働市場に頼らずとも内部に労働市場を作りあげました。いわゆる日本型雇用システムというのがそれです。

■ムラ社会化を加速させる日本型雇用システム

折りしも日本の高度経済成長期は地方の村々が解体され少数の大都市圏へと大規模な人口移動が起きた時期でもあります。旧来の地域、家族のコミュニティが解体され、人々のよりどころとなる共同体は会社がその役割を担うことになります。職務だけで一時的につながる関係ではなく、メンバーとしてその労働者そのものが会社に所属し、しかも終身雇用する訳ですから、より濃密な関係となるのはあきらかでした。

コミュニティという視点で言うならば、会社は生産のコミュニティ、家族は生活のコミュニティと言えます。この二つはベクトルでいうと正反対に位置するものですが、高度経済成長期は生活のコミュニティは地方からの上京組や核家族という最小化されたものとなり、逆に会社は一日のほとんどを費やすことになり極大化されていきました。このいびつな関係を結びつけたのが「奇跡的な経済成長」という接着剤で、ほかのあらゆるコミュニティを最低限のものとして会社の生産活動に人生を捧げていれば、結果として収入は数倍になり人生最後まで面倒を見てくれたのです。高度経済成長期には社葬はもちろん会社専用墓地などそれこそ死後も面倒をみてくれた会社も多くあったといいます(→日本の多くの会社で宗教行為が行われていたのは何故か?)。そのころの名残か、労災で死亡した人の葬儀代や埋葬の費用に関する給付は会社が受け取り人になることも出来ますしね。

千葉大学の法経済学教授広井良典氏は著書「コミュニティを問いなおす―つながり・都市・日本社会の未来」で高度経済成長期の様子をこう表現しました。

「コミュニティを問いなおす―つながり・都市・日本社会の未来」(P16)
戦後の日本社会とは"農村から都市への人口大移動"の歴史といえるが、農村から都市に移った人々は、カイシャと核家族という"都市の中の農村(ムラ社会)"を作っていったといえる。


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さて、雇用契約は労働者が労務を提供し、使用者が賃金を支払うことで成立する・・・はずですが、その雇用契約に付随して使用者には企業秩序定立権、懲戒権、あるいは人事権など様々な権利が発生し労働者はそれに従う義務が生まれます。この労務と賃金の関係に付随して使用者に発生する各種権利の理論的根拠は実は定まっていないらしく、使用者であるがゆえに当然発生するとする固有説と労働契約に基づいて発生する契約説とに二分されているのだそうです。使用者に発生する広範な権利は日本の労働契約の実態が「会社という共同体への人的帰属関係との性格が強い」(水町「労働法」P154より)つまり、労働者は使用者の指揮命令に従うことで会社という共同体に所属する権利が与えられるというところにあると言ってよいのではないかと思います。

で、このメンバーシップ型雇用契約は大企業だけじゃなく中小企業でも適用されてるというのが日本全国『クソ労働環境』(って久しぶりに使った気がする)だらけにしている元凶のひとつで、当然、高度経済成長期でも、中小企業は終身雇用、年功賃金、企業別組合の三つを特徴とする日本型雇用システムを取っていたのは大企業だけで、中小企業は労働者を買うにふさわしい待遇を与えられていたかというとそうでは無いようです。逆に解雇規制といいつつも比較的自由に解雇したり、転職したり流動的な状況だったということですね。

■日本の雇用契約と古代ローマの奴隷契約

長々と説明してきましたけど、つまり日本の雇用契約は、奇跡的な時代の名残で、仕事じゃなく労働者そのものを買う制度になっているということですね。超経済成長社会特化型雇用契約モデルというか。そういう意味では民法の雇用契約概念はローマ法の奴隷契約をベースに出来たのは有名な話ですが、その原点にとっても近い由緒正しい形態かもしれない・・・というのはちょっと言いすぎですか。

メンバーシップ型雇用契約にはもちろん利点も一杯あるのですが、残念ながら現状では功より罪の方が強まってきているように思えます。ただ一律に禁止するべきではなく、メンバーシップ型雇用契約が向いている職種も沢山あるので並存した多様性の担保が重要なのだと思います。

・・・経済の黄金時代ははるか昔に終わり、バブルという一瞬の打ち上げ花火が上がった後に残ったのは20年に渡る超長期不況と、会社をムラ社会的コミュニティ化することが出来る独特の雇用契約システム、ムラ社会化し閉鎖空間となっている既存の企業群が打ち捨てられているというのが現状でしょうか。

以上、専門家から見るといろいろアレかもしれないですが、そこは色々ツッコミいただければ嬉しいです。じゃーどうするのがいいだろうか案については実は半分ぐらいは書いたんですが、適切な内容かどうかまだ自信が無いので今回は割愛、ってそこが重要だろという話もあるけど。よく精査してできれば近いうちにアップできればと思いますが、お蔵入りにするかもです。とりあえず近々ということで。

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若林天満宮(若林北野神社)

若林北野神社
若林天満宮(若林北野神社)は環状七号線沿い、東急世田谷線若林駅近くにある小さな小さな神社です。道路沿いにすぐ階段があり、数段上るともう本堂で、境内も数メートル四方、特に樹木等も無しというところですが、実は歴史ある神社だったりします。

調べてみたところによると、この神社は応永八年(一四〇一)のころにはすでに深大寺の僧花坊長弁が、ここで連歌の法楽をしたという記録が残っており、それ以前から建てられていたことが分かっています。

御神体が素焼きの牛に天神様が乗っていたものだったため牛天神、石天神と呼ばれ、その牛の腹は二つに分かれるようになっていたため、「文銭の腹ごもり」と呼ばれていたのだそう。「腹ごもり」というのは身ごもることや胎児などの意味のほか、仏像などの腹の中に御神体や仏像が納めてあること、あるいは納められた仏典、経典などを指す。

かつては境内に大きな赤ガシやモチの木、絵馬を掛ける額堂なども設けられ、また虫歯などに効くと言われて参拝客も多く、そのお礼参りに持ってくる梅の盆栽がところ狭しと並べられていたといいます。そして、この北野神社と、若林村にあるほかの二つ、計三つの神社で三年に一回ずつお祭りが行われ、とても盛り上がっていたといわれています。

しかし、環状七号線建設時に道の拡張に伴って境内の前の方は大幅に削られ、近くの若林稲荷神社に合祀され、本堂だけが残されて現在のような寂しい状態となって現在に至っています。

車どおりの多い幹線道路の脇に人知れず立つ神社にも歴史があり、その歴史を知ると、かつての人々の様子が浮かび上がってきてそこはかとなく寂しい思いになりますね。



参考
・「ふるさと世田谷を語る〜池尻・三宿・太子堂・若林・三軒茶屋」(P153-154)

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「社会」と「世間」の違い

m_um_uさんが興味深い記事をあげていたので、その記事の中で書いている「社会」と「世間」の関係について簡単に私見を書いておこうかなーと。

muse-A-muse 2nd: 「合理の中に非合理が、近代の中に前近代が入ってるんだね」って話

世間という言葉はゲマインシャフト的ニュアンスを孕むからだろうけど、特にその辺も意識せずに「世間」というのはなんか「閉鎖的なコミュニティ」的なイメージになってたり。

しかし、日本で「社会」って言葉が使われる場面ではほとんど「世間」でも代替可能だったような。そして「世間」って言葉に付随する歴史をたどっていくとそれほど悪し様にいうようなものでもないかなぁとか思ったりする。個人主義と共同体的な生き方の関係だけど。

「社会」という語は明治の初頭に英語のsocietyの訳語として作られた語で、societyの原義はつまり法と関連して、共存して生きていくための組織その他の集団のこと。

これに対して「世間」というのは以前紹介しましたが、「世」と「間」とに分かれ、「世」は「時間」を、「間」は「空間」を意味します。

つまり、「社会そのもの」を指すとともに、その上に「社会を形成している人々」をも指している語が「世間」であると言えます。(詳しくは以前書いたこの記事→「世間」ってそもそも最初はどういう意味だったの?

井上忠司『「世間体」の構造』(P38)
「世間」の「世」は「時間」の意であり、「間」は「空間」の意であった。したがって、「世間」という言葉には「社会」という意のうえになおも、なんらかたえず推移するもの、場所的なものという意が含まれているのである。(中略)「世間」は、行為的な連関であるがゆえにかならず、「時」とともに移り変わるものである。と同時にまた、行為的な連関としてかならず、「間」というひろがりを意味するものであった。だから、人びとが「社会」を「世間」としてとらえたときには、同時に、社会の時間的、空間的性格、すなわち、人間存在の歴史的、風土的性格をも、ともにとらえていたということができる。
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だから、societyの訳語として「世間」があてられなかったのは、世間の方がsocietyより広い意味を持っているからですね。

世間という語が使われる場合は身内の外の人々や環境の事であることがほとんどで、その世間の目が身内に対してなんらかの規範として働きかけるような使われ方が多い。社会というのもまた同様なんだけど、そのとき「社会」という語からゲゼルシャフト的な意味が抜け落ちているように思います。

それはたぶん、都市というものの違いとかも関係するんでしょうね。西欧の都市は城壁の中の人々にメンバーシップを与え、市民となり、その市民たちによって社会が形成された。そういう意味で西欧の「社会」というのはその成り立ちからして人工的な集団な訳ですが、日本の場合は都市には城壁が無い。どこまでも再現なくスプロールしていく都市であるがゆえに「世間」というのもまた際限ない広がりを持つ。

ゆえに「世間」と同義的に捉えられた「社会」からゲゼルシャフト的意味が抜け落ちるのも必然で、際限なく広がる「社会」≒「世間」の中に動的に擬似共同体が形成され、また消えていく、その一時的な「身内」というのが本来的な意味での「社会」ということに繋がるんじゃないかな、と思ったりします。

この辺の都市と共同体の関係については以前記事を書いたこれ、おすすめです。第一章がずばりそれ。


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って久しぶりに世間論書いた。また機会があればそのうち・・・って以前、色々世間論については書くこと予告していた気がする。書きます、はい。

他、上記エントリの貨幣経済、贈与経済あたりも興味深いんだけど、自分的によくその辺整理できていないので勉強させてもらいます。最近またプロ倫というかウェーバーはちゃんと勉強したいなー欲が高まりつつある。

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<世間の目>から逃れ自由を渇望するが故のプライバシー観
村八分が始まったのは実は最近?
ほんとうにだいじなことは目に見えないんだよ


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3 タイトルに魅せられて
5 結論がやや月並みだが
4 不可能のための闘い
5 異色の入門書

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亀井金融相のモラトリアム制度は平成の棄捐令か?

返済金猶予制度、苦しくなる金融機関には公的資金も=金融相 | Reuters

 亀井郵政・金融担当相は、モラトリアムを実施する中で資金不足に陥る金融機関が出る場合には、公的資金を注入すればよいと述べた。「現在も地銀に資本注入している。返済猶予をしていなくても資金繰りに困っている金融機関もあり、ましてそういうこと(返済猶予)で資本注入しなければいけないところが出てくれば(資本注入)すればよい」と語った。「どの程度経営圧迫になるかどうかは分からないが、圧迫する場合は、国が責任を持って対応すればいい。日銀が役割を果たす場合も出てくるだろうし、政府がやる場合もあるだろう。いろんなバリュエーションがある」とした。

 モラトリアムの実現可能性については「実現させる。3党合意もしている。事務方にも勉強しろと指示した」とあくまで実現への意欲を強調。一部の銀行には公的資金が注入されていることを踏まえて、「貸し手が困ってるときは政府が国民の税金で(資本注入を)やる。借り手が困ってるときに返済猶予するのは当たり前。それがおかしいというのはバランス感覚がない」と述べた。

亀井大臣のモラトリアム制度はよく徳政令に例えられていますが、読みながら徳政令というよりは松平定信が寛政の改革でやった棄捐令に似てるなぁと思いました。

棄捐令 - Wikipedia
松平定信が寛政の改革の一環として発したのが最初で、「天明4年(1784年)以前の借金は債務免除とし、それ以後のものは利子を(これまでの年利18パーセントから3分の1の6パーセントに)下げ、永年賦(長期年賦)を申し付ける」という法令である。さらに以後の法定利率は、年利1割2分(12パーセント)にするとした。

(中略)

この法令により札差は大きな損害を受け、この結果旗本・御家人に対する貸付は行われなくなり、人心を不安に陥れるなど多くの弊害をもたらした。札差の一斉締め貸しは申合わせたように続き、中にはほとんど閉店同様の店もあった。棄捐令発布の翌年末(1790年)、武家の年越し資金の融資希望が増えてきても、経営が立ち行かず戸を閉め切ったままの店が多く、翌年(1791年)4月ごろには「別して困窮」の札差が17軒ほどあったと定信の御附人水野為長の日記にも記されている。ただし、札差株の価格は大いに下落したものの、廃業者が続出するような事はなかった。

棄捐令が発布された当初、札差から借金をしていた旗本・御家人や徳川御三家・御三卿付きの武士は大いに喜び、松平定信への感謝で湧きかえっていたと水野為長の日記に記されている。しかし、借金が出来なくなったことで生活に困り始めた旗本・御家人たちの不満が、年末が近づき物入りが多くなってくるにしたがって増大し、それに伴い棄捐令に対する不平が募ってきた。中には、追剥や盗人になる下級御家人まで現れた。

貸し手に対する公的資金の注入も。

猿屋町御貸付金会所 - Wikipedia
棄捐令を発布するに際して老中松平定信らが危惧したのが、かつて鎌倉幕府が永仁徳政令において、却って金融業者の反感を買って融資の道を絶たれた御家人が更なる貧窮に陥った事態の繰り返しを避けることであった。これに対して勘定奉行久世広民の提示した政策案は、江戸・京都・大坂の有力豪商らから資金を募って経営状態の良い有力な札差に会所を運営させて経営困難となった札差に年利一割で貸し付け、その利子収益を事務経費・運営手当・出資配当として1:1:8で分配するというものであった。この案は後に様々な変更を加えられる事になるが、会所設立の原案は久世広民により考えられたものである。

だが、江戸幕府が出資するか否かで意見がまとまらず、資金貸付けの規則が決まったのは、棄捐令発布の翌年寛政2年(1790年)2月のことであった。江戸の主要商人10名が勘定所御用達として主たる出資者となり(当初見送られた幕府からの支援も後には行われる)浅草御蔵近くの猿屋町に設置され、町年寄の樽屋与左衛門が運営責任者となった。そのため、樽屋御役所(たるやおやくしょ)とも称された。猿屋町に出来た役所は、間口30間(約55メートル)・奥行25間(約45メートル)の建物で、正しくは札差御改正会所という。会所の近くには御廻米納会所や札差会所の建物もあった。

会所では、経済的に困難に陥った札差に経営資金を融資したが、仲間の札差による連帯保証と旗本・御家人に対する貸出実績、元本以上の抵当設定などその審査は厳しかった。さらに、貸し出される資金は必要とする金額の40パーセントまでで、15ヶ年賦・年利6パーセントと定められた。幕府としては、札差が会所と旗本御家人の間の貸金仲介業者となってしまう事を望んではおらず、会所から札差に貸出される資金の貸下げはほとんどなかった。

寛政の改革はご存知の通り江戸幕府の財政をさらに逼迫させ江戸幕府の衰退に拍車をかけるだけに終わった訳ですが、江戸時代より遥かに複雑化した現代の経済情勢下で棄捐令的モラトリアム制度はどのような結果になるでしょうか?

個人的な意見としては、結局、公的資金注入するというのなら貸し手じゃなくて借り手に入れる方がまだましのような。返済を猶予させるよりも、期日までに返済が出来るように借り手を支援する方が市場の信用維持という点でまっとうな気がします。



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3 新たな視点ではあるが・・・
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一日ブログ記者として「インカ帝国のルーツ 黄金の都シカン」展鑑賞しました

美術展情報が充実している人気ブログの「弐代目・青い日記帳」さんの記事(「シカン展「1日ブログ記者」募集中です!! | 弐代目・青い日記帳」)で、現在上野公園国立科学博物館で開催中の「TBS「特別展 インカ帝国のルーツ 黄金の都シカン」」展で「一日ブログ記者」を募集していることを知り、応募してみたところ、選んでいただいたので先週ブログ記者として観覧してきました。

一日ブログ記者に選ばれると、同展を無料で鑑賞することが出来、また、特別に館内の写真撮影やメモ等が可能になるというもので、同展ウェブサイトの「一日ブログ記者募集ページ」からブログURL、取材希望日等を記入の上でエントリーをすることができます。(選考あり)

取材の腕章をつけている訳ですが、そこは一般のお客さんも多数鑑賞しているので、特別に認められているとは言え、写真撮影にはとても気を使いました。一般のお客さんにしてみたらすぐ近くでパシャパシャと撮られたらやっぱりいい気はしないだろうと思うので、極力会場の隅から、お客さんが少なくなった瞬間を見計らってこそっと撮影したり、何度も見直したりして、結局気がつくと博物館を出たのは入館後3時間ぐらい経ったあとでした。

普段、展覧会を観るときとはまた違った視点で見ることが出来てとても有益な体験でした。またスタッフの方々にも色々配慮いただいて大変ありがとうございました。

一日ブログ記者は9月8日(火)〜10月4日(日)迄募集中とのことですので、興味のある方は応募されてみてはいかがでしょうか?シカン展グッズなどもいろいろいただけます。

シカン展一日ブログ記者大募集

では、本題のシカン展について以下続きを読むから。

続きを読む >>
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ソーシャルキャピタルの形成に融資を行う「信頼資本財団」

信頼資本財団
信頼資本財団


信頼資本財団というとても興味深い団体があるのを知りました。サイトによると今年の1月に一般財団法人として設立、9月1日に公益財団法人の認定が下り、一般財団法人から公益財団法人になった新しい法人のようです。役員陣を見ると存じ上げないのですが、なにやら錚々たるメンバーのよう。

信頼資本財団について|信頼資本財団について|信頼資本財団
1.融資事業 ※2009年秋開始予定
自然資本及び人的相互扶助を実現するためのネットワークなどの社会関係資本の向上につがなる社会的事業に対し無利子・無担保で融資を行い支援する事業

2.信頼資本蓄積事業
財団の事業に共感する社会起業家や融資事業を通して提供される社会的事業に関する知恵・知見や人的ネットワークを蓄積し、データベースとしてホームページ上で公開する事業。データベースを公開し、不特定多数の人がそこに蓄積された社会的事業に関する知恵・知見、人的ネットワークを活用できるようにすることで、拡大再生産的に社会的事業の創出・活性化を促すことを目的とする。

3.社会デザイン事業
新たな発想で社会的事業実施を望む自治体や顧客満足と社会満足を同時に獲得したい企業に企画提案し、持続的に運営出来るよう設計する事業

4.社会企業家育成事業
社会企業家同士の情報交換や経営・運営における諸問題に関する相談に応じる機会、場を提供し社会企業家の育成を図る事業

サイトによると事業内容は上記の4点で、そのうち2009年は以下の二つの事業を行うとのこと。
社会企業家マップ
信頼創出イベント

サイト見てておおおーーと思いました。理事長熊井氏や評議員の方々のコメントなどを読む限り、同意できるところが多いです。

役員・スタッフ紹介|信頼資本財団について|信頼資本財団
われわれはもう一度原点に立ち戻り、社会経済における信頼のネットワークを作り直す必要に迫られている。しかし、それを一挙に進めようとすれば、悪魔の忍び寄る場所をもつくってしまう。われわれは、まず「苗代」に種をまき、苗をしっかり育て守り、それをしかるべき場所に移植して大きく育ていくという段階的な方法をとる必要がある。


など、全くおっしゃるとおりだと思います。

信頼のネットワークというのは抽象的な概念ではなく、山岸俊男教授の言うところ(→いかにして「信頼」をベースにしたネットワークを形成するか)の、長期的コミットメント関係を形成することで社会的不確実性を低下させ相手を信頼する「安心」ではなく、社会的不確実性が高い状況下(つまり担保が無い、保証が無いなど)でも相手を信頼する方の「信頼」の形成であり、それは組織やコミュニティの枠を超えて個人間で繋がりあい、一定の結びつきや協力、協働を行うネットワークであろうと思います。

また、広井良典教授がその著書「コミュニティを問いなおす―つながり・都市・日本社会の未来 (ちくま新書)」で整理したコミュニティの分類で考えてみればより具体的で、詳しくは以前書いた記事を参照(→「コミュニティを問いなおす―つながり・都市・日本社会の未来」広井 良典 著)していただきたいのですが、ざっくり言うとコミュニティは生産のコミュニティと生活のコミュニティ、農村型コミュニティと都市型コミュニティ、空間(地域)コミュニティと時間(テーマ)コミュニティに大別され、日本の戦後は人々が東京、大阪など一部の都市に地方から流入していく過程で地域コミュニティが縮小し、かつて同一だった生産と生活のコミュニティを分離して会社などの生産コミュニティが肥大化する一方で生活コミュニティである家族は核家族化して縮小、その不均衡を無理やり繋いでいた最大の要因が経済成長で生産コミュニティに人生の大半を注いでいれば結果としてパイが拡大し豊かになるという循環があった。また、大都市化の過程で都市を中心に作られた生産コミュニティは農村型コミュニティの特徴である「"共同体に一体化する(ないし吸収される)個人"ともいうべき関係」を持ち同質性を前提として凝縮性を強く持っていた。広井教授は日本の都市化は"都市の中の農村"を作る過程だったと言う。

そういう人生の全てを注ぎ込んででも充分ペイする"経済成長"という接着剤がはがれつつある状況で今重要になっているのが
1)縮小化し続けてきた生活コミュニティと地域コミュニティを如何にして再構築するか?
2)ボンディングな閉鎖空間であることが多い会社という農村型コミュニティを緩やかなネットワークにしていくか
3)組織や共同体の枠を超えて"独立した個人と個人のつながり"である都市型コミュニティ=私的財型ソーシャル・キャピタルを形成するか
4)上記のような課題に取り組むために重要度を増すテーマコミュニティ(NPO、社会企業、ボランティア、組合、インターネットコミュニティetc.)をどのように活用し、活性化していくか
という四点じゃないかと思います。

そういう中でこの団体が行おうとしている融資事業、いわゆる極小規模の個人や非営利組織向けのマイクロファイナンスというのは、まず最優先で求められることの一つだなぁと思います。寄付市場が活性化する見込みが薄い日本では、なんらか資金力がある団体が資金調達の支援にチャレンジしていってもらわないとなかなか進めないんじゃないでしょうか。

ということで、今後に注目したい団体ですね。

僕自身なんらかこういうソーシャル・キャピタルの形成だとかコミュニティに関する問題になんらかの形でコミット出来ればとは思うのですが、さてどうしようか?という感じだったりします。さてさて。

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夏の終わりにふさわしいオススメ映画10選

Twitter / daiskip
帰りにTSUTAYA寄ったけど観たい映画がひとつもなかった。こういう時に@kousyouがいると助かるのに

OK。ということで夏の終りにオススメの10本の映画を紹介します。


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5 僕の足はどこまで歩いてゆけるのだろう
5 永遠の今を駆け抜ける
5 大人への階段?!
5 子供にとっての冒険
5 いつまでも手元に

あの鉄塔はどこまで続いているのだろう?そんな思いを抱いて自転車で冒険の旅にでる小学生二人のストーリー。主人公の男の子を演じるのは子役時代の伊藤敦史。あと田口トモロヲがカメオで良い味出してる。途中現実に引き戻されつつも一号鉄塔に徐々に近づくことで、夏が終わっていく、そのヒリヒリ感がやばい。


台風クラブ [DVD]
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5 類い稀なる青春映画
5 相米慎二監督の最高傑作
5 三浦友和に注目!!
5 境界
4 思春期の日常にひそむ危険な衝動

故・相米慎二監督の傑作。大型台風が地方の町を通過する夜、中学生数人で学校に残り、そして思春期の何かが壊れる。この鬱屈感が迷走して台風とともに爆発する感じは凄くヒリヒリする。頭から埋まったあのショットはすごい。あと三浦友和が名演技すぎる。


異人たちとの夏 [DVD]
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5 公開から20年余り
5 邦画も捨てたもんじゃないね
4 いい作品です
5 傑作
5 大好きな作品!!(ネタバレ有り)

観た方がいいね、としか言わないでおく。


青いパパイヤの香り ニューマスター版 [DVD]
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2 静かな映画
4 東洋の自然と映像美
5 透明で純粋なココロ
1 ベトナム映画ではない
5 言葉以外の感受

ノルウェイの森の監督でもあるトラン・アン・ユンのデビュー作。一人の少女が大人になっていくまでを描いているんだけど、なんつーか東南アジアなんですよ。染み出す汗が、飛び出す果実の果汁が、まとわりつく太陽の日差しが。そういう夏の暑さがきれいに終わる感じ。


太陽の少年 [DVD]
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4 少年の初恋の相手は謎めいた年上の女性で・・・
5 チャン・ウェンは天才だと思った作品
5 どこか懐かしい感じのする映画
5 少年の罪と初恋。

基本的にはよくある思春期に大人の女性に恋しちゃった系なんだけど。文化大革命を背景にしつつ、敢えてその空気から距離を置いて、でも文化大革命な中の青春を描こうとしているところに凄さを感じる。で、この映画はプールがね。プールのシーンが美しすぎてついつい選んでしまった。


ヤンヤン 夏の想い出 [DVD]
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おすすめ度の平均: 5.0
5 時代を先取りした家族ドラマ

ある台湾の家族の日常を切り取った佳作。あんまり夏と関係ないと言えば関係ないんだけど、こういう壊れそうで壊れない、あるいはもう壊れているのに離れないことで再生の道を歩むのが家族という紐帯なのかな、というのが伝わってくる作品。あとやっぱり子役に作文読ませるのは反則でぐっとくる。イッセー尾形がゲスト出演していい味出してた。


インディアナポリスの夏 [DVD]
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おすすめ度の平均: 4.0
4 青春。

あまり、というかほとんどどマイナー作品だけど、50年代のアメリカのド田舎の街インディアナポリスでうだうだやってる若者たちの姿を描いた青春映画。とにかくウジウジして、鬱屈してるけど、主人公のダメ男がぶちきれた様に踊り狂うあたりは必見。で、青春映画らしい夏の終わりが訪れる。主人公を演じるのはプライベートライアンでアパム伍長を演じていたジェレミー・デイヴィス、主人公の親友はベン・アフレック、憧れのヒロインはレイチェル・ワイズ。全員無名時代。グッドウィルハンティング同様、ベン・アフレックは美味しいところを持っていく。


マルメロの陽光
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紀伊國屋書店
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「みつばちのささやき」のスペインの巨匠ヴィクトル・エリセ作品。夏じゃなく秋から冬が舞台なんだけど、これは夏に見るのが良い様な気がする。初老の画家の主人公、庭にあるマルメロという木を描こうとするが太陽の光を浴びたその果実をどうしても納得行く様に描くことが出来ない。その様子をただ淡々と映していく。クリエイティブに携わる人必見なんじゃないの?と思います。静かで穏やかな日々の様子を映し出す映像の中に、何故だか死の匂いを感じずにはいられなかったし、マルメロの陽光はすでに描かれているのではないか?とも思った。終わらない中に終りがある。


パリ、テキサス デジタルニューマスター版 [DVD]
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おすすめ度の平均: 5.0
5 監督自身の解説も◎
5 どこまでも美しい映画
5 良いとか悪いとか、そういうことを超越した傑作
5 マイベストのうちのひとつ
5 映画史上に残る、マジックミラーのシーン

映画ファン的にトラヴィスという名前はちょっと特別で映画史に二人のトラヴィスがいるんじゃないかと思う。一人はタクシードライバーでデ・ニーロが演じたトラヴィス、もう一人は「パリ、テキサス」でハリー・ディーン・スタントンが演じたトラヴィス。砂漠の中に響くビヨヨヨーーンというライ・クーダーのスコア。後は子供と一緒に50がらみの冴えない男トラヴィスがナスキン様を探しに旅に出る。この子にとっては夏の終わりだし、トラヴィスにとってもナスキン演じる元妻にとても終わりを迎えた夏なんだよなー的な。


ブエナ☆ビスタ☆ソシアル☆クラブ(フィルム・テレシネ・バージョン) [DVD]
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おすすめ度の平均: 4.0
5 最強の映画だね
5 60歳以上の方にぜひ見て欲しい映画
1 そんなにいいか?
5 至福の映画である

最後は至福のひと時とともに夏を終えたい。個人的には老ミュージシャンが登場する前の、もう冒頭中の冒頭でライ・クーダー親子がキューバ海岸沿いの道路、打ち寄せる波のあいだをサイドカーを駆って突っ走るシーンで完全にノックダウン。その後の老ミュージシャンたちの姿を見たらさらにぐっとくる。彼らの口から語られる人生なんかも凄く重い。そして始まる演奏はその重みの上にあるのか、解放であるのか、とにかく様々な人生とともにある至福。


YouTube - Buena Vista Social Club 「Chan Chan」

この映像の方々も半分近くはもう亡くなってしまわれたんだな・・・

夏の終わりのおすすめ映画選でした。

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いかにして「信頼」をベースにしたネットワークを形成するか

先日、「安心社会から信頼社会へ」の感想エントリー(→「安心社会から信頼社会へ―日本型システムの行方」山岸俊男 著)を更新しましたが、後日、同じ山岸教授の論文「信頼の意味と構造―信頼とコミットメント関係に関する理論的・実証的研究」を読み、その論文もとても良くまとまっていたので、信頼という概念についてまとめておきます。

■信頼の分類
(1)能力に対する期待
 社会関係や社会制度のなかで出会う相手が、役割を遂行する能力を持っているという期待。
(2)意図に対する期待
 相互作用の相手が信託された責務と責任を果たすこと、またそのためには、場合によっては自分の利益よりも他者の利益を尊重しなくてはならないという義務を果たすことに対する期待。

意図に対する期待は以下の二つに分類される。
 (a)一般的信頼
  相手が自分を搾取しようとする意図を持っていない期待の中で、相手の人間性に由来するもの→社会的不確実性高
 (b)安心
  相手が自分を搾取しようとする意図を持っていない期待の中で、相手の人間性に関係ないもの→社会的不確実性低

■社会的不確実性
社会的不確実性を低減させようとするとき、二つの方法がある。
(1)人質供出
 担保・保証など、自分にとって失いたくないものの提供。
(2)コミットメント関係の形成
 特定の相手との間の永続的な取引関係。
  (a)恋人型コミットメント関係
   お互い魅力を感じていることで結びついている関係
  (b)やくざ型コミットメント関係
   社会的不確実性回避のための関係

■信頼の解き放ち理論
(1)信頼は社会的不確実性の存在している状況でしか意味をもたない。
(2)社会的不確実性によって生じる問題に対処するために人々のとる最も一般的な方法はコミットメント関係の形成、すなわち、特定の相手との間の安定した長期的な関係の形成である。
(3)コミットメント関係は、特定の相手との関係における社会的不確実性を低下させるが、関係の外部から得られるかもしれない利益を失うことにつながる。すなわち、コミットメント関係は機会コストを伴う。
(4)従って、機会コストが大きな状況では、コミットメント関係にとどまらない方が有利である。
(5)他者一般に対する信頼感の高い人々は信頼感の低い人々にくらべ、容易にやくざ型のコミットメント関係から離脱することができる。
(6)社会的不確実性と機会コストがともに高い社会的状況においては、高信頼者は低信頼者よりも外部の機会への接触が容易であり、従って、より大きな利益を得る可能性がある。

アメリカと日本との信頼に関する比較実験の結果、社会的不確実性が存在する状況下ではアメリカ人の方が日本人より他者を信頼する傾向が強い。日本人は他者を信頼しない。

これらの成果は、例えば米国は解雇されたらとりあえずフリーランスで食いつなぐとか起業するための資金調達が容易であるとか米国ではクラウドソーシングが盛んなのに日本では全くパッとしないとか、NPOに対する寄付の多寡の違いなどという傾向とも密接にリンクしているんじゃないでしょうか。以前「ソーシャル・キャピタル」という本の感想(→「ソーシャル・キャピタル―「信頼の絆」で解く現代経済・社会の諸課題」稲葉陽二 著)でも書いたように、日本社会の私的財ソーシャル・キャピタル(個人間ないしは組織間のネットワーク)の弱さは、まさに「信頼」度の高まりとともに強化され形成されていくのだと思います。

高信頼者のネットワーク/コミュニティをいかにして形成するかですが、企業対企業、企業対個人では信頼をベースにした関係性というのは、現状では築き辛いのではないか?と思います。企業は企業であるがゆえに確実に他者との関係性の中で約束が履行されなければならないため、特に現状のような「安心」をベースにした関係性が常識である状態では「信頼」という合理的でない判断基準はなかなか採用し難いからです。

なんとなく考えていることを箇条書きにすると
・個人間のつながりであること
・情報の非対称性を解消するためネットワークを形成する個人は出来る限り情報公開すること
・「能力」をどのように明確化するか?
・"人質"を差し出すこと。つまり約束を破ったときに不利益が生じる状況を自分で作ること
・協力、取引、紹介、交流、プロジェクト、ブレストなどコミュニケーションが盛んであること
・個人間でお金のやり取りが発生し経済圏が形成されるのが理想

と言ったところでしょうか。

お互いの信頼度が高い個人間で経済圏が形成されてくることで、そこに企業も魅力を覚え参加してくるような成長の仕方が出来るのが良いが、そのプラットフォームはどのような形態が良いのかよく考えたい。

以前書いたノットワーキングを生み出す状況作り(→「会社組織の枠を越えた「ノットワーキング(結び目作り)」をどうするか?」「「ノットワーキング 結び合う人間活動の創造へ」山住勝広 ユーリア・エンゲストローム 著」)のベースには「信頼」ということが重要なキーになっていると確信しつつあるところです。

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「安心社会から信頼社会へ―日本型システムの行方」山岸俊男 著

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4 信頼する人は損か?得か?
1 安心VS信頼、ではないのでは?
3 ふとしたキッカケで変わる何か
4 ”和”の正体とは!?

近年、欧米では信頼崩壊に対する危機意識の高まりとともに、信頼に対する研究が進められてきた。ロバート・パットナムらによるソーシャル・キャピタルの研究などはその代表例といえる。日本でも近年、旧来の日本型システムの有効性が疑われるようになり、古い社会・経済のあり方に対する不信感や不安感の高まりが拡大しつつある。

本書はそういう日本型システムに対する不信の拡大があるという前提で、欧米での信頼崩壊と日本での日本型システムへの不信は根本的な違いがあるのではないか?ということを社会心理学的立場から明らかにした一冊です。

一口に信頼と言っても信頼には様々な意味があります。信頼を要素分解すると以下の二つに大別されると著者は定義しています。
1)社会関係や社会制度のなかで出会う相手が、役割を遂行する能力をもっているという期待。
2)相互作用の相手が、信託された責務と責任を果たすこと、またそのためには、場合によっては自分の利益よりも他者の利益を尊重する義務を果たすことに対する期待。

さらに、2)の意図に対する期待は社会的不確実性の有無によって信頼と安心とに分かれます。
(a)信頼
社会的不確実性があっても相手は裏切ったり、自分に対してひどい行動に出ないと考えること
(b)安心
そもそも社会的不確実性が存在し無いと感じていること

例えば何の担保も無く申し込まれた借金に対して、貸したとしても返されない可能性があるという不確実性が存在している状況で、相手の人間性や、信頼に値する行動を取るかどうかを期待してお金を融通することが信頼であり、安心はそのような相手の人間性などを考慮せずとも担保があるなどお金が確実に返済されるという状態、つまり不確実性が無いという状況下での相手の意図に対する期待を持っていることだといえます。

著者は社会的不確実性が存在する環境では日本人はアメリカ人よりも個人主義的に振舞う、つまり相手を疑い信頼しない傾向が強く現れているという様々な社会心理学、経済学的な実験等を通した実証結果を紹介し、日本は信頼社会ではなく、集団内の相互監視と外れた者に対する制裁、さらに特定の相手との永続的なコミットメント関係を形成することによって「安心」を作り出した「安心社会」であるとし、その「安心社会」を作り出してきた集団主義的傾向が機会費用の増大を生み割りに合わなくなってきたことによって安心の崩壊を招いていると指摘しています。

今後、日本はこれまで続けてきた固定化されたコミットメント関係を永続的に保つことで社会的不確実性を低減させる方法は最早限界であり、これまでの集団主義による社会的不確実性の少ない安心社会から社会的不確実性がある前提で他者をいかに信頼するかが重要となる信頼社会への転換は否応無く訪れます。

信頼社会で求められるのは著者がヘッドライト型知性と呼ぶ相手の立場に身をおいて相手の状況を理解する社会的知性であり、また、その信頼社会で社会的不確実性を低下させるには一つは借金の担保や品質保証などの「針千本マシン」と情報公開等の「嘘発見器」が重要だと著者は言います。

新卒一括採用、終身雇用、系列取引など旧来の日本の大企業に代表されるような構造を指して「安心社会」と著者は言っている訳ですが、事実「安心社会」だったのか?は特にこの本で考察されているわけではなく、それはまた別途考えるべき課題でしょう。

それはそれとして信頼と安心の分類、安心を生み出すメカニズム(コミットメント関係など)に関する考察や日米の信頼に関する実証実験などは大変興味深くて、この本の分類に沿って身の回りや、社会の出来事を能力に対する信頼なのか、意図に対する信頼関係なのか、あるいは不確実性を低減させた安心の状態なのかと考えることはとても良い切り口になるんじゃないかと思います。

また、社会的不確実性が高まる中で、どのように第三者と、あるいは第三者間に信頼を醸成するか、ヘッドライト型知性をどのように養っていくかということはこれから考えていくべき大きな課題ですし、また透明性のある社会体制や制度構築というのもこれまで最重要だなと漠然と考えていた訳ですが、その考えを具体的に整理し、補強された感があります。

より具体的にこれからを考えていくときにとても良いヒントになった一冊でしたので、色々インスパイアされつつアイデアを形にしていければ良いなと思います。

参考サイト
[V]: 安心社会から信頼社会へ - 日本型システムの行方(山岸俊男)

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キッチュでキュートな密教系オブジェに完全包囲!〜世田谷の善養寺

善養寺

世田谷区を流れる丸子川沿い、等々力と野毛の間の住宅街に突如として現れるのがこの真言宗智山派の影光山善養寺(善養密寺)です。遠目からでもその個性的な佇まいが目に入ってきて思わず足を止めてしまいます。

境内の案内板によると、開山は祐栄阿闍梨という高僧で、祐栄阿闍梨は慶安五年(一六五二)に遷化して(亡くなって)いることから、江戸初期ごろにはすでに創建されていたと言われています。「新編武蔵風土記稿」によると最初は深沢村にあり、のちこの地に移ってきて、隣に現存する六所神社の神輿などをいれる神輿堂や閻魔堂などがあったとのこと。本尊は大日如来です。

で、いつのころからかはわかりませんが、実に個性的で巨大な神獣像や仏像たちが境内の至るところに鎮座するようになっていて、にぎやか過ぎる状態が現出され見所満載です。仏教だか密教だか道教だか民間信仰だかが実にごった煮的で、おおらかさというか適当さがすごくいい。

丸子川にかかる橋を渡り境内に入るや否や、山門までの参道の両脇にずらっとずらっと色々なオブジェがお出迎えです。

ひつじさん?
善養寺

ひつじさん??
善養寺

おじさん
善養寺

武闘派のおじさんです。でかい。

おじさん
善養寺

その対面にも武闘派のおじさんが睨みを利かせています。

狛犬さんとおじさん
善養寺

狛犬というにはでかすぎる狛犬さんと、事務職系のおじさん。

狛犬さんとおじさん
善養寺

おじさんがちっさくなってる?????

山門
善養寺

ドラゴンな橋
善養寺

たま坊
善養寺のたま坊

多摩川の精、河童のたま坊だそうです(笑)色黒。

親子カエルさん
善養寺

ゲロゲーロ。

布袋像
布袋像

妙に表情豊かな布袋像です。なんだか橋田壽賀子ドラマ系にこんな表情する俳優いるような気がする・・・

善養寺

左端の金剛杵のなめらかさに微妙なエロスを感じるのは僕だけでしょうか。

虚往實帰(むなしくゆいてみちてかえる)
虚往實帰

サイバラの漫画あたりに登場しそうな巨大カエルさん。

カニさん親子
善養寺

さりげなく存在感を発揮するカニさんの親子ですが、実は境内にある大カヤの木と深い関係があったりします。

世田谷 玉川村名所物語 : 善養寺(善養密寺)
また、この榧の木には物語がありまして、豪族の娘が多摩川に来た所、沢ガニの親子が助けを求めてきた。なんでも、今夜に大雨で増水して流されてしまうので、高台に連れて行ってくださいと言う。娘は沢ガニを高台へと逃がした。夜には、その言葉通りに多摩川が氾濫した。翌日、沢ガニがお礼にと持ってきたのが榧の実だった。それを娘が植えた事が木がなったと言います。

ということで、ちょっと素敵エピソードの主人公だったりするようです。

都天然記念物善養寺の大カヤ
善養寺の大カヤ

樹齢600〜700年前後と推定される東京都の天然記念物指定の大カヤ。圧倒的な存在感です。

本堂
本堂

これらの写真だけじゃなくありとあらゆるところに隠しキャラ的に色々なオブジェが隠れてて、かなーり楽しめますので、こういう仏教系エンタメワールドがお好きな方はぜひ。ただ、交通の便はちょっと悪いので、近くの等々力渓谷や多摩川で遊ぶついでに足を伸ばす気分で来られるのが良いかもです。

善養寺
東急大井町線「等々力」駅下車徒歩30分
東急バス玉11系統「野毛二丁目」バス停下車徒歩10分

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ふと海が見たくなって多摩川を下った
南大山道道標



お寺で遊ぶ東京散歩
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5 とても役に立ちそうな本です
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職業訓練・教育連動型ベーシックインカムってどうだろう?

最近また堀江さんが話題にしたり、あるいは民主党の政策集に給付付き税額控除が取り上げられるなどベーシック・インカムが話題ですが、丁度僕も先日「ベーシック・インカム入門」という本を読了したところでした。この本の感想はまた後日書くとして、最近民主党の政策集に給付付き税額控除のことが載ってたりして、負の所得税うんぬんとか調べたりしていたのですが、今日ふとタイトルのようなことを思いつきました。



ベーシック・インカム入門 (光文社新書)
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4 本当に必要なお金とは
4 ベーシック・インカムを多様な角度から
4 「働かざるもの食うべからず」か「衣食足りて礼節を知る」なのか
4 もはや賃上げ要求は古いのか
4 この本だけでは足りない


で、ベーシック・インカムは導入するからにはサスティナブルな制度であり続けなくてはいけません。もし万が一破綻した場合に、その人たちを受け入れることが出来るだけの雇用がないと餓死者続出で阿鼻叫喚の地獄絵が繰り広げられてしまいます。

資本主義社会では「一国の生活水準は、財・サービスの生産能力に依存」し、その生産性を決定する要因は物的資本と人的資本と天然資源と技術知識である、というのは経済学の基本のキ(以上、マンキュー経済学マクロ編より)だと思うのですが、ベーシックインカムはそのうちの特に重要な生産要素である労働力の多くを「遊ばせる」ことになります。個人的には超遊びたいですが、一応完全雇用を前提としている社会で、どの程度まで「遊んでいる労働力の率」は許容範囲なのでしょう?どこまでベーシックインカムを享受し生産活動に従事しない人を増やすことができるでしょう?

その一方で、日本の社会を考えたときに、セーフティネットのあり方は現行のような完全雇用を前提とした雇用保険+公的扶助では難しいのではないか?とも思います。先日も書きましたが生活保護の捕捉率(所得が公的扶助基準以下の世帯のうち保護を受けている世帯の比率)が10〜20%と欧米諸国(ドイツ37%、アメリカ60-67%、イギリス80%)と比べても圧倒的に低いのは公的扶助を受けることに対するスティグマの大きさが、(役所の審査の厳格さとあわせて)大きな要因なんだと思います。おそらく、申請の心理的要因によるし辛さは諸外国の比ではないのではないだろうか?セーフティネットは"制度"として"自動的"に"平等"に公的扶助が受けられるベーシックインカム的な仕組みでないとこの国では上手く機能しないんじゃないだろうか?

生産性を維持するために労働力を極力遊ばせないことと、最も適した福祉制度としてのベーシックインカムとをバランシングさせるにはどのあたりが落としどころになるかなーとぼんやり考えていたんですが、今日、じりじりと照る日差しの下で自転車を漕いでいるときにふと思いつきました。

原則としてベーシックインカムは職業訓練または自分が勉強したいことを勉強することを条件に支給します。数万円の基礎給付+WORD、EXCEL、簿記その他なんでもいいけど職業訓練の受講による給付金or自身が興味を持っている勉強(ギターでも農業でもなんでもいい。興味のあること。要レポート提出?)への支援金あるいは両方とも選択可。という形。

最低限生活に必要な給付を一律でする、ただし知識、技能の習得、学習は常に行うこと。それは労働力という資本を遊ばせる代わりに技能知識という生産要素の育成期間を与えることになる。で、人は何か知識を習得していくと自ずとそれを活かしたいと思うものだと思うんですよ。あるいはもっと知りたい、学びたいというさらなる欲求の芽生えにも繋がるし、仕事が無い、何をして働けばいいのかわからないという人たちがじっくり勉強しながら次を見出す機会が与えられる場でもある。また、目いっぱい働いた後にその振り返りや働いた過程で学んだことを体系化したいという欲求は定期的に芽生えると思うのだけど、その期間としても使える。

おそらく、学び続ける機会さえ与え続けられていれば、ベーシックインカムにまつわる良くある懸念の、生活に困らないことで働く意欲が減退し労働力が不足するという事態はそこまで多くは発生しないのではないか?と思うのだけど、それは楽観的すぎるだろうか。

と、書きながら、自分のこの意見に対する漠然と感じる気持ち悪さみたいなのもあります。"しなければならない"に対する不快感的な。「いや、僕はそんなベーシックインカムにつられなくても自主的に好きなことを勉強しますよ」という囁きが頭の片隅から聞こえてくる感じ。でも、勉強してお金もらえるんなら僕大喜びだったりもするんですが、自分の感情と考えとがまだ上手くマッチしていないなーとか思いますね。

生産と労働と生存との関係性をどう整合性を取るかは現代社会においては根源的な問いの一つなので、たぶんベーシックインカムは全てを解決するわけではないし、あるいは何も解決しないかもしれない。

あ、財源についてはこれっぽっちも考えてないです。えへ。

職業訓練のための教育産業が成長しまくるだろうけど、その予算と人員と設備はどこから・・・というのは書きながら思った。まぁ、これだけ書いといてなんですが、現実的な意見では無いですね(笑)方向性としてはそんなにおかしな方向ではないとは思うのだけども・・・これ、上手く実現できたら面白いんじゃないかなーとは思いますが、妄想の域は出てないですねー。

でも教育・学習は人にやりがいや自信を与えるのは確かで、それゆえの現行雇用保険法の職業訓練、能力開発事業ですよね。全国民一律は無理としても、失業者、低所得層、生活保護受給層に対してやってみるとかどうなのだろうか。福祉と教育とを組み合わせることは出来るんではないのかな?ということで、まー、粗い考えをアウトプットしてみた感じの意見でした。

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組織を活性化orダメにする人、各5つの資質と自問したい7つの質問

最近、個人的に注目しているキーワードの一つにソーシャル・キャピタル(社会関係資本)という概念があります。

ソーシャル・キャピタルとは「社会における心の外部性を伴った信頼・互酬性の規範・絆(ネットワーク)」のことで、社会の様々な場面でソーシャル・キャピタルの重要性について研究が進められており、ソーシャル・キャピタルの有無や強弱によって社会・経済への影響が大きい実証結果が積み重ねられつつあります。

企業内ネットワークでもソーシャル・キャピタルの形成は大変重要で、組織図上の指揮命令系統とは別にインフォーマルなネットワークが、組織の実効性を大きく左右します。バージニア大学で教鞭を執るロブ・クロスは企業の組織図とは大きく異なるネットワークの実効性について研究し、社内ネットワークの実効性に大きな影響を与える人の特徴について、他人に活力を与える(energize)付き合い方が出来る構成員の5つの資質、エネルギーを削いでしまう構成員の5つの特徴、energizeな人になるために自問するべき7つの質問について著しました。

以下がそれぞれの項目のまとめです。

■活力を他人に与える人の5つの資質


(1)納得できるヴィジョンを持っていること
(2)意味のある貢献をしていること
(3)付き合うときに集中していること
(4)接触することにより前向きな気持ちが持てること
(5)目標を信じること

■活力を削いでしまう人の5つの特徴


(1)わけのわからないことを長々としゃべる
(2)議論をより複雑にしてしまう
(3)会話中も上の空
(4)問題点ばかりをあげつらう
(5)そもそも何のためにやっているのか見失ってしまう

■周囲に活力を与える人になるために自問するべき7つの質問


(1)たとえ仕事で忙殺されているときでも、周囲の人たちと、仕事をするための道具としてではなく、人として付き合う時間を持っているか。
(2)自分がやるといったことを実際に果たしているか。
(3)困難な問題を、誠実に一貫性を持って対応しているか。
(4)他人の考えを、自分の考えや代替案を明らかにしないで、ただ批判したりしていないか。
(5)他人に反対するとき、相手の貢献に対する価値ではなく、問題そのものに焦点をあてて議論しているか。
(6)精神的にも肉体的にも会合や会話にきちんと参加しているか。
(7)他人に自分のやり方や考え方に合わせるよう強制していないか。

以上、稲葉陽二著「ソーシャル・キャピタル―「信頼の絆」で解く現代経済・社会の諸課題」より。



当たり前といえば当たり前の条件がほとんどですが、ネットワークを活性化させる構成員がキーとなって組織内にソーシャル・キャピタルが形成され、そのソーシャル・キャピタルの存在が時に企業の業績や人間関係、あるいは企業そのものの存続に与える影響は少なからずあると言われています。組織によってソーシャル・キャピタルの様態は異なるでしょうが、上のまとめを一度考えてみるきっかけにしてみると良いのではないでしょうか?

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外集団の価値基準に左右されながら閉鎖的な内集団を形成する社会

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これまで何度か『「世間体」の構造』という本は取り上げてきましたが、そのうちちゃんとこの本についてはまとめたいなぁと思いつつも、また部分的に引用します。今回は、日本の様々な集団は閉鎖的と言われるが実は閉鎖的なのではない。というおはなし。

一般に、ウチの集団の<閉鎖性>がほんとうにつよければ、私たちがソトの集団の価値基準に左右される(つまり、「外集団」を「準拠集団」とする)度合は、ひじょうに小さいはずである」(P110)にもかかわらず「わが国の人びとは、古くから、ソトなる集団の価値基準にコミットすることによって、ウチなる集団の自分を見つめるという行動様式を採用してきた」(P110)という。

「世間体」の構造(P110)
私たちは、日ごろ、ソトなる「世間」に準拠して、自分の行動を律し、判断していることが多い。「世間」の動向には、とりわけ敏感であり、ソトを知ることにかけては、ことのほか熱心である。その逆に、ソトから知られることにかけては、たいそう警戒心がつよい。
「世間体」の構造(P111-112)
要するに、わが国の人びとには、自分だけがソトを見ていて、ソトからはひとに見られまいとするアンビバレント(両義的)な傾向がつよいのである。このソトから見られまいとする防衛の傾向が、ウチの<集団主義>的傾向と相まって、わが国特有の「内集団」を形成している

(中略)

ソトの集団を「準拠集団」とする一般的な傾向と、ウチの集団の<閉鎖性>。一見、相矛盾するかにみえるこの二つの特徴が、じつは相反することなく共存しているところにこそ、ウチとソトの観念に特有なダイナミクスの本質がある、といわなければならない。

日本社会の様々な人・集団に共通する心理にあるのは「矛盾する二つの特徴の共存」という構造だというところは、まさにこれこれ、という感じですね。

この両義性は個人や家族などだけでなく会社等の組織にも強く残っていて、外部からは容易に見え辛く、それゆえに独自の規範を発達させて、時に不祥事に結びつくという指摘は他でもよくなされるところで、それを指して「閉鎖性」と言われているんだと思います。良い面もあれば悪い面もあるわけですが、その両義性は解消していかざるをえない外部環境にあるようにおもいます。

ウチ集団の閉鎖性を解消するには無理やりこじ開けるか、閉鎖性を解消した方がメリットがあるという形に持っていかないと難しいんだろうな。どうやって、ソトからは見られまいとする傾向を解消し、ウチ集団のことをソトに向けて発信していくか?がこれまで以上にこれから重要なテーマであるんですよね。

ということでこれを解消していくには?ということを追々書いていこうかなと思います。

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選挙は候補者じゃなく政策に投票する制度にしてはどうだろう?

今日は都議選でしたが、皆様投票はいかがでしたか?僕は悩みに悩みつつ一応投票してきました。そろそろ開票が始まるのかな。

さて、特段、支持する政党を持たない自他共に認める無党派層の一員な僕が選挙のたびに頭を抱えるのは、候補者の誰に投票するべきか?です。特別○×党だからどう、といった政党色はあまり気にしなくて、候補者の政策を見て考えるようにしているのですが、悩ましいのは、例えば経済政策はA候補だけど、福祉はB候補で、環境問題はC候補なんだけど、逆にA候補の環境問題は×で、B候補は経済政策がちょっと・・・でC候補は外交がねぇ・・・的な状態が往々にして起きてしまうことなんですよね。

結局消去法的な投票にならざるを得ないんですが、そのため、いつも自分の投票行動は不満一杯です。

で、いっそ選挙制度は「候補者」に投票するんじゃなく「政策」に投票する方式にしてみたらどうだろう?と思います。

例えばこんな感じ。
1)有権者はそれぞれ三票か四票か投票権を持っていて、候補者を問わず政策レベルで投票。
2)上記の例だと僕はA候補の経済政策と、B候補の福祉政策と、C候補の環境政策に投票。
3)選挙結果が集計。各政策ごとに投票数が1〜3番ぐらいまで多かった候補者がまず当選
4)次に総投票数が多かった候補者が定数分まで当選
5)各候補者の政策で得票数が多かった順に上位三つまでの政策がその候補者の最初の一年間のミッションになる。

A候補は福祉を中心のテーマに選挙戦を戦ったが、投票の結果、A候補に得票数が多かった政策は、その他マニフェストに入れていた
1位:財政再建
2位:地方分権
3位:農業問題
だったため、これらが当選後のA候補が最優先で取り組まなければならない課題となる。

で、同様の優先順位だったり政策が近しい人と思想信条の枠を超えて当選後に政策グループを結成→実行に向けて動かなければならない。一年経過後は、優先順位縛りがはずされてA候補の裁量によって議員活動をしていい。

みたいな感じ。

こういう感じの、なんだろ、候補者の「人となり」や「総合力」ではなく、人に拠らず細分化された「政策」単位で投票するみたいな選挙の方が、実際のところ現代にマッチしているじゃないかなーとぼんやり思ったりしています。まぁ、これやるとすると既存政党は一旦全部解党だな。もちろん優先順位以外にも余裕があれば他の活動するのは全然OKです。

ま、突っ込みどころはいっぱいありそうなんだけど、要はタスクのレベルに政治も細分化することと、政党などの枠組みに固定化させず、その時々や状況に応じて流動的にしてしまうことで、活動を活性化させることかなーということですね。

たぶん、重要課題が後回しになったりするおそれがある、とか、議員活動の継続性が薄くなるとか、色々マイナス点もありそうではあるんですけれど、こんな感じが投票しやすいなぁと思います。いかがでしょうか?このトンデモ案は(笑)

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「雇用はなぜ壊れたのか―会社の論理vs.労働者の論理」大内伸哉 著

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5 垣間見えるメッセージが興味深い
3 オーソドックスな内容ですね
2 ごくごく一般的な内容
4 真っ当な視点が叡智に見える


神戸大学大学院教授大内先生の労働法をテーマにした11の論考集。

hamachan先生労務屋さんが書いておられるとおり、「雇用はなぜ壊れたのか?」について論じられている訳ではなく、サブタイトルの方の「労働者の論理」と「会社の論理」という対立する二つの論理を比較衝量させながら性差別、長時間労働、労働組合、解雇、正社員と非正社員など現代的なテーマの労働法的な落としどころを探求していくという内容になっていてとてもおもしろい。

会社とは営利を追求する組織であるがゆえに、経営者は経済的合理性に従って、同じ質ならより安い部品を集めようとするように、「労働力を調達するとき、同じ程度の質(能力)ならば、できるだけ安い労働力を求め」(P8)ようとする会社の論理に対して、経済的合理性だけで自在に扱われてしまうことなく、「会社の利益に対抗して、自分たちの権利が保障されるべき」(P8)とする労働者の論理があり、その二つは株主も含めて「会社の利潤を取り合う関係にあり、潜在的には相互に敵対的な関係にある」(P8)というのが、理想はどうあれ、本質的な面だろうと、僕も思います。

(P9)
労働法とは、このような会社の論理と労働者の論理とがぶつかりあうなかで、その線引きをするためのルールを示すものといえる。会社の論理だけを通すのは正義に反する。労働者の論理だけを通すのでは、会社の経営が立ち行かなくなるし、結局は、労働者のためにもならない。だからこそ、両方の論理を調整していく必要があるのである。

特に、管理職や役員などのお仕事をすると、この「会社の論理」と「労働者の論理」との狭間で悶えてしまうことが多いですよね。自身の地位や役割に内在する二律背反に、時に人は引き裂かれてしまいます。その矛盾を調整するルールとして様々な法規が存在するんですが、往々にして無視され独自の規範によってその調整が図られることも多いんじゃないでしょうか。

それゆえに上記引用の「労働法とは、このような会社の論理と労働者の論理とがぶつかりあうなかで、その線引きをするためのルールを示すもの」という部分は、至極自明のことのように見えて、実は多くの人たちにとって目新しく、蒙が啓かれた思いになる部分だったりするんじゃないのかなーと思ったりします。

特に悩める経営者、管理職の方々は労働法を勉強し、そのルールに沿って両方の論理を整理していくことで、お仕事的にも心理的にも楽になりますよ。その矛盾をいかに生きるか?という道筋の一つになるかと思います。

で、最初にも書きましたが、この本では11の労働に関する現代的なテーマについて、二つの対立する論理の間を行き来しながら徐々に問題点が整理されていく過程が描かれているので、読みながら色々な発見をすること間違いなし。

個人的に一番興味あったのは最後の「雇用と自営」かな。

結構有名な話だけど、近代法の雇用契約の原型は古代ローマの奴隷契約って話あるじゃないですか?奴隷契約が近代法の賃貸借契約と雇用契約の原型になったんですよね。

(P211)
ローマ帝国の時代、労働をするのは奴隷だった。奴隷を働かせるのは、物の貸し借りと同じであった。奴隷には、権利が与えられておらず、物と同じだったのである。そこでは、「locatio」という契約形式が使われた。対価をもらって「もの」を貸すという契約(賃貸借契約)である。

それから二千年近く経ち、ナポレオンにより興ったフランス帝国の時代。フランス民法典において、「locatio」は雇用契約に転用された。奴隷でない市民も、雇用契約により働くようになっていた。(中略)フランス民法典を引き継いだ日本の民法でも、賃貸借契約と雇用契約に関する規定には類似の部分が多い。

という話題から始まって働く人の自由について論じた内容はとても面白い。これについてはまた別の機会に書きたいですが、例えば「仕事と日本人」という本を読むと、江戸時代までは自律的な仕事をしていた職人さんたちや、一般の人たちが、明治以降労働者として、自律性を失い悲惨な境遇になっていったかという過程が描かれていて興味深かったりします。西欧型奴隷制度の輸入という側面もあったんだよなーと。

まぁ、そのような不如意な働き方から経済成長などを経て生活者としては充実した環境を享受できるようになってきたが、果たして「自由」としてはどうなのか?という疑問は多くの人が持っているでしょう。

自営バイク便ライダーが労働者として判断された話などが紹介され、こう書いています。

(P226)
自己決定によるものだからといって、そこで搾取されてしまうことまで自己責任といってよいのか。パターナリスティックな保護をする必要はないのか。本当の自由とは何なのか。奴隷の呪縛から解き放たれていないように思えた雇用で働くほうが、安定保障があり、自由を享受する基盤があるという、いささか屈折した分析もあながち的外れではないかもしれない。

雇用、自営を問わず働く人たちへの保護をどのように広げていくか。自由と隷属のジレンマを解決するにはどうするか?という話が最後に持ってこられているところに、現代の労働問題に限らず社会全般についてとても鋭い視点を持っておられるんだなぁと感心しました。

ということで、とてもオススメです。

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日本の多くの会社で宗教行為が行われていたのは何故か?

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この本で、会社が宗教行為を行う例について分析されていて面白かったので紹介します。

会社と宗教とは水と油のように見えて、実は宗教行為を行う日本の会社は多い。

例えばトヨタの豊興神社、日本航空の日航香取神社、間組の狭間組守護神社、さらには新日本製鉄八幡製鉄所の境内地三万坪を誇る高見神社など、大手企業の多くが会社の敷地内外に神社を祀っているし、高野山や比叡山には社祖や重役たちを合祀した会社供養塔が多く作られ、高度経済成長期には、会社供養塔に会社の発展を祈願する擬制的先祖祭祀が盛んに行われていたという。

このような組織的に行われるものや、あるいは経営者や創業者の信仰が会社全体に半ば強要する形で浸透していたという。会社によっては朝と夕方社内に「般若波羅蜜多・・・」とお経が流れ、全社員唱和したのち、奉仕の精神を謳った社訓を読み上げるという会社や、あるいは97年に倒産したヤオハンは創業者和田カツが生長の家の熱心な信者であったこともあり、生長の家の教義を元にした社員教育から始まり、会社の急成長に伴って社内のコミュニケーションロスに直面。1964年、経営理念を共有するべく全社員に生長の家の信者であることを義務付けたという。のち、シンガポールに出店した際は生長の家の教義を説く研修を行おうとしてイスラム教徒の従業員らと信仰を巡って対立している(和田自身がシンガポールに赴き、直接従業員と話すと容易に解決した、ということらしいがその経緯は謎)

ヤオハンの例はあきらかに極端だとしても、特に高度経済成長期は宗教と会社とはそれほど遠くない、むしろ既存宗教の基盤のひとつだったということのようだ。

アメリカの宗教社会学者ロバート・ニーリー・ベラーはその著書『社会変革と宗教倫理』において、日本的な価値のありかたをこう説明した。

『経営人類学ことはじめ』(P93)
社会変革と宗教倫理 (1973年)』(P204-205)
日本人の価値は自然的な存在である集団のなかで実現される。それゆえに集団は価値の場となる。集団は現実の構造と統合されていて、そのために聖なる性質が付与される。神と人との関係は連続しており、集団の象徴的な首長はとくに聖なる性質を付与された者として重要な位置を占めている。その機能のひとつは、集団を神的な祖先と集団を保護する神とに関連させることである。個人は、集団の象徴的な首長を通じて精神と祖先から流れる普段の恵みの流れのおかげで存在する。個人は、わずかながらも受けた恵みを返し、必要とあらば集団のために自らを犠牲にするように行動する義務を負う。

これは、少々一面的であるように個人的には思う。必ずしも、集団の首長は象徴的であるとは限らないし、あくまでこれは天皇を中心としたイエ制度的な色合いが強い分析のような気がする。集団というか、関係性の中にアイデンティティを見出す傾向は確かにこの社会は強くあり、それに強く拘束され、あるいは依存する度合いは強いと思う。その関係性が、かつての日本では終身雇用制度下の特に大企業を中心とした会社という集団の中で固定的であったのではないだろうか?

経済学者の間宏は79年にその著書でこう書いた。

『経営人類学ことはじめ』(P93)
日本の企業は営利追求と集団の永続という二つの目的ないし方向性を持っている。企業において重視される「和」はまさしく集団の永続を目的としたものである。会社は永続する間に一種に精神を付与され、メンバーの精神面での支えになるという。企業が工場などに守護神を祀るのは、企業が営利団体であると同時に精神団体であることによる。

宗教学者のヤン・スィンゲドーは84年にこう書いた。

『経営人類学ことはじめ』(P94)
日本人にとって「共同体」は聖なる価値を帯びており、現代においてこの共同体意識を具体的に実現しているのは「会社」である。会社が神を祀ることはなんら不思議ではない。

こういった考察でこの本の論文はまとめているのですが少し自分なりに考えてみる。

会社はある一定の自治の元で閉鎖的空間であったこと、新卒採用年功序列終身雇用による集団の固定化があったこと、旧来の地方共同体や家族共同体はことごとく解体されていく過程にあったことなどによって会社という集団は旧来の共同体の代替の役割を担っていた。あるいは会社以外に共同体らしい共同体が少ない状態にあったので、そもそも関係性にアイデンティティを見出す傾向が強い日本社会においては多くの人々が会社集団に共同体的役割を求めていた。当然、村や家族などが執り行う祭祀についても、暗黙の了解的に会社もまた行うのは当然と言う「空気」が醸成されてたかもしれない。

会社が宗教行為を行っていたという事実は、既存宗教と新興宗教とが力を持ち、かつ会社が強く共同体性を持っていた一時的な時代の現象だったのではないか?と思う。

『経営人類学ことはじめ』(P103-104)
かつての年功序列、終身雇用制度は急速なスピードで解体しつつあり、村的な人間関係の存続が次第に困難になっている。雇用関係は精神性を脱落させて、たんなる契約関係へと変化していく。
もし、会社内での人間関係や組織原理に、従来とは異なった状況が生じているとすれば、集団主義や間人主義に支えられた会社の宗教性も変容していくことになるだろう。地域や血縁を紐帯とした共同体型の宗教は、近代化のプロセスのなかでしだいに影響力を喪失し解体されている。そして現代社会においても村的な性格の強かった会社が、その共同体性を喪失していくとすれば、宗教は現代社会のなかでまたひとつ重要な基盤を失ったことになるのかもしれない。

同書でも最後にこうまとめられているが、既存宗教の影響力はもう保てないだろう。ただし、大会社はグローバリゼーションと景気後退の中で共同体としての役割を捨てつつも、中小企業は逆に宗教性を強めることで結束を固めるように思う。ただ、その宗教性は既存宗教など教派系ではなく、ニューエイジなどの宗教的なるものから、経営者の個人思想など宗教とは言いにくいものまで含まれるだろうが、宗教的な儀礼などが取り込まれた形で上手くソフィスティケートされていくんじゃないかなと。そして、共同体に宗教性が望めなくなっていくことで、個々人の信仰心は高まっていくだろうし、あるいは緩やかに信仰で繋がるような形態へと変化しているようにも思う。

会社と宗教とが結びついていた時代は終り、宗教的な色合いを薄めた宗教的な信仰が、基盤無く多くの人々に浸透していく過程に現代はあるのかなと思ったりはしています。おそらく「会社と宗教」から「働く人たちの信仰心」へと研究の対象は移り変わるべきなんじゃないでしょうかね。この社会で信仰心を持っていない人はいないか、いても限りなく少数派だと思う。そして多くの人は自身のその思考や行為が信仰であることに気付いていない、というのが興味深い傾向かなと。

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日記的な、思考的な

色々やることが山積していたけど今日は勉強最優先にするため朝から夕方まで図書館に篭った。労働基準法と安全衛生法の問題集をみっちりと。明日は社労士の学校。一日最低二時間は勉強の時間をとらなければならないと思う。

起業に関して必要な書類等準備中だけど、色々やることが上手く整理できていないのがもどかしい。公的融資の相談に来週行く。

Knotworking.bizは記事を書く本数を増やしたいが、ざっと書けばいい類ではなく内容をきちんと精査していかないといけないので時間は思った以上にかかる。

このあたりの優先順位をつけようとしても色々入り組んでしまってちょっと混乱気味。何分、将来のことを考えると社労士の試験を最重視せねばならないと思うし、目先のことを考えると起業関連やサイトの更新をせねばならないとも思う。このあたりが難しいが、ともかく試験は最重要だなと思う。

とりあえずお金に関して安心できる体制を早めにつくってしまいたい。というのが最近の日記的な出来事。

最近は、自分のこれまでを振り返りながら、自分のこれまでの失敗や至らなさなどに思いを馳せる。同じ失敗を繰り返したことも多いし、あるいは逃げたことで、より大きな壁に立ちはだかられることも多いし、あるいは思い込みで行動することで成功したこともあれば、大きな失敗をしたこともあって、何か連環の中でぐるぐる回っているだけのような気がする。

で、積み重なってきたことの少なさに唖然とするというか、ほとんど流れ去っていったことばかりで、これからも形を変えつつ繰り返していくのだろうか?と思うと、形の変え方をどうするか、が本当に重要なのだなと思う。

一方、過ちや失敗は繰り返したくないなと思う反面、おそらく繰り返してしまうこともこれからも多いのだろうと思う。

多くの人は人生を経験の積み重ねながら前に進んでいるのだろうか。僕は積み重ねたことよりも、ぐるぐると回りながら多くのことが流れ去っているだけで、その循環の中でその都度一期一会を繰り返しているだけのような感覚を持っているなぁということを最近つらつらと。

たぶん、人から見ればかなり愚かしいことを繰り返していると思うが、その愚かしさや矛盾をどのようにかして生きていかなければならないなぁというのは何度と無く思い続けている。これからどうなっていくだろうか。

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解雇されたので起業します

タイトルの通りですが、簡単な経緯など。

■解雇の経緯

解雇された、というのは一般的にはネガティブ情報と捉えられるのでオープンにしないという選択肢も考えたのですが、それを書かないと何故今起業しようとするのかという疑問に答えられないし、また、今後色々な人とお会いしていく過程でこれまでのキャリアの話になったときにその都度ごまかさなければならなくなるし、実のところ、解雇されたことをオープンにしないという選択は目先の利益を追うあまり、長期的にはあまり良い選択ではないなーと思ったので、書くことにしました。

経緯としてはとてもシンプルで、4月末のある日、風邪をこじらせて二日休み、三日目の朝上司に午後から出社する旨メールで連絡すると、「もう来なくて良い。今日付けで処理する」とメールで唐突な通告。「解雇ということですか?」「どちらでもいいが、あなたのキャリアに傷がつくので自己都合の方がいいですよ」「いえ、退職するつもりは無いので解雇されるつもりなら解雇通知書と解雇理由書を送ってください。その上で対応検討します。」

というやり取りのあと送られてきた解雇理由によると、勤怠不良による懲戒解雇とのこと。裁量労働制での勤務であるため、欠勤と言う概念がそもそも生じにくいのではないか?というのと、懲戒解雇は通常所轄労基署長の認可があって始めて可能であるが、病欠が懲戒解雇にあたるという訳も無く、また、それを理由に労基署長の許可が下りる可能性はほぼ皆無なので(なにせ逮捕された者ですら懲戒解雇にできない場合が多いぐらい)、これは労基署に申請せずに懲戒解雇を使ってきたのだな、と思い、すぐに内容証明で懲戒解雇の無効および解雇予告手当の請求を送付。会社は普通解雇に切り替え、解雇予告手当30日分を支給するということになり、4月末で解雇、という流れです。

まぁ、労働法の基本的なお話で言うと試みの使用期間14日は過ぎているし、普通解雇の要件すら構成出来ないことは明白なのですが、一応それを受けて今に至るという状況です。このあたり、会社の対応は労働法的に穴だらけなので、僕ならもっと上手くことを運ぶんだけどなぁ、と当事者であるにも関わらず色々アドバイスしてあげたくなって自分で笑ってしまった。たぶん社会保険労務士や弁護士等専門家にすら相談していないのではないだろうか?

■なぜ解雇にまでいたったのか?

何か人間関係が上手く行っていなかったのではないか?とか、僕が法を盾にやりたい放題していたのではないか、とか、あまりにも僕が無能であったのではないか?など疑念を抱かれるかと思いますが、自分としてはそういうことは無いんじゃないかと思っていたんですよねー。ただ、比較的、上司が期待していたほどのパフォーマンスは必ずしも発揮できていなかったようにも思うので、痺れを切らした可能性も無きにしもあらずですが、どちらかというと自己主張は少なく素直に色々聞くようにしていたように思います。人間関係も、特に誰かともめたわけでもなく、仲は良かったし、法的側面についても、未成熟な組織であれば往々にしてある事柄がほとんどだったので、特に殊更声を上げた訳でもないし。

何が上司をそうさせたのだろうか、と少し考えていてある日ああ、そうかもしれないという発見をした。上司はとあるところでブログを書いているのですが、僕と上記のメールのやり取りをした日の夜に書いていたブログの内容をざっくり意訳すると「欠勤しているのにブログを書くような奴は仕事中も手を抜くに決まっているので、会社にとって"悪"だ。組織に伝染する前に"ひねり潰す"」的なことがと書いてあった。

確かに欠勤中に布団の中からブログ書いたりはしてた。それが適切だったのか、適切じゃなかったのかわからない。僕はそれは問題ないことだと思うが、賛否両論あるだろう。で、ブログ自体は教えていなかったけど、なんらか検索してたどり着き、それを見た上司が僕に「悪」を見た。おそらく、入社してから20日あまりの僕の行動にも何らかの小さな不満をいくつか持っていたのかもしれない。それらが重なり合って僕を「悪」と考えた。その「悪」は会社組織と言う名の共同体に伝染する可能性がある、と彼は考え、それをなんとしても"ひねり潰す"=取り除かなければならないと彼は決意したのだろうか。

この心理は典型的な日本人性とでも言うような思考過程のように思った。ケガレを共同体から取り除く、ということなのか。上司は一見、振る舞いも仕事もとても常識人で、有能と言って良く、考え方もシビアに物事を切り分けて考える人であったように見えたので、そういう普通の人の中に横たわるこのような心理は実に興味深いと思うとともに、これまで日本人性だとか共同体だとか空気だとかを色々興味を持って調べたりしていながら、当然のごとく人々の中に存在していることに気付かなかったことは大いに反省しなければならないなぁと思う。

この共同体性は多くの場合、法の規範よりも圧倒的に重視されるというのは理屈ではわかっていたけれど、この社会で生きる以上、その共同体性みたいなものに敏感でないと、時に人は不条理で、不合理とも言える行動を起こそうとするということが身をもってよくわかった。

さて、これからどうするかなのだけれど。

■起業します

実際、次の就職先を探そうかとも思ったのだけれど、前々職、前職の就職活動で、転職エージェントのべ50社弱、エージェントと媒体や直接応募など様々な手法で前々回51社、前回63社に応募してそれぞれ一社づつだけの合格だったので、今回転職活動をするなら100社近くに応募し、かつ最低でも3ヶ月程度かけても一社採用されるかどうかだろうなという感覚があり、かつ僕の経歴から考えても採用される確率はかなり少なくなっていると思う。僕が企業の人事担当者なら、僕を採用するかどうかはかなり躊躇するな、と客観的に考えても思う。また、これはちょっと自分でも失敗したなーと思うのだけれど、解雇の場合、雇用保険の受給対象期間は六ヶ月からなのだけど、僕の場合5.5ヶ月であと一歩足りなかった。さらに長期的な転職活動に耐えられるほどの蓄えも、もうない。という状況。

ならば終わりの見えない消耗戦的な転職活動に注力するよりも、自分で仕事を作り出すことを考える方が活路が見出せるんじゃないか?と。

これまでの人生を振り返ると、何かに自身のすべてを、身を差し入れたときに初めて、好転してきたように思っているので、これからはインターネットそのものに身を差し入れることで活路を見出す必要があるんじゃないかという思いがあります。そこで自身について読んでもらえるかどうかは別にして、これまでの僕自身のことを極力さらけ出してしまえという趣旨で書いたのがここ数日のエントリーで、僕にとっては、イニシエーション的な意味合いがあったので、思っていた以上に多くの人に読んでいただけて恐縮です。

僕についての簡単な個人史その1(誕生から大学卒業まで)
僕についての簡単な個人史その2(大学卒業から現在まで)

正直、僕ができることというのは少なくて、ブログを書くことと総務・事務・法務・労務的な知識と経験をほんの少しだけ持っているということぐらいでしかない。その僕ができるささやかなことを提供できないだろうか?と思い、まずは特にベンチャー企業などを中心とした様々な「事務の受託」や、情報発信、他僕に求められる様々なことに応えていくことで生計を立てて行ければと思います。思いとしては以前かいた「4月から組織人事コンサルタントに転職しました」と特に変わりはないですね。

そのためには、どれだけのことを僕が提供できるか、提供し続けている様子を見てもらえるかにかかっているので、WEB上に僕ができるすべてのことを出し続けていきたいと思います。

ただ、起業すると言っても、そもそも資金どころか、生活費すら数ヶ月で底を尽きそうな感じなので、公的融資を申請しようとしていて、無理ならバイトとかしながらでも進めていかないとな。という状況ではあるんですが、そこはなんとしてでもと。

最後に、これから進んでいく過程は正直全く見通しが立っていなくて、勝算ねぇなーという思いがとてもある。で、先日宮本常一の本を引用した「見通しもきかぬ道を行くときは歌を歌え。誰かが聞いていてくれる」という記事でも書いたけれど、このブログは僕がこれから見通しもきかぬ道を行くために、張り上げる歌のような役割を担うことになるんだとおもう。

「忘れられた日本人」(P25-26)
こういう山の中でまったく見通しもきかぬ道を、あるくということは容易ではないという感慨を述べると、「それにはよい方法があるのだ。自分はいまここをあるいているぞという声をたてることだ」と一行の中の七十近い老人がいう。どういうように声をたてるのだときくと「歌を歌うのだ。歌を歌っておれば、同じ山の中にいる者ならその声をきく。同じ村の者なら、あれは誰だとわかる。相手も歌をうたう。歌の文句がわかるほどのところなら、おおいと声をかけておく。それだけで、相手がどの方向へ何をしに行きつつあるかぐらいはわかる。行方不明になるようなことがあっても誰かが歌声さえきいておれば、どの山中でどうなったかは想像のつくものだ」とこたえてくれる。私もなるほどなぁと思った。と同時に民謡が、こういう山道をあるくときに必要な意味を知ったように思った。
忘れられた日本人 (岩波文庫)
忘れられた日本人 (岩波文庫)
宮本 常一

歌い続けようと思っています。転がっていく岩を追いながら。

ということで、次のエントリーで新たに始めるサイトを紹介します。

関連エントリー
僕についての簡単な個人史その1(誕生から大学卒業まで)
僕についての簡単な個人史その2(大学卒業から現在まで)
paperboy&co.がトリックスターであったころ
4月から組織人事コンサルタントに転職しました
blogを匿名から実名にしてみて変わったことといえば
解雇規制とは何か?
入社後6ヶ月未満で従業員を解雇するときに会社に負わせるべき義務
日本教の正体を炙り出す上で押さえておきたい17冊
「「空気」の研究」山本七平著



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モテない男性板が出来た経緯を当事者(自称)が告白するよ

先日のエントリーでもちらっと書いたのですが、2000年〜2004年の初めぐらいにかけて2ちゃんねるに結構はまっている時期がありまして、主に映画一般、ニュー速+、芸スポ+、日本史、世界史、無職・ダメ、独身男性、一般書籍、まちBBSあたりでうろうろさまよっていました。

で、唐突なんですが2chにモテない男性板ってあるじゃないですか。2003年に新設された板なんですが、実は名無しの一人としてその過程に絡んでいた、という告白をしてみるエントリーです。

当時、毎日のように2chの独身男性板あたりに書き込みしたりしていたわけです。で、2003年12月のある日、ふと思いついたようにこんなスレを立てました。

そろそろ毒男板分割しようぜ。

1 :Mr.名無しさん:03/12/07 20:07
2ちゃんで人が一番多いんだろ?そろそろ分けようや。
独身男性(毒)板と独身貴族板で。

キモメン、童貞、ヲタ、無職その他、やむなく独身の者→独身男性(毒)板
イケメン及び普通の人、恋愛・SEX経験有、社会人、など好んで独身という生き方を選んでいる者→独身貴族板

毒板は童貞、アニメ、萌え、エロゲ、アニメなどのスレ中心
独身貴族板はファッション、仕事、恋愛、映画・音楽等文化系話題などのスレ中心

双方とも損はない分け方だと思うのだがどーよ?

もう、読み返すだけで逃げ出したくなるぐらい恥ずかしい書き込み(笑)いやんもう。いいよもう5年以上も経ってるし時効だろ時効(笑)

個人的には趣味や普通に日常の話したいのに、どうせモテないし〜系の書き込みばっかりでちょっと居辛いなーという感覚があって、分けたらいいんじゃないの。とか思いついただけの、たぶんクソスレで終わるだろうなーぐらいの書き込みだったんですが、案外みんなのリアクションが多くて、「何度目だこの話題」とか「童貞追放しろ」「お前の方が出て行け」「いや、いいから既婚者用の板作れ」などなど色々な意見が書き込まれるようになって、当時フリーター→30代派遣社員で悶々とした日々を送っていた僕はコミュニケーションがうれしくて、ついついトリップつけてスレッドで色々意見を話あったり議論のまとめサイト作ったりしてちょっとはまってたわけです。

で、ある程度話がまとまった、というか煮詰まった感じになったので2ch運用情報板の板分割 ご相談所スレに依頼の書き込みをした。

■ 板分割 ご相談所-Part7

139 名前: ◆1.94MD5tGI 投稿日: 03/12/14 00:02 ID:BmQrF8Rv
独身男性板http://human2.2ch.net/male/
議論したスレッド
1) http://human2.2ch.net/test/read.cgi/male/1070795265/ (dat落ち)
2) http://human2.2ch.net/test/read.cgi/male/1070823639/ (dat落ち)
3) http://human2.2ch.net/test/read.cgi/male/1070936092/
4) http://human2.2ch.net/test/read.cgi/male/1071140423/
(参考)まとめサイトhttp://www.memorize.ne.jp/diary/00/37239/

独身男性板は一日の投稿数が35000〜40000と、常に投稿ランキングでベスト5以上にあり、
スレ保持数は700〜750前後に対して一日100程度のスレが立ち、ほぼ1ヶ月も持たずに殆どのスレッドがdat落ちしています。
また話題の幅も広く、様々な人が集まる為争いも絶えません。
そこで上記スレッドで議論した結果、以下の板の新設をご提案致します。

「モテない男性板」 カテゴリー:心と身体、ID:強制 
現在はモテナイ男性だけで集まれる場が無く、深く語り合う事が出来ない為、その憂さを様々な形で既存の板に
ぶつける事で日常的に住民に多大な弊害が生じています。 そこで、自分の恋愛体験の皆無さ、未熟さを語り合
う板を新設することでモテナイ人たちの心の安定だけではなく、他の板の安定も図れるという結論に達しました。

「総合男性板」 カテゴリー:カテゴリ雑談、ID:任意
独身男性板は、書き込み数が多く、ゆっくりとした雰囲気で男性同士で語る事を望む人にとっては参加しにくい
環境になっています。また、現状では既婚者が男同士の語り場に参加する事が出来ません。そこで独身、既婚、
学生等立場・年代に関係無く男性だけの雑談をする場としての掲示板が必要であるという結論に達しました。

けど、華麗にスルーされて、あー、こりゃダメだねー的あきらめムードが漂っていたので、じゃぁいっそ新設ということで申請しなおしたらどうだろう?ということで



◆新板をねだるスレ@運用情報◆3枚目の野望

754 名前: ◆1.94MD5tGI 投稿日: 03/12/21 00:10 ID:/t8W8n1u
【板名】 モテない男性板
【理由】 現在はモテナイ男性だけで集まれる場が無く、深く語り合う事が出来ない為、その憂さを様々な形で既存の板に
ぶつける事で日常的に住民に多大な弊害が生じています。 そこで、自分の恋愛体験の皆無さ、未熟さを語り合
う板を新設することでモテナイ人たちの心の安定だけではなく、他の板の安定も図れるという結論に達しました。
【内容】 いつまでたっても彼女ができない独身男性たちが、自分の恋愛体験の皆無さ、未熟さを語り合う
恋愛体験の未熟さから現実逃避するための趣味、方法などについても語り合う
【鯖】love
【フォルダ名】 motenai

【板名】 総合男性板
【理由】独身男性板は、書き込み数が多く、ゆっくりとした雰囲気で男性同士で語る事を望む人にとっては参加しにくい
環境になっています。また、現状では既婚者が男同士の語り場に参加する事が出来ません。そこで独身、既婚、
学生等立場・年代に関係無く男性だけの雑談をする場としての掲示板が必要であるという結論に達しました。
【内容】独身・既婚・学生・無職など立場に関係なく男性同士でコミュニケーションを取る場です
【鯖】 human
【フォルダ名】 man

分割スレでも申請致しましたが、なかなか返事も頂けず。。。
新板ということでもありますので、ご検討頂ければと思います。

すると、どうやらタイミングが良かったらしく

◆新板をねだるスレ@運用情報◆3枚目の野望

813 名前: 仕事人 ★ 投稿日: 03/12/22 18:17 ID:???
作る気まんまんモード

818 名前: 仕事人 ★ 投稿日: 03/12/22 18:34 ID:???
>>754
【板名】 モテない男性板

にちょっと興味を持った。

832 名前: 仕事人 ★ 投稿日: 03/12/22 19:59 ID:???
モテない男性板
http://love.2ch.net/motenai/

ということで、モテない男性板はこうして出来たという経緯だったりします。書き込み全体にそこはかとなく漂う雰囲気がウザイ人っぽくてせつない。

無駄に掲示板上であーでもないこうでもないと匿名の状態で話をして、方向性が定まっていく体験をするのは面白かったし、その結果新たに2chに板が出来たあたりは、軽い高揚感は確かにありました。キター!ってこういう感じかーと(笑)2chの魅力ってそういうみんなで作る的な手作りのメディアというところにあるよね。最近はすっかり書き込みしなくなったけど。

ただ、個人的には非モテ系の話題は全く興味なくて、後者の方がほしいなぁと思っていたので、モテない男性板は出来てもぜんぜん書き込みしないままだったりしましたが、出来て以降しばらくは、やっぱり微妙に愛着を感じていたのか動向が気になって、スレッドランキングの投稿数を毎日チェックしてましたねー。おお、独身男性板に迫る勢い!とか実況系とタメ張ってるなーとか、さすがに狼はレベルが違うなーとか、PCの前で一人盛り上がったりはしてた。今思い返すだけでも、ダメ人間っぷりにこの場から消えてしまいたくなるぐらい良い思い出(笑)

あ、久しぶりにトリップのテストしてみたけど、パスワードが違うのか、環境が変わっているのか以前のトリップは出なかったので、上記の書き込みが僕だというのは証明できなかったりします。まぁ、真偽は不明ということで。ええ。



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僕についての簡単な個人史その2(大学卒業から現在まで)

前回(僕についての簡単な個人史その1(誕生から大学卒業まで))は大学卒業まで書いたので、その後について。

何かの言い訳として書いているつもりも無く、また言い訳のように見られないように気をつけているつもりなのだけれど、もし、そう読めたら無意識的に何かに対する言い訳をしようとしているのかもしれない。そのような自分の心理については極力客観的でありたいとは思う。

97年春に大学を卒業して最初に就いた仕事は将来の代理店独立を前提とした損害保険の新規開拓営業で、正社員ではなく請負社員という形態だった。一定の基礎知識を叩き込まれたあとは営業手法から何から何まで自身の裁量に任されており、3ヶ月毎に給与やインセンティブが見直され、場合によっては首が飛ぶもので、なんとか一年模索しながらできる限りのことはしてみたが、成果を挙げることが出来ず98年の春、会社都合により退職した。

98年当時は世間的には不況の只中でもあったし、大学を六年かけて卒業し、理由はどうあれ一年で仕事を辞めているので仕事はなかなか決まらなかった。結局雇用保険の受給期間が過ぎても仕事は決まらず、お金も尽きてとりあえずの生活費だけでもと思い、98年の12月から近くの書店兼レンタルビデオ屋でアルバイトとして働き出した。特に希望した訳ではないが、主にレンタルビデオコーナーに従事することが多かった。

インターネットを始めたのは失業中だった。最初の会社の同僚の一人がパソコン通信にはまっていて、それに影響されて97年の夏にWindowsマシンを購入。最初はいわゆるネットサーフィンをしたり、仕事用に情報収集をしたりだったが、徐々に個人のホームページなどを見るようになり、個人サイトの掲示板でのコミュニケーションを始め、すぐにホームページを作って日記などをアップ。はじめてのホームページ立ち上げは98年の5月ごろだった。もう10年以上経つ。

はじめて作ったホームページはteacupの掲示板と日記のシンプルなものだったが、徐々にはまり始めて、知り合った人とオフ会を定期的に主催したり、独自ドメインを取ったりして色々模索していくうちに、徐々にバイトでほぼ映画観放題だったこともあって映画サイト化していった。

映画は嫌いじゃないけどそれほど多数見たわけではなく、まぁ、人並みか、人より少し多いぐらいだっただろうが、レンタルショップで働き出してからは映画を異常に観るようになっていた。映画を何度も観るうちに、映画を観るだけじゃなく映画の周辺知識を調べ、ビデオだけじゃなく映画館の新作もやたら観て、その感想をサイト上に色々書いたりしていた。そうやって知識をつけていくうちに小さなレンタルショップだったのでビデオの仕入れや陳列、コーナー展開も任せてもらうようになり、まぁ、時給は安かったが(630円だったかな。)レンタルビデオ屋という仕事はとてもやりがいを感じていた。

しかし、レンタルビデオ屋というのは、徹底的に規模がものをいう業態で、お店が小さいというのは、よほど何かに特化しない限りお客さんは満足しにくい。単純に良い映画をもっと多くの人に知ってもらいたい、お客さんが見たいと思う映画は多く揃えてすぐ観れる状態にしたいという思いは、せいぜい超人気タイトルですら2〜3本しか入荷出来ない小さな店では空回りしはじめる。そこで、より大きなお店へ、より大きなお店へとバイト先を転々としていた。できれば正社員になりたかったが、それはなかなか難しかったので、アルバイトや契約社員として。

しかし、規模が大きくなるということは、組織としての分業体制が整い、個人の権限が小さくなるということで、良い映画を、面白い映画を伝えたいという個人的な思いはあっても、それを実現するのは会社であったりお店全体で行われるのであって僕の手によるものではなく、小さなお店には存在しないような多様な在庫が目の前にあるのに、それを自分の手で活用できないもどかしさみたいなものを抱いたまま、ある日燃え尽きてビデオ屋はやめた。映画も狂ったように観ることはなくなり、最近は年に数本程度しかみていない。

今振り返ると、WEB上に感想を書くという行為が映画を観ることや映画の情報を調べることなどに過剰に熱中させる要因になっていたと思う。ネットではダイレクトに人に伝えられるのに、日常の仕事では伝えられないもどかしさみたいなのが徐々に大きくなってプツンと映画を観なくなった。多分、映画を観るという行為そのものが自分の楽しみというよりは他者に対する自身について伝える手段として捉えていたのだと思う。映画を観ることが人に伝える手段で無くなったときに、また観ることを辞めたということだろうか。と思うがよくわからない。

最終的に三社のレンタルショップで働き、辞めたのは2003年の冬で、すでに31歳になっていた。とりあえず派遣社員で食いつなぎながら、しかし先は全く見えない状態で、当時はやり始めていたブログでちまちまと何かを書いたり、2chで暇をつぶすだけの毎日だった。

2004年2月に鮮烈にデビューしたブログサービスにJUGEMというサービスがある。当時かなりの話題で僕も開始当日に使ってみてすぐにメインで使うようになった。当時、福岡にあった有限会社paperboy&co.という会社が運営していて、ふと家入社長(当時)のブログを見ると社員を募集したいという趣旨のエントリーが上がってて、思わず「JUGEMユーザーです。面接してください」的なぶしつけなメールをした。何の仕事が出来るんだよって話なんだけど。

数日後に社長から返事があり、面接。当時はまだGMOとの資本提携前だったが発表直前という状態で、「実は本社を東京に移転するんだけど、東京勤務でも大丈夫?」と言われ、思わず二つ返事でOKした。今までのすべてをリセットする必要があるのだと感じていた。

2004年4月に入社し、4月末には上京。とりあえず福岡の家財道具何もかも処分して、当面の衣類と少量の本ぐらいを残しダンボール二箱だけにしてしまった。冬服すらも全部捨てていた。意味は無いが捨てられるものはすべて捨ててしまえと思っていた。

まず最初に就いたのはJUGEMのカスタマーサポートで単なるユーザーでしかなく技術的知識は皆無だったのでとにかく勉強した。おかげで色々技術的知識は人並みについた。JUGEMが正式版に移行する時のトラブルでは僕の名前で広報していたので、2chに山野スレが立ったりしたのはいい思い出(笑)になったけど、きつかった。

その後紆余曲折あって、前任者の退職にあわせて管理部門に異動。といっても当時の管理部門は僕合わせて三人で、しかも、一人は当時派遣社員、僕ともう一人も管理部門の仕事は未経験という状態でまぁ、管理体制などあって無いようなものだったのでとにかく、みんなで勉強しまくって調べまくって聞きまくって間違いまくって協力しまくってた覚えしかない。

ただ、事業が急成長中だったこともあり、上場を視野に入れた体制作りをする必要があって急速に管理部門を増強しつつ、組織の拡大にあわせた管理部門をみんなで協力して急ピッチで作っていこうとしていた。って、なんか仕事してたんだか勉強してたんだかわかんないぐらいの毎日であまり覚えてない。気がつくと、取締役総務人事部長という重任を与えていただいていて、その期待に応えなければならないという思いは強くあった。

レンタルビデオ屋のフリーターの兄ちゃんが、数年後に今をときめくベンチャー企業の取締役て、ねーよ、って感じは当然自分自身あって、その期待と役職に応えられるのか?というのは、ふと油断すると頭をもたげることはあったけど、「一期は夢よただ狂え」的にとにかくやるしかないなという思いが強かった。

が、ある時期以降、朝起きて会社に行こうとすると動悸が激しくなったり頭痛がひどくなったりということがおきるようになり、色々業務にも支障が出始め、ミスも頻繁になり、時に決定的なミスなどもあり、いわゆる適応障害というやつだったんですが、出来なかったことを病気のせいにするつもりは無い。ただ、その任にあるべきではないという判断から2007年7月に退任した。結果として、逃げた、という自責の念はたぶんもう消えない。その節は家入現COOや佐藤現社長はじめ本当に皆さんにはご迷惑をおかけしてすいませんでした。狂ったように散歩しはじめたのはこの頃だった。

なぜ、僕のような未経験の人間が一時的にではあれベンチャー企業の取締役まで任せていただくことができたのかというと、「身を差し入れる」ということだと思う。組織が急成長する過程でやらないといけないけれどやる人がいない作業をとにかくなんでもやった。こまけぇことはいいんだよ、って最近流行のAAがあるけれど、そういう人が必要な時期というのは企業拡大の過程で必ずあって、そこに上手くはまったというだけのことなんだろうと思う。決して能力があったとか何かが秀でていたとかそういうのでは全くなく、はまった、という、ただそれだけのことであり、そしてそういう巡り合せはそうそうあるもんじゃない、ということでもある。

ただ、会社というのは組織である以上、規模の拡大は分業体制の整備の過程でもあるので、なんでもする→専門性の中で極めるという未分化から分化していく過程で自身の立ち位置を築けるかどうかが決め手になっていくんじゃないかと思う。振り返ると、そこだなぁと。組織が組織として機能し始めたときにその中に居場所を見出せるのか?はベンチャーが成長していく過程で多くの人がぶつかる壁なんじゃないかと思うし、そこを上手くすり合わせてあげられるかが組織の成長の肝になるんだよな、と。そして、ペパボはそれが比較的上手く行った会社なんじゃないかと思う。

以前書いた記事(paperboy&co.がトリックスターであったころ)とあわせて、僕の立場を考えればペパボの頃のことについてはこれ以上は書くべきではないかなとも思うので今回が最後です。

退任してからは静養しつつこのブログを書いたりして、徐々に多くの人にこのブログも見てもらえるようになってきた。昨年から他のベンチャー企業の管理部門をやったり、人事コンサルタントに転職したりしたのち、またいろいろあって現在に至っているのだけれど、このブログの存在感は僕にとって、とても大きなものになってきている。自身を取り巻く様々な事象を知りたいと言う欲求と、自身を内省した思考の過程をブログを書くことで辿り、知ったこと、考えたことをアウトプットしている。

最近は社会保険労務士の学校に通ったりしているのだけれど、もちろん将来に向かって知識を身につけたいという思いがまずあるのだけれど、過去に向かって、あのとき任された、全うできなかった役割に追いつきたいと言う思いもまたどこかにある。ただ、たぶん追いつけないだろうという確信を持っていて、それはあのときのように何かに「身を差し入れる」ことはもう決して出来ないだろうということだ。たとえ、どれほど知識を得て、さまざまな経験をし、そして専門性を身に着けようとも、たぶんあのときの僕には、その一点においてもう追いつけないだろう、と思う。が、過去と将来とに向かって学び続けなければならない情動が強くあり続けている。

そのような過去と未来との間で一歩引いて観察者的に振舞うだけの自分になっているなぁと強く感じていて、再びどこに(どこに、というのは物理的な場所ではなく)自分の所在を置くべきか、が目下の僕の課題。というところで、次のエントリーでこれからについてと、なぜこのように自分の過去をブログに書こうと思ったのかについて書く(まぁ、ひとつは昨日書いたとおりアクを昇華させるということなのだけれど→自分自身のアクを出し、昇華させる過程は思っていたよりも難しい。)、予定。

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僕についての簡単な個人史その1(誕生から大学卒業まで)

今までも断片的にこれまでの僕のエピソードは書いたりしてきたけれど、ちょっと僕の生まれてからこれまでの過程をまとめておきたいと思う。長くなるので、分割するのだけれど、実際多くの人に読まれることを想定した作りではなく、自分のまとめとしての意味合いの方が強い。というか、今まとめないと先に進めないという理由でのまとめかなと思うので、読みにくいのはすいません。

僕は昭和47年、東京で生まれた。父はフリーのドラマー、母も同じくフリーのピアニストでどちらも地元が九州ということもあり、また同じ音楽関係の仕事をしていることもあって恋愛結婚だったようだ。程なく僕が生まれるが、しかし、僕が生まれた頃には二人の関係は冷めていてすぐに別居に至ったらしい。親権は父が持ったが、ドラマーをしながら男手で育てられないと思ったか、2歳で僕は福岡の祖父母の元に預けられた。物心つくころには僕は既に祖父母と暮らしていて、父は盆と正月のほか、地方巡業のついでで年に数回福岡にくる程度だったと思う。

たまにやってきてやさしくしてくれるおじさんは「お父さん」なのだという話は聞かされていたし、まぁ好きだったのでそれなりに懐いていたが、年に数回やってくる時以外は存在自体忘れていたと思う。

小学生になると、毎年夏休みの一ヶ月余りは東京に一人旅するのが年中行事になった。まず夏休みの半分は「お父さんの家」へ行き、半分は「お母さんの家」へ行く。と言っても父も母も仕事が忙しいので東京に行っても一人でいるか、父の「友達の女性」や母の「友達の男性」と遊ぶことも多かったなと思う。どちらも仕事柄夜勤も多く、住み慣れないマンションやアパートに夜中一人で居ることもたまにあって、それは最初は流石に恐かったが何年か繰り返すうちに徐々に慣れていった。夜中に一人で居るときは、窓ガラスや鏡にうつる自分の姿をぼんやり眺めていると楽しいという発見をした。

この家族関係が一般的ではないことを知ったのは小学校の中学年ごろだったかなと思う。夏休みが終わり二学期に入って「夏休みの思い出」みたいな作文を発表する授業があったのだけど、僕は無邪気にこういう内容の作文を読んだ。

「○月×日から○月×日までは東京にあるお父さんの家に言ってお父さんとお父さんの彼女と映画に行ったり、どこどこに行ったりしました。そのあと○月×日からはお母さんの家に行って、お母さんやお母さんの友達とプールに行きました。そして・・・」

クラスがすごくざわついた。どうやらみんなは夏休みにお父さんの家とお母さんの家には行かないらしい。そういえばお誕生日会などでクラスメートの家に行くとお父さんやお母さんがいたな、と思った。

基本的に小学生のころは一人でいても特に不都合を感じず、空想の世界で遊ぶのが好きだった。このあたりから、中学生ぐらいにかけての心理状態のことは以前書いたとおり。(→子供の頃、狂った様に絵を描いていた。17歳で全く描けなくなった。

小学校高学年になっても東京の両親の家にそれぞれ行くのは年中行事だったが、ある年母は引っ越して母のほか多くの人たちと住むようになっていた。そして、赤ちゃんもいた。特に何か説明された覚えがなかったが、気にせず過ごし、その年に母の家から去るちょっと前にふと沸いた疑問をぶつけてみた。「あの赤ちゃんはだあれ?」「ああ、あなたの弟よ」なるほど。弟か。と思った。その年以降、母のところに行くたびに弟は大きくなり、さらに妹とその下の弟も出来ていた。

一方、父もまた年下の新しい彼女を見つけていて、東京の父の元を訪れたある日、映画を観にいこうと父に誘われ、ついていくと女性を紹介された。確かそのときはかの名作「ストリート・オブ・ファイヤー」とロバート・レッドフォードの傑作「ナチュラル」を見たんだったと思う。この二本は僕にとって映画の原体験に近い。あまり物事に心動かされる方ではなかったが、なぜだか無性に気持ちが高揚したのを覚えている。その後父とその女性は結婚し、僕には弟があらたに出来る。整理すると実母と義父の間に弟二人妹一人、実父と義母の間に弟一人という構成。

中学生になると、福岡の我が家はちょっとした事件に揺れていた。当時豊田商事事件というのが世間を騒がせていたが、うちもその被害にあっていたのだった。豊田商事系列の鹿島商事という会社の(そうそう、ここはうまく大手企業の名前をもじった社名をつけていた)営業マンに言葉巧みにだまされ、ゴルフ会員権などを買わされていたのだった。祖父母は現預金のほぼ全てを騙し取られており、結局家と土地を手放し近所のマンションに引っ越した。その年の一年を振り返る的特番で顔を伏せて祖母が"○万円取られたおばあちゃん"としてインタビューに答えていたのは我が家でちょっとした話題になっていた。

そして、引っ越す少し前、祖父は倒れ、入院しそのまま寝たきりになった。家土地を処分したお金は父が管理し、当時上り調子だったこともあって株式など投資で運用しようとしていたらしい。らしいというのは詳しいことはよく知らないからだ。86〜87年ごろ、仕送りも結構くれていたようだし、たまに福岡に帰ってきたときもおこづかいは多くくれたので、確かに父は羽振りがよかったと思う。

しかし、高校生の僕を抱えて70代後半の祖母は多少親戚の助けはあったもののほとんど一人で寝たきりの祖父を看病していた。その疲れもあって祖母も少し体調を崩し気味になっていたが、祖母はそんなそぶりはほとんど見せず、そもそも僕が鈍感なこともあって、大変だということはあまり気付かなかった。

高校三年生になってすぐ、祖父は他界した。1900年に生まれ、1990年に死んだ。16歳でタバコ屋の丁稚奉公から初めて当時珍しかった洋菓子職人になり、福岡でも有名だったらしいが、僕が物心つくころにはすでに引退していた。父は祖父が作った大きなエッフェル塔を模したケーキの写真をしきりに見せてきていたのを覚えている。祖父は何も言わなかったが、父にとっては誇りだったのだろうと思う。父が喪主となり、葬儀はつつがなく終了した。

高校生のころはもう東京へはあまり行かず、もっぱら福岡で過ごすのが常だったが、大学受験に際しては僕には東京の大学を受験してほしいと父が言ってきた。祖母とも東京に呼びたいのだと。そこで、僕は受験は福岡の複数の大学と東京の大学を受験するのだが、受験のため父の元を訪れたとき、ちょっとした、しかし決定的な事件がおきてしまう。

その日は父は出張のため不在で、義母と3歳ぐらいの義弟の三人。翌日に受験を控え、ゆっくりしていた。原因はまったく覚えていないのだが、義弟が何かのきっかけで癇癪を起こし、僕に泣きながら物を投げつけてきた。その後、これも経緯がよくわからないのだが義母と口論になり、それが落ち着いたあと、義弟が寝たのを見計らってから少し義母と僕でゆっくり話をすることになった。

義母「あなたが小学生で、彼の後ろについてきて最初に出会ったときから、合わないなと思ったの。どんな時でも、子供とは思えないぐらい何かを見抜いたような目線と態度でいるのを見るとダメなのよ」

僕「ああ、たぶん僕もそうで、あなたとは合わないだろうなと思っていた。東京で一緒に暮らすのはたぶん無理だろうし、もう東京にはこないようにしようと思う」

父に連絡し、「受験は取りやめて福岡に戻る、僕が東京で暮らすことはないだろう」と伝えた。電話口で父は戸惑っていたが了承してくれた。その後義母とは思い出話を少しして翌朝、福岡に戻った。これ以降義母とは会っていない。

地元の私立大学に入学した僕は、テニスサークルに所属したりして楽しく毎日を送っていたが、祖母は入退院を繰り返すようになり、日々あわただしくなりかけていた。そして大学一年生の終わりごろ、祖母が決定的に体調を崩し入院、寝たきりとなり、また金銭的にも我が家は貧窮しはじめる。父はほぼ全財産を土地や株式の投資につぎ込んでいたが、バブルが崩壊するとともに、どうやら高値で掴んで一気に価値が目減りして紙くず同然となってしまっていたらしい。さらに追い討ちをかけたのは父の失業で、音楽業界は当時急激な世代交代が進んでいたらしく、スタジオミュージシャンやさまざまな歌手のバックバンドを勤めるだけのドラマーは淘汰されていっていたようだった。父はかなりの借金を抱えてしまったらしい。

まったく根拠無い、僕の主観でしかないのだが、どうしても当時、小室哲哉という人を好きになれなかった。小室に代表される新しい音楽のムーブメントが父の仕事を奪ったのではないか?という疑念が拭い去れなかったからだ。だから、最近の彼の凋落は、見ていて本当になんとも言えない思いに駆られた。ざまぁみろとかではなく、掻き毟られるというか、つらいというか、もやもやとしたなんともいえない思い。なんだろ、むごいとでもいうか・・・なんでだよ、とおもう。

そのようなこともあって、祖母が入院し、退院のめどもつかないことから、まず、僕は引っ越した。四畳半。シャワートイレ共同。家賃1万8000円(当時)。また、父と話して、最低限大学は卒業したいと伝えた。当時所属していたサークルが居心地良かったのもあって、大学には残っておきたいと思ったからだ。学費を稼ぎつつサークル活動をしつつ祖母の元に通う日々だった。大学は卒業するまで六年かかった。

そのころ、父はどんどん追い詰められていたらしい。しきりに金の無心や借金の保証人になってほしいと電話がかかってくるようになり、その都度断ることの繰り返しになっていた。ある日、父から電話で「学校から学費を支払うように連絡があって、俺の方から振り込んでおくから、学費のお金を振り込んでくれないか?」と連絡があった。何故だろう。そのとき何故か言われるままに父に送金したんだ。信じたかったのかもしれない。数日後、大学から学費が振り込まれていないとの連絡。父に連絡すると「使ってしまったんだ。借金を返さないといけなくて・・・」そうか。と思った。これはもうダメかなと思ったが、普段、色々相談に乗ってくれている学生課の方が個人的にお金を用立ててくれた。なんとか助けられた。父からは数年後、全額返してもらったが、取り返しのつかない亀裂は出来てしまっていたと思う。

大学三年生のころ祖母は亡くなった。父に電話したが、父は絞るような声で「行けないんだ・・・」と伝えてきた。「何故?」「すまない」「おばあちゃんが亡くなったんだよ?」「行けないんだ・・・すまない」

親戚が数人参列しただけの、僕と祖母の二人きりの葬儀はつつがなく終了した。祖母は、先を行く人だった。戦前、当時福岡に進出した大手保険会社初の女性社員としてキャリアを積み、弟、妹の学費を払いながら祖父と恋愛結婚をし頑固な洋菓子職人の祖父を支えた。オカルトかもしれないが、祖母には今でも支えられているとおもうときがあり、そういう特別な存在感は僕の中にある。

その後、父とは一度だけ会った。就職が決まった数週間前だったと思う。特に何を話すでもなく、喫茶店で時間を過ごし、別れた。もう15年近く前だ。その後、父とは会っていないし、正直なところもう、父のことは顔すら忘れてしまった。母とは大学四年生のころに会った。二人とも健在なら64歳になっているだろう。実は生きているのかどうかもわからない。親不孝、と人は言うかもしれない。時が解決してくれるとは思うのだが、そろそろ会わなければならないのかもしれないとも思う。まぁ、連絡先すらわからないのだけど。

そんなこんなで、僕は大学をなんとかかんとか卒業し、まずは損害保険会社に就職することになるが、社会人としての僕はそのままインターネットと出会いのめりこんで行く過程とも重なるので、記事をあらためて書こうと思う。

なんだろう。生まれてから大学を卒業するまでのこの期間というのは、振り返ってみると家族の喪失の過程であり、コミュニティの喪失ともつながるし、また、どのような環境にあっても感じてしまう所在無さのルーツ的な何かがあるようにも思う。独りであることも多かったが、多くの人の中に埋没してしまってもいて、それはそれで独りでいるときも、人の間で埋没しているときも楽しかった。ごくまれに、人に自身のこういう話をすると、大変だったねと言われるのだが、実のところ大変だと思ったことはほとんどない。そのようなものだろう、と受け入れていた。

ちょうど、大学生のころにこの本を読んだ。何度も何度も何度も読んだ。たぶん、色々なことをシーシュポスに重ね合わせたような気がする。

シーシュポスの神話 (新潮文庫)
カミュ 新潮社 売り上げランキング: 7345
(P173)
影を生まぬ太陽はないし、夜を知らねばならぬ。不条理な人間は「よろしい」と言う、かれの努力はもはや終わることがないであろう。ひとにはそれぞれの運命があるとしても、人間を超えた宿命などありはしない、すくなくとも、そういう宿命はたったひとつしかないし、しかもその宿命とは、人間はかならず死ぬという不可避なもの、しかも軽蔑すべきものだと、不条理な人間は判断している。それ以外については、不条理な人間は、自分こそが自分の日々を支配するものだと知っている。人間が自分の生へと振り向くこの微妙な瞬間に、シーシュポスは、自分の岩のほうへと戻りながら、あの相互につながりのない一連の行動が、かれ自身の運命となるのを、かれによって創りだされ、かれの記憶のまなざしのもとにひとつに結びつき、やがてはかれの死によって封印されるであろう運命と変わるのを凝視しているのだ。こうして、人間のものはすべて、ひたすら人間を起源とすると確信し、盲目でありながら見ることを欲し、しかもこの夜には終りがないことを知っている男、かれはつねに歩みつづける。岩はまたもころがっていく。

「岩はまたもころがっていく」その岩を追いながら「すべてよし」とおもう。

次回、就職してから現在まで、と現在〜これからについて書きます。

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「社」という語の由来から垣間見る日本人のコミュニティ信仰

古代日本のこころとかたち (角川叢書)
古代日本のこころとかたち (角川叢書)
上田 正昭

古代日本のこころとかたち (角川叢書)」(P225)
そもそも「社」という漢字はもともと耕作神や土地神を意味したが、やがてそれを祭祀する建物を指すようになり、そこが人々の団結のきずなを固める場ともなったので、人間の組織や集団にも、「社」の字が用いられるようになる。

社(ヤシロ)は古くからモリと呼ばれていた。

古代日本のこころとかたち (角川叢書)」(P222)
古代やまと言葉の「モリ」は、朝鮮語の"mori(山)"と同源とみなされているが、古文献にみえる「モリ(母理・文理・茂理)」の本来は自然の樹林を意味し、なんらかの人工が加わった樹林は「ハヤシ(拝志・拝師)」とよんだ。自然林は山にあって「モリ」をなし、里や山麓などには「生やし」た樹林が形づくられる。

ヤシロは屋代という字があてられるが、これはマツリの建物のある場所というのが原義で、その「ヤシロ」には「樹林」があった。このあたりの言葉は一体と言っていいのかもしれない。

つまり、社(モリ)は鎮守の森であり、鎮守の森は「カミとヒトとがまつりを媒介として集いあう寄合の場」であるといえる。

古代日本のこころとかたち (角川叢書)」(P225)
「社」は土地の神、そして土地の神々を中心とするコミュニティーを意味したが故に、「社会」「結社」「会社」などの熟語もまた誕生した。「叢」は草木のむれだが、「社叢」は土地の神のモリであり聖なるコミュニティーのモリでもあった。

「社会」「会社」などはそれぞれsocietyやcompanyが輸入されたときに翻訳用に作られた造語だがおそらくは社という語が持つコミュニティの意味をあてたものなのだろう。

鎮守の森信仰は山岳信仰から生まれている訳なのだけど、「照葉樹林文化とは何か―東アジアの森が生み出した文明」(→「「照葉樹林文化とは何か―東アジアの森が生み出した文明」佐々木 高明 著」)によると照葉樹林文化と目される中国南部、東南アジア、西日本にかけての一帯に共通する信仰が山岳信仰なのだそうだ。もちろん原ユダヤ教もシナイ山を中心とする山岳信仰なので照葉樹林一帯に限られる訳ではないが、照葉樹林という鬱蒼と繁り、かつ涵養機能に富んだ植生が信仰に影響は与えている可能性は多いにある。

照葉樹林文化とは何か―東アジアの森が生み出した文明 (中公新書)
照葉樹林文化とは何か―東アジアの森が生み出した文明 (中公新書)
佐々木 高明

で、西日本一帯と書いたように最初から日本全体としてそうだったわけではないだろう。山岳信仰から森・樹林への信仰へ、そしてその信仰を背景としたコミュニティに価値を置く思考がこれまでの歴史の中で(特に江戸期の農村かな)に醸成され、明治維新・第二次大戦後のここ100年に均一社会であろうとする方向へと突き進んできたことで日本中に広く浸透してきた。

「社」という語だから、という訳ではなく、「コミュニティやコミュニケーションの場が信仰の対象」という文化を持っていた背景があっての日本の「社」会性というところを考えていくと、なぜこれほど現代の日本人が組織や集団に身を預け、埋没し、依存し、熱中するのかの一端が垣間見えないかな?と思ったりしています。

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『ねぇねぇ、グインサーガって知っとう?』

『ねぇねぇ、グインサーガって知っとう?』
中学入学してから仲良くなった友人の家で遊んでいるとき、彼はそう聞いてきた。
『さぁー?聞いたこと無いねー』
『これ、面白いけん読んでみてん。一巻は初版と再版で内容違うっちゃんね。おれ、両方持っとーと。へへ。ほら初版の方を貸しちゃーけん』

オタにありがちのその一方的で強引な情熱に押し切られるかたちでなんとなく「豹頭の仮面」を読んだ。謎めいてパワフルで、しかも張り巡らされた伏線、緻密なプロット、壮大なスケール、何より、上質の物語だけが持つ問答無用の躍動感に打たれ、その世界にすぐに夢中になった。たしか中学一年生(もしかしたら二年生かもしれない)の頃なのでもう25年も前になる。

以前も書いた(→「子供の頃、狂った様に絵を描いていた。17歳で全く描けなくなった。」)が、僕は子供の頃から一人空想の世界で遊ぶのが好きで、物語の世界にもすぐ埋没する方なので、グインサーガにはまってからは新刊が出るごとにルードの森をさ迷い、ノスフェラトゥの砂漠を旅し、モンゴール軍の壊滅を目の当たりにし、謀略と駆け引きの渦に巻き込まれながら血沸き肉踊る妄想生活を送っていた。この体験はなかなか得がたい経験だった。

ファンタジーにリアルな人間同士の駆け引きや組織、国家の興亡を丁寧に描いたというのは他にあったのかもしれないが、僕にとっては画期的で、かなり現実離れして逃避性向の強かった僕が空想のセカイで遊びながら、しかし現実と繋がり続け、あるいは現実の方を直視出来るようになっていったというのはこの作品の影響が確かに大きいと思う。

中学生から高校生にかけてはTRPGにはまっていたのだけれど、TRPGもファンタジーの世界観でリアルに行動することを求めるゲームだが、同様にファンタジーであることとリアルであることとを繋いでくれたのはおそらくグインサーガシリーズという作品のおかげだろうと感謝している。

徐々に成長する過程で、ファンタジーの中のリアルで遊ぶのではなく、リアルの中にファンタジーを見出せるようになりつつあった。アムネリスがイシュトバーンとともにトーラス入城を果たしてモンゴールの再興を宣言し、ナリスとリンダの婚礼が厳かに執り行われ、そしてシルヴィア皇女奪還のためにグインが再び旅に出ようとするころ、僕は大学生になっていた。目の前のリアルに埋没していた。中原の世界に僕の居場所はなくなっていた。

グインサーガを読まなくなってから20年近い年月が経つ。福岡から上京してきて東京に住み、来月には37歳になる。

なんとなく書店に立ち寄りグインサーガの新刊が出ているを見かけると手に取ることはないがちょっとだけ嬉しくなる。僕のセカイが続いているように、グインサーガの世界も続いているんだなぁという気持ちが、そのちょっとだけの喜びに繋がっていたんだなと思う。

グインサーガは終わらないだろうと根拠の無い確信をもっていた。グインサーガは多くの人たちの人生の中で出会うべき時に出会い、少しだけ交差して離れていく「終わらない世界」(Never Ending Story)になっているように感じていたし、栗本先生にとってもらう不ワークとおっしゃっていたようだが、終わらないまま終わることをどこかで悟っておられたのではないかとも思う。

たぶん、もう僕は読み返すことはないだろう。出会うべき時に出会い、別れることができたから。出会うべき時に出会うことができた物語にはセカイを変える力がある。そんな物語が持つ力と、生きるための物語の重要性を僕は今でも熱烈に信じている。

栗本薫先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。ありがとうございました。

作家、栗本薫さんが死去(1/2ページ) - MSN産経ニュース

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栗本 薫

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非モテ、非コミュは非人に代わる新しい差別の萌芽か?

小松原織香「承認欲求の牢獄から抜け出すために」

インターネット上で、自らを「非モテ」と称する男性の存在を初めて知ったとき、驚いた。彼らは「女はイケ面とばかり付き合う。だから、不細工なオレはモテない」と言う。それは、私が長く抱えてきた「女の恨み辛み」にそっくりだったのである。私は、「男はカワイイ女の子と付き合う。だから、不細工な私はモテない」と、自分の境遇を憐れんできた。自分が女性であることによって、抑圧されていると感じても、フェミニストは名乗れなかった。なぜなら「ブスのヒステリー」という典型的揶揄を、心底恐れていたからだ。そのように、私が女の痛みとして抱えてきた美醜問題が、男の口から、しかも女を批判する形で出てきたことは、私にとって青天の霹靂であった。

 かつて、ミスコン批判が、フェミニズムの大きな運動であったことがある。フェミニストは、「女性は美しくあるべき」という言説が女性を抑圧していると主張した。それから20年後。美醜による女性の選別や価値判断はなくなっていない。しかし、皮肉にも、男性も女性並みに不幸になることで、労働における「平等化」が起きつつある。かつての女性のように、男性も派遣社員や契約社員として、社会保障のない不定期就労につくようになった。日本的雇用慣例が崩壊し、若ければ就労先はあるが、年をとれば仕事がなくなる。これらの状況は、女性労働者が20年前からずっと声を上げてきた問題である。女性の問題として矮小化されてきた雇用の不安定性は、男性にその影響が及んでやっと社会の問題として論じられるようになったのだ(註1)。

 その結果、社会的に承認されなくなった男性は、女性と同じようなことを言うようになった。「非モテであるオレは落伍者だ」と。女性が持つ「結婚しないと幸せになれない」という強迫観念の裏返しである。一方、私自身は、10代の頃から「男と対等に認められるためには、男の1.5倍の成果を出さねばならない」という強迫観念を持ってきた。同じ成果ならば、男が優遇され、私は負けてしまう。男以上に頑張って男と同じになるのか、女としての幸せ(=結婚)を求めるのか、という選択が、いつも目の前にちらついていた。二種類の強迫観念は、「できる女」になるか「カワイイ女」になるかの選択を私に迫ってくる。私は前者を選んだつもりで、「できる女」になりきれなかった。そのとき、私は男を憎み、自分が女であることを恨んだ。

この「女の痛みとして抱えてきた美醜問題が、男の口から、しかも女を批判する形で出てきた」というのは非モテだけではなく、現代のジェンダーやコミュニケーションについて考える場合にとても重要で、感覚として時代をよく捉えていると思います。

「モテたい理由」ってすっかり忘れ去られた本だけど、赤坂真理も直観の人で、その鋭い直観故に同じように男性に対して女性性が求められる社会になっていることを的確に捉えていた。

モテとは、関係性(特に異性との)において優位に立つことであると定義した上でこう書いていた。

(P53)
社会が大きな市場を失ったとき、小さなものを束ねるという発想の転換が訪れた。そのとき、女性とその願望であるモテが、一気に可視化されたように思う。

(中略)

女性には、人生の大変化である結婚がある。それを中核に据えれば、そこへ勝ち抜くことへと導く商売ができ、結婚式の商売ができ、女が結婚してからは、女同士の小競り合いの世界で微々たる差異への大いなる欲望を刺激すれば商売ができる。
そのうえモテは、関係性で優位に立つノウハウであるから、前述のようにビジネスとも本質的に親和性があった。

そして男の社会にもあふれて男を圧迫した。ビジネス本を開くと、印象とコミュニケーションと関係調整能力が何にも増して大事なのである。それは、たしかに大事な能力ではあろうが、優先順位の第一位にされることではないと思う。あくまで、伝えたいことや調整すべき状況があっての能力なはずだ。いわば、二義的な能力が、今の社会で至上とみなされはじめているのだ。そして労働のあまりに多くの部分が「感情労働」となっている。
モテたい理由 (講談社現代新書)
モテたい理由 (講談社現代新書)
赤坂 真理

旧来の男性性、女性性なるものがどのようなものかはいまいち形として捉えられていないのだけれど、現代においては多くの女性は「キレイでモテて(=関係調整能力が高い)、かつ仕事もできる」、男性に対しては「仕事ができて、お金を稼げて、かつ関係調整能力が高い(=イケメンでモテる)」というのが、ことに先鋭的に理想像とされるようになってきたんじゃないかということですね。

社会的圧力の男女平等化が非モテ、非コミュを生み出す要因となっているんじゃないかと思う。男性に対しては旧来の男性性にプラスして女性性が、女性に対しては旧来の女性性にプラスして男性性が求められるようになってきて、それはステロタイプなものがそのまま融合したキマイラ的な要求になっているんじゃないだろうか。古い「男らしさ」と「女らしさ」の不幸な結婚。ってちょっと抽象的な言い回しだけど。

集団において他者に求める能力が高まってきているがゆえに脱落者(非モテ、非コミュ、オタ、毒女など様々なネットスラングがあるけど)を多く生んでいるという構造があるんじゃないかと思う。空気を読むことの高度化というか。多分、さらに社会的な圧力は高まり続け、次々と脱落者を生み、心理的な格差を生み出し続けながら、ギリギリのあたりで性別を問わずフラットに求められる「落としどころ」的な何かが生まれるか、あるいは新しい断絶が新しい差別として生まれるかという転換期のような気がしている。

非モテ、非コミュや婚活、毒女と言った用語はメディアやネットだけの現象と甘く見ていると案外、日本社会への楔として数百年のスパンで突き刺さってくるものになるのではないかという恐れを漠然と抱いている。

差別の誕生が、鎌倉時代末期の異形の者達である非人への賎視であり、そこから近代まで残り続けてきたように、現代のメリトクラシー(能力主義)社会における非モテ、非コミュというコミュニケーション能力に対する過剰な要求の高まりと、脱落者たちの創出が、実はこの社会における長期にわたる新たな差別の萌芽なのではないか、という恐れを抱いたことはありませんか?

先鋭化の果てにフラットに均されて行くのか、あるいはこの社会が個人主義と能力主義とがセットであり続けるのがいつまで続くのかわからないが、これからも「能力」が社会における主要な基準としてあり続けるのであれば、非モテ、非コミュという小さなスラングでくくられる集団の可視化が、関係性重視の社会における要求水準に達しない人たちに対する長く続く差別の誕生となるのか、そういうターニングポイントに差し掛かりつつあるような危惧を抱いています。笑えないなーと。

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なぜ人は「呪い」とその「効果」の間に因果関係があると考えるのか?

僕は釘に打たれて死ねるのか - ミームの死骸を待ちながら

呪い、というものは存在するのだろうか。

存在するのだろうか、という問題提起自体かなり曖昧だな。「呪い」とその「効果」の間に因果関係はあるのか、と言い換えた方が良い。

そして因果関係を説明するために現在最も有効である考え方が科学であり、ニュートンのように新しい体系を開発することが出来ない僕は、「現在の科学体系の枠内で尤もな理由付けをすることは可能か」という視点で考えてみる。

まぁ、的確な突っ込みはid:Thscさんが「こんばんは、神です - Thsc」でしておられるので僕はネタっぽく書いてみると、問いを立てるのに、もう一歩メタに引いてみるといいかもしれないなーと思いました。

つまり、

なぜ人は「呪い」とその「効果」の間に因果関係があると考えてしまうのか?

とかね。

1)脳の仮説立証性
脳は「信じるものを見る」傾向がある。

ヒトはなぜ、夢を見るのか (文春新書)
ヒトはなぜ、夢を見るのか (文春新書)
北浜 邦夫
ヒトはなぜ、夢を見るのか (文春新書)」(P99-101)
たとえば、若い修行僧が山奥で瞑想するとしよう。彼は、「虚妄とは何か」を考えるよう禅師に言われ、山奥で瞑想している。昨日から眠らずに一心不乱に考えてみた。「お経には、眼も耳も鼻も舌も身も意もなく、色も声も香も味も触も法もないし、眼界も意識界もない、と書いてあったが、虚妄と関係があるのだろうか?」

公案に懸命に集中していると、ガサゴソと音が聞こえるので集中できず、そちらに注意がそれてしまった。修行僧は、この「ガサゴソ」で、まず「!」という反応をして、「?」となり、それから言葉で「何だろう」と考えた。

(中略)

修行僧は、見たものをおそらくキツネだろうと思い、昔見たキツネの記憶と比較し、次にもう一回確かめて「キツネだ」と分かる。学習した経験と生得的な情動体験を基礎にして新しい刺激を自分の都合のよい方向に解釈していくのである。これを「脳の仮説立証性」という。もし見たこともないものであったら、しばし首をひねり、何も該当するものがなければ「分からぬ」あるいは「物の怪」と判断するのである。

外部の情報に対して常に自信の学習経験と情動を元に仮説を立て、それを立証しようとしてしまう。例えば夢を見ている状態というのは、身体は眠っているが脳は覚醒している状態、つまり外部からの刺激や情報は無いが盛んに脳内の記憶と情動体験を刺激として仮説を立て、立証している状態と言える。少ない情報にも関わらず与えられた情報で夢という因果関係のあるストーリーを組み立てているわけですね。

2)シンクロニシティあるいはコンステレーション

ユング心理学入門
ユング心理学入門
河合 隼雄
ユング心理学入門」(P241-242)
このような、「意味のある偶然の一致」(meaningful coincidence)を、ユングは重要視して、これを因果律によらぬ一種の規律と考え、非因果的な原則として、同時性(synchronicity)の原理なるものを考えた。つまり、自然現象には因果律によって把握できるものと、因果律によっては解明できないが、意味のある現象が同時に生じるような場合とがあり、後者を把握するものとして、同時性ということを考えたのである。

(中略)

しかし、このような同時性の現象を因果律によって説明しようとすると、それはただちに偽科学(魔術)に陥る。

(中略)

同時性の原理に従って事象をみるときは、何が何の原因であるか、という点にではなく、何と何が共に起こり、それはどのような意味によって結合しているかという点が重視されてくる。

もう少し補足すると、同時性的な事象に対して自身が/人がどのような意味を見出しているか?という至極主観的な問題が要点なのだと思う。例えば、一時話題になったスティーブ・ジョブズの点を繋ぐ、という話は同時性(シンクロニシティ)を上手く表現している。

コンステレーション(布置)というのも同様で、周囲で自身の環境を変える様々な出来事が発生してすっかり配置が変わってしまったという体験をする訳だが、これも客観的ではなく主観的な事象。

シンクロニシティは客観的に観察されるものではなく、主観的に、事象同士にどのような意味を見出すか?という問題になるので、その意味を見出す心の動きというメタの方に注目することで、主観を客観という科学にまで引いていくことが出来る。

3)呪いと言霊信仰
呪い - Wikipedia
呪い(のろい)とは、人あるいは霊が、物理的手段によらず精神的・霊的な手段で、他の人、社会や世界全般に対して、悪意をもって災厄・不幸をもたらす行為をいう。「呪う」という言葉は「祝詞(のりと)」と語源的には同じで、「宣(の)る」に反復・継続の助動詞「ふ」が接続したものであり、古代の言霊信仰に由来するものと思われる。

日本では既に死んだ人・動物や神霊がなす呪いを特に「祟り」と呼び分けることが多い。呪術(まじない)とも関係が深いが、呪術という言葉は意図および結果の善悪にかかわらず用いられるのに対し、呪いという言葉はもっぱら悪い意味で用いられる。
呪術的思考 - Wikipedia
呪術的思考(じゅじゅつてきしこう)とは呪術が効く、という前提で物事を考える思考のことである。また、何かしら問題・課題がある時に、自己の健全・合理的な努力を欠いたまま、呪術に類似した行動のみによって解決してしまおうという思考も指す。

例えば、昔の人が、心理的な現象ではなく物理的な現象である天災の原因を神の怒りや誰かの怨念にあると考え、それに対して呪術で対処しようと考えたり呪術を実行した場合、それは呪術的な思考と呼べる。
言霊 - Wikipedia
言霊(ことだま)とは、一般的には日本において言葉に宿ると信じられた霊的な力のこと。言魂とも書く。清音の言霊(ことたま)は、森羅万象がそれによって成り立っているとされる五十音のコトタマの法則のこと。その法則についての学問を言霊学という。

(中略)

声に出した言葉が現実の事象に対して何らかの影響を与えると信じられ、良い言葉を発すると良い事が起こり、不吉な言葉を発すると凶事が起こるとされた。そのため、祝詞を奏上する時には絶対に誤読がないように注意された。今日にも残る結婚式などでの忌み言葉も言霊の思想に基づくものである。

呪術的なアレコレは世界中にあるけれど、西洋のそれと日本の「呪い」とは本質的に違うことに注目してみると面白いと思う。英語の構造と日本語の構造との違いとも大きな繋がりがあるんじゃない?で、「呪い」という信仰と日本文化とが言語を通じて同根である可能性なんかもね。関係性を重視し、そこにアイデンティティを見出す文化であるからこそ、「呪い」が有効なのではないかという「仮説」ね。

ということで、1)〜3)あたりをネタにいわゆる心の現象学的アプローチで「なぜ人は「呪い」とその「効果」の間に因果関係があると考えてしまうのか?」を考えてみると面白いかもです。

4)両面宿儺(リョウメンスクナ)
これはおまけ。

両面宿儺 - Wikipedia
その身体にはローマ神話のヤヌスのように頭の前後に顔が二つ付いており、おまけに腕が前後一対の四本、足も前後一対の四本あったとされる。背丈は1丈・18丈等様様(どちらにしても当時の日本人の平均身長より遥かに大きい)。手には弓矢、剣を持っている。動きは俊敏で怪力。

(中略)

* 一説では両面宿儺は双生児や兄弟の象徴であり、古代史での双生児、大碓命小碓命(つまり日本尊命とその兄)のことという。また、別の説では仲哀天皇皇子の)麛坂皇子忍熊王兄弟という。どちらも美濃国飛騨国に関係が深い。

* 竹内文書では飛騨国は“日玉国”“日霊国”で記され、飛騨が高天原であり、位山がピラミッドと考えている。両面宿儺は飛騨を拠点とした大和朝廷に匹敵する国があったと考えられている。

2008年の11月にブクマしてたんだけど、何でだったか全く記憶が無いので呪いかもしれない(笑)のはさておき、まぁ、普通に理解すると両面宿儺は飛騨の豪族で朝廷にまつろわなかったため、討伐され妖怪扱いされたものだろう。ただ、日本書紀でも描写は少ない。

で、注目しておきたいのは「竹内文書」ね。奇書「竹内文書」の発見を皮切りに日本中にピラミッドを見つけ、青森ではキリストの墓まで発見してしまった明治期を代表するトンデモおっさん竹内巨麿のヨタ話の一つ、飛騨は世界政府の中心だった!ジャジャーーン説が戦後、両面宿儺伝説とオカルトを結び付けてしまった。

そのファンタジー色全開の容貌もあって色々オカルトファンの学者さんたちで妄想炸裂したっぽい。
両面宿儺伝説をめぐる奇想
さて、飛騨における古代史異説となれば、避けて通れない問題にいわゆる「古史古伝」の一つ『竹内文献』のことがある。『竹内文献』そのものは昭和初期に成立した偽史だが、その中では飛騨のことが「日球国」「日玉国」などと表記され、太古の日本のみならず世界の中心たる大宮が置かれた、と記されている。そのため、昭和初期から『竹内文献』を奉じて飛騨高天原説を説く論者は跡を絶たない。
 また、『竹内文献』にはピラミッド日本起源説が示唆されていたため、位山こそエジプトのものよりも古いピラミッドだ、などと主張する者も現れた(注8)。
 そして、一九八四年、『サンデー毎日』が行った「日本にピラミッドがあった!?」キャンペーンにより、位山ピラミッド説は大きく宣伝された。こうなると、『竹内文献』を両面宿禰と結びつけた説が出るのも必然だ。

ということで、オカルトの文脈でリョウメンスクナという名前を見かけたら、あー、竹内のおっさんのヨタ話の続きかーと思ってビールでも飲みながら軽く読んでおく方がいいんじゃないかなー。

あとコトリバコは良くわかんないんだけど、明治大正期あたりまでは少なくとも子供の間引きは当然のことだと考えている地域が多かったし、お墓に入れられるということも無かったらしいので、子供の死体をケガレだと考え(ているから祟る、呪具として扱える)、かつ箱に詰める発想はかなり新しいんじゃないかと思ったりしますよ。

ま、そんなこんなで変なエントリーおわり。

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裁量労働制度は何故長時間労働の温床になり形骸化するのか問題

裁量労働制ってあるじゃないですか。実情としては残業代不払い、長時間労働のエクスキューズとして使われているような制度で、近年も裁量労働制度を発展させたホワイトカラーエグゼンプション導入の是非を巡って激しい議論になっていたアレです。

以下、菅野先生の「労働法第八版」より。

労働法 第八版 (法律学講座双書)
労働法 第八版 (法律学講座双書)

本来、裁量労働の制度趣旨としては、

所定の業務について労使協定でみなし労働時間数を定めた場合、当該業務を遂行する労働者については、実際の労働時間数に関係なく協定で定める時間労働したものと「みなす」制度だが、法定労働時間をこえる場合、三六協定の締結・届出、割増賃金の支給が必要。

このみなし制が妥当であるとされるには

・当該業務が高度に専門的ないし企画的なものであって労働時間を拘束することが労働者の能力発揮の妨げとなる
・当該業務遂行については高度の自律性が保障されること
・割増賃金不払いを補って余りある経済的待遇を与えられること
・年次休暇がほぼ完全に消化されること

などが必要となる。

労働法 第八版 (法律学講座双書)」(P296-297)

とりわけ、裁量労働制は、創造的労働のための裁量性を本質とするものであり、対象労働者がどこで、何時間、どのように業務を遂行するかの自由(自律性)を有しなければならない。平易にいえば、裁量労働制は、当該労働者が個席にいなくても上司は文句をいえない(ミーティングへの出席等も労働者が主体的に行う)、という制度である。

このように、法趣旨としては会社と対象労働者との関係は請負や業務委託的な働き方に限りなく近いものを想定している。

それゆえに、専門型裁量労働であれば過半数労働組合または過半数代表者の同意と労使協定の所轄労働基準監督所長への届出、企画型裁量労働制であれば、まず労使半数ずつからなる「労使委員会」を組織しその対象業務、みなし労働時間数、健康保持措置、苦情処理手続き等を5分の4以上の賛成で決議の上、対象労働者本人の同意を得て所轄労働基準監督所長へ届出を行う、など手続きが厳格化されている。

以下のグラフは「厚生労働省:平成20年就労条件総合調査結果の概況」よりみなし労働時間制の有無、種類別採用企業数割合データを元にグラフ化したもの。

みなし労働時間制度採用企業割合

これは規模別に「事業場外労働のみなし労働時間制」「専門業務型裁量労働制」「企画業務型裁量労働制」の導入企業の割合。従業員規模が多くなればなるほどなんらかのみなし労働時間制度を導入する企業は増えている。

次は産業別で、情報通信業のうち30%以上、金融・保険業のうち15.7%、続いて卸売・小売、製造業と続く。

みなし労働時間制度業種別採用企業割合

上記のような手続きの複雑さから、裁量労働を導入している企業は少ない・・・ということに統計上はなっているが、もちろん、届出していないけど裁量労働と名乗っているような、なんちゃって裁量労働は問題外として、企業側が裁量労働導入を見送っている理由としてよく聞くのは
・管理しなくなったら仕事をしなくなる
・現状では社員は未成熟で、もし導入してもそれぞれ自身で管理出来ずグダグダになるので、もっと育ってから
・成果だけでなく勤務態度なども重要なので上司の目が行き届く状態にしておきたい
というあたり。

また、裁量労働を導入していても、法趣旨のようなまかせっきりの状況ってそれほど多くなくて、なんらかの管理をしているところの方が多いのではないか?と思う。

例えば裁量労働という名目だけど
・遅刻早退欠勤などは上司の許可が必要
・裁量労働と言いつつ勤務時間がほぼ決まっている
・裁量労働だけど勤務態度で評価される
・作業をいちいち上司に報告したり指示を仰ぐ必要がある
・朝礼、定例ミーティング等に参加しないといけない
・そもそも自分の仕事を自分で決める裁量が無い
などなどのような実情なんじゃないかなと。

これらって、別に仕事としては、まあ常識の範囲内というか、よくある話なんだけど、裁量労働という趣旨からは外れていて、それすると裁量労働制じゃないですよ、ということですね。結果として裁量労働は勤務時間を後ろに長くするためだけの制度になってる場合が大多数になっているような感じがあります。

これは従業員には高い給与や経費を支払っているので、その業務は確実に収益に結び付けたい、自由に仕事させて、もし成果に結びつかなかったらとっても困るから、どうしても確実に収益に繋がるよう管理したいという経営者側のニーズがあるので、裁量労働制が会社の自治に任せると骨抜きになってしまうのは当然の帰結というか、本質的にどうしても企業の利益追求と衝突してしまうものではないかと思います。

ある程度、収益モデルが確立し、従業員が自律的に仕事することを必要コストとして許容できるレベルの大企業か、そもそもまだ業務が未分化で自律的に働くのが当然のスタートアップ期のベンチャー企業であれば裁量労働は上手く回るかもしれないが、数十名超〜100名前後ぐらいの中小企業は分業と自律との狭間で利害がバッティングしてしまい逆に難しいだろうなと思います。

まぁ、率直に言ってしまうと「うだうだ言ってないで、評価軸だけ決めたらあとはがつんと任せて好きにやらせちゃいなよ」になるんですけど、リスクとコストを考えれば考えるほど任せられなくなるのが経営者/管理監督者心理ってやつでしょうねー。制度趣旨から逸脱せずに、どのように導入するか?は「儲け方」が確立していない企業においては、結局のところ経営者、管理者の勇気とか余裕といった属人的な要因に頼るところが大きいんじゃないかなと思います。

で、もう一つ、ドラスティックというか、ちょっと極端な案なんですが、人件費もろもろ投入する費用に対して、裁量労働で自由にやらせたときの成果が見えない中で踏み切るのが怖いようであれば、一社だけじゃなく複数の会社でやってみるのはどうかと思うんですよね。

例えば5社、同一職種で各社1人ずつ裁量労働制になる人がいたとすると、その5人分の人件費・諸経費を5社で按分負担し、各社でやるべき業務をその5人に対して依頼、その5人で分担して業務遂行するという感じ。

所属は会社ではあるんだけど、実質会社の管理を離れて自律的に仕事をするという本来的な裁量労働制の考え方に沿って極力外部化に近い状態にする。会社側としても他社のリソースが使えるし、リスク分散になるというメリットがあるし、従業員側は独立すると色々保障面など不安が多いが、会社に所属したままで自立的な働き方が出来るというメリットがある。勿論、複数の会社の業務じゃなく、自社の業務に対して高いモチベーションを持っている人の方が多数なので、裁量労働制の趣旨に沿って同意の有無は重要です。

逆にクリアにしないといけない課題としては、秘密保持の問題や、これ形を変えた供給契約・派遣契約なんじゃないの?ってところとか、下請法に該当する可能性とか、会社横断で業務を任せるのでその評価軸をどうするの?とか、確実に各社が求める業務に対象者がコミットメントする必要性とか、まぁ色々ある訳ですが、そういう課題をクリアして実現出来れば、特に中小企業にとっては企業の枠を超えてヒューマンリソースを活用出来るし、他社とのネットワークが出来るし、従業員側はポータブルスキルの育成にも繋がるし、自律的な働き方が出来るしで結構いいんじゃないかなーと思います。

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日本の骨信仰の終わり

色々メモ。

骨シリーズ講演会-01_骨と民俗

地域によっては遺骨を食べたり飲んだり、あるいは噛んだりしていたという例が色々紹介されその上で骨は死というケガレが祓われたあとの姿であるとしている。

骨シリーズ講演会-01_骨と民俗

 死は本来は穢れであり、恐怖でもあります。しかしこれが風葬や火葬などによって白骨化してしまった状態になれば、穢れの感情も変わります。そこにあるものはもう人間ではなく、石灰質の白い固まりです。せめてもの死者の思い出に、その白い骨を身につけようというのは、けっして異常とはいえないでしょう。日本では弥生時代に死者の骨、とくに歯や指などに穴をあけて装飾にした例がありますが、現に沖縄の粟国島では八月踊りの歌に「親ぬたま骨や、糸口抜ちためて、黄金と思うて首にはちゅさ」とあります。親の霊骨を首に下げて、それを黄金のように大事にしようという意味です。そこにはもう、死者への穢れの感情は見当たりません。

 死者に対する愛情は、このようにして死者のものを身につけることで具体的になるのです。かつて大正9年12月20日の読売新聞の随筆欄に、次のような記事がありました。郷里に菩提所がないので、海外生活をして転々としているうち、持参してきた亡父の遺骨が少しずつ砕けて容積が減っていく。砕けすぎた骨は捨てるわけにもいかないので食べてしまう。そのために日本に戻ったときは、骨の量は半分に減っていた、という話です。

 こうした例をみると、私たちは 遺骨について大きな関心を抱きすぎたような気がします。死者への追憶が、冷たい石に名を刻んで、思い出したときお参りに行くばかりではなく、自分の血の中に死者の思い出を生かし続けようとする骨噛みの習俗もあったのです。

確かに、骨には死がまとうケガレというものは無くなって、骨そのものというイメージがあるのだけど、しかし、畏れ忌むものでもあるようにおもう。例えば江戸時代の歌川国芳のこれとかおもしろいよね。

「相馬の古内裏」
相馬の古内裏

骨シリーズ-02_骨と宗教

遺骨信仰は、中世末から江戸時代には、祖師型、権力者型から一般人に及んでくる。すでに中世から高野聖が出て、納骨の習俗が各地に広がっていた。地方ごとに納骨の中心となるお寺が出来た。会津の八葉寺には、遺骨やつめ、髪を納めた木製五輪塔型の納骨器が残っている。庶民が釈迦にあやかって納めてもらうようになった。あらゆる人の遺骨が丁重に扱われ、崇拝されるべきだということになっていく。

納骨の習慣が一般化したことで、墓は先祖代々の還るべき場所でありながら、むき出しの骨は「あるべき場所にない」ことでもあるし、また、魂のヨリシロ的意味合いをもっているということでもあるだろうか?ケガレを祓ったあとの骨に魂が還り、先祖代々の墓で眠る。つまり冥福する。というのが、むき出しであることで出来ないという感じ。

骨シリーズ-02_骨と宗教
8月12日は例年、遺族は1時間かけて御巣鷹山に登山して犠牲者の霊の供養をする。それぞれ墜落現場に卒塔婆が立つ。遺体を捜索したとき、どこにあったかが記録されている。全体を見下ろすところに昇魂之碑という中心的な施設がある。その後ろに、死者の名前を刻んだプレートが立つ。また、ふもとの上野村には慰霊の園という場所がある。事故のとき、遺体の損傷が激しかった。誰のものか判定できない遺骨が123個の骨壷に収め死者の名前を刻んだケースでは、ほかに沖縄の平和の礎もある。

 山の墓標は、墓埋法上の墓ではない。骨はない。しかし、みんなここが本当の墓だという気持ちをもってお参りする。本当の墓は、そこに遺骨があるかどうかなど現代のわれわれには関係ないのかも知れない。そこを注目したい。

平和の礎でも、慰霊の日には碑の前にご馳走を持って家族が集まる。遺骨はないのに、伝統的な亀甲墓に家族が集まり飲食するやりかたが行われる。これは現代の特徴かも知れない。骨より死者の思い出やプレートの名前で結び合う。それが死者とのつながり方であり、現代の宗教感情の特徴といえる。

(中略)

骨をめぐる考え方が揺れ動いている時代だ。宗教と遺骨の関係が変わりつつある。伝統的墓観念、来世観と無縁の近代の家族のプライベート感情が影響していると思う。

 こんな風に、現代は、骨をめぐる観念や習俗の大きな転換期ではないかと思う。

とあるけれど、近年は、魂が戻る場所、という信仰が骨から脳や人格の方へとシフトしているのかもしれない。「コミュニティがまさに壊れるときに、アイデンティティが生まれる」とジグムント・バウマンは書いていたけれどまさにそれで、骨というのは信仰としてはコミュニティと密接に繋がるヨリシロであって、遺骨のありかではなく意識のありか、つまりアイデンティティにこそ、今は人々の魂の行き場としての信仰がシフトしつつあるようにおもう。

冥福も祈らない。おれの中で忌野清志郎は永遠です(泉谷しげる談)

だから、これは現代日本の死生観をもっとも象徴した追悼の言葉であるのかもしれない。

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「はかなさ」と日本人―「無常」の日本精神史 (平凡社新書 364)
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竹内 整一

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案外、マスクしている人多くないよね?

ニュースを見ていると

新型インフルエンザの患者数が世界各地で増加し、メキシコのほかアメリカでも死者がでた、すわパンデミックか、フェーズ5に上がった、フェーズ6はまだだ、成田では検疫が行われてますー、帰国者で陽性の人がみつかりましたー、精密検査の結果違いましたー、うがい手洗い、マスクをしましょうー・・・

という報道が連日繰り返されていて、僕は基本的にどんなときも外出時はマスクをする派なので普段と変わらずマスクしているんですが、案外、街中を歩いていても、マスクしている人ってそんなに多くないですよね。

先日、渋谷に行ったときになんとなく数えていたんですが、渋谷までの電車@田園都市線の中では大体、一車両60〜70人ぐらいの乗客のうちマスクしているのは6〜7人。渋谷駅周辺で多分数百人とすれ違いましたが、マスクしていたのは4人。で、専門学校だったんですが、教室内では50人弱のうち、6〜7人、帰りの電車はやはり60〜70人中4〜5人と、大体10%ぐらい?

連日の報道を見ていると、花粉症時ばりに街中がマスクマンで溢れるんじゃないのかなーと想像していたので、案外少ないんだなーという印象です。多分、国内で感染が広がっていないからまだいいや、という心理を、現時点では多くの人が抱いているということなのかな。

あるいは、
・マスクをすることへの抵抗感を強く持っている派
・そもそもマスクは効果があるのか疑わしいと思っている派
・マスクをして外出したけど、みんなしていないので外した派
・そもそも弱毒性だろ?気にすんじゃねーよ派
とかもいたりするのかなとかぼんやりと考えているんだけど、ま、答えはないです。

あと、職場、学校など人の移動が固定的な場の方が、街中の人の移動が流動的な場より比率的にかなり多い印象がありまして、これは何か理由があるのかなーと思った。

これ、職場や教室などだとウィルスから逃げられないけれど、街中など移動している場だったら移動しているから、ウィルスにかかりにくいと思ってないかな。

適当なイメージですが、ウィルスにかかっている人が咳きをしたら、その人から黒いもやもやーっとしたエクトプラズムっぽいウィルスが登場して、周りを取り囲もうとするので、移動できる場所なら急いでその場から離れれば大丈夫!みたいな(笑)ぼくも意外とそういうウィルス観があることは否定できないなーと思うんですが、科学的に正しいかどうかは別にして、そういうイメージってどのくらいの人が共有してるだろうか?

なーんか、そういう漠然としたイメージというか信仰みたいなの、ありそうな気がするんですよねー。わかんないですけど。

で、昔読んだ「噂の拡がり方―ネットワーク科学で世界を読み解く (DOJIN選書 9)」という本に、
噂の流布量=内容の重要さ×曖昧さ(R=I×A)

という公式と、噂の伝わりやすさは
1)多数の人々が共有する不安や関心の内的要因
2)曖昧な状況を解消させようと情報を求める外的要因
3)もっともらしい内容
の三つの要因が関係するということが書かれていて、特にマスクをするほどには予防の必要性を感じていない大多数の人と、加熱する報道と、過剰に反応しているらしい一部の人との違いはどこにあるんだろうなーと思ったりしてます。ま、思ったりしてるだけでよくわかんないですが、まぁ、冷静に対応しましょうね、ってそんなオチです。すいません。

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「渋滞学」西成 活裕 著

噂の拡がり方―ネットワーク科学で世界を読み解く (DOJIN選書 9)
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林 幸雄

【N95】ウイルス、新型インフルエンザ、鳥インフルエンザ,SARS(新型肺炎)防護マスク 3M 9210 N95 1箱20枚入り 9210N95
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イモムシ猫ができるまで

かくれんぼ Hide-and-seek


以前紹介したイモムシな猫(珍種発見!イモムシなネコ)こといちごちゃんがイモムシ猫化するまでの動画。飼い主さんに誘導されてはいるものの、袖に非常に興味を持っているのがわかります。最後はシュパッ!と登場でとてもかわいい。

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インタビュー「荒木飛呂彦先生の描く未来」が面白い

魔少年ビーティー、バオー来訪者、ジョジョの奇妙な冒険シリーズなどで知られる漫画家荒木飛呂彦のインタビュー「荒木飛呂彦先生の描く未来」がおもしろい。

全編に渡って示唆に富む、面白い話ばっかりなんだけど、個人的にはここに共感するかな。

荒木飛呂彦先生の描く未来
重い荷物を持って歩いて、体を疲れさせると、色々わかってくるんですよ。
「何が必要か」っていうのが、その時わかってくるんですね。


−−−その時は何が必要だと思いましたか?


携帯電話は最初に捨てたくなりましたね。前に、熊野古道って所に行ったときに、
「熊野っていうくらいだから、熊が出るだろう」という事で、
編集の人に、「絶対に携帯電話を持って行って下さい!」って言われたから持って行ったん
ですけど、熊野古道は圏外だったんですよ…(笑)
重い荷物を持っていると足とかが痛くなって、そういう不要な荷物が、
どんなちょっとしたものでも、本当に嫌になってくるんですよ。
だからパンとかも持って行ったんですけど、途中でさっさと食べちゃいましたね(笑)

そういう感じになったときに、「これは要らないなぁ」とか悟るんですよ。
生きるためには要らない物が結構ありますね。
だけど、iPodは何かすごく癒されるんですよ! なんかね、音楽は良いんですよー。
なので、その時必要だったのは、水と雨具とiPodですかね(笑)

徹底的に歩くと、そぎ落とすべきものがわかりますよね。そして、徹底的にそぎ落としながら繋がっている感覚も同時に感じる中で「何が必要か」が見えてくるんじゃないかなーと思ったりするし、そういうことなんだろうなーと思いながら読んだ。

あと、ここもよくわかる。

荒木飛呂彦先生の描く未来
アイデアって、無くなるとかじゃないんですよ。
創作意欲が無くなるっていうことが、アイデアが無くなるっていうことなんです。
だから「描こう」と思ってさえいれば、アイデアって出てくるから、
「アイデアが無くなるかも…」とか恐れてちゃいけないんですよ。
どんどん出す、貯金しとかない、みたいな。

一番ヤバイのは「どーでもいいかな」って思うことなんですよ。
粘りがなくなるというか。本当はもっとそこでガーッといかなきゃいけないのに、
「こんなもんでいいかぁ…」とか、思っちゃう感じがね、ヤバイんですよ。

どんどん出したいんだけど、それを形に出来ないもどかしさでもだえる感じなんだよなー。ああ、今日も出し切れないまま終わる・・・みたいな不完全燃焼な焦燥感って毎日ヒリヒリと感じてます。アイデアは出てくるんだけど、アイデアが形にならないままもやもやと残るという状態の繰り返しが体に悪いなー。これをなんとかしたいなーと思いつつ、今日も終わりそう。

他、色々面白いインタビューなのでぜひ。

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ニセ科学について直面するコミュニケーション問題を解決する方法

ニセ科学はすでに科学的に正しいかどうかという議論とは別に、実生活レベルではコミュニケーションの問題になっていますよね。

血液型で性格を決めつける人とどうつきあうべきか(プレジデント) - Yahoo!ニュース
血液型性格診断や『水からの伝言』といった「科学らしさを装った迷信」を、私は「ニセ科学」と呼んでいる。科学的な背景の強弱にかかわらず、ニセ科学を信じ込んでいる人を説得するのは難しい。なぜなら「結論ありき」だからだ。
 彼らはどんなに事実を積み重ねても、考えを変えようとはしない。「ないことの証明はしない」というのが科学のルール。存在しない論理は反証のしようがない。「アポロは月に行かなかった」「9.11は米国の自作自演だった」といった陰謀論も同様の構造にある。

(中略)

私も宴席で血液型を聞かれることがある。多くの場合は「大型」や「小型」、「Z型」などと答えてはぐらかしている。天気と血液型は差し支えのない話題と考えているのかもしれないが、とんでもない。むしろ「それしか話題がないのか」と見下される恐れがあることを、肝に銘じてほしい。

実際問題、友人、仕事上の相手、家族等様々な場面でかなり頻繁に血液型で性格が分類できるという前提で会話が始まります。あるいは星座、占星術、四柱推命など、血液型以外にも様々な話題で彼らは性格分類をしようと試みてきます。

このようなとき、特に科学の専門家や、血液型に科学的根拠は無いと理解している方々はとても困るのではないでしょうか?

血液型の話題をしてきている方は血液型分析が正しいかどうかを問題にしているのではなく、血液型の話題を通じて仲良くなりたい、あるいは相手のことを理解したいという心理であるため、血液型分析がいかに科学的根拠が無いか、という話題で返すのは相手の本当の目的である「仲良くなりたい」「理解したい」を無視してしまうことになるし、はぐらかすのも、相手の目的を不十分な状態で放置してしまうことになるため、コミュニケーションとして、少しぎくしゃくしてしまうように思います。

もちろん、血液型分析などの話題をしてくるような人間とはコミュニケーションを行わない!という断固としたポリシーで望むというのもありだとおもいますが、現状のこの蔓延状況を考えると、それを押し通すにはかなりの困難が待っているように感じます。

そこで、例えば思考フレームをはずす、というのはいかがでしょうか?

メンタルケア協会編著「対話で心をケアするスペシャリスト《精神対話士》の 人の話を「聴く」技術
人はそれぞれ自分の思考の枠組み(フレーム)のようなものを持っています。(中略)育った環境や教育、親のしつけ、性別などを通して、人は物事を考える枠組みのような思考パターンを作っていきます。
そのフレームに収まらないことを見聞きすると、人は「でも」とか「しかし」とか「そうではなくて」などと、反論したくなったり、相手の考えを修正したいという衝動を覚えるものです。
この思考フレームが話し手との間に壁を作ります。自分の思考フレームに相手を勝手に当てはめ、「この人はお金持ちだ」「この人は病気だ」「この人は反社会的な考えを持っている」「この人は暴力的だ」などと決め付けてしまうと、他人との深いコミュニケーションをとることが不可能になります。

(中略)

自分の思考フレームをはずして、先入観のない目で、相手の心を見てみましょう。「でも」「しかし」と言いたくなったら、その言葉を一度飲み込んで、とりあえず相手の話に傾聴してみてください。
対話で心をケアするスペシャリスト《精神対話士》の 人の話を「聴く」技術
対話で心をケアするスペシャリスト《精神対話士》の 人の話を「聴く」技術

つまり、一旦受け入れて、相手の話、血液型性格診断の話に乗ってみるということですね。でもそれだと、相手側は満足して、その場もスムーズかもしれませんが、自分はもやもやしてしまうんじゃないでしょうか。「狂人の真似とて大路を走しらば、則ち狂人なり。」の気分で、「あーあー、おれも血液型分析信者の仲間かー」と暗鬱な気持ちになってしまう人もいるかもしれません。

ならば、とことんまで追究してはいかがでしょうか?

「ユング心理学入門」(似非科学の話題で「ユング心理学」とか言い出したら突っ込みいれたくなる人一杯いるかもですが(笑))の第一章で河合先生がこんなことを書いています。

(P11-12)
たとえば、マリヤの処女懐胎ということについて考えてみよう。合理主義の先進国としてヨーロッパを崇めている日本人にとって、処女懐胎などということがヨーロッパのひとびとに信じられてきたことは、まったく不可思議に思えるかもしれないが、われわれとしては、ここで、処女懐胎などは科学的にありえないとか、また、逆にその可能なことを科学的に立証しようとかするものではない。われわれは処女懐胎を一つの事実として、承認するというのではなく、処女懐胎という考えが存在するという意味において、その考えを心理的現実として取り上げようとするのである。このような考えが多くのひとのなかに存在したという現象を、心の現象として追求していく態度を取るのである。
ユング心理学入門
ユング心理学入門
河合 隼雄

実務問題として目の前のことが科学的かどうかではなく、一歩引いて広い視野で心の現象全体を捉え分析するという趣旨。

つまり、相手の思考フレームを受け入れつつ、一も二歩も引いて、目の前のこの人が血液型分析に一定の信頼を置く立場を取るのは何故だろうか?そこにはどのような思いや、要因が働いているのだろうか?という現象面の分析をしていってみるのが良いのではないかというご提案です。

例えば、

「特に日本社会は個人ではなくその時々の関係性にアイデンティティを置く社会だと言われるが、アイデンティティの置き場としての、その瞬間の関係性において、相手がどのような振舞いをするのかを常に理解しておかないと不安なので、相手の振舞いを規定する、あるいは予測して自分の振舞いを決定するために性格分類が求められており、そこに血液型性格分析が蔓延しているのではないか?またキャラ化とか空気を読むというのも同様ではないか?」

とか、ま、よくわかりませんが、そういう感じの分析をしてみて、「であれば、より科学的に信憑性が高い心理テストの話題を振ることで血液型分析の話題を封じつつ、相手の不安を解消してその場で相手が振舞いやすい状況を作るか」とかそういうことにつなげていくと面白いんじゃないかなーと思います。

とはいえ、似非科学に対しては譲れないラインというのもあると思うので、それを見極めつつ、コミュニケーションをとっていかなければならないのが今そこにある問題で、これは今後も困難を極めていくんでしょうね。

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ベンチャー企業のお手伝いをします

僕のプロフィール用として使っているkousyou.ccにJobというページを作りました。そこにも書いていますが、スタートアップ期のベンチャー企業やNPO法人等、主に小規模の団体の事務作業をお手伝いします。

Job - Kousyouのプロフィール
スタートしてまだそれほど経っていない、数名規模の少数精鋭で事業に集中していかなければならない時期に発生する煩雑な雑務、伝票整理やファイリング等の軽易な業務から、稟議書や稟議フロー、備品や固定資産の管理体制の整備、社内管理用の文書作成、その他発生する事務作業を外部からお手伝いします。また、社内の様々な体制についてご相談承ります。さらに必要に応じて行政書士等専門家とのネットワークを生かしたサポートを行います。

各士業の独占業務は各法令違反になるので出来ないのですが、そうではない作業については一通り出来るのではないかと思います。また、行政書士等とのネットワークもありますので、必要に応じてご紹介したり、あるいはサポートしてもらうことも可能です。

率直に言うと、先日「4月から組織人事コンサルタントに転職しました」という記事で書いた通り、様々な会社で生きる人たちの様々な姿を見て行きたいと思うし、また、そのような中にコミットして何かの役に立てれば良いと思っています。

自身のキャリアを振り返ってみると、それほど小難しいことが出来るとも思っていないので、まだ規模は小さいけれど、これから事業に集中しなければならないときに発生する、直接事業に関係ない業務をお手伝いすることは出来るだろうし、そこから始めなければならないと考えています。

直接的に関係は無いのだけど、心理的な要因としては過去の自身に追いつくためというところも確かにあるんだと思う。「paperboy&co.がトリックスターであったころ」という記事である程度の経緯は書いたけれど、途中で離れてしまったことへの贖罪、あるいは全うできなかったことを全うしなければならないという情動のようなものがあるように思う。

退職してから去年まで、かなり外部との関係を遮断してきたので、ベンチャー企業家に関わらず、様々な状況で働いている色々な方々とお会いして何かお手伝いできることが無いか、いや、無いんだとしても、お話をして行きたいと思います。もし、興味を持っていただけたら連絡いただけたら嬉しいです。会社として、じゃなく個人的に相談などしてもらうのも全然、歓迎です。

kousyou.y@gmail.com

いや、コンサルって仕事を4月からしているんですけど、コンサルタントといわれる人たちがするように、セミナーやって偉そうに喋ったり、迷惑承知でダイレクトメール送ったりって正直出来ないなと思う。

あと、参考までに、士業の独占業務まとめ

■社会保険労務士の独占業務
・労働、社会保険関連の申請書、帳簿を作成、提出手続きの代理をすること。
・労働社会保険諸法令に基づく申請、届出、報告、審査請求、異議申立て、再審査請求その他の事項について、代理すること
・個別労働関係紛争の調停、あっせんの手続について、紛争の当事者を代理すること。
・事業における労務管理その他の労働に関する事項及び労働社会保険諸法令に基づく社会保険に関する事項について相談に応じ、又は指導すること。

■行政書士の独占業務
・官公署に提出する書類の作成

■司法書士
・登記、供託に関する手続
・法務局に提出する書類の作成、手続き
・裁判所に提出する書類の作成

■税理士
・税務代理(同法2条1項1号)
・税務書類の作成(同法2条1項2号)
・税務相談(同法2条1項3号)

この辺は資格がないとできませんです。

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『「未来×チェンジ×ブログ」 あすなろBLOG 3周年記念イベント』参加しました

4月18日(土)『「未来×チェンジ×ブログ」 あすなろBLOG 3周年記念イベント』に参加してきました。
「インターネットは収穫期,チャンスは個人にある」---米Blueshift 渡辺千賀氏:ITpro
渡辺千賀氏「インターネットはこれからが収穫期」 − @IT

第一部の渡辺千賀さん講演は各種メディアに書かれている通りで上記の記事を読んでもらえば内容を補足することは特に無いんだけど、「前向きになる話をします」とおっしゃっていた通り、聞く人を鼓舞する内容でしたね。

印象的だったのは

1)米国のVC投資額は右肩上がり
米国VC投資額推移
見にくい写真で失礼。

米国ベンチャーキャピタルの投資額はここ十数年漸増していっているってこと。ITバブル期が異常だっただけで、それほど投資が萎んでいる印象は無いと。ただ、2008年4Qはさすがに少し落ちている、けどグラフで見るとそれほど大きな減少ではなさげ。

2)Netflix社のXBOX向け映画DLサービス
ツタヤのDISCUSみたいな米国の郵送DVDレンタルサービス大手Netflix社がX-BOX向けに映画のダウンロードサービスを始めてそれなりに成功しているという話はとても興味深かった。6〜7年前、まだレンタルショップで働いているころから、PCではなく家庭用テレビと繋ぐデバイスに直接DL出来るようになれば、レンタル市場は大きく様変わりするだろうと思っていたので、そういう時代がそろそろ来てるなーと、ちょっとワクワクした。

ただ、現状は権利者との関係もあって24時間で観れなくなるが、同社の成功によって早晩36時間ぐらいにはなるのではないか?って話だった。日本でも以前からちらほらそれっぽいニュースは見かけてたけど本格的にスタートしないかな。

3)猫
@ITに書かれているけど、猫派としては納得せざるを得ない(笑)

渡辺千賀氏「インターネットはこれからが収穫期」 − @IT
 「新しい住処に来た猫は、外に一歩も出たがらない。まずは部屋の中を探検して、自分の陣地を知ったあと、外を探検し始める」と、渡辺氏は自宅で飼っている猫の例をあげ、「知っている内側と知らない外側の差が激しいだけ」であり、知らないものでも一歩踏み出してしまえば、「なんだ、こんなものか」という気分になる、と恐怖に対する対処法を述べた。

また、渡辺千賀さんが想像していた通り、飾らないちゃきちゃきな感じの方で、そのまんまやん、と心の中で突っ込んでた(笑)

第二部は、ブログとコミュニティ活動って話でシゴタノの大橋さんが家にいるのが一番だという発言なんかでみんな笑っていたけど、いやー、僕は大橋さんの発言に全面的に同意してましたよ。うすうす、志向は正反対だけど、他者に対する感覚や距離感は僕ととても近い人なんだろうとは思っていたけど、それを再確認。

特にフォレストガンプを例に出して、
「自分はマイペースでずっと走っているんだけど、走っているうちに、この人が走っているのには何か意味があるんじゃないか?とか、興味を持つ人が徐々にあらわれていき、気が付くと後ろに次々ついてくる、みたいな関係が一番ですねー」的なことを言っていて、それにモデレーターの方が「それは先頭を走り続けること?」と聞き「いや、どんどん追い抜いてもらってかまわないです。僕はマイペースに走るだけ」と答えていた。

フォレスト・ガンプ [DVD]
フォレスト・ガンプ [DVD]

これ、全くもって同感だ。と思ったんだけどリアクションは薄かったっぽいですね。

あと藤代さんがオススメしていた「コミュニティ・オブ・プラクティス」は今度読む。

コミュニティ・オブ・プラクティス―ナレッジ社会の新たな知識形態の実践 (ハーバード・ビジネス・セレクション)
コミュニティ・オブ・プラクティス―ナレッジ社会の新たな知識形態の実践 (ハーバード・ビジネス・セレクション)
エティエンヌ・ウェンガー,リチャード・マクダーモット,ウィリアム・M・スナイダー,櫻井 祐子,野中 郁次郎,野村 恭彦

第三部はみんなフランクに話していてとても面白かったんだけど、ライブドアの田端さんが受け答えがしっかりポリシーを持って話していて好感を持った。豪快そうな風貌とクレバーな応対のミスマッチが良い感じに味を出している方ですね。

最後、appleの84年のCMを例に出して、ブログが旧勢力を打ち壊す的な締めだったんだけど、僕はあんまりそうは思っていない。



ブログは個人の思考や心理をむき出しにするけど、社会は変えない。また、個人も変わるかというとそれは、多くの場合、個人の置かれた環境を変えるだけなんじゃないのかなとも思う。ただ、むき出しにしていく過程で幸運にも個人そのものがなんらか変わり、その個人によって社会が変わることはあるかもしれないけれど。とは思う。

で、最後懇親会に少し顔を出して帰宅。大変充実したイベントでした。

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夜のプロトコル「何が彼女をそうさせたか 〜明治大正昭和 不良少女と少女ギャング団の時代〜」行ってきた!

夜のプロトコル「何が彼女をそうさせたか 〜明治大正昭和 不良少女と少女ギャング団の時代〜」に先週の金曜日に行ってきました。

夜のプロトコルBLOG: NO_02「何が彼女をそうさせたか 〜明治大正昭和 不良少女と少女ギャング団の時代〜」 平山亜佐子

概要はリンク先のとおりで、第一部では明治末期から大正、昭和初期にかけて登場した不良少女たちの様子を平山亜佐子さんがきっちりと調べ上げた河上肇賞奨励賞受賞の未発表原稿「明治大正昭和 莫連女と少女ギャング団」をベースに当時の新聞等のメディアの記事を中心に紹介されたトークイベント。

平山さんの熱いこだわりと、神田ぱんさんの軽妙な突っ込みが、良い雰囲気を作り出していた。

10代〜20代で暴れまわる少女たち。それを面白おかしく書き立てるマスコミ。明治、大正、昭和初期と経済成長の過程で爛熟期を向かえるカルチャーの果ての大恐慌と退廃。そういう背景に想いを馳せながら聞くと、現代と似ているんだなぁ、という感想がまず先に来たんだけど、その先には人間ってたかだか100年程度では変わらないんだなぁという、当たり前の感慨を抱かずにはいられなかった。

その変わらなさみたいなのに焦点を当てて、現代と明治大正昭和と、あるいは例えば平安貴族も殴り合ってたらしいし、あるいは平安末期から鎌倉の放免、室町の悪党、戦国時代には僧侶同士で大暴れして禁令が出たりもしているし、礫(つぶて)打ちしたり、神社の境内や川原で切りあう、そういった和を持って尊しとなすではない、日本に脈々と流れている荒魂的人々とのつながりにまで広がっていくとすごく面白いんじゃないかなーとか思ったりはした。

そういう荒魂サイドの情念が女性たち、特に少女に芽生えたのは明治から始まることなのか?あるいは女性たちにもまたその情念が流れていて、それが表面化したのがこの時代だったのか?みたいなのは個人的にも知りたいところ。暇があったら調べてみる。

第二部のテイストも好きだったなぁ。毛利さんの語りと音楽のマッチングが良い味だしてた。当時の歌謡ってパンクでしょ。いや曲調やメロディがではなくソウルが。あきらかにぶっ飛んでるし、あーいうぶっとんだ曲に乗せて100年前の人たちも踊りまくってたんだと思うと、やっぱり「人って変わらないなー」と思う。

一緒に行ったダンスが趣味の会社の同僚も「おばあちゃん(御年93歳!)に当時ダンスホールで踊ってたのか聞いてみる」って言ってた。すごい勢いで世代間交流を促進するイベントでもありました(笑)

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組織を構成する2つの分業体制にどう権力を絡めるかが重要な問題

組織というのは「共通の目標」にむけて「分業と調整のメカニズム」が働く「意識的に調整された、2人またはそれ以上の人々の活動や諸力のシステム」というのが一般的な定義ですが、その共通の目標に向けた分業の手法は二種類があります。

ひとつは「水平的な分業」でもうひとつは「垂直的な分業」です。

■水平的な分業
目標に向けて組織内で行うべき様々な業務を、みんなでやっているよりは各々が分担したほうが効率が良いという点から、役割ごとに分業するもの。
開発とか経理とか営業とかですね。

■垂直的な分業
垂直的な分業は以下の二つの業務を担うために一定の権限を持った役割が割り振られる。
・水平的な分業をした結果、メンバーそれぞれの役割の違いや価値観が仕事の進め方や考え方の相違が生まれ、各々担当する役割間でコンフリクトが発生するので、それを調整する業務
・水平的な分業で役割単位に分割されたそれぞれのメンバーに経営陣からの情報を伝達し、また、組織の末端から上部構造へと情報を伝達する業務

部長とか課長とかリーダーとかですね。彼らには水平的な分業で役割を与えられたメンバーを目標に向けて統合するための権限が与えられる。

というのが、基本的な組織論の考え方。

よくわかる産業・組織心理学 (やわらかアカデミズム・「わかる」シリーズ)
よくわかる産業・組織心理学 (やわらかアカデミズム・「わかる」シリーズ)

ですが実情はどうかというと。

多くの組織においては組織の目標に向けた横の分業にしてもどのような分業がより合目的的か?という観点で考えることは本来考えるべきなんだけど、実際はそれほど考えてないことが多いと思う。

また、縦の分業についても、管理者の役割というのはすべてをそぎ落としていくと調整と情報共有機能という二点に集約されていくはずなのが、様々な他の権限が付け加えられ、強化され、逆に本来の役割である調整の機能も情報共有の機能も果たさなくなってしまっている管理者が居たりします。

まぁ、最近の社内SNSだグループウェアだで管理職者が果たすべき情報共有の役割はずいぶんと軽減されてきているかもしれないですけどね。

一度、こういう骨組みレベルにまで今あるお仕事をそぎ落として組織の構造を見直してみると、素敵な発見があるかもしれません。

労働法でいう人事権、企業秩序定立権等の指揮命令権は、企業に所属し、就業規則に同意することで発生するというのが定説で、どうなのかなーと思っていたんだけど、組織をこのように解体してみると、確かに組織で垂直的分業がなされる場合には当然発生するべきだなと思う。

労働法 第2版
労働法 第2版
水町 勇一郎

問題は、その指揮命令権は組織目標達成のための調整に必要な権限に絞られるべきではないか?という問いに落とし込めるような気がする。

指揮命令権は最小限に絞るべきか、あらゆる可能性を想定して拡大するべきか?組織として行使する指揮命令権はどこまでか?おそらく組織ごとに違ってくるとは思うのだけど、権力の範囲が広く大きくなればなるほどに、その代替として被権力者に与える保障が大きくならざるを得ない。

組織としての側面と共同体としての側面が企業にはあるが、強固な組織であろうとするならば、その反面、共同体的な見返りはより大きなものを支払わなければならなくなる。

「コミュニティは安心を与え、自由を奪う」(ジグムント・バウマン)

権力を行使するためにどんな自由を奪い、どれほどの安心を組織として与えられるか?という問いが組織とは何かを経営者として見つめるために重要な視点ではないか、と思います。そして、安心を与えられないのであればどこまで垂直分業の管理者が行使すべきだった権限をそぎ落とし、その役割を代替できるか?という問いになるのではないかなと。

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paperboy&co.がトリックスターであったころ

まぁ、知っている人は知っているけれど・・・というレベルではあったんですが、僕は2007年7月までpaperboy&co.という会社で取締役総務人事部長という役職に就いていました。当初上場準備の責任者を任せていただいていましたが体調不良等もあって職務を全うできないという判断で退任。退任後、どこかでpaperboy&co.とは僕にとってなんだったのか?は総括しなければならないなぁという思いと、自身のことをブログを通じて顕かにしていきたいという衝動とがあって、書くべき時期を探っていました。

同社はIPOも果たし、僕が居た頃とは規模も陣容も大きく変わってきているな、というのを最近、実感として感じられるようになってきたので、そろそろ区切りとしていい時期なのかなと思い、少し書きます。

在任中から漠然と思っていて、かつ退任後、思い返すにつけ、paperboy&co.を表わすのに適切な言葉は「トリックスター」ではないかと思います。

「トリックスター」はネガティブな意味で使われることもある広い意味を持つ言葉ですが、定義をするなら「神話や物語の中で、神や自然界の秩序を破り、物語を引っかき回すいたずら好きとして描かれる人物のこと。」(トリックスター - Wikipedia)であり、そのいたずらの結果、目的〜往々にして神々だけのものであった火や穀物を多くの人々にもたらすこと〜を達成します。

ペパボはロリポップ、ムームードメイン、カラーミーショップ、JUGEMなんでもそうなんですが、古い秩序を引っ掻き回しながら面白さを追求していく過程で、多くの人たちにとっては敷居が高く一部の人たちのものだったものを、まさに神々の元から盗み出し、多くの人たちに送り届けていくことをミッションにしています。そのような意味でWEB世界のトリックスター的振る舞いをしながら、堅実なビジネスモデルと噛み合って地位を築いてきたという経緯があるなと思います。

社内の人々は大人しい人が多いんですが、発想や、生み出される根源はトリックスター的な要素はとても強いなと思います。

例えば、知る人ぞ知るキヌガサというサービスがありますが、あれが生み出される過程ほどエキサイティングだったことはないなぁと思います。社長(当時)がふと思いついただけのキヌガサというネーミングを数日で形にしていくエンジニアとデザイナーの二人。毎日の様に社内で共有されるプロトタイプ。アイデアのフィードバック。全貌を表す新サービス。画面一杯に広がる「つながっちまいな」の文字。カタルシスだなと思いました。いやー、カタルシスですよ。ま、僕は当時JUGEMのカスタマーサポートだったんで隣の隣ぐらいの席で眺めてただけなんですけどね。

さて、会社というのは営利を目的とする組織です。拡大するにつれて組織として目的に向かうという意思を実行するための分業体制を整えていかなければなりません。そしてその分業という、個の希薄化と組織内での距離の拡大は一時的にひずみを生みます。これはどんな組織でもそうだと思いますが、そのような会社としてやるべきことをやる体制を整えつつ、多くの人を表現者にし、面白さを提供していくことを意思をもって出来るようにするというのが、ペパボの上場までのストーリー。僕はその過程でそのストーリーの登場人物でありつづけることが出来なかったのだけど。

トリックスターがいたずらの結果ではなく意思を持って目的を達成するようになる、というのはつまり文化英雄になる、ということだと思う。

文化英雄 - Wikipedia文化英雄(ぶんかえいゆう、Culture hero)とは、穀物栽培民文化を背景として、火や作物の栽培法など人類の役に立つ、有意義な発明や発見をもたらし、人間世界の文化的秩序の設定に寄与したと神話のなかで描かれる特定の伝説的人物やある種の動物のことをいう。

(中略)

神話に登場する文化英雄としてよく知られているのは、ギリシャ神話のプロメテウスである。彼は、ゼウスの意志に逆らい、ゼウスを欺いて、火や穀物を人間にもたらす。その行いに怒ったゼウスは、彼をカウカソス山の山頂に張り付けにし、生きながらにして毎日肝臓をハゲタカについばまれる責め苦を強いることにした、と神話のなかで描かれる。

中米で大きな勢力を誇る翼蛇神ケツァルコアトルも、著名な文化英雄である。彼はアステカ神話における主要な神であり、人類を創造した神であり、火をもたらし作物を与え、農耕、文化、芸能など人類に必要なあらゆるものを伝えたとされている。

意図的に超人的な力を発揮して目的を達成する。それが文化英雄。上場してから今までの動きを見ても、まさに意思を果たすためにより組織として、多くの人々に面白さを伝えるために文化英雄としての道を歩もうとしているように見える。「もっとおもしろくできる」という経営理念に組織としての強い意志を感じる。(あ、トリックスターも文化英雄も、僕が勝手に言っているだけです。念のため。)

paperboy&co.というトリックスターは文化英雄となった。と最近とても思う。高みに昇ったんだなと。

何度かこのブログでも紹介しているけれど、故河合隼雄先生は最期の対談でこう言った。

生きるとは、自分の物語をつくること
生きるとは、自分の物語をつくること
小川 洋子,河合 隼雄
故河合隼雄氏最期の対談(考える人 2008年 冬号)は現代人必読です。

これからは、厳密さと曖昧さの共存をよく考えないかんことになる。
ただしそれは論理的に矛盾するわけでしょ。でも矛盾したものを持たないかんということです。ガッチリやらないかんことと、曖昧なのと。

それを共存させるような人生観、世界観がないかっていうことを、今ものすごく考えているんです。人間は矛盾しているから生きている。全く矛盾性のない、整合性のあるものは、生き物ではなくて機械です。命というものはそもそも矛盾を孕んでいるものであって、その矛盾を生きている存在として、自分はこういうふうに矛盾してるんだとか、なぜ矛盾してるんだということを、意識して生きていくよりしかたないんじゃないかと、この頃思っています。そして、それをごまかさない。
(中略)
僕の言い方だと、それが「個性」です。「その矛盾を私はこう生きました」というところに、個性が光るんじゃないかと思っているんです。

人であれ、組織であれ、生きていく過程で様々な矛盾を抱えることになる。「その矛盾をこう生きました」というその物語を作り上げていくのが、経営であり人生なんじゃないかなと思うし、それを作り上げた会社に少しだけ関わることができたのは僕にとっては大きな経験だった。ということを辞めてからやっとわかりはじめた。そして、僕は遠くない将来に、「その矛盾を私はこう生きました」と言うことができるために模索し続けているところだ。

取締役という立場を離れたから、言う。paperboy&co.って本当におもしろい会社だと思う。おもしろい会社であり続ける選択をしたがゆえに茨の道を進む組織であると思う。陰ながら見守って行きたいと思っています。一ユーザーとして。

山野光正 拝

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現代人にとってのプロテスタンティズムとしてのニューエイジ思想

最近、とてもニューエイジ思想に傾倒した起業家の事業計画プレゼンを聴く機会があったのだけど(自然の偉大さを〜とか、生命エネルギーを分かち合うとか、自分が変わることで世界を変えるとか、そういう「経営理念」の(笑))プレゼンの間、早く終わんねーかなーと思いつつも、ニューエイジ思想が何故これほど、特に『ソーシャルベンチャー』ブームのように、若い起業家たちに受け入れられているのだろうか?というところは考えさせられました。

なんか、プロテスタンティズムが資本主義を生み出した原動力の一つになったような、経済と信仰との間で、「お金儲け」にエクスキューズを与えるような要因になってんのかな、とか思うんですよね。

つまり、今の資本主義的よのなか、って本質的には分業じゃないですか。で、分業が高度化することで、自身と社会との繋がりが見えなくなってそれが労働観のゆらぎみたいなのに繋がってる(んで、新たな労働観の創造が今求められてる)と思ってるんですけど、ニューエイジ思想ってのはその自身の「働く」ということと「社会」とを一定の思想で繋いでくれるような信仰形態なんじゃないだろうかなとか。

今、現代人が直面している「働くイミ」と「セカイ」を一気につなげてくれる役割としてのニューエイジ思想なのかなーとか思ったり。

あ、で、上記の事業計画プレゼン自体はとてもよく出来たプレゼンでしたよ。優秀なプレゼンって、本質的には神話的構造を持ってるなーというのを再確認。

つまり、起業家なので、創造型の起源神話が語られるんですよ。いかにして事業を思いつき、そこに人為的ならざる力が及ぼされて経営理念なりなんなりを考え付いたか。そしてどのいうな偶然の産物によって実行するに至ったか。という話があり、そして、神話学者キャンベルの言う英雄神話的なセパレーション(旅立ち)、イニシエーション(苦難)、リターン(帰還)という構成のプレゼンになってるという。

これ、例えば話題になったり、人が心打たれる経営者の、創業インタビュー記事って大体この構造取ってて、不思議だなーと思うんですよね。普通になんでも良いんで適当に経営者のインタビューとか読んでみるとわかると思うんですが、大体、いかにして事業を始めて、どのような苦難を経て、今の地位に「還ってきた」か?だから。あるべき地位に戻ったor自分らしく生きられるようになったか的な構成で面白いんですよね。

経営者って知らず知らずのうちに自分神話を作ろうとしているんじゃないかな。この心理って面白いなーと思います。その補強をするのに、ニューエイジというものは結構マッチしている、あるいはマッチするように形を変えてきているのかなと思う今日この頃なんですが、いかながもんですかねー。

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オカルトの惑星―1980年代、もう一つの世界地図
吉田 司雄

オカルトの帝国―1970年代の日本を読む
オカルトの帝国―1970年代の日本を読む
一柳 廣孝


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「第一回非技術者のための勉強会」開催しました

先日、「第一回非技術者のための勉強会」(【【お知らせ】「第一回非技術者のための勉強会」【3/14 16:30〜目黒で】)を行いました。その議事録というかメモ的なエントリーです。

会場:ルノワール目黒第一店貸し会議室
日時:2009年3月14日(土)16時30分〜19時30分
参加者:reponさん、きたはたさん、kotokaさん、Kousyou

テーマ
それぞれやりたい勉強を独習して、その内容と勉強方法やプロセスを共有。

タイムスケジュール
16:30〜16:45 集合、自己紹介など
16:45〜18:30 勉強したいテキストを個々に用意し独習
18:30〜19:00 その日勉強した内容と勉強の方法やプロセスについて一人5分程度で発表
19:00〜19:30 ディスカッション

■発表内容(発表順)

Kousyou
現在社会保険労務士の勉強のため、専門学校に通っている。

国民年金法について勉強

年金は毎年一定額を老齢、障害、死亡などの際に払い続ける仕組で、厚生年金などの企業年金、生命保険などの私的年金のほか、国民年金のような公的年金がある。

基本的にその年度の給付費はその年度の収入で賄う単年度賦課方式で、年金を一定期間(25年間)払い続けると受給資格を得ることが出来る。など。

勉強の仕方
専門学校のテキストと問題集を中心に学習。授業中テキストにマーキングや書き込みなど→授業後ノートにテキストの内容まとめ→問題集繰り返し→テキスト見直し

○×式の問題集で、問題を解きながら思うのは○の問題を×だとつけた間違い方がとても多いと感じている。正しい知識が身についていない間違い方だろうか?と思う。

また、インプットだけでなく勉強している内容を上手くブログとも連動させて記事としてアウトプットするよう心がけている。

きたはたさん
デザイン関係の仕事をしている。幅広くデザインのスキルアップのため初心者から勉強できる「ノンデザイナーズ・デザインブック」を中心にレイアウトについて勉強します。

ノンデザイナーズ・デザインブック [フルカラー新装増補版]
ノンデザイナーズ・デザインブック [フルカラー新装増補版]
Robin Williams

ルノワールのメニューを例に四つの基本原則を説明。

近接→飲み物、ケーキなど近いものをまとめる
整列→それぞれ位置を揃える
反復→マークやリストのデザインなど要素を反復させる
コントラスト→強いところは強く。文字を大きくしたり強弱をつける

などを図解で説明。
最初は単純に位置を揃えたりするだけだったが、反復やコントラストなどはどのようにレイアウトするかとても考えさせられた。

デザインの経験が無い人でもこの本はおすすめ。

reponさん
「あたらしい戦略の教科書」を読んで人生の戦略を考えなおす糧にする。
あたらしい戦略の教科書
あたらしい戦略の教科書
酒井 穣

組織がめちゃめちゃになっている会社をとりまとめるのに役に立つ内容。
戦略は基本的に失敗するのが当然だが、失敗を怖れずに何通りもの目標に向けた道筋を立てて実行に移していくことが大事、という内容の本。

レバレッジ・リーディングという本に書かれている内容沿って、どんな読み方でもいいから毎日一冊は本を読んでいくことを心がける。

レバレッジ・リーディング
レバレッジ・リーディング
本田 直之

パレートの法則(80:20)のように重要な部分は全体の20%に書かれているという仮説を前提に、その部分を掴む。勉強のプロセスはマインドマップにしていくようにしている。
マインドマップ作成のおすすめソフトはフリーマインド

マインドマップが作成でき、画像にすることが出来たり、リスト化することもできる。

kotokaさん
職業はシステムエンジニア。SEというと設計、テストなどあるがSEとあわせて品質管理や業務プロセスの改善的な幅広い仕事をしている。

技術者の基礎的な資格である基本情報技術者の試験が近いためその問題集をやる。ひたすら問題集を解きこんでいく勉強方法。

平成21年度[春期][秋期] 基本情報技術者 合格教本 (情報処理技術者試験)
平成21年度[春期][秋期] 基本情報技術者 合格教本 (情報処理技術者試験)
定平 誠,須藤 智

基本的には技術者肌ではなく文型人間なので、ゆくゆくは業務プロセス改善に全面的に取り組んでいけるようになりたい。とのこと

■ディスカッション

ディスカッションというか雑談的な。個々の仕事観だったり、現在の仕事内容だったりの情報交換が中心でした。

やりたい事があるけど、それに対して情熱がある訳ではないので情熱が無いのにそれに向かって行くことはいいのか?とか好きな仕事をしろというけれど、好きなことでは食っていけない。あるいは好きなことを見つけるのだけでも大変だ。などなど。

■勉強会の所感というかまとめ
それぞれがお互い全く違う職業、勉強内容で、その勉強のプロセスを発表しあうというのはやってみるととても面白かったし、学習することについて考えるヒントになった。また、色々な問題意識をそれぞれ持っていてそれをなんとなく共有出来たのも収穫でした。

とりあえず共通しているのは、会社だけの関係性や経験の積み重ねだけではダメなんじゃないかという漠然とした不安感みたいなものを持っていることっぽかったので、どんな形であれ、とりあえず勉強会なり何なりで集まってみるのはとても有意義かなと思いました。

今後ももう少しブラッシュアップさせつつ、同様の勉強会をしていきたいなと思います。また、あわせてなんらかテーマを絞った勉強会も企画したいですが、それは追々考えたいと思います。

ということで、勉強会に参加いただいた皆様ありがとうございました&お疲れ様でした。これからもよろしくお願いいたします。

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読みたい本「サブリミナル・インパクト」「社会をつくる自由」「源氏将軍神話の誕生」

サブリミナル・インパクト―情動と潜在認知の現代 (ちくま新書)
サブリミナル・インパクト―情動と潜在認知の現代 (ちくま新書)
下條 信輔
現代社会は過剰な刺激に満ちている。直接快楽を刺激する音楽と映像。絶え間なくメッセージを投げかけるメディアやコマーシャル。それらは私たちの潜在脳に働きかけて、選択や意思決定にまで影を落とす。が、私たちはそれを自覚しない。意識下にある情動・認知系への介入は、意識レベルでは認識されないからだ。本書は、「情動」と「潜在認知」に関わる認知神経科学の知見をもとに、現代の諸相をつぶさに検証、創造性をもたらす暗黙知の沃野に分け入って、新たな人間観を問う意欲作。
社会をつくる自由―反コミュニティのデモクラシー (ちくま新書)
社会をつくる自由―反コミュニティのデモクラシー (ちくま新書)
竹井 隆人
社会と自由とは相対立し、憂慮される社会の連帯の喪失に自由の進展が手を貸してきたと見られている。この連帯を取り戻そうとするあまり、無責任な「コミュニティ」なる「仲良し」が蔓延し、それによって自由は制約を強いられているが、自由には社会を自らが責任を持って担う面もあるのではないか。この「社会をつくる自由」は、同調圧力に屈しない「反コミュニティのデモクラシー」を契機として現れる。これを出発点に、本書は自らと異なる他者とも社会をつくる方途を鮮やかに描き出そうとする。
源氏将軍神話の誕生―襲う義経、奪う頼朝 (NHKブックス)
源氏将軍神話の誕生―襲う義経、奪う頼朝 (NHKブックス)
清水 眞澄
『平家物語』『義経記』『御伽草子』等で語られてきた義経と頼朝の伝承と史実の世界。八幡信仰の読み替えを核に据えることにより、源氏将軍の権威を確立しようとした頼朝。治承・寿永の内乱の中で、私戦を公戦に作り替えるために謀反人に堕とされて、やがて魔王となった義経。二人の交差に、勝者の物語としての源氏将軍神話の誕生と生成を読み取る、気鋭の清新な論考。
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関係性にアイデンティティを見出したがる人の弱みに付け込む商売

「俺ね、5年以内に起業して年収1000万超えるから。」 - 機械
マルチ商法に関する俺の体験談を書く - sunomononanoの日記
F's Garage:うさんくさいビジネスを見極める簡単な方法
春になるとこの話題が出てきますね - タケルンバ卿日記

最近、「友情」も「恋愛」も要するに他者との関係性そのものに自身のアイデンティティを置こうとする行為のことなんじゃないかと思っているんですが、そのような他者との関係性に自身のアイデンティティを求めようとする傾向が強い人ほど、いわゆるマルチ商法だったり悪徳商法だったりに乗っかっちゃったりしちゃうんじゃないのかなーと。

多分一時的に他者との関係性が喪失しがちな時期の人たちを狙って業者さんは活動してるんじゃないですかね。特に、関係性にアイデンティティを強く希求する人たちって、とても濃密な関係性を求めるじゃないですか。いつも一緒、とか、常に繋がっているとか。阿吽の呼吸とか。

あるいは、そういうのをどこかで求めていながら、それを表に出せない、あるいはそういうのはあくまで理想であって現実にはないだろうなーと思っている人の目の前に、理想郷を提示することで、ころっと行かせるテクニックみたいなのを駆使してるんじゃないかなと思うんですよね。

昔、こんな記事(→MLM商法はコミュニティの不在に付け込んで浸透した)書いたんですが、一方でそういう日本のコミュニティの不在みたいなのにつけこんだという面と、他方、特に日本人が強く持っている関係性そのものに自我を見出そうとする傾向を上手く利用してるんだと思います。

逆に、逆に強い個人を希求している人とか、オレ様傾向の人に対しては、周りを利用してのし上がれ!or本当の自分はここにある!的なメソッドでアプローチしてたりして結構柔軟な対応してるっぽい気もしますねー。

ま、君子危うきに近寄らずのスタンスですが、万が一そのような事態に直面しても冷静に対応しようとは思います。


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19世紀の英国、20世紀初頭の米国と同様に現代日本で自己啓発本が流行る背景とは?
「自分探しが止まらない」速水 健朗 著

マインド・コントロールと闘う方法―自己啓発セミナー、カルトな宗教、悪徳商法から身を守る
マインド・コントロールと闘う方法―自己啓発セミナー、カルトな宗教、悪徳商法から身を守る
大沼 孝次

自分探しが止まらない (ソフトバンク新書)
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速水 健朗

コミュニティ 安全と自由の戦場
コミュニティ 安全と自由の戦場
ジグムント バウマン
社会 | trackbacks(0) | ブログランキング・にほんブログ村へ ブックマークに追加する あとで読むこのエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーを含むはてなブックマーク

子供の頃、狂った様に絵を描いていた。17歳で全く描けなくなった。

ふと子供のころを思い返してみると、友達は少なくて、一人でレゴブロックで自分だけの世界を作ってごっこ遊びをするか、本を読むか、あるいは絵を描いていた。特に絵は描き始めると止まらなくて授業中だろうが食事中だろうが所かまわず描きたい衝動に駆られて描きまくっていたと思う。

特に僕が執着したのは目でノート一面に劇画調の目と眉毛の組み合わせを何個も何十個も描きまくっていた。次に執着したのは腕で、特に上腕二頭筋のあたりを描きまくっていた。徐々に風景や植物などの静物画も描くようになっていたが、何故か目と腕への強い執着を持っていた。

徐々に小学生としてはそこそこ上達し、福岡で小学生の部の県展に出展したり、絵を描いて校内の掲示板に張り出されたりということをよくされるようになっていたが、あまりそういう本格的な絵画技術や美術方面には興味が無くて、もっぱら落書きだった。というか、教科書やノートを見るとどうにも描きたい衝動が止まらず、ついつい授業中に描いてしまう。で、僕が一心不乱に落書きを始めると、授業中でも人が集まってきて歓声が沸き起こったりして、先生が渋い顔をする、ということもよくあったが、個人的には褒められたり、人が集まってきたりするのはそれほど嬉しい気持ちにはならなかった。逆に「面倒だな」と思った。

中学生ぐらいになってきても、僕の落書き欲みたいなのは持ち続けてはいたのだけど、小学生の時と比べると多少その頻度は落ちていたんじゃないかなと思うし、授業中に落書きに夢中になってしまうことは比較的少なくなっていた。中学生の頃に夢中になっていたのは、当時日本に上陸してきたばかりのテーブルトークRPGダンジョンズ&ドラゴンズなど)で中学で知り合った友人に誘われて数人で遊んでいた。

今思い返すと、TRPGというのは当時の僕が社会と接点を持つのにとても適していたんじゃないかと思う。妄想世界を舞台にして現実の人たちと現実感を持ってコミュニケーションしていくというゲームで、そこで人との繋がり方を掴み始めていた。徐々に、自分の拘りを絵に描くのではなく、主にそのTRPG世界を絵にするようになっていたと思う。例えばキャラクターとか、想像上の都市やモンスターなどをノートに書き、空想を働かせるようになっていた。

高校一年生ぐらいまではその世界と関係性にはまりつつ絵を描いていたのだけど、高校二年生ぐらいになるころには、彼らとの関係性は途切れ、自身の空想世界で遊ぶこともなくなり、普通に他者と関係性を構築できるようになり、そして絵を描かなくなった。全く描きたいと言う欲求が沸かなくなり、また、かつては欲求がなくとも自然と手が動いていたものだったけど、そのようなことも無くなっていた。それ以来、絵を描くことは全く無くなった。それどころか今描けと言われてもこれっぽっちも描けないと思う。

あれだけ何かに憑かれたかのように描きまくっていたのに、憑き物が落ちたかのようにぱったりと描かなくなったのは何故だろうか。絵を描くことはある種の衝動であり、他者と関係性をあまり持たなかった当時の僕にとってコミュニケーションの手段だったのか、アイデンティティの表出だったのか、あるいはその両方だったのか。よくわからない。

ただ、振り返ってみて思うのだけど、高校生になってからの僕は関係性そのものにアイデンティティを見出そうとしている傾向が強かった。四六時中友人達と群れ、大学生になってもサークルの人間関係にのめりこんでいく。コミュニケーションそのものがすなわちアイデンティティであり、関係性の中に自我を埋没させていたと思う。

自我すなわち関係性であるようになっていく過程で、絵を描きたい衝動を喪失していったように思えるのだが、自身で振り返ってみてもこの僕の現象はとても興味深い。何故描かなくなったのだろうか。何を失い何を得たために絵を描かなくなったのだろうか。そして、この絵を描かなくなったという現象に象徴される「何か」はその後の僕の人生にも色々作用しているように思うのだけど、それはまた別のお話。

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思考・心理 | trackbacks(0) | ブログランキング・にほんブログ村へ ブックマークに追加する あとで読むこのエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーを含むはてなブックマーク

芝東照宮

去年の11月ごろ、浜松町近辺を散策し、増上寺から芝東照宮にも立ち寄りました。増上寺と一緒に紹介しようとも思ったのですが、長くなりそうなのでこちらだけ。近々増上寺についても記事を書く予定です。

芝東照宮

芝東照宮

増上寺の歴史と密接に関わっているんですが、ここの御神体は徳川家康寿像。これは慶長六年(一六〇一)正月、還暦を迎えた徳川家康が命じて自身を模して作らせた等身大の寿像で、家康の生前は家康自らが駿府城内で寿像に祭儀を行い、死に際しては増上寺の僧侶を呼び「像を増上寺に鎮座させ、永世国家を守護なさん。」とまで遺言したという。

その遺言に則って当時増上寺の敷地であったこの地に「安国殿」という社殿が築かれ、家光の時代には駿府城より移築された惣門、福岡藩主黒田忠之が寄進した鳥居、本殿の周囲に拝殿、唐門、透塀などが造営され、寿像がご神体として安置され僧侶たちの手によって祭祀が行われたと言う。

その後明治維新になって神仏分離令に伴い、「安国殿」は寿像ごと増上寺から分離され芝東照宮として神社化させられた。のち、東京大空襲の戦災によって寿像と、境内の大イチョウを除いて焼失。戦後再建された小さな社殿が現在に残るのみとなっている。

ということで、徳川家康はなぜ1601年に自身の寿像を作らせ、そして自らその寿像に祭儀を行い、さらに死後もわざわざ増上寺境内に安置させたのか、という疑問が江戸幕府とはなんだったのか?に大きく繋がってくるわけですが、正直よーわからん。よーわからんのだけど、どうも戦国時代を制した信長、秀吉、家康の三人の権力者は歴史上珍しい志向を持っていた、あるいは持ち始めていたらしい。

日本宗教史 (岩波新書)
日本宗教史 (岩波新書)
末木 文美士
日本宗教史(P138-139)
近世が単純に世俗政治の宗教に対する優位と言えないことはまた別の面からもうかがうことができる。それは、権力者が単に政治的権力の掌握というだけでなく、自らを神格化しようと図り、宗教的権威でもあろうとしたということである。信長は、はっきりしたことは分からないが、キリシタンの歴史家フロイスによれば、自らが神として崇められることを求めたという。
秀吉の場合、よりはっきりと死後自ら神と祀られることを表明しており、新八幡という神号を望んだといわれる。
(中略)
家康もまた、自ら神となることを望んだが、死後家康をどう祀るかについて、明神を主張する吉田神道系の梵舜や五山出身の崇伝と、権現を主張する天台宗の天海との間で争われた。結局、明神は秀吉の例からみて不吉だというので、天海の主張に従って、天台系の山王神道の方式で祀られることになった。
(中略)
このように権力者を神として祀ることは従来ないものである。そもそも人を神として祀るということは必ずしも一般的ではなく、恨みを呑んで死んだ人の霊を慰めるところから出発した平安時代の御霊信仰はあったが、現世で最高権力を極めた支配者が、死後も神として君臨しようというのは、新しいタイプの神信仰ということができる。しかも、豊国社にしても、東照宮にしても、遺骸を祀る理恵病としての性格を強く持っている。もともと遺骸は穢れたものであるから、それが直ちに神と祀られることは考えられないが、遺骸に対する見方が大きく変わってきたことをうかがわせる。

このように、この三人は、あるいはこの時代は宗教的権威を利用するのではなく、政治権力者が自ら宗教的権威でもあろうとした心理が働いていたようなのです。そこには、ある宗教の影響がみえる。

「日本宗教史」(P140)
豊国社も東照宮も、基本的には神仏習合の行きを出ていないし、他の神仏を凌駕する性格を与えられているわけではない。しかし、神仏の力を背景に現世を支配した延長で、死後も子孫の支配を正当化する威力を持ち続けるという特別の支配を果たすことになった。
(中略)
強力な支配者としての神という性格には、キリスト教のデウスの性格が幾分かは影響しているのではないかと思われる。

秀吉亡き後、関が原の戦いを制し、政治的権力を掌握していく過程で秀吉はすでに神として祀られていたので、それに変わって自身を神格化させようとした、あるいはさせずにいられなかったのかもしれない。その反面、徹底的にリアリストでもあった家康は当時圧倒的な影響力を持っていた仏教諸勢力を巧妙に取り込み、仏教をベースにした支配体制を確立していき、自身は仏教を守護する最高神として死後も君臨する選択をしたのだろうと思う。それが以前ちょっと妄想的に書いた紅葉山東照宮(「江戸城にあった霊廟紅葉山東照宮という権力装置」)であり、この徳川家康寿像だったと思われる。

つまり、秀吉にしても家康にしてもキリスト教の影響を受けていたがゆえにキリスト教は弾圧されなければならなかったということ。そして、権力者の絶対性ゆえに、体制が覆ったときにはカウンターとして政治的宗教的絶対者が必要と成ってしまう体制の下地が、このとき出来たということ。それが国家神道へと繋がり、太平洋戦争へと繋がるという歴史の連続性みたいなのを感じずにはいられません。

まぁ、そのような小難しい物騒なお話はここらへんにして・・・この神社にきたらこの樹の下で空を見上げるとよいですよ。樹齢350年を超える大イチョウ。

芝東照宮の大イチョウ
でっかいなぁ。ほんとにでっかいなぁ。


芝東照宮

参考リンク
緑に囲まれた「都心のオアシス」芝東照宮
芝東照宮 - Wikipedia

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Googleすら攻めあぐねる天然の要害〜池上本門寺とその周辺

日光東照宮の謎 (講談社現代新書)
日光東照宮の謎 (講談社現代新書)
高藤 晴俊

神仏習合 (岩波新書)
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義江 彰夫
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野良猫への近づき方を体がおぼえ始めた気がする

美人猫

日向ぼっこ猫

お昼寝猫

散歩猫

散歩しながら野良猫、街猫写真を撮ったりするのが趣味なんですが、徐々に、猫に警戒されずに近づく方法を実践できつつある今日この頃です。といっても、警戒心が強い子や、上手くタイミングが掴めないシチュエーションもあって自信を持って言えるわけじゃないんですけど、以前と比べて圧倒的にすぐ傍に近づくことが出来る回数が増えてきた気がします。

コツは・・・だるまさんがころんだです。だるまさんがころんだ!の感覚で。以前は頭では理解出来てたんだけど実践までは行ってなかった。徐々に近づけるようになってきたのは最近ですね。びっくりさせちゃうと申し訳ないので、様子を見つつ少しずつ少しずつ。無理はしない。無理の無い距離感で猫と一期一会、です。


きょうも、いいネコに出会えた (新潮文庫)
きょうも、いいネコに出会えた (新潮文庫)
岩合 光昭
東京の猫 | trackbacks(1) | ブログランキング・にほんブログ村へ ブックマークに追加する あとで読むこのエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーを含むはてなブックマーク

少子化問題の原因は関係性の問題が大きい

子供をつくらないという選択で貴方は何を得るか? - pal-9999の日記
子供をつくらないという選択で貴方は何を得るか?

答えは、「社会保障システムにフリーライドできる」だ。子育て費用を負担しないで良い分が貴方のフリーランチとなる。ある意味で合理的なのだ。

少子化問題は経済合理性が主要因ではないと思うんですよ。とても重要な要因ではあるけれど、主要因は社会的な心理の問題で、それに経済問題が複雑に絡み合ってる構造だと思います。

一つは人々が束縛感が極力ない関係性をもとめていること

やさしさの精神病理 (岩波新書)
やさしさの精神病理 (岩波新書)
大平 健
(P171)
子供は確かに夫婦の絆となります。いや、単なる絆以上のものかもしれません。「子は鎹
」といい、気持の離れそうな夫婦をもしゃにむに繋ぎとめてしまいます。字を見ても金偏の"鎹"は糸偏の"絆"よりも、いかにも強力そうではありませんか。
しかし、このことは見方を変えると、子供が夫婦を強烈に束縛する、ということです。「子が足枷になる」と実感している夫婦も少なくありません。
鎹と枷。絆(きずな)と絆(ほだし)よりも強い対です。子供はしばしば、夫婦に大いなる葛藤をもたらします。

で、現代の人々は、他者との関係性において束縛感を少しでも和らげようとする傾向があるし、繋がり方は細くなるんだけどそれは甘受しようとする傾向があるという。

もう一つは子育てに関する恐怖。

日本人のしつけは衰退したか―「教育する家族」のゆくえ (講談社現代新書 (1448))
日本人のしつけは衰退したか―「教育する家族」のゆくえ (講談社現代新書 (1448))
広田 照幸
わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる: 神話に一撃!「日本人のしつけは衰退したか」
親たちは常に不安にさいなまれているから。「あなたの子が非行に走ったならば、すべてあなたの教育・しつけの失敗なのだ」という言説が、親を恫喝するストーリーとなる。子どもの人生の失敗は、そのまま親としての無能さや人格上の問題を示すものになりかねず、親たちは、子育てに熱心にならざるをえなくなっている。

まだ親でない夫婦にとっては恐怖である。もし子供を持ったとして、わが子がちゃんと育たなかったらどうしよう?それどころか、最近は家庭内暴力や親殺し、引きこもりといったニュースも頻繁に聞こえてくる。子育ては文字通り命がけだという思いは拭い去れないんじゃないか。

このような束縛感を伴う関係性を回避する「夫婦の信頼関係」や、「失敗しない子育てメソッド」などがきちんと目に見えて、なおかつ「経済的にも申し分ない」となったときに初めて子供をどうするか?という心理が働くんじゃないのかな。信頼関係とかメソッドなんて幻想でしかないんだけど、その幻想を求めて、まず安心したい欲求が働いているんだと思う。

少子化問題は、そういう社会性の問題が最も大きな要因なんじゃないかな。

その反面、最近の若い人たち、特に20代前後は子供に対する願望が強そうにも思う。それは多分社会的にあまりに関係性が希薄になっているから、確実に他者と繋がることが出来る"鎹(かすがい)"としての子供を求めているんじゃないのかなと思っている。

「先進国」ほど少子化傾向が強く、「発展途上国」ほど多産化傾向が強いのはコミュニティの存在が強いんじゃないですかね。村落共同体だったり家族共同体だったりで上手く連携しあえるし、個人主義がそこまで強くないので「先進国」ほど子供が重荷だと感じないしね。将来の展望はそんなに無いのかもしれないけれど、逆に先進国の人は、イヤでも世界経済の暗い先行きとか、国家財政が破綻寸前とか、そういう情報が入ってくる訳で。逆にそれほど全体をみなくてもすむから、安心して自身と身の回りの生活に注力できるという面はあるんだと思います。

少子化問題の対策はソーシャル・キャピタルの構築。コミュニティの形成。経済的支援体制の整備。社会の安定。とざっくりかくとそういう当たり前のことになると思うんですけれども。

子育ての失敗を怖れる傾向と、たとえ夫婦間であっても束縛を嫌う社会性がある限り、いくら社会保障、経済サイドでの体制を整備しても大きな効果は無いんじゃないかな。で、それは世代の問題であるような気もするんだけどな。いわゆる20代後半〜40代にかけてのロスジェネ+その前後の世代の問題かなと。徐々にその心理は下の世代になるにつれて薄らいでいくんじゃないかなーと安易に思ってる。

コミュニティをぶっ壊すだけぶっ壊してきたのがこの50年ぐらいの話で、これからは再生と再構築の時代だと思うので、経済サイドとは関係なく、少子化問題は好転していくと思いますよ。ただ、それにドライブを掛けるには経済・労働・社会保障の問題を解決させないと難しいとも思います。この不況下にどれだけ経済的ダメージを少なくして余力を残して置けるか、過去の課題に解決のめどをつけておけるか、じゃないかな。

人口問題は鬼頭教授のこれ、推移がわかりやすいですよ。

[図説]人口で見る日本史
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鬼頭 宏

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最新のBUSINESS LAW JOURNALは解雇関連特集

そういえば最新のBUSINESS LAW JOURNALの特集が「リストラ実務と労働法リスク」で主に使用者側での解雇手続き関連の特集していましたよ。

BUSINESS LAW JOURNAL (ビジネスロー・ジャーナル) 2009年 04月号 [雑誌]
BUSINESS LAW JOURNAL (ビジネスロー・ジャーナル) 2009年 04月号 [雑誌]

パラパラと立ち読みしただけだけど、岡田 和樹弁護士のインタビューで、労働裁判に関して従業員の勤務に関してや、実情等についての情報は全部会社側が持っていることが多く、なかなか表面化しないことや、それを強制的に開示させることが困難な点など指摘されていて、米では解雇が容易だけど、労働関連の裁判になったときの情報開示は強制力がある点が日本と違う。労働関連の実情や文書等の調査や提出に関して強制力を強化した方がいい的な話など書かれていてなかなか興味深かったです。(見ずに書いてるので趣旨違うかもしれないですが)

今度じっくり読もうかなと思いますので、詳しくは後日。


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ブロガーによるノットワーキング(Knotworking)なネットワーク

Geekなぺーじ : ブロガーユニット
ブロガーのギルド、もしくはブロガーのユニットというものが生成されていくようになると色々出来る事が増えて行くのではないかと、漠然と考え始めました。

(中略)

今のところ考えている方法としては、以下のような感じです。可能な限り「ゆるい繋がり」を維持しつつ、案件毎に「密な繋がり」をアドホックに結成できるような形態が良いと感じています。

* 「何かあったらユニット作ろうよ」というメンバーが集まる
* プロジェクト単位でユニットが結成される
* 例えば、誰かが案件を持ってくると条件の合う人が手を上げてユニット結成
* ユニットを代表して誰かが条件を交渉する
* 条件が決定したところで案件開始

現在の考えとしては、出来るだけアドホックにしたいと考えています。これは、案件毎に得意不得意が出ると思われるからです。また、条件によっては駄目というものもありそうだからです。

この方式のポイントは、「縛られない」事と「ユニットを作るあてが常にあり続ける」というところではないかと考えています。

丁度最近僕もブロガーに限ったことではないのだけど、同じような「ゆるやかな繋がり」を生み出すことは出来ないかと考えているところで、先日も記事を書いたところだった(→「会社組織の枠を越えた「ノットワーキング(結び目作り)」をどうするか?」)ので、興味深く読みました。というか、こういう「ゆるやかな繋がり」というか、ソーシャルキャピタルの再構築的な動きって時代の要請のようなところがあるんだなと。多分多くの人が漠然と考え始めているんだと思います。

で、ブロガーのユニットなんですが、基本的なユニット形成は同意で、通常「ゆるい繋がり」で、案件ごとに「密な繋がり」というところは全く持って同意ですね。で、「取材」より「企画」である方が良いのではないかなと思います。正直なところブロガーの媒体としての影響力って一部の強力ブロガーを除いては企業にとってはそれほどメリットがあるとは思えないんですよね。ではなくて、もう少し踏み込んで行く必要があるのかなと。想定するのはこんな感じ。

1)ブロガー提案型の新製品企画
例えば「お菓子メーカーの新製品企画アイデア募集」みたいなのがあって(誰かが案件とって来るわけですが)、ターゲット、種類などいくつかの要件を踏まえた企画を個々にブロガーが考えてエントリーを書き、その中から企業側で良いと思った数人が実際に企業に行って企画会議に参加。まぁ、採用されるかどうかに限らず、お菓子の発売前になったらその企画会議の模様を各ブログで記事にしていくという感じで、そこに製品とブロガーとの相乗効果をもたらすことが出来るかなと。別に製品やサービスに限らず会社のおもしろ人事制度の企画とか、なんでもいいと思います。

2)ブロガーの自発的な企画へのスポンサード募集
こちらはブロガーの自発的な企画にスポンサーを募集していくという方向。何人かのブロガーで例えばどこかの観光地にブログの取材旅行に行くということになった時に、旅行会社から旅費等を出してもらうかわりに広告掲載とか、関連しそうな雑誌媒体とタイアップするとか。これだと単体記事じゃなく少しキャンペーン的企画にならないとスポンサーは難しいか。例えば、これからの季節だったら「人気の旅行系ブロガー5人で関東の桜の名所100箇所めぐりします。記事数は各ブログ10〜20エントリー。期間は2週間。想定する総PVは50万」とかで旅行会社や旅行雑誌、各所の特産品のメーカーなどのスポンサーを募集して各ブログに広告出稿という感じかなーとか。

ブロガーへのインセンティブはブログのPV増はもちろん、企画に参加することや、企画を自身で考える喜び。あわせて、やっぱり金銭的なペイはある方がいいと思います。この「ゆるやかな繋がり」を形成し、時に「密な繋がり」を形成するブロガーたちにはPV数に応じて報酬を受けることができる広告を掲載することが出来る方が良いんじゃないでしょうかね。知らないですがAMNのアドネットワークって結構貰えるんですかね?

という、とりあえずなアイデアですが、いかがでしょうか。旧来の組織を跨ぎ、個々がゆるやかに繋がり合い、時にノットワーキングを形作って協力しあう「協働志向資本」を作ることが今求められているんだと、僕はほぼ確信に近い思いを抱いていて、それを形に出来ないかなと考えているところの記事だったので、何か、何でもいいからリアクションを!とちょっと焦って書いてしまった記事です(笑)

以前の記事から再引用。

ノットワーキング 結び合う人間活動の創造へ」まえがきより
ノットワーキング(knotworking)は、多くの行為者が活動の対象を部分的に共有しながら影響を与え合っている分かち合われた場において、互いにその活動を協調させる必要のあるとき、生産的な活動を組織し遂行するためのひとつのやり方をいう。ノット(knot;結び目)という考え方が指し示そうとするのは、行為者や活動システムは弱くしか結びついていないのに、それらの間の協働のパフォーマンスが急遽、脈打ち始め、分散・共有され、部分的に即興の響き合いが起こってくる、ということである。協働でなされる仕事の中で、ノットは結ばれたりほどけたりするが、特定の個人や固定された組織がコントロールの中心になるわけではなく、ノットをそのような存在に還元することはできない。主導権のありかは、一連のノットワーキングにおいて、刻々に変化していく。
ノットワーキング 結び合う人間活動の創造へ
ノットワーキング 結び合う人間活動の創造へ

多くの人たちがゆるやかに繋がり、時にノットワーキングを作れる環境を整備するにはどうすればいいか、引き続き考えたいです。


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ソーシャル・キャピタル―「信頼の絆」で解く現代経済・社会の諸課題
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読みたい本「怯えの時代」「眠らない―不眠の文化」「現代経済の大転換 コミュニケーションが仕事になるとき」

怯えの時代 (新潮選書)
怯えの時代 (新潮選書)
内山節
吸い込まれるように「先の見えない時代」へと移行している。かつて、これほどまでに人間が無力なことはなかった。問題の所在はわかっていても、「現代」を支えるシステムが複雑かつ巨大過ぎて、解決手段をもてなくなってしまったのだ。いつから私たちは「明るい未来」をなくしてしまったのか。気鋭の哲学者が「崩れゆく社会」を看破する。

内山節さんの本はこれおすすめ。→「日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか」この人は、現代社会に対してはある種観察者的ライフスタイルの人だから(→内山節 - Wikipedia)、それゆえにフェアな視点を持っているなぁと思います。

眠らない―不眠の文化
眠らない―不眠の文化
エルンド・サマーズ・ブレムナー
誰も寝てはならない。24時間営業と深夜労働で不夜城の大都会、交錯するメディア活動、瞬時の応答を迫るIT通信、グローバリゼイションなどの大洪水に、消滅せんばかりの夜の静寂と沈黙。睡眠と覚醒の境界が崩れた今日、眠らない/眠れない人々の大量出現は、如何なるライフ・スタイルと新たな文化を構築するのか。不眠を神憑きと見る習俗、古典文学・芸術から現代医学まで魅力あふれる知見を動員し、寝る間も惜しい、斬新で画期的な現代社会論。

これは面白そうだなぁ。僕は快眠派なのであまり眠れないってことは無いんだけど。逆に、覚醒中も睡眠であるかのように感じる世界観というのも今あるんじゃないかなとかおもう。関連本としてはこの辺とか→「ヒトはなぜ、夢を見るのか

現代経済の大転換 コミュニケーションが仕事になるとき
現代経済の大転換 コミュニケーションが仕事になるとき
クリスティアン・マラッツィ
現代経済の大転換 - 青土社
働くことの意味はどのようにして変わったのか
世界規模で激変する社会の中で労働は大きくそのかたちを変えた。コミュニケーションと労働の結びつきが、働くという概念を劇的に変え、すべての労働が感情労働化し、非正規雇用化することを喝破した画期的名著。

感情労働って話はここ10年ぐらい熱いトピックですよね。社会のマクドナルド化とか。感情労働の先にある労働観をどう語っているかというところに興味があるんだけど、西欧と日本の労働観の違いを考えると、案外日本人にとっては目新しいものではない結論に至っているかもしれないね。とか読んでないのに適当なことを言ってみる。この辺とか関連するのでしょうか。→「仕事と日本人「時間意識の近代―「時は金なり」の社会史」

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花粉症が日本を滅ぼす

花粉症の蔓延って林業政策の失敗という側面がかなり大きいですよね。

ざっくりとした流れでいうと

高度経済成長→木材需要の急拡大→拡大造林政策で森林伐採、スギヒノキ等への植え替え奨励→スギヒノキはほとんど無かったのが国土の森林の3割を占めるぐらいに急速に植え替え→林業ウハウハ→70年代木材輸入自由化→国内の林業競争力低下→林業崩壊→スギヒノキ放置→樹齢30年でスギは花粉を付け始める→誰も管理しなかった→花粉飛び放題(年間800万トン前後)→花粉症蔓延(有病者数は2005年で約2200万人)←イマココ!

ってことで、花粉症の85%がスギ花粉症って話ですが、とても関係がありますよね。

また、花粉症による経済損失ですが、以前書いたのを再引用すると

「花粉症は環境問題である」奥野 修司 著
97年に旧科学技術庁が患者数を1300万人として出したスギ花粉症にかかる一年間の費用は2860億円で、現在は有病者数はほぼ倍増していること、また間接的な損失まで考えた場合、毎年6000億から1兆円近い損失が出ているのではないかと言われている。
花粉症は環境問題である (文春新書)
花粉症は環境問題である (文春新書)
奥野 修司

まぁ、一兆円は無いにしても数千億円規模。で、今花粉の出ないスギ等への植え替えが進んでいますが、これ30年計画とか50年計画ですよね。

また、人工林は天然林と比べてやたらメンテナンスに手間が掛かるし、旧来の天然林と比較して森林が持っている水源の涵養、土砂の流出防止などの公益的機能が低いため、治水や災害対策への費用も掛かる。

wikipediaの人工林のページは良い内容ですよ。

人工林 - Wikipedia
近年は、木材価格が低迷し採算が取れないことから手入れが放棄されることが多く、森林の持つ公益的機能(水源の涵養、土砂の流出防止など)が十分に発揮されないことが指摘されている。

植栽後の初期には手入れがされていたため、下草は手入れがされて取り除かれた。その後、スギやヒノキが成長して葉を伸ばすと、空を覆ってその下への光を遮り、いまだに下草がほとんど生えないまま土が剥き出しの状態となってしまっている。遠くから見れば緑に覆われているものの、近づいてよく見てみれば荒れてしまっているこの状態は、緑の砂漠と表現される。

下草がない状況では、そこに住む生物の種類や数も乏しくなり、森の生態系も乏しいものとなる。ひげ根に近い針葉樹の根は広葉樹に比べて土の固定力が弱いため、風に比較的弱く、下草がないことも加わって、雨による土壌浸食が起こりやすい。またスギ林では、春先に大量の花粉が発生して周囲に運ばれ、花粉症の主原因となっている。

また、民有林では地籍調査が進んでいないことから、所有者間の境界が不明瞭であり、森林所有者の管理意識が低下しがちである。

対策として、人工林を伐採し、もともとその地域に生育していた樹種やそれに近いものに植え替えたり天然更新を促すなどして、公益的機能が高く人による手入れの必要性が少ない森林へと変えていくことが必要となる。管理について公有林化や共同管理化などを進めることが有効だとされる。

2006年現在、日本の人工林の8割が未整備状態であるとされており[2]、公益的機能の低下に伴う土砂災害や森林の荒廃の危険性は年々高まってきている。廃村や限界集落周辺の森林、大規模河川や都市を流れる河川の上流に位置する森林などは、整備の重要性が特に高いとされている。

かつて国産材を圧倒した南洋材(東南アジアなど)は、資源の枯渇と自然保護による伐採の禁止などの動きにより輸入用が激減している。

南洋材を補うように輸入量が増加した北米材(カナダ、アメリカ)も同様に規制が厳しいこと、また、北洋材(ロシア・シベリア地方)に関しては資源量の減少が予測されることから、長期的には減少傾向が見こまれる。

世界的に利用可能な森林資源が減少傾向にある中、経済発展が目覚ましい中国の木材輸入は急増傾向にあり、今後、木材需給が逼迫する可能性もある。このような状況から、国産材の競争力が将来的に復権する可能性もある。

花粉症が及ぼす数千億円の損失が今後50年に渡って続くのであれば、それって日本経済にすごいボディーブローのように効いて来るんじゃないかな。今クリンチされて腹にボコボコ食らってる感じ。特にかつての経済大国であれば耐えられたかもしれないけれど、この経済情勢下では看過できないんじゃないかと思う。

また、放置された人工林が及ぼす影響も単純に木材関連だけじゃなくて、上記のように災害や治水、さらには限界集落等都市問題にまで広くリンクしているので、甘く見ていたら本当にヤバイんじゃないか。

なんだかんだでまだ国力のあるうちにスギ等の人工林の現状を調査し必要なものを残して極力早く天然林(修正→天然林じゃなく土壌にあった植生に基づいた森林)に植え替えるとともに、林業への一定の支援と産業活性化をして、メンテナンスができるようにしておかないと、大きなツケを今も払っているけど、数年〜数十年後に致命傷になりかねないことになるんじゃないかと思うんだけど、これ杞憂ですか?

第一次産業の衰退によって労働者を創出し高度経済成長をもたらしたのかもしれないけれど、その経済成長と引き換えに巨大な負債を背負ってしまっているんじゃないですかね。借金は払えるうちに払っておきましょうよ。とこの季節になると思います。


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IBMがリアル「ガン=カタ」スーツの特許を取得

IBM、飛んでくる銃弾を避けるリアル「ガン=カタ」スーツの特許を取得 - Engadget Japanese
IBMの発明は予測した射線上に身を置かないことで「無敵になる!」ガン=カタ、またはトリガーを引く腱の音を聴きとって避ける最強武術「シナンジュ」を地でゆくような発想です。

YouTube - Equilibrium trailer

ガン=カタは、やべーよ。この予告編だけでも中学生テイストが漂ってきて身悶える。

ガン=カタ - Wikipedia
ガン=カタは、都市国家リブリア・テトラグラマトン党隷下の「グラマトン・クラリック」と呼ばれる特殊捜査官が使用する戦闘術である。第三次世界大戦までの戦闘データの統計に基き、常に敵の死角に回りその銃弾を回避しつつ、最小の攻撃で最大の成果を得るという概念に立脚している。

基本的にはクラリックガンを両手に持った、二挺拳銃の状態での至近距離〜近距離における銃撃戦を想定しているが、その一方で日本刀(もしくはそれに類似した形状の刀)による斬撃や、クラリックガンによる直接的な打撃を用いた格闘戦も行う。熟練した「第1級クラリック」であれば、クラリックガンをハンマーのように扱う技撃のみで、アサルトライフルを装備した兵士6人を倒してしまう事も可能である。

ガン=カタの最大の特徴はマスターすれば飛躍的に戦闘力が上がる事とされている。ガン=カタは基礎の動きをマスターするだけで、攻撃力(攻撃の能率)は少なくとも120%上昇(220%)、一撃必殺の技量も63%上昇(163%)する。さらに第1級クラリックになればその戦闘能力は計り知れないものになる[1][2]。

ガン=カタ使いは敵の銃口がどの方向に向いてるかを一瞬で判断し、その銃弾が通過する軌道上を避けて攻撃を行う。刃物も同じ理屈で、一度振り下ろせば慣性が働き、振り下ろしてる途中での刃の軌道修正はほぼ不可能であると考えられるため、限りなく無敵に近い存在である。

「リベリオン」は「マトリックス」より遥かに革命的だったとおもうよ。

リベリオン -反逆者- [DVD]
リベリオン -反逆者- [DVD]

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「拡張による学習」という概念からシンプルな勉強会を考えた

先日、「【NonGeek Community】非技術者のための勉強会・情報交換コミュニティ」という勉強会・情報交換サイトを立ち上げて、今まで自分除いて11名の方にご登録いただいたんですが、まぁ、それぞれのスペシャリティや志向なんかも違うだろうし、これからどう進めていこうかとちょっと考えがまとまらなかったのですが、最近読んでいる「ノットワーキング 結び合う人間活動の創造へ」という本(この本、様々な点でインスピレーションを与えられた。近々色々書くつもり。)に「拡張による学習(expansive learning)」という概念が解説されていて、思わずこれだ!と思ったので紹介します。

ノットワーキング 結び合う人間活動の創造へ
ノットワーキング 結び合う人間活動の創造へ

「拡張による学習」

(P175-176)
自らの活動システムの境界を超え、結びつくことによって、新たに見出された新しいアイデアや知見を、さらに新しいツールとして導入し、活動システム自体を革新していくようなタイプの学習プロセス

具体的には下記の図のようなプロセスを辿ります。同書の図と解説を元に再構成。
発達プロセス

(1)個人による目的追求を目指し各人がスキルアップを図る段階
(2)個人が自らのスキルアップのプロセスを改善していくことを試みる段階
(3)グループやチームが一つの結果の追求にあたり目的達成のため連携を図る段階
(4)コミュニティの発達プロセスに主眼を置く段階。定められた目的を追求するより、変化のプロセスをモニターしながら相互に学びあい、評価し、ヴィジョンを描き、実行するプロセスの繰り返し。

また、行為主体と彼らが向かう対象との関係を三つの次元で捉えています。

(1)コーディネーション(協調)

この次元で行為者たちは、それぞれがある活動に対して与えられているスクリプト(筋書き)にしたがって、各々の異なった独自の目標を達成するために、行為する。つまり、協調においては、行為者が互いの目標や動機を積極的に統合しようとする活動は必要とされない。

(2)コオペレーション(協働)

行為者たちは同一の問題機制のもと、それぞれが分かちもたれた対象へと向かっていく。この次元では、それぞれの行為者が、筋書きにのっとった対象を共有してはいるが、対象自体を創出したり、筋書きを書き換えたりといったことは含まれない。

(3)コミュニケーション

分かちもたれた対象に向かう行為者たちが自らの行為を互いに省察し、目標達成のためのスクリプトを書き換え、また対象自体をも協働で創出していく

この「拡張による学習」という概念とプロセスを上手く使って勉強会を出来ないかとちょっと考えてみているところなんですが、まぁ難しいことは最初から出来ないので、まずは手近でシンプルなことをしようかなと思います。

例えば、
1.どこか会議室なりスペースなりを借りて集合
2.それぞれやりたい勉強を各々独習(内容問わない)。(一時間〜二時間ぐらい)
→最近よく行われているもくもく会的な
3.一人5分程度でその日にやった勉強の内容と個々の勉強の仕方やプロセスを発表し共有する

人数的に10〜15名ぐらいがmaxでしょうかね。これだったらいちいちテーマを決めて門戸を狭めくてもいいのと、案外、みんながどんなことを勉強していて、どのような勉強方法をしているかという情報共有は興味あるんじゃないかと思ったりします。少なくとも僕は興味ある。

まずは上の図で言うところの(1)個人のスキルアップと(2)プロセス改善、三つの次元で言うと(1)コーディネーションの段階の、まぁ改善というほどではなく、他人がどういう内容の勉強を、どのようなプロセスでやっているのかという情報共有のレベルまで。まずは超シンプルなことをやってみるのが面白いかな、というかやってみないとわかんないというか、やらないことには始まらないというか。やってみて色々参加者の方々とブラッシュアップあるいは新しい方向性を見出すということが大事ですねーと思います。

なので、近日中に場所とか概要とか決めてお知らせしようと思います。どのぐらいの方々に興味を持っていただけるかはわからないのですが、とりあえずインスピレーションを得た概念と方向性が僕の中では少し決まったかなというアウトプットのエントリー。

上記の図の(3)、(4)あるいは三つの次元の(2)コオペレーションはまだ具体的に思いつかない。例えば管理部門系の専門性も違う人たちが集まっての協働的な勉強会ってどんなのがあるだろうなーと思うんですよね。例えば架空の事業計画書なり中期経営計画なりを作ってみるとかだと総務人事法務経理財務など跨ぐけど、大仕事だし、一日で終わるもんでもないので、もう少しシンプルなネタ無いかなと模索中。大規模になってくると、人事の人たちで架空の人事制度作るとか、法務の人たちでコンプラの勉強会用テキストを作るとか、専門性毎に分かれて開催も出来そうなんですけども、まぁ出来るところからやってみようかなという感じですね。

ご意見などぜひトラックバックやブックマーク、あるいは「【【NonGeek Community】非技術者のための勉強会・情報交換コミュニティ • トピック表示 - 「拡張による学習」という概念を踏まえた勉強会ご意見募集スレッド」のにいただけると(要会員登録です)大喜びです。勉強会開催詳細は近日、このブログと勉強会サイト等でお知らせ予定ー。よろしくお願いいたします。


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金縛りとは何か?そのメカニズムと夢について

やる夫が明晰夢に入るようです:ハムスター速報 2ろぐ

49 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/05(木) 03:28:20.42 ID:Mvtkr7l80
金縛り状態には週何回かなるんだけど不快な気持ちにしかなんないからヤダ。
金縛りって良いことあんの??


>>49
金縛りは明晰夢見てる状態と一緒
目の前に部屋の風景が見えてるならそれは頭が考え出した風景を見てるだけ
だから、体が動かないっていう勘違い(正確だけど)を振りほどいて
今は夢の中なんだ!って自覚を持てばやりたい放題できる

便乗して金縛りのメカニズムについて紹介しておきますね。メカニズムを理解しておくと金縛りは怖く無くなると思います。

ヒトはなぜ、夢を見るのか (文春新書)
ヒトはなぜ、夢を見るのか (文春新書)
北浜 邦夫
ヒトはなぜ、夢を見るのか (文春新書)」(P137-138)
寝入りばなや明け方に身体の動かなくなる夢を見ることがある。睡眠麻痺あるいは金縛りと呼ばれる現象である。多くの場合、寝入りばなに入眠時幻覚として現れる。覚醒の自覚があるのに肝心の身体が言うことを聞いてくれない。寝室に化け物や人影が入ってくるなど視覚性、体感性、前庭性の幻覚があってパニックに陥ることがしばしばある。

(中略)

これは逆説睡眠中の筋弛緩が意識化されることに原因がある。
逆説睡眠は通常、入眠後六十分から九十分で出現するが、夜勤や海外渡航など変則的な生活をすると入眠直後に出現することがある。昼寝、昼夜逆転睡眠、睡眠時間のずれ、あるいは六十分覚醒三十分睡眠というスケジュールでもこのような状態が確認されている。夜眠っている人をたびたびおこして一定時間覚醒させると(中途覚醒法)、健常者の多くが金縛りの体験をすることから変則的睡眠・覚醒リズムが原因と分かった。

逆説睡眠は身体は眠っているが脳は覚醒している状態のことで、一般的に夢を見ているというのはこの逆説睡眠の間のことを指します。この逆説睡眠中に筋弛緩が意識化、つまり身体を動かそうと命令を出しているのに身体が動かないということが意識されている状態が金縛りで、その原因は上記のような変則的な生活が原因であることが多いということです。

眠っている状態で、意識はあるのに身体は動かない、そんな不安感は悪夢というイメージを作り出し金縛りの恐怖が襲い掛かってくるというのが定番ではないかなと思う。僕自身はそういうことが多いかな。

で、その解決方法はこういうこと。

(P139)
ふつうの夢では自分の身体が動かないとまでは意識していないから怖くはない。この場合「動けない」「筋肉が弛緩している」という感覚を意識するレベルまで覚醒度が上がっていて、大脳皮質はかなり覚醒水準に近い。もう少し覚度が上がれば今度はあきらめて目覚めるのを待つことができる。だから、パニックに陥らないためには、「今は夢を見ているだけで、そのうちに目が覚めるだろう」と自分に言い聞かせるのがよい。これは練習によってできるようになる。

これは上記のリンク先の明晰夢の話ともリンクしてくるのだけど、金縛りなどになったら、上記のように言い聞かせる訓練をすると良いようだ。そして、明晰夢について、現在の科学で分かっていることについて。

(P193-194)
人間の意志は、脳の最前端にある前頭葉の働き、つまり自己制御というワーキング・メモリーに依存している。前頭葉はちょうど高層ビルの最上階の司令部にあたっていて、階下から階層的にのぼってきた情報を過去のデータと比較しながら処理をして、何をするか決定を下す。そして、今度は階下の運動野に命令を下して、実行に移す。具体的に実行しなくても考えるだけでもよい。逆説睡眠状態では、その前頭葉での意思決定ワーキング・メモリーの活動が低下しているのだから好きな夢を見ることはむずかしい。
しかし、覚醒水準があがってくると夢を自由にすることができる人がいる。

その覚醒水準が上がり、意思を持って夢をコントロールしている状態のことが明晰夢と呼ばれている。その明晰夢はどのような状態なのか実験がされたことがある。逆説睡眠中は筋肉が弛緩しており、身体を動かすことは勿論、言葉を発することも難しいが眼球運動だけは自由になるので、信号を送り眼球の動きで返すという方法が取られたそうだ。

(P195)
実験の結果、五十すべての明晰夢が逆説睡眠中に観察された。明晰夢での知覚は考えていた以上に理路整然としていて理性的であった。音などの信号を与えると夢に変形されて現れることが多いが、明晰夢の場合、そのまま受け取ることができる。たとえば十秒がどれほどの長さかを、計測開始と終了時に眼を動かして合図してもらうと、覚醒時とほぼ変わらない。この種の夢を見ている間は現実と同じ時間判断ができている。

で、明晰夢を見ている状態というのはどういう状態かと言うと通常の夢を見ている状態と比べて、新皮質がより活性化され、前頭葉もある程度機能を取り戻しており、意志の力で夢のストーリーを作ることが出来るようになっているらしい。そこで、悪夢に悩まされている人に明晰夢を見させる訓練が行われていることもあるとのこと。

夢って面白いですよね。僕は基本的に夢は所与のものとしてあるがままに受け入れたいと思っているので、不可思議な夢であったり何か特徴的なストーリー性があったりしても、そのまま楽しむようにしています。金縛りは最近ほとんどあわないなぁ。また、明晰夢という形で夢をコントロールしようというつもりは全く無いので、訓練しようとは思いませんが、知れば知るほど面白いなぁと思いますね。

夢は非合理的であり、また意識していないと忘れ去ってしまうが故に、現代社会では多くの人があまり夢について語ろうとしない、あるいは語るとしても夢占いだとかオカルト的なアプローチが多いと思うのですが、人生の一部としてその不合理な世界を楽しむというスタンスはありだなぁと思いますがいかがですか?

いやー、昨晩も、指にゴミがついていたので一回ちょん切ってゴミを払ってまたペタッとくっつける夢を見ました。多分、最近女優の三浦理恵子さんが子供の頃指を切断してそれをつなげるという大手術を経験したというエピソードをwikipediaで読んでその記憶が呼び起こされてイメージ化したんじゃないかなと思います。朝起きてなんじゃこの夢は?とか思ったんですが、まぁそんな感じです(笑)


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勉強会に否定的な上司の横っ面を札束でぶっ叩くための助成金案内

社内で勉強会やりたいと会社に言ったら、「言うまでもない」と断られた。 - 脱エンタープライズ志向
せめて、自社の人間と活動をスタートして、そのうちグローバルになればいいかなぁという気持ちで、会社に相談してみた。

結果・・・

「言うまでも無く、駄目。」

えーーーーっ!!
社内勉強会をやりたいのに上司が認めてくれなかったら 2009-02-07 - 未来のいつか/hyoshiokの日記
どう考えても、勉強会を開催するコストよりも勉強会を開催しないリスクの方が大きいと思う。それともこんな単純なことが理解できないほど、上司は愚かなのか?それともこんな単純なことが実施できないほど、その会社には深い事情があるのであろうか。その事情をわたしは理解したい。どのような条件のときに、勉強会を禁止することが経済合理性にかなっているのか。

哀しいことに世の中の多くの経営者は長期的な視点は持っていない、というか事業については長期スパンで考えることが出来るけど従業員に関しては短期的な見方しかしない中小企業の経営者って結構多いと思いますね。そんな彼らにウンと言わせるには札束で顔はたくしかないんじゃないかと思うわけです。勉強会したらナンボもうかりまんの?に対してこんだけ儲かりまっせ。という提案をしてあげないと重い腰動かさない。経営判断というトレードオフの結果、勉強会をすることによる儲けの方が大きくなるようにしてあげるということですね。

ということで、勉強会を反対されてしまった方がリベンジするために助成金を活用してみてはいかがでしょうか?という紹介です。詳しくは社会保険労務士の先生にお尋ねください。

独立行政法人雇用・能力開発機構がやっている「キャリア形成促進助成金」というものがありまして、その中の「訓練等支援給付金」が使えるんじゃないかと思うわけです。



キャリア形成促進助成金


1) 専門的な訓練の実施に対する助成(対象職業訓練)〔対象:中小企業〕

その雇用する労働者に、専門的な知識・技能を追加して習得させることを内容とする職業訓練等又は新たに職業に必要な知識・技能を習得させることを内容とする職業訓練等を受けさせる事業主に助成します。

■助成対象となる訓練形態
・ OFF-JT(※1)により実施
(事業主が自ら企画し実施する訓練又は教育訓練機関で実施される訓練)
・ 訓練時間が10時間以上
■ 対象者
雇用保険の被保険者

◆支給額
・ 訓練実施に要した経費の1/2
(訓練を実施するための設備・会場の借上げ料、教科書代・教材費、部外講師の謝金、教育訓練機関に支払う入学料及び受講料)
・ 訓練実施時間に応じて支払った賃金の1/2

賃金の半分が出るのが大きいですよね。一時間あたりの賃金が(これ平均賃金で出すんですよね?多分。)、2,000円ぐらいだとしても、10時間×1/2=10,000円。のべ10人で100,000円が会社に入ります。一回きりじゃないですよ。上限額(年間500万円)まで何度でも。

5) 自発的な職業能力開発の支援に対する助成(対象自発的職業訓練等)〔対象:中小企業・大企業〕
従業員の自発的な能力開発を支援する制度(自発的職業能力開発経費負担制度(※1)及び職業能力開発休暇制度(※2))を就業規則又は労働協約等に設け、従業員の能力開発の経費を負担したり、職業能力開発休暇を与える事業主に助成します。

■助成対象となる訓練形態
・ 教育訓練機関により実施される職業訓練等
・ 業務命令でなく、労働者が自発的に受講する職業訓練等・職業能力検定・キャリア・コンサルティング
※教育訓練機関によっては、訓練時間の下限が設けられていますので、詳しくは、機構各都道府県センターへお問い合わせください。
■ 対象者
雇用保険の被保険者

◆支給額
・ 事業主が負担した能力開発に係る経費の1/3(大企業は1/4)に相当する額
・ 職業能力開発休暇期間中の訓練時間に応じて支払った賃金の1/3(大企業は1/4)に相当する額
・ 制度導入に係る奨励金
制度導入後3年以内に、その制度を利用して能力開発を実施した者が発生した場合には、次のとおり支給

a 中小企業の事業主
それぞれの制度を導入し、その制度を利用して能力開発を実施した者が発生した場合に、それぞれ15万円を支給(1事業所1回に限る)
また、各制度利用者1名につき5万円支給(1事業所あたり延べ20人を限度)
※2つの制度のうち、どちらか一方の制度を導入した場合でも支給されます。

これもいいですね。就業規則に職業能力開発経費負担制度や職業能力開発休暇制度を設け、その制度が利用されると15万円×2制度=30万円と、さらに各制度利用者1名につき5万円で20人を限度というんですから、5万円×20人=100万円。しかも勉強会に関する経費負担や休暇制度が盛り込まれちゃう訳なので、大手を振って勉強会が出来ちゃいます。

これだけですでに100,000円+300,000円+1,000,000円で140万円のキャッシュが入ってきますわね。で、上でも書いたとおり事業所あたり年間500万円が上限です。その他、パートタイマーの人への教育支援や有期契約の人への教育支援などの助成金もあります。

「勉強会するだけで、毎年500万円がキャッシュで入ってくる方法知ってるんですけど・・・」と言ってみてはいかがですか?現金500万円にびくともしない経営者ってなかなかいないと思いますよ。

「いやいや、それは所詮払ったお金が戻ってくるだけだろう?」と言われたら、「ざんぎょうだ・・ゲフッゲフッ・・・ちゃんと貰ってな・・・ゴホゴホ」とつぶやけばいいんじゃないですかね。いやなんでもないですけど(笑)

とは言え、経営者がGOサインを出したとしても、経営者以外の管理職層の人にしてみたら、500万円のキャッシュが会社に入っても、自分の業績と関係ないから、勉強会にメンバーが割かれてマネジメントが面倒になって手間が増えるだけという認識の人は居るかもしれないので、そこを解決しないといけないかもですね。

また、前提としてこんな支給要件があります。

支給条件
(1) 雇用保険の適用事業所の事業主であること。
(2) 職業能力開発推進者を選任し、都道府県職業能力開発協会に選任届を提出していること。
(3) 労働組合等の意見を聴いて事業内職業能力開発計画を作成していること。
(4) 事業内職業能力開発計画に基づく年間職業能力開発計画を作成している事業主であって、当該計画の内容をその雇用する労働者に対して周知していること。
(5) 労働保険料を過去2年間を超えて滞納していないこと。
(6) 過去3年間に雇用保険二事業に係るいずれの助成金についても不正受給を行ったことがないこと。
(7) 訓練を受けさせる期間において、所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金を支払っていること。

1,5,6,7はよほどのブラック企業で無い限りは当然クリアしていると思うので、2、3、4が問題ですが、このあたりは社労士に相談してしまえば普通に書式テンプレートがあると思うのでそれほど大きな手間ではないと思います。職業能力開発推進者は推進者なんで人事の担当者レベルの人で十分じゃないかなー。

あとですね、ぜひ忘れないで欲しいのは、これをすることで仕事が忙しくなる人が会社にいることです。申請などの書式を作成したり、制度を変えるために就業規則を変更したり、社労士や役所との窓口になる総務・人事の人ですね。根回し&ご飯おごり&感謝の言葉なんかはくれぐれもお忘れなく。


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読みたい本「富士山―聖と美の山」「日本人はなぜ「さようなら」と別れるのか」「ネイティブ・アメリカン―先住民社会の現在」

富士山―聖と美の山 (中公新書)
富士山―聖と美の山 (中公新書)
上垣外 憲一
頭を雲の上に出し…富士は日本一の山などと歌われる富士山。日本のシンボルとして誰にも馴染みがあり、社名や軍艦の名前にも使われたが、かつては草木も生えぬ不毛の山、火を吹く山として怖れられ、決して愛着を持って語られる存在ではなかった。富士山は、いつから歌に詠まれ、日本一の名山とみなされ、ナショナリズムの象徴とされるようになったのか。時代とともに変遷する富士山と日本人の関係を比較文化の視点で解読。

富士山というと古くは竹取物語を思い出しますなぁ。不死の薬を燃やしたんだったか。よく考えると万葉のころのエピソードの次はもう僕の記憶では江戸時代の富士講や北斎・広重らの描いた浮世絵に飛んでしまうので、富士山史的なものってちゃんと知らないんですよねー。ぜひ読みたいです。

日本人はなぜ「さようなら」と別れるのか (ちくま新書)
日本人はなぜ「さようなら」と別れるのか (ちくま新書)
竹内 整一
一般に世界の別れ言葉は、「神の身許によくあれかし」(Goodbye)か、「また会いましょう」(See you again)か、「お元気で」(Farewell)のどれかである。なぜ、日本人は「さようなら」と言って別れるのだろうか。語源である接続詞「さらば (そうであるならば)」にまで遡り、また「そうならなければならないならば」という解釈もあわせて検証しながら、別れ言葉「さようなら」にこめてきた日本人の別れの精神史を探究する。

竹内整一教授の本は今まで二冊読んだ。どちらもとても面白かった。
「日本人は「やさしい」のか―日本精神史入門」竹内 整一 著
「「はかなさ」と日本人―「無常」の日本精神史」竹内 整一 著
新作では「さようなら」ということだそうで、やさしさ、はかなさ、別れと読むとおそらく一貫した日本人の精神史に触れることが出来そうだなと思う。



ネイティブ・アメリカン―先住民社会の現在 (岩波新書)
ネイティブ・アメリカン―先住民社会の現在 (岩波新書)
鎌田 遵
土地を奪われ、排除と同化を強いられてきたアメリカ先住民たちは、今もなお社会の最底辺で困難な生活を送っている。彼らは何を求めているのか。苦境を乗り越えるために始めた廃棄物処理場の誘致やカジノ経営は、部族社会に何をもたらしているか。先住民の歴史・文化・社会を見ることで、アメリカ社会が内包する闇を浮かび上がらせる。

ネイティブ・アメリカン史はアメリカの最大の暗部だよな。と思う。自由の国は一皮向くと差別と殺戮の上にある、というところを見据えるためにもネイティブ・アメリカンについては良く知る必要がありますよね、ということで読みたい一冊。



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「昭和の東京」路上観察学会著

昭和の東京
昭和の東京
路上観察学会

書店で立ち読み。表紙にも書かれている通り赤瀬川原平、藤森照信、南伸坊、林丈二、松田哲夫の五人によるものなのだけど、路上観察学会は現筑摩書房専務取締役松田哲夫氏の企画で1986年に始まった20年の歴史を誇る学会というよりはマニアックなサークルで、他にも杉浦日向子、とり・みき、荒俣宏、四方田犬彦らがいる。そんな彼らが撮りためたバブル以前の東京の、オブジェや個性的な建築物、古き良き時代の匂いを残した住居や、あるいはトマソン(ってもう死語だよね)など主に路上の風景写真集。

丁度昭和30年代〜40年代を中心とした写真が並んでいて、我々より上の世代、特に40代後半以上の人たちには格別思いいれのある風景なんだろうな、と思う。僕は昭和47年の生まれで、幼少期は主に福岡に過ごしていたので、この本に掲載されている写真に懐かしさはさほど感じないのだけど、なんだろ、70年代後半から80年代前半の子供の頃に感じた福岡の空気感とこの本で紹介される東京の風景が備えている空気感とは本質的に一緒だなと思う。

あくまで印象なんだけど、バブル前の日本というのは戦後から高度経済成長期、70年代の不況期を通して本質的に一体感を持っていた特殊な時代で、現代と言うのは、その逆に、都市の持つ外見的風貌にはさほど変わりはないんだけど、根本的な感覚というのは大きく変わっているんじゃないだろうか。

東京で過ごしている今と福岡で過ごしていたかつてを比べてみても、都市の外見を剥ぎ取った、そこで暮らす人々の空気は全くと行って良いほど違うなぁと思う。西日本と東日本との文化的な違いは良く言われるのだけど、戦後からバブル前のおよそ40年は奇跡的に日本中が一体化出来ていた時代なんじゃないかなぁ。

と、そんなことを、かつての東京の、特にマニアックな風景をパラパラと流し読みしながら思った。

どうでも良いけど、この路上観察学会とかタモリの日本坂道学会とか楽しそうだなぁ。僕も何か散歩系の学会を作りたくなってきました。


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人材紹介会社が求職を断るのは違法っぽいですよ?

以前もまとめエントリー(→「Kousyoublog | 転職時に役立つ求人・人材紹介サイトまとめ」)を書いたことがありますが、レジュメを登録して人材紹介会社がそれぞれ持っている求人情報が検索出来、個々に人材紹介会社を経由して応募することが出来る転職サイトがいくつかあります。

・[en]転職コンサルタント
http://consultant.en-japan.com/
・イーキャリアFA
http://www.ecareerfa.jp/
・人材バンクネット
http://www.jinzai-bank.net/
・日経Bizキャリア エージェントサーチ
http://bizcareer.nikkei.co.jp/bank/
・ジョブエンジンエージェント
http://agent.jobengine.jp/

例えばこんなサイトたちですが、こういうところや、各人外紹介会社のサイトに公開されている求人に応募しようとすると、たまに人材紹介会社に断られる事がありますね。求められているスキルとマッチしないとか、転職回数が〜といった理由が添えられる訳ですが、これって職業安定法との兼ね合いはどうなんでしょうね?

職業安定法
(求職の申込み)
第五条の六  公共職業安定所及び職業紹介事業者は、求職の申込みはすべて受理しなければならない。ただし、その申込みの内容が法令に違反するときは、これを受理しないことができる。
○2  公共職業安定所及び職業紹介事業者は、特殊な業務に対する求職者の適否を決定するため必要があると認めるときは、試問及び技能の検査を行うことができる。

職業安定法上は「求職の申込みはすべて受理しなければならない」訳ですが、人材紹介会社の段階でノーと言う時の合理的理由ってなんだろう〜と思ったり思わなかったり。まぁ、罰則が無い条文ではあるので脱法的にやっているのかもしれないし、そもそも知らないのかもしれないんですが、そこは法律とのすり合わせを考えた対応が望ましいんじゃないかなと思います。

まぁ、人材紹介会社にしてみれば、求人企業の希望にマッチした候補者を送り込まないと求人会社との信頼関係の問題もあるし、そもそもマッチしない応募者を送り込んだところで、無駄な労力を使わされることにもなる訳ですが、その一方で広く公開することで様々な候補者にアプローチしたいという意図もあるだろうし、そこを上手く調整する必要があるんでしょうね。

有料職業紹介事業者だとどうしてもスキルマッチングを図ることが差別化の要因の一つになっているので上記のような求人をサイトで一般公開だと実運用と法との兼ね合いが難しくなっちゃうのかなー。

だから、求人企業側に上記の転職サイトや個々の人材紹介会社サイトに求人情報を公開するかの希望を確認、一般公開するので必ずしも希望にマッチしない人材も紹介することになるけど了承してね、という約束を取り交わした上で、公開された求人への応募は原則受理し求人企業に投げるというフローにする方が良いんじゃないかなと思います。公共職業安定所だと全部受けてますよね。

求人企業側として採用関係で人材紹介会社とのやり取りやってても、そういうサイトに公開しますね的な話を取り交わしたのって一社ぐらいしかないなぁ。

求人側の担当者をしていても、なんだか、この有料職業紹介事業者関連(派遣事業者とか含む)っていろいろ法的な対応の未熟さを感じるんですよねー。紹介会社と「じゃぁ、契約を前提に〜」という話になるや否や、即座に先方の印鑑がすでに押されたてきとーな内容の契約書が送られてきて、いやいや、まず契約書の内容チェックしないといけないし先に印鑑押して送ってくるのおかしいですよね?内容拝見しましたがこことここは変えてくださいよ、ってなやり取りになっちゃうと、先方がいやーもう印鑑押しちゃってるのでこれでお願いしますよーみたいなこと言ってきて、そんなん知らんわ!みたいなグダグダな展開って一度や二度じゃなく結構あんですよね。中には立派な、ぐうの音も出ない、もう勉強になります!的なちゃんとした契約書を送ってくるところもあるけど。

ということで、求人側としても求職側としても、結構うんざりさせられることが多いので、人材紹介会社の皆様には、ぜひ法的に適切な対応をお願いしたいです。


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エンゼルバンク 1 (1) (モーニングKC)
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三田 紀房

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村上春樹がほんとにこわいところは……

村上春樹がほんとにすごいところは…… - finalventの日記
 いわゆる村上春樹的なイメージというのは初期の作品のテンプレになりがちだけど、春樹文学がずしんとし始めるのは、クロニクルのノモンハン事件を扱うあたりかな。

 オウム事件と阪神大震災という歴史の、無意識的な暴力性みたいなのから、日本の近代史に潜む暴力性の本源みたいのを探ろうとしはじめたところ。

 この根はワンダーランドのヤミクロとかにもあるし、ダンスにも見られるのだけど。そういうなんというか、ニューヨーカー的ないわゆるきれいな文学的な技巧をすてて、むしろ第三の新人のような、日本語の文学に回帰してさらに歴史に向き合ったところ。(たぶん、春樹は小島信夫に近い。)

「彼は人の心を揺さぶるために性と暴力を描いてきた」というのは勿論ですが、彼の作品の大きな特徴の一つに、「侵食する」ということがあるように思います。

村上春樹の小説を読んでいると、その世界観や価値観が、徐々に僕の中に侵食し、すりかわっていく体験をすることが多いです。すりかわっていくという表現はあまり適切ではないかも。どちらかというと、春樹的価値観がさも最初から僕が持っていた価値観であるかのように思うようになり、彼の作品は「自分にとって特別な何か」あるいは「まさに今の自分とシンクロしている」という感覚が生み出され、時には蒙を啓かれたような想いに駆られ、小説世界の出来事がまるで自分のことであるかのような錯覚をすることすらあります。

乱暴に二つに分けるとすると、人には「生きるための物語」それ自体を希求する時期と、現実を補完するための知識を求める時期とがあるように思うのですが、丁度前者の「生きるための物語」を希求しているときに、村上春樹的なるものに遭遇してしまうと、容易に上記のような感覚になることが多いように思います。

村上春樹の、特に初期の「羊をめぐる冒険」から「ねじまき鳥クロニクル」に至る作品群というのは、本人もエッセイ(「やがて哀しき外国語」だったと思う)で書いていましたが日本語を解体し、プリミティブな物語性だけをむき出しにしているが故に、人が根源的に持っているであろう物語への希求や親和性とマッチしやすくなっているんじゃないかなと思うんですね。そこにピッタシはまってしまうと、時に大きな錯覚と侵食が始まってしまうんじゃないかなと。アンチ春樹な人が苦手なのはまさにその部分なんじゃないかと思うし、「ハルキスト」達のある種の信仰心的な側面もまた、村上春樹の作品が持つそのプリミティブな物語性に侵食されているところにあるんじゃないかなと思ったりします。

僕自身の体験も含めて、その無意識に侵食されてしまうことがおそろしい。恐ろしいけれども読んでしまう。そしてそこに自分の人生を"発見"してしまう。こわい作家だなぁと思います。

自身の作品のそのあまりの物語性や影響力の強さに驚いた村上春樹が、物語を通じてどう社会にコミットメントしていくかという模索がfinalventさんの言う「日本語の文学に回帰してさらに歴史に向き合っ」て行くようになったきっかけなんだろうなと思います。

物語を書くことは「究極のゲームであり、自己治療だ」というスタンスだったものが、オウム事件に出会い「物語のあり方をもう一回考え直してみなくてはならない」と決意して「アンダーグラウンド」を書いたんだと「村上春樹、河合隼雄に会いにいく」に書いていた。


村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫)
村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫)
河合 隼雄,村上 春樹
村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫)(P94-95)
僕としては自分が語る物語というフェイズと、他人が語る物語というフェイズとを、クロスさせてみたかった、ということになるのではないでしょうか。(中略)
だからノンフィクションをというわけではないけれど、事実とか現実というものをもう一度見つめなおしたいという気持ちが強くあります。また、それによって何かの役に立つことができればという気持ちもあります。多かれ少なかれ、それによって社会にコミットしていくわけですから。
アンダーグラウンド (講談社文庫)
アンダーグラウンド (講談社文庫)
村上 春樹

僕自身、周りから見たら気持ち悪いぐらいに春樹への傾倒が強く、存分に春樹の物語世界に価値観を侵食されているのですが、その侵食されてしまった人生観なるものと向き合い、共に歩んでいきながら徐々に異なるものへと昇華させていくしかないのかなと思います。もはや手遅れです(笑)

なんだか、信仰告白みたいなエントリーになっている訳ですが・・・村上春樹の作品は本当にこわいです。


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遠い太鼓 (講談社文庫)
遠い太鼓 (講談社文庫)
村上 春樹

回転木馬のデッド・ヒート (講談社文庫)
回転木馬のデッド・ヒート (講談社文庫)
村上 春樹

ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編 (新潮文庫)
ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編 (新潮文庫)
村上 春樹
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軽犯罪アーティストがデビュー

元不良少年がCDデビュー:芸能:スポーツ報知
 元不良少年の歌手・Precious(23)が28日、都内でデビューイベントを行った。

 幼少時に両親が離婚し、軽犯罪を繰り返す荒廃した日々から脱却。音楽に目覚めてキャリア10か月で、母への感謝を込めた、この日発売のデビュー曲「あんたの背中」など4曲を熱唱。ボクシングに情熱を注いだ頃もあり「マイクがグラブ、ステージがリング。いつでもぶつかる気持ちでやってます。20年後もみんなに愛される曲を作り、最終的には家族を持って、普通に暮らしたい」と夢を語った。

「荒廃した日々」に繰り返していたという「軽犯罪」の内容が気になる今日この頃です。

軽犯罪法
一  人が住んでおらず、且つ、看守していない邸宅、建物又は船舶の内に正当な理由がなくてひそんでいた者
二  正当な理由がなくて刃物、鉄棒その他人の生命を害し、又は人の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具を隠して携帯していた者
三  正当な理由がなくて合かぎ、のみ、ガラス切りその他他人の邸宅又は建物に侵入するのに使用されるような器具を隠して携帯していた者
四  生計の途がないのに、働く能力がありながら職業に就く意思を有せず、且つ、一定の住居を持たない者で諸方をうろついたもの
五  公共の会堂、劇場、飲食店、ダンスホールその他公共の娯楽場において、入場者に対して、又は汽車、電車、乗合自動車、船舶、飛行機その他公共の乗物の中で乗客に対して著しく粗野又は乱暴な言動で迷惑をかけた者
六  正当な理由がなくて他人の標灯又は街路その他公衆の通行し、若しくは集合する場所に設けられた灯火を消した者
七  みだりに船又はいかだを水路に放置し、その他水路の交通を妨げるような行為をした者
八  風水害、地震、火事、交通事故、犯罪の発生その他の変事に際し、正当な理由がなく、現場に出入するについて公務員若しくはこれを援助する者の指示に従うことを拒み、又は公務員から援助を求められたのにかかわらずこれに応じなかつた者
九  相当の注意をしないで、建物、森林その他燃えるような物の附近で火をたき、又はガソリンその他引火し易い物の附近で火気を用いた者
十  相当の注意をしないで、銃砲又は火薬類、ボイラーその他の爆発する物を使用し、又はもてあそんだ者
十一  相当の注意をしないで、他人の身体又は物件に害を及ぼす虞のある場所に物を投げ、注ぎ、又は発射した者
十二  人畜に害を加える性癖のあることの明らかな犬その他の鳥獣類を正当な理由がなくて解放し、又はその監守を怠つてこれを逃がした者
十三  公共の場所において多数の人に対して著しく粗野若しくは乱暴な言動で迷惑をかけ、又は威勢を示して汽車、電車、乗合自動車、船舶その他の公共の乗物、演劇その他の催し若しくは割当物資の配給を待ち、若しくはこれらの乗物若しくは催しの切符を買い、若しくは割当物資の配給に関する証票を得るため待つている公衆の列に割り込み、若しくはその列を乱した者
十四  公務員の制止をきかずに、人声、楽器、ラジオなどの音を異常に大きく出して静穏を害し近隣に迷惑をかけた者
十五  官公職、位階勲等、学位その他法令により定められた称号若しくは外国におけるこれらに準ずるものを詐称し、又は資格がないのにかかわらず、法令により定められた制服若しくは勲章、記章その他の標章若しくはこれらに似せて作つた物を用いた者
十六  虚構の犯罪又は災害の事実を公務員に申し出た者
十七  質入又は古物の売買若しくは交換に関する帳簿に、法令により記載すべき氏名、住居、職業その他の事項につき虚偽の申立をして不実の記載をさせた者
十八  自己の占有する場所内に、老幼、不具若しくは傷病のため扶助を必要とする者又は人の死体若しくは死胎のあることを知りながら、速やかにこれを公務員に申し出なかつた者
十九  正当な理由がなくて変死体又は死胎の現場を変えた者
二十  公衆の目に触れるような場所で公衆にけん悪の情を催させるような仕方でしり、ももその他身体の一部をみだりに露出した者
二十一  削除
二十二  こじきをし、又はこじきをさせた者
二十三  正当な理由がなくて人の住居、浴場、更衣場、便所その他人が通常衣服をつけないでいるような場所をひそかにのぞき見た者
二十四  公私の儀式に対して悪戯などでこれを妨害した者
二十五  川、みぞその他の水路の流通を妨げるような行為をした者
二十六  街路又は公園その他公衆の集合する場所で、たんつばを吐き、又は大小便をし、若しくはこれをさせた者
二十七  公共の利益に反してみだりにごみ、鳥獣の死体その他の汚物又は廃物を棄てた者
二十八  他人の進路に立ちふさがつて、若しくはその身辺に群がつて立ち退こうとせず、又は不安若しくは迷惑を覚えさせるような仕方で他人につきまとつた者
二十九  他人の身体に対して害を加えることを共謀した者の誰かがその共謀に係る行為の予備行為をした場合における共謀者
三十  人畜に対して犬その他の動物をけしかけ、又は馬若しくは牛を驚かせて逃げ走らせた者
三十一  他人の業務に対して悪戯などでこれを妨害した者
三十二  入ることを禁じた場所又は他人の田畑に正当な理由がなくて入つた者
三十三  みだりに他人の家屋その他の工作物にはり札をし、若しくは他人の看板、禁札その他の標示物を取り除き、又はこれらの工作物若しくは標示物を汚した者
三十四  公衆に対して物を販売し、若しくは頒布し、又は役務を提供するにあたり、人を欺き、又は誤解させるような事実を挙げて広告をした者

「川、みぞその他の水路の流通を妨げるような行為を」繰り返してたんかな。

テレビとはヤンキーの心を掴むこと - お笑い芸人のちょっとヒヒ話
博士「いや、僕結構納得していなかったですね、ず〜っと、なんでかな〜って思ってたけど、まあ少なくともあの〜、テレビ自体は、95パーセントの人に向けてやっているメディアの典型じゃないですか?」

岡田「うん」

博士「だからその〜、面白さっていうのは、ヤンキーに向けなきゃ駄目なんですよ」

まぁ、ちょっと前にホッテントリになっていたこの記事思い出しました。一定の割合でヤンキーと親和性の高い芸能人っているよなー。お笑いに限らずとも、特に最近のヒップホップブーム以降のミュージシャンの大多数がヤンキー向けな感じしますよね。上記の記事は読んだ瞬間失笑しちゃったんだけど、その系譜っていう意味では、まぁ、芸能人としてはそこそこメインストリームになるんでしょうかね。よくわからんけど。しかし、軽犯罪ねぇ・・・(笑)


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本場の重犯罪ラッパーさん。

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ベンチャーの法務部立ち上げスタッフって死ねるよなー

はてなに法務部がない理由 - チョコっとラブ的なにか
なので、専任法務の雇用について、個人的には、50人規模を超えて初めて「どうしようかなぁ」と思い始め、70人規模になる前後でその会社のリーガルリスク感度の高低*10によって、1人採るか採らないか程度ではないかなぁと思う。全く持って個人的な意見に過ぎないけど。

100人超えて200人にさしかかるところで、やっと2人いるかいないかという会社も案外多いのではないかと思う。あとは会社のビジネスモデルの中身と経営者の意識によるところだろうか*11。

前職でWEBサービス提供系ベンチャー企業の総務人事法務なんでも屋さんをしていたんですが、振り返ってみると、id:love_chocolateさんが書かれているような過程をやはり辿っていますねー。

某社の事例で一般的かどうかはわかんないですが、大体20〜30名ぐらいのときは、顧客法務系はカスタマーサポートなど窓口で、契約まわりは営業系、その他案件を管理部門系という分担で困難なものは弁護士という感じだけど、その境界は曖昧で結構管理部門系の、いわゆる僕か、事業部門のトップが広く顔突っ込んでいた感じです。法務案件の数が会社の成長にあわせて増加の一途を辿っていって、僕も現場の人も抱えきれなくなっていって大体60名ぐらいのときに法務専任者を雇ったんだったかな。で、その後も案件数は減るどころか増える一方だったので、社員数が80名ぐらいのときにもう一人採用して法務が部署内でチーム化したという流れだったと思います。まぁ、ビジネスモデル的に事業の拡大と法務案件の数は比例せざるをえない会社だったんで(謎)

また、先日、某新興市場に上場している社員50名弱ぐらいのWEBビジネス系ベンチャー企業の管理部長さんと法務体制についてお話する機会があったんですが、その会社は今まで法務の専任者を置いていなくて、やはり営業系の現場サイドと管理部長さんと総務の担当者とで法務案件を分担しているという状態で、しかしJ-SOXとかの対応もあるし、コンプライアンス強化や、各部署にちらばっている法務対応体制をきちんと構築する必要性も感じていることもあって法務専任の部署を設置する方向で採用活動を始めたとおっしゃっていました。最近だと、法務部というか法務専任の担当者を置くのは内部統制まわりへの対応というのも大きいかもしれないですねー。

多分、はてなさんもサポートと管理部門系の方との分担で、重要案件を顧問弁護士さんに相談という感じじゃないんですかねー。法務部門を設けるかどうかは経営判断という部分が大きい気がしますし、必要性に駆られないとなかなか採用活動に至らないと思います。

で、ベンチャー企業で法務専任者が入ると、一時的にその法務担当者は死にそうな目に合う気がします。だって、みんな法務案件なんてめんどくさくて本当ならしたくないから、それまでイヤイヤやっていたものをどんどん法務担当者に振っちゃうんですね(笑)あれもこれもなんでもかんでもパンクするぐらいに。なので、最初に法務部の立ち上げだったり、法務専任者を採用するときは当人や上司が取捨選択する作業がとても重要になる気がします。自ずと案件が集約されてくるので「あー、その案件は引き続き現場サイドで」「あー、この案件は法務で」みたいなジャッジを出来ないときびしい。それとあわせて早急に法務担当者と現場との連携フローを作らないと大変かな。なんにしろ最初は何でも首を突っ込まざるを得なくなります。

逆に言うと、とりあえず法務ざっくりなんでも実務経験を積みたかったらベンチャー企業で最初の法務担当者になると良いんじゃないかなと思ったりします。契約書、知財、商法会社法周りからコンプラや場合によっては訴訟や警察対応までなんでも経験出来ますよ。その代わり早く帰れない日が続くかもしれませんが・・・そういう方は頑張ってください。


最新ビジネス法務入門 (基礎シリーズ)
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加藤 一郎
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「焼畑農業」的な執着と漂泊の人生観について

村上春樹著「やがて哀しき外国語」(P47)
情報が咀嚼に先行し、感覚が認識に先行し、批評が創造に先行している。それが悪いとは言わないけれど、正直言って疲れる。(中略)これはまったくのところ文化的焼き畑農業である。みんなで寄ってたかってひとつの畑を焼き尽くすと次の畑に行く。あとにはしばらく草も生えない。本来なら豊かで自然な創造的才能を持っているはずの創作者が、時間をかけてゆっくりと自分の創作システムの足元を掘り下げていかなくてはならないはずの人間が焼かれずに生き残るということだけを念頭に置いて、あるいはただ単に傍目によく映ることだけを考えて活動し生きていかなくてはならない。これを文化的消耗と言わずしていったい何と言えばいいのか。
やがて哀しき外国語 (講談社文庫)
やがて哀しき外国語 (講談社文庫)
村上 春樹

村上春樹は、バブル末期の日本社会の狂熱度合いをアメリカから眺めながら、その不毛さを焼畑農業に譬えてこう書いていた。実のところ、春樹の焼き畑農業に関する理解は事実とは少し違うのだけど、言いたいことはとてもよくわかるし、同感もする。しかし、なによりインスピレーションを与えられたのは、社会性を焼き畑農業に譬えるというその発想。

この本は結構何度か読み返しているのだけど、ふと焼き畑農業と自分の生き方とが繋がったのでそれを書いておくことにします。

以前、「これでいいのだ」思想とでも言うような現状受容の人生観について書いた(→Kousyoublog | 「これでいいのだ」思想が日本社会を覆う日)のですが、他にも価値観の形態がいくつか生まれるんじゃないかと漠然と思っていて、その一つは本来的な意味での焼畑農業的な人生観なんじゃないかと思う。というか、すでにある価値観か。

EICネット[環境用語集:「焼畑農業」]
森林や原野を刈り払い、倒した樹木や草本などを燃やしてから、灰を肥料として陸稲、イモ類、雑穀類などを栽培する農業の手法。
数年間にわたり作付けした後、肥料分がなくなると畑を放棄して別の場所に移動する。放棄された耕作地は、他の土地を焼き畑・耕作している間に植生が回復し、再び焼畑として利用できるようになる。しかし、植生の回復には10〜20年以上を必要とするので、継続して焼き畑農業を行うためには、いくつかの土地を上手にローテーションして使う工夫が必要とされる。循環的に資源を利用する、古くから続く伝統的な農業形態。

このように、実は焼畑農業というのは結構サスティナブルな農法なのだけど、焼畑農業そのものと言って良いような生き方を送る人というのが増えているような気がする。

つまり、一つの場所や興味を見出したら、そこに徹底的に執着し、掘り下げていき、まさにそこを焼き尽くすまで、前のめりに倒れる寸前まで拘り続けた挙句にその場を立ち去り次の場所へと漂泊していくような生き方です。そしてその執着と離脱を繰り返しながら、さまよい続けるような感じ。そして執着して立ち去った場所は、結構な期間―本来の焼畑農業同様に10年とかのスパンで―再び収穫出来るようになっていて、何かに誘われるように、彼はそこに戻っていく。

例えばジョブズが言った「点をつなぐ」(→Kousyoublog | 『点を繋げる』ということ〜ジョブズ卒業式スピーチ字幕付を見た)というのもそういう側面があるように思う。執着の果てに焼き尽くし離れていった場所が再び収穫出来るようになっている状態を発見する、あるいは誘われるような状態。

まさに焼畑農業を繰り返しながら漂泊し続ける生き方を送るしかない人々というのが一定数社会にいるように思う。そして、僕自身そうなのではないだろうか、という気がしています。執着の果てに前のめりにこけて、次の場所へと地面を這いながら進まざるを得ない状態に自分を追い込んでしまう。わかっていても常にその繰り返しで、これは何かの病なのではないかと考えたこともあるのだけど、多分これはある種業というか個性の一つなのかな、と最近は思う。

なんか、久しぶりに松岡正剛を引用してみるんだけど

「日本流―なぜカナリヤは歌を忘れたか」(P86)
この出家遁世の人々はたいてい「数寄」と「無常」という感覚を持っています。ここで「数寄」というのは数寄屋造りの数寄ですがもともとは物好きという意味で、何かに執着しつつ、その執着の果てに出ようという感覚のことをさします。
日本流―なぜカナリヤは歌を忘れたか
日本流―なぜカナリヤは歌を忘れたか
松岡 正剛

この出家遁世の人々はとことん執着しながら、しかし執着を良しとせず執着の果てに出ようとして漂泊し続けた人々のことだと松岡は言う。

あるいは、僕は西行法師をこよなく愛している(笑)のだけど

世中を捨てて捨て得ぬここちして都離れぬ我身成けり(山家集)

西行は出家しながらも都に執着し続けた人であった。というか、都に限らず、待賢門院璋子への想いとかを例に出すまでも無く、あらゆることに対して執着の人でありながら漂泊の人であるという二義性の人であった。

そういう日本的な一つの生き方の現代的な発現として焼畑農業的な生き方が今あるのではないかと思います。これは、以前の「これでいいのだ思想」とセットで、竹内整一が『「はかなさ」と日本人』で書いた三つのロールモデルで考えると実はわかりやすいかもしれない。

「はかなさ」と日本人―「無常」の日本精神史 (平凡社新書)
「はかなさ」と日本人―「無常」の日本精神史 (平凡社新書)
竹内 整一

日本の思想をざっくり三つにまとめると1)「夢の外へ」2)「夢の中へ」3)「夢とうつつのあわいへ」という三種類が大きくあって、

1)夢の外へ
この世は夢、だが夢ならぬ外の世界があり、そこへと目覚めていく。
2)夢の中へ
この世は夢、ならば、さらにその内へと、いわば夢中にのめり込んでいく。
3)夢と現のあわいへ
この世は夢か現か、その「ありてなき」がごとき生をそれとして生きようとする。

ということ。1)はまさに「自分探し」世代と言っても良いし、この焼畑農業的生き方と非常に親和性の高い人生観かな。以前書いた「これでいいのだ思想」は3)だよねと思う。いわば現実受容の心理。2)の、一期は夢よただ狂え的人生観も今あるのかな。そこはわからないけれど。

少なくとも僕は、焼畑農業的にしか生きられなくて、そうであるなら徹底的に執着し、漂泊するしかないなと思っているということを書いておきたかったエントリー。

関連エントリー
Kousyoublog | 「これでいいのだ」思想が日本社会を覆う日
Kousyoublog | 「仲間はアタシの帰るトコロなんですよ」と彼女は言った
Kousyoublog | 西行
Kousyoublog | 「「はかなさ」と日本人―「無常」の日本精神史」竹内 整一 著
Kousyoublog | 日本流―なぜカナリヤは歌を忘れたか
Kousyoublog | 『点を繋げる』ということ〜ジョブズ卒業式スピーチ字幕付を見た

思考・心理 | trackbacks(0) | ブログランキング・にほんブログ村へ ブックマークに追加する あとで読むこのエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーを含むはてなブックマーク

現代社会を跋扈し弱者を抑圧する巨人族に手綱をつける

宮脇昭著「木を植えよ!」
植物社会では環境条件が悪くなったとき、あるいは全体のバランスが崩れたときに、最初に責任をとらされて枯死するのは、条件が良いときに最も威張っていた高木層の樹木である。
木を植えよ! (新潮選書)
木を植えよ! (新潮選書)
宮脇 昭

3000万本の植樹をした男こと植物生態学の権威、横浜国大教授の宮脇昭翁はその著書で植物社会についてこう書いていた。森というのはまずその土地にあった高木を中心として、その高木にあわせて様々な種類の植物が群生して動的に安定して成立している。だから土地など環境の変化はまず高木層の樹木を直撃して枯死させ、次に生えていた例えば亜高木層などが次の支配者層として森の中心となり、それにあわせて取り巻く植物も種類を変えていく。

宮脇昭著「鎮守の森」(P78-79)
自然状態では、一度自然の森が破壊されたりその土地が攪乱され、その後放置されると、長い時間をかけて裸地から土地本来の森までゆっくりと回復する。

(中略)

植物群落の構成種が変化して、他の植物群落におきかわっていくことを遷移という。遷移がおこる原因は、植物群落が発達して根群が母岩の風化を促進したり、落ち葉などの有機物が土壌生物によって分解され、腐敗した植物が土壌のなかに混じったりして、土壌条件が改善されるからである。そこに、より競争力の強い植物が侵入して優先種になる。最終的には陽生の群落の樹冠が太陽の光を遮って、陰樹を主とした土地本来の森に遷移する。
鎮守の森 (新潮文庫)
鎮守の森 (新潮文庫)

徐々に中心となる種が変わっていきながら動的に安定していくのが植物社会の摂理であり、それは動物社会にも言えるように思う。局所的には弱肉強食は成立するかもしれないが、大局的には、まず強者が亡びることでバランスを保っていく。それは人類の発展の歴史を紐解けばわかる。

「ヒトは食べられて進化した」(P332-333)
一番妥当と考えられる初期人類の原型とは、複数の男女が集団で暮らし、体の大きさは中くらい、雑食性で、大きな水源近くの周辺環境に暮らす、かなり脆弱な生き物だった。おそらく毎晩、十分に保護された決まった基地や泊まり場に戻る逃避種だった。また、木と地面のどちらも上手に利用し、地面に降り立ったときには真っすぐの姿勢で立ち、二足歩行をしていた。食物はおもに果実に依存し、柔らかい果実、砕きやすい果実、固い果実などを口にしていた。(中略)初期人類はいつも獣肉を狩っていたのではなかった。彼らには、肉を処理できる歯も消化器官もなかった。
ヒトは食べられて進化した
ヒトは食べられて進化した
ドナ・ハート,ロバート W.サスマン

そんな人類が生き残ったのは、いくつかの要因があると考えられているが、樹上あるいは地上など多彩な移動様式を持っていたこと、比較的大規模で血縁などに関係なく多様な集団を形成し、行動を共にし、緊急時には迅速に意思伝達をすることで捕食者からの攻撃に柔軟に対応したこと、そして体が大きく強いオスを見張りとして使い、いざというときにはそのオスを犠牲にして集団を維持したことなどだといわれている。

多様で柔軟な生存環境を形成し相互に協力し、止むを得ないときはまず強い者が犠牲になることによって、全体が生き残ることが出来るというのが実は自然の摂理ではないかと思う。

しかしながら、文明の興隆以後の人類は弱者の犠牲の上に強いものが生き残るシステムを作り上げることを志向し続けてきたように見える。それは人類という種の弱さからだろうか。脆弱な生物であるが故に集団を作り、強い者へ従属することで種の保存を図ろうと志向するのだろう。死への根源的な恐怖が我々を突き動かしているのだろうか。時に人工的に強いものを作り上げながら、その自らが作り上げた強者の陰に怯え、憎んでいる。

本質としては多様で柔軟で、弱者同士が協力し合う集団こそが生き残るのだとしても、見えない恐怖ゆえに強者を作り上げることに固執してしまう矛盾と悲劇を繰り返しながら、我々は歴史を積み重ねてきたのかなと、新年早々ぼんやりと考えたりする。

だからこそ、弱者が犠牲になる社会ではなく、多様で柔軟で、弱者同士で協力し合い、どうしようもない危機のときはまず強者が犠牲になる社会こそ作れないものだろうか、と思うのだけど、近現代においてそれを困難にしているのは強者と弱者とが二分されている訳ではなく、強者は弱者であり、弱者は強者であるというところなんだよな、と思う。専制君主や英雄などの個人が支配した古代と違い、近現代における強者とは弱者の集合体としての強者として存在する近代国家や法人だったりする。個人との関係性において法人は強者だが、同時に個人の集合体であり、弱者が生き残るための集団でもあるところが事態を複雑にしているなと思う。「法人」という存在を良く考えたもんだな、と感心する。

法人は法によって生まれ、人格を与えられた人工的な生命体であり、多くは永遠の生命を志向し、永遠の命を獲得するために営利を追求し続ける。人々の分業によって成立しているため、個人と比較して圧倒的に多くのものを生み出す事が出来、それゆえに巨大な影響力を持つ。プレイヤーとして一個人と比較すると勝負にならないほどの強者であり、いわば神話上の巨人族のようなものだと思う。

この巨人族が持つ二つの顔(個人が生き残るための協力体としての顔と、プレイヤーとして個人に対して強者としての顔)のうち強者としての側面は、第二次大戦後以降、労働法や独占禁止法当経済法の整備が進むことで一定のコントロール化に置こうとされてきた歴史があるのだけど、それでもそのプレイヤーとしての強大さ故にますます強くなってきており、現代においてはほぼ個人では太刀打ちできない状態になってきているし、永遠の命を志向するが故に、まるで生物が新陳代謝をするように、法人自身を構成する個人を切り捨てたり、あるいは抑圧し、支配することがありますね。

巨人が巨人として振舞うことで、個人が犠牲になることが多くなってきているなという実感がここ最近とても強いです。

巨人である法人と個人とが上手く共存し、時に強者である法人がまず先に犠牲になるような仕組みが作られる必要があるんじゃないかなと思っていて、法人が法によって生まれ法によって存続しているが故に、会社を厳しく規律する法を整備することが最重要なんじゃないかなと。

一つは会社を統制しやすくすること。もう一つは個人の力を強めることと思っていて、具体的には以下のような感じではどうだろうか。

■会社の統制強化

趣旨としては会社の持つ閉鎖性、支配性、共同体性を弱めることです。

・所有と経営の厳格な分離

会社法では所有と経営の分離が謳われているんですが、オーナー企業がほとんどで、それが企業の閉鎖空間化の要因になっていると思うんですよ。だから、株主総会の議決権の過半数を所有する人物は、取締役になれても代表権は与えないこと、取締役会の構成メンバーが所有する株式の総合計が会社の株式の過半数を超えないことを義務として課すことですね。

・ディスクローズの徹底その1

これ、以前も書いたんですが(「Kousyoublog | サービス残業を撲滅するための2つの法政策の提案」)、少なくとも会社の労務状況については現在の会計監査と同程度の開示と監査義務を課す必要があると思います。経理会計については開示義務があるから粉飾決算ってあまり起きない訳で、過剰労働や不払い残業も開示・監査義務を課すことで減少させられるのではないかと思います。

・ディスクローズの徹底その2

決算公告と決算書の届出は全ての会社に課されてはいるんですが、実際のところ決算公告はどうなんですかね。官報なり一般紙なりにちゃんとしていないところ多いですよね。これ厳格にするとともに、例えば非上場会社であっても、顧客数が多いなどステークホルダーの数が多い会社には四半期・年度決算を義務付けてはどうですかね。例えばウェブサービスで数十万ユーザーなのに会社の会計情報がわからないというのはユーザーにとってちょっとしたリスクではないですか?

・違法行為に対する厳罰化

これも同様に以前書いたんですが営利追求と法の厳守とがトレードオフの結果、法を守るより営利を追求した方が大きくなるから法を守らないという判断がなされる訳で、厳罰化を徹底する必要があるんじゃないかと思います。

・労働組合の刷新と設置の義務付け

労働法では法令>労働協約>就業規則>労働契約の順に強制力がある訳ですが、この就業規則より労働協約が強いのは何故かと言うと就業規則は使用者が一方的に作ることが出来るけど、労働協約は労使の交渉によって作られる規定だからです。しかし労働組合を結成していない方が多いし、また労働組合も現状旧態依然として、特定の政党の影響下だったり、変な活動家の温床になっていたりでなかなかアレです。純粋に労働者の利益を代表出来る組織としての労組を作って、企業に対するカウンター的集団が作れればいいんじゃないかと思います。また、それが出来れば、ユニオンショップ的な法制化をして、企業には労働者の利益を代表する組織が必ず存在するという状況を作れないかなと思ったりするんですが、これはいろいろしがらみあって難しいかも。

・監査役会の外部組織化

監査役と言いながらも、会社の事務手伝ったり、元社員が昇格しただけだったり、なぁなぁな監査だったりでなかなか統制をきかせることは難しいというのが現状なんじゃないかと思うのですが、その要因はやっぱり会社から報酬を貰っていることにあると思います。なので、監査役会は国なり特殊法人が運営し、会社が運営費を税という形で負担、利害関係の無い人物が派遣されるという体制にしてしまえばいいんじゃないかと。

・合同会社と株式会社

会社法の成立で合同会社という柔軟な組織が出来たわけですが、株式会社も設立が柔軟になったのでなかなか使い分けされていないんじゃないかと思います。そこで、株式会社は上記のように規制を強化し公共性を強化する変わりに、合同会社はその立法時の目的通り、小規模事業者のため柔軟さを維持して規制を課さないようにしてはどうかと。合同会社にすれば上記のような規制はなしね、と。ただし、例えば従業員数10人まで、売り上げ規模10億円まで、顧客数10万人まで、資本金1億円まで、など事業規模に一定数の上限を設けて、それを超えると株式会社への改組を義務付ける。会社が公共性や影響力が強まれば、義務が課されるようにして抜け道はなくす。あくまで合同会社は大きな個人事業という枠を超えないようにする。

■個人の力の強化

こちらは会社に依存せず、個人が自立して企業に太刀打ち出来る体制整備。

・自立支援法的法律の整備

労働法とは何かというと、「労働市場、個別的労働関係および団体的労使関係に関する法規整の相対をいう」と労働法のテキストの定番菅野和夫教授の「労働法第八版」には定義されています。

労働法 第八版 (法律学講座双書)
労働法 第八版 (法律学講座双書)

そのうち労働市場を規律する基本法である雇用対策法には、雇用対策法の目的としてこう書かれている訳です。

雇用対策法
この法律は、国が、少子高齢化による人口構造の変化等の経済社会情勢の変化に対応して、雇用に関し、その政策全般にわたり、必要な施策を総合的に講ずることにより、労働市場の機能が適切に発揮され、労働力の需給が質量両面にわたり均衡することを促進して、労働者がその有する能力を有効に発揮することができるようにし、これを通じて、労働者の職業の安定と経済的社会的地位の向上とを図るとともに、経済及び社会の発展並びに完全雇用の達成に資することを目的とする。

この条文を読むたびに完全雇用の達成って・・・と思うんですよ。それ不可能でしょ。そもそも「完全雇用の達成」を目指そうとし続ける限り「労働力の需給の均衡」も「労働者の職業の安定」も図られることは無いんじゃないかな。そういう矛盾を感じずにはいられない法律なんですが、大事な法律なのでぜひ発想の転換をはかって欲しいなと常々思っています。

どういうことかというと完全雇用の達成を目指すより、労働者を出来る限り労働者ならざるものにすることを目指す方が良いんじゃないかと思うんですよ。労働者や失業者が会社に依存せず独立できるように支援する「労働者自立支援法」みたいな法ってこれから必要じゃないかなぁ。起業支援とか助成金とかって経済産業省とか、各自治体や民間がそれぞれ独自にやっていて、必ずしも統制が取れている訳ではなさそうじゃないですか。そこでぜひ法整備していただいてですね、積極的に個人の独立支援を国を挙げてしてもらいたいなと。

・労働者との秘密保持契約の禁止

ちょっと誤解があるといけないんですが、営業秘密や個人情報については従来どおり大事なので厳守する。しかしですね、良く従業員との秘密保持契約って営業秘密・個人情報保護以外の会社のこと全般に関わる内容についても守らせようとするものが多いように思います。この秘密保持が今行き過ぎた・・・というかあさっての方向を向いたコンプライアンスに繋がってて、ひいては秘密保持があるが故に、組織を跨いだ従業員同士の繋がりを断絶させているように思うんですよね。会社のことでももっと積極的に情報交換するべきじゃないかと。個人が外部に出て行くことで、会社には依存しないコミュニティが作りやすくなり、個々の強化に繋がるんじゃないかなと。ということで営業秘密、個人情報、インサイダー以外の情報について秘密保持契約を結ぶことを禁止する必要があるんじゃないかなと思います。まぁ、契約自由の原則に反するんで、何らかの特別法の立法が必要になるのかな。

・兼業禁止規定の禁止

一社に依存するため、会社を辞めるや否や生活の危機が発生するから会社の方が強くなる訳で、会社とは別の収入源を従業員に持たせる自由を会社に保障させるべきなんじゃないですかね。勿論、会社の業務に支障が出ない範囲でというのは重要ですが、兼業禁止という規定を就業規則で定めているところは結構多いので、それを禁止し自由に所属出来るようにする。

・パートタイム労働法の徹底

平成20年にパートタイム労働法は大幅改正された訳ですが、同一職種で、かつ実質期間の定めの無い労働者については同一労働同一賃金を義務付けたものの、それ以外には「事業主は、通常の労働者との均衡を考慮しつつ、その雇用するパートタイム労働者の職務の内容、成果、意欲、能力又は経験等を勘案し、その賃金(基本給、賞与、役付手当等)を決定するように努めるものとする。」(第九条第一項)として賃金格差については努力規定に留まっています。ここは努力規定ではなく賃金の決定方法と個々に支払った賃金の報告までを義務付けるべき。で、報告された賃金を元に、失業保険や生活保護の支給額に満たない様であれば、その達しない額を支給する。

個人的には短時間労働はもっと増えるべき(一日八時間も同じ職場にいるのって苦痛じゃない?)と思っているのだけど、短時間労働によって生活の危機になるのが回避される様な体制が必要かなと思う。その上でその達しない額の支給期間中は、その部分が埋められるように職業安定期間は他の短時間労働を斡旋したり、個人でその部分が埋められる事業が始められるよう支援したり、場合によっては企業に短時間労働者の雇用をするよう調整させるといった措置まで必要かなと。

・労働契約時の代理人制度

労働契約時、どうしても企業に言われるがままの条件で了承したり、必要な情報が提示されないままなぁなぁで入社したりしてしまうことが往々にしてありますね。労働基準法でも労働条件の決定は「対等の立場において」(法2条)とされていますがなかなか難しい。そこで、労働条件の決定に際して弁護士・社会保険労務士あるいは職安の職員等の同席あるいは代理交渉を認め、またそれによって不利な取り扱いをしないように規定するというのはどうかなと思います。判例では何故か企業の採用の自由が認められていて、かつ紛争になっても採用に関しては調停等がなされず自主的な解決を図るものとされているため、採用時は労働者と使用者は対等な立場とは言いがたい状況が多々あると思います。まぁ、専門家を雇うのはちょっとお高いので、実現的ではないと思いますが、職安の職員に頑張ってもらうというのではどうかなー。

・社会保障の充実

これ、勉強不足もあってノーアイデアですが、セーフティネットの整備等なんらかの保障の充実が必要という理解です。ベーシックインカムとかの説もありますがそれは実際可能かつ有効なのかよくわからない。これから考える課題。

その他、派遣切り問題とか色々ありますがそれについてはまた別の機会に書きます。こんな感じで相対的に会社の力を統制できるようにしていく必要があるんじゃないかと思います。うーん。なんかまだ足りないな。個人が事業で企業と伍することができるようになるためにはもっと個人に対する支援が必要だと思うのだけど、しかし企業の競争力を殺いで全体としてレベルが下がってはいけないと思うので、それが難しい。

逆に会社がより利益を追求することで経済が発展し、引いては労働者の経済的な力の向上にも繋がるという側面もある。そこ難しいのですが、現状は、会社はもっと規制すべきと僕は考えています。統制し、場合によっては責任を取ってもらう。犠牲が必要なときには会社に犠牲になってもらいつつ、犠牲となった会社を構成していた個人を救済するなんらかの措置も準備しないといけないんだと思います。かつての大恐慌と第二次大戦が社会保障の充実を生んだように、最終的には社会保障のさらなる整備は必然的に今後進んでいくんじゃないかと。

で、最初に戻って再び宮脇教授の言葉。

「鎮守の森」(P83)
すべての敵に打ち勝ちすべての欲望が満足できる最高条件というのは、マンモスや恐竜の絶滅の例を見るまでもなくむしろ危険な状態である。生態的な最適条件とは、生理的な欲望をすべて満足できない、少し厳しい、少し我慢を強要される状態である

法人も、少し我慢を強要される状態に置かれることで、個人と共存し、全体として多様で柔軟な社会に近づくんじゃないかなと思う新年です。

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今年の○冊を選ぶことは出来なかったけど

今年の○冊を選んでみようと思ったのですが、選ぼうとすればするほど選べなくなってきてにっちもさっちも行かなくなってきたので断念。

特に今年の本の読み方が、ふとしたきっかけで手に取った本をハブにしてその本からどんどん広げていく、という読み方だったためいくつもの本が緩やかに繋がっていて、その繋がりから特定の本を「切り出す」ことが出来ないんですよね。ただ、今年の僕の読書の方向を決定付けたのは今年の年初に書店で見かけて読んだ「考える人 2008年 冬号」の河合隼雄・小川洋子の対談のこの部分ですね。

小川 でも、科学技術が限界まで発達してしまった現在の段階になると、むしろ厳密さよりも曖昧さの方が人間を楽にしてくれるんじゃないかなって思いますよね。
河合 その通りですね。だからこれからは、厳密さと曖昧さの共存をよく考えないかんことになる。
ただしそれは論理的に矛盾するわけでしょ。でも矛盾したものを持たないかんということです。ガッチリやらないかんことと、曖昧なのと。科学技術を享受しながら、曖昧がよいと言ってはいけないわけですよね、本当はね。
小川 いいとこ取りしているということですものね。
河合 そうそう。だからそれを共存させるような人生観、世界観がないかっていうことを、今ものすごく考えているんです。人間は矛盾しているから生きている。全く矛盾性のない、整合性のあるものは、生き物ではなくて機械です。命というものはそもそも矛盾を孕んでいるものであって、その矛盾を生きている存在として、自分はこういうふうに矛盾してるんだとか、なぜ矛盾してるんだということを、意識して生きていくよりしかたないんじゃないかと、この頃思っています。そして、それをごまかさない。
(中略)
河合 僕の言い方だと、それが「個性」です。「その矛盾を私はこう生きました」というところに、個性が光るんじゃないかと思っているんです。
小川 矛盾との折り合いのつけ方にこそ、その人の個性が発揮される。
河合 そしてそのときには、自然科学じゃなくて、物語だとしか言いようがない。
小川 そこで個人を支えるのが物語なんですね。
河合 ええ。自然科学の成果はたとえば数式になったりして、みんなに通用するように均一に供給できる。そして、それで個が生きるから、物語になるんだっていうのが、僕の考え方です。

この矛盾を個人として一つ整合させる物語を見出していくために様々な本と向かい合うことになったな、と思いますね。「生きるための物語」というものに対するどうしようもないほどの渇望に動かされた一年だったなと。そして、それは最近一定の方向へと向かいだしているな、と思っていて、その方向へと自然と身を任せつつ、しかし、全力を尽くそうかなという感じ。そういうある種のこれからの僕の10年を決定付けた一年が2008年で、そのヒントとなったのは上記で引用した部分かなと。

最近書籍化されているのでぜひ。

生きるとは、自分の物語をつくること
生きるとは、自分の物語をつくること
小川 洋子,河合 隼雄

その後、長らく積読していた「村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫)」を読んで、様々なところに共感してみたりしてた。

村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫)」(P56-58)
村上 ぼくが思ったのは、日本における個人を追求していくと、歴史に行くしかないんじゃないかという気がするのです、うまく言えないんだけど。
というのは、現代、同時代における個人というのをもし描こうとしても、おっしゃるように日本における個人というものの定義がすごくあいまいなのですね。ところが歴史という縦の糸を持ってくることで、日本という国の中で生きる個人というのは、もっとわかりやすくなるのではないかという気が、なぜかしたのです。
村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫)」(P87)
ある意味では「物語」というもの(小説的物語にせよ、個人的物語にせよ、社会的物語にせよ)が僕らのまわりで――つまりこの高度資本主義社会の中で――あまりにも専門化し、複雑化しすぎてしまったのかもしれない。ソフィスティケートされすぎてしまったのかもしれない。人々は根本ではもっと稚拙な物語を求めていたのかもしれない。僕らはそのような物語のあり方をもう一度考え直してみなくてはならないのではないかとも思います。
村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫)」P188-190
人間はいろいろに病んでいるわけですが、そのいちばん根本にあるのは人間は死ぬということですよ。おそらくほかの動物は知らないと思うのだけれど、人間だけは自分が死ぬということを、自分の人生観の中に取り入れて生きていかなければいけない。それはある意味では病んでいるのですね。

(中略)

現代というか、近代は、死ぬということをなるべく考えないで生きることにものすごく集中した、非常に珍しい時代ですね。
村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫)
村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫)

やはり、矛盾を生きる、ということをどのように考えて一つの物語としていくか、がしばらくの僕のテーマなんだなと思います。そのためにはありとあらゆることを吸収し、あるいは吐き出して行こうと思っています。

今年の読書を振り返る時、それは「読書」というカテゴリだけではくくれないので、今年の○冊は選べない。ただ、生きるための物語を模索しながら本を読み、散歩をし、様々なことを学びました。昨年拡散し、迷走した人生は一定の方向へと少し収縮していきつつあるなという実感とともに今年という区切りを迎えようとしているなと思います。そして、その歩み方は昨年読んだ梨木香歩の「ぐるりのこと」に書かれた以下の一節を全くの共感とともに、一つの指針としています。

ぐるりのこと (新潮文庫 な 37-8)(P143)
外的世界を内側にリフレクトさせながら、それらが互いに深化してゆく、その旅の醍醐味がなかったら、「目的に向かう」という行為に、どれほどの意義が残っているというのだろう。
ぐるりのこと (新潮文庫)
ぐるりのこと (新潮文庫)
梨木 香歩

少しずつ外的世界と内側とをリフレクトさせ、互いに深化させながら人生という旅を送って行きたいな。という思いは忘れないし変わらないかなと思う。そんなわけで2008年も当ブログをご愛顧いただきありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。皆様良いお年を。

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「仲間はアタシの帰るトコロなんですよ」と彼女は言った

先日、同僚など数人と飲んでいたときのこと、誰かが「週末は普段何してるの〜?」という話題をふり、20代前半の女性Aさんは「週末は昔の友人たちと毎週のように飲みに行ってますね」と答えたあと、こう続けた。

「仲間はアタシの帰るトコロなんですよ」

若いころによくある「仲間」という連帯をことさらに重視して、それをアピールするような肩肘張った感ではなく、とても自然と出てきた言い回しだったのと、それを聞いた他のAさんと同世代の人たちも、それがさも当然のことのように受け取っている風だったので、ちょっと「ほお〜」と思った。

「帰る場所」としての「仲間」という感覚は、30代半ばの僕が20代前半の頃に持っていた感覚とは微妙に――微妙であるが故に多分決定的に――違う。

僕も20代前半当時は確かに「仲間」という紐帯に強い価値を置いていたのだけど、その仲間というのは「帰る場所」ではなく「居心地の良い場所」でしかなかった。帰る場所はどこかにあった、か、帰る場所を探してふらふらしていたかのどちらかでしかなくて、特に後者の思いが強かったと思う。多分、どこかに僕の帰る場所があるのではないか、という強迫観念のようなものが強くて、自分探し的な動きをしていたんじゃないかな。ここではないどこかにある帰る場所、今の私ではないほんとうの私、そういうのは同じ思考上にある。

その思いはどうやら僕と同じ世代の多くが共有していた感覚だったらしい。95年に大ベストセラーとなった精神科医大平健氏の「やさしさの精神病理」では、当時の20代の若者たちについて、こう書かれていた。

やさしさの精神病理 (岩波新書)
やさしさの精神病理 (岩波新書)
大平 健
「やさしさの精神病理」(P175)
"やさしさ"にとって、コトバはお互いを傷つけうる危うい道具です。人々は、お互いの気持に立ち入らぬよう細心の注意を払いながら、空疎なコトバを交す一方で、コトバのいらぬウォームな関係を大切にするのです。

「ウォームな関係」というのは確かに、当時の僕と、僕の周りにいた人たちの関係性を表わすのに実に的確だとこの本を読んだとき思った。人間関係は徹底的に「お互いの気持に立ち入らぬよう細心の注意を払いながら、空疎なコトバを交す一方で、コトバのいらぬウォームな関係」を続け、それを心地よいと思いながら、その反面、ありもしない帰る場所、ありもしない本当の自分を探していたように思う。

それに対して、今の30代の下、Aさんが属する10代〜20代前半の世代について、エッセイスト・評論家の岸本 裕紀子氏は著書「なぜ若者は「半径1m以内」で生活したがるのか? 」で、その世代の若者は自分探しをしなくなったと言い、彼らの価値観について、こう書いていた。

なぜ若者は「半径1m以内」で生活したがるのか? (講談社プラスアルファ新書)
なぜ若者は「半径1m以内」で生活したがるのか? (講談社プラスアルファ新書)
岸本 裕紀子
「なぜ若者は「半径1m以内」で生活したがるのか? 」(P167)
常に自己実現の欲望の肥大化をはかり、もっと強く、もっと大きく、と頑張らなければならない人生は、どこまでいっても満足感は薄く、エキサイティングどころか、疲れるのではないか。もっと静かで、秩序と形を重んじた、安定した生き方があるのではないかと考えている。

そして、「半径1m以内」の身近な関係性を大事にし、大事にするだけではなくその中で安定を志向するのだと言う。そういう身近な共同体を形成し、その共同体の中で生き、そして帰っていく。旧来の共同体の崩壊の後に始まっている小さな共同体志向の一つのあらわれではないかと思う。

こういうの、頭では漠然と捉えていたのだけれど、目の前に居る人が、それを思わせる価値観の持ち主で、周囲がそれを自然なものと捉えている場に居合わせたことで、とても感慨深かった。そして、少し考え込み、軽い断絶も感じた。一つの世代でくくることの無理は承知だけれど、しかし、敢えて問うてみる。この世代間の断絶はいつから始まっているのだろうか。あるいは断絶しておらず、地続きでありながら、そこには辿りつけない何かがあるのだろうか。

我々の世代は誰しもが大なり小なり業のようなものを心理的に背負っているところがあって、その業を昇華させていく必要があるのだと思う。当然ながら、自然とそれを昇華させて生きている人も居れば、その重みに押しつぶされる人もいる。人によっては個に重きを置きすぎるが故に、その過大な幻想を糊塗していくための作業が必要な場合があるように思う。業が重すぎる場合、何度も何度も灰汁を出して、生きるための物語を自分で作らなければならないのだろう。

でも、最近思うのだけど、帰る場所がなくても、本当の自分がなくても、しなやかな生き方をしていくことができれば、我々の世代は幸せになれそうな気がするんですよね。そのしなやかさを得るために業を昇華させていかなければならないのかなと。

そうそう、最近「しなやか」という言葉が好きです。とても美しい言葉だと思いませんか?

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「法律より怖い「会社の掟」―不祥事が続く5つの理由」稲垣 重雄 著

日本の会社において何故、日本の会社では不祥事が繰り返され、法令違反は定常化し、そして無くならないのか、その解決策は何か、という不祥事が繰り返されるメカニズムについて、日本論的視点から解説を試みた一冊。

日本の企業で不祥事を起きやすくしている五つの特徴は以下の五つ

1)日本人と法の関係

日本の近代法成立の経緯や、近代法の基礎となる契約という考え方が社会の基本原理となっていないこと、また、日本人は立法の当事者であるという意識を欠いているため、現行法に親しみを感じておらず、法を守るということはタテマエになっているにすぎない。そのため、便宜や利益のために法を蔑ろにする傾向が見られる。

日本の近代法成立の経緯については以前も何度か書きましたが、要するにそれまでの日本社会の習慣や考え方と繋がっていなくて、不平等条約の撤廃と、西欧列強に早く追いつくべく資本主義体制を整備する目的で民法商法典を輸入して導入したんですね。

また、明治以前も民法は無く、法は基本的にお上が民衆に上から命ずるもので、基本的には民衆とは関わりのないものであり、通常は個々の村や家族など共同体の中で関係者同士で問題解決にあたり、どうしても止むを得ない時にはじめてお上が出てきて法をに従って解決をはかっていました。

そして、いくら民主制で立法は民衆の代表者が決めているという建前があっても、法はお上が定めるものという文化が脈々と続いているので、なかなか当事者意識が芽生えにくい。

という訳でそもそも法は統治者が作るもの考え方が根強く、また社会の習慣や価値観を踏まえた近代法が作られてこなかったため、法は民衆と関係ないものであり、問題は当事者間で解決するという意識が強いため、法より共同体内の道徳等に重きを置くことが多い。

2)関係主体的であること

日本人は対人関係を最重要視し、状況に対応して行動する。このため、社会を形作っているのは「契約」ではなく、「話し合い」であり、社会的正義の絶対的な基準は存在しない。「正しさ」は常に状況対応的であり、また、いくつも存在することになる。

☆日本語の四つの特徴

『日本語は「主体相互の関係」、すなわち「対人関係」をもっとも重視するタイプの言語』で、それを表わす日本語の主な特徴として以下の四つがあげられる。

(1)主語人称代名詞は無くても良い
英語の場合、文法が厳格でSVOの並びは絶対なのだけど、日本語の場合、主語はあってもなくてもよいが無い方がスムーズなことも多い。

(2)敬語、尊称が広く一般に使用される
尊敬語、丁寧語、謙譲語など敬語が駆使され、社会的な属性(社長、部長、先生、先輩など)が頻繁に用いられる。

つまり、日本語は、発話者が聞き手に対して、どのような関係にあるのかを無視して話すことが困難であり、会話中も常に相手との関係を再認識しつつ、序列、身のほどを知らされ続ける言語だと言える。

(3)肯定、否定は最後に示される
これは表題通り、語尾が「ます」「ません」で大きく趣旨が変わるし、話している途中で状況を見て語尾で趣旨を転換させることも可能な言語だと言える。

(4)表現しないというコミュニケーションが成立する

話者と聞き手に一定の関係が出来上がっていれば、主語のみならず、いろいろな要素が省略可能であり、話すという行為そのものが関係性に絡め取られている。

ここで、同書ではフランス人言語学者による日本語の分析を引用していてとても興味深いので孫引き

フランス・ドルヌ、小林康雄著「日本語の森を歩いて」より
「おかしくて、おかしくて」は高い程度、「人をからかって」は批判、「本を貸して」は願いというわけです。それぞれの意味を解釈するには、それが発話されたその場の状況を把握しなければなりません。(中略)解釈は話し相手にまかされています。その意味で客観的に提示されるわけではなく、話し手と聞き手のあいだに複雑で切れない関係がでてきます。それぞれの立場が客観化の契機によってはっきりと区別されていない空間で、欧米の社会にはない日本特有の人間関係の世界です。あらゆる微妙なニュアンスを含みこんだ一種共犯的な、曖昧な世界。言葉に出来ない気持ちを曖昧な言語行為を通じて分かちあう世界ですから、もっとも深い世界とも感じられます。主体相互の関係をもっとも重視するタイプなのです。

そして、この日本語の特徴に基づいて対人関係をもっとも重視する思考パターンを日本人は持っている。

日本人の自我は対人関係を基礎としており、さらに相対的であり状況に対応して変化するということになる。自分の自我は相手によって支えられているのだから、関係を切らないように努め、できるだけ摩擦を避けようとする。これが思いやりとか、互譲の精神とかいわれるものを生み出す。反面、「あの時、きちんと断っておけばよかった」とか「もっとはっきり主張すべきだった」という後悔を、人生で一度も経験したことのない日本人は少ないだろう。

西欧社会は神との契約など特定の対象との不変の関係によって自己規定する「絶対的主体」であり、それに対して日本は複数の相手との関係、自らの置かれた状況に従って自己規定する「関係的主体」であると言える。「関係的主体」では自我の拠り所が対人関係上に置かれるので、対人関係の遮断(村八分、シカト)が自我の崩壊に繋がる。

3)あらゆる組織が共同体化する

自我を支える一時的集団(家族、親友)と二次的集団(会社などの組織)との境界がないため、会社の中においても情緒的な結びつきを求め、親分-子分、先輩-後輩のつながりが強固な連帯基盤となり、情緒的サークルを作りがちである。このため、目的を遂行するための組織である会社は、同時に、「共にある」ことに意味がある共同体の性格を併せ持ち、社員は強い身内意識で結ばれ、共同体の維持・存続を強く志向し、外部世界に対しては無関心、無頓着、冷淡になりやすい。

日本人の対人関係に特徴的なのが、身内は家族に限られないことであると言える。つまり、家族や親友、会社の上司、同僚、部下などが区別されず、等しく自我を支える要素として情緒的な関係になりやすい、ということだ。それぞれ表層的な接し方や距離感は違うが、確かに本質的には自我の拠り所としての機能を対人関係に求めている人は多いと思う。

かねてから日本の企業は家父長制イエ制度を模した擬制集団だと言われる。日本人の対人関係のあり方によるところが大きい。

人間関係の最小ユニットは家族だが、その家族は欧米では「夫と妻」の関係が重視され非連続的で排他的であるのに(子供は成人し結婚すると独立する)対して、東アジアでは「父と息子」の関係が優位で、連綿と親子関係が続き永続していく。日本の旧来の家族制度=イエ組織はイエの連続性がことさら強く、純粋な血縁組織とならない。跡取り以外は分家として独立したり、跡取りが無ければ婿養子を迎えるなどして『純粋に血縁的な結びつきというよりも、本家・分家関係のような役割関係を中心とする制度的な形態』だと言えるため、欧米型と東アジア型の中間的な形態だと言える。

血縁関係に拘らず家族を形成する文化的背景があるようだ。

家督相続しない子どもたちが単身で、地方から大量に大都会へと送り込まれた戦後の高度経済成長期に、二次的集団を自我の支えとする傾向がより一層強化されたことは間違いない。まるで村落共同体や大きな血縁集団のように、会社によっては社屋に鳥居、名刹に社員共同墓地を持つものさえあり、また、かつて頻繁に社員の親睦のためと称して行われた各種社内行事は、社長挨拶や社員そろっての会食などがまるで村落共同体で行われる祭儀の様相を帯びていた。

社員共同墓地を持つ会社があるとは知らなかったなぁ。まぁ、ある種のイニシエーション的儀式は会社組織であればよく行われていますよね。

4)「会社の掟」が存在する

経営幹部、上司、先輩などによって繰り返し示される言動、態度によって形作られ、各社の歴史を反映し、個別的であり、明示されることのない社内ルール、すなわち「会社の掟」が存在する。従うべきルールとして法規定、伝統的規範、「会社の掟」が併存しているのだが、会社員にとってもっとも優先すべきルールは「会社の掟」であり、時に法規定や伝統的規範から逸脱することも意に介さなくなる。
また、会社が「イエモト」型組織であるため、現場長は一定の裁量権を持ち、その権限内で「会社の掟」にきわめて忠実に従った結果、暴走して会社の危機を招くことがある。

日本型組織のプロトタイプとして「家元」制がこの本では紹介されている。「家元=イエモト」制度は江戸時代に成立した芸道の組織形態で、構造的特質には以下の三点がある

(1)師匠-門弟の主従関係の連続的ヒエラルキー
(2)家元は流派の世襲的カリスマであり、その保有する影響力は、権力ではなく権威である
(3)家元が保有していた運営権は各段階の師匠に順次委譲され、各段階の師匠たちは直属の門弟に対してだけ監督しうるとともに、委譲された権限内でかなりの自律性を持つ

家元 - Wikipediaもよくまとまっている。

この日本的関係性と仏教的、儒教的思想の影響によって成立したイエモト型構造が、日本人が組織を作る時に似た形態を取っていくのは自然な流れであると同書では書かれているのだが、その成立していく経緯を今後もう少し探求してみたいと思う。

で、目に見えない「会社の掟」が会社には存在している。目に見えないから存在していないとも言えるのだけど、就業規則やマニュアルになっていない、いわゆる社風という奴で、最近は会社のDNAなどとよく使われているようだ。(会社のDNAとか言い出す人を見るとうんざりしてしまうのは僕だけでしょうか。DNAて。)

上記の日本語の特質でも挙げられたように、言葉で表現されない表現を読み取るのが日本語によるコミュニケーションの特質の一つです。言われなくとも相手の真意を汲み取って判断し、自主的に周囲の人々を思いやって行動することが美徳とされています。その結果、閉鎖的な共同体の中で醸成された掟に人は縛られます。

このため、法と会社の掟とをトレードオフしなければならない時、苦悩したり、会社の掟を優先させてしまうことが多々発生してしまいます。

5)目的と手段の逆転

成長するにしたがって、設立当初の「社会に有用な財・サービスを提供するという目的が忘れられ、会社が手にした強大な手段(資本、設備、従業員、ノウハウなど)の活用に腐心するようになり、手段を活用するために目的を探すという、目的と手段の逆転現象が起こる。この段階では、会社、従業員ともに安定志向が極めて強くなっており、会社の維持が最優先され、そのために当面の利益確保が至上命題となって、企業犯罪を誘発しやすい。

この項目は主に大企業病と言われる事例について書かれていて、創業当時のモチベーションを失ったことによるような趣旨のことが書かれているのだけど、同様の事例は普通にベンチャー企業内にも転がっていると思う。というか、ベンチャーであればあるほど当面の利益確保が至上命題なため、それ以外のことに目を向けないことが多いと思う。大企業となって悪しき官僚制や手段と目的が逆転した結果としての共同体維持のための利益至上主義であろうと、ベンチャー企業で何もかも、ビジネスモデルも、イエモト的組織もきちんと確立していない中で、人が集まることで共同体的な特質は強く、その共同体維持のための利益至上主義、と原因は違っても結果は一緒。この項については要は共同体性の問題だと思う。

■不祥事を減らす対策

この五つが日本の会社で不祥事が生み出される構造的な理由として挙げられています。では、どうすれば不祥事を減らすことができるのか。同書では厳罰化と情報公開が挙げられており、そのふたつは適切だと思います。

1)情報公開

共同体というのは、その閉鎖性ゆえに共同体の掟を持ち、時に法と共同体の掟が対立すると掟を優先する判断を構成員にさせやすい。ならば閉鎖性を会社から極力奪うことが必要なのではないだろうか。

会社の説明責任遂行と、なるべく情報を内部にとどめておくとする会社共同体の性質は真っ向から対立し、矛盾する。この矛盾を乗り越えるためには、自然に任せているわけにはいかない。
だからこそ、何らかの人為的な方策を施し、経営者の見識や従業員の正義感に依存しなくても情報が開示される、社会的システムを構築しなければならない。

現在は会計情報が主に公開されるだけだが、会社の自主性に頼ることなく、さまざまな情報が公開されるための、インフラを整備していかなければならない、としていて、これには同意。情報が極力公開される体制が出来ることで、企業の共同体性が薄らいでいくと思う。

2)厳罰化

日本人にとっては特に、法の存在は軽く、会社におけるさまざまな判断とトレードオフの関係になりやすい。法を破ることで想定されるリスクより、法を守らないことで得られるリターンの方が大きければ、容易に法は共同体の掟に取って変わられる。ならば、会社を縛る法をさらに厳罰化することで、法を破るほうが圧倒的に損をするような体制にし、法と会社の掟とが比較対象にならないようにしてしまえばいい、ということだ。

われわれ日本人の多くは、強い信仰心を持つわけでもなく、何か固い信念を持っているわけでもない。また、誘惑には抗いがたく、自分の意志で始めたこともなかなか長続きしない。「性まことに弱い」と言わざるを得ない。
われわれの性がさほど善くも、強くもないことが認められるならば、隠したり、ウソをついたりすることもあるのが人間であり、また人間の作る組織だということを前提として社会的ルールを定めなければならない。これからは性悪説とまではいかなくとも、「性さほど善くない」説を採用して、明文化された法令や、あらかじめ規定と処罰を示している行政処分を介して、社会を安定させていくほかないであろう。法治主義、厳罰主義は避けられない。
そして、日本の会社は共同体でもあることを考慮したうえで、厳罰主義を採用することはわれわれ個人をムチ打つものではなく、われわれが誘惑に屈しそうになった時の杖、自らの行動を律するための補助具と考えるべきなのである。

全く持って反論の言葉は無いのだけど。無いのだけど。

会社は法人であり、法によって生まれたがゆえに、法を守ることによってこそ、その存在理由がある。だからこそ、法人が法を守れない可能性があるならばその可能性は徹底的に排除していくしかないのだと思う。

一方で、その法人を構成するのは人間でもある。そして、日本人の性が人間関係の間に自我を見出し、さまざまな関係の中に共同体を作ることを志向しており、仲間との関係性を第一に考える思考パターンを持っている。

厳罰化と情報公開による会社という組織から共同体性を奪うことはすなわち、日本人にとってはとても過ごし辛い環境になるのだろうなと思わざるを得ない。しかし、敢えて厳罰化を進め会社組織と共同体とは分離させていく必要があると思う。

今後「会社で働く」とは、その矛盾をどのようにして生きるか、という問いを自分に投げかけ続けることであり、自己の中の日本人性の解体の過程に他ならない状態になっていくのではないか。そして、会社組織の中の人間関係を自我の拠り所としないことが出来るようになることこそ、重要になるのだと思う。

経済において会社は今後も重要なプレイヤーであり続けるだろうが、個々人のアイデンティティにとっては重要ではなくなっていくと思う。会社で働かない、という生き方は今後ますます増えていくのだろう。その矛盾に意味を付与できる会社は支持を集めていくのかな、とも思うが、社会全体としては新たな共同体の出現が模索される時代になっているのだろうなぁ。


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現代日本人はなぜ「死という病」から逃れられないのか

村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫)
村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫)
河合 隼雄,村上 春樹
P188-190
人間はいろいろに病んでいるわけですが、そのいちばん根本にあるのは人間は死ぬということですよ。おそらくほかの動物は知らないと思うのだけれど、人間だけは自分が死ぬということを、自分の人生観の中に取り入れて生きていかなければいけない。それはある意味では病んでいるのですね。

(中略)

現代というか、近代は、死ぬということをなるべく考えないで生きることにものすごく集中した、非常に珍しい時代ですね。それは科学・技術の発展によって、人間の「生きる」可能性が急に拡大されたからですね。その中で死について考えるというのは大変だったのですが、このごろ科学・技術の発展に乗っていても、人間はそう幸福になるわけではないことが実感されてきました。そうなると、死について急に語られるようになってきましたね。
だけど、ほんとに人間というものを考えたら、死のことをどこかで考えていなかったら、話にならないですよね。

「村上春樹、河合隼雄に会いにいく」で故・河合隼雄氏は「近代は、死ぬということをなるべく考えないで生きることにものすごく集中した、非常に珍しい時代」でその理由は「人間の「生きる」可能性が急に拡大されたから」だと語っている。この「生きる」可能性の急拡大という認識はとても同感で、まさにその通りだと思う。

ただ、それは科学技術の発展だけでなく、「個人」という思想が『人間の「生きる」可能性が急に拡大』させた根本にあるのではないだろうか。

森真一著「ほんとはこわい「やさしさ社会」 (ちくまプリマー新書 74)」から「日本史のエッセンス―歴史が物語るもの (有斐閣アルマ)」を孫引き

「自分が自分であること」――これこそが大正デモクラシーの時代を貫く民衆の願望であった。その「自分」とはまず何よりも「人格」として意識された。(中略)自分たちにも人間らしい扱い(を)求める「人格」承認欲求は、労働運動や農民運動だけでなく、この時期の被差別部落の運動や女性の運動などさまざまな運動に共通した願いであり、その意味でこの時期の「自分」とはまず何よりも「人格」としての「自分」にほかならなかった。
ほんとはこわい「やさしさ社会」 (ちくまプリマー新書 74)
ほんとはこわい「やさしさ社会」 (ちくまプリマー新書 74)
森 真一

日本史のエッセンス―歴史が物語るもの (有斐閣アルマ)
日本史のエッセンス―歴史が物語るもの (有斐閣アルマ)
荒木 敏夫,加藤 哲郎,保坂 智

明治維新後、個人主義が日本に輸入されてから大正デモクラシーの時代に徐々に都市部から全国へと個人主義が浸透してくると何より「人格」を尊重したいという欲求が強くなっていた。とは言え、当時は家父長制度が強く日本中に浸透していた時代でもあり、そのジレンマに日本人は悩まされていた。

第二次大戦の終結ののち、日本の家父長制度は解体されていく。まず天皇を中心とした家父長的国家が解体され、続いてイエ制度、そして高度成長に伴う急速な都市化が地域共同体を解体した。その代りに家父長的共同体の役割を担っていたのは日本的大企業群だったが、バブルの崩壊ののち、終身雇用や非正規雇用の増大など、共同体としての役割を放棄する。1995年ごろのことだ。

このように、日本の現代史は、「人格」を縛る可能性を持つ共同体を解体し続けた歴史という顔を持っている。当然ながら人格の尊重はますます増して行き、その結果、どんなときでも人格は尊重されていなくては満足できない心理が生み出されるとともに、生きる目的もまた自分の人格が尊重され続けること、つまり満足して生きることに繋がってくる。「人生は一度きりなのだから楽しくない思いはしたくない。自己実現したい」という欲求が強まっていく。

つまり、「生きる」=人格の尊重=自己実現という、生きることに対する重要性の拡大がそのまま生きる可能性の拡大に繋がっているのではないかと思う。死は最も大事な人格の喪失であり、現代人にとって最も恐れるものだ。

この死の部分を欧米ではキリスト教が担っていて、個人として生きることとのバランスを取っていたが、日本においては、かつて、死とは共同体に帰ることであった。

日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか (講談社現代新書)」(P53-54)
最後の目標は自然に帰ることであった。我執を捨て、煩悩を捨て、知性によってものごとを解釈しわかった気になる精神を捨て、自然の一員になっていく。そうやって無限の自然と一体化し「ご先祖様」となり、ときに村の神=仏として村の共同体を守っていく。それが解放の道であり、救済への道であった。
(中略)
生と死は、自然と共同体という包んでくれる世界があるからこそ成立するものであった。

ところが近代社会が形成されてくると、人間は自然から離脱し、共同体からも離散するようになる。包んでいる世界がなくなったのである。そして、そのことによって、生も死も裸の個人のものになった。生と死が個人の孤独な営みに変わったといってもよい。
日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか (講談社現代新書)
日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか (講談社現代新書)
内山 節

共同体を、"人格を縛るもの"としてことごとく壊し、あるいは自然と解体されてきた。日本において似非科学もスピリチュアリズムも新興宗教も心理主義もその共同体の不在に乗じて登場しているのだと思う。だからと言って旧き共同体を再生しようと思っても、もはやそれは現代人は望まないし、そもそもマッチしないだろう。もはや新しいゆるやかなつながりを模索するしかないのだと思う。

日本は関係性の中にアイデンティティを見出す文化であり、個人主義が輸入されてから以降も本質的には死も生も関係性の中にあったのだけど、生だけが肥大化した結果としての「死」の意味の忘却があったんじゃないだろうか。

それゆえに「生」の可能性の急速な収縮が、そのまま「死」の存在感の急拡大につながってしまうという関係性があるのではないか。また、その「死」の存在感の急拡大はそのまま「生」の極端な軽視を生むのではないか。

自殺死亡の年次推移

自殺死亡数の年次推移
自殺死亡数の年次推移
総死亡率及び自殺死亡率の年次推移
総死亡率及び自殺死亡率の年次推移

これらのデータと関連があるかどうかはわからないが、生の急拡大に対する反動としての死の存在感の増大とコミュニティの不在という二つの要因が何らか関係しているのではないだろうか。

現代日本というのは、旧来の共同体の中の生と死という価値観が完全に喪失し、生を最上とする価値観もまた行き詰ったエアポケット的時代なのだろうと思う。

個人主義という人格を何より神聖視し、生こそ最上とする価値観が強く支配する社会の中で生と死とバランスさせた死生観(死を内包した生きるための物語)をどのように生み出すか、また、古き共同体への回帰ではない、新しい現代的なコミュニティ、あるいは緩やかなつながりをどのように生み出していくか、というのが今考えなければならない課題だろう。

まだ、僕自身よく考えをまとめきれていないのだけど、少しずつ考えていこうと思う。

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立ち読み専用の書店作ればいいんじゃないかな

書店は入場料を取って良い
「立ち読みしてもいいですが、お金を頂きます」

時間制限をつけるのはヤボというものだろう。一回の入場あたり、200円ぐらいとする。

但し、一冊でも本を買って帰ればこれは無料とする。だから、200円払うぐらいなら人は250円の週刊誌を買って帰るだろう。
書店は入場料を取るのではなく、立ち読みシステムを作ったほうがいいかも - 煩悩是道場
で、思ったのですが、どうせ導入するなら立ち読みシステムみたいな機械を開発して導入したら良いんじゃないかと。

いっそ立ち読み専用の書店作ればいいんじゃないのかな。店舗に陳列されている本は売り物じゃなくて全部立ち読み用で、会員登録した人だけが入れる。ツタヤwithスタバの様にカフェなども併設されていて、立ち読み後に買いたいと思った本は携帯でバーコードをピッと読み込んだら、Amazonばりに流通センターから会員登録した住所にまとめて届けてくれると便利じゃないかなー。

僕自身、書店・図書館で見かけたり読んだりした本を書店では買わずに、気に入った本だけamazonで購入することが多いです。そういう人結構多いような。販売と閲覧を分離した書店があってもいいと思います。amazonがやってくれないかなー。

追記
コストパフォーマンスを考えて、新刊本を中心にした店舗になるだろうな、というのと、すでにネット店舗で成功していて、ネットで購入してもらうためのリアルでサンプルを知恵供するのが目的になるんじゃないかなー、と目が覚めてから思った。

追記2

# 2008年11月22日 takanofumio takanofumio book えーと、流通してる本と雑誌ぜんぶおいとくんですか?

もちろん、品揃えは運営者の資本力や経営方針とのトレードオフだと思いますよ。利用者の立場としては本がいっぱいあったほうがうれしいですね(笑)基本的には読んでもらって購入へと流すのが目的で、雑誌は読んでしまってから購入に至りにくそうなので、置く優先度としては低いんじゃないでしょうか。

多分にディスプレイ店的役割が大きいと思うので、運営者は、すでに書籍販売業界で一定の規模を確保している事業者に限られるんじゃないかなぁ。これオンリで採算ベースに乗せるのはなかなか難しそう。書店を出店する場合のイニシャルコストがどのくらいか知らないんですけど、都心の中規模店だと一億ぐらい?もっとかな。特にネット販売のインフラを既に持っているamazonやTSTAYAなんかにやって欲しいなぁと思います。

売上は会費・書籍販売、あと、店舗・会員規模とコンバージョンレート(って言うのかなこの場合(笑))次第では出版社が売りたい本を店頭でアピールする広告モデルなんかも考えられそうかな、とか思います。

ということをつらつらと考えてみると結構楽しかった土曜の昼下がり。

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人生を根底から豊かで納得のいくものにするための読書法とオススメ本7冊+1

ネットに時間を使いすぎると人生が破壊される。人生を根底から豊かで納得のいくものにしてくれる良書25冊を紹介 - 分裂勘違い君劇場

人生には濫読すべき時期があるのは間違い無いと思うのだけど、「豊かで納得の行く人生」なる超主観的な想いを抱くことが出来るようになる読書の仕方は「100冊読むより100回読め」ではないかな。

100回読めばその本が血肉となり前身に涵養していくし、何よりその本に愛着が沸くし、愛情を持って読書と言う行為が出来るようになれば、読書することに豊かさを感じられるんじゃないかなと思います。

読書に限らず豊かで納得行く時間が少しでも持てれば、自ずと人生も豊かで納得行くものだと思えるんじゃないかなーと思ったりしますよ。豊かさなんて主観的感覚の最たるものですから。

・本選びが大事

100回読むのは、まかり間違ったら苦行にしかならないので、本選びがとても大事です。図書館や本屋に行くのが生活の一部になっていて、入って気が付くと2〜3時間あるいはもっと経ってたなんてことが日常茶飯事です。図書館や書店は僕にとってはお見合い会場みたいなもので、長く愛せそうな本をじっくりと時間を掛けて見て行きながら、一瞬のインスピレーションを待っているところがあります。図書館や書店だけじゃなく、ネットでじっくり事前に調べたりすることも頻繁です。本との出会いに関してセレンディピティみたいなのがとても大事だなと思います。

・読書する場所が大事

自身が最も読書をしたら落ち着く場所を見つけておくのが大事です。ある程度時間の流れを忘れられるところが良いような気がします。行きつけの喫茶店、公園の芝生の上、川べりの土手、神社の境内の片隅、あるいはお風呂で半身浴をしながら、または寝る前に布団の中で・・・そういう読書環境を重視することで全身の感覚で本を読むと、より充実感があると思います。そういえば一時期我が家では毎朝朗読会をしたりしていました。朗読もまた面白いです。

・メモ帳、ポストイット、筆記用具が大事

本を読みながら、何かしらアウトプットをしたい欲求に駆られることが多いと思います。僕はB5サイズのノートとペンを常時持ち歩いていて、本を読みながら思ったことをすぐ文章に出来るようにしています。本に書き込みしたり線を引いたりする人も居れば、ポストイットを貼りまくる人もいるし、すぐに携帯やPDAにメモしたりする人もいるでしょうね。読むだけじゃなくアウトプットも思ったときにすぐ出来るようにしておくとより豊かさを実感しやすいと思います。

まぁ、こんな感じでどんな本を読めば人生が豊かになるかではなく、どうやって読書と言う行為に向かい合えば豊かさを感じられるかを大事にすれば自ずと答えは出るんじゃないかなーと思います。

そこで、僕が何度も何度も読み返して味わっている本をいくつか紹介。

忘れられた日本人 (岩波文庫)
忘れられた日本人 (岩波文庫)
宮本 常一

民俗学の巨人宮本常一の名著。「日本的なるもの」というタグがはてブではよく見かけますが、その「日本的なるもの」の最たるものをじっくりと生涯掛けて足で見て回った巨人の足跡を辿ることが出来る一冊です。西日本中心なので、これが古き日本の全てでは決して無いのだけど、とても世間師とか、村の寄り合いとか味わい深い。あと、人気の土佐源氏という盲の老人の話はぜひ映画化希望なんだけど・・・もう撮れる人はいないな。今村昌平が生きていたら撮って欲しかったな。


日本の歴史をよみなおす (全) (ちくま学芸文庫)
日本の歴史をよみなおす (全) (ちくま学芸文庫)
網野 善彦

「異形の王権」も好きなんだけど、連綿と現代まで繋がってくる歴史の流れの中の私、みたいなのに思いを馳せる時に、これかなと思う。勿論網野歴史の代表作として挙げられるので陳腐なセレクションなのかもしれないけれど。け・れ・ど、読むと、積み重なってきた歴史と積み重ならず移ろっていった歴史とが同時代的に感じられるので、とても豊かでエキサイティングな読書体験が出来て、ちょっと病みつきになることがある。

「空気」の研究 (文春文庫 (306‐3))
「空気」の研究 (文春文庫 (306‐3))
山本 七平

まぁ、多くを語ることも無いんでどうぞ。日本教という怪物のお話であり、その根本については読めば読むほどに、その深淵から覗かれているというのがわかる本かな。ただ、あと数年でもしかしたら急速に古臭いものになるのかもしれない気がしています。根拠は・・・直観。

シーシュポスの神話 (新潮文庫)
シーシュポスの神話 (新潮文庫)
カミュ

カミュは味わい深いのはやっぱりこれかなという気がします。二十歳前に読んで以来、何度と無く読み返してきた。シーシュポスは神から罰を受け巨石を山頂に押し上げ、そして山頂に登った瞬間、その巨石は転げ落ちていく。転げ落ちていく様子をみながらシーシュポスは「すべてよし」とつぶやいて再び巨石を山頂に押し上げるために山を下る。というほんの数ページの短編。ある時は哲学ごっこでわかった振りをするために、あるときは自分のダメな環境に対するエクスキューズのため、またある時はある種の了解のため、などその時々によって読み方を変えることが出来る本だな、と思うのですが、実はとても頑固な本でもあるなとも感じますね。

村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫)
村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫)
河合 隼雄,村上 春樹

二人が日本論や物語論などについて語った対談。95年ごろの本なんですが、今読むと二人のその先見性にちょっとびっくりする。この人たちは見えていたんだなという感じで唸らされることが多い。「ポストモダン」は手垢の付いた言葉だし、多分ちょっと違うように思う。読み返すたびに個人なるもの、近代人なるものについて、本をきっかけにして思考を飛躍させて遊んでいるかな。

ユング心理学入門
ユング心理学入門
河合 隼雄

まぁ、僕はユングというか「河合隼雄が紹介するユング」に傾倒しているところ大きいので。偽科学ですけどね。第一章読めばわかりますが、ユング心理学は心理療法を第一義とするために客観的であることを敢えて捨てて偽科学たることを選んだ学問であって、その危うさと危ういがゆえの真摯さがね、とても魅力的なのだと思いますよ。惹きつけられてしまったのかなと思います。夢分析の類は全く興味ないけどコンステレーションとか個性化の過程なんてあたりは、僕自身主観的に「あるものと了解している」ところはあるなぁと思います。科学的=客観的にどうか、と言われると、そりゃどうかねー。ないなぁ(笑)という感じなんですが。こころ、を考えたときに避けられない本だなぁと思います。

ヒトはなぜ、夢を見るのか (文春新書)
ヒトはなぜ、夢を見るのか (文春新書)
北浜 邦夫

上の紹介文と思いっきり矛盾するんですが、夢自体にはとても興味があります。人生の三分の一は眠っている訳で、その眠っている時間に見る夢というものとどのように接するかというのが大事なんじゃないかなぁと僕は思います。ただ経験上、夢に関する記事をアップするとアップするたびにリーダー登録数が1〜2user減るので、ブログにアップするのは諸刃の剣ですけどね(笑)現在わかっている夢のメカニズムについて科学的に紹介した本なのですが、その夢のメカニズムがね面白いんですよ。脳の仮説立証性というやつです。科学と夢と心理と体験を上手くつなぐ架け橋な一冊なんじゃないかと思いますよ。

でっか字まっぷ 東京23区 (でっか字まっぷ) (でっか字まっぷ)
でっか字まっぷ 東京23区 (でっか字まっぷ) (でっか字まっぷ)

これだけは断言できるのだけど。
地図を開くこと以上に人生を豊かにすることはない。
なぜなら、地図はイマジネーションと体験と知識と変化を体験する最高の本だからだ。自身の住む町を実際に歩いて体験しながら、読むことが出来る。そして地図を開くだけで全体像が把握できるし、あるいは細かなところまで目を行き届かせることができる。地図を見れば歴史が浮かび上がってくる。地図を見れば常に発見がある。地図を見ながらまだ見ぬ町を歩く自分を想像することができる。



ということで唐突な展開にもっていくわけだけれど


■人生を根底から豊かで納得のいくものにするための読書法とは

朝、目が覚めたらすぐに出かける準備をして、ノートとペンと地図をかばんに入れ、まず本屋に行きじっくりと読むべき本を漁る。読むべき本が決まったら、すぐに購入して、書店を出たら地図を開く。イマジネーションをフル稼働させて魅力的な街を見つけたら直行。地図を片手にさ迷い、地図を見ながら川を歩き、街中を抜けて、公園や神社を探しつつ、地図の中に新たな発見が無いか注意深く丁寧に探す。地図とともに、街を体験する中で、心地良さそうな場所を見つけたらそこに腰掛けて、買った本を開く。あとは読む。読みながらイマジネーションが沸いたらアウトプットする。本のことだけではなく、例えばその心地よい場所をデッサンしたり、あるいは街の様子を記しても良いんじゃないだろうか。上記全ての方法を網羅することができる。

つまり、人生を根底から豊かにするのは、読書ではなく散歩である。

と、ちゃぶ台ひっくり返したエントリーを書いてみるテスト・・・なんだがあまりひっくり返っていない。







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他者を理解することの困難さについて

死滅病棟: ネットカフェ難民にもなれなかった男の末路

故・河合隼雄氏の文章をふと思い出した。

こころの処方箋 (新潮文庫)
こころの処方箋 (新潮文庫)
河合 隼雄
「こころの処方箋」(P88-89)
たとえば、夫はお金を派手に使う方だが、妻は倹約家である場合を考えてみよう。両者が「協力関係」にあるときは、適当にバランスがとれてうまくゆくだろう。しかし、二人が正面から向き合って、理解し合うということになったとき、妻が「倹約の美徳」を説き、夫が真にそれを理解しようとすると、今までの自分の生き方は、まったく馬鹿げており、それを妻のおかげて支えてきた、と考えねばならなくなってくるのではなかろうか。いや、そんなことはない、倹約はケチに通じるのであって、自分が派手にお金を使ってきたので、他人の評判もよく保つことができたのだ、などと言いだすと、妻は「私のことをあなたは本当に理解していない」と言い出すのではなかろうか。

うっかり他人のことを真に理解しようとし出すと、自分の人生観が根っこのあたりでぐらついてくる。これはやはり「命がけ」と表現していいことではなかろうか。実際に、自分の根っこをぐらつかせずに、他人を理解しようとするのなど、甘すぎるのである。

特にリンク先の著者の方や関わった人々を非難するつもりは毛頭無くて、読み終えたとき、単純に「人間理解」ということの難しさを感じさせられたが故にこのくだりが思い浮かんだ。

自身と価値観が大きく違う他者と関わる際、「自分の根っこをぐらつかせ」る程の思いを持って人と接することができるのか、というのは殊更重い問題であり、その困難さゆえに、深く立ち入ろうとする試みは、時として第三者の目にはドラマチックに映るのだなぁと思った。

また、車谷長吉も思い出した。文体がそれほど近いという訳でも無いのだけど、私小説的だからだろうか、見えている世界は、もしかしたら近しいのかもしれない、と、ふと感じたが、印象だけでしかないかもしれない。

塩壷の匙 (新潮文庫)
塩壷の匙 (新潮文庫)
車谷 長吉
「鹽壷の匙」あとがきより
詩や小説を書くことは救済の装置であると同時に、一つの悪である。ことにも私小説を鬻ぐことは、いわば女が春を鬻ぐに似たことであって、私はこの二十年余の間、ここに録した文章を書きながら、心にあるむごさを感じつづけて来た。併しにも拘らず書きつづけて来たのは、書くことが私にはただ一つの救いであったからである。凡て生前の遺稿として書いた。書くことはまた一つの狂気である。

そのような「悪」と「むごさ」と「救い」と「狂気」の狭間の「何か」に近い「何ものか」を感じておられるのだろうか、と漠然と感じさせられる読後感だった。

と、このように一気に思ったことを書いてみると、僕自身、上記のリンク先の文章を主観的に消費して終わろうとしているのだな、ということに気付く。気付いたが、その先には進めない。


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「英語の歴史―過去から未来への物語」寺澤盾 著

評価:
寺澤 盾
中央公論新社
¥ 819
(2008-10)
Amazonランキング: 6961位

梅田さんのエントリと発言を契機にして日本語論英語論が花盛りですが、つい先月、こんな本が出ていたので迷わず購入して読了しました。著者は、現在、東京大学で英語史の准教授を務め、またハーヴァード大学の客員研究員でもある寺澤盾氏。「英語の歴史」というオーソドックスで直球なタイトル通り、英語の起こりから英語のこれからまでがIknow初級コースでLの発音に四苦八苦しているような僕でもさらりとわかった気になる一冊です。


■H・G・ウェルズの予言

「SFの父」ハーバート・ジョージ・ウェルズ(Herbert George Wells)は1933年、22世紀初頭の未来から時代を遡る未来歴史小説『世界はこうなる』(The Shape of Things to Come)という小説を発表した。その作品中、20世紀から21世紀を回顧して、こう描写した。

「英語の歴史」(P4-5)
One of the unanticipated achievements of the twenty-first century was the rapid diffusion of Basic English as the lingua franca of the world and the even more rapid modification, expansion and spread of English in its wake.
The English...has shed the last traces of such archaic elaborations as a subjunctive mood; it has simplified its spelling, standardized its pronunciation, adopted many forein locations and naturalized and assimilated thousands of foreign words...This convenience...was made the official medium of communication throughout the world by the Air and Sea Control, and by 2020 there was hardly anyone in the world who could not talk and understand it.

(21世紀における予想もしなかった成功の一つは、ベーシック・イングリッシュが世界の共通語として急速に普及したことであり、その過程でさらに英語が急速に改訂され、発展し、普及したことである。(21世紀の)英語では・・・仮定法のような古めかしく手の込んだ表現の痕跡はもはや見られず、綴りは簡略化され、発音も標準化され、多くの外国語法が取り入れられ、何千にも及ぶ外国語が同化された。<中略>この便利な道具は・・・航空・海上管制言語として世界中で公式のコミュニケーションの手段となり、2020年までには、英語を話したり理解したりすることのできない人はほとんどいなくなった。)
The Shape of Things to Come: The Ultimate Revolution (Penguin Classics)
The Shape of Things to Come: The Ultimate Revolution (Penguin Classics)
H. G. Wells

世界はこうなる〈上〉―最後の革命
H.G. ウェルズ
世界はこうなる〈下〉―最後の革命
H.G. ウェルズ

まさに70年以上前にH・G・ウェルズが予言した通りの状態に今なりつつある訳ですが、現在英語話者数15億人とも言われる英語はどのような歴史を辿ってきたのか。英語の歴史は大きく古英語期、中英語期、近代英語期の三つの時代に分かれます。


■古英語期(Old English,AD450頃-11世紀末)

当初、英語を使っていたのはブリテン島に住む人々ではなく、その周辺、現在のデンマーク、北西ドイツ、オランダあたりに居住していたアングル人、ジュート人、サクソン人、フリジア人たちだった。彼らは「ゲルマン民族大移動」によって五世紀〜六世紀ごろにかけてブリテン島へ移動し、先住民族のケルト人を西方のカンバーランド、ウェールズ、コーンウォールに追いやり、テムズ川周辺を中心としたブリテン島南部に定住した。この頃、サクソン人を撃退したケルト系の王または、ローマ帝国の将軍とも言われる人物をモデルにしたのがアーサー王だと言われています。

アングル人、サクソン人らはゲルマン語族に属し、現代でも英語はfatherとVater、motherとMutter、houseとHaus、fieldとFeldなどドイツ語との類似性が高く、また、オランダ語などとも近しい。インド=ヨーロッパ語族の一種ゲルマン基語は紀元前一世紀ごろ、東ゲルマン語(ゴート語など)、北ゲルマン語(スウェーデン語、デンマーク語、ノルウェー語、アイスランド語)と西ゲルマン語の三種類に分かれ、その後時期は不明ながら西ゲルマン語は高地ドイツ語(ドイツ語など)、低地ドイツ語(オランダ語、フラマン語など)、アングロ・フリジア語(英語など)に分かれていったと考えられている。

古英語の主な特徴は「他言語からの借用語が少なく、派生と複合による新語の形成が活発で、文法的に豊かな語形変化、語順も自由で、代名詞の省略が可能であった」ことだといえる。

・古英語の文法

「英語の歴史」(P43)
古英語では、名詞、形容詞、動詞は文で果たす役割に応じて語形変化をした。たとえば、現代英語ではkingという名詞は、語形変化をするのは所有格のking's, kings'、複数形kingsの場合だけであるが、kingに対応する古英語のcyningは、複数の場合だけでなく、文中の文法的役割によって、cyninges, cyningas, cyninga, cyningumのように形を変えていく。
また定冠詞も現代英語ではtheを覚えればよいが、古英語では冠詞が就職する名詞の文法性、文中での役割、単数・複数によって(中略)10以上の異なる形をもっていた。
(中略)
動詞も、時制(過去・現在)、法(直説法・仮定法・命令法)、主語の人称・数によって縦横無尽に形を変える。

古英語期の代表作「ベーオウルフ」(Beowulf、作者不詳)の例が紹介されている。

古英語叙事詩『ベーオウルフ』対訳版
古英語叙事詩『ベーオウルフ』対訳版
「英語の歴史」(P43-44)
Se feond drep pone cyning sweorde.
(敵は王を刀で打った)

という文では、冠詞の形(seは主格、poneは対格)を見れば、seをともなったfeond(敵)が主語で、poneの付いたcyning(王)が対格目的語であり、与格語尾の-eが付いているsweorde(刀)は手段・道具を表していることがわかる。したがって、かりに、

Pone cyning se feond drep sweorde.

のように語順を入れ替えたとしても混乱は生じない。

このように、古英語期は現代のようなSVO文法に固定されていなかった。

・派生語や複合語などの新語形成

この本を読んでいて、古英語の魅力はここだなぁと思ったのが、派生語や複合語など新しい言葉を生み出していくところですね。

「英語の歴史」(P58)
古英語ではラテン語や北欧の古ノルド語からの借用語は見られたが、中英語や近代英語と比べると外来語への依存度は低い。新たな概念・事物に対応して語彙を増やす必要が生じたとき、(中略)古英語では一般に借用語に頼らず自前の素材、つまり英語にもともとあった語などを組み合わせることで新語を形成した。

「派生」
接辞(語とは違ってそれ自体、単独では用いられない要素)を語に付けて新たな語を作る方法。

例えばgetの古英語gietanにbe-、for-、ofer-(=over)を接頭辞としてつけて
begietan(得る), forgietan(忘れる), ofergietan(怠る), ongietan(掴む、把握する), undergietan(理解する)
などが形成された。

「複合」
語と語を結びつけて別の語を作り出すもの。複合語の中でも隠喩を伴った複合語をケニングという。

例えばheavenの古英語heofonは様々な語と結びついて
heofon-beorht(天のように輝いた)、heofon-dream(天上の喜び)、heofon-engel(天使)、heofon-steorra(天の星)、heofon-candel(天のろうそく=太陽・月・星)、heofon-cyning(天の王=神)、heofon-duguo(天の軍勢=天使)、heofon-weard(天の守り手=神)
などが形成された。

しかし、このような複合語も中英語〜現代英語期までにほとんど廃れてしまったという。その理由は置き換えることが出来る外来語が入ってきたことによる。例えばランプは古英語ではleoht-faet(光の器)という複合語だったが、中英語期にフランスからlampが入ってきたことで使われなくなった。

同書では、ここで複合語クイズが出されていて面白いので紹介。

「英語の歴史」(P60)
以下の古英語の表現(ケニング)が何をさしているのか、謎解きをしてください。たとえば、hron-rad(鯨の路)は「海」を意味します。
(1)feorh-hus(命の家)
(2)heafod-gimm(頭の宝石)
(3)beadu-leoma(戦の光)
(4)guo-wine(戦の友)
(5)hilde-scur(戦のにわか雨)
(6)sae-wudu(海に浮かぶ木)
(7)mere-hengest(海の馬)
(8)gold-giefa(黄金を与えるもの)
(9)gamen-wudu(喜びの木)
(10)waeg-faet(水の器)

回答は、この本の60ページへ(笑)

ということで、クリエイティビティに溢れる古英語期はゲルマン民族大移動に始まり、500年以上にわたって続き、そして1016年、デーン人のクヌートが英国王となり、さらに1042年にエドワード王が王位を奪還、しかしそのエドワード王も1066年に亡くなりアングロサクソンの王朝が途絶えるという混乱の中終わりを迎えます。


■中英語期(Middle English,12世紀初頭-15世紀末)

1066年、エドワード王の死後、その子ハロルド二世が王位に就くが、それに異を唱えるノルマンディー公ギヨームは6000の軍勢を率いて海を渡り、イングランド南部のへースティングスに上陸、迎え撃つハロルド王率いる7000の軍勢とバトルの丘で激突する。「ノルマン軍は弓兵に援護させながらの騎兵による突撃を繰り返したが,丘上に布陣したハロルド軍は長大な戦斧を装備した重装歩兵による密集陣形でこれに応じ,昼までに戦闘は膠着状態に陥った」(→ヘースティングスの戦い - Wikipedia)のち、激戦の末ハロルド王は戦死、ノルマンディー公ギヨームはウィリアム一世として即位した。このノルマン征服王朝の幕開けとともに中英語期が始まります。

ノルマン征服が英語史上の一大事件だった理由は、フランス人による支配だったことにあります。こののち、約200年に渡ってフランス語が公用語となり、英語は表舞台から姿を消すことになります。

中英語の主な特徴は「フランス語からの借用語の増大、語形変化の単純化、語順の固定化、代名詞の明示化」などです。

・借用語の増大

中英語期にフランス語から借用された語は約1万語とも言われ、そのうち約7500語が現代英語に伝わっているそうです。

bill, parliament, judge, money, rent, duke, baron, religion, army, battle, defence, soldier, war, coat, fasion, diamond, boil, fry, roast, cabbage, lettuce, onion, beef, mutton, pork, bacon, uncle, aunt, cousin, parentなどなど。

しかし、このフランス借用語により、古英語の単語はかなりの数が死語、または意味範囲が狭められたりした。

中英語期にはラテン語からの借用語も多く1000語以上の記録が残っている。
例えばactor,ambitious, ceremony, exclude, expantion, incarnate, interrupt, quiet, tradition, include, picture, politeなどが一部は当初と意味は変わりつつも現代英語でも使われている。

1096年に始まる十字軍遠征によってこの時期にアラビア語も相当数英語に入ってきている。
alcohol, alkali, cotton, lemon, sugarなど。

・文法の固定化

「英語の歴史」(P114)
古英語では(文法)性・数・格によって名詞や代名詞類がさまざまな形に変化したが、中英語以降、語尾変化の衰退が進行した。そのため、文中での語の役割(=格)を語形変化によってではなく、語順をSVOに固定させたり、前置詞などを用いることによって表わすようになった。古英語期では、動詞も、法(直説法、仮定法、命令法)、時制、主語の人称・数によってさまざまな活用変化をしたが、活用変化は時を経るにしたがい単純化されていった。

固定化、単純化の始まりが中英語期で、次の近代英語期になると現代英語により近づいていくことになります。

・英語の復権

1204年、ジョン王はフランス王フィリップ二世らフランスの諸侯と領土をめぐって対立、全面戦争となるが、1214年までにノルマンディー他大陸領土のほとんどを失い、さらに教皇にも破門されるなどして、ジョン失地王と呼ばれるが、これによって、のちにフランスとの関係が希薄化していき、英国に対する国家意識が芽生えることになる。

1337年、エドワード三世はフランス王位や領土をめぐり、フランス王と対立、百年戦争が勃発すると、英語に対する意識がさらに高まっていき、1362年には議会の開会宣言が初めて英語で行われ、また同年、法廷でもフランス語ではなく英語を使うことを定める法が制定。1399年に即位したヘンリー四世はノルマン征服以降初の英語を母語とする王だったという。

1384年、このような背景で聖職者ジョン・ウィクリフは完訳英語聖書を発行、詩人チョーサーは中英語を使って「カンタベリー物語」を著すなど、徐々に英語の復権が始まる中で、中英語期は終わり、近代英語期が始まっていく。

The Canterbury Tales (Penguin Classics)
The Canterbury Tales (Penguin Classics)
Geoffrey Chaucer,Jill Mann

完訳 カンタベリー物語〈上〉 (岩波文庫)
チョーサー

■近代英語期(Modern English,16世紀初頭-現代)

近代英語期はさらに、初期近代英語(Early Modern English,16世紀初頭-17世紀末)、後期近代英語(Late Modern English,18世紀初頭-19世紀末)、現代英語(Present-day English,20世紀初頭-現代)に分けられる。


1)初期近代英語(Early Modern English,16世紀初頭-17世紀末)

1447年、ドイツの金属加工職人ヨハネス・グーテンベルクはヨーロッパにおいて初めて活版印刷技術の実用化に成功。また、14世紀のイタリアに始まるルネサンスもこの時期、徐々に西欧諸国に広がりを見せていた。

そのような背景で、英国でも16世紀頃からルネサンスが始まり、ギリシア・ラテン古典研究が盛んになり、およそ1万語とも言われるラテン語の語彙が借用語として入ってきた。また1476年、英国の活版印刷家ウィリアム・キャクストンがロンドンのウェストミンスターに印刷所を開設し、印刷物の大量出版が可能となることで、さまざまな語彙が普及することになる。

この時期に入ってきたラテン語は一万語以上ともいわれるが、その半分は廃れてしまったと言う。
この時期にラテン語として入ってきた語としては
secure, camera, divide, direct,など

また、ギリシア語は主に学術用語として入ってきており、接頭辞のbio-, eco-,接尾辞の-logyなどがギリシア語に由来する。

大量の外来語にさらされるとそれに対する批判が起こるのは世の常で、この当時も、ケンブリッジ大学のジョン・チーク教授を中心とした外来語を排斥し、英語本来語を使用しようとする「英語純正運動」が巻き起こっている。

・ウィリアム・シェークスピアの影響

偉大な作家の一人シェークスピアの作品が英語史に残した影響も多大で、特に現代英語の慣用表現にも、シェークスピア起源のものが多い。

It's (all) Greak to me.(ちんぷんかんぷん:「ジュリアス・シーザー」)
eat the leek(屈辱を忍ぶ:「ヘンリー五世」)
the green-eyed monster(嫉妬:「オセロ」)
on purpose(故意に:「間違いつづき」)
salad days(未熟な青年時代:「アントニーとクレオパトラ」)

Julius Caesar (Dover Thrift Editions)
Julius Caesar (Dover Thrift Editions)
William Shakespeare

ジュリアス・シーザー (新潮文庫)
ジュリアス・シーザー (新潮文庫)
シェイクスピア,福田 恒存

・欽定訳聖書

1611年に上梓された英語聖書で、こちらも英語表現の発達に貢献した。
cast pearls before swine(豚に真珠)
the scales fall from one's eyes(目からうろこが落ちる)
an eye for an eye(目には目)
などの慣用表現の初出はこれだそうだ。

・ゼロ派生

「英語の歴史」(P89)
中英語期から近代英語期にかけて英語は多種多様な外来語を取り入れた。その反面、古英語で活発であった派生、複合など、自らの素材を用いて語を作り出す能力が減退した。古英語では、lufu(現代英語のloveに対応)の語幹luf-に動詞派生語尾-ianを付けることで、動詞形lufianを派生したが、中英語以降、語尾変化の簡略化が進行したため、動詞に付く語尾は消失した。その結果、近代英語では名詞・動詞ともにloveという同じ形になり、もはや語形だけで品詞を判断することはできなくなった。
しかし、このことは英語に思わぬ利益をもたらすことになる。品詞が異なっても語形が同じということは、逆に言えば、語形が同じままで自由に品詞転換ができるからである。専門用語では、派生語尾を何も付けずに品詞転換を行うので、「ゼロ派生」または「転換」という。

これ、読んだとき、かなりしびれました。ビックリマークでいうと「!!!!!!!!!!!!!」ぐらいの感じ。まさにイノベーションじゃないですか。

例えばknow(知っている)という動詞はゼロ派生によって、be in the know(内情に通じている)という語句で名詞として機能するなど。

主にゼロ派生は初期近代英語期にシェークスピアらによって頻繁に使われ、18世紀の後期近代英語期に批判を浴びるが、その批判を潜り抜けて現代英語でも使われている。

Do you Google?(ググってる?)

のように。

この一つの単語に動詞も名詞もあるみたいなのって、単語を覚えようとしているときはやたら面倒だなぁと思うんですが、こうして経緯を知ってみるととても面白いなぁと思いますね。

・英語の拡大

1588年、スペインの絶対君主フェリペ二世は英国征服を企図して、当時世界最強と言われた無敵艦隊131隻、兵員約30000名を英国に派遣するが、アルマダの海戦において、フランシス・ドレークを実質的指揮官とする英国海軍の奇襲攻撃により壊滅させられる。これにより、制海権を握った英国はエリザベス一世女王の元世界へと乗り出していく。

このアルマダの海戦が英語が世界中に広がる契機となったターニングポイントの一つでした。この後、英国は破竹の勢いで世界に進出していきます。
1600年、東インド会社設立
1607年、アメリカ大陸への入植開始
1620年、ピルグリム・ファーザーズがアメリカ大陸到着
と18世紀に「日の沈まぬ帝国」として君臨するために世界中に拡大していったのが、この初期近代英語期でした。


2)後期近代英語(Late Modern English,18世紀初頭-19世紀末)

さらに世界中に英語が拡大していったのが、この後期近代英語期です。17世紀にアジア、アメリカへと足がかりを築いた英国は、その後も版図を拡大させていきます。

1763年、フランス植民地であったカナダを英国植民地とする
1768年、ジェームズ・クックによるニュージーランド、オーストラリア探検
1776年、アメリカ独立宣言
1795年、南アフリカのオランダ領ケープタウン占領
アメリカは独立したものの、そのアメリカも東部13州から西部へと版図を拡大。それにともなって英語圏も拡大していきます。

この時期に関して、同書ではあまり記述が無いのですが、当然産業革命に伴う技術力や生活の向上も英語の拡大に大きな影響があったでしょう。しかし、アメリカ独立によって、イギリス英語とアメリカ英語は徐々に異なった特徴を持ち始めていきます。

さらに、オーストラリアやインドなど新しく英語圏に加わった国々や、アメリカ黒人英語も独自の発達を遂げはじめた時期です。そしてこの頃にはほぼ文法的には現代と同じSVO式に固定され、人称代名詞や疑問文、否定文の構文も今とほぼ変わらない状態へとなりました。また、派生語、複合語などは廃れ、語形変化も消失していきます。

また、ウィリアム・ジョーンズがインド・ヨーロッパ系の言語の同一起源説を提唱し、ヤーコブ・グリムがグリムの法則(ゲルマン語と他の言語と音の対応の法則)を定式化し、ウェブスター英語辞典やオックスフォード英語辞典が発行されるなど英語研究が進んだのもこの時期です。

オックスフォード現代英英辞典 第7版
オックスフォード現代英英辞典 第7版
A S Hornby

3)現代英語(Present-day English,20世紀初頭-現代)

英米社会を反映し「科学技術関連語句」「環境問題関連語句」「差別関連語句」「性差・フェミニズム関連語句」が大きく増え、それらの影響が英語表現にも影響を及ぼしている。

・「科学技術関連の表現」

例えばインターネット上の英語ではFAQ(frequently asked question), FYI(for your information), AFAIK(as far as I know)など省略表現が頻繁に使われたり、

「英語の歴史」(P160)
また、文字入力の手間をできるだけ省くため、電子メールやチャットでは、ピリオド、コンマ、クエスチョン・マークなどを使わなかったり、大文字と小文字を区別せずに、

john are you going to london next week(=John,are you going to London next week?)

と書いたりする。
一方、ネット上では、音声言語が持つ強弱・抑揚を用いた感情的ニュアンスが伝わりにくいという側面がある。そのため、This is VERY inportant point.のように大文字を使ったり、This is v e r y inportant point.やThis is *very* inportant point.のように、スペースや星印を使って強調、強い感情を伝えることもある。

・「ポリティカルコレクトネス」

年齢による差別、障害者差別、人種差別などを表す英語表現や単語を婉曲的に言い換えることが進んでいる。例えば黒人をAfrican-American、アメリカンインディアンをNative Americanと呼ぶなどが代表的だが、一部の差別表現の言い換えには婉曲的過ぎて、元の表現より「冗長でぎこちない」といった、各国共通の問題があるようだ。

・「性差・フェミニズム」

1960年代からアメリカで始まったフェミニズム運動の一環で「言葉における性差別」の解消も対象となった。chairemanをchaireperson、stewardessをflight attendantと言い換えるなど女性を表わす接尾辞-essを回避するなどが代表的。ちょっと行き過ぎた例としては、聖書の書き換えもあるらしい。

「英語の歴史」(P181)
旧約聖書の「創世記」の中でも、最も有名な節である「神は御自分にかたどって人を創造された」(1章27節、新共同訳)は、かつてはSo God created man in his own image.となっていたが、最近の英訳聖書ではSo God created humankind in his own image.やGod created human begins in his own image.などと書き改められている。
一部の(急進的な)フェミニストたちは、さらに、神をfather,イエスをSon of Manなどに喩える「家父長的隠喩」を問題視している。

そこで、「差別的でない新約聖書」なども発行され、神に対して男性代名詞を用いることを避けた表現をしているものもあるとか。

英語圏の言語は確かに家父長的社会、階級社会の影響を強く受けているだけに、このような人種・性差別解消の動きは言語にも大きく及んでいきそうな様相であるようだ。

・英語圏の現状

また、2007年時点で、英語人口は全世界で約十五億人近くにのぼる。

母語としての英語」(English as a Native Language :ENL):約3億2000万人〜4億人
英国、米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどの人々。

「第二言語としての英語」(Englisg as a Second Language :ESL):3億5000万人
ナイジェリア、インド、シンガポール、南アフリカなど世界70カ国。

「外国語としての英語」(English as a Foreign Language :EFL):約7億5000万人
英語を母語や公用語としていないが学校教育で英語を取り入れている国。日本など。

別の調査で、インターネット人口の30.1%が英語、つづいて中国語14.7%、スペイン語9.0%、日本語6.9%というデータも掲載されている。今後はENL層は漸減し、ESL、EFL層が大幅に増えていくとともに、中国語が英語人口に対抗する勢力になっていくと見られている。


■英語の未来

冒頭、H・G・ウェルズの予言を紹介しましたが、果たしてこれから英語はどのようになっていくのでしょうか。

1991年、英国のチャールズ皇太子が、チェコスロバキア(当時)の英語教師向けに以下のようなスピーチを行いました。

「英語の歴史」(P191-192)
This kind of nightmare could possibily become a reality unless there is agreement that there are enduring standards,a common core of language,and common standard of grammar.

(共通の核となる確固とした標準英語や標準英文法が存在するのだという合意がなければ、悪夢は、ひょっとすると現実のものとなるかもしれない。)
(『ガーディアン』1991年5月9日)

この「悪夢」とは、十九世紀の言語学者ヘンリー・スウィートなど、英語学者の間でささやかれる予測の一つ、今後、イギリス英語、アメリカ英語、オーストラリア英語、あるいは諸国の英語が独自の道を歩んでいくことで、英語同士の意思疎通が出来なくなるのではないか?という危惧です。

チャールズ皇太子のスピーチなだけに、この「標準英語」とはイギリス英語を想定していて、アメリカ英語の伸張への危惧でもあるのでしょうが、今後ますますESL、EFL層が増えていくことが想定されているだけに、英語全体としても今はまだ大丈夫だけど、ありえない未来ではないと言えるかもしれません。

高みを目指したが故に共通の言葉を奪われるのではなく、広がり続けるが故に共通の言葉を失う未来を恐れているというのは皮肉だなぁ、と思わずにはいられませんね。

「英語の歴史」(P199)
将来、イギリス英語やアメリカ英語の話者も、ESLやEFLの影響を受けた国際英語と母語である英語変種の2つを場面に応じて使い分ける必要がでてくるかもしれない。その時、はじめて英語は、一部のENL話者の手を離れ、真の意味で国際化したといえるかもしれない。

この本の結びは、これまでの英語の歴史を存分に記されているだけにかなりの説得力を持っているなぁと思います。

で、日本語なんですが、柔軟性や創造性、語順を気にしない特徴が古英語期〜中英語期の英語とそっくりな気がするんですけどね。1000年前の英語のように、どんどん外来語を取り込んで逆に日本語化してしまうぐらいの、比類ないタフさだと思います。そのタフさが英語を学ぶ上で障害になっているのかもしれませんが、「固定化された日本語」より、語順など気にせず派生語や複合語を自由に作れる日本語の方が魅力的なんじゃないですかね。英語の歴史はそう語っているように感じました。


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追記
古英語、中英語については一部表記できない文字を現在のアルファベットに置き換えて表記しています。
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36歳。最近、しきりに四十代になった自分を考える

私は三十六歳なのだが、最近、しきりに四十代になった後のことを考える。

十代、二十代の頃は厄年などというものは迷信だろうと思っていたし、三十代になっても、雑誌などで「ミドルエイジクライシス」などと和製英語で煽っている記事を読んでもいまひとつ実感が沸かなかった。

しかし、ちょうど35歳に相前後したあたりで、心理的に、精神的にガクッと一気に下ってしまう経験があって、ああこういうこともあるのかというのを実感することができた。この時の心理というか様子はなかなか人に伝えにくい。

そこから、まぁ、色々な「組み換え」「再構築」とか、言い方は上手く思いつかないがそういう仕切りなおし的なことがあって、36歳になった。昔のブログを読み返しても、その「がっくり」から「組み換え」までがピタリ一年のスパンなのが面白い。そういうことか、と自分では妙な納得感はある。

で、そういう経験があって、これからの約五年間は全て四十代を迎えるための準備期間としての五年間という位置づけだなと思う。四十代に多くの人は文字通りの「がっくり」を味わうののは間違いないだろう。それが全ての人に等しく降りかかるかはわからないが、少なくとも自分はそれに備える必要があるという確信を持っている。

おそらく四十代に襲い掛かってくるのは人生最大級の「がっくり」で、「がっくり」があっても生きていけるような、あるいはその状態を当たり前と出来るような、そういう備えが三十代後半の仕事ではないか、と思う。

それは、一言で言うと自我のある場所をどこにするか、という問題で、日本人は主に関係性の中に自我の場所を見出すのだけど、その自我を、負荷分散することだと思う。なぜなら「がっくり」は文字通り自我の在り処を組み換える側面が強い。価値観の転換と否定と抑圧してきたものが表面化することだと思うからだ。

四十代の人がやたらと大学院に通い始めたり、ボランティアなどに精を出し始めたり、脱サラしたり、Uターン、Iターン、あるいは起業などする例が多いように見えるのも、そういう個々の「がっくり」的イベントと無縁ではないんだろうな、と思う。

比較的僕は関係性の中に自我を置かない方なのだけど、少なくとも、自我の在り処と収入の場所が一体というのは、命に関わるリスクだね。そういう前提で色々勉強したり行動したりするようになった今日この頃。

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梅田望夫さんが理解不明と言ったはてブの本質

正直すごくびっくりした。

http://twitter.com/mochioumeda/status/996601415
はてな取締役であるという立場を離れて言う。はてぶのコメントには、バカなものが本当に多すぎる。本を紹介しているだけのエントリーに対して、どうして対象となっている本を読まずに、批判コメントや自分の意見を書く気が起きるのだろう。そこがまったく理解不明だ。

これは、はてなブックマークがどのような"場"を生み出すかということでしょう。

山本七平の言葉を借りるなら、はてブはある種の"情況"を生み出しているんじゃないかと思うのです。

「空気」の研究 (文春文庫 (306‐3))
「空気」の研究 (文春文庫 (306‐3))
山本 七平

「空気」の研究(P129)
「絶対者=情況倫理をつくりだす起点」はゴム尺をとめる"原点"の固定点で、結局はこの固定点の「意志」だけが絶対視され、他は平等だから、意思決定は最終的には、この固定点にしかない。もっとも固定点は直接に命令を下す必要はなく、情況を創設すれば十分なのである。従って平等者はこの固定点に直接に判断を求めることは例外的にしかできない。そのためこの固定点をそれが創出する情況に応じて凛在韓的に把握する以外に方法がなくなる。いわば「聖意を体して」以外になくなるわけだが、そう把握すると、「空気」ができてしまうのである。

つまり、はてブされるということは、元記事が情況創出者になるということなんですよ。起点となる情況を作る絶対者になる。しかし、はてブされた時点で文字通り「情況を創設す」るだけで「直接に命令を下す必要」がない立場に追いやられ、固定点である元記事に書かれた内容だけを元に臨在感的に把握しながら、人々はコメントをするだけになる。

はてブは高度に発達した記事を絶対者とする空気発生・増幅装置な訳で、元記事に書かれた以上のことを規範にはし辛い場を作り出していると言えると思います。


水村美苗「日本語が亡びるとき」は、すべての日本人がいま読むべき本だと思う。 - My Life Between Silicon Valley and Japan
この本は今、すべての日本人が読むべき本だと思う。「すべての」と言えば言いすぎであれば、知的生産を志す人、あるいは勉学途上の中学生、高校生、大学生、大学院生(専門はいっさい問わない)、これから先言葉で何かを表現したいと考えている人、何にせよ教育に関わる人、子供を持つ親、そんな人たちは絶対に読むべきだと思う。願わくばこの本がベストセラーになって、日本人にとっての日本語と英語について、これから誰かが何かを語るときの「プラットフォーム」になってほしいと思う。この論考に賛成するかしないかは別として、水村の明晰な論理による思考がぎゅっと一冊に詰まったこの本が「プラットフォーム」になれば、必ずやその議論は今よりも実りのあるものとなろう。

水村美苗という人は寡作の作家なので、僕のブログの読者では知らない人もいるかもしれないが、五、六年に一度、とんでもなく素晴らしい作品を書く人だ。本書は「本格小説」以来の、水村作品を愛好する者たちにとっては待望の書き下ろし作品であるが、その期待を遥かに大きく超えた達成となっている。

内容について書きだせば、それこそ、どれだけでも言葉が出てくるのだが、あえて今日はそれはぐっとこらえておくことにする。多くの人がこの本を読み、ネット上に意見・感想があふれるようになったら、再び僕自身の考えを書いてみたいと思う。

一言だけいえば、これから私たちは「英語の世紀」を生きる。ビジネス上英語が必要だからとかそういうレベルの話ではない。英語がかつてのラテン語のように、「書き言葉」として人類の叡智を集積・蓄積していく「普遍語」になる時代を私たちはこれから生きるのだ、と水村は喝破する。そして、そういう時代の英語以外の言葉の未来、日本語の未来、日本人の未来、言語という観点からのインターネットの意味、日本語教育や英語教育の在り方について、本書で思考を続けていく。とにかく思考が明晰だ。しかも小説のように面白い。明晰な文章を読むと、その内容が厳しいものであっても快感が得られるものなのだ、と改めて思った。

少女時代から漱石に耽溺し「続明暗」でデビューした水村の問題提起は、「たとえば今日、2008年11月7日、漱石と同じくらいの天賦の才能を持った子供が日本人として生を受けたとして、その子が知的に成長した将来、果たして日本語で書くでしょうか。自然に英語で書くのではないですか」ということである。放っておけば日本語は、「話し言葉」としては残っても、叡智を刻む「書き言葉」としてはその輝きを失っていくのではないか。「英語の世紀」とはそういう暴力的な時代なのだと皆が認識し、いま私たちが何をすべきか考えなければならない。

この本にこめられた、日本語を愛する水村美苗の「心の叫び」が、できるだけ多くの日本人に届くことを切に願う。

今回の例で言えば、この記事に書かれたことが全てで、それを元に人は臨在感的に把握しながら判断し発言を行うようになるので、紹介されている本を読んでいるかいないかと関係なしに発言が行われることになる。「日本語が亡びる」のかどうか、「「英語の世紀」になる」のかどうか、を各々想定しながら発言するし、否定もする。あるいは、元記事の趣旨とは関係なく、元記事の中に現れたちょっとした単語から連想して発言したりする。それもこれもはてブによって"情況"が生み出され、その"情況"が"空気"を作り出しているから。

じゃぁ、それをコントロールするために、固定点である絶対者も意見をはてブにセルクマして書き込めばいいかというと、そうではない。元記事は元記事で、それをはてブしたら、人格は一緒でも、元記事という絶対者の下で情況に左右されている平等なるその他の者の一人となるだけ。

また、別エントリーを立てて反論すればいいかというとそうでもない。別エントリーを立てて、それがはてブされれば、それは全く別の起点となり、別の情況が生み出される。はてなブックマークとはそういう装置な訳ではないかと思うのです。

「空気」の研究(P69-70)
この世界には原則的に言えば相対化はない。ただ絶対化の対象が無数にあり、従ってある対象を臨在感的に把握しても、その対象が次から次へと変わりうるから、絶対的対象が時間的経過によって相対化できる――ただし、うまくやれば――世界なのである。
それが絶えず対象から対象へと目移りがして、しかも移った一時期はこれに呪縛されたようになり、次に別の対象に移れば、前の対象はケロリと忘れる

id:finalventさんが日記でたびたびはてなブックマークに危惧を示しておられたのも、こういう空気発生増幅装置的役割についてでは?
過去記事から探しきれなかったので、おぼろげな記憶で書くと以下のような。左がこの空気を解消させる対応策との対応。
・元記事主がブクマコメントをにレスできるようにする=元記事を固定点とすることの解消
・そもそも場を生み出さない=情況創出の解消
・過去記事を埋もれさせない=時間的な経過で相対化させること

的外れだったらすいません。

かねてより、はてなブックマークは実に山本七平が喝破した日本教的空気を踏まえて設計されたサービスだなぁと思っていて、梅田さんのブクマにも山本七平タグがあったりして、そういう前提で作っているか、少なくとも梅田さんのアドバイスがある――日本人の特性を上手く掴んで戦略的にサービス化しているんだろうと――思っていたので、今回の発言"理解不明だ"はちょっとびっくりしました。ええっ!?って感じです。

まぁ、理解せずに運営されていたのだとすると、それはそれですごい嗅覚というか・・・うらやましい。


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日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で
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「はてな」は日本の伝統行事「悪口祭」を公式行事にしてはどうだろう?

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先日はてなブックマークで話題だったこれらの記事を見て、タイトルのようなことを思いました。


■悪口祭とは何か

以前こんな記事(→Kousyoublog | 人って変わらないんだなぁと思わずにはいられない500年前の掟)書いたのですが、再掲しますね。十五世紀ごろ、戦国大名の大内氏は領内の僧侶や信者に対して以下のようなお触れを出しました。


〈悪口〉という文化

『大内氏掟書』一七四条

「近年、説教や法談の道場で、他の経典を誹謗したり、他宗を罵詈悪口することがあり、誹謗した方もされた方も、憤懣のあまり宗論を行って自分の宗派の玄妙不可思議な道理を主張しようとする。それが高じれば、ついには信者など俗人たちが一揆して喧嘩闘諍に及ぶことがあり、武器を持って騒動するに至る。こうしたことは自由狼藉、言語道断なので、今後は宗論を禁止する。この禁制に背く者は、出家であれば大内領を追放し、それ以外の俗人などは事情に応じて厳しい処罰を行う」

※説教  :宗教の教義・教典を、信者などに、口頭で説き明かすこと。
※法談  :仏法の要義を説き聞かせること。また、その談話。説法。
※宗論  :宗派の間で、その真偽・優劣を争う論争。
※玄妙  :道理や技芸などが、奥深く微妙なこと。趣が深くすぐれていること。
※不可思議:常識では考えられないこと。考え及ばないこと。異様なこと。

しかしながら、禁止しても禁止しても争うものたちは後を絶ちません。大内氏乙。

江戸時代になり、仏教は幕府が管理する統治システムの一部としての役割となりましたが、それとは関係なく人は悪口を言い合い、時に斬り合い、石を投げ、争うことはなくなりませんでした。そこで自然と各地の集落・村々では「悪口祭」というイベントが開かれるようになりました。悪口祭について詳細は以前書いたこの記事を参照(→Kousyoublog | コミュニティの秩序維持機能としての悪口祭

〈悪口〉という文化」(P48)
「祭に参詣した者が、互いに悪口を言い合ったり、舞っている者に悪態をついたりするのが特徴となっている祭」
「参詣人同士が互いに悪口の言い合いをし、言い勝った者が福運を得るという信仰で行われる祭」
「祭の日に限って悪口を言い合い、言い勝った方が福運を得るとされる行事」

一見、品のない前近代的なイベントのように見えますが、実は高度な共同体維持の機能を果たしていました。ほとんどの悪口祭りは神社や寺院など神前で深夜または灯火を消して暗闇の中で、あるいは覆面で行われ、完全な匿名性が保証されていたとともに、悪口も言ってはいけない悪口があり、また後日の復讐や実力行使は固く禁止されていました。

司法警察権が全国に及ばない時代に、共同体内で悪口を言い合うことで、共同体の秩序を乱さず、維持していく役割の一つを果たしていたのです。もちろん悪口祭が無い村も多数ありましたが、大なり小なり近しい機能が何かしらあったようです。


■裏はてな祭り

「はてな村」と呼ばれ、時にネガコメや悪口が飛び交うはてなブックマークの「はてな村」界隈には、この「悪口祭」的システムはある種の秩序維持機能に有効なのではないかと思うのです。

こんな感じ

--------------------

毎年、年の瀬も差し迫った12月某日。普段と変わらずはてなブックマークにアクセスすると突如、以下のようなメッセージが表示される。
「裏はてなにログインしますか? Y/N」
Noを選ぶと、いつもと変わらぬはてなブックマークにアクセスし、普段どおり役に立つ記事やニュースをブックマークして、面白そうなトピックを閲覧し、いつもと変わらぬ一日が終わる。

Enterキーを押すと、いきなり画面は暗転し、なつかしの黒い背景に黄色の文字で注意事項が表示される。
一、人格を否定するべからず
一、差別用語は使うべからず
一、発言者を特定するべからず
一、悪口はこの場限りとし、決して後々怨恨残すべからず
一、この場で語られたことは決して他言するべからず
おそるおそる承諾すると、やはり黒バックの背景に黄色の文字色などきついページに遷移する。

裏はてなのホッテントリには役に立つエントリも、楽しいエントリもない。
キングオブうすらバカ決定してたり、エセ科学や無断リンク、アルファブロガーをDisるエントリばかりが並ぶ。普段と違うのはid名が一切表示されておらず誰が発言したか全く分からないこと、外部からこのページにアクセスしようとしても普段より少し凶悪な表情の犬のイラストが表示されたメンテナンス画面になるので、何が行われているか全くわからないことだけだ。

みんなのブクマには「これはひどい」「死ねばいいのに」タグがずらっと並び、お互いに悪口を書きあっている。普段Disられることが少ないようなidのユーザーも軽く悪口が書かれていたりする。見渡す限りのネガコメの嵐。

ログインしたユーザーは今日の日のためにあえてブクマすることを我慢していた突っ込みどころ満載のブログエントリーを一斉にブクマし言いたい放題なコメントをつけるのだ。普段ブクマするより、この日にブクマした方が数倍反響があるし、普段そういう記事をブクマしても、「裏はてな」でやれ。と逆にDisられる。

普段鬱積したDis欲求は、このハレの祭りで最高潮を迎えるのだ。そして、気がつくと数時間が経過していた。窓の外から日が射し、小鳥のさえずりが聞こえるとともに、画面上に裏はてな終了のお知らせが流れる。

全てのネガコメ、ネガタグ、ブクマが次々と消えて行き、普段と変わらない「はてなブックマーク」の画面が表示される。そして、住民たちは、来年の裏はてな祭りに備えて、普段と変わらぬ一年をまた過ごすのだ・・・どろどろとしたDis欲求を最大限爆発させるために、普段は役立つ記事に楽しいコメントだけを書きながら。

--------------------

こんなのいや?


■江戸の喧嘩モード機能

一応、もう一つ考えました。これまた、以前こんな記事(→Kousyoublog | 江戸の華と言えば喧嘩だが実はほとんど口喧嘩だけで決着した)を書いたのだけど。

〈悪口〉という文化

江戸ッ子の喧嘩は、現代の都会の巷に見られる血なまぐさい決闘とは大分ちがって、決闘ではなしに口喧嘩だった。立て板に水を流したような、いわゆるタンカを切ることが江戸ッ子の喧嘩の時に出る言葉だったのだ。江戸ッ子は本気に怒った時でも、衆目の前でいきなりなぐりあったりはしなかった。まずタンカを切る。そのタンカが、人の意表をつくとてつもない言葉を発した。すると、この言葉が聞いている周囲の町人たちをどっと笑わせた。目的はここにあった。相手側も負けまいとしてタンカを切り返す。それがまた相手の意表をつくとっ拍子もない言い方をする。そして、このタンカに見物人が笑う。つまり見物人の笑いの声、あるいはこれにともなう弥次馬のかけ声の多少によって勝負は決したのだ。笑われることは、江戸ッ子にとって大きな精神上の損傷であったと見えて、笑われる側に追いつめられると、すごすごとその場から姿を消していくのが常だった。もし、覚えていろ、といった捨て科白ぐらいで止どめないで、腕力を振りまわすようなことがあると、かならず弥次馬の中から仲裁人が飛び出して、そんな野暮なことをするなとたしなめられる。

つまり、上記にあげた「キングオブうすらバカ - ハックルベリーに会いに行く」の記事を例に取ると・・・

id:aurelianoさんに名指しされた id:tororo-imo さん宛にはてなからメッセージが飛び、そこにはこう書かれている。

「タンカを切り返しますか? Y/N」

Yを選ぶと、喧嘩専用ページが作成され、対抗するエントリーを作成することができる。そしてそのエントリーははてなブックマークのトップ、ホッテントリの最上位に自動的に表示され、衆知の中で言い返すことが出来るようになる。そこで「見物人の笑い」の役割を果たすのがはてなスターで、このときばかりははてなスターは一人一つまでとなり、そのスターの数で競い合う。

まさに、喧嘩と祭りはネットの華的イベントに出来るんじゃないかなぁという訳です。ただし、そういうのに慣れていない人もたくさんいます。実は、こういう喧嘩の優劣を笑いで競うという風習は日本だけでなくイヌイットにもあったらしく、イヌイットでは悪口を代理で言う専門家も居たそうです。

そこで、誰かに助勢を求める機能も追加し、悪口を言われても、上手いこと言い返せずに泣き寝入りしなくても良いようにすると良いんじゃないでしょうか。

おいおい、さっきから聞いてりゃ好き勝手言いやがって。野暮かもしれねぇが、あっしが助勢しますぜ」的な。


■共同体の終わり

しかし、悪口祭や江戸の喧嘩はなぜ廃れたのでしょうか。それは都市化です。鉄道が開通することで人の出入が頻繁になり、中央集権国家が成立したことで司法警察権が全国に行き渡り、ラジオ、テレビなど情報がすみずみまで行き渡っていく過程で、村落共同体は次々と消滅し、このような自治的な制度は自然と廃れていきました。

はてなは良くも悪くも日本的共同体色の強いサービスで、その特徴を人は「はてな村」と言う訳ですが、他のコミュニティとより密接に、出入りが頻繁になっていくようになれば、つまり、鉄道が開通すれば「はてな村」の特色は薄れていくのだと思います。

1000万人ユーザーを目指すというような近藤社長のインタビューが以前ありましたが、都市化の過程で共同体が解体していくのは歴史が証明するところ。共同体として消え去るか、都市化するか。ならば、「一期は夢よ、ただ狂え」的な遊び方をはてなユーザーはしていけばいいんじゃないかな。そして、それを上手く手綱を引きながら共同体を都市化していくことがサービスの運営者には求められているんでしょうね。なんて言うのは大きなお世話か(笑)


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高度に発達した「企業共同体での労働」は人身売買と区別がつかない

労働法 第2版
労働法 第2版
前回のエントリー(Kousyoublog | 「労働」は「喜び」か「苦しみ」か?)に続いて、水町勇一郎著「労働法 第2版」から。各章区切りごとにこの本では著者が「探究」と称して疑問を投げかける構成になっているのだけど、「探究9」から。

水町勇一郎著「労働法 第2版」(P120)
労働契約(雇用契約)は労働と賃金の交換契約だとされている(労契法6条、民法623条参照)が、実際の労働関係においては、労務提供と賃金支払い以外に、同僚との仕事上の協力・仕事以外での交流、会社への帰属意識・仲間意識の醸成、自己の存在基盤の確立、家族手当や企業年金などのさまざまな生活保障給付の提供など、単なる1対1の交換契約をこえた共同体的な相互依存関係が存在していることも多い。このような労働関係の実態を踏まえると、労働関係は、法的にも、共同体への人的帰属関係だと把握され直すべきか?それともやはり個人対個人のドライな交換契約だと把握されるべきか?

つまり、労働契約は労働者は労働力を提供する義務が発生し、会社は賃金を支払う義務が発生するので、その交換契約なのだが、さらに労働契約を結ぶと、就業規則に同意したことになり、企業側に人事権や企業秩序定立権などの指揮命令権が発生する。その指揮命令権の根拠は判例でも諸説あるらしいが、企業はそもそもそういう支配権を持っているものと解釈されている。敢えて権利義務の関係で言うと、労働者は指揮命令権に従う義務を負う代わりに会社というコミュニティに所属する権利を持つ、と言える、というのがこの本に書いてある趣旨。実のところ、指揮命令権の法的根拠は薄い。

そして、その上で、「労働関係は、法的にも、共同体への人的帰属関係だと把握され直すべきか?それともやはり個人対個人のドライな交換契約だと把握されるべきか?」という労働関係は「契約」か「制度」か?という問いが投げかけられていて、著者はその後のページでこう書いている。

水町勇一郎著「労働法 第2版」(P154)
現在の日本で「制度」理論(労働関係の共同体的な把握)をとることは規範的にみて問題が大きい。日本の労働関係の実態をみると、たしかに労働と賃金のドライな交換契約というより、会社という共同体への人的帰属関係との性格が強い。しかし、その実態に内在している弊害(閉鎖的な企業共同体のなかでの集団による個人の抑圧、外部者や少数者の排除など)を考慮すると、日本の現状で規範的に「制度」理論をとってしまうことは大きな社会的危険を内包した(それを規範的に承認することにもなる)選択であるといえる。

まさにその通りだとは思うのだけど、一方で企業の指揮命令権の根拠を曖昧なままにしていいのだろうかとも思う。実態として存在しているものなので、根拠と、指揮命令権の範囲を明確にして共同体性の解体をさらに進めるべきなのではないだろうか。

単純な労働契約の集合体としての企業、という方向に進めていく必要があり、また日本社会的に進まざるを得ないんじゃないかなぁと思うのだけど、企業にはある種の幻想を抱かせる機能があるらしく、中小企業やベンチャー企業ほど、企業の共同体性を信じているよね。(そこにはもう一つ、制度としての「所有と経営の分離」という欺瞞の問題があるんじゃないかなぁと思っていて、それはまた後日書くけど)

しかし、共同体性が一方で閉鎖的な弊害を生むことも、特にベンチャー企業で働く人は理解しておく必要があると思う。この場合の共同体性は支配権に基づいて生まれる企業内の人間関係や無言の強制力などのことぐらいで捉えているので、そんな感じで。

「高度に発達した企業での労働は人身売買と区別がつかない」とか言うと煽りすぎかもしれないけれど、「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約を補足する人(特に女性及び児童)の取引を防止し、抑止し及び処罰するための議定書(略称 国際組織犯罪防止条約人身取引議定書)」より人身売買の定義

第三条 用語
この議定書の適用上
(a)「人身取引」とは、搾取の目的で、暴力若しくはその他の形態の強制力による脅迫若しくはこれらの行使、誘拐、詐欺、欺もう、権力の濫用若しくは弱い立場の悪用又は他人を支配下に置く者の同意を得る目的で行う金銭若しくは利益の授受の手段を用いて、人を採用し、運搬し、移送し、蔵匿し又は収受することをいう。搾取には、少なくとも、他人を売春させて搾取すること若しくはその他の形態の性的搾取、強制的な労働若しくは役務の提供、奴隷若しくはこれに類する行為、隷属又は臓器摘出を含める。
(b)(a)に規定する手段が用いられた場合には、人身取引の被害者が(a)に規定する搾取についての同意をしているか否かを問わない。

権力の濫用若しくは弱い立場の悪用又は他人を支配下に置く者の同意を得る目的で行う金銭若しくは利益の授受の手段を用いて、人を採用し、運搬し、移送し、蔵匿し又は収受することをいう。

企業において、従業員を雇い、働かせる行為は一歩間違うと人身売買の定義とさほど大きな差は無くなるおそれがある。少なくとも経営者は自戒した方がいい。

ベンチャー企業で総務人事法務をやっている当事者として自戒しているが、周りの人にも気付いてもらうのはなかなか難しい。ベンチャー企業は指揮命令権を強力に行使し、かつ居心地が良いコミュニティであらねばならないが、それは一歩間違うと、反転して閉鎖的で個人を抑圧してしまう顔が覗き始める。

こわいよね。


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散歩系娯楽文化の五つの分類

一口に散歩と言っても、散歩という語の幅広さから、その行為や目的によって色々な分類をすることが出来ます。単にピクニックとハイキングとウォーキングとトレッキングの違いが知りたかっただけなんですが、このあたりの言葉は散歩という幅広い語と重なり合うように成立している外来語なので、アバウトながらその違いが見えると面白いなぁということで、なじみの薄いランブリングも含めてその違いのまとめです。

下に行けば行くほど歩くこと自体が目的と化していきます。


■ピクニック
ピクニック - Wikipedia
ピクニック(Picnic)は、屋外に出て野山や海岸などの自然豊かな場所に出かけていき、楽しむこと。戸外での食事が含まれる傾向がみられる。
人間は、建物を作り、この中で生活の様々な用を済ませる。しかしピクニックでは、こういった建物から出て、戸外で日常的な活動を行うもので、この方向性には本格的な野外生活が存在するが、ピクニックではそこまで生活の長い時間を戸外で過ごすことは前提とせず、食事とそのあとの軽い行楽のみを目的とする。

食事では、主に弁当・サンドイッチ・果物などの運搬性の良い食べ物を持って行き、自然に親しみながら遊ぶ。これらの遊びはスポーツなどの本格的なものではなく、軽く体を動かす程度(散歩を含む)で、これは専ら「食後の軽い運動」程度にとどめられる。

■ランブリング
ランブリング - Wikipedia
歩くことが主目的でなく、ある趣味をするために歩くとか、あることをしながら歩くということである。日本ではまだ馴染みのない言葉であるが、多くの人がランブリングを楽しんでいるという現状がある。歩く速度は、楽に会話ができる程度のゆっくりとした歩きである。 ランブリンクする人を、ランブラー(Rambler)という。
自然観察をしながら歩く、史跡めぐり、お遍路、犬を連れた散歩、鉄道廃線歩き、俳句を詠みながら歩く、風景や建物などの写真撮影のために歩くなど、多種多様であるが、多くの人がランブリングとは気づかずに行っている。そもそも、ランブリングという言葉自体を知らないと思われる。

■ハイキング
ハイキング - Wikipedia
ハイキング(Hiking)は、健康のため、あるいは知らない土地を見聞したり、自然の風景や歴史的な景観を楽しむために軽装で、一定のコースや距離を歩くことをいう。ウォーキングともいい、近年は高齢者の健康維持(health promotion)のために推奨されている。小高い丘や山を越えたり、その中腹を横切るといったコースもあり、山歩きと一部その活動は重なる部分もある。

■トレッキング
トレッキング - Wikipedia
トレッキング(trekking)は、山歩きのこと。ニュージーランドでは、トランピング(tramping)と呼ばれている。登頂を目指すことを主な目的としている登山に対し、トレッキングは特に山頂にはこだわらず山の中を歩くことを目的としている言葉。ただし、結果的に行動の過程で、山頂を通過することもある。ヨーロッパでは、アルプスの山々に登るには途中に岩場や氷河などがあり、ザイル、アイゼンなどの特殊な装備を必要とするため、それらを使用するものを登山と呼んでいるが、日本の夏山ではそのような装備がなくとも高山に登ることができるため、トレッキングと登山の境目ははっきりしなくなっている。そのため、日本では、軽登山をさす場合にも常用される。

また、歩くところによってリバートレッキング(川に沿って歩く)やスノートレッキング(雪原を歩く)などがあり、さらに、廃線トレッキングといって鉄道の廃線になったところを歩くなど様々な工夫したトレッキングが行われている。

■ウォーキング
ウォーキング - Wikipedia
ウォーキングとは、歩く事を目的とした運動である。

一般的な散歩などとは区別される事が多いが、日本では健康ブームに乗って、日本スリーデーマーチに代表されるようなハイキング感覚の歩け歩け大会が各地で開催されている。海外では長距離を歩き、自己の限界に挑戦する過酷なスポーツとして有名である。

まぁ、あくまで分類で、厳密に分けて行動する人はそういないだろうと思います。僕もこの五つが微妙に組み合わさった散歩のスタイルだし、敢えて目的無く歩く方が多いですねー。歩くことが目的なのだけど、それは健康目的ではなく、しかし史跡や地形や町並みを楽しんだり、敢えて山や丘を越えたり、あるいはぶらぶらしたかと思うと、10キロも20キロもあるいたり。

これらに名前と意味が与えられたのは近代のことらしく、特に欧米や日本で工業社会化、都市化にともなって人々が集住することで自然への欲求が高まり、日常生活との対比として生まれたようです。

ハイキング - Wikipedia
こうした活動は、19世紀の末から20世紀の初頭にかけて、工業文明が急速な発展を遂げ、その工業生産や技術のデモンストレーションの場として、万国博覧会が始まった時代に、それへの警鐘として、健康維持のためのさまざまな活動、禁酒、禁煙運動、日光浴、海水浴、体操、自然食、ワンダーフォーゲル運動などのブームが始まった頃に共に始まったと思われる。
Sony Style|遊びスタイル|ピクニックとまいりましょう(web archives)
 1802年3月15日、ロンドンで「ピクニック・クラブ」が結成されました。これがピクニックのはじまりといわれています。ただ当時は野原でピクニックをやったわけでなく、都会の真ん中のカフェのようなところで政治や文学を語り合うものでした。この頃はかしこまった社交ばかりでしたから、ピクニックみたいにホストとゲストがいない自由な集まりは反社会的なものと思われていたらしく、当日の晩は不測の事態に備え、警官が寝ずに待機していた、というエピソードも残っています。

 1840年代、イギリスに「公園」が次々とオープンしていくのをきっかけに、公園や野原に出かけて、草の上で食事をする、現在のピクニックのかたちが少しずつできていきます。1863年にはマネが「草上の昼食」を描きますが、あれが当時のピクニックなんですね。ひとことで言うと、最先端の「社交」だったんです。
ピクニック - Wikipedia
日本では公共交通機関の発展や大衆車の普及(モータリゼーション)にも伴い、気軽に自然環境の豊富な郊外に出かけることが可能となり、ハイキングよりも気軽な戸外でのレクリエーションとして好まれていった。米国でも、自動車の普及はピクニックを楽しむ大衆にとって切り離せない要素となっている様子が見いだせる。

日本は野点や野掛け、花見、あるいは歌垣もそうかな。そういう野外での娯楽文化の歴史と、都市化による海外のピクニック・ハイキング文化の輸入とが微妙に混ざり合い、最近の古い日本文化回帰ブームと写真ブームみたいなのも相まって、メディアが煽っていくことでピクニック層をコアにした独特な散歩文化になっているんじゃないかなぁと思ったりしますね。

土日は公園に集合して、やたらと屋外でご飯食べるのが好き、みたいなピクニック層が圧倒的多数を占め、カメラ片手にやたら史跡めぐりや街歩きしている層が最近急増して第二層、それに少数派のウォーキング層とトレッキング層が続くみたいな印象ですが、こういう統計データないんでしょうか。

大雑把な分類になりましたが、もう少し歩くことに主眼を置いてピクニック派を除いた分類もしてみたい。史跡巡り派、自然歩き派、街歩き派、カメラマン派、地形大好き(アースダイビング)派、とかかな。ということで、それはまたおいおい考えて見ます。


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「会議の教科書 強い企業の基本の「型」を盗む!」山崎 将志 著

会議の教科書 強い企業の基本の「型」を盗む!
会議の教科書 強い企業の基本の「型」を盗む!
山崎 将志


珍しくビジネス書の紹介。二年ぐらい前に買ったっきりずーっと読んでいなかったんですが、最近働き出したこともあって通勤電車の中でざっと読みました。1時間はかからずに読めちゃいます。

この本で対象としている会議とは以下のようなもの。

「ちょっといいですか?」という感じで始まる「打ち合わせ」的なものを除き、最低1週間前からスケジューリングされ、最低2人から多くて15人くらいが集まる進捗会議と、それに付随する問題解決会議

で、どうするか、というと、いわゆるWBS(work breakdown structure)というプロジェクトマネジメントで使われる作業分解図へ会議の成果を落とし込むようにしましょう、前もってアジェンダ(議案)をまとめておきましょう。ということが書かれている訳です。結構普通に会議していると、「だれがいつまでになにをどうする」が決まらないままで終わることが案外多いのでそれって無駄ですよという至極当たり前の話と、そうしないように作業の工程表に落とし込むことを心がけると上手く行きますよ、ということが書いてある。

全般的に正しいこと書いているし、手法としてもこれを心がけると、何も資料が無いままだったり、ぐだぐだと終わりが見えない会議が多い会社においては有効なんじゃないかなと思います。著者のサイトにアクセスするとこの本で紹介されていたエクセルのシートとかもダウンロード出来ますが、まぁ、自分で作ったほうが早いかもしれない。

ただ、世の中の会議は『「ちょっといいですか?」であれよあれよという間に二時間ぐらい続く』パターンが結構多い気がするなぁ。そういう時でも、この本などに紹介されているように、常に具体的な計画へと落とし込むように会議を進めるようにするとグダグダな状態から多少は脱却できるかもしれないですね。

そもそも会議など同期的コミュニケーションって仕事上は結構ロスなのでメールなど非同期的で済むものはメールのやり取りで済まして、同期的なものじゃないといけないものだけにしたいんだけど、なかなかそうも行かないのがアレです。開くことに意味がある会議とか結構あったりしますしね。

あと「ブレスト」にかこつけてグダグダ会議しちゃうのもヤですね。"ストーム"なだけで終わった時の徒労感と言ったら(笑)で、言いたい事言った人たちは何故か満足しているし。「いやー有意義なブレストでしたなぁ。はっはっはー」「●●部長のアイデアすごく斬新でしたねー」・・・でっ?ていう。

まぁ、こういう事態に道筋をつけるのに基本を押さえておくための一冊ではあるなぁと思う訳ですが、多分、この本は勿論、もうちょっとプロジェクトマネジメント系の本を読むとより役立つんじゃないかな、と思ったりします。

この本とか良書でしたよ。
プロジェクトマネージャーが成功する法則―プロジェクトを牽引できるリーダーの心得とスキル (実力派SE養成コース)
プロジェクトマネージャーが成功する法則―プロジェクトを牽引できるリーダーの心得とスキル (実力派SE養成コース)
好川 哲人

なんだこの釣りタイトル、とか思いながら読んだら別に法則なんか書かれてなくて、普通にプロジェクトマネジメントを結構ちゃんと書いてて好感度高かった。

アイデアを具体的な実行計画に落とし込むというのは、人の思考として本来的には持っていなくて、心がけないと出来ないことなのかもしれない、と思ったりしているんですが、それは僕が優柔不断なだけでしょうかね。まぁ、そんなこんなで、お仕事上で日ごろ行われる会議というイベントの基本のキを押さえておくのに良い本の紹介でした。


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「現代法学入門 (有斐閣双書)」伊藤正巳・加藤一郎 編

現代法学入門 (有斐閣双書)
現代法学入門 (有斐閣双書)

法学を一から学ぶ時に何が良いだろうと思って色々調べてみた結果、この「現代法学入門」が良いと評判だったので、数年前に購入し、しばらく本棚の肥やしになっていたのだけど、最近になって一通り読んだ。

1964年に初版が発行されて以来、現在の第四版までリニューアルしながら版を重ねているだけあって、薄手の本ながら内容はずっしりと読み応えがある。記述に偏りもあまり感じられないしとてもフラットで自分のものにしやすい感じがありますね。

序章からしてすごくいい。

(P3)
芸術的な感覚が、それぞれの人の個性や千変万化の社会現象に鋭い目を向けるのに反して、法は人を画一的に扱い、現象を規格化するところから、そこに法や法学への反感が生まれるのも当然かもしれない。

と、法に向けられる目線の厳しさを認めつつ

(P4)
およそ秩序正しい社会が実現されることはすべての人の幸福の基礎であり、そのために法が有用である以上、その正しい意味を探求しようとする法学の価値を否定することはできない。

(中略)

もとより民衆が法についての専門的知識をもつことまでも要求されないけれども、民衆が正しい法のあり方を理解し、その基本的な知識をそなえることは、法にあるべき姿をとらせるための条件である。一般教養として法学を学ぶ価値はそこにある。

というあたり、結構熱い。学生の時に読んでいたらその熱意にグラッと来ていたかもしれない。

その後の章立てとしては
第一章 法とは何か
第二章 法の適用
第三章 法の体系
第四章 法の発展

と続く訳ですが、基本的には、根本となる考え方についての記述がメインで細かく条文に踏み込んでいるわけではないので、詳しくなくとも読み進められると思う。

近代社会は地縁や血縁によって小さな社会が秩序付けられていた時代と違い、様々な背景を持った多くの人々によって社会が後世されているため、旧来の地縁、血縁的つながりに変わり、近代社会は法によって組織されている面が強くなっている。

(P8)
このようにして、人間の社会には、それを秩序正しく保持するための行為規範が存在することになる。法はこの行為規範に含まれるものである。

行為規範にはどのようなものがあるかというと、この本では以下の五つを挙げている。

1)流行
2)風習
3)しきたり
4)道徳
5)法

この本では、上から順に徐々に強制力が強くなっていき、法が最も厳しい義務付けを行うとしているが、現実は少し違うなとも思う。

特に日本においては二重構造的なところがあって、風習、しきたりによって形作られた道徳が、時に法を圧倒して人々に強い強制力を発揮することがあるように思う。いわゆる空気とか日本教とか言われるものだけど、多分それは日本の近代法概念が西洋のそれと違い、輸入して上書きしただけのものだからなんじゃないだろうか。

(P214)
当初、閉鎖的農業社会の法として形式主義的な特徴を示していたローマ法は、ローマが地中海を内海とする世界支配を確立するにいたって柔軟な世界法へと発展し(とくに取引法)、紀元6世紀に東ローマのユスティニアヌス帝によって、後に市民法典(Corpus Iuris Civilis)と呼ばれることになった大法典に編纂されたが、この市民法典(ローマ法大全)が12〜13世紀のボローニャにおいて当時の社会的状態に適合するように再構成されたうえ、ひろく西洋諸国(イギリスを除く)に導入されたのである。ローマ法学の専門的知識を身につけた官僚は、行政においても司法においても、成立しつつある絶対王政の手足として大きな役割を演じた。こうしてローマ法は、職業的官僚制を支配の道具とする絶対王政を経由して近代化した大陸諸国において、「近代法」の骨格を形成することになった。

それに対して日本の場合

(P223-224)
日本における統一国家の形成は、諸領主が中央の身分制議会へと結集し、幕府がこの身分制議会と対抗しつつ独自の官僚制的支配を確立しゆくという形をとらず、幕府が諸領主をそのまま官僚に任命し、これに地方政治を委託するという形で行われたのである(近世の幕藩体制社会)。鎖国が可能であった日本では、常備軍を維持する必要がなく、それゆえ、ヨーロッパ大陸の絶対王政にみられたような、専門的知識をそなえた職業的官僚制による支配を確立する必要もなかったから、従来の領主に地方政治を委託することが可能であった。ここでは君主の意思を法として強制するための統一的な法典編纂が試みなれなかったのはいうまでもないが、統一的審級制度のもとで幕府と諸藩の判例の集積により実質的に法を統一する試みもなされなかった(イギリスの場合との相違)。常備軍の不要性においてイギリスと共通の事情にあったにもかかわらず、広大な市場の不存在のゆえに資本主義が発達しなかったことも、法の統一が進行しなかった理由のひとつであろう。

市場経済・貨幣経済は日本でも発展していたようなのですが、資本を集中投下して、労働力を使うという意味での資本主義は未発達だったのかなと僕は認識しています。農村の勤勉革命のように資本集約ではなく資本節約・労働集約型の発展はあったらしい。(→「Kousyoublog | 「仕事と日本人」武田 晴人 著」)で、概ねこの通りなんじゃないかと思う。

(P224)
すでに爛熟期にあった西洋市民社会の水準に一挙に到達するためには、ドイツの場合のように学説法によって徐々に市民法の形成を行う余裕はなく、安政の不平等条約を撤廃させるための緊急の必要もあって、市民法の形成はフランスおよびドイツの法典を下敷きにした法典編纂によって行われることになった。その成果が明治31(1898)念施行の民法典(および翌年の商法典)であって、これによって日本においても資本主義の発達を可能にする経済生活の枠が用意されたのである。

で、明治維新でとりあえず西洋の法典を下敷きにして、色々骨抜きにしつつ民法典を整備しただけ(→「Kousyoublog | 日本の個人主義思想は不平等条約解消のため名目上入れただけだった」)なので、日本の歴史的繋がりの上に法という存在が薄いんだろうなと思う。表向きこれからは法が重要です!と言いつつ、結局のところ法よりも強い何者かが存在し続け、二重構造が生み出されているのだろうなと思う。誰もが違法かどうかに汲々としながら、実際は法ならざる何かに意思決定を支配されるのはそういうところなのだろう。

まぁ、そういうざっくりとしたところを考えさせられつつ、この本で一番スペースを取っているのは勿論第三章の法の体系で、憲法から民法刑法国際法など広く日本の法体系と、その意義や背景がきっちりと書かれていてとても勉強になった。なんども読み返したいなと思う一冊。


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へてろくろみにゃー

オッドアイの猫

オッドアイの猫

オッドアイの猫

散歩の途中、オッドアイの猫さんと出会った。植え込みの中で、こっそりトイレの最中だったらしく、地面を掘り返して用を足している様子を覗き見てしまいました(笑)その後、のんびりとしている時にそっと近づいてみて、オッドアイの猫さんだと気付いた。

オッドアイ (ネコ) - Wikipedia
オッドアイ(英:Odd-eye)のネコとは、左右の目で虹彩の色が異なるといった特徴(虹彩異色症)を持ったネコのことである。 白いネコに多く見られるが、他のネコ(例:三毛猫、黒猫、トラ猫など)でもたまに見られることがある。日本では、黄(銅)色と青色の虹彩を持つ場合、金目銀目(金銀眼)あるいは金銀妖眼とも呼ばれる。またまれに緑色と青色のいわゆる緑目青目が見られることがある。青色の眼の側に聴覚障害があるとよくいわれるが、それは必ずしも事実ではない。約七割の金銀眼猫の聴覚は正常である。一般に目の青い白猫は聴覚異常が起こりやすく、その割合は二割以内といわれている。品種としてはペルシャ猫やターキッシュアンゴラなどである。

ついついヘテロクロミア(金銀妖瞳)と言ってしまうのは某小説の影響です(笑)

東京の猫 | trackbacks(0) | ブログランキング・にほんブログ村へ ブックマークに追加する あとで読むこのエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーを含むはてなブックマーク

ふと海が見たくなって多摩川を下った

六月のある日、二子玉川に行ったついでに多摩川を散歩した。あまりに天気が良くて、ふと海が見たくなったので、そのまま多摩川沿いに海へと向かって歩くことにした。

もう少し詳しくきっかけを話すと、多摩川で、目の前を歩いていた若い女の人が、ふと立ち止まり、川を眺めていたかと思うと、何か意を決したように土手を駆け下りていった。そのシーンが眩しかったから。って、因果関係が全く無い理由だけど。

とにかく、それで僕も吹っ切れたように、歩こうと思った。

略地図

あとで、ルートをたどってみると、こんな感じ。二子玉川から天空橋まで。大体18キロほどを歩いたことになる。6月とはいえ、陽射しは強く、歩いていると徐々に体が焼ける感じがしていた。しかし、何かに憑かれたように、海を目指していた。以下、写真などあるので続きを読むから。

続きを読む >>
東京散歩:暗渠・川・緑道 | trackbacks(0) | ブログランキング・にほんブログ村へ ブックマークに追加する あとで読むこのエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーを含むはてなブックマーク

なんでITベンチャーって執行役員制が多いの?

どういうポジションの人なのかよくわからない肩書きランキング


 相次ぐ外資系企業の進出や業務内容の細分化によって、一昔前は見たこともなかったような肩書きが名刺に記されていることが多くなってきました。外回りの多い人などは、名刺交換をした際に「いったいこの肩書きはどういう役職なんだろう?」「この人は目の前にいるメンバーの中でどういう位置づけなんだろう?」と悩んだ経験があるのではないでしょうか?

 「どういうポジションの人なのかよくわからない肩書きランキング」で1位に選ばれた《エバンジェリスト》は、近年IT関連企業でおなじみとなっている肩書き。もともとは キリスト教における「福音の伝道者」を意味する言葉ですが、企業では自社製品や技術などの啓もう活動を行う職名として使われています。 マイクロソフトや アマゾンジャパンなど大手の外資系企業では、《エバンジェリスト》が啓蒙のエキスパートとしてセミナーやイベントでの講演、雑誌への執筆活動などを行っており、目にする機会も多いようです。

 あまり聞き慣れない、2位の《董事》(とうじ)は、企業の意思決定および監視に関する責任を株主から任された人の肩書きです。一見日本語のようにも思えますが、実はこれも中国や台湾の企業・団体で使用されている外国由来のもの。《董事》によって構成される「董事会」を束ねる 董事長は、日本の会長職と同等の権限を持っています。コミック好きの方は『取締役 島耕作』で主人公・ 島耕作が上海初芝在任時に董事長の肩書を持っていたことを覚えているのではないでしょうか? よく似た響きを持つ《参事》や《主事》などの肩書きもランク・インしていますが、こちらは公的機関や各種法人、公共団体などで使用される職名で、一般的に《参事》が部長クラス、《主事》が課長補佐以下のクラスを表すと言われています。

 このほか、広報を意味する《パブリシスト》や副社長を意味する《バイスプレジデント》(直訳の場合。本来は部長〜本部長クラスを指すが、会社の規模によっては部門副部長、課長クラスを指す場合も)など、既存の役職を外国語に置き換えた「わざわざ外国語にしなくても……」という肩書きも多数ランク・インしていますが、やはり目立つのは《インテグレーター》や《フェロー》、《アソシエイト》など、従来の日本企業にはなかった新しいタイプの肩書き。外国語に由来するため意味が分からないことも多いですが、どうせ分からないのなら「これはどういった役職なのでしょうか?」と訪ねてみるのも、話のきっかけとして良いかもしれませんね。

あるある(笑)というか挙げられている肩書きがほとんどわからん(笑)エバンジェリスト?キリスト教右派の方ですか?そういやCEOとかCOOとかも無意味に使われているなぁ。

ITベンチャーに限って執行役員制をよく見かけるのはなんでだろ。例えば20人ぐらいの会社なのに「取締役COO兼執行役員●●事業部長」とかそういう肩書きだと、執行役員制の意味ないんじゃ・・・という突っ込みを入れたくなったりするわけです。執行役員制にするなら取締役と執行役員は分けようよ、いやそれ以前に監督と執行の役割を分ける必要がその規模であるのか、みたいな。

まぁ、響き的に聞こえがいいから、執行役員って言いたい気持ちもわからんではないけど(笑)ウォークマンと執行役員はソニーの二大ネーミングの勝利とどっかで聞いたことがあるなぁ。


精選 執行役員制度の設計と運用
精選 執行役員制度の設計と運用
荻原 勝



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転職活動で人材紹介使ってみたまとめ

転職活動の過程で大手からそれこそ雑居ビルの一角で数人でやってる超小規模のところまで20社弱の人材紹介会社に申し込んでみました。僕は総務人事法務などバックオフィス系志望なので技術者等とは違うかもしれません。以下主観的な感想。

募集している求人情報について
・実際のところ、各社とも持っている案件はそれほど大差ない。
・人材紹介会社で扱われるのは規模的に上場非上場問わず100名前後以上の会社がほとんど。
・マネジメント層、準マネジメント層の募集が大半。
・あれもこれも、という訳ではなく、職務内容と業務範囲が明確なところが多い。

まぁ、採用する会社の立場で考えてみると上四つの傾向は当然の帰結かなと思います。その会社に欠けている人材像が明確にあるから、ピンポイントで人材紹介会社を使って採用を行う訳で、そういう欠けている人材像はある程度、規模が拡大し、体制が固まり始めた時期になって○○の業務が出来る人が欲しい、など明確になってくることが多いですね。また、マネジメント層というのも、大体100名以上ぐらいの会社で不足して多く求められるようになる人材像だと思います。

逆にアーリーステージのベンチャー企業なんかだと、役割分担や社内体制が明確じゃないから、どんな人でもいいからとにかく多くの求職者の目に留まる事の方が大事になるんじゃないかな。とにかく○○のスペシャリストである以上に、何でもしたい人、何でも出来る人が欲しいというのがベンチャーの採用のスタンスになるなんじゃないかと思います。だから、人材紹介というシステムとマッチしにくいんじゃないかな。

人材紹介会社について
・履歴書の時点で人材紹介会社に断られることは結構ある
・転職サイト経由だとメールが無視されることがあるので、直接サイトから申し込んだほうが良い。
・大手の転職カウンセラーは良く訓練されていてやり取りがスムーズ。
・なんだかんだで案件を大量に抱えている大手は頼りになる。
・そこそこ名が知れているけど中堅、みたいなところはイマイチな会社が多かった。
・逆に、調べてみると中堅どころぐらいなのにイマイチ知られていない、というところは良い会社が多かった。
・ノルマが厳しいのか、希望を無視してカウンセラーじゃなく営業担当者が入れ替わりで直接連絡してくるところもある。
・小規模人材紹介会社は、やる気だけはあります系やる気もありません系が大半でハズレは多かった。
・しかし小規模系でも人脈ばっちりで少人数で起業した頼りになる系が隠れて存在している。
・一ヶ月〜一ヵ月半を経過したあたりで、継続中の案件が無いと、さっぱり連絡してこなくなる。

大体一ヶ月少々ぐらいで人材紹介会社から見切られるかな。頼りになる中堅、小規模会社の情報は2chと[en]転職コンサルタントイーキャリアFAのレビューが結構参考になる。案外当たってたかなと思う。まぁ、トラブルも結構あるらしいけど、僕は特にトラブルには合わなかった。

ということで、人材紹介会社を使うときのまとめ。

・扱う求人情報には大差無い訳なので、最初は大量に登録せず、まず大手・中堅を中心に5〜6社に申し込み、半月〜一ヶ月後ぐらいから進捗状況を見て徐々に増やしていくと長期的にみて困らない。
・カウンセラーとの面談、第一印象でイマイチだと思ったら大体その直感は当たってる。
・基本的に中規模企業以上の求人ばかりなので、ベンチャー志望だったら人材紹介会社の案件にはあまり頼らず、自分で探す方がいい。

という感じかなー。とりあえずエンゼルバンクみたいなカウンセラーはいなかった(笑)


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人材コンサルタントに騙されるな! (PHP新書 472)
人材コンサルタントに騙されるな! (PHP新書 472)
山本 直治

エンゼルバンク 1 (1) (モーニングKC)エンゼルバンク 2―ドラゴン桜外伝 (2) (モーニングKC)エンゼルバンク 3―ドラゴン桜外伝 (3) (モーニングKC)
会社・仕事・経営・労働 | trackbacks(0) | ブログランキング・にほんブログ村へ ブックマークに追加する あとで読むこのエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーを含むはてなブックマーク

読みたい本「図説 不潔の歴史」「病が語る日本史」「山の神 易・五行と日本の原始蛇信仰」

図説 不潔の歴史
図説 不潔の歴史
キャスリン アシェンバーグ
公衆浴場が人々の語らいの場となり、体をオイルでぴかぴかに磨き上げたギリシャ・ローマ時代から、キリスト教に浴するかわりに入浴を省みなくなった中世。
清潔なイスラム教徒の影響もあって、少しずつ清潔が復権してきたと思ったとたんに黒死病の流行がはじまり再び「洗うこと」は忌避されてしまう。
やがて、とことん汚れと臭いを遠ざけ、「不潔恐怖症」ともいえる現代にいたる。
こうした衛生観の変遷を、多彩な図版とコラムとともにたどってゆく。

病が語る日本史 (講談社学術文庫 1886)
病が語る日本史 (講談社学術文庫 1886)
酒井 シヅ
道長の糖尿病、信玄・家康の胃ガンなど豊富なエピソードを交え綴る病気の文化史

古来、日本人はいかに病気と闘ってきたか。人骨や糞石には古代の人々が病んだ痕が遺されている。結核・痘瘡・マラリアなどの蔓延に戦いた平安時代の人々は、それを怨霊や物の怪の祟りと考え、その調伏を祈った。贅沢病といえる糖尿病で苦しんだ道長、胃ガンで悶え死にした信玄や家康。歴史上の人物の死因など盛り沢山の逸話を交え綴る病気の文化史。

山の神 易・五行と日本の原始蛇信仰 (講談社学術文庫 1887)
山の神 易・五行と日本の原始蛇信仰 (講談社学術文庫 1887)
吉野 裕子
蛇と白猪
なぜ山の神は異なるふたつの神格を持っているのか?

蛇と猪。なぜ山の神はふたつの異なる神格を持つのか?日本古来の社の祭神の起源は、祖霊としての蛇神であった。6〜7世紀、中国から将来された易・五行による新たな神々が、原始蛇信仰の神々と混淆し、山の神は複雑な相貌をもつようになる。神島の「ゲーターサイ」、熊野・八木山の「笑い祭り」、御田神社の「烏喰神事」などの祭りや習俗を渉猟し、山の神にこめられた意味を読み解く。

……原始蛇信仰にもとづく神々と、易・五行の法則の神霊化としての神々との共存は、日本の神々の世界をこの上なく複雑・難解なものとしているが、「山の神」はそのもっとも顕著な好例として捉えられる。――<「はじめに」より>

■最近の読みたい本
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Kousyoublog | 読みたい本「インフォコモンズ」「音楽空間の社会学」「グーグルとウィキペディアとYouTubeに未来はあるのか?」
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「物事を見たいようにしか見ない」という人の習性について

ユリウス・カエサル著「ガリア戦記」
「人間とは噂の奴隷であり、しかもそれを、自分で望ましいと思う色をつけた形で信じてしまう」
ガリア戦記 (講談社学術文庫)
ガリア戦記 (講談社学術文庫)
G.J. カエサル
森真一「日本はなぜ諍いの多い国になったのか - 「マナー神経症」の時代 (中公新書ラクレ (184))」(P80)
想像力で相手の姿をつくっていると、期待が実像を上回っていきます。期待が裏切られたと感じたとき、その期待が大きければ大きいほど、怒りとなって爆発します。
日本はなぜ諍いの多い国になったのか - 「マナー神経症」の時代 (中公新書ラクレ (184))
日本はなぜ諍いの多い国になったのか - 「マナー神経症」の時代 (中公新書ラクレ (184))
森 真一
北浜邦夫著「ヒトはなぜ、夢を見るのか (文春新書)」(P158)
先入観や枠組みは、ものの捉え方、つまり知覚体験の重要な要素である。ただの線でも鉄橋の上を走っているから汽車に見える。はっきり見えない図形を、少ない情報をもとに脳はなんとか理解しようとする。
たとえばタキストスコープ(瞬間掲示機)を使って、図形を瞬間的に見せて何が見えたかを答えてもらうと、その人の考え方の枠組みに合わせた、じつにつじつまの合う答えが返ってくる。脳は先入観(目的)にしたがってストーリー(嘘)つくっていく。説明して合理化し自分を納得させる。
ヒトはなぜ、夢を見るのか (文春新書)
ヒトはなぜ、夢を見るのか (文春新書)
北浜 邦夫

特にインターネット上でのやり取りや情報の取捨選択は、それこそ点と線だけの情報でイメージを作り上げるようなところがある。先入観や自分の作り上げた枠組みに囚われるのは人間の業なのだとしても、出来うるかぎり様々な情報を勘案して物事を把握したいなぁと思う。自戒の念として。

そういえば枠組みで思い出したのですが、あえて自分の枠組みをはずすのは、傾聴の一つのスキルだという話。


メンタルケア協会編著「対話で心をケアするスペシャリスト《精神対話士》の 人の話を「聴く」技術
人はそれぞれ自分の思考の枠組み(フレーム)のようなものを持っています。(中略)育った環境や教育、親のしつけ、性別などを通して、人は物事を考える枠組みのような思考パターンを作っていきます。
そのフレームに収まらないことを見聞きすると、人は「でも」とか「しかし」とか「そうではなくて」などと、反論したくなったり、相手の考えを修正したいという衝動を覚えるものです。
この思考フレームが話し手との間に壁を作ります。自分の思考フレームに相手を勝手に当てはめ、「この人はお金持ちだ」「この人は病気だ」「この人は反社会的な考えを持っている」「この人は暴力的だ」などと決め付けてしまうと、他人との深いコミュニケーションをとることが不可能になります。

(中略)

自分の思考フレームをはずして、先入観のない目で、相手の心を見てみましょう。「でも」「しかし」と言いたくなったら、その言葉を一度飲み込んで、とりあえずあいての話に傾聴してみてください。
対話で心をケアするスペシャリスト《精神対話士》の 人の話を「聴く」技術
対話で心をケアするスペシャリスト《精神対話士》の 人の話を「聴く」技術
メンタルケア協会

まぁ、先入観を持たないというのは実は不可能であるし、相手の心は見えないのだけど、思考フレームをはずす、ということを心がけた方が色々スムーズなのだなと思います。特に文字情報だけで、周辺の情報が限られていればいるほど、思考フレームをはずさないと、何かとんでもない理解へと自分を陥らせることがありますね。


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「個人を追求していくと、歴史に行くしかないんじゃないか」

最近、何度と無く「村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫)」を読んでいるのですが、以下のところは普段感じていることと限りなく近しくて、とても共感しました。

村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫)
村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫)
河合 隼雄,村上 春樹
村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫)」(P56-58)
村上 ぼくが思ったのは、日本における個人を追求していくと、歴史に行くしかないんじゃないかという気がするのです、うまく言えないんだけど。
というのは、現代、同時代における個人というのをもし描こうとしても、おっしゃるように日本における個人というものの定義がすごくあいまいなのですね。ところが歴史という縦の糸を持ってくることで、日本という国の中で生きる個人というのは、もっとわかりやすくなるのではないかという気が、なぜかしたのです。

河合 その歴史も、西洋人の場合は何年何月に何があったというふうに直線上に事象を並べていくのだけれど、日本人が感じる歴史は漠然としたかたまりのようにして受けとめられているのではないでしょうか。たとえば、「先祖代々の墓」という捉え方で満足してしまって、一人ひとりの名前を順序をはっきり知ろうとしない。ところが、村上さんがわざわざ「歴史という縦の糸」と言われたところが鍵になるみたいで、あえてそのようなものを持ちこんでくることで、日本人の「個」というのが、新たな角度から見られることになるかもしれないと思います。

河合先生が出している例は、一概にそうとも言えないのではないかな?とも思いますが、村上氏の「日本における個人を追求していくと、歴史に行くしかない」という切迫感すら感じる思いには激しく共感。僕も、個人の追求がそのまま歴史への渇望につながってきたという実感があります。歴史への渇望はまさに今生きている私と世界とのつながりを見出したいという欲求から来ていますね。

積み重なってきた歴史もあれば、積み重ならずただ過ぎ去っていっただけの歴史もある。その両方の上にある、という思いを抱くだけではなく、その歴史を同時代的に実感する経験を繰り返ししていますね。その接点は主に、散歩などで様々なところに訪れ、実際にその場所を体験するときにあります。その場所のかつての歴史を同時代的に感じるのですね。そういう歴史の同時代的体験によって、「歴史という縦の糸」をよりどころにした今ある私という個人が浮かび上がってくるように思います。


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読みたい本「インフォコモンズ」「音楽空間の社会学」「グーグルとウィキペディアとYouTubeに未来はあるのか?」

インフォコモンズ (講談社BIZ)
インフォコモンズ (講談社BIZ)
佐々木 俊尚
グーグルやミクシィの次に世界を制するものは何か?
IT分野のトップジャーナリストが、超リアルな近未来のウェブ世界を透視する!

インターネット上の情報が加速度的に増え続け、フラット化が進んで混沌とする社会。
これまでの中間共同体は崩壊し、人々は拠り所を失って情報洪水に溺れようとしている。
ところが著者は、その中にも「情報を軸とした新たな共同体」が生まれる萌芽を見出し、その近未来の共同体を「情報共有圏=インフォコモンズ」と名づけた。

ライフストリーム、暗黙ウェブ、集合知モデル、協調フィルタリング、セマンティック・ウェブ、多方向型SNS……といったコンセプトや手法は、本当に温かい共同体を生み出すのか?
来たるべきウェブ3.0時代は、どのような新ビジネスを作り上げ、また日本社会をどのように再生させるのか?

公(パブリック)が私(パーソナル)を、瞬時に、自動的に把握するコミュニティ=インフォコモンズの将来像を、徹底的な取材をもとに考察し、描き切った一冊。
「私が本書で提示するインフォコモンズのイメージは、世界でも初めてのものになるだろう」と著者は断言する--。

WEBが生み出す共同体の行方についてはとても興味を持っているので、佐々木さんの切り口に期待したい。

音楽空間の社会学―文化における「ユーザー」とは何か
音楽空間の社会学―文化における「ユーザー」とは何か
粟谷 佳司
音楽空間の社会学――文化における「ユーザー」とは何か(粟谷 佳司・著)●青弓社
私たちユーザーは音楽をどのように聴き、生活のなかでいかに使っているのか。ラジオやインターネットなどのメディアによって立ち上がる社会空間と音楽の関係をカルチュラル・スタディーズの知見と多様な事例から読み解き、「音楽空間」の内実に迫る文化論。

目次見ると、結構ディープに広範囲に渡って考察されているっぽいので期待したい反面、ポストモダンばりばりな用語がテンコモリなのでちょっと難しそうだなーとも思う。

グーグルとウィキペディアとYouTubeに未来はあるのか?―Web2.0によって世界を狂わすシリコンバレーのユートピアンたち
グーグルとウィキペディアとYouTubeに未来はあるのか?―Web2.0によって世界を狂わすシリコンバレーのユートピアンたち
アンドリュー・キーン
シリコンバレーの反逆者が描くアンチユートピア!
90年代のサイバーカルチャーを経験した西海岸のシリコンバレーにおいて、2004年11月ティムオライリーが唱導するWeb2.0革命が起きた。その前夜、2004年の9月にカリフォルニアの片田舎の農村であるギャザリング(キャンプ)がオーガナイズされた。そこに集ったのは、ウッドストック経験者やバーニングマン出身のヒッピーから、スタンフォードビジネススクール出資者まで、彼らはシリコンバレーの中枢でうごめく人間たちだった。そして著者もその一人として、その秘密のパーティに参加した。そこで起きたのはまさしく、「デジタル時代のダーウィンの法則」、Web2.0革命のベータ版だった!
本書は現在Web文化を覆っているすべての人間が発信者となり、あらゆる価値が平準化する状況に対して警告を発するものである。

惹句がちょっとセンセーショナルすぎるのがアレだけど、どう「Web文化を覆っているすべての人間が発信者となり、あらゆる価値が平準化する状況に対して警告を発する」のか興味ある。


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人はなぜ、自己として夢を見るのか?

なぜ夢のなかの私は私ではないのに私という自我意識を持っているのだろう? 夢は記憶... - Wassr [お気軽メッセージングハブ・ワッサー]
なぜ夢のなかの私は私ではないのに私という自我意識を持っているのだろう? 夢は記憶をマッシュアップしてできているのだろうけど、記憶ではないし。

とfinalventさんがwassrに書いておられました。その夢の中の自意識について、wassrにレスしようと思いましたが長くなりそうだったので、こちらに。

ヒトはなぜ、夢を見るのか (文春新書)」(P190-191)

人間の脳内の多くの神経細胞はばらばらに働いているのではない。多数の神経細胞が柱状に集まったコラムによって構成された機能集団(モジュール)が、色や図形、音、力や空間的位置を分析したりまとめたりしている。たとえば自動車を運転しているときには手や足や眼や耳を使っているが、当然、脳の中でも並行していろいろな神経機能集団が働いている、これを脳の同時的並列処理と言っているが、その仕事はほとんど意識にのぼらない。

これらの処理された結果はさらに上部の構造によって統合されて意識にのぼる。こちらの意識は一時に一つのことしかできない逐次的直列処理による意識である。つまり一つのことを順序だててこなしていく処理で、時間の流れ、意識の流れ、論理的整合性などに制約されている。だから目的を持った行為の実現のための自己統御は、ふつう一つのことしかできないようになっている。

この統合部位がどこにあり、どのように機能しているのかは完全には分かっていないが、その機能の一部としてワーキング・メモリーがある。ふつう、ものを考えるときには過去の経験などの脳内データをひき出してきて外界からのデータと比較検討する。そして、よいか悪いかを評価・判断して、意思決定をする。あるいは計画を立てる。(中略)一時的にいろいろなデータを混ぜ合わせて結果を出す。その後、使用したデータはその部位から消えてしまう。これをワーキング・メモリー(作業記憶)と呼んでいるが、主に前頭葉の一部(前頭連合野の46野)が重要な役割を演じている。

そして、眠っているときはこの前頭葉の働きは機能しなくなり、また、夢を見ている状態でも前頭葉への血流は充分ではないから、働きは不完全な状態なのだそうです。

自己意識について

ヒトはなぜ、夢を見るのか (文春新書)」(P192)

自己意識は自分の身体感覚のほか過去の生活履歴にもとづいて成立している。そして自分に注意が払われたときだけに現れる一時的な意識であり、ほかに気を取られると消えてしまう一種のワーキング・メモリーであって、やはり前頭葉のはたらきにもとづいているのである。

夢の中の自己意識について、胡蝶の夢(胡蝶の夢 斉物論 荘子 漢文 I think; therefore I am!)のエピソードを引いてこう説明されています。

ヒトはなぜ、夢を見るのか (文春新書)」(P192)

夢に胡蝶となった荘周は、それがあきらかに誤認であっても、自分を蝶として認識しているのである。荘周自身の生活履歴のデータが前頭葉に入り込まず、かわりに蝶が入り込む。その場合は「無我夢中」ではなく蝶としての「有我夢中」と言えるだろう。つまり現実の自我ではなく夢の中の蝶としての自我である。このように夢を見ているときにも「自分の状態に注意を払う」ことができるが、その水準は、夢の覚度に従うからさまざまである。

同書ではその後「明晰夢」や「夢と認識している夢」の話に移るのですが、ここにとても興味を引かれます。

つまり、前頭葉の働きが不完全な夢を見ている状態であっても、まず自己意識があって、自我を主体にして夢を見るわけですね。意識にのぼる上部の過程は逐次直列処理だと書かれていましたが、その処理のかなり早い段階で自己を認識する処理がなされているということでしょうか。夢という不完全な覚醒状態であっても、前提として自己意識がある。というのはとても面白いですね。そこには哲学的、生物学的、心理学的、宗教的などなどの様々な意味を見いだせそうな気がします。

確かに、今までの夢を振り返っても、自身が主体でない夢は全くと言って良いほど記憶に無くて、様々な姿かたちをとりつつも、夢を見ている主体として自己を認識しています。そういう意味で夢もまた自分の生活の一部であると考えていいのではないでしょうか。少なくとも僕は、自身の一つの投影として、夢を自身の生活の延長で考えています。実は夢は実生活と不分離であり、夢と現実、というような二項的に明確に分かれている訳ではないと思う、とか言うと少しアレな人扱いになっちゃうのかな。


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ヒトはなぜ、夢を見るのか (文春新書)
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北浜 邦夫

夢の科学 (ブルーバックス)
夢の科学 (ブルーバックス)
アラン・ホブソン

荘子 (中国の思想)
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荘子
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僕にとっての散歩とは何か、について

今日は副都心線に初めて乗った。渋谷から西早稲田へ。諏訪神社参拝の後、学習院女子大の右手に沿って戸山公園箱根山地区へ。東京二十三区最高峰の箱根山登頂。その後、穴八幡宮参拝。早稲田大学の間を抜けて大隈庭園に行ってみるがお盆のためか閉園。早稲田通りへと戻り、早稲田通りを東西線に沿って神楽坂方面へ歩く。ムワッとした暑さだが、さほど疲弊せず、快適に歩ける。そのまま神楽坂へと出て、神楽坂下へ抜け、飯田橋駅を横目に九段下まで歩く。てくてくと。九段下駅から地下鉄に乗って帰宅。距離にすると6〜7キロ程度。まずまずの充実感。猫との出会いは箱根山で一匹。しなやかな肢体と魅力的なキャッツアイの持ち主だった。写真を撮り、お礼を伝えて静かに立ち去る。

早稲田通りを歩いていると、落馬地蔵尊というお地蔵様が道端に奉られていた。あっ、と思って前後を見渡す。それまで平らだった道が丁度数歩手前で弧を描いてゆるやかに下り坂になっていた。こういう地形の変化は幾分敏感な方だと思っていたが、「落馬」の文字を見るまで気付かなかった。同じように、この緩やかな、しかし突然の下り坂への変化に気付かず、あるいは気付いた時には既に遅く、多くの人馬がこのあたりで落命したのだろうと思う。少しひりひりした。

歩いてみるとこのあたりは道沿いにまっすぐ歩くのでも意外と起伏に富んでいて面白い。ゆるやかに、あるいは急にアップダウンする。タモリは「タモリのTOKYO坂道美学入門」で坂の魅力を位置エネルギーの変化にたとえていたけど、まさにそういう変化を実感出来ると思う。

下っているときは自己の存在を後ろに置いたまま、上っているときは身体よりも先に自己の存在があって、それに追いつこうとするような、そういう感覚。置き去りにする、置き去りにされる感覚の中で、周りの景色が移り変わっていく。そして、その風景の中に時の移り変わりも見え隠れして、自己の存在、今ある景色の流れ、今は無い景色の歴史、それらを文字通り体感することが散歩の醍醐味だよな。

村上春樹の「羊をめぐる冒険〈上〉 (講談社文庫)」の最後で、「目的性は名前に取っては二義的な要素で、名前の根本が生命の意識交流作業にある」という趣旨の会話があり、その後、主人公とガールフレンドは北海道へと飛行機で向かった。到着後の二人の会話を思い出す。

羊をめぐる冒険〈下〉 (講談社文庫)」(P14-P15)
「ねえ」と彼女が言った。「なんだか今ごろになって体が移動しているような気がしない?」
そう言われてみれば実にそのとおりだった。
(中略)
「やっぱり名前のついた乗りものに乗るべきだったのよ」

このくだりが、ずーーーーーーーっと、小骨のようにひっかかっていた。この「今ごろになって体が移動」を言葉に出来ないけれど実感として持っていたからだ。常に置き去りになっていたというか。散歩には、「今ごろになって」が無い。身体に存在が遅れている、あるいは先行している様子を歩いている間常に意識出来る。また、名前があり、過去があり、未来がある様々なものと次々と出会う行為でもある。一人で散歩することは孤独な行為に見えて、実は、徹底的につながりをもたらすのだという確信に近い認識を持ちつつある。とてもエキサイティングで、面白い。

二年ほど前に突如として散歩への欲求が芽生えたのだけど、その欲求はまさにこの存在確認という欲求だったんだな。今日、夏の陽射しを浴びながらやっと意味を把握出来たかな、という気がしたので文章として整理しておこうと思う。まぁ、アレなこと書いてる自覚はある。

そうそう、川に沿って歩く、という行為はまた少し別の意味を持つ。川についてはまた後日整理しようと思う。


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タモリのTOKYO坂道美学入門羊をめぐる冒険〈上〉 (講談社文庫)羊をめぐる冒険〈下〉 (講談社文庫)
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赤塚不二夫と河合隼雄、弟子の未来を切り開いた師がいた時代

最近、通常言われる辞書的な意味の、知識・技能を伝授する師弟とは違う師弟関係の話を、個人的に知ることが多くなった。

先日亡くなった故赤塚不二夫とタモリの関係は、報道などでも有名だが、タモリ本人が赤塚の葬儀で読んだ弔辞から引用すると

赤塚不二夫さん葬儀 タモリさんの弔辞全文(産経新聞) - Yahoo!ニュース
10代の終わりから、われわれの青春は赤塚不二夫一色でした。何年か過ぎ、私がお笑いの世界を目指して九州から上京して、歌舞伎町の裏の小さなバーでライブみたいなことをやっていたときに、あなたは突然私の眼前に現れました。その時のことは、今でもはっきり覚えています。赤塚不二夫がきた。あれが赤塚不二夫だ。私をみている。この突然の出来事で、重大なことに、私はあがることすらできませんでした。

 終わって私のとこにやってきたあなたは『君は面白い。お笑いの世界に入れ。8月の終わりに僕の番組があるからそれに出ろ。それまでは住む所がないから、私のマンションにいろ』と、こういいました。自分の人生にも、他人の人生にも、影響を及ぼすような大きな決断を、この人はこの場でしたのです。それにも度肝を抜かれました。それから長い付き合いが始まりました。

 しばらくは毎日新宿のひとみ寿司というところで夕方に集まっては、深夜までどんちゃん騒ぎをし、いろんなネタをつくりながら、あなたに教えを受けました。いろんなことを語ってくれました。お笑いのこと、映画のこと、絵画のこと。ほかのこともいろいろとあなたに学びました。あなたが私に言ってくれたことは、未だに私に金言として心の中に残っています。そして、仕事に生かしております。

赤塚-タモリとは関係ないが、先年亡くなった河合隼雄と作家の梨木香歩のエピソードが以前ダ・ビンチに載っていた。

ダ・ヴィンチ 2008年 07月号 [雑誌]
(デビュー作「西の魔女は死んだ」について)
「この人ひとりにだけ読んでもらえば良い。そう思って書き終わったものを持っていったら、その人は私に何の断りもなく原稿を出版社に持っていっちゃったんですよ(苦笑)」
その人こそ誰あろう、臨床心理学者の故・河合隼雄氏だった。日本にユングを紹介した第一人者であり、物語が魂に及ぼす力について知り抜いているこの人が『西の魔女が死んだ』の最初の読者だったことの幸運を喜びたい。そうでなかったら作家・梨木香歩は誕生していなかったかもしれないのだから。

休学していた大学を卒業するため、イギリス留学から一旦帰国した梨木さんは、一時期、河合氏の下でアルバイトをしていたことがある。梨木さんにとって河合氏は「物語の可能性について目を開かせてくれた人」だった。『西の魔女が死んだ』を読んだ河合氏は「涙が出た。よかった。あの原稿はもう出版社に持っていったよ。これを出すことは意味があることだから」と臆する梨木さんの背中を押した。

「私自身は臆病な人間ですから最初はすごく葛藤がありました。一市民であり無名の私が誰にも知られず祈るように書くことが、何か社会の無意識にいい作用を及ぼすのではないか。少なくとも悪い方向にはいかないのではないかという漠然とした確信のようなものはありましたが、それを社会に実際に発信していく、ということとはまだ結びついていなかったのです」

二組の師弟関係に共通して見えるのは、技術や知識の伝承ではなく、師が弟子の才能に気づき、その最大の応援者として、活躍の場を半ば強引に切り開き、用意しているところだと思う。そして弟子を育てる、というよりも弟子の力を確信している、あるいは妄信という言い方は語弊があるかもしれないが、そう言って良いぐらいに弟子を信じて、全力で後押ししているように見える。そしてその用意しようとする活躍の場は師匠が活躍している場とは違う世界だったりする。

技能の伝承ではなく、弟子の才能を見出し別世界へと送り出す師匠と送り出される弟子という関係性の話を立て続けに知ることになり、なにやら感慨深い。このような切り拓き、場を用意する者としての師匠、という役割がかつてあった、あるいは技能伝承が中心だった前近代から形を変えて、誕生してきたのかな、と少ない例ではあるがちょっと思っている。

こう、大雑把な流れの話をすると師匠と同じ道を歩むという伝統的な前近代社会があり、それが壊れ行く中で師匠が弟子に新たな活躍の場を用意するという時代があり、そして師弟関係も近代化という分業の中で、個別に必要な知識や情報を教えるだけの関係へと細分化されていく流れがあった。その前近代社会から近代社会へと移り変わる過渡期にカリスマ性を持った何人かの人が居て、才能あるものを見出し、弟子のそれこそすべてを引き受けてフィールドにこだわらず場を用意するという師弟関係があったのではないだろうか。

その過渡期の時代の終わりを迎えて、そのエピソードが物語として語られるようになったのかな、と思う。その物語が多くの感動と少しの寂寥感を伴っているように感じるのはそれかな、と、タモリの赤塚不二夫への弔辞を読みながら思った。


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神社オタが非オタの彼女に世田谷の神社世界を軽く紹介するための10社

今はやりのアレを、ちょっとディープに偏った趣味でいじってみました。

インスパイア元
アニオタが非オタの彼女にアニメ世界を軽く紹介するための10本
------------------------------------------
まあ、どのくらいの数の世田谷区の神社オタがそういう彼女をゲットできるかは別にして、
「オタではまったくないんだが、しかし自分のオタ趣味を肯定的に黙認してくれて、
 その上で全く知らない世田谷区の神社の世界とはなんなのか、ちょっとだけ好奇心持ってる」
ような、ヲタの都合のいい妄想の中に出てきそうな彼女に、世田谷区の神社のことを紹介するために
見せるべき10社を選んでみたいのだけれど。
(要は「脱オタクファッションガイド」の正反対版だな。彼女に世田谷区の神社を布教するのではなく
 相互のコミュニケーションの入口として)

あくまで「入口」なので、時間的に過大な負担を伴う駅から徒歩30分、40分の神社は避けたい。
できれば街中の神社、長くても駅から徒歩20分にとどめたい。

あと、いくら世田谷区の神社的に基礎といっても新しさを感じすぎるものは避けたい。
世田谷区の公園好きが『駒沢オリンピック公園』は外せないと言っても、それはちょっとさすがになあ、と思う。
そういう感じ。

彼女の設定は
神社知識はいわゆる「東京十社」的なものを除けば、別表神社程度は見ている
サブカル度も低いが、頭はけっこう良い

という条件で。

まずは俺的に。出した順番は実質的には意味がない。

世田谷八幡宮(世田谷区宮坂1-26-3)

まあ、いきなりここかよとも思うけれど、「江戸以前」を濃縮しきっていて、「江戸以後」を決定づけたという点では
外せないんだよなあ。遠さも宮の坂駅すぐだし。
ただ、ここでオタトーク全開にしてしまうと、彼女との関係が崩れるかも。
この情報過多な神社について、どれだけさらりと、嫌味にならず濃すぎず、それでいて必要最小限の情報を彼女に
伝えられるかということは、オタ側の「真のコミュニケーション能力」の試験としてはいいタスクだろうと思う。

松陰神社(世田谷区若林4丁目35-1)北沢八幡神社(世田谷区代沢3-25-3)

アレって典型的な「オタクが考える一般人に受け入れられそうな神社(そうオタクが思い込んでいるだけ。実際は全然受け入れられない)」そのもの
という意見には半分賛成・半分反対なのだけれど、それを彼女にぶつけて確かめてみるには
一番よさそうな素材なんじゃないのかな。
「神社オタとしてはこの二つは“公園”としていいと思うんだけど、率直に言ってどう?」って。

駒繁神社(世田谷区下馬4-27-26)

ある種の世田谷の神社オタが持ってる下馬・上馬地区への憧憬と、鎌倉幕府監修のオタ的な考証へのこだわりを
彼女に紹介するという意味ではいいなと思うのと、それに加えていかにも源氏な

「童貞的なださカッコよさ」を体現する八幡太郎義家
「童貞的に好みな将軍」を体現する源頼朝

の二人をはじめとして、オタ好きのするキャラを社伝にちりばめているのが、紹介してみたい理由。

菅原神社(世田谷区松原3-20-16)

たぶんこれを見た彼女は「学問の神様だよね」と言ってくれるかもしれないが、そこが狙いといえば狙い。
この系譜の神社がその後続いていないこと、これが受験生の間では大人気になったこと、
平安時代なら怨霊になって、それが日本に祟っててもおかしくはなさそうなのに、
現代でこういうのがつくられないこと、なんかを非オタ彼女と話してみたいかな、という妄想的願望。

久富稲荷神社(世田谷区新町2-17-1)

「やっぱり神社はお稲荷様のためのものだよね」という話になったときに、そこで選ぶのは「池尻稲荷神社」
でもいいのだけれど、そこでこっちを選んだのは、この神社にかける地域の人の思いが好きだから。
断腸の思いで削りに削ってそれでも250メートル、っていう参道が、どうしても俺の心をつかんでしまうのは、
その「捨てる」ということへの諦めきれなさがいかにもオタ的だなあと思えてしまうから。
参道の長さを俺自身は冗長とは思わないし、もう削れないだろうとは思うけれど、一方でこれが
氷川系や八幡系だったらきっちり100メートルにしてしまうだろうとも思う。
なのに、各所に頭下げて迷惑かけて250メートルを作ってしまう、というあたり、どうしても
「自分の物語を形作ってきたものが捨てられないオタク」としては、たとえ久富稲荷神社がそういうキャラでなかったとしても、
親近感を禁じ得ない。神社自体の高評価と合わせて、そんなことを彼女に話してみたい。

駒留八幡神社(世田谷区上馬5丁目35-3)

今の若年層で世田谷城主吉良頼康の側室常盤姫見たことのある人はそんなにいないと思うのだけれど、だから紹介してみたい。
江戸幕府よりも前の段階で、北条氏の哲学とか神社技法とかはこの神社で頂点に達していたとも言えて、
こういう中世史満載の神社が八幡神社でこの時代にかかっていたんだよ、というのは、
別に俺自身がなんらそこに貢献してなくとも、なんとなく世田谷区の神社好きとしては不思議に誇らしいし、
いわゆる井伊氏所領でしか世田谷を知らない彼女には見せてあげたいなと思う。

喜多見氷川神社(世田谷区喜多見4-26-1)

喜多見氷川神社の「鳥居」あるいは「境内づくり」をオタとして教えたい、というお節介焼きから見せる、ということではなくて。
「終わらない学校祭を毎日生きる」的な感覚がオタには共通してあるのかなということを感じていて、
だからこそ神社版『出雲信仰』最終話は氷川神社以外ではあり得なかったとも思う。
「祝祭化した日常を生きる」というオタの感覚が今日さらに強まっているとするなら、その「オタクの気分」の
源は素盞鳴尊(すさのおのみこと)信仰にあったんじゃないか、という、そんな理屈はかけらも口にせずに、
単純に楽しんでもらえるかどうかを見てみたい。

多摩川浅間神社(大田区田園調布1-55-12)

これは地雷だよなあ。地雷が火を噴くか否か、そこのスリルを味わってみたいなあ。
こういう民間信仰富士講風味の習俗をこういうかたちで神社化して、それが非オタに受け入れられるか
気持ち悪さを誘発するか、というのを見てみたい。

玉川神社(世田谷区等々力3-27-7)

9社まではあっさり決まったんだけど10社目は空白でもいいかな、などと思いつつ、便宜的に玉川神社を選んだ。
世田谷八幡宮から始まって玉川神社で終わるのもそれなりに収まりはいいだろうし、明治維新以降の世田谷村時代の先駆けと
なった神社でもあるし、紹介する価値はあるのだろうけど、もっと他にいい神社がありそうな気もする。
というわけで、俺のこういう意図にそって、もっといい10本目はこんなのどうよ、というのがあったら
教えてください。

「駄目だこのKousyouは。俺がちゃんとしたリストを作ってやる」というのは大歓迎。

こういう試みそのものに関する意見も聞けたら嬉しい。

------------------------------------------
多摩川浅間神社だけ大田区だけど、まぁ世田谷区との境近くにあるので世田谷荏原地区ってことで。

軽く紹介するための10本ブームはあんまり関係ないかなーと思っていたんですが、以下のようなエントリーが出てきて、何でもあり模様になってきたことに触発されて書いた。

一級河川オタが非オタの彼女に一級河川世界を軽く紹介するための10本 - 女教師ブログ
ダムオタが非オタの彼女にダム世界を軽く紹介するための10基 - 速報ダム日和

追記
軽く紹介する10本シリーズまとめ記事がありました。
◯◯オタが非オタの彼女に◯◯世界を紹介するための10本まとめ - What is Normal 〜 もはや普通がわからない 〜

あるく世田谷21 (エイムック (1160))
あるく世田谷21 (エイムック (1160))

東京散歩:神社仏閣 | trackbacks(0) | ブログランキング・にほんブログ村へ ブックマークに追加する あとで読むこのエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーを含むはてなブックマーク

企業が面接で応募者に求めるコミュニケーション能力

没落エリートの出現―ビジネス社会から疎外される高学歴就職難民たちー - 女。京大生の日記。
女。京大生からはそうみえているのか - 雑種路線でいこう

まぁ、思いつきですけど、日常業務で必要なコミュニケーション能力って、通常の日常会話レベルの話なのに、企業が面接時に求めるコミュニケーション能力だけ高度化してる気がする。企業も求めるコミュニケーション能力というものの定義がちゃんと出来てないのだろうなーとは思う。

例えば

新規事業が失敗し、既存事業も伸び悩み下方修正に下方修正を重ねた挙句決算はさらに下回って大赤字、株価爆下げ、株主大激怒、総会は予想通りキレた株主の波状攻撃が待ち受けていて、しかも想定問答のカンペをこっそり写すパソコン故障の中で、次々と適切に答えながら、最終的には満場一致の大拍手に持っていく社長

ぐらいのコミュニケーション能力が面接時に求められてますよね。必要ねーよ。みたいな。ネタです。ごめん。ちょっと例が極端すぎ。

参考までに以前書いたコミュニケーションに関するソーシャルスキルの定義から

Kousyoublog | コミュニケーション上で大事なソーシャルスキル(磯部 潮著「発達障害かもしれない 見た目は普通の、ちょっと変わった子 (光文社新書)」より編集引用)

【A 非言語的ソーシャルスキル】
1)挨拶:社会的な場の雰囲気を読み、それにふさわしい行動をとる。
2)強化行動:相手の気持ちを察して、相手をよい気持ちにさせる。
3)相互的行動:友達に親愛の気持ちを行為で表す。
4)協力行動:遊びや仕事で協力する。
5)非言語的キュー:視線や身振りで気持ちを伝える。
6)歩調を合わせる:他人と歩調を合わせ、せかしたり無理強いをしたりしない。
7)社会的フィードバックへの感受性:社会的な相互作用の後、どのようにふるまうかを知っている。
8)他人の行動への理解:相手の行動の意味や意図を理解できる。
9)自分の影響力の認知:自分が他人からどのように思われているか、また自分の存在がどのような影響を与えるかを知っている。
10)他人との争いの解決:攻撃的にならずに、他人との争いごとを解決することができる。
11)場の支配:その場を強く仕切らずに、仲間と関係を持つことができる。
12)社会的回復力:人間関係で失敗しても、回復することができる。
13)自分の売り込み能力:仲間に受け入れられるように自分のイメージを作り上げることができる。
【B 言語的ソーシャルスキル】
1)自分の気持ちを伝える能力:自分の気持ちを誤解されずに正しく伝えることができる。
2)他人の感情を読む能力:他人の気持ちを、他人の言葉から読み取ることができる。
3)仲間言葉の理解:仲間同士の特別な言葉遣いをうまく行うことができる。
4)話題の選択と持続:いつ、どのような話題を、どのくらい続ければよいのかを知っている。
5)ユーモアの使用:適切なユーモアを会話にこめることができる。
6)話し方の切り替え:聞き手の種類によって話し方の切り替えができる。
7)他人の期待の感知:相手が何を知り、何を期待しているのかを知っている。
8)上手な依頼:相手を傷つけないように依頼ができる。
9)誤解の解消:言葉による誤解を解くことができる。
10)感情調和:相手の気分をよくするような話し方をすることができる。

また、企業が求めるコミュニケーション能力について

コミュニケーション能力 - Wikipedia
企業が求人広告等で応募者に要求している「コミュニケーション能力」は、ビジネスシーンにおいて発揮が期待される精選された「折衝能力」「交渉能力」「説得能力」を指しており、必ずしも対人コミュニケーション一般を円滑におこなうスキルをもって満足するものではない。

たぶん企業ごとにその定義や考え方は大きく違うし、企業自体漠然と求めているだけだったりすることもあると思うので、コミュニケーションが強く求められているのだけど、企業が求めるコミュニケーション能力を面接で発揮できるかは、面接してみるまで分からないということになるんじゃないかなぁ。つまり面接はほとんどマッチングの問題だが、そういうミスマッチの結果、学生に限らず就職できない層が生まれる問題をどう解決するか、というところに問題の主眼があるように思うのだけどなー。


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逆面接―質問するから騙される
逆面接―質問するから騙される
清水 佑三
コミュニケーション | trackbacks(0) | ブログランキング・にほんブログ村へ ブックマークに追加する あとで読むこのエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーを含むはてなブックマーク

シリコンバレーと日本の違いはソーシャル・キャピタルの違い?

昨日書いた「ソーシャル・ベンチャー(社会貢献を目的としたベンチャー)は何故、自己啓発・ロハスなどニューエイジ系に傾倒するのか」でも引用したシリコンバレーの強みはソーシャル・キャピタルが形成されていることという以下の記述について、やはりこれが強いんだなーと思う。

概論 ソーシャル・ベンチャー」(P137)
カリフォルニア州サンタクララには、スタンフォード大学、カリフォルニア大学といった教育機関、ヒューレット・パッカード、インテル、シスコなどの大手ハイテク企業に加え、数多くのハイテク・ベンチャー、それらを取り巻く法律・財務会計・人材関連のアウトソーシング・サービス、さらには多くのベンチャー・キャピタルやエンジェルが集積している。新しいハイテク技術や製品を次々と生み出し、数多くの成功した起業家を輩出し続けている。
シリコンバレーで重視されているのは、人的ネットワークである。優秀な研究者、技術者、起業家予備軍、有能なベンチャー・キャピタリスト、ビジネスで功成り名を遂げて後進の起業家予備軍を支援するエンジェルが、産学の垣根を越えてネットワークを作っている。ソーシャル・キャピタルが形成されているのである。
概論 ソーシャル・ベンチャー
概論 ソーシャル・ベンチャー
神座 保彦

シリコンバレーに実際このようなソーシャル・キャピタルが形成され効果を発揮しているかどうかは分からないのですが、少なくとも日本ではこのようなソーシャルキャピタルは形成されていないか、いるとしても多くの人たちには見えないですよね。

例えば何かしらビジネスモデルを思いついたとして、自身に特段の技術力がない、あるいは一人で作るにはちょっと大き過ぎるときに、一緒に起業してくれる技術者を探したり、いざ起業しようとしたときに後々付き合う司法書士、税理士、社労士、弁護士もろもろの専門家を選んだりってどうしてるの?多くの場合個人的なツテをたどって友人を口説くとか、専門家なら親戚の司法書士やってるおじさんとか、学生時代の友人とかか、まったくツテがなければgoogleで「会社 設立」とかで検索して、1〜2ページ目ぐらいまでに出てきたサイトの料金とサイトの内容を比較して電話する感じですよね?で、いざ起業してみたとして日々の経理処理は毎月領収書や請求書の山に埋もれながら、とりあえず市販の経理ソフトに打ち込んで、仕訳がわかんなくて税理士に聞いて、言われたとおりに入れて、で、年度末になってみたら間違いがみつかって一気にいろいろ修正しないといけなくなったり、あるいは従業員雇ったは良いけど、給与支給日を特に何も考えず前職と一緒にしてみたら月末月初にに作業が集中してテンパッたり、しょっちゅう変わる社保の税率に振り回されたり、あるいは契約時の契約書の書式どうやって作ろうか、とか、そういうので時間取られて、さぁ大変って言ってたら、気がつくとキャッシュフローがあれれれれ、とかなって、融資してもらいたいんだけど、どうすれば・・・と途方に暮れたりしちゃうんですよね。いや、あくまで例です。

技術者、研究者、ビジネスパートナーを探す、事務をアウトソーシングする、専門家に相談する、と言ったネットワークが起業家個人のネットワークに強く依存していて、それが無いとなかなか起業まで辿り着かない、あるいは起業してもなかなか成長させられないって側面あるんじゃないかなぁ。

で、日本で、こういうソーシャル・キャピタルを持っているのは大企業群で、ある程度成長過程に入ったベンチャー企業が、資金需要は特に無いのだけど、ソーシャル・キャピタルの不足を補うために資本を受け入れて子会社化していくというのは比較的あるんじゃないかなと思います。インターネットの知財関連に強いのは○○先生とか、社労士の○○先生なら○万円でかなりなんでもやってくれる、とか、そろそろ従業員50人超えたので産業医選任しないといけないんだけど、それなら○○先生がオススメ・・・とか、バックオフィスのノウハウとか、業務フローの整備とか、法的に適法な体制作りのノウハウとか、そういうのを支援する、ベンチャー企業がほしいソーシャル・キャピタルを幅広く持ってる。

起業家個人のネットワークだけに依らず、大企業の子会社になった時に得られるようなソーシャル・キャピタルの恩恵を誰でも得られるような体制が整うと、たぶん起業家はもっと増えてさらに独立独歩で成長していくことが出来る企業が出やすいんじゃないかなぁと思う。(実はあってみんなバリバリ利用してるんだったらごめんなさい)

でも、なかなかこういうノウハウやネットワークって表に出てこないんですよねー。「父と子の隠し合い」って山本七平も言ってたけど、隠さなくても問題ないことでも会社に関することは極力隠すのが社会人としての美徳だから文化的に難しいんだろうな。企業で秘密にしないといけないことなんて、実はそんなに沢山無いはずなのになー。


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アウトプットの要点は情報の「区切り方」と「つなぎ方」にある

アウトプットが難しい - インターネットの真の姿とは
自分の持っている情報や知識を「相手に伝える」、この方法が難しい。情報を託す相手は、あんまり選べないことが、実際は多い。自分と、もっているバックグラウンドが違う相手に、必要な情報を適宜アウトプットする。これの何と難しいことか。もし、人間の脳がハードディスクでできていたら、相手にデータをコピーするだけですむのにね。

情報共有だなんだと、様々なツールがあっても、見る人がいなければ意味をなさない。理想論よりも、人の心情を慮ることが必要だ。そして、アウトプットがうまくなること。誰にでもわかりやすい形で、必要な部分を、わかりやすく記録として残し、他の人に伝えていく。何でもアウトプットすればいいとは思わないが、アウトプットのうまい人間こそ、「できる」人何だと思う。日々、精進したい。

アウトプットという事を考えるとき、音痴のメカニズムを思い出します。

音痴 - Wikipedia
音痴、すなわち音程がしっかり取れないメカニズムは大きく分けて2種類存在する。

運動性による音痴
これは、本人はしっかりと耳で正しい音程、音階を聞き取れているのに、発声する際に、咽喉の運動や筋肉の緊張、呼吸の乱れなどが原因して音程がずれてしまうという症状である。前述したように恥ずかしくて声が出なくなる場合の音痴も、過度の緊張による喉の筋肉の収縮が原因しているもので、このカテゴリーに属する。このような症状は本人が正しい音階を把握できていることから、ボイストレーニングや声帯訓練などを行えば比較的容易に矯正できる。

感受性による音痴
これは、本人が正しい音程、音階を聞き取れていない場合に発生するものである。この症状は、本人が音程がずれていると判断できていないために、矯正は前者に比べ難しい。正しい音階を何度も聞かせる、などの訓練法が行われる。このケースは大抵、正しい音階を聞く機会が少なかったことによる、経験不足のものと考えられる。しかし、まれに先天的な理由で音感を持たない(耳で聞いた音程を声で再現することが出来ない)場合がある。このケースは耳の疾患(異常)であり、このタイプの音痴の治療は至って困難である。俳優のジェームズ・ディーンがこのタイプだったと言われている。

しかしながら、多少程度の音のズレならば、そのような人は大抵、音痴とは呼ばれない。音程を寸分の狂いもなく把握することは極めて難しく、カラオケなど素人の遊び程度ならば、多少の音のズレは十分許容範囲と見做されるからである。

僕もなかなか人様に聞かせられない程度に音痴なのですが、どちらかというと前者のタイプで頭の中では正しい音程とリズムで音楽が鳴っているのに、それを発声するときにはジャイアンレベルになってしまいます。声楽をやっている友人に言わせると、世の中の殆どの音痴は前者で、訓練次第で音痴は解消されるらしいですが、その訓練はなかなか大変そうです。まぁ、音痴でもいいや、というやる気の無さが大きいんですが(笑)

さて、音楽ではなく、通常の情報共有という場合、正しい音程、音階のものありきではなく、漠然とした情報や知識の海の中から相手に対してアウトプットを行うことが多いのではないでしょうか。この情報について、松岡正剛の著書「17歳のための世界と日本の見方―セイゴオ先生の人間文化講義」から引用します。

17歳のための世界と日本の見方―セイゴオ先生の人間文化講義
情報というものは区別しなければ見えてこないんです。区別できていないものは、漠然として情報にならないんですね。(中略)このとき、目の前の情報をどうやって区別していくかということが「編集」のはじめの第一歩になるんですね。もっと言うと、情報をどうやって区切ったかということによって、そこから読み取れる「意味」が変わってくるんです。それができればその次に、その区別した情報を、新たな視点でつないでいくことができます。見方をさまざまに組み替えていくことができる。
そうすると、そこに新しい関係が発見されるのです。

とってもわかりやすい。伝える人を想定して頭の中にある漠然とした情報と知識の海の中から「意味」のある「区切り」をし、その区切られた情報をさまざまに「つなぐ」ことで新たな関係性を見出すこと。これがアウトプットかな。アウトプットの上手さを身につけるというのは、この「区切り方」と「つなぎ方」の訓練をすることではないかなぁと思います。インプットの量が多すぎると情報量に溺れてしまうのですが、しかし、それぞれ全く関連無いような幅広い知識と出会い、あるいは様々な体験をしていくことで、自ずと区切ったりつないだりが上達していく感じするなぁと思います。



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堺雅人人気と彼に注目していたアーリーアダプターたち

最近堺雅人という俳優がとても人気ですね。その人柄を良く知らなかったのですが、先日テレビのトーク番組に出ていて、何か近しいものを感じました。例えば野球をしていたけど球に当てられなかったとか、演劇にのめりこんで大学やめちゃうぐらい好きなことに集中しちゃうとか、休みは喫茶店めぐりで読書&書き物するとかそういういくつかのエピソードの積み重ねで見えてくる性質がかなり近しいもの感じるんですよねー。球技音痴はともかく、こういう個を重視した自己の範囲の狭さのようなものって世代に特徴的なのかなー、とか思ったり。

人柄に好感は持ったものの、これまで彼の作品はほとんど観てないんですよね。観てないのだけど、実はやはりブレイクしたか、という思いが強いです。

僕が見たことあるのは「ひまわり」(2000年)だけ。今や邦画界でひっぱりだこの行定勲監督の劇場映画デビュー作で、同じく大人気の麻生久美子主演の佳作。麻生久美子演じる女性が死んでその葬式に同級生や元カレたちが集まって彼女の思い出話をする映画なんだけど、確か堺雅人は元カレの中の1人だったように思う。まぁ、麻生久美子と北村一輝目当てで見たんだけど堺雅人も比較的目立ってたな、という印象。

ひまわり
ひまわり
麻生久美子

その次の「ココニイルコト」(2001年)は見ていないのだけど、当時、これを見た人の一部で堺雅人が話題にのぼっていたのを覚えている。

ココニイルコト
ココニイルコト
真中瞳

これの堺雅人が良いと話題にしていたのはネットで映画の感想を書いたり、好みが近しい人たちとコミュニケートするのが趣味の女性たちで、およそ30歳代前後の既婚者、あるいはOLなど比較的時間に余裕があって、特に宣伝よりも自身の感性と知識に従って観る映画を選択し、やはり感性で好悪を判断する人たちだったかなと思う。バイラルと言うには小さな、さざなみのようなものだったけど、そういう話題をみて、ああ、多分この俳優はもっと人気が出て行きそうだな、と思った。なんだろ、マーケティング用語で言うとアーリーアダプター的人たちだったんだと思う。韓流ブームの大分前に既に韓国映画の若手イケメン映画俳優に注目したり、欧米のティーンズ映画などを観て若手俳優をチェックして、ブレイク前の俳優を話題にしていたり(その話題の中にはジョシュ・ハートネットとか後に日本でも人気が出た人がおおい)、バトルロワイアル観て塚本高史に注目する、など、あきらかに俳優を見る先見の明があった女性たちのコミュニティを一時見ることができた。で、その感性は何かのきっかけで多くの人の目に留まることがあれば、容易に普通の人たちの支持を得られるぐらいに一般的な感覚なのではないかなー。振り返ると、やはりあのような人たちをアーリーアダプターと言うのだろうとおもう。

だから、堺雅人の最近のブレイクは、どちらかというと、おおついに来てるのか。あの人たちやっぱすげーな、という感じが強い。

こういう人たちの口コミを可視化するのは多分難しいだろうなーと思う。と言うのも最近の口コミサイトみたいに話題のキーワードという様な部類でもなく(量だと少ないと思う)、またアルファブロガーのようなアクセス数を集めているわけでもない(アクセス数はせいぜい500〜1000ぐらいのサイトのいくつかの集まり)なんだけど、そういう人たちの話題に上ると、結構な確率で数年後に一般に浸透しているという感じ。まぁ、アルファブロガーはギークが多そうだからイノベーターなんでしょうね。で、イノベーター層とアーリーアダプター層の間には多分関連というか影響は無い感じする。それぞれがそれぞれの判断で良いと思うものを選択している。

かつて知人の女性が「ネットには役立つ情報が無いのよね。」と言っていたのが印象的。多分、その感性に信頼のおける誰かが自身の感性に従った結果としての「良い」という情報が「役立つ情報」なのだろうけど、その肝心の「感性」はなかなか目に見えないからだと思う。

俳優に限らず気付かないだけで様々なジャンルでこういう人たちは居るんだろう。そういう自身の感性の基いて情報を取捨選択し、その結果良いものを良いと言う人たちに目をつけられたら、後は多くの人の目に留まることが出来れば一気にマジョリティに浸透するんだな、というのを思い知らされた最近の堺雅人人気です。


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「働けば自由になれる」と昔の偉い人は言いました

「働けば自由になれる」とは、ナチス・ドイツの高官ルドルフ・ヘスがアウシュビッツ収容所の入口に掲げた標語。ルドルフ・ヘスは「労働は、囚われの身の空虚さを耐えさせるための助けとなる」としてこの標語を掲げたのだと言う。

「仕事と日本人」(P248)
このナチスの標語には、ヨーロッパ近代社会が育んだ労働観がにじみでているように感じます。それは、「労働」というできれば回避したいことをいやがらずに引き受ければ、「自由」という報酬が待っているというものです。労働に対する強いマイナスイメージが、労働と自由との対照性を際立たせているのです。
このマイナスイメージはLabourという言葉の翻訳語として「労働」が使われるようになったときに、日本語としても定着していった

勿論、ナチスがこのような標語を掲げる前に労働と言う語とそれに伴う労働観は日本に輸入されているのですが、この回避すべきいやなものとしての労働観とは違う意味での仕事観、あるいは職業観というか、労働と生活が分離していない、労働の対価としての自由、というような関係性ではない一体感を持った新たな価値観を何か模索できないだろうかと思う。どんなに考えても、旧来の労働観的働き方は僕には出来ないなぁというところに落ち着くんだよな。

まぁ、明らかに労働の対価としての自由という考え方は欺瞞だとしか思えないのだけど、しかし、対価としての金銭的報酬は自律的な生き方のベースになる。そこが難しい。っちゅーか、最早こんな亡霊のような労働観なんて誰も信じてないよね?でも、信じてないのにこれに絡め取られているように見えるのが、ある種悲劇的だなと思う。旧来の労働観に対してアンチテーゼ的に登場してきた「好きを貫く」「好きな仕事をする」もまた"好き"は実は一定ではなく常に形を変えていく点で、常に変わり行く"好き"をキャッチアップし続ける働き方なんてごく一部の幸福な人向けの労働観だしなぁ。なんてことを色々考えては消え考えては消えしている今日この頃です。


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ユダヤ教を唯一神教化させたバビロン捕囚とはなんだったのだろうか

科学とか思想とか資本主義経済とか芸術とか宗教とかそういう現代社会に生きる僕を取り巻く様々なものって、歴史を辿っていくと西洋に生まれているわけじゃないですか。で、それらを生み出した下地というのはキリスト教の影響がかなりの部分を占めていて、そのキリスト教はユダヤ教から派生して生れた訳ですね。そのユダヤ教についてよく知らないので、wikipediaでたらたらと関連の記述を読んでいたわけです。

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の唯一絶対神ヤハウェって元は神体山信仰みたいなのだった説があるんですね。

ヤハウェ - Wikipedia
ユダヤ教成立以前の信仰をヤハウェ信仰と呼ぶ。ヤハウェは、元来はシナイ山で信仰された山の精などを指したのではないかと考える者もいる。ヘブライ人がカナンの地を侵略、定着する過程で、先住民カナン人の最高神であるエルやバアルの性格を取り入れ、後にバビロン捕囚などを経てユダヤ教が成立してゆく過程において唯一絶対神の性格を帯びるようになったとする説もある。四資料説においては、「エル」を神の呼称とする資料(エロヒム資料)に比べ、ヤハウェを神の名とする資料(ヤハウェ資料)は新しく、祭儀を祭司階級に担われたものと考える点などにおいて、先行資料と異なっている。

ヤハウェ信仰とよばれていた時期はほぼ他の地域――例えば日本の神体山信仰とか――でもあるようなアニミズム的なものだったんだろう。ところが、バビロン捕囚という事件がとても大きなターニングポイントになる。

ユダヤ教 - Wikipedia
紀元前587年、ユダ王国が新バビロニアに滅ぼされ、バビロンに捕囚される。バビロン捕囚中の約50年間は、政治・宗教のエリート層の全員が捕囚され異郷の地バビロニアで生活を強いられ、王国もなく、神殿もない状況に置かれた。この中で今までのイスラエル民族の歩みを根本的から捉え直され、民族神・神ヤハウェに対する深刻な葛藤・省察の後に、国はなくてもユダヤ教団として生きる道を選び、大胆な宗教変更・改革が行われた。「圧倒的な政治・経済を誇る異教の地」の下にも拘わらずそれに飲み込まれずに、神ヤハウェの再理解、神との再度の関係修復を実現し、イスラエル民族のアイデンティティを確立したのである。旧約聖書の天地創造物語はこの時代に著述された。これが「神ヤハウェが、この世界を創造した神であり、唯一神である」と理解し直されたユダヤ教である。この時期の代表的な宗教家は無名であり、旧約聖書学では第2イザヤと呼ばれている預言者である。また、創世記の天地創造の物語も、この時代に、祭司記者といわれるグループによって著述された。

多神教と一神教という区分がありますが、一神教の中でも特に排他的な、「唯一の絶対的な超越者である『唯一つの神』(神以前には何もないとされることが多い。)を信じる」唯一神教がこの時生まれ、のちに同じく唯一神教のキリスト教、イスラム教が派生していく訳ですね。これら唯一神教群はアブラハムの宗教と言われ、世界30億人が信仰する宗教となっていく。そして、それらの宗教から多くの文明と、芸術と自然科学と産業革命と合理主義と資本主義思想と民主主義思想が生れて世界を覆っていったんですね。西洋に少し偏っている言い方ですけど、全体像としては、ね。

そういう現代の状況を考えると、「バビロン捕囚とは、当時のユダヤ人にとって何だったのか。」というのは世界史の最大のテーマの一つかもしれない。選民思想と排他性を持った信仰を、何故持たねばならなかったのか、持たざるを得ないという心理に至ったのは何故か、というのは実のところ、我々にダイレクトに結びついてくるテーマなんだと思うなー。これ、じっくりと調べたい。じわじわと影響し合う歴史もあれば、このように一つの出来事が余りにも大きな影響を後に与えることもある、というのは歴史の醍醐味の一つであり、それは個人の人生にも言える、とおもう。

ところで、日本の宗教史なんかを見ていても思うのだけど、まずはアニミズム的に多神教が生まれ、その多くの神々の中から様々な集団が特定の一柱を崇める一神教が生まれていくという流れがあるように思う。日本は偶然と必然が微妙に絡み合って、その次々生れる一神教を悉く無力化してきた歴史がある。このあたりを調べてみると実に面白いのだけど、それとは反対に、中東では何故唯一神教というように排他的になったのか、歯止めが効かなかったのは何故か、というのは面白いだろうと思う。砂漠の宗教だから、というのは少し短絡的なようにも思うのだよな。同じ流れは様々な文化圏で起きて、同じ一神教化したのでも、複数の神を認めた形での一神教(単一神教、拝一神教など)だったが、最も影響力を持ったのは排他的で選民思想的な唯一神教だったというのは興味深いと思う。

wikipediaって一度読み出すと止まらないよね。気が付いたらこの辺どばーーっと読んでた。
旧約聖書 - Wikipedia / 選民としてのユダヤ人 - Wikipedia / 唯一神教 - Wikipedia / キリスト教の歴史 - Wikipedia / ディアスポラ - Wikipedia / ユダヤ戦争 - Wikipedia / ユダヤ属州 - Wikipedia / ヘロデ大王 - Wikipedia / サドカイ派 - Wikipedia / ファリサイ派 - Wikipedia / アブラハムの宗教 - Wikipedia / バビロン捕囚 - Wikipedia / ヤハウェ - Wikipedia / ユダヤ教 - Wikipedia / ユダヤ人 - Wikipedia / ユダ王国 - Wikipedia / 古代イスラエル - Wikipedia

2chの世界史板「【約束の】イスラエルの歴史【地へと】」スレでオススメされていた二冊
ユダヤ教の本 (NEW SIGHT MOOK Books Esoterica 13号)
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ユダヤ人の歴史 (世界歴史叢書)
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アブラム・レオン ザハル

今度図書館で借りてみる。


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なぜ運転免許証=身分証明書の最たるものになったのか?

車。自由の翼か奴隷の足枷か - 深町秋生の新人日記
誰もが持っているものとの前提に街づくりが進み、郊外型のカー文化が形成されていった。そういうのを国道16号線的風景と私は名づけたけれど、別に国道16号線に限った話ではなく、私の地元を走る国道13号線も、九州を走る国道3号線も似たような風景が広がっていた。違いがあるとすればツタヤやゲオやイオンの店舗面積が違うことぐらいだろう。

(中略)

つまり車とはもう地方で生きる人間にとっては「脚」そのものである。ぜいたく品でもなんでもない。車を持っていない人間を雇う企業もそうはないだろう。そもそも企業自体がたいていは街外れにある車を利用しなければ行けないような流通団地にあるのだ。ちなみにバスも走ってはいない。

しかしそうして移動手段が車以外になにもないような状態になっても、依然として高額な税金が課せられる。そして二年に一度、十数万円は取られるビッグイベント車検が待っている。それと毎月毎月上がっていく燃費と、保険代と駐車場代がのしかかる。それでも車に依存しなければならないのが実情だ。だが車に乗ってさえいれば恩恵はある。広々とした自動車専用道路と、ほとんど使われていない有料道路で150キロのスピードで爆走することが可能だ。住民はそのために銭を稼いでいる。

深町先生のエントリーに深く同意。僕は3歳から32歳までのおよそ30年間を福岡で過ごしたのですが、都市部にも関わらず、概ね周りの人たちは車に重きを置く生活スタイルだったように思います。みんなが18歳になる高校を卒業する前後の時期になると同級生のほぼ8割ぐらいが当たり前のような顔して一斉に自動車学校に通い始め、成人式を迎えるまでには男女問わず9割近い人が自動車免許を取ってる。そして免許と車を持っている前提でのコミュニケーションが始まり、車持ってない人は軽く疎外感を覚えるし、免許を取らないなんて、常識では考えられないというような圧力が生じていました。しかしながら僕は免許を取らなかったんですよね。学生時代は貧乏だったし、社会人になってからも免許を取りに行く暇も金も無い状態で、機会を逃したまま生きてきて、結局東京に出てきたので自動車免許の必要性は感じないまま生活しています。まぁ、最近衛生管理者の免許を仕事の関係で取ったので、それを身分証として使うようになっていますが、レンタルの会員証は作れたけど実際どこまで通用するのか、まだ手探りです。

自動車免許証を持たない生活をしているとわかるのですが、免許証はパスポート、住民票、健康保険などの公的証明書より遥かに重要視されます。銀行口座を作るときでも、レンタルショップの会員になるときでも、引っ越して賃貸契約するときでも、自動車免許証だと、免許証のみで良いのですが、健康保険などだと、それだけでは身分を証明されないとみなされて、公共料金の支払い明細とかを合わせて提出することを求められることが多かったです。なので、以前は健康保険証と電気料金の支払い明細(直近3ヶ月以内)を常に持ち歩いていました。

自動車免許を取らない/取れない学生生活を送っている時に周りからは「自動車免許は乗らなくても身分証明書として使えるから取っておく方が良い。お金が無くても若いうちに借金してでも行くべきだ」と言うような趣旨のことをしきりに言われました。何故、自動車免許は身分証明書なのだろう、と言われるたびに不思議に思い、色々聞いてみるのですが納得行く回答をもらったことがありません。多分、写真があって本籍地と現住所と生年月日とを確認できる公的証明書だからなのだろうとは思いますが、釈然としないんですよねー。どういう経緯で自動車免許=身分証明書の最たるものという社会通念が生れたのか、そのきっかけが知りたいのですが、どうにも調べる術が思いつかないのでよくわからないままです。

おそらく、一般に自動車が普及する過程で、社会的に一般の人の身分を証明する必要性が強く発生して、その結果自動車免許証が身分証明書に最適だという判断をどこかの誰かor集団が行ったのだと思うのですが、そこらへんの発生のメカニズムがどうだったのかが謎ですねー。

ということで、なんとなく考える発生原因になりそうな候補としては以下の四つあたりでしょうか。

1)学校卒業後多くの人がサラリーマンとして会社勤めするようになり、入社時の身分確認として
2)個人が賃貸住宅・マンションに住むようになり(核家族化、一人暮らし世帯の増加)、契約時の身分確認として
3)個人の銀行口座開設意欲が強まり、銀行口座開設時の身分照明として
4)レンタルビデオ・CDなど会員制の娯楽が普及する過程で身分確認として

少なくとも僕が学生時代を送った80年代後半〜90年代初頭には自動車免許証=身分証明書という社会通念は一般に浸透していたので、70年代ごろからなんじゃないかなぁと漠然と思っています。

運転免許証免許の保有者数など」を見ると、昭和44年(1969年)に全国で2400万人だった運転免許証保有者は、10年後の昭和54年(1979年)には4100万人、昭和59年(1984年)には5000万人にまで増えていますので、この間に何かあったように思います。

自動車免許の普及と時期的にマッチしそうなのは、2)、3)あたりかな。詳しいデータはよく調べられなかったのだけど、公団住宅の建築ラッシュが60〜70年代で、公団住宅への憧れみたいなものが強くあった時代だと思います。また、実家を出て単身者が一人暮らしをするようになったのも70年代ぐらいからなのではないでしょうか。80年代のレンタルショップなど会員制の娯楽の普及も大きそうなんだよなー。この間、おそらく写真で本人か照合出来て、現住所などが分かる公的書類で最も普及していたのが自動車運転免許だったから、身分証明書として使われるようになったんじゃないか、と思います。

2〜30万円も払って、自動車を運転しないのに身分証明書として取らなくてはならないのは、ちょっと高コスト。健康保険証が写真付きになるなどして代替になれば便利なのだけど、運転免許証取得は結構な利権になってそうだから変わらなさそうだなぁ。


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IPOを目指すベンチャー企業に仕掛けられた明治日本の罠

「世間体」の構造 社会心理史への試み』によると、士族や農民反乱に悩まされていた明治政府は、武家の家族をモデルとした「イエ制度イデオロギー」と「儒教的家族道徳」をベースにした教育政策を推進することで、秩序の安定をもたらそうとした。

「世間体」の構造 社会心理史への試み』(P88)
共同体社会における「和合価値」と武家社会における「献身価値」とが、イエ制度において、「家」の<和合>と「家父長制」への<献身>というかたちで、時の政府によって、政策的にたくみにむすびつけられたのだった。
「世間体」の構造 社会心理史への試み』(P88)
かくして、「個人」の目標は「イエ」の目標に従属し、「イエ」の目標は「中間(規模の)集団」(たとえば地域社会や職業集団など)の目標に従属し、さらに「中間集団」の目標は「国家」の目標に従属するという、きわめて強力なヒエラルキーが成立した。

この部分を読んであっ、と思った。「イエ」を例えば「チーム」に、「中間集団」を「部署」に、「国家」を「会社」に言い換えれば、そのままIPOを目指す企業が証券会社から強く指示される社内体制整備のポイントだ。目標は予算であり、事業戦略であり、広義にはコンプライアンスなどの遵法、道徳観でもある。そして証券会社の意見は証券市場の審査ポイントでもある。

イエ制度イデオロギー組織が機能集団として理想的なのか、それとも明治期のイエ制度イデオロギーを理想としているのか、なんとも言えないけども、戦後〜バブル崩壊までは既存の企業がイエ制度イデオロギー的組織体制である点は多くの人が指摘(山本七平とか)ていて、道徳観までも共有し、従属する体制だった。その旧来の日本の企業の姿を現在でもあるべき姿として上場基準にしているように思うんだよなー。まぁ、全体の目標を個人のレベルにまで落とし込んだ体制が機能集団として一定の効果があるという点も否めないけれど、そういう体制じゃなくとも企業として持続性、成長性を維持出来るんじゃないかな。

とはいえ、上場を目指すのなら、少なくともある種のヒエラルキーと官僚制度を取り入れた組織にする必要があって、特にクリエイティビティを重視する業種であれば官僚制的ヒエラルキーとクリエイティビティという二つの文化の融合に苦労させられることになる、と思う。すでに既存の会社ではイエ制度イデオロギー的共同体としての役割は薄れてきているように思うのだけど、体制だけが残っている感じなのかなー。そのミスマッチが既存の大企業を苦しめているんじゃないかと思うのだけど。

「世間体」の構造 社会心理史への試み』(P91)
個人がイエの目標と対立・相剋し、その体制からはみ出したとき、それはただちにイエへの<反逆>を意味した。明治以降に入ってきた西欧の市民社会的思想に準拠点を見出した知識人やキリスト教者のなかに、この反逆者が輩出したことは、周知の事実である。
明治以降のわが国の文学に共通したモチーフのひとつは、西欧思想の根底にある<近代的自我>の追求にあった、といわれる。この近代的自我の形成を阻害するものとして、まっさきに文学者のやりだまにあげられたのが、「イエ」であった。

当時以上に、会社はイエ的機能を失っていて、個々人の会社からの自立心は強くなっているように思う。その社会の中でどのように組織バランスを取ることが出来るか、という難しい舵取りを企業はしなくてはいけないし、逆に個人はイエ化しようとする会社の中で、どう自身の個を保つかという話になってくるんだと思う。その過程で当然多くの人が独立していくだろう。かつて資本家vs労働者的構図で対立する存在としての存在感を持っていた会社という機能集団は、多くの人にとってあってもなくても良いような存在になっているような気がしてならない。

今は格差社会だ勝ち組だベンチャーだと言っているけど、全体的な流れから見ると、実は会社という存在は一部の優良企業を除いては、かつてほどの存在感は持たなくなって行くと思う。それは共同体をことごとく解体してきた日本の近代史の必然なんじゃないかなぁなんて思う。(別の側面では近代資本主義がますます進展していく訳で、大規模な資本投下力があるものに集約されていく)

IPOを目指すベンチャー企業は強い組織観が無いと、せっかく上場に成功しても資金と引き換えに組織の陳腐化を招く罠が現状あるんじゃないかなと思う。それは明治維新から続く日本社会の罠かもしれない。


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「世間体」の構造  社会心理史への試み (講談社学術文庫 1852)
「世間体」の構造 社会心理史への試み (講談社学術文庫 1852)
井上 忠司
会社・仕事・経営・労働 | trackbacks(0) | ブログランキング・にほんブログ村へ ブックマークに追加する あとで読むこのエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーを含むはてなブックマーク

日本人はいかにして時間に最上の価値を置く社会になったかの150年史

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副都心線は世界を変える、あなたがそれを望みさえすれば - sjs7のブログ
問題はこの、時間はどんなことがあっても本人が頑張れさえすれば守られるし、守るべきだと考える「時間強迫性障害」は、一個人の病と言うよりは、社会全体の病であるということなんですよね。だから、どんなにその障害に侵されていない正常な人が「数時間ぐらいの遅刻が一体なんでそんな大事になるんだよ?」という正論を一人で言っても、狂った社会の「時間を守るのは社会人の常識」とかいう俺常識によって、弾圧されてきたわけです。そしてそんな中で、それこそ時間に追われて、時間を守ることが万人に強制される、誰も幸せになれない、そもそも幸せとは何か考える時間すら与えられない、そんな世界が作られてきたわけです。

時間に正確で、ちょっとの遅れでもパニックになる日本人ですが、実はこのような社会性になったのは明治維新以降のことでした。以下続きを読むから。

続きを読む >>
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ケータイコミュニケーションの六つの特性とコミュニティの村社会化

日本はなぜ諍いの多い国になったのか - 「マナー神経症」の時代 」という本に、固定電話、手紙と比較して携帯電話の特性について書かれていたのでまとめてみます。

この本はマナーに対する社会的・個人的葛藤がどのように起きているかを考察した内容ですが、その考察の過程で携帯電話が仲間集団を不安定にする作用があることを説明するときに、携帯電話によるコミュニケーションについて、固定電話、手紙と比較した五つの特性と、「選択可能性」の計六つの特性を挙げています。

■非対面性
固定電話、手紙と同様に顔や態度、反応が見えない、同じ場所にいない相手とのやりとりである。
対面的状況では伝えられない秘密を伝えやすくする。

■直接性
固定電話であれば、一人暮らしである場合を除いて、本人に繋がらない可能性がある。
携帯電話であれば目的の相手に直接繋がる。

■脱場所性
固定電話であればその電話機が置いてある家に拘束される。
携帯電話は電波の届く範囲という拘束は受けるものの、基本的には場所の拘束は受けない

■即時性
手紙と比較するとメッセージのやり取りのスピードが違う。
ケータイメールであれば早ければ一分以内、遅くとも一日程度で返事が返ってくる。

■簡便性
携帯メール:文字を打って送信
手紙:宛名書き、切手貼りなど手間が多い

■選択可能性
引用します。

(P74)
「ケータイを持つということは、その人が"いつでもどこでもつながることができる状態"にあることを意味します。それは"いつでもどこでも仲間に選んでもらう準備ができている状態"を意味すると考えられるでしょう。」

というようなまとめ方がされて、これらの特徴を元に携帯電話が及ぼす作用についての考察がされています。選択可能性などは確かにそうだなぁと思う反面、こうやってまとめてみると違和感があります。比較の対象が固定電話だったり、手紙だったりで必ずしもこれらが携帯特有のものではないように見えるからです。

これらを固定電話、手紙、携帯電話で全て比較すると以下のような感じではないでしょうか。

■非対面性
携帯電話=固定電話=手紙

■直接性
携帯電話>固定電話≧手紙

手紙は他の誰かが読む可能性がある。

■脱場所性
携帯電話>手紙>固定電話

手紙は固定の住所が必要だが、どこででも読める。

■即時性
携帯電話=固定電話>携帯メール>手紙

■簡便性
携帯電話=固定電話≧携帯メール>手紙

PCが入ってくるともっと複雑な関係性になると思うのですが、携帯電話の特性の最たるものはそれぞれの特性をそれまでの各コミュニケーションツールと同等以上に持ち合わせつつ、さらに脱場所性に優れているというところがあるのではないかなと思います。まぁ、「携帯」なのですから当たり前ですね(笑)また直接性故に選択可能性も強いでしょう。僕はまだ携帯が普及して無かった学生時代送っていましたが、それを思い返せば、実家に住んでいる人よりはるかに一人暮らしの人の方が誘われていました。当時選択可能性が高かったのも、実家より一人暮らしの方が直接繋がることが分かっていたからですね。直接性が高まれば選択可能性も同様に高まるのでしょう。

同書ではこれらの特性を説明したあと携帯電話が持つ秘密作用と裏切り作用の説明に移るわけですが、特に興味深かったポイントに絞って引用します。

(P68)
「脱場所性」を備えたケータイは、場所と人間関係を切り離すことができます。相手と「私」がどこにいるかわからず、つながることができるからです。だから、相手がたとえ「私」といても、いまここにはいない「私」以外のだれかとつながることができます。ケータイは「人間関係を携帯する」道具なのです。
(P77)
さて「私」がケータイを使って、ある人のケータイに電話したとしましょう。しかし相手は電話に出ません。

(中略)

もちろん、バイトや仕事、授業、自動車の運転中などの理由で、相手はたまたまそのとき電話に出られなかっただけかも、という想像もするでしょう。相手がどのような状況にあるのか、「私」にはいつもわかっているわけではありませんから。ですから、反対に、相手がいまは電話に出られない状況ではないとわかっている時に電話をして、相手が応答しない場合には"電話に出られるはずなのに、相手は「私」からの電話に出ないことを選んだ"という疑惑を強く感じることでしょう。

(中略)

「私」は相手に電話することを選び、相手も「私」とつながってくれると期待して行動したのに、相手は「私」とつながることを選ばなかったかのように「私」には感じられ、裏切られた思いがするのです。

このあたりがとても興味深かったです。携帯だけに限らないけれども、このように繋がりを期待させる度が強まれば強まるほど繋がれなかったときのショックが大きくなるので、それを回避するべく、応答は自由のはずなのに応答せざるを得なくなります。しかも速やかに。携帯電話が現状のように普及した背景の一つには仲間から選ばれたい心理と、仲間から外れたくない心理が上手く作用したのかなと、これを読みながら思いました。携帯電話を媒介にして強い求心力を持った村社会的コミュニティが形作られやすいのですね。しかし、この携帯電話の特性に基いた拘束に強い影響を受けている層は果たしてどの程度広がっているのだろうか。僕は携帯電話でのコミュニケーションはさっぱりなので実感としてないのですが、印象としては大学生以下にこのような事例が強そうだなと思います。

携帯電話を媒介とした関係性の村社会化は進んでいるのだろうか。そして進んでいるのだとするとどんな層にどの程度進んでいるのだろうか、という興味が沸いてきました。


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西行を大河ドラマにして欲しい

去年の大河ドラマ風林火山は面白かったけど、今年の篤姫はちょこっと観て好みに合わなさそうだったのでスルー、来年は妻夫木聡で直江兼続らしいけど、今のところ食指が動かない感じです。その他のキャスト次第だけど、ちょっと面白そうとは思えないかなぁ。

で、常々西行(1118年(元永元年) - 1190年3月23日(文治6年2月16日))を主演にしたドラマを見てみたいと思っているのですがなかなか映像にしにくいのかな。後に日本の精神史に多大な影響を与えるし、時代背景やその生き方も見所満載だと思います。

エリート武士で平清盛と同期だったのに鳥羽帝の中宮待賢門院への報われぬ片思いや友人の死などで出家→平氏の興隆や平安貴族の没落、源平の争いなどが絡みつつ、平安末期〜鎌倉時代の始まりまでをダイナミックに描けそう。前半は西行と清盛のダブル主人公で、清盛死後は西行視点で平家滅亡、源氏の内紛をちょっと俯瞰で描く感じ。最初は待賢門院を中心にした鳥羽天皇、白河上皇の三角関係で朝廷のドロドロ劇が大奥なんか目じゃないぐらいに展開できるし。勿論出家後の西行の日常や奥州への旅なども描きつつ、あと同時代人で西行と同じく武士から出家し西行を嫌っていたという文覚の出家時のエピソードもあるといいなぁ。

京都の伝説文覚上人
上西門院(鳥羽天皇の第二皇女、統子)に仕える、北面の武士遠藤盛遠は十九の年頃鳥
羽に住む同僚の渡辺亘の妻袈裟御前に一目惚れをし。血気盛んな年頃押しのいっ手とバ
カリに云い寄り。一方、袈裟にも少しは気があったのでしょう、何度か密会を重ねるうちにすっかり心を奪われ、もはやこれまで、ある日盛遠は、「亘と別れて、俺と一緒になれ」と、手荒いプロポーズを受けた。
袈裟にすれば、ほんの遊び心でしたが、一本気で思い込みの激しい盛遠を説得する自信も
なく、自らにも非があるので、まさか夫に相談するわけにも行かず、はてと困り果て!!
さんざん悩んだ揚げ句、一計を案じた袈裟は、「今夜、寝静まった頃に寝所に入って、夫を殺して下さい」と、言い出しました。
夜も更けて、亘の館を訪ねると、袈裟に教えられた寝所の扉は、すでに開け放たれていた。
袈裟の心遣いかと一人合点した盛遠は、太刀を抜き放って、難なく部屋へ侵入することができた。
寝所の闇に目を凝らして見ると、確かに人の寝ている気配が!!。
足音を忍ばせて近づいた盛遠は、盛り上がった寝具の胸のあたりを目掛けて、一気に太刀を突き立て。確かな手応えがあって、亘は血吹雪の中で、絶命したと確信。
袈裟に見せんがため、首を掻き取り髪を掴んで、表に出ると、館の外は何事も無かったように、静寂に包まれ、月の光がこうこうと、木々の間から差し込み、まさに快心の足取りで、手に持った首を確かめんとして、月明かりにかざした盛遠は、腰を抜かさんばかりに仰天!!
盛遠がそこに見たのは亘に非ず、袈裟御前の首だった。
思わず放した盛遠の手から、袈裟の首が地面に落ち。 ごろりと転がって、血と土にまみれた首は、じっと盛遠を見上げていた。
おのれの愚かさを知り、この世の無常を思い知った盛遠は墨染めの衣に身を包み、雲水
「文覚」と名のり、厳寒の那智で荒行に挑みましたが、月に照らされた袈裟の顔は、生涯
脳裏から拭い去る事は出来ませんでした。。。。。。『源平盛衰記』の一説

長唄「鳥羽の恋塚」として知られ後に芥川龍之介が「袈裟と盛遠」という作品にし、映画監督衣笠貞之助も「地獄門」という映画を撮った有名なエピソード。芥川は袈裟御前が盛遠に敢えて自分を殺させたとしている。西行も諸説あるけど身分違いの報われぬ恋と友人の死などと言われているし、二人とも世をはかなんで武士から出家する人生の選択を濃密に描けるよなぁ。

文覚と西行の対面もまたスリリング。

西行学習ノート
「 西行が訪ねてくると聞いて、日頃から西行のことを快く思っていなかった文覚が、今日こそは目に物言わせんと待ち構えている。文覚の弟子たちははらはらしているが、いざ西行と対面すると、和やかなふんいきのうちに終わって、何事もなかったように西行は帰って行く。そこで、弟子がどうしたことかと聞くと、 『西行は自分にぶたれるような面構えか、こちらのほうこそやられてしまう』と言ったという。」

そして晩年の「頼朝から拝領した純銀の猫を通りすがりの子供に与えた」エピソードや、余りにも有名な辞世の句「願わくば花の下にて春しなんその如月の望月のころ」の通り桜が満開の季節に大往生するまで、見所尽きない感じ。

妄想キャスティング考えていたけど上手くはまらないのでやめておきます。


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要は、傷つくのが恐いんでしょ?

タイトルは「要は、勇気がないんでしょ?シリーズ」からのインスパイアな感じです。はい。


傷つきやすい人はどうすれば強くなる?

僕は傷つくことを恐れる。同様に他者を傷つけることを恐れる。自分の一挙手一投足が誰かを傷つけたり自身を傷つけたりする可能性を恐れる。そのような過剰な自意識にがんじがらめにされて、僕は身動きが取れなくなることがおおい。傷つきやすいことの不都合とはそういう身動きの取れなさに直結することだとおもいます。


やさしさの精神病理 (岩波新書)
やさしさの精神病理 (岩波新書)
大平 健
「やさしさの精神病理」(P178)
人づき合いの技能としての"やさしさ"は、人が(自分も相手も)皆、傷つきやすい、ということを前提にしています。不用意に「親切そーなこと」をして相手を傷つけるのは"やさしさ"にもとります。お互いに相手を傷つけないように「気づかい」をすること。それが"やさしい人"どうしの"やさしい関係"なのです。
ほんとはこわい「やさしさ社会」 (ちくまプリマー新書 74)
ほんとはこわい「やさしさ社会」 (ちくまプリマー新書 74)
森 真一
「ほんとはこわい「やさしさ社会」」(P125-126)
現代人は「ひとそれぞれ」という思いを強く持っています。(中略)「ナンバーワンよりオンリーワン」という言い方に象徴されるように、現代社会では、ひとそれぞれの個別性が、もっとも大切なこととして宣伝されています。(中略)そもそも"ひとを傷つけてはならないこと"、"こころの傷"を強調する社会は、個別性を強調する社会でもあります。以前は、"お年寄りにはこうすればよい"、という多くの高齢者に応用可能な接し方がありました。それが「年寄りあつかい」です。けれども、"お年寄りにもいろんなひとがいるのに、ただ見た目だけで「年寄りあつかい」され、傷ついたひとがいる"というようなことが叫ばれ始めました。このように"ひとを傷つけることがいかにひどいことか"と「ひとそれぞれ」は同時に強調されるのです。
「ひとそれぞれ」で"他者を傷つけてはならない"のであれば、ひとはかなり慎重に行動しなければならなくなります。高齢者だからといって、ひとくくりにはできません。目の前にお年寄りがいる、席を代わったほうがいいかな、でも、老人あつかいされたくないかもしれない。席をゆずったら、気を悪くするかも。どっちなんだろう。そう考えれば、慎重になるほかありません。

社会がこうだから傷つきやすい、などと言うつもりは全くありませんが、こういう「人それぞれ」という個別性に対して敏感であるが故に何も出来なくて結果として何も出来ず「やさしくな」くて「鈍感」となり、その何も出来なかった自分を悔いることが多い。自分のやさしくなさを責める。逆に人に配慮されることは、その配慮した人の心遣いが心苦しくて、その心苦しさを恐れるが余り、人に配慮させないように振舞おうとする。

「やさしさの精神病理」(P188)
"やさしい"人が優柔不断なのは、自分が決断した結果失敗して、後悔する羽目になるのが、恐いからです。自分で自分の気持ちを傷つけることになるからです。

そう。自分を傷つけることを恐れる余り決断することを恐れる。しかし、回避すればするほどさらに大きな壁として決断を迫られる。そこで恐怖を堪えて何らかの決断をすることになるのですが、その決断はいざ決断してみると失敗してもそれほどのダメージにはならない。しかし、それでも決断を恐れることはなかなか治らない。ただ、自分自身が傷つくことについてはそれほどのダメージを感じなくて、人を傷つけたのではないか、傷つけようとしているのかもしれないと思うことに傷つくことが多い。

「やさしさの精神病理」(P201)
自分の価値に始まって自分の判断や行為にいたるまで、一様に「とりあえず」や「いちおう」で塗り固めてしまって・・・・・・。なんだか、彼らが彼ら自身のすべてをかりそめのものとしか考えていないように思えてくるのです、そう思って尋ねてみると、実際彼らが「本当の自分」を見失ったように思って「自分」に確信をもてないでいることが分かります。
「やさしさの精神病理」(P205)
何らかの小さな挫折、例えば失恋などを契機に、「とりあえず」のものとはいえ唯一の自分の「価値」が否定されたように感じる"やさしい"人々というのは多いものです。そうした時、彼らはどうするか?たいていは、これまでの「自分」の暮しや望み、いや「自分」のすべてが「とりあえず」のものでしかなかったことを、今さらながらに索漠とした気持ちで思い出します。「本当の自分」はここにはない。「本当の自分」を探しにいこう。そう、考えます。

僕は「本当の自分」など存在しないと思っていますが、しかし、自分はかりそめのものだという価値観は確かに強いのです。人は確固とした自分などという枠組みはなく、漠然としつつ世界と繋がっていて、限りある時間を誰もが過ごしている、それ故に人を傷つけることは取り返しが付かないという恐れを抱いてると思います。他者を傷つけること、傷つけるかもしれないことに自分自身が傷ついていて、その恐れに身動きが取れなくなっているので、その呪縛をなんとかしたいのですが、人や社会を理解していくことでその呪縛から解き放たれるかもしれないという気持ちが僕の興味を人の心理や社会学や歴史、民俗、人類学などへと向けていることに気づいた。得体の知れない人という存在を理解することで傷つく/傷つけるという呪縛から解き放たれたいという切実な思いがある。

要は、傷つくのが恐いんでしょ?

いや、実は人が恐い。古代人が神仏を畏れるが如くに。傷つくこと/人を傷つけることへの恐怖は未知のものへの恐れに近いのではないだろうか。ならば、傷つけない/傷つかないために人について学び、人の間に入っていくことこそ傷つかない人になる近道なのかもしれないと思います。


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借りた本「日本人のしつけは衰退したか」「地名の社会学」

図書館から借りている本。

日本人のしつけは衰退したか―「教育する家族」のゆくえ (講談社現代新書 (1448))
日本人のしつけは衰退したか―「教育する家族」のゆくえ (講談社現代新書 (1448))
広田 照幸

日本はなぜ諍いの多い国になったのか - 「マナー神経症」の時代 (中公新書ラクレ (184))」を読んでいて、この本が引用されて実は以前の方がしつけはゆるくて今の方が厳しくなっているという趣旨のことが書かれていて興味を持った。あと丁度「スゴ本」でも紹介(「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる: 神話に一撃!「日本人のしつけは衰退したか」」)されていて良いタイミングだったので借りました。



地名の社会学 (角川選書 424)
今尾 恵介

こちらは半分以上読んだ。地名の由来の考察がとても興味深い。半分読んだ時点ではタイトルにあるような「社会学」的な考察まで至っていなくて、純粋に地名が付けられた歴史や地理などの考察なのだけど、どう展開していくか楽しみながら読んでいるところ。明治の地租改正ってやっぱり大きなターニングポイントだったんだなぁ。

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常識がわからないのは形が無いから。しかし、それは我々を拘束する。

常識が分からない
形が無いからわからないですよね。みんなが共有しているはずなのに、実は人それぞれ常識がある、という矛盾が、自分は常識が無いという恐れ、あるいは常識がない人だという他者からの評価に結びついているんじゃないでしょうか。

日本社会を規定する形の無い存在である「空気」、「世間」、「常識」、「普通」、「やさしさ」の五つの構造と正体を突き止めたい。全て形が無くて常にアメーバのように動的に変化しているのだけど、この正体を明示化出来れば色々と本質的なものが見えてくると思う。そして、これらの正体が不明確になったのは明治維新に始まり第二次大戦後以降様々な要因(旧来の共同体(村、イエなど)を壊したことなど)がそれを加速させたからではないでしょうか。

この五つの正体は一体何者か。というのが僕のここ数年のテーマ。最近はこれに●●力というのも加わりつつあるのかな、という印象を持っていますが、よく考えたいところです。

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コミュニティの秩序維持機能としての悪口祭

日本にはかつて悪口祭という行事が各地で開催されていました。悪口祭の定義は以下の通りです。

〈悪口〉という文化」(P48)
「祭に参詣した者が、互いに悪口を言い合ったり、舞っている者に悪態をついたりするのが特徴となっている祭」
「参詣人同士が互いに悪口の言い合いをし、言い勝った者が福運を得るという信仰で行われる祭」
「祭の日に限って悪口を言い合い、言い勝った方が福運を得るとされる行事」

栃木県足利市の最勝寺悪口祭、京都市八坂神社の削掛の神事(白朮(おけら)祭)、茨城県岩間町の岩間悪態祭、奥三河(愛知県北設楽郡一帯)の花祭、名古屋市中村区七所社のきねこさ祭、島根県安来市の清水寺の喧嘩祭など記録に残っているがすでに無いもの、あるいは現在でも残っているものなど悪口を言い合う祭りは数多くあったようです。また、悪口祭だけでなく、宮城県塩竈市塩竈神社のザットナや、千葉市中央区の千葉寺で行われた千葉笑いなど日ごろの不行跡を言い合う行事なども含め、全国各地に悪口を言いあう習慣がありました。これらはいずれも江戸時代中期以降に始まったもののよう。

その悪口祭の特徴は以下の四つ


1)言ってはいけない悪口(タブー)がある
P161
一つは、悪口の中でも口に出してはいけないものがあるということである。(中略)最勝寺悪口祭では泥棒・姦夫・癪病という言葉が禁句だったし、あるいはすでに紹介した近年の資料によっても、泥棒とか貧乏など「―ぼう」という類の言葉が禁句だと伝えられている

2)発言者の匿名性の保障
P161-162
削掛神事の場合、わざわざ灯火を消して暗闇の中で行うことになっている。これは発言者が特定されて無用な争いを招かないようにという配慮に基くものであろう。この点は、最勝寺悪口祭や岩間悪態祭などにも共通する。もともとこれらの行事は夜間に行われるものなので、照明の不備な近代以前であれば、特に配慮しないでも発言者を特定される心配はないとも言えるが、わざわざ注意されている点で、そうした匿名性への配慮が重要であったことはうかがえる。さらに一般的な悪口祭ではなく、不行跡を知られた特定の個人を攻撃する千葉笑いなどの事例では、確執を後日に持ち込ませないために、発言者を特定させない工夫は、より深刻な意味を持っていた。たとえば千葉笑いでは、顔を隠し、頭を包み、風体も変えて集まるといわれているには、そうした努力を示すものにほかならない。

3)集団による発言

発言者自体が子どもたちだったり、流れ歩く僧侶(雲水)たちだったりと集団で悪口を言うものも多くあったようです。集団で発言するため、

P162
発言者を直接の怨恨のしにくい。(中略)これらの行事ではいずれも何らかの形で、発言者を保護し、あるいは発言者と対象者との確執を避ける仕組みができているともいえる。

4)実力行使の禁止

悪口祭に伴う実力行使が禁止されていた。

P162-163
何を言われても怒らぬ(岩手県平泉町の毛越寺摩多羅神祭)
何を言われても手出しはしない(岩間悪態祭)
手出しは厳禁(島根県安来市の清水寺喧嘩祭)
絶対に手出しはしない(愛知県豊川市の豊川稲荷喧嘩参籠)

悪口祭の悪口はあくまでも祭という非日常的な場における発言であって、それは日常の場に持ち越されることなく解消されなければならない性質のものだからである。(中略)かつての悪口祭は一般的に、村あるいは集落といった参詣者が相互に面識を持ち、各人の行動についても秘密にしておくのが困難な対面社会の祭である場合が圧倒的であった。
そうした祭にあっては、祭の後の日常的な交際にまで対立を持ち込まないためには、何らかのルールがなければ、社会の安定がそこなわれてしまう。そこに匿名性の保障と並んで、実力行使の禁止が必要とされる条件があったのである。

悪口祭は「集団による特定の不行跡や個人の制裁」という色彩が強くその対象は「道徳的不品行、不行跡」に限られていました。「司法・警察的な制裁システムが完全に整備されない状況で、その不備を補うための補助的なシステム」であり、神の名の下に悪口を言うことで規範から外れている人に社会的な制裁を与えていました。そして、悪口を言われた者は自身の不行跡を慎むようになっていました。

P72
現代であれば個人に対する理由のない誹謗・中傷としか考えられない、このような非難も、かつては逸脱者に対する規制として、村全体の秩序を維持する上での正当性を認められていたのである。

前近代の日本の農村社会においては共同体の維持が最上の価値観であったため、個人という意識はとても薄かった。明治維新以降、個人主義思想が西洋から輸入され、全国的な司法・警察官僚機構が整備されていく過程で旧来の共同体が解体され、それにあわせて悪口祭も姿を消していくのは必然だったのだろうと思います。

それに対して、かつての武士社会は何よりも名誉を重んじ、悪口を言われたら即決闘に繋がっていました。日本の司法制度の歴史は武士同士の決闘を抑え法廷の場に持ち込んで解決していく歴史(御成敗式目の悪口罪など)だったと言って良いようです。そして、様々な点において、明治維新とは個人主義思想の名を借りて、共同体中心の農村社会に個人の名誉を重んじる旧来の武士的価値観を浸透させる側面があったと思います。

しかし、個人をどれだけ尊重しようとも人が集まるところに共同体が生まれ、共同体を維持しようという働きが生まれます。共同体重視社会だったところに個人思想を輸入した結果の矛盾が現代の「空気」という得体の知れない圧力に繋がっているように思うのですが、その「空気」について考え、共同体を維持しようと言う指向と個人を尊重しようという指向との折り合いの付け方について、この悪口祭という過去の事例は様々な示唆に富んでいるのではないかなぁと思います。

規範を共有する共同体において、充分コントロール可能な条件下で、適切なタブーを守った形で言いたいことを言い(可能ならば匿名で)その場限りで後を引かずに完結する非日常的イベントがあると少しはマシかもしれないなぁ。と思ったり。

ただ、結局のところ、すでに共同体の維持を最上の目的とする農村社会的価値観はすでに崩壊しており、個々の名誉を傷つけないことを最上とする同調圧力(=空気)のみが残っている現代の状況を考える場合、日本的武士型個人主義に変わる新たな個人主義が現われない限り、あるいは日本的個人自体が解体され無い限り根本的解決に至らないのだろうなぁと思います。そして漠然と日本社会は後者の方向に進んでいるように思いますが、またそれは別の話として。



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〈悪口〉という文化
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山本 幸司
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スタバでは僕は風景の一部のままでいたい

最近、毎朝開店直後のスタバにノートPC持ち込んで勉強するのを日課にしています。
僕はコーヒーが飲めないので、紅茶を頼むのですが、開店直後のスタバは紅茶が準備できていなくて、ほんの数分待たされることが多いです。そのことは特になんとも思っていないので全く気にならないのですが、今朝、いつもどおり紅茶を注文すると、店員さんに「いつもお待たせしてすいません」と声を掛けられてしまいました。「しまいました」というのは声を掛けられたことに軽い驚きと戸惑いを覚えてしまったからです。店員さんの気遣いはとても好感を持ちましたが、しかし戸惑いも覚えてしまうんですよね。

コミュニケーションについては様々な価値観の人がいると思うのですが、僕は喫茶店や飲食店などで店員さんに顔を覚えられてしまうのがとても苦手です。いや、正確には覚えられているとしてもそれを気づかされることに戸惑いを感じます。喫茶店などでは、確かに他のお客さんなど様々な人の中で過ごすので好むと好まざるとに関わらずなんらかの関係性は生まれると思うのですが、1人で喫茶店に行くという意味合いとして、少なくとも知り合いは居ない環境、というコミュニケーションを極力排した状態に身を置きたいから行くという部分が少なからず僕はあるんですよね。

そこで、顔を覚えられてしまうと、完全に他者として捉えていた対象が、他者では無い状態になってしまうような意識を持ってしまうので、少し気持ちが揺らいでしまうのですよね。顔を覚えられたからと言って現実としてはコミュニケーションはほぼ発生しないのですが、それでも、出来れば無色透明な状態でありたいなぁと思います。他者にとって風景の一つとしての僕、あるいは僕にとって僕以外が風景としての状況下にあってほしいと思います。

まぁ、顔覚えられるほど通うな、って話です(笑)



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スタバではグランデを買え! ―価格と生活の経済学
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読みたい本「マイクロトレンド」「日本版スローシティ」「友だち地獄」「友だち幻想」

マイクロトレンド―世の中を動かす1%の人びと
マイクロトレンド―世の中を動かす1%の人びと
マーク J.ペン,E.キニー・ザレスン
NHK出版 Online Shop
“常識”を逆転させる小さな1%を見つけろ!

もはやメガトレンドは存在しない。人口の1%が動けば映画や本はヒット作に、政治や社会には新たなムーブメントが起こる。ビル・ゲイツやビル・クリントンの“頭脳”となり、ヒラリー・クリントンの選挙参謀を務める著者が初めて明かす、トレンドの本当の読み方。邦訳版解説に『下流社会』の三浦展氏。

実はすでに今読んでいるところなのですが、アメリカの様々な事例が紹介されていて考えるヒントとして興味深い。


日本版スローシティ―地域固有の文化・風土を活かすまちづくり
日本版スローシティ―地域固有の文化・風土を活かすまちづくり
久繁 哲之介
--どこでもできる、地域資源と市民のアイデアによるまちづくり!--

 いま、日本のまちづくり、都市のあり方が改めて問われています。
 こうしたなか、本書は、市民のライフスタイルを尊重し、地域固有の文化・風土を市民自らが発見・活用するまちづくりについて詳解します。
 本書が提唱する「日本版スローシティ」は、イタリアのスローフードに端をを発したスローシティ運動を元に、日本の地域事情をふまえた新しいまちづくりです。つまり、「食文化」だけでなく、地域が誇れるものは何でもいい。地域に眠った資源を市民自ら掘り起こして、市民のライフスタイルにあったまちをつくることが、いま求められています。
 地域に暮らす人たちのライフスタイルを最もよく知る人=地域市民の手によって、まちを再生させる。もちろん、市民だけでは難しいため、行政や専門家は、市民のアイデアをうまく引き出して、側面から支援しながら共に進めていく。これが、「日本版スローシティ」です。

 ◇公共空間を"サードプレイス"にすることによって生まれる「憩いと交流ある空間」
 ◇そこに暮らす市民だけではなく、来訪者をも交えた「開放型コミュニティ」によるつながり
 ◇大型SC・チェーン店にはない、「おもてなしの心」が感じられる商店街・裏通り
 ◇地域スポーツクラブを創設・育成することによって得られる、地域商店街や市民の「一体感」
 ◇人・もの・景観・建物・文化・風土など、さまざまな地域資源を活用した、「まち物語消費」

 中心市街地活性化、地域再生に取り組む方々、自治体・都市計画コンサルタント、商工界などまちづくり関係者必読の一冊です。
友だち地獄―「空気を読む」世代のサバイバル (ちくま新書 710)
友だち地獄―「空気を読む」世代のサバイバル (ちくま新書 710)
土井 隆義
筑摩書房 友だち地獄 ─「空気を読む」世代のサバイバル / 土井 隆義 著
誰からも傷つけられたくないし、傷つけたくもない。そういう繊細な「優しさ」が、いまの若い世代の生きづらさを生んでいる。周囲から浮いてしまわないよう神経を張りつめ、その場の空気を読む。誰にも振り向いてもらえないかもしれないとおびえながら、ケータイ・メールでお互いのつながりを確かめ合う。いじめやひきこもり、リストカットといった現象を取り上げ、その背景には何があるのか、気鋭の社会学者が鋭く迫る。
友だち幻想―人と人の〈つながり〉を考える (ちくまプリマー新書 (079))
友だち幻想―人と人の〈つながり〉を考える (ちくまプリマー新書 (079))
菅野 仁
身近な人たちとの親しいつながりが大事だと思っていて、そのことに神経がすり減るぐらい気を遣っている。なのにうまくいかないのはなぜか。さまざまなキーワードにしたがって問題を整理し、人と人のつながりについて考える。

友だち地獄、友だち幻想の二冊は、僕が個人的に興味を持っている「やさしさ」「空気」「世代」などをキーにしているようでなかなか良さそう。(関連→「Kousyoublog | 「ほんとはこわい「やさしさ社会」 (ちくまプリマー新書 74)」森 真一 著」「Kousyoublog | 「やさしさの精神病理」大平 健 著」「Kousyoublog | 「日本人は「やさしい」のか―日本精神史入門」竹内 整一 著」など)

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読みたい本「団地が死んでいく」「稲作渡来民―「日本人」成立の謎に迫る」「社会学の名著30」

今月の新刊で読みたい本三冊。

団地が死んでいく (平凡社新書 415)
団地が死んでいく (平凡社新書 415)
大山 真人

先日も今、何故だか団地ブームということを書きましたが、団地という形態が今、消え行く何かの象徴として人をひきつけているのかもしれないと思いました。夫婦と子供だけの完全なる核家族の最初の消滅の時期が今来ていて、そういう消え行くものへのノスタルジーみたいなのを団地が感じさせているのかなと。ということで、この一冊、興味あります。


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Kousyoublog | 核家族とは消滅を前提として作られる家族である
Kousyoublog | 消え行くかりそめの家族

稲作渡来民―「日本人」成立の謎に迫る (講談社選書メチエ 411)
稲作渡来民―「日本人」成立の謎に迫る (講談社選書メチエ 411)
池橋 宏
「日本人」はどこから来たか
イネ学・考古学・言語学から総合的にアプローチ

米を主食とする「われわれ」のルーツはどこか。長江下流→山東半島→朝鮮南西部→北九州。舟を繰り稲作とともに漁撈を生業とする「越」系の人びとにその鍵はある。イネ学に加え、考古学・言語学の最新の成果を渉猟し、「日本人」成立の過程を総合的に描く。

ミトコンドリアを辿ると、我々日本人の大多数が中国南部から東南アジア一帯に掛けての人々と同一のDNAを持っていることが分かっています。(→Kousyoublog | 「日本人になった祖先たち―DNAから解明するその多元的構造」篠田 謙一 著)照葉樹林文化説などでも東南アジア説が採られていますが、この本ではどうでしょうか。日本人のルーツについてはとても強く興味を持っています。



社会学の名著30 (ちくま新書 718)
竹内 洋

この本、書店で見かけて少しパラパラと読んでみたのですが、とても良さそう。社会学的思考を身につけるための読書ガイドとして、なかなかいいのではないかと思いました。ちゃんと読んでみたい。そういえば、社会学系の本で良書と言えるのってほぼ読書ガイドとしても一級な気がします。

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PHPの勉強、最初の関門は「演算子」でした

先日書いた記事(「Kousyoublog | 文系素人ですがPHP勉強始めました。」)が予想外に反響いただいたのでちょっとびっくり。ありがとうございます。で、今ですが、勉強しつつ三つ同時で作っていて、二つはちょっと行き詰まり気味、一つは終りが見えてきつつある感じですが、果たしてどうなることでしょう。無事出来るようがんばります。

さて、今までの勉強を振り返ってみると、PHPの勉強を進めていく過程で最初に引っかかったのが、演算子と繰り返し構文でした。配列やスーパーグローバル変数は最初難しそうと思ったけど案外すっきりと理解できた(つもりだったけど、後で散々苦しむことに)

演算子 - Wikipedia
演算子(えんざんし、operator, operator name)は、各種の演算をあらわす記号・符牒のことである。しばしばそれが表す演算自体と(意図的に)混同して使用されるが、それによって混乱が生じることはほとんどない。ただし、プログラミング言語の文法上では、演算と演算子とを区別する。

コンピュータプログラミングにおいては、主に記号を用いて演算を指示するものが演算子と呼ばれる。概ね数式などの記述を模倣しているが、一部の演算子に通常と異なる記号が用いられたり、副作用を持っていることがあるなど、数学の演算子とは異なる点もある。

テキストなどを見ると演算子は、代数演算子、代入演算子、比較演算子、論理演算子、ビット演算子などがずらずらっと表になっていて、一目しただけではさっぱりわからないので、その都度必要なときに引けばいいか、と思ってさーっと流して先に進んでみたら、実はPHPの最重要なポイントの一つで、どれも理解しないといけなかった。とは言え、今のところ代数、代入、比較、論理演算子が漠然と掴め始めた、という状況です。

特に、最初よくわからなかったあたり。

インクリメント、デクリメント
実際のサンプルとしてまだ前置加算しか見たことないので、後置加算、前置・後置減算の具体的な使われ方を把握したいなぁと思います。とりあえず現状、$i++はfor構文やwhile構文と一体化させて把握してますが(for($i=1;$i<10;$i++)〜みたいにセットで覚えてます(笑))、これ使い方間違えると無限ループとかの原因になるようなのでよく理解しないといけないですよね。

TRUEを返す
このTRUE/FALSEを返す、という意味が最初実感としてまったく理解できなくて困りました。
今でもちゃんと理解しているか怪しいですが、つまり演算子の概要に応じて右辺と左辺を比較して、TRUE/FALSEを返し、条件分岐だとかの条件式で使われて、例えばif構文で条件式がTRUEだとifのすぐあとの式が実行され、FALSEだとelse以下の式が実行される、と思ってます。なんかTRUE/FALSEという言い回しにすっかり幻惑されてTRUEってどういうことだろう・・・と悩んでしまいました。真実とは何か!って哲学的問いを投げかられている感じ。あと、混乱に拍車を掛けるのが論理演算子"!"で、「式がFALSEである場合にTRUEを返す」って最初見たときは禅問答かと思いました(笑)

比較演算子
未だに<,<=と>,>=が上手く使い分けられません。この条件を記述するときは場合は左辺が大きいほうがいいんだっけ、小さいほうがいいんだっけ・・・みたいなところでしょっちゅう悩みます。三項演算子もなかなか使いこなせていないです。頭で理解できてもそれが使えるようになるにはもう少し壁を超えないといけないなぁという感じですね。

これらに演算子と関係ないけど混乱させるのが、配列で出てくる"=>"とクラスでプロパティ/メソッドを呼び出す"->"とかですね。見る分には見分けられるんですが、いざ書いてみるとごっちゃになっていてよく$x=>10とか書いてたりします。

この記事を書きながら、こんな程度の理解でやっぱり不安になってきましたのでまた復習しようと思いました。。。そうしよう。
次回はやはりつっかかった条件分岐や繰り返し構文についての感想を書きたいと思います。

また、「続きを読む」以下、勉強の過程でテキストを書き写したPHPの演算子の表を参考までに貼っておきます。



参考サイト
演算子/PHP入門
10日で覚えるPHPのキソ 第 4 回 演算子 | バシャログ。

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文系素人ですがPHP勉強始めました。

実は三週間ほど前からPHPの勉強をはじめました。以前からこういうWEBサービスあったら便利だろうな、あーいうのあったら面白いだろうなぁ、あるいは咄嗟に思いついたものを形に出来たらいいなぁ、など思うことは多々あり、何度か勉強してみようとしたのですが、そのたびに挫折してきました。

しかし、インターネット歴10年を超えて、最近ブログに文章を書くだけでは物足りない。頭の中に次々と思いついては消えていく何かを形にしたいという欲求にもう耐えられなくなってきました。そこでとりあえずPHPを始めようと思い、色々調べて手ごろな入門書を購入、毎日がっつりと勉強しているところです。よくプログラミングの勉強はネットで検索して、と言われている訳ですが、僕はネットにつなぐとついつい遊んじゃうので、スタバやドトールにノートパソコン持ってネットから遮断した環境にして集中するようにしてます。そういう勉強スタイルなので手元に置いて色々参照できる参考書が重要です。


独習PHP
独習PHP
山田 祥寛

まずは手ごろな入門書をと思い、「全ての文系ブロガーはPHPをやるべき - phaのニート日記」の記事とamazonの書評などを参考に、これが良さそうだなぁと思って購入。「第一章イントロダクション」、「第二章基本構文」、「第三章オブジェクト指向構文」、「第四章関数」、「第五章データベース連携」と、「第七章テンプレートエンジンSmarty」の修飾子まで一通り目を通して、「第六章PHPで利用可能なライブラリ」は紹介されているPEARを一通りインストールしたところです。説明がとてもわかりやすくて、練習問題が豊富なので基本的な事柄がよくわかりました。


PHPによるWebアプリケーションスーパーサンプル 第2版
PHPによるWebアプリケーションスーパーサンプル 第2版
西沢 直木

「独習PHP」をやっていて、基本的な考え方や命令、関数などはどういうものがあるかわかったけど、それらがどう具体的に使われているかを知りたいと思いました。色々なソースコードに当たっていかないと実際どうしていくかがイマイチ把握出来ないなぁと言う感覚を覚えたので、サンプル集が一冊欲しいと思い購入。chapter1〜chapter16まで、基本構文、フォーム、変数/定数、文字列など一通り網羅されていて、具体的なイメージが大分つかめました。


Pocket詳解 PHP辞典 (Pocket詳解)
Pocket詳解 PHP辞典 (Pocket詳解)
山田 祥寛

「PHPによるWebアプリケーションスーパーサンプル第二版」は充実のサンプル集ですが、サンプル集だけに「独習PHP」ほど丁寧な解説がある訳ではないので、やはりリファレンスが欲しいところと思い、これを購入。「独習PHP」と同じ著者でとても見やすいです。買ってそんなに日数経ってないですが、しょっちゅうこれを引いています。

と、ここまでやってみて自分で作りたいものをいくつか形にしようとコードを書き始めた訳なんですが、何かしら途中で行き詰ってしまうんですよね。何がわからないのかわからないけど、思うように動いてくれない、あるいはやりたいことと、ここまで目を通した様々な命令や関数などがどうつなげればいいのかわからない、と思うようになりました。


ノン・プログラマのためのPHP入門 10日間コース
ノン・プログラマのためのPHP入門 10日間コース
アシアル株式会社,海原 才人,笹亀 弘

そこで、実際に一から完成物を作る過程を体験出来るテキストが無いだろうか、と思って買ったのがこれ。00章PHPを始める前のインストールから始まって10章まで10日でアンケートフォームを作り上げながらPHPを学ぶというもの。昨日第二章まで終えたところですが、すごくいい。特に丁度先日終えた第二章が「PHPでWebアプリケーション作成時の注意事項と確認手順」ということで、まずは素数を求めるスクリプトのアルゴリズムやボーリング自動特定計算プログラムのアルゴリズムを考え、それを元にコードを書くといった仕様、アルゴリズム、画面遷移などコードを書く前段階についてわざわざ一章割いていて、ここを一通りやりおえたら、今まで勉強したことが少し道筋だってきた感じがしました。ただ、この本、入門とは書いていますが、10日でと銘打っている様にかなりはしょっているので、一通りの基礎知識が無いと相当苦しい気がします。最初がこれだったら多分挫折していたかも。

ということで、この本の第二章を読むまでは「漠然とした作りたいもの」と「言語」とを繋ぐことが上手く出来なかったのですが、今日になってそれが繋がってきた感じで、行き詰っていたのが案外サクサクっと出来るようになったのでおお!っというプチ喜びを感じているところ。でも、また行き詰ったんですけど(笑)



他、買った本

基礎からのMySQL [基礎からのシリーズ] (プログラマの種シリーズ)
基礎からのMySQL [基礎からのシリーズ] (プログラマの種シリーズ)
西沢 夢路

PHPによるWebアプリケーションスーパーサンプル 活用編
PHPによるWebアプリケーションスーパーサンプル 活用編
KJ,田中 ナルミ

このようにテキストにそこそこお金を使い、一通り勉強してみて思ったことについて。確かに一般的に言われている通りググれば色々勉強出来るのですが、全くの素人はググれない、というか、何をググればいいのかわからないんですよね。

初心者による初心者のためのプログラム勉強法 : ロケスタ社長日記
「何がダメだったの?」と聞くと「足し算やループばっかりでこれがどう使えるかがさっぱりイメージがわかなくてつらい」とのことでした。

これ、僕もよくわかります。というかその真っ只中です(笑)

ですので、
1)最低限抑えておくべき重要な命令や関数などを全般的に知ること
2)サンプルなど、辞書やネットなどを使って調べて具体例を把握。
3)その上で、漠然と思っている作りたいモノをどう実際のコードに落とし込むかという方法
という流れで知りたいし、知ると結構身につくんじゃないかなぁと、ここ三週間ほど勉強してみて思いました。まぁ、こんなに本買う必要は無かったかもしれなくて、何か良いネットを活用する方法が一般的には知られていて、実は効率的に勉強進められたのかも?なんて思うんですけど(笑)

また、勉強始めてみて実感したのは、プログラミング出来る人たちは文系な我々とは見えている世界違うんだねぇ、ということですね。みなさんもしかして違う世界観で生きてるんでしょうか。

ということで、今後、「独習PHP」でPEARと「基礎からのMySQL」でMySQLの勉強を始めつつ、「ノン・プログラマのためのPHP入門」を先に進めたいです。で、今三つぐらい同時進行で作っているのですが、それをなんとか完成させたいと思います。そこに至るまでにはまだまだ大きな障害が沢山ありそう。あと作りたいなぁというネタはくだらないふとした思いつきなものばかりですが20個ぐらいある感じ。やってみると結構楽しいのでいまのところは挫折したくはないなぁと思います。

って、まぁ、このブログを見ていただいている方には、「突然お前はどこに行くんだ」的内容なんですが、すいません、僕はよく思いもしない明後日の方向に行くので温い目で見てもらえると助かります。(笑)


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人って変わらないんだなぁと思わずにはいられない500年前の掟

〈悪口〉という文化」という本を読んでいて、戦国大名の大内氏が十五〜十六世紀(1495年?)ごろに発布した法令「大内氏掟書」のうち、僧侶や一般の仏教徒に課した禁制があまりに面白かったのでご紹介。

『大内氏掟書』一七四条

「近年、説教や法談の道場で、他の経典を誹謗したり、他宗を罵詈悪口することがあり、誹謗した方もされた方も、憤懣のあまり宗論を行って自分の宗派の玄妙不可思議な道理を主張しようとする。それが高じれば、ついには信者など俗人たちが一揆して喧嘩闘諍に及ぶことがあり、武器を持って騒動するに至る。こうしたことは自由狼藉、言語道断なので、今後は宗論を禁止する。この禁制に背く者は、出家であれば大内領を追放し、それ以外の俗人などは事情に応じて厳しい処罰を行う」

憤懣のあまり宗論(笑)玄妙不可思議な道理を主張(笑)信者が一揆して喧嘩闘諍(笑)
人って500年程度では変わらないんだなぁ。現代では毎日のようにWebで見かけますね(笑)

※説教  :宗教の教義・教典を、信者などに、口頭で説き明かすこと。
※法談  :仏法の要義を説き聞かせること。また、その談話。説法。
※宗論  :宗派の間で、その真偽・優劣を争う論争。
※玄妙  :道理や技芸などが、奥深く微妙なこと。趣が深くすぐれていること。
※不可思議:常識では考えられないこと。考え及ばないこと。異様なこと。



〈悪口〉という文化
〈悪口〉という文化
山本 幸司

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松井冬子さんの特集みたよ

痛みが美に変わる時〜画家・松井冬子の世界〜」を途中まで観ていた。死や痛みを描くために生き物の臓物を客体化してリアルさを追求することで、センセーショナルな作品を生み出し、その美貌も相まって話題なようだ。まぁ、この番組を観るまでほとんど知らなかったので、雑感なのだけど、徹底的に、それこそ機械論的に死から意味を取り去って構造化しようとするというのは、時代性にマッチしていて受けるだろうな、と思った。死や痛みを描くときに現実のリアルさを持って訴えるというのは、我々が敢えてそれらを直視しないからこそ印象的なわけで、そこを追求するというのは芸術と社会との接点として正しい方法の一つだとはおもう。ただ、僕としてはあまり好みではない、というか、生き物のなかみは臓物と骨と・・・みたいな現実は現実として受け止めるけど、それをこれでもか、これでもか!と見せつけられる趣味はないので、スルーしたいな、という。

なんだろ、松井冬子氏の今というのは灰汁を出すという過程なのではないかと感じたのだけどどうかな。草木染めだったり、まぁ料理でもそうだけど、灰汁を出して灰汁を出して灰汁を出し尽くして初めて美しい色が出て、おいしい料理になっていくんだけど、灰汁を何度も何度も出している過程なんじゃないか、と思うんですよね。印象だけど。

透徹した視点で死や痛みの要因となる生物の構造を、現実感たっぷりに描く今の次があるとしたら、そういう現実感からぬきんでた灰汁抜き後の何か美しいものが生まれるんじゃないか、と漠然と思いました。まぁ、そうはならないかもしれないし、それはなんともわからない。

10年後とか20年後ぐらいにどういう作品に変わっているか、期待したいところ。でも今の作品群は極力ご遠慮したい感じ。だって痛いのとか残酷なのとか暗いのとかやだもん。ゆるーいのがいい(笑)

あと、番組の印象として、松井さんはとてもショーアップされ見られることを意識したファッションとメーキャップと振舞いで、松井冬子を演じていたような感じですね。そういう現代アートのスターとしての位置に立とうという自己演出は、芸能界における杉本彩に通じるものがある(笑)



関連サイト
松井冬子
・'Round About - 第14回 松井冬子 VS 佐々木 豊

松井冬子 自画像を語る


松井冬子 一 MATSUI FUYUKO I
松井冬子 一 MATSUI FUYUKO I
松井冬子

美術手帖 2008年 01月号 [雑誌]
美術手帖 2008年 01月号 [雑誌]

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読みたい本「日本人の脳に主語はいらない」「鎌倉仏教展開論」「地名の社会学」「もうひとつの日本への旅」

読みたい新刊四冊紹介。

日本人の脳に主語はいらない (講談社選書メチエ 410)
日本人の脳に主語はいらない (講談社選書メチエ 410)
月本 洋
脳科学が明かす日本語の構造

英語で“I love you.”とは言っても、日本人は決して「私はあなたを愛している」などとは言わない。「雨が降る」を英語で言うと、“It rains.”のように「仮主語」が必要になる。――これはどうしてか?人工知能研究と脳科学の立場から、言語について実験と分析を重ねてきた著者が発見した新事実。それは、日本語の音声がもつ特徴と、主語を必要としない脳の構造とが、非常に密接な関係にあることだった。斬新な視点による分析と、工夫をこらした実験、先行研究への広範な検討を重ねて、主語をめぐる長年の論争に大きな一石を投じる、衝撃の書!

「主語を必要としない日本語と脳の構造の関係」って、どんな関係があるんでしょうか。もし関係があるんだとしたら、英語など主語がある言語圏の人と我々など主語の無い言語圏の人と脳の差はあるのでしょうか。など興味は尽きないテーマです。


鎌倉仏教展開論
鎌倉仏教展開論
末木 文美士
鎌倉時代を、親鸞・道元・日蓮らが代表する新仏教の時代と見るのは、一面的な見方にすぎない。鎌倉仏教観を変えた顕密体制論をさらに超えて、この時代の思想を総合的に捉えようとする斬新、意欲的な論集。日本仏教研究をリードし、時代に対しても果敢な発言を続ける著者の最新の成果。鎌倉中世精神史の新たな見方を提示する。
*著者の代表作の一つ『鎌倉仏教形成論―思想史の立場から』(1998年、法蔵館)のさらなる展開。

末木教授の「日本宗教史」(→Kousyoublog | 日本宗教史)は宗教史を概観するのにとても良い本だったので、新刊も期待大。特に鎌倉仏教は仏教を庶民レベルにまで浸透させ、また、当時の政治・経済にも多大な影響があったわけで、今の日本を考える上でとても重要ですよね。

地名の社会学 (角川選書 424)
今尾 恵介
地名の社会学: 書籍: 今尾恵介 | 角川書店・角川グループ
左沢。なんと読むのでしょうか?なぜこんな地名ができたのでしょうか?身近な地名には、私たちの好奇心をかきたてる様々な疑問やエスプリの効いた想いが込められています。そんな地名の魅力を楽しんでみましょう。

僕も散歩の趣味が高じて地名の由来にはとても興味を持っています。古くからある地名ってとても人間味があったり意味があったり。書店でパラパラと見てみましたが社会学的視点から地名の由来をちゃんと考察しているようなのでとても面白そう。

もうひとつの日本への旅―モノとワザの原点を探る
川田 順造
中央公論新社 もうひとつの日本への旅
ワザを媒介とする人と道具の関わり方への考察を通して、稲作以前の列島文化の深層を、南海からの視点で照射する。遥かな時空を自在に往還する人類学者による創見に満ちた日本文化論

稲作以前の文化、生活ってどうしても推測の域を出ないところに難しさがあると思うので、単純に古くからある道具と人との関係や文化についての興味で読んでみたいですね。

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村上春樹最新インタビューまとめ〜やたら長い長編執筆中、テーマは『恐怖』

af_blog: 物語は世界共通言語---村上春樹インタビュー
経由で、信濃毎日新聞に掲載された村上春樹の最新インタビューを読みました。その記事を元に村上春樹のコメントをまとめてみます。


■走ることについて
「『羊をめぐる冒険』を書き終えて、すぐ走り出したんです。これを書いて、長編小説を書くのは大変なことだなあと思った。運動して、体をしっかりしていないといけないと思ったのが動機ですね」

「三十代と同じ物語を書いていては駄目で、一作ごとに新しい可能性を広げていかないと物語というのは発展していかないんです。そのためには何か広げていく力というのが必要。それが走ることなんです。毎日長い時間座って考え、書くことは大変です。『一に足腰、二に文体』ですよ」

「走ることについて語るときに僕の語ること」ではさらに、「身体を絶え間なく物理的に動かし続けることによって、ある場合には極限まで追い詰めることによって、身のうちに抱えた孤絶感を癒し、相対化していかなくてはならなかった」と、創作過程の苦しみを走ることで昇華させている的内容を書いていました。


走ることについて語るときに僕の語ること
走ることについて語るときに僕の語ること
村上 春樹

■自身の作品、文体について
(作品が世界的に支持を受けていることについて)「理由ははっきりとはわからないですね。でも物語の面白さと文体が割とユニバーサルな浸透力を持っていたからではないかと思います」

「物語は世界の共通言語ですよ。面白い物語は誰でも読む。例えばディケンズの物語が面白ければ、どこの国の人でも読むんですよ。僕の文体は日本語の日本語性みたいなものに、あまり寄りかからない文体です。だから翻訳過程で失われるものが、比較的少ないのではないかと思いますね」

「特に9/11以降、次に何が起きるか分からない、予測の付かない世界を生きている。僕の書く小説は次に何が起きるか分からないという物語なんです。共感を呼んでいるとしれば、そのあたりかもしれません」

(「世界の混沌をそのまますっぽりと呑みこんで、しかもそこにひとつの明確な方向性を示唆するような、巨大な『総合小説』を書いてみたい」と以前語ったことについて)
「僕の考える総合小説はいろんな人のいろんな視線があって、いろんな物語があって、それが総合的な一つの場を作っている小説です。そのためには三人称にならないと書けないですね」

「やがて哀しき外国語」で「日本語で小説を書きながらもう一度日本語を相対化すること、日本人でありながらもう一度日本人性を相対化すること――僕はそれがこれからの大事な作業になってくるのではないかと思っている。」と書いていたのを思い出しました。「物語」を語るために言語の解体を模索しているのが村上春樹という作家なのかもしれません。


やがて哀しき外国語 (講談社文庫)
やがて哀しき外国語 (講談社文庫)
村上 春樹

■物語論
「物語を書いていくことは、自分の魂の中に降りていく作業です。そこは真っ暗な世界。生と死も不確かで混沌としている。言葉もなければ、善悪の基準もない世界」

「でも魂の世界まで降りていくと、そこは同じ世界なんですよ。それゆえに物語がいろいろな文化の差を超えて、理解し合えるのだと思う」

「だからこそ、世界中、これだけ文化が違っているのに、神話というのは、似通っている部分がすごくあるのだと思いますよ」

「人というのは、そんなに上とか下とか、前とか後ろとかで決められるものではないんです。それぞれの人には物語があり、その物語の中で生きている。それが人を救うんです。僕の書きたいのはそういう物語。明るい物語ではないけれど、ある暗さの中で共振するものを見出すことで、救われるような物語です」

集合的無意識について彼ほど強く意識している作家は少ないように思います。「自分の魂の中に降りていく」というのもユング心理学的アプローチ(フォーカシングとか)だなぁ。そして、文化の差を超えた物語の根源的な構造を探すというのは神話学的でもあるように思います。


■故河合隼雄氏について
「僕が『物語』という言葉を使って話すときに、その意味をきちっと理解してくれるのは、河合先生ぐらいだった」

「物語というものは非常に有益なこともあるのですが、一方でものすごく危険なことでもあるのです。このことを河合先生は本当によく分かっていた。単なる研究者ではなく、実際の患者を診てきた人ゆえの、戦場をくぐり抜けてきたみたいなすごさがありました」
河合隼雄→Kousyoublog | 故河合隼雄氏最期の対談(考える人 2008年 冬号)は現代人必読です。
村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫)
村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫)
河合 隼雄,村上 春樹

■「アンダーグラウンド」について
「あの人(オウム真理教の実行犯)たちは、どうしてあっちの方に行ってしまったのか。そのことはちゃんと解明しておかなくてはいけないことです。皆死刑にしておしまいということではいけないことなのです」

(サリン事件の被害者たちについて)
「この人たち一人一人はそれぞれに弱いところもある。でもその六十何人もの普通の人たちの声が、一つのボイスになると、すごい説得力を持っていて、信頼してもいいような力を感じました。自分が変わるような経験でしたね」「だからこそ」「そのボイスが、戦争みたいなことに引きずりこまれないことを真剣に望んでいます」

アンダーグラウンド (講談社文庫)
アンダーグラウンド (講談社文庫)
村上 春樹

■戦争、日本人
(リー・クアンユー元シンガポール首相が、占領時の日本人は残酷だったが、英国人の捕虜となると皆良心的で懸命に働き、街をきれいに清掃していたという事例を紹介し)
「これは日本人の怖さみたいなものを物語っている話だと思うんですよ。良心的で懸命に街をきれいにする日本人が、ある日、突然、残虐行為を働く人間になってしまう可能性も示している。きっとどの国民にもあるのでしょうが、日本人は特にそういう面が強いのじゃないかという気がしてしょうがないのです」

(日本人はこれまで一生懸命働けば、生活が豊かになり、幸せになって行くんだという幻想を持っていたが、打ち砕かれてしまった)
「だから自分とは何かという事実に向き合わなくてはならなくなってしまった。でもそれはすごく不安なことなんです」

日本人が極端から極端に振れる可能性については、山本七平も詳しく書いていたなと思う。臨在感的把握という指向が、そういう特性を強めているかもしれませんね。


■団塊の世代について
「僕らの世代は大学時代に理想主義を掲げ、革命というものを信じていないのに革命闘争をやったような、ちょっと"いいとこ取り"したような面があると思うんです」

「もうこれは終わったのだと思って、今度は企業戦士となり、どんどん経済を発展させてバブルを作り、次にはそれがはじけてチャラにしてしまった。この中核にいるのは団塊世代です。だから誰かが責任をとらなくてはいけないと思うんですよ」

「僕もその団塊世代の一員ですから、小説家として、その落とし前はつけなくてはいけないと思っているんです。日本の戦後の精神史における落とし前ですね」

「小説家としての戦後の精神史の落とし前」とはどのようなものだろうか。団塊世代を清算するような物語を春樹的アプローチで描くのだとしたら、面白そうかもしれない。そして、そういうのは物語、小説であってほしいと思う。


■次回作について
「今、次の長編を書いています。長いんです。やたら長いの!」

「毎日五、六時間も机に向かい、もう一年二カ月ぐらい、ずっと書いている」

(次回作のポイントは)「それは『恐怖』です。手応えはある。僕の重要な作品になるような気がする」

■これから
(来年還暦)「でも枯れたくないですね。『悪霊』を書き、さらに『カラマーゾフの兄弟』を書いたドストエフスキーのように年を取るごとに充実していきたい」

「走ることについて語るときに僕の語ること」を読んだ時に、新作近そうと思いましたが、やはり!期待して待っています。「恐怖」がテーマというと「レキシントンの幽霊」の「七番目の男」を思い出しました。あの短編集全般的に恐怖がテーマだったなぁ。新作読むまでは何があっても死ねないな(笑)


レキシントンの幽霊 (文春文庫)
レキシントンの幽霊 (文春文庫)
村上 春樹

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WEBを見る狂人

貴重な時間を一分一秒たりとも無駄にしないために、来る日も来る日も、ただじっと座って時計の針が動くのを見つめ続ける狂人の話が萩原朔太郎の短編にある。(→萩原朔太郎『「宿命」の「時計を見る狂人」』)


萩原朔太郎 (ちくま日本文学全集)
萩原朔太郎 (ちくま日本文学全集)
萩原 朔太郎

それと同様の状態に僕もよくなりそうになる。ただじっとパソコンの前でRSSリーダーやソーシャルブックマークや2ちゃんねるのスレッドなどの新しい記事、書き込みを眺めている。次の記事を!次の書き込みを!貴重な情報をひとつたりとも無駄にしないように、新しい情報が読み込まれるのをただじっと見つめ続けるのだ。

時計は新しい次の時間へと人を誘うし、WEBは新しい次の情報へと人を誘う。時にそれは抗いがたい魅力を持って人を拘束する。魔力と言っても良い。好むと好まざるとに関わらず、次の新しい何かへと連れて行く。そして、WEBの持つ強力な遠心力は同時に強力な求心力を持って人を拘束する。物理的に正しいかどうかは知らないけれど、少なくともWEBにおいては、遠心力の強さは求心力の強さに比例していると思う。

昔観たトリュフォーの「大人は判ってくれない」という映画の一シーンが鮮烈に焼きついている。家出をした主人公は遊園地で時間を潰す。回転ドラムは遠心力を体験出来るアトラクションで、彼はその高速で回転する回転ドラムの中で遠心力に耐えて壁に張り付いていた。満面の笑みを浮かべて。


あこがれ・大人は判ってくれない〔フランソワ・トリュフォー監督傑作選1〕
あこがれ・大人は判ってくれない〔フランソワ・トリュフォー監督傑作選1〕

最近はパソコンに向かって何か作業をしないといけないときは、ノートパソコン抱えて喫茶店に行くなど、極力ネットに繋がらない状態に自分を置くようにしている。考え事をしたり、何か整理したりしないといけないときも同様だ。つないだ瞬間、僕は遠心力で遠くに飛ばされそうになるから。満面の笑みで。

新しさが現代人を刺激する。それというのも、それがただ新しいからである」(うろ覚えだけどたぶんヴェルナー・ゾンバルト)



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安吾文学碑の一節に込められた坂口安吾の業

北沢川緑道沿いに代沢小学校という公立の小学校がある。作家になる以前の坂口安吾が20歳のころ、ここで一年間代用教員として勤めていた。その縁で、現在、坂口安吾文学碑と坂口安吾がかつて住んだ「蒲田の家」(現大田区東矢口二丁目)の門柱がここに置かれている。

坂口安吾文学碑

文学碑に書かれた一節「人間の尊さは自分を苦しめるところにある」は「風と光と二十の私と」からの引用なのだが、妙な違和感を覚えた。こういう教条的な言い方と坂口安吾がなかなか結びつかなかったからだ。その理由は「風と光と二十の私と」を読んでみるとわかる。「風と光と二十の私と」は後年坂口安吾が代沢小学校教員時代を回顧して書いたエッセイだ。


風と光と二十の私と (講談社文芸文庫)
風と光と二十の私と (講談社文芸文庫)
坂口 安吾
風と光と二十の私と

私は放課後、教員室にいつまでも居残っていることが好きであった。生徒がいなくなり、外の先生も帰ったあと、私一人だけジッと物思いに耽っている。音といえば柱時計の音だけである。あの喧噪(けんそう)な校庭に人影も物音もなくなるというのが妙に静寂をきわだててくれ、変に空虚で、自分というものがどこかへ無くなったような放心を感じる。私はそうして放心していると、柱時計の陰などから、ヤアと云って私が首をだすような幻想を感じた。ふと気がつくと、オイ、どうした、私の横に私が立っていて、私に話しかけたような気がするのである。私はその朦朧(もうろう)たる放心の状態が好きで、その代り、私は時々ふとそこに立っている私に話しかけて、どやされることがあった。オイ、満足しすぎちゃいけないぜ、と私を睨むのだ。
「満足はいけないのか」
「ああ、いけない。苦しまなければならぬ。できるだけ自分を苦しめなければならぬ」
「なんのために?」
「それはただ苦しむこと自身がその解答を示すだろうさ。人間の尊さは自分を苦しめるところにあるのさ。満足は誰でも好むよ。けだものでもね」
 本当だろうかと私は思った。私はともかくたしかに満足には淫していた。私はまったく行雲流水にやや近くなって、怒ることも、喜ぶことも、悲しむことも、すくなくなり、二十のくせに、五十六十の諸先生方よりも、私の方が落付と老成と悟りをもっているようだった。私はなべて所有を欲しなかった。魂の限定されることを欲しなかったからだ。

毎日満足した生活を送りながら、徐々に鎌首をもたげてくる転落への欲求。いつしかもう一人の自分が現われ、悪魔の囁きに悩まされるようになる。そういう、もう一人の安吾が安吾自身を堕落へと誘うためうそぶいた言葉が「人間の尊さは自分を苦しめるところにあるのさ。」だ。この言葉に絡め取られていくように、もう一人の安吾は安吾自身を圧迫していく。

風と光と二十の私と

君、不幸にならなければいけないぜ。うんと不幸に、ね。そして、苦しむのだ。不幸と苦しみが人間の魂のふるさとなのだから、と。

そして彼は、「ふと現れて私に話しかける私の影に次第に圧迫され」、教員生活を辞して作家の道に入っていく。

なぜ、この言葉を途中で切り取って教条的な雰囲気を持たせたのかはよくわからない。ただ、あえて代沢小学校の代用教員時代の安吾の闇の部分を抜粋して刻んでいるという事実がある。そして、この碑を見て坂口安吾に興味を持った者が、抜粋された一節の由来を調べたとき、坂口安吾が葛藤する姿に直面せざるを得なくなるのだ。こういう効果を狙ってこの言葉を選んだのだとしたら、とても坂口安吾に精通した方なのだと思う。PTAなどに真意を知られると眉を顰められるかもしれないが、そのときは坂口安吾に習って同じ作品から『「必ず裏側に悲しい意味があるので、決して表面の事柄だけで判断してはいけないもの」という趣旨ですよ』とかなんとか言っておけばいいですよね(笑)

坂口安吾に思いを馳せることが出来る文学碑でした。

もし、たとえば少年達へのお説教というものを、自分自身の生き方として考えるなら、とても空虚で、つづけられるものではない。〜坂口安吾「風と光と二十の私と」より


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一人称はわたし?あたし?俺?僕?

何故か日本語は一人称がやたらと多いのですが、これだけ種類が多くなるとそれぞれの言葉が持つ雰囲気が違ってくるし、自分自身を指す一人称を何を使うかというのは、その人のアイデンティティの持ち様にも微妙に関わってくるように思います。
こう、女性だと「わたくし」>「わたし」>「あたし」、という順にラフになっていきますよね。男性だと「俺」と「僕」とで大きな落差がありますよね。

ということで、人々の傾向を知りたいなと思い、アバウトミーで尋ねてみました。回答数100件を超えた現状はこんな感じ。



(2008年3月28日午前7:20時点 104回答)
わたくし       1回答
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それぞれの言葉に男女差や地域差はあるのでひとまとめにはしにくいんだけど、今のところ「僕」が意外と少ないなーというのと、「わたし」は性別問わず使われているなというぐらいか。もうちょっと回答が増えてみないとなんともわからないですが、200件超えたぐらいで傾向見えてくるかなーなんて思っています。一人称の歴史なんかも追々調べたいと思っているので、アカウントを持っている方は良ければ答えてみてくださいませ。

一人称二人称と対話
一人称二人称と対話
三輪 正

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日本は1000年以上若者の非行に寛容な社会だった

かつての日本は若者の非行に寛容な社会だったようだ。
村々では若者組と呼ばれる十五歳〜二十五歳ぐらいまでの男子で成り立っている集団が広く存在していた。そして若者宿と呼ばれる若者たちの集会所が村の中に提供され、村の警備活動や神事、婚姻の仲介や段取りなどを行っていたが、時にその若者組が集団で大暴れすることもあったという。

「暮らしの中の文化人類学」(P165〜166)
戦前、自分たちの行動をうるさく言ったり、若者に酒手を充分はずまない家から、夜分こっそり石臼を持ち出して遠くの田の中に捨てたり、天水を溜める水がめを持ち出して、火の見やぐらの上に持ち上げるなどしたという。家の者は困って酒代を払って、青年たちに再び元の所へ持って来てもらわなければならなかった。(中略)

ところが面白いことに、盛んに「非行」をしていた若者達が若者組を退会すると、すっかりそれらの行為をやめてしまうのである。(中略)

つまり、若者組の「非行」や横暴は、やっている者たちにとっては真剣で本気なのだが、客観的に見ると「制度化」された「非行」であり、若い時期に何をやろうと、後あとまでその人の人生に傷を残すことにはならなかったのである。そして、若者宿は、思春期の子どもを、ある時期だけ、枠はあるとは言いながら、家族からそして村落の厳しい規制から切り離す役割をし、一方では一人前のムラの成員として育ってゆくための修養をさせながら、他方では限度ギリギリまで、社会的なルールを無視する行為を若者たちに許す場を提供したことになる。

暮らしの中の文化人類学 平成版
暮らしの中の文化人類学 平成版
波平 恵美子

また網野善彦の異形の王権でも平安時代の子供、若者はかなり自由にある種アンタッチャブルなものとして扱われていたとしている。

「異形の王権」(P55)
童たちは飛礫を打ち、人を凌礫し、互いに闘乱するなど、まさしく「大人たちの統制」から外れ、「誰にも拘束され」ず、「天衣無縫」に動き廻って、検非違使たちを東奔西走させており、(中略)殺生禁断を犯して魚を取ったため数日の間拘禁された童部たちが免ぜられたことも記されている。

異形の王権 (平凡社ライブラリー)
異形の王権 (平凡社ライブラリー)
網野 善彦

若者(童は子供の他、童の格好をした童形も含む)たちは自由に非行、時には大暴れしながら、ほとんど罰せられていなかったようだ。

中世でも同様だったようだし、少なくとも平安時代〜昭和30年代ごろまでは日本社会はどうやら、若者の非行はある程度止むを得ないと考えて、(勿論、その時々の政権は取り締まろうとはしていたようだが)許容するような体制だったと思われる。で、例えば若者の犯罪が増えているとマスコミが強調したりするところの遠因は、そういう若者のそもそもの非行を許容しない体制に移行しつつあるということが背景にあるんじゃないかなと。


「暮らしの中の文化人類学」(P166)
家庭でも学校でも、子供は監視や干渉や保護はされても、かつての若者たちのように適当につき放し、勝手に振舞わせ、しかし、自分たちの立場や役割は絶えず意識させておくというようなことはない。そのような機能を備える集団は、今の都市社会のどこにもないのである。(中略)若者宿は若者たちがそろってうち込めるような「非行」も教えてくれるが、同時に社会の一人前の成員となった時の技術や知識や生きていくうえでの知恵を教えてくれる先輩がいた。

「日本はなぜ諍いの多い国になったのか」(P232〜233)
かつての地域社会や年長者は「限度ギリギリまで、社会的ルールを無視する行為を若者たちに許す場を提供」しました。他方、現代の年長者はそのような時代が存在したことを忘れ、「社会的なルールを無視する」若者の行為を、予定調和を乱す「リスク」「コスト」としかみなさなくなったのです。


日本はなぜ諍いの多い国になったのか - 「マナー神経症」の時代 (中公新書ラクレ (184))
日本はなぜ諍いの多い国になったのか - 「マナー神経症」の時代 (中公新書ラクレ (184))
森 真一

若者の非行は「止むを得ないものとして許容する体制」がおそらく1000年以上続いてきて、現代は「発生してはならないとして許容しない体制」へと移行しつつある、あるいはそうなっているという認識で間違いないのではないかと思います。或いは平安時代のやりたい放題から江戸〜昭和初期にはコントローラブルな制度化に組み込んできた訳で1000年かけて若者の非行を減らそうとしてきたといえるのかもしれません。

そういう社会背景で、いくら発生件数が下がっていようとも、一件たりともおきてはならないというような意識になって、若者の犯罪を喧伝するマスコミだったり、それに同意する人々があるんだろうな、と思う。

若者が暴れたりあるいは犯罪を犯すのは、被害者になりたくないですし、関わりくないので、無いに越したことはないのですが、そもそも発生しないようにすることは可能なのだろうか。ほんの50年程度前まで若者が社会的ルールを無視する行為を許してきた社会を続けていたのに、許さない体制へと転換することは果たして現実的なのか、という視点で考えることは重要だろうと思うが、今のところ僕はよくわからない。どうなのだろう。

社会ルールから或る程度逸脱しても許す社会か、社会ルールからの逸脱を許さない社会か、そして許すとしたらどの程度まで許すか、という論点はあっていいように思うのだけど、そういう話自体タブーなところあるなぁと思う。



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相続税の歴史と継承家族への影響に関するメモ

ほんとはこわい「やさしさ社会」を読んでいて、戦前の人々と現代人の人生の目的の違いについてこうあった。
『ほんとはこわい「やさしさ社会」』(P72)
敗戦までの日本人は、先祖とのつながり、子孫とのつながりを意識して生活しました。先祖から子孫へと流れる「川」の一部になることに人生の意味を見出していました。上の世代から受け継いだイエ・土地・血筋を傷つけないように守り、次世代へ渡していくために、世代のあいだを「川」がちゃんと流れるように生きてこそ、自分の人生には意味がある、と考えていたのです。
あるいは、そう自分に言いきかせながら人生を全うした、と言ったほうがいいかもしれません。

それに対して、戦後は、日本人は敗戦などのインパクトもあって集団のために生きることの弊害を痛感、自分のために生きるようになり、脈々と流れる川のような継承家族はかなり力が弱くなっていく、という家族に関しては社会背景があるという趣旨だったのだけど、そこに相続税や家督相続制度の廃止など法が関わる部分って大きかっただろうな、と思って相続税の歴史についてのメモ。
112003 : 相続税法 10(相続税の歴史1)
明治37年になって、やっと日露戦争の戦費調達財源として創設されたものと言われています。(ただし38年と書いている本もあります。)
相続税に関しては、富の偏在を防ぐとか、いろいろな名目がついていますし、平等欲求の強い国民の受けが良いので普及していますが、戦費調達が目的だったのであって、そうした平等思想は、付け足しでした。
相続税 - Wikipedia
相続税がなぜ課されるかについては、次の2つの考え方があるとされる。

1. 遺産税:人は死ぬときに、生前に築いた財産を社会に還元すべきであるとの考え方。
2. 遺産取得税:相続という偶然の事象による財産の取得を抑制すべきであるとの考え方。

上記いずれの場合においても「富の再分配」という基本思想が存在する。


新しいだろうと思っていたけど、20世紀以降(1904年or1905年)なのは意外。
家督相続制度の廃止とあわせて、従来のイエという共同体の力を弱めて、法的&金銭的側面から個人の分離独立を促す効果があったんだろうな。ただ、現行法は或る程度の資産家が相続税を課されるだけだし、契機に過ぎないとも言えるけど、イエを代々繋いでいくというモチベーションに影響したことは確かかな。

とりあえず当然ながらこれらの法律以外の社会的な要因(都市化、教育、会社員化など)が大きいのだろうけど、相続税は20世紀に入って日露戦争の戦費調達目的で制定され、戦後は富の再分配という思想下で改正。一部のそこそこの資産を持っていたであろう継承家族が家父長制を続けるモチベーションに影響したんじゃないか?というメモ。

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波平 恵美子
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知識の蓄積の過程での発見が創造性ではないか

Ringo's Weblog: 知識の量が質に変化する瞬間
ほとんどの人が A→B→C D→E→F という知識を持っているようなときに、
X→A と X→D という関係性についての知識を持っている人がいる。
その人はAとDの共通の根っこを簡単に見つけ出すことができる。
あるいは、F→G→H という知識を持っていたら、
簡単にD→・・・→H を想像できてしまう。
ひとはこういったことを見ると「創造的である」と言うのだ。
知識の量がある水準を超えると、急激に創造的になったように見えるのだ。

良い洞察だと思うので、僕が思うところもいくつか書いてみます。

A→B→Cという知識の蓄積とa→b→cという知識の蓄積があったとして、そのまま行くとA→B→C→D、a→b→c→dなんだけど、そこでそれぞれDとdに行かずに、その二つの蓄積
(A→B→C)+(a→b→c)=X
って発見をするのも創造性だと思う。あるいはまったく別の知識の流れである(い→ろ→は)が実はAとaという流れに分離していくのを発見するなども創造性。必ずしも創造性は単線的な知識の蓄積の上にあるんじゃなくて、いくつもの知識の蓄積がつながって化学反応を起こすポイントを発見することにあるのではないだろうか。もしかしたらA→B→C→D→E〜Xとa→b→c→d→e〜Xが見えているのかもしれないが、創造性に繋がる知識の蓄積は単線的ではないと僕は思う。

よく0から1を生み出すという論があるけれど、すでに"ある"が形が無いものに、形を与えることなんじゃないか。最近の研究では夢は記憶の再整理と言われている。様々な記憶と経験の小さな断片が新たなイメージを作り出す。そこで言われる0はいわゆる数字的な0ではなく0のように見えるけど0.000000000001の沢山の集合体で1になっていないだけかもしれない。


青空文庫「夢十夜」夏目漱石
「よくああ無造作(むぞうさ)に鑿を使って、思うような眉(まみえ)や鼻ができるものだな」と自分はあんまり感心したから独言(ひとりごと)のように言った。するとさっきの若い男が、
「なに、あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が木の中に埋(うま)っているのを、鑿(のみ)と槌(つち)の力で掘り出すまでだ。まるで土の中から石を掘り出すようなものだからけっして間違うはずはない」と云った。


文鳥・夢十夜
文鳥・夢十夜
夏目 漱石
Ringo's Weblog: 知識の量が質に変化する瞬間
単純な無知は創造につながらないのだ。

現時点では、私は無知による創造性を信じない。

引用元の記事の趣旨と少しずれるかもしれないけれど、無知という状態はあくまで絶対的に量ることが出来るものではなくて、相対的なものだと思う。例えば古代の人々の神話や壁画、土器、建築などは創造性に溢れている。その時代時代、コミュニティや社会ごとの知があって無知かどうかが相対的に、他者によって決まっている。知と情報が溢れていけば行くほど世界を知るための知が増えていくので相対的に無知な者が増えていき、無知な者しかいなくなる。

知と情報の量が指数関数的に増えていく時代だとブレークスルーするポイントがどんどん上がっていき、大きな創造は生まれにくくなる。代わりに小さな小さな小さな創造は至る所で生まれていきやすくなるだろう。それは無知な者たちによって生み出されている。

知識を蓄積することと創造性は大きな繋がりがある。しかし、どれほど知識を蓄積して創造的であっても我々は無知であり続ける。無知という状態は知識を蓄積する過程の一側面を切り取って相対的に言っているに過ぎないからだ。また、知識の蓄積は単線的でなく、複線的であるため比較できないとも思う。

だから、僕は「単純な無知」という状態を信じない。どれほど無知に見えようとも人は常に知識の蓄積の過程にある。必ずしも創造性に繋がるかはわからないが。


神と自然の科学史 (講談社選書メチエ (345))
どんなに感覚経験を集め整理することに精出したとしても、それらの感覚経験がことばによって説明されなければ、科学をそこから導き出すことはできない。大胆な着想、あたかもすでにそれを知っているかのような決して正当な理由付けのできない振る舞い、および確実な知識に基かない思弁、これらこそが自然を解明する唯一の思索の手段なのである。
カール・ポパー


知識の蓄積の過程で化学反応を起こすポイントの発見。それが創造性ではないか。


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思考・心理 | trackbacks(1) | ブログランキング・にほんブログ村へ ブックマークに追加する あとで読むこのエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーを含むはてなブックマーク

インターネットは人格を情報単位に分割するか?

歴史上、特に近代以降は鉄道、自動車、飛行機など流通網の画期的な革新によって、多様な価値観が一堂に会する環境=都市を作ることで、一定の道徳下にある共同体の中の自己から、個人を独立させた。そして21世紀、知の高速道路などと言われているインターネット網によって、知と情報の移動が画期的に高速化していくことで、今度は個人の解体がはじまるんじゃないだろうか。

共同体の中の自己→個人の人格を重視することこそ規範→有意義な知と情報こそ神聖

というような規範・道徳意識の変化の流れ、個という一人の生命体を基準にした人格を重視するというところから、今度は人格の中の有意義な部分とそうでない部分の選別が行われて、個の分裂をもたらすという流れがあるように感じているのだけど、どうかな。

「一人の確固とした人格を持っている」(もたねばならない)から「有意義な力や知識がある」(もたねばならない)への規範意識の変化。「その人が持つ人格」から「その人が持つ情報」へと敬意の対象の変化が起こっているように思う。

本質的には何も変わらないのだろうけど「自分探し」は徐々に「能力開発」へとシフトして行く(行っている?)ような気がするなぁ。
コミュニケーションの場においては「キャラ化」が徹底されていくのかな。その場に応じたレッテルを貼られることの甘受、あるいは自主的にキャラが被らないような振る舞いをすることの徹底。

うつ病とはイメージに圧殺される病と赤坂真理は「モテたい理由」で書いていたけど、19世紀のノイローゼ同様、実は構造的に生まれている現代病なのかもしれない。「本当の私」も「キャラ化された私」もどちらも関係性の中で現われた多面的な自己の一つでしかない。というように、ちょっとだけ相対化しないと、現代社会を生きていくのは苦しいんじゃないかと思う。

この徹底的に事象を細分化していく流れっていつまで続くのかなぁ。事象の細分化は自然科学を生んだけど、細分化していく一方で、そろそろ人間の方が耐えられなくなっているような。

ということをつらつらと考えていたのだけど、認識としておかしいかもしれない。もうちょっと考えてみようと思う。



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ほんとはこわい「やさしさ社会」 (ちくまプリマー新書 74)
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森 真一

自分探しが止まらない (ソフトバンク新書 64)
自分探しが止まらない (ソフトバンク新書 64)
速水 健朗
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読みたい本「日本の美意識」「小説の設計図(メカニクス)」「ネットメディアと〈コミュニティ〉形成」

読みたい本、「日本の美意識」は書店で見かけてパラパラと読んでみた感じだと、それなりにちゃんと調べて書いている感じだった。他の二冊はネットで見かけて興味を持ったのだけどどうだろうか。

日本の美意識 (光文社新書 342)
日本の美意識 (光文社新書 342)
宮元 健次
人間は「生」を得た瞬間から「死」という「滅び」に向かって生きている。そうであるからこそ「生」を尊ぶという考え方が日本の美をつくってきた。
日本の美意識の基層をなし、自然に美を見いだした「優美」。演技を七分にとどめ、完全に演じきらないことを説いた世阿弥の「幽玄」。慢心する秀吉を戒め、侘びることを説いた利休の「侘び」。旅の途中で寂びつくして命つきることを願った芭蕉の「さび」。西欧文化の影響が背景にある「きれい」。そして、二一世紀に世界を席巻する「かわいい」とは----。
日本の美の潮流を俯瞰し、心のふるさとに耳をすます。


小説の設計図(メカニクス)
小説の設計図(メカニクス)
前田 塁

川上弘美の「センセイの鞄」にひとはなぜ「感動」するのか? 多和田葉子の小説の「あなた」とは、「わたし」とは誰か? 小説のテクストがどんな手管をもって、どんな語り難さと共に書きつけられているかを読み解く。


ネットメディアと〈コミュニティ〉形成
インターネット、SNS、地域、雇用、文化、メンタル…。さまざまなメディアの埋め込まれた現代社会=複合メディア社会を「コミュニティ」という観点により、さまざまに切り取って論じる。
ネットメディアと〈コミュニティ〉形成ネットメディアと〈コミュニティ〉形成より引用


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シンクロする猫その2




これはまたたびとかエサとか猫じゃらしとかそういう何か猫さんたちが興味を持っているものを目の前で動かしているのかしら?非常に息がぴったりな動きをする動画です。かわいい。

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猫ぱんち―二匹の猫との暮らし
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小泉 さよ


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「アドルフに告ぐ」手塚 治虫 著

アドルフ・ヒトラーに実はユダヤ系の血が入っていたことを示す極秘文書を巡って時代に翻弄される人々を描いた手塚治虫の大河ミステリー。1936年、ベルリンオリンピックを取材中の新聞記者峠草平は弟勲の怪死以降、勲が持っていたとされる謎の文書を巡る争奪戦に巻き込まれることになる。一方、日本の神戸ではドイツ大使館員の幹部と日本人女性の間に生まれたアドルフ・カウフマン少年とユダヤ系移民の子アドルフ・カミル少年が外国人同士ということもあり友情を育んでいた。しかし二人の友情は時代の中で埋める事の出来ない亀裂へと発展していく。さらに彼らを取り巻く様々な人々が時代の奔流に巻き込まれて行く姿を描いた手塚治虫の群像劇だ。

実に壮大なスケールと緻密なプロットでぐいぐいと魅せてくれるのだけど、冒頭のナレーションとあとがきにもあるように、手塚治虫本人の意図は峠草平を語り手としたアドルフ・ヒトラー、アドルフ・カウフマン、アドルフ・カミル三人の物語として描こうとしているようなのだ。しかし、決して峠草平の視点で描かれることは無くて、峠草平と二人のアドルフ少年、アドルフ少年たちそれぞれの家族、アドルフ・ヒットラーそれぞれの視点と、さらにゾルゲ事件、憲兵隊大佐の本多家、などなどが次々と描かれ、三人の男のドラマというよりは、もっと俯瞰的な神の視点で物語となっているように思う。

おそらく手塚治虫本人は時代そのものを描こうとしていたのではないだろうか。作品が映画的手法をふんだんに取り入れ、往年のスパイ映画のように丁々発止で進めていっているところからもわかるように、映画的プロットで峠草平メインで主にアドルフ少年二人の人生を描こうとしているのだけど、手塚治虫が根源的に持っているように見える「神の視点」がそれを許さなくて、手塚本人が好むと好まざるとにかかわらず時代そのものを描くという方向にシフトしていったのだろうと思った。故に、読むものも手塚同様に神の視点であることが求められる。

一度読んだとき様々な人が入り乱れる散漫さが気になった。二度目に読むと敢えて登場人物たちと同列に感情移入することを許さない透徹した視点で見ることで、重厚さと手塚治虫の時代感のようなものが垣間見えた。

しかし、神の視点が求められるが故に、登場人物と同じ立場に立てないために、感情に響きにくいのではないだろうか。敢えて手塚治虫と同じ神の視点から一段降りて登場人物の誰かの視点に立ち、それ以外は読み飛ばすぐらいの勢いで読むのが良いかもしれない。様々な登場人物の立場に立って何度も読み返す、という行為の繰り返しの果てに、再び手塚の視点に昇ったときにやっとこの物語は読んだ人にとって光を放つ。なんだか修行じみてるかもしれないな(笑)

手塚治虫にとってはこの時代はアドルフ三人だけの物語にすることは出来なかったのだろう(休載は返す返すも惜しい)が、手塚治虫ほどの高みで時代を見つめることが出来るぐらい達観している人は、ほとんどいない。手塚治虫の視点が高すぎるために(逆に火の鳥はその高みが作品を傑作にしている要因になっていると思うのだけど)、傑作になれなかった名作漫画だと感じた。

アドルフに告ぐ (1) (手塚治虫漫画全集 (372))アドルフに告ぐ (2) (手塚治虫漫画全集 (373))アドルフに告ぐ (3) (手塚治虫漫画全集 (374))アドルフに告ぐ (4)アドルフに告ぐ (5) (手塚治虫漫画全集 (376))

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パクリじゃなくリスペクトしてるからインスパイアされてオマージュを捧げる人たち

先日、単語をど忘れして、「あー、あれなんだっけ」と思ったことがありました。用法も曖昧で「パクリというわけじゃなくて、なにかを元ネタにして真似ではなくて色々膨らませる感じの・・・」というような、曖昧な状態です。意味を上手く言葉に出来ず調べ難い状態になってしまいました。

そこで、ふと以前見たGarbagenews.comさんの記事「うろ覚えで正しい熟語が分からない……まず「全部●●●●で検索」しよう」を思い出して、駄目元で「パクリじゃなく」で検索してみました。すると
パクリじゃなく

出てくるもんですね。僕が想定していたのは「オマージュ」だったので、とりあえず一安心だったのですが、ここで疑問が。
こういう「パクリじゃなくて、ちゃんと、正当に真似してるんだ」的な意味合いの単語ってかなり色々ありますよね。何がどう違うのでしょうか。

とりあえずオマージュのみwikipediaに記載がありました。

オマージュ
オマージュ - Wikipedia
オマージュ(仏:hommage)は、リスペクト(尊敬)や敬意のこと。騎士の臣従礼。芸術や文学においては、尊敬する作家や作品に影響を受けて、似たような作品を創作する事。また作品のモチーフを過去作品に求めることも指す。昨今は斬新なアイディアの欠如などから、「オマージュ」と称して過去の作品に頼る場合があったり、デジタル技術により複製精度の向上でオリジナルと変わらない複製も作れるようになった。こうした背景から、しばしば著作権やモラルの問題に上がる(盗作に繋がり易い)。


インスパイア
in・spire - goo 辞書
━━ vt. 霊感を与える; (思想・感情を)吹込む ((in, into)); 喚起する ((with)); 感激させる; 鼓舞する ((to)); 示唆する; (激励[感化]して)…させる ((to do)).
in・spired ━━ a. 霊感を受けた; すばらしい; その筋の意向を受けた, 偏向的な.
in・spir・ing ━━ a. 鼓舞する, 感銘させる; 霊感を与える.

オマージュとインスパイアはかなり近い使われ方をしているように思いますが、オマージュは捧げるもの、インスパイアは受けるもの、という使われ方ではないでしょうか。
つまりオマージュはAさんが創作した作品が、B氏の作った作品に結果として影響を受けているので、A氏がB氏にオマージュを捧げる。それに対して、創作の段階からA氏がB氏の作品を意識して、あるいはヒントを得て創作する場合にA氏はB氏からインスパイアを受ける、という使い方をしているように思います。

リスペクト
re・spect - goo 辞書
━━ n. 尊敬 ((for, to)); (pl.) 敬意の表示, あいさつ, 伝言; 注意, 関心, 顧慮 ((for, to)); 関係, 点.
give [send] one's respects to …によろしくと言ってやる.
have respect 尊敬する ((for)); 関係がある, 顧慮する ((to)).
in no respect どう見ても…ない.
in respect of [to] 【商業】…に関して.
in respect that …という事を考えると.
in this respect この点で.
respect of persons えこひいき.
pay one's respects to …に敬意を表する, …を訪問する.
without respect to [of] …に構わずに.
with respect to 【商業】…に関して.
━━ vt. 尊敬[重]する; 顧慮を払う; 関(係)する.
as respects …に関して(は), …について(言えば).
respect persons えこひいきする.
respect oneself 自重する.

というのは辞書的な意味ですが、実際は「リスペクト」される対象に敬意を持っていて、その対象になりたい、同一化したいという一心から仕草や格好あるいはその対象が生み出した作品の真似をする時にリスペクトする、と使っていることが多いように思います。

とは言え、かなり混同した使われ方をしていて、その言葉の使い分けの境界も曖昧だと思います。他にも類似語としてトリビュート、パロディなどがありますね。

これらは全て、オマージュを捧げる(現在)のか、インスパイアされた(過去)のか、リスペクトしている(現在進行)のかに関わらず、主張する必要があるところに「真似は罪である」という社会的規範があるのではないかと思います。それは個を尊重する近代社会だからこそ強くなっている意識なのかもしれないですね。

また、どれも外来語を使っているのは何故でしょうか。日本には真似は良くないという規範が無かったから当てはまる日本語が無くて使っているのか、あるいは曖昧な状態にしたい表現だから日本語を使っていないのか、それ以外の理由があるのか・・・これについては追々考えて行きたいと思います。言い換える日本語思いつかないのですが、あるかな。

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絶妙なバランス感覚で二足立ちする子猫動画

ニャンコが二足歩行する超カワイイ映像 CheeZ チーズ


かなり長時間に渡って二足で立つスコティッシュフォールドな子猫の動画です。かなり良いバランス感覚を持っていますが、猫じゃらしの魅力には勝てず最後は寝転がって猫じゃらしと戯れています。
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「ほんとはこわい「やさしさ社会」 (ちくまプリマー新書 74)」森 真一 著

現代社会は「やさしさ」が社会における人間関係のルールとなっている。そしてそのやさしさは「きびしいやさしさ」と言えるような、結果的にやさしさとは逆の減少を産み出している。何故きびしいやさしさの社会になったのか社会学的視点から考察した一冊。

「やさしさ」という言葉は平安時代以降、様々な使われ方をしてきた言葉である。(→「Kousyoublog | 「日本人は「やさしい」のか―日本精神史入門」竹内 整一 著」)そして現代は傷つけることに関係した意味で使われることが圧倒的に多くなっている。
現代のやさしさとは"ひとを傷つけないように気を遣う態度やふるまい"という用法で、特に「相手に傷をつけないようにすることこそ、やさしさだ」とみなす「予防的やさしさ」を重視する社会になってきていると著者は言う。

予防的やさしさのルール下では傷をつけたら一生消えないかのように考え、あらかじめ相手に傷つけないように振舞う。しかし、何をすれば相手が傷つくのかを予測するのは不可能である。にもかかわらず、その不可能を要求され、傷つけない振舞いをすることが暗黙のルールとして現代社会に浸透しているのではないか、という仮説が提示される。これがとても実感として納得できる。僕自身、相手に嫌な思いをさせないように、傷つけないようにということを重視する傾向があって、にもかかわらず相手の気持ちが読めないため相手に対して何もしないことが多々ある。相手が喜びそうなことでも、良かれと思うことでも、本当に傷つけないか不安で何もしない。という心理を強く感じている自分自身の事として読むことができた。

このきびしいやさしさ社会成立の過程がとても興味深い。

前近代社会は宗教という共通の道徳を信じる人々によって成り立っていたが、
・流通量の増大によって人々が集まり都市化が進む
・生産力の向上のため分業が進み、様々な専門職者が増える
という主な二点を特徴とする社会変動によって、多様な宗教、道徳、文化を持つ人々がぶつかるようになる。
そこで多様な宗教観、道徳観を持つ人々に共通の概念を持たせるために「人格崇拝」が生み出された。

それぞれのひとが信じる宗教や道徳は違うかもしれない。けれども、それぞれのひとには「神聖不可侵な人格」がそなわっているという点で共通している。この共通点をあらたな「道徳」の基盤として、近代社会は登場した。神に代わって人格を神聖なものとして崇拝することで、近代社会はなりたっている、というわけです。

その「人格崇拝」という道徳は「相互行為儀礼」を通して維持されている。
相互行為儀礼とは
・相手の人格を守る「敬意」
・相手を認めていることを積極的に「提示」
・相手の人格やプライドを傷つけそうなことは「回避」
することで「私はあなたの人格を神聖なものと認めている」というメッセージを送る。

また、自分の人格を守るための「品行」という行為と、もし失敗したときは「修復」行動が行われる。

というのが「人格崇拝」とその維持装置としての「相互行為儀礼」だが、確かに現代はこれらが全て極端化しているように思えます。

日本は明治維新以降近代化を進めていった訳ですが、やはり同様に人格が重視されていく過程を通しているように思えます。ただ決定的に違うのは、それぞれのひとが個々の宗教や道徳を持っている上での人格崇拝ではなく、それらを完全に切り離した上での人格崇拝が日本の特徴であるように思えますね。

日本においては旧来の道徳観は祖霊信仰と村社会の上に乗った家制度を脈々と川の流れのように親から子へと流していくことが人々の目的だったのですが、それらを一斉に否定し共同体を解体しました。(このあたり「Kousyoublog | 「日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか」内山節著」に詳しい。内山節は1965年ごろがターニングポイントだという)

旧来の宗教、道徳、共同体から個人を分離独立させ、人格崇拝を強化した形だったように思います。それゆえに人生が自己目的化して、「人生は一度きり」「だから楽しまなければ」という楽しさ至上主義という考え方を背景に、限りある人生の中で楽しくない体験や傷つくことは多大な損失であるように考えるようになるし、また、楽しい人生のためには自分の能力を磨き続けなければならないという、能力開発への情熱を強く持つようになる。
そして、皆が傷つかないためには誰もが上下の関係にあるべきではないという「対等性の原則」に沿って行動することが求められる。誰もが平等で、"人間関係、とくに仲間うちの人間関係は、対等であるべき"と考え、例えば悩みを相談しない→"相談して友人関係に重い空気が流れたり、上下関係ができると、楽しくなくなるし、一段下の立場になったひとは傷ついてしまう。だからこそ友人には相談しない"、また、価値観や意見を述べることも、押しつけ、上から目線として嫌悪されることが多くなる。

このような対等性の原則は縦の差異を嫌うが横の差異は認める。そこで編み出されてきたのがその人間関係において特定の役割を担う「キャラ」で、仲間内など人間関係内では縦の差異が生じないようにそれぞれが役割を演じるようになっている。「キャラがかぶる」とその関係において上下・優劣が生じるのでキャラがかぶらないような振舞いが求められている。(僕も気をつけているし、違和感を感じている→「Kousyoublog | かれは○○な人なんですよー」)

このような、先鋭化した人間関係と人生の自己目的化による過剰な人格崇拝はますます強くなっていくんだろうと読みながら思いました。

・人生は楽しいことばかりではない
・傷つけたら治療すれば良い

と日本人が気楽に考えればきびしいやさしさ社会は多少緩やかになるのに、と著者は言うが、確かにその通りなのだけど、それはやはり構造的な問題があるわけですよね。よりどころ、頼るべきものが個人の人格しかないという。とは言え過去の家制度や宗教共同体をよりどころにすることももう出来ないので(関連→「Kousyoublog | 「自分探しが止まらない」速水 健朗 著」)、新たなよりどころが生まれない限り、人間関係は先鋭化し続けるのだろうと思いました。

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映画「西の魔女が死んだ」完成披露試写会が開催

梨木香歩の代表作「西の魔女が死んだ」の映画化の話がありましたがついに完成し、完成披露試写会が先日行われたそうです。試写会が行われるの知らなかったなぁ。もし知っていたら申し込んでいたのだけど、残念です。

試写会と舞台挨拶の模様は以下の記事で大体伝わってきますね。
51歳サチ・パーカーの胸元に、高橋克美が「ビューティフル!!」連発 - 映画の情報を毎日更新 | シネマトゥデイ
映画/キム兄&高橋克実のオヤジコンビも泣いた『西の魔女が死んだ』完成披露試写会 - cinemacafe.net

オフィシャルサイトで予告を見る限りは、全体的にキャスティングが原作より若め(おばあちゃん=サチ・パーカー:
51歳、お母さん=りょう:35歳、お父さん=大森南朋:36歳)な印象だけど、作品のもっている雰囲気は上手く映像化できているように見えますね。

あらすじは原作と大きく変わらないだろうからざっと書くと、
主人公のまいは中学校入学後すぐに不登校になり、英国人の祖母の元でしばらく暮らすことになる。自然に囲まれた環境の中で、生きる意味とか死生観を祖母から学び、一歩踏み出していく。物語はその二年後、祖母が倒れたという知らせを受けるところから始まる。というストーリー。
西の魔女が死んだ (新潮文庫)
西の魔女が死んだ (新潮文庫)
梨木 香歩

英国で児童文学を学び、日本では河合隼雄と交流があった著者らしい、「死が希薄化した現代で、死を生の中にどのように組み込んだ物語を持って生きていくか」、という視点で描かれた小説で、とても繊細な原作だったと思う。ぬるさもあるのだけど、それは児童向けというところもあり。主題としては今必要なテーマだと思う。梨木香歩の作品の中では確かに映画化しやすい作品かな。続編の「渡りの一日」も上手く組み合わせてくれるといいのかなとも思うけど、それだと少し主題からブレるかもしれない。
小説のテーマを表面だけなぞるような脚本にしてしまうと、ちょっと陳腐になるかもしれないという危惧はある。

まぁ、そういう期待と不安が入り混じった思いで公開を楽しみにしています。

6月、恵比寿ガーデンシネマ、シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館ほかにて全国公開予定

映画『西の魔女が死んだ』オフィシャルサイト

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極楽と天国とパラダイス

ある程度の年齢を超えてくると、好むと好まざるとにかかわらず、風呂に入ったり、布団の中に潜り込んだりしたときに、「あ〜〜極楽極楽」と言うような気がする。少なくとも僕と家人についてはそうで、近年特に極楽極楽と無自覚に連発していることが多くなってきた。

もともとは極楽と言うと仏教の浄土信仰に基づいた阿弥陀仏の仏土のことだったと記憶しているのだけど、最早そんな仏教的意味合いは無くなり、単純に心地良い気持ちになった時に発する言葉になっているように思う。

で、昨日も布団の中に入るときに極楽極楽などと言いながら、ふと同じ理想郷を指す用語でも極楽と天国とパラダイスって微妙に意味合いが違うなぁと思った。

あくまで僕の中のイメージですが

・極楽=心地よい気落ちに直接的になった状態。脱力感やリラックスを伴う。
・天国=心地よい気持ちになれる、あるいはなれそうな場所。
・パラダイス=リゾート地や歓楽街など俗っぽいイメージ。手軽に「ちょっと楽しい」という体験

みたいな違いがあるなぁと思う。
それぞれの単語に持っているイメージは、微妙だけど結構大きな差を感じていて案外使い分けているような気がする。まぁ、パラダイスなんて言い方は殆どしないけども(笑)

時代と共に単語が持つイメージって大きく変わっていくし、輸入されたものであれば特にもとの意味とはまったく違うイメージが与えられているなぁ。

とはいえ、漠然と僕がいだいているだけのイメージでしかないので、一般的な使われ方とは少しずれているようにも思う。

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「日本人は「やさしい」のか―日本精神史入門」竹内 整一 著

現代日本人の重要な言葉の一つである「やさしい」について、その成立と変遷を現代まで追った一冊。
97年当時の本なので、若者達を支配する終末思想的な感覚を踏まえた分析になってはいるが、それほど大きくぶれてはいないと思う。
第一章では「やさしさ」の現状を95年当時までのヒット曲の歌詞から全体像を追い、尾崎豊、太宰治の作品へと細かく分析する。その後第二章で「やさしさ」の歴史について、第三章で「やさしさ」の倫理観について分析しているが、特に第二章で解説される「やさし」と言う言葉の成立と変遷の過程が面白かった。

まず、現状使われている「やさしさ」は傷つく/傷つけることと密接に関わっていると著者は言う。それは以下の五つのパターンだ。
1)傷つく/傷つけることを避ける「やさしさ」
2)傷つく/傷つけることを引き受ける「やさしさ」
3)傷つく/傷つけることを招く「やさしさ」
4)傷つく/傷つけることを癒す「やさしさ」
5)傷つく/傷つけることを曇らす「やさしさ」

そしてこれらは全て他者と自己の距離感の認識としてあり、他者への距離のとり方の難しさや傷つきやすさへの対処の難しさが内包されていると著者は言う。このあたり概ね同意なのだけど、この本の調査から十年、1)が圧倒的になってそれ以外が占める割合が随分小さくなっているように思う。がこのあたりは別途「ほんとはこわい「やさしさ社会」」の感想でまとめたいので深く入らない。

さて、第二章の「やさし」の歴史がとても面白いのでざっくりとまとめてみたい。

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Mixiで六次の隔たりが実証されたかもしれないという記事

mixi Engineers’ Blog » mixiのスモールワールド性の検証
mixi上のマイミクシィネットワークを使用して、スモールワールド性について調査しました。その結果ユーザ間の平均距離は5.4、平均クラスタ係数は0.2となり、スモールワールド性が成り立ちそうであることが分かりました。


かなり興味深い検証ですね。

昔ベーコンナンバーの話を知ったときにそれを検証できるサイト(UVA Computer Science: The Oracle of Bacon at Virginia)で色々手当たり次第に色々な俳優名を入れて遊んでいたのですが、どんなにマニアックな俳優でも(例えばイランとか中国とかの俳優でも)結構繋がるんですよね。
で、そのキーになっている人は大スターなどではなく脇役としてありとあらゆる映画に出ているお年寄りと言って良いようなベテラン俳優でした。(それこそ、オードリー・ヘップバーンからブラピなどとまで一緒に共演しているような)
多分、ハブとして通常よりも圧倒的な数と繋がっている人というのが世界には一定数いるんだろうなぁと思ったんですが、このMixiの場合はどうなんでしょうね。
MixiではマイミクはMaxで1000人でしたっけ。その1000人のマイミクを持っている人の繋がり方を検証すると面白い結果が出るかも。

早速Wikipediaが更新されてた。仕事速い。
六次の隔たり - Wikipedia
六次の隔たり(ろくじのへだたり、Six Degrees of Separations)とは、人は自分の知り合いを6人以上介すと世界中の人々と間接的な知り合いになれる、という仮説である。スモール・ワールド現象ともいう。SNSに代表される幾つかのネットワークサービスはこの仮説が下地になっている。


こういうのって母集団がどれぐらいの数になると成立するんだろう。
スモールワールドやスケールフリーと言ったネットワーク科学はまだよく知らないので、これから色々本を読んでいきたいと思います。

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個人的にもう一度観直したい15本の名作映画

最近すっかり映画を観なくなってしまったのだけど、それは新しい映画を観ようという情熱の減退が要因かなぁと思います。

昔はとにかく自分の感性を信じて、次々と映画を手当たり次第に観ていました。傑作と出会ったときの感動もありましたが、多少の駄作であっても良いところを見つけようとしていたし、余程のことで無い限り、駄作は駄作なりに愛でていたように思います。しかし、1000本ぐらい観てきたら、最近はそういう映画との新たな出会いにあまりドキドキしなくなっているんですよね。

それよりも志向として、
「昔観た心に残っているあの映画は今観たらどう思うだろう。」
ということへの興味の方が強くなってきているように思います。
「昔観て心動かされたときの自分と今の自分はどう変わっているだろうか、あるいは変わらず残っているものがあるだろうか」
という過去から現在の自分への変化に対する興味が強くなっているかな。と思います。

そこで、今まで観た映画でもう一度観たい映画って何があるだろうと考えて私がこれまで観た映画のうち、もう一度観直したい映画を洋画13本、邦画2本の計15本を選びました。

その15本を紹介します。
以下続きを読むからどうぞ
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会話が食い違う夢

夢の中で私は父と、C.W.二コルっぽい中年白人男性と、キム・ヨナ似の若い女性の四人で同居しているようだった。父と白人男性はどこかに出掛けるらしく身づくろいをしている。
そこに「早く準備しないと遅れるよ」と父に言われ、ああ、一緒に出掛けるのかと思う。
父と白人男性はほぼ用意を済ませており、女性もテキパキと準備を終わらせつつある。
一方私は朝起きたままの状態でシャワーを浴びないことには始まらない。
シャワーを浴びていると、父が「シャワーを浴びているんじゃ時間掛かりそうだな」と言って来る。
「すぐには準備出来ない。何時までに準備すればいい?」と尋ねると
「とにかくすぐに」
「急いでいるのなら、僕は一緒に行けない。準備を終わらせないといけない時間を教えて欲しい」
「準備は義務じゃない。行きたいかどうかだ」
「いや、だから何時までに出掛ければ間に合うの?」
「行きたくないのか?」
何か会話が食い違っていくことへの焦燥感と、理解されない悲しみに襲われる。


そこで目が覚めた。
中途半端にリアルなのがやだなぁ。コミュニケーションのミスマッチな夢って普通の悪夢より朝起きたときの印象と嫌な感覚が強いので困る。まぁ、普段から気にかけているところだから夢に見たのだろう。それぞれの登場人物に対して自分自身が持っているイメージが上手く整理出来ないな。ニコルさんは包容力や自由さなどおおらかさを、キム・ヨナは才能・努力、女性的美しさみたいなのは感じるかな。あくまでイメージだけど。父は溝というか断絶のようなものがあるなぁ。なるほど。少し整理された。

ヒトはなぜ、夢を見るのか (文春新書)
ヒトはなぜ、夢を見るのか (文春新書)
北浜 邦夫

イメージの心理学
河合 隼雄


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ママス&パパス「夢のカリフォルニア」"California dreamin'"

The mamas and the papas - California dreamin


60年代フォークの最高傑作のひとつだと思う。(昔堂本剛&柴咲コウ主演で同名のドラマがあったな)こういう雰囲気って、80年代前半ぐらいまでは残っていたよね、という曲込みの雰囲気としての記憶を持っているのだけど、それはイメージの中だけかもしれない。小学生の時にテレビで見ていたテレビの中の東京はこういう曲とともにあった。

今、この曲とともにあったその街に住んでいるのだけど、あの東京はどこにあるのだろう。

Tokyo dreamin' on such a winter's day〜♪

夢のカリフォルニア~ベスト・オブ・ママス&パパス
夢のカリフォルニア~ベスト・オブ・ママス&パパス
ママス&パパス

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「日本人になった祖先たち―DNAから解明するその多元的構造」篠田 謙一 著

DNA分析によって人類のルーツを辿る研究は日進月歩で進んでおり、これまで通説になっていた各地域で原人から新人、そして白人や黒人やアジア人などに進化したとする他地域進化説はほぼ否定されて、今では8万5000年前〜5万5000年前にアフリカを飛び出した一団が数万年かけて全世界に広がったとする、出アフリカ説が定説となっています。
この本はそれら現在の研究成果を元に、ミトコンドリアを辿って日本人のルーツを分子遺伝学の立場から解説した一冊。約220ページと、手軽で読みやすく、かつ内容は充実でとハプログループても面白かった。

実は、ミトコンドリアDNAの系統がもっとも詳しくわかっているのは日本人で、全世界で判明している全塩基配列のうち四分の一近くが日本人のもので、ミトコンドリアDNAを使って集団の構造を考える場合、現時点では日本人がもっとも適切な対象だという。

その前提で、この本ではまず、遺伝子、DNAについての基礎をわかりやすく解説したあと、出アフリカからアジアへとミトコンドリアの拡散状況を解説し、日本のミトコンドリアのハプログループを詳しく解説しています。内容的に過不足無い感じでとても刺激的。

※ハプログループとは
ハプロというのは「単一の」という意味で、両親どちらか一方から受け取るDNAについて用いられる学術用語です。ミトコンドリアDNAは母親のみから受け継がれるので、この用語が使われています。(P30)

さて、日本人の持つハプログループはどんな割合か。主に以下の12種類について解説されています。この本による説明をざっくりとまとめると、

------------------
ハプログループD
日本人で最も多いハプログループで、東アジアでも最大の集団。
日本にはD4とD5があり全体の40%を占める。
D4が東アジアの東北部を中心に広がり、D5は中国の南部に広がっている。

ハプログループB
日本人の約13%を占める第二集団。
およそ四万年前に中国の南部で誕生したと推定される。
中国南部から東南アジアにかけて多い。
東アジア沿岸から北上する過程で日本に上陸したと思われ、その後南太平洋から南米まで拡散していった。

ハプログループM7
M7にはa,b,cというサブグループがあり、M7が生まれたのが四万年以上前、各サブグループは二万五千年前に、かつて、黄海から東シナ海周辺にあり、今は水没した広大な陸地で生まれたと思われる。
M7aは琉球列島を伝って日本に入ってきたと考えられ、本土では約7%だが、沖縄では四人に一人が持っている。
縄文人の主なグループかもしれないと推測されている。

ハプログループA
日本人の7%。
中央アジアから北アジアに広がり、北東シベリアと北中米など新大陸では多数派を占める。
旧石器時代のシベリアで生まれて、バイカル湖周辺から南下し、A4は東アジア各地に広がり、A5は朝鮮半島へと向かったと思われる。
江戸時代の奥絵師の名門狩野家の九代目養信の遺骨からこのハプログループA5が検出されている。

ハプログループG
データが少ないので、今後のデータの蓄積が必要。本土日本やアイヌに分布。
中央アジアやカムチャッカ半島や北シベリアの先住民族など北方に多い。
南には拡散しなかったようだ。

ハプログループF
東南アジア最大の集団。日本では5.34%を占める。
中国南部や台湾の先住民に多い。どうやら東南アジア一帯に定住し、積極的に北上はしなかった模様。ミトコンドリアはエネルギーを作る装置だが、このグループや、南方に展開する他のグループは熱を作る能力が低かったのではないか。そのため北方に広がらなかったのかもしれない、という仮説が紹介されています。

ハプログループN9
N9a、N9b、Yというサブグループがあるが、北方から日本に入ってきたグループではないかと推測される。中東から北方に進み、ヒマラヤの北を通って東アジアへ拡散した。このうちN9bは日本以外ではほとんど見られず、また、日本国内でも北に行くほど分布が多い。
またYは特にアイヌの人々に多く、日本以外は北東シベリアの分布に限られている。

ハプログループM8a
日本人では1.2%
中国の漢民族と同じDNA組成を持っており、中国北部で誕生したのではないか。

ハプログループC
日本人では約0.5%とほとんど見られない。
中央アジアから新大陸にまで広がっている。朝鮮半島、中国北部、中央アジア一帯の草原地帯に分布の起源があったと思われ、ハプログループAやDとともに新大陸に進出し、後の時代に人口比率を大きくしていった。特に遊牧騎馬民族国家「元」の拡大が大きい。

ハプログループZ
日本では1.3%。
フィンランドの先住民やカムチャッカの先住民、ロシア極北地域、極東アジアにまたがる広い分布域を持つ。
東アジアから中央アジアで生まれ、極北ルートで極東からヨーロッパまで広がった。

ハプログループM10
日本人は1.3%と少数派。
チベットでは人口の8%を占める。中国北部で生まれたと推測される。
茨城県取手市の中妻遺跡の100体の縄文人の遺骨が持っていたのがこのDNAで、バイカル湖周辺のブリヤート人たちのDNA配列と一致した。
縄文人と中央アジアとの繋がりを考察する上で重要なハプログループ。

ハプログループHV
おそらく近代になって入ってきたと思われる、ヨーロッパ人の系統。
日本では極少数。

------------------
このように、集団としての日本人はとても複合的な構成を持っていることがわかりますね。

様々な時代に様々なルートを辿って日本列島にたどり着いた人々がいて、その人たちが融合していきながら日本人が成立していったと著者は言います。このようなデータを見るとそれが実感として伝わってきてとても面白かった。

そして、DNAから見ると日本人というくくりがあるわけではなく、特にアジアを中心にした多数のハプログループの集団が複数共存しているというのがよくわかります。
この遺伝子からみた日本人、文化から見た日本人、生活様式からみた日本人など様々な多方面からの見方の総合としての日本人像を持てるようになれればいいなぁと読みながら思いました。

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はてな京都へ本社移転のプレスリリースに足りないもの

【プレスリリース】株式会社はてな、本社を京都に移転、ものづくりの拠点を結集 - はてなプレスリリース - 機能変更、お知らせなど

せっかくの重大ニュースなのに惜しいなぁと思ったポイントが一つ。
それは、京都から東京、そしてアメリカへと子会社を作った過程で何を成し遂げたから京都に戻るのかということが抜けているところじゃないかなと思います。

なぜか。

人が誰しも持っている、心動かされる構造があります。それは英雄伝説です。

松岡正剛の千夜千冊 『千の顔をもつ英雄』上下ジョゼフ・キャンベル
世界の英雄伝説に共通している構造というのは、単純化すると次のような3段階になる。
 (1)「セパレーション」(分離・旅立ち)→(2)「イニシエーション」(通過儀礼)→(3)「リターン」(帰還)。

 英雄はまず、(1)日常世界から危険を冒してまでも、人為の遠く及ばぬ超自然的な領域に出掛けるのである。ついで(2)その出掛けた領域で超人的な力に遭遇し、あれこれの変転はあるものの、最後は決定的な勝利を収める。そして(3)英雄はかれに従う者たちに恩恵を授ける力をえて、この不思議な冒険から帰還する。


京都のベンチャーが東京に出てきて様々な苦難を乗り越えながら規模とサービスを拡大し、仲間を増やし、知名度を上げ、アメリカ進出まで果たし何かを成し遂げて京都に戻る。つまり上記のセパレーション→イニシエーション→リターンという筋書きを訴えかけることが出来ればよかったんじゃないかなぁと思います。

東京に来てからのサービスやアメリカで出したサービスはこんな成果を挙げて、東京では何かを成し遂げたから京都に戻るというような、王の帰還的内容があると良かったのになぁと。

上記の松岡正剛氏の書評にも書かれていますが、この構造を踏まえて作られたのが近藤社長が好きなスターウォーズですね。あとロード・オブ・ザ・リング三部作もベタにそうだし、あらゆる映画や小説で使われますね。

かつての「はてなアメリカへ」のニュースはこの構造のセパレーション的な意味合いが強かったから大きな支持を集めたと思います。

これからもしはてなが京都に戻ることに関してインタビューを受けるのであれば、この、どのようなイニシエーション(苦難)を経て何を成し遂げて帰還するのかを前面に押し出すと、コーポレートストーリーとして周囲からの支持を得やすくなるだろうなということで。

で、この英雄伝説構造はプレゼンや転職活動なんかでも応用させると有用ですね。人が根源的に持っている心動かされる物語構造なので。

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「子猫vsアライグマ」「帰ってきた子猫vsアライグマ」

第一部、子猫とアライグマのエサを巡る激闘。

kitty vs Raccoon


激闘の最中、途中どこからか聞こえる犬の遠吠えにちょっと笑った。

第二部はローアングルで激撮

kitty vs Raccoon redux


食べ終わって満足したのか余裕で食べさせる猫の貫禄と、悠々とエサをむさぼるアライグマの悪びれなさにしびれる。
最後ちゃんと持ってかえるところがちょっとお茶目。

良く撮った二本だなぁ。

エイリアンVS.プレデター
エイリアンVS.プレデター

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「仕事と日本人」武田 晴人 著

結構前に読了していたのだけど、感想まとめているうちに気がつくと感想が2500文字超えてもまだ半分しか到達していないという酷い状態になってしまって少し放置していた。それでもまとめられない感じなんだけど(笑)

現代の日本人は人生の大半を働くことに費やしています。その現代の労働観は明治維新以降に成立した新しい概念であり、江戸時代の日本人の働くことと、今とは大きく違っていました。そんな日本人の労働観の成立から変遷までの流れを日本経済史の専門家である著者が概説した力作が本書です。

労働とは明治維新以後に"Labour"に対する語として作られた造語であり、それ以前は労働という言葉自体が無かった。近代は時間を基準にした規律が成立した時代であり、近代の労働観は時間を有効に使って働くことが勤勉であるとされ、成功は時間で測られるようになった。これに対して近代以前は日本でも西欧でも産業革命以前はそうであったように「時間に追われるような形で行動を律していなかった」ということであると言える。

時間に追われないとは言え、ぐだぐだとはたらいていたわけではない。例えば江戸時代の農民は長時間労働をしていた。それは勤勉革命と呼ばれる現象の影響が大きい。

農民は領主に隷属していたが、江戸時代以降身分的な隷属から解き放たれて地位が向上した。
その結果、「農業経営に対して自身が責任を負うシステム」が構築され、農業経営の裁量権を農家の大黒柱に与えたことで、生産性が飛躍的に向上した。それは資本投資による労働生産性の上昇ではなく、労働集約的な農業生産のあり方を徹底した結果だった。
そのため、農家はかなり長時間にわたって農作業に自主的に従事していたようです。
経済学者のトマス・スミスは日本の農民の働く姿を「自然の条件に左右されるにもかかわらず、日本の農民たちは、自然の変化にただ流されるのではなく、計画性を追求していた。」と言いました。
農書「百姓伝記」など農作業の計画性を重視した、今で言うライフハック的書物も多数あり、それらは「繰り返し農民たちに時間の管理の大切さを訴えてい」たようです。

しかし、延々はたらきっぱなしだったかと言うとそうではなく、休日数は増加していたことが資料上もあきらかで、勤勉さによって生産性を向上させ、仕事のやりくりに熟達していったということでした。

明治維新以前、分業と協業という経済システムの成立する以前のはたらき方は、課題を一人でマネージメントし、多様な内容を家族の中で分担するような形で、多様性のある課題をこなすために、農民であると同時に大工技術を身につけているなど、村の中では職業自体分化していなかったようです。
「労働」という言葉が誕生する前の時代には、(中略)さまざまな仕事を課題とか課業として組み合わせてこなすために時間に対して独自の考え方を育て、裁量的に毎日取り組んでいたことになります。


そのようなはたらき方をしていた日本に労働という概念が持ち込まれます。
労働とは造語だと書きましたが、"はたらく"のそもそもの意味は「人が動くことをあらわし、その結果としての効果も含む」ということだったようです。そして労という字の本来の意味は「日常的とはいえない災禍などの出来事のときに「力を出すこと」で、つまり、「骨を折ってはたらく」のが労働だと言える。
これは西欧の"Labour"という語の背景にある概念を的確に翻訳したものです。
伝統的なヨーロッパ社会においては"Labour"は奴隷が行うものであり、人間活動の基本的要素とは考えられていなかった。奴隷制から時を経てキリスト教的世界観においては労働は原罪の故に行わなければならないものであると捉えられ、さらに家族の中で収益性のある労働と、家事労働など収益に直接結びつかない労働が別々の場所で行われるようになり、労働が分離される。つまり労働にかける時間は少なければ少ないほど良いという価値観が西欧の伝統的な労働観で、これが日本に輸入された。

ただ、ウェーバーが賞賛する中産的農民の資本主義の精神は「節約し、貯蓄して、再投資するところにその真髄があ」り、「他人に指図されて「骨折り仕事をする」というようなものではな」く、「西欧社会では「骨折り仕事」や肉体労働は、身分的に不自由な人たち、たとえば奴隷たちの労働と、その観念としては共通していた」
つまり、日本に輸入された労働観は西欧の奴隷制に端を発する考え方であったといえます。

この労働観と時間管理、分業システムと工場労働などが明治維新になって輸入されたあと、まずは職人たちが工場で働くようになり地位が低下していきます。また、定年制、残業、長時間労働、賃金による評価、学歴重視などはここ100年間に成立した仕組みと考え方です。
特に労働が時間によって規律を受けるという考え方の導入が日本社会を大きく変えました。
働くということは近代にはいると、時間という要素と深く結びついてきます。定刻を守ること、時間内のスピードアップを図ること、そして労働生活の入口と出口の年齢が定められることによって、働くことは、ある年齢に達すると、定年まで、定刻に出社して少なくとも定刻まで、効率よく働くことが規範的には望ましいことと考えられていくのです。

また残業については日本の労使関係が家父長的性格や家族主義的特質を持っていたことが大きな要因だといわれます。
帰属する集団のために、できるだけのことはする、それが当たり前

というかつての日本人のはたらき方に通じる価値観とのミスマッチ。

など、様々な考察を加えながら現代の日本の労働観を浮かび上がらせていく。
近代に成立する「労働」は、(中略)ある種の「不自由さ」をもっているようです。それは、分業と協業の体系にもとづく労働であるために、時間についての規律があり、同時に特定の作業場所に集まって仕事をすること、つまり生活するところと分離された場所で働くようになるからです。しかも、こうした仕切られた時間と空間のなかで、人びとの働き方は、組織のなかでの労働としての性格を強めていきます。つまり、指揮命令系統のなかでの働き方になり、個々の働き手にとっては裁量の余地がきわめて小さくなっていくことになります。
こうして主体性を十二分には発揮できない状態での働き方であるために、労働は、いずれかといえば回避すべきもの、やむを得ず生活のため、賃金を得るために仕方のないことと捉えられているように思います。(中略)働く中身ではなく、働いて得られるお金が働くことの目的となっていくというわけです。

そして、著者は問題提起をする。
人生の大半を費やす人間の活動が、単に金のためだけではない、働くことそのものに意味を見出すような働き方、そうした働き方にもとづいた労働観を私たちは自分のものとすることはできないのでしょうか。(中略)「近代的な」労働観を乗り越えることはできないのか


残念ながらこのあとに続く著者の様々なアイデアはそれほど目新しいものではないのですが、それはご本人があとがきで書いている通り「現代の労働の現場の空気からは最も遠い職場」で働く研究者であるが故の限界だったのかもしれません。

この問いはおそらく私も含めて一人ひとりが考えるべきことなのだろうと思います。

最後に、本文に引用されていた石川啄木が当時の様子を書いた文章が面白かったので紹介して終わります。
今日新聞や雑誌の上でよく見受ける「近代的」という言葉の意味は、「性急(せっかち)なる」ということに過ぎないとも言える。同じ見方から、「我々近代人は」というのを「我々性急(せっかち)な者共は」と解した方がその人の言わんとするところの内容を比較的正確にかつ容易に亨入れ得る場合が少なくない。


拝啓 石川啄木様 「性急(せっかち)なる者共」は、日本中に広がっていき、百年後には性急(せっかち)すぎて立ち止まることすら出来なくなりました。 敬具

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「日本語の奇跡―〈アイウエオ〉と〈いろは〉の発明」山口 謠司 著

現代の日本には漢字とカタカナとひらがなの三つおよびローマ字表記の四種類によって書かれた言葉が溢れている。この本はその漢字、カタカナ、ひらがなの三つの表記法が日本語として定着していく過程を通史としてまとめた日本語の軌跡と奇跡をあらわし、著者ご本人があとがきで「書き足りない」と書いている通り、詳細な内容とは言えないが、要点をおさえてわかりやすく簡潔に書かれているので、入門書向きだと思う。

漢字を日本古来の音に当てはめた万葉仮名から始まり、漢文の朱点として漢字の一部を使ったカタカナの誕生と、漢字をデフォルメしたかたちでのひらがなの誕生と続く訳だが、そのベースとして、最澄、空海らが中国語を通してのサンスクリット語で書かれた仏典の理解から、中国語を通さずにサンスクリット語で書かれた仏典を直接理解しようという方向性を生み、さらに菅原道真の遣唐使の廃止によって中国の借り物ではない国語の発展が進み、ひらがな、カタカナの成立の土壌を作った。

また、十世紀ごろに成立したいろは歌が無常観を歌ったように、ひらがなは主に和歌などに使用され、藤原定家によって書き方の模範が整備されて日本人の情緒を支え、カタカナは漢文の朱点に使われたのを起こりとして、「仏教の経典や漢文を訓読して行くための補助手段として産み出され」、公文書などで使われたように日本人のシステマティックな面を支えるようになった。

また、今使われている五十音図は最初は11世紀頃、サンスクリット語を解読する学問「悉曇学」の専門家である天台宗の僧侶明覚がサンスクリット語に基づいてカタカナを並べ、その後江戸時代に本居宣長らによって整備されたものであるという。

そして、明治維新になり日本最初の日本語辞典が大槻文彦という国語学者によって五十音順で作成された。当初いろは歌がメジャーで、五十音順は仏教学など一部の専門書でしか使われていなかったという。
これは明治が情緒よりシステムの構築を重視した精神の表れだと著者は言う。

<いろは>は情緒の世界のものである。これに対し、<アイウエオ>という<カタカナ>は、大槻文彦が日本語の文法を説明するのに的確だと認識したものであり、また役人が漢文体を使って公式文書を書く時に使われるような、システムの世界を構築するものである。
明治という時代は、情緒よりシステムの構築を必要とした時代であった。
大槻が『言海』に用いた「あいうえお順」の配列は、こうした明治の風を受けることによって得た、システムとしての日本語という認識ではなかったかと考えるのである。


情緒のひらがな、論理のカタカナ、の両輪で言語的バランスを取る仕組みを持つことで、あらゆる文化を吸収して新たな世界を作っていく曼荼羅のような言語が日本語であり、「このような仕組みの言語は、日本語以外にはない」と著者は力説している。
読んでいてちょっと日本語に冷静ではない愛情を持っているのかな?という雰囲気は多少感じたけど、まぁ専門家だったらこれぐらいの熱意も愛嬌のうちかな。
ということで、言語的バランスが取れた素晴らしい言語かどうかは、もう少しよく勉強しないとなんとも言えないのだけど、ひらがなとカタカナがそのような役割を果たして来たのだろうというところは概ね同意です。
日本語史に対する漠然とした理解がこの本を読んで上手く整理されました。

あと、和歌の『歌合』が遊びを超えた真剣勝負だったというのは面白いなぁ。

とてもわかりやすかったので、ご本人が書いているように次はこれをさらに突っ込んで、書き足りない部分にも十分言及した一冊を期待したいですね。

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「渋滞学」西成 活裕 著

評価:
西成 活裕
新潮社
¥ 1,260
(2006-09-21)
世の中に発生する様々な渋滞。車、人、アリ、インターネット、電車に飛行機に、あるいは血液やたんぱく質まで。その渋滞の原因と構造を分析する分野横断的な新しい学問「渋滞学」について、渋滞学の当事者が解説した書籍。とても興味深く読んだ。

本書では渋滞の構造を粒子で考える。
ニュートンの物理的な三つの法則「慣性の法則」「作用=反作用の法則」「運動の法則」が成立するものをニュートン粒子と呼び、それに対して、その三つの法則が適用されないものを「自己駆動粒子」と呼ぶ。
この自己駆動粒子は意思を持ち自発的に動くため、三つの法則が当てはまらない。つまり、水などではなく人や生物、あるいは人がコントロールする車などが自己駆動粒子であり、この自己駆動粒子の分析が渋滞学の対象となっていて、自己駆動粒子の渋滞解消が渋滞学の目的ということになる。

そして、第二章〜第四章までそれぞれ車、人、アリの渋滞について解説され、第五章はインターネットを初めとした様々な渋滞、第六章で今後の渋滞学の方向性について解説されている。
物理系の知識は僕はかなり薄いので、数式なんかはほとんど理解できなかったけども、全体像としては把握出来た。

あと、僕も著者同様に人ごみがとても苦手なのだけど、その理由の一端もこの本でわかった気がする。

人はパーソナルスペースという確保したい領域を身体の外に持っていて、それが侵害されないように行動する。また、このパーソナルスペースからより広い範囲の情報を利用して行動する。これは自分の身体から半径五メートル程度前方に広がった楕円の形をした領域だという。目や耳に入ってくる情報は主にこの範囲の情報をフィードバックすることで行われる。この情報処理空間が確保できないと人は不安になり、その強い圧迫感が心理的不安を巻き起こすことがある。という。
これはいわゆるヤマアラシのジレンマカクテルパーティー効果などを以前このブログで記事にしたけれども大きく関係することだろうと思う。

人の渋滞が及ぼす外的な動きとあわせて、このように内面的な、心理的な部分もちゃんと解説しているいい本です。

また、今後渋滞学はスモールワールドやスケールフリーといったネットワーク理論、ゲーム理論や囚人のジレンマなども踏まえてさらに発展していくという方向性なようで、さらに発展して深化した成果に期待できる分野ですね。

これ、数学的解説のところも理解できるとさらに深くわかるのだろうけども、そこは今後努力しますということで。

大変知的好奇心をそそられる面白い本でした。

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「好きなことには集中できるのに、仕事になると集中できない人へ」双田譲治著

「やるべきことを先延ばしにしてしまう」「忘れ物・遅刻が多い」「集中力が続かない」などある程度ならば誰にでもあることだが、それが日常生活に支障が出るほどの状態が続いているならばADHD(注意欠陥・他動性障害)またはADD(注意欠陥障害)と呼ばれる軽度発達障害かもしれない。
本書は、タイトルの通り「好きなことには集中できるのに、仕事になると集中できない人へ」向けて書かれたADDの入門書的一般書です。

ただ、この本を読んでまず思ったのは、この本を読んで自分にADD的側面があるように思ったら、さらにいくつかの書籍やADHD・ADDについて解説されたサイトなどを調べるべきだろうということです。あくまで本書は概要的内容であって、これだけで注意欠陥障害についての理解を済ませるべきではないと思います。その上で、必要であれば専門医の診断を受けるのが良いだろうと思います。

ADDに関する全体的な解説、例えば上記に挙げたような「やるべきことを先延ばしにしてしまう」「忘れ物・遅刻が多い」「集中力が続かない」と言った特徴と簡易なチェックリスト、そしてADDの原因となる脳の前頭前野の機能不全などについての解説はシンプルでとてもわかりやすいです。

そのあと、何故か実在の人物たちをADDに当てはめて「サンプル」として紹介するのですが、これは果たして適切なのか、少々疑問が残ります。メディアなどの一面的な情報からADDの特徴に当てはめて、ADDであるように紹介することには、僕は読んでいて抵抗を感じました。紹介される人はスティーヴ・ジョブズ氏に始まり、西和彦氏、堀江貴文氏、野口美佳氏(ピーチジョン代表取締役)、たかの友梨氏など。個々がADD、あるいはADD的であるかどうかは、専門医が行うべきであるように思います。

その後、ADDが上手く仕事をこなせるようになる手法としてGTDやマインドマップなどのいわゆるライフハック術が紹介される訳ですが、これでもし適応できるのようになるのであれば、それは、その人にとってはこの本を読んだ価値はあると思います。
ただ、そういう手法がさほど通用しないということが当然ありうるということも読んだ方は考慮に入れるべきところであると思います。少なくとも、対応ではなかなか難しいことが多いのではないか、という印象を持っているので、やらないよりは実践してみる価値はあるが、それで適応できるようになるかどうかは、簡単な道ではないように思います。

ただ、ADDなど発達障害についてよく知らないが、自分がそうかもしれないという気付きへの端緒として読むのには悪くないと思います。また、ADDではないが、集中力の持続や時間管理が苦手などの特徴が自分にあるという人のビジネス書としても良いかもしれません。繰り返しますが、もし当てはまるのではないか、と思ったら他の本やWEBを当たったり、専門医などに相談をしてみるべきだろうと思います。

ということで、関連しそうなサイトを紹介しておきます。
注意欠陥障害 - Wikipedia
注意欠陥・他動性障害 - Wikipedia
エイメン・クリニック式ADD分類チェックリスト:自己診断@senmasa.com
成人AD/HDガイドブック
大人の注意欠陥障(ADHD)

自身の持つ特徴を知ることはおそらく生きていく上で重要であると思います。それがいわゆる発達障害などに属するのだとしても、そのような特徴を自分が備えているということがわかれば、その自身が持つ特性に対する向き合い方や、付き合い方も考えられるというもの。個々が生き辛さを抱いている中で何故自身は生き辛いのかという理由を知ることが大事なのだろうと思います。

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青い目の人が共通の祖先を持つなら青い瞳の日本人との関連は?

青い目の人は全て一万年前の共通の祖先の子孫だというニュースがあったが、日本人にも青い目の人がいるのだそうだ。

青い目の人は全て1万年前の共通の祖先の子孫、デンマーク人研究者
Technobahn 2008/2/1 19:12】デンマーク人研究者によるDNA調査によって青い目の人は今から6000〜1万年前に突然現れた青い目を持った祖先の子孫であるということが1月31日までに明らかとなった。。
(中略)
 研究グループではメラニン色素の生成に関与するOCA2遺伝子に着目。その上でこの遺伝子の部分的に機能しなくなったことにより青い目のを持つ人が誕生したこと、更に、OCA2遺伝子の追跡調査により、青い目を持つ人は6000〜10000年前に現れた共通の祖先から枝分かれした子孫であるということ突き止めた。
(中略)
 研究グループでは恐らく6000〜1万年より以前には青い目をした人は居なかったとも述べている。


☆ 東北地方に多いという青い瞳の日本人の不思議 ☆

東北のある地方には、青い目の人々がいるという。それもかなりの 人数であり、
その一族や家系には、海のように真っ青な瞳の持ち主が 出現することもあるとか。
もちろんヨーロッパの白人との混血ではな く、代々その土地で生活してきた生粋の
日本人の血統である。

東北大学助教授であられた山浦博士が宮城県黒川郡や古川市などで土地の人々の
目の色を調べ、424人の下記の観察記録を得た。

紺碧度        分類基準               人数           割合  

 0    瞳の色が全部褐色の人            359人         84.7%
 1    瞳の一部に青い斑点を有する程度       43人          10.1%
 2    全周が青いが範囲が半分を超えない     15人           3.5% 
 3    ほとんどが青く中心部のみ褐色を残す     6人           1.4%
 4    完全に青い瞳の人                  1人          0.2%

また世界の民族の「青い瞳」の出現率を平凡社の百科事典よりみると。

  分類                淡色(青色)   中間色(灰色)    暗色(褐色)

デンマーク男子学童          62.8%       29.1%        8.1%
スコットランド学童           44.7%       32.3%       22.5%
ドイツ学童                39.4%       33.1%       27.1%
ロシア男子               22.0%       44.0%       33.0%
ユダヤ男子               24.1%       17.5%       58.4%   
日本人                   0.7%        9.3%       91.0%

山浦博士が調べたデータの紺碧度1、2、3、4を合計すると15.2%という結果となる。また青い瞳は遺伝学的に茶や黒に対して劣勢 であり、それが発現するためには、発現例に数倍する潜在保有者を推定 しなければならない。東北地方には調査結果をはるかに上回る数の「青 い瞳」の遺伝子をもつ人達が存在すると考えられる。

東大・医科学研究所、医学部のグループが「ポリオーマ・ウイルス」 の分布を調査したところ、日本全国ほとんどの地域で有色人種に多い 「B型」を採取したものの、青森県弘前(ひろさき)、秋田、仙台など の北日本の一部では「A型」の亜型と考えられる新たなウイルスを発見 した。この報告に基づいて考えるなら、北日本の一部には、白人と共通 の遺伝子をもつ人たちが存在することとなる。

「人国記」という資料には「この国の人は 日の本の故や 色白くして 眼の色青きこと多し」というのがあるそうだ。 成立は15ー16世紀 だと言われている。



人国記」は信憑性はどうなのかよくわからないけど、少なくとも16世紀ごろには東北地方に青い目の日本人がいたのだろうとは思われますね。

今回の6000年〜1万年前の突然変異者が青い目遺伝子の起源だとすると、その後、青い目遺伝子はヨーロッパに伝播しつつ、西ユーラシアから極東までユーラシア大陸を横断したのかな。
東北地方へのナラ林文化の伝播がおよそ3000年前と言われているので(照葉樹林文化とは何か―東アジアの森が生み出した文明 (中公新書 1921))、その頃以降にツングース族など北方文化とともに青い目遺伝子が横断してきてもおかしくは無いとも思うのだけど、この青い目の日本人との関連はどうなのだろうか。

また、西ヨーロッパへは「人類の足跡10万年全史」を参考にするなら、ヨーロッパ進出ルートのうち、南アジアからヨーロッパルートの集団が、インダス川からカシミール、さらに中央アジアへと進出ののち、狩猟技術を熟練させた一部が西上したという。そのルートは以下引用。
ウラル山脈を越えてヨーロッパ・ロシアとチェコ共和国、ドイツへと移動していった。


上記の「世界の民族の「青い瞳」の出現率」データで青い瞳が多い民族とルートがほぼ合致するように思うのだけどどうなのかな。この集団の一部に青い目遺伝子の突然変異が発生したのかもしれない。まぁ、わかんないけども。

など、色々期待と想像が膨らむニュースですね。
とりあえず、こういう研究成果を基にした人類史の本出ないかな。と期待したいところ。

人類の足跡10万年全史
人類の足跡10万年全史
スティーヴン オッペンハイマー

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「対話で心をケアするスペシャリスト《精神対話士》の 人の話を「聴く」技術」メンタルケア協会著

たびたび書いているのだけど、僕はコミュニケーションがとても苦手です。
文章理解力は人並み程度にはあると思うのだけど、日常の会話というか、音声だけのやり取りだと適切に意味を把握出来ないことが多い。例えば仕事上のコミュニケーションだと会話をメモしながら、メモの文章を見て内容を理解出来るのだけど、通常のコミュニケーションだとちゃんと相手の発言を聴いて内容を把握してそれに答えて、というキャッチボールが難しい。
表面上相槌を打ったり、ニュアンスで対応したりは出来るのだけど、実際のところ、文字情報に置き換えないと半分も理解できていないと思う。だから日常会話では空気が全く読めずトンチンカンな発言をしてしまうか、逆に完全に傍観者に徹することで空気が読めすぎて困る。(ああこの会話は今の誰それの発言でこういう方向に進むのだな、ということが見えてしまうのだけど、それでどうすることもできないというような。)

で、去年の秋ごろこの本を買い今まで何度か読みかえしているのだけど、とても面白い。

精神対話士という資格については全く知らなかったのだけど、この本によると
精神対話士という資格制度は、一九九三年、慶應義塾大学医学部出身の医師たちが中心になって立ち上げられました。医療行為、精神療法を用いることなく、あくまでも対等な立場で、会話(対話)を通して人の心のケアを行うメンタルケアのスペシャリストです。

ということで、人の話を聴くことを専門にした資格のようです。
資格自体に賛否は色々あるようなので、以下のサイトを参考にされるといいと思います。
財団法人メンタルケア協会
しゅう兄さんの臨床心理士的生活- 精神対話士って要するに何?-
精神対話士の限界 - るいネット

さて、その精神対話士の聴くという技術について。これは一般的な傾聴法などとそれほど大きな差は無いのだろうと思いますが、この本に書かれているポイントは要するに共感する技術と言って良いと思います。

会話するときの言葉には「意味情報」と「感情情報」が込められている。人の話を聴くときには、言葉に込められた二つの情報を受け止める必要があります。
そして話し手はメッセージを発するとき、そのメッセージの裏側に隠れた感情こそ伝えたいと思っています。

そういう前提に立って共感していることを上手く相手に伝えて相手の話を引き出す技術を、実例を交えて解説した本ですね。

例えばキーワードを復唱するだとか、オウム返しだとか、聴き上手は三割しか話さないとか、そういうテクニックも多数紹介されていてとても興味深く読んだのですが、ああ、なるほどと思ったのはここ。
人はそれぞれ自分の思考の枠組み(フレーム)のようなものを持っています。(中略)そのフレームに収まらないことを見聞きすると(中略)反論したくなったり、相手の考えを修正したいという衝動を覚えるものです。
この思考フレームが話し手との間に壁を作ります。(中略)
自分の思考フレームをはずして、先入観のない目で、相手の心を見てみましょう。「でも」「しかし」といいたくなったら、その言葉を一度飲み込んで、とりあえず相手の話に傾聴してみてください。


思考フレームを外すことの是非はあるとしても、共感、という一点に目的を限ったとしたら、先入観を持った姿勢で接さないというのは有効だろうと思う。

要するに自己の一側面として共感者に徹するペルソナみたいなものを作るイメージだろうな。

あと、具体的なテクニックについてなるほどと思った一つ。
会話を弾ませる質問の仕方は、「いつ」「どこで」「誰が」「誰と」など答えが決まっている質問をいくつかしてから、「なぜ」「どうして」と思考力を必要とする質問をするパターンが良いでしょう。答えやすい質問は、「対話のエンジン」を暖めてくれます。

こういう共感者的な対応が出来る面を持つようになるというのは多分人生で有用だと思う。その参考としてなかなか良い一冊ですね。

僕の問題は、言葉の中に秘められた感情情報を把握する、というこの本の前提となっている部分にあるんだけど、そこは訓練だよなぁ。なんて思いつつ、この本はたびたび参考にしようと思っています。

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江戸東京博物館「北斎-ヨーロッパを魅了した江戸の絵師-」展

江戸東京博物館で開催していた「北斎-ヨーロッパを魅了した江戸の絵師-」展に行ってきました。

江戸末期の日本を代表する絵師葛飾北斎がオランダ商館長の依頼を受けて製作した風俗画40点と、北斎の代表作冨嶽三十六景を初めとする版画、摺物、肉筆画と、読本や絵手本などが一挙公開。

最終日の日曜日と言うことで、人が凄かったけども、人波を掻き分けて観る価値がありました。

第一部「北斎とシーボルト 注目の肉筆風俗画」
今回、フランス国立図書館とオランダ国立民族博物館に収蔵された北斎工房の作と推定される作品が展示されています。北斎の作品の輸出にはかの有名なシーボルトが関わったそうで、シーボルトが仲介した作品はオランダ国立民族博物館に収蔵されているとのことです。ここで展示されていたのは北斎本人や弟子の第二代戴斗、魚屋北渓などと推定される作品たちなのですが、軽い衝撃を受けました。

シーボルト、波瀾の生涯
シーボルト、波瀾の生涯
ヴェルナー シーボルト

第一部で感じた衝撃
1)西洋画テイスト満載の日本画で、当時の情景が凄く伝わってきた。
節季の商家初夏の浜辺
左)「節季の商家」
師走で決算期を迎えた商家の様子を描いている訳ですが、ご主人と奥方は比較的のんびりと、しかし番頭さんは必死にがんばってます。江戸以来変わらぬ構図なので、各社経理担当の方はあきらめてがんばるしかなさそうです。

右)「初夏の浜辺」
浜辺で親父さんとお母さんが網の手入れをしている横で巨大な錨で遊ぶ子供たちの風景。子供の一人は舟の下に火を当てていますが、これはいたずらでしょうか。それともお仕事でしょうか。

江戸の浮世絵など当時の日本画だと西洋画と比較すると陰影が控えめな印象があるのですが、これらはどれもリアルに陰影がつけられています。思わず、おおおお。と声を出して感心してしまいました。
他、馬の躍動感溢れる「早駆け」「厠」、突然の雨に逃げ惑う人たちを描いた「驟雨」、イケメン武士と無骨で素朴そうな従者を描いた「武士と従者」、鯉幟をバックにした母子三人の姿を描いた「端午の節句」などどれも当時の様子が伝わってきました。

2)生き生きと細部まで描かれた当時の人物像がリアル
町屋の娘これに思わず衝撃を受けました。葛飾北斎の手によると推定される人物像が「武家」「武家の奥方」「町屋の男」そしてこの「町屋の娘」の計四点展示されていたのですが、日本画で、特に浮世絵全盛期にこれほど生き生きと立体的に描かれた作品は初めて観ました。これを観て軽く震えました。
瞳の奥まで描かれていて、陰影がくっきりとした表情で、軽く口を開いた笑顔が素敵です。紹介文を引用すると
団扇を持った町娘が振り返りながら何か話しているようだ。下唇に笹紅をつけた、歯並びのきれいな口元が開いている。四枚の肖像画のなかで最も動きのある表情は、元気な町娘にふさわしいものであろう。着物は下着の色が透けて見える夏の薄着で、少しはだけた胸元には掛守りの紐が見える。髷に使われた青色の鹿の子絞りの手絡が、陰影を使って丁寧に描かれて印象的。
当時のファッションや流行を取り入れた元気な町娘だったのでしょう。かなり萌えますね。


まぁ、この第一部はかなり和洋が融合したというか、和洋が混在した感じで違和感もあるのですが、これはこれでアリというか、斬新です。北斎とその弟子らはおそらく当時最先端のクリエイティブ集団だったんだろうというのが容易に想像つきますね。

第二部「多彩な北斎の芸術世界 ドビュッシーやゴッホに影響を与えた北斎芸術」
こちらは、有名な「冨嶽三十六景」シリーズから戯画や「北斎漫画」といわれるデッサン、スケッチ集まで広く網羅していました。

その中からいくつか紹介

冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏冨嶽三十六景 凱風快晴
左)冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏
右)冨嶽三十六景 凱風快晴

あまりにも有名な冨嶽三十六景の代表作二作。右は「赤富士」の名でも知られていますね。実は赤富士は早朝を描いたのに対して、夕方の富士を描いた「黒富士」というのもあります。対で展示されていました。
冨嶽三十六景 尾州不二見原冨嶽三十六景 甲州石班沢
左)冨嶽三十六景 尾州不二見原
右)冨嶽三十六景 甲州石班沢
左は長方形の板の組み合わせによる大きな円形の桶の向こうに三角形の富士山という組み合わせの妙が凄い。
右は上半分にそびえる富士山の静と下半分の波と漁をする漁師の姿の動の対比とあわせて、網から漁師のシルエット、そして突き出した岩までが上の富士山と相似しているという計算された仕掛けが凄い。

千変万化に描く北斎の冨岳三十六景 (アートセレクション)
千変万化に描く北斎の冨岳三十六景 (アートセレクション)
大久保 純一

百物語さらやしき諸国瀧廻り 相州大山ろうべんの滝諸国名橋奇覧 足利行道山くものかけはし
左)百物語さらやしき
中)諸国瀧廻り 相州大山ろうべんの滝
右)諸国名橋奇覧 足利行道山くものかけはし

北斎漫画
北斎漫画

などなどなど、とにかくこれらの他様々な作品が一挙公開されていて、充実の展覧会でした。あと、何気に、最後の方にさらっと展示されていた北斎最晩年の不二図が印象的だったなぁ。技巧の限りを尽くした果てにシンプルに描かれた富士山だったんだけど、凄く印象的。テクニックを極めた果ての境地だったのかもしれません。


あまりの充実ぶりに、めったに買わないパンフレット(2500円)を買ってしまいました。

北斎展パンフ北斎展パンフ
展示された作品の写真が勿論全収録され、解説と北斎の年表などもついてかなりのものです。もって帰るのが重たかったですが(笑)

今後以下のスケジュールで他の美術館でも順次開催の予定
2008年2月9日〜3月23日 名古屋市美術館「特別展 北斎|名古屋市美術館
2008年4月5日〜5月18日 山口県立萩美術館・浦上記念館


もっと知りたい葛飾北斎―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)
もっと知りたい葛飾北斎―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)
永田 生慈

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新宿御苑

もう数え切れないほど新宿御苑に行っているのですが、ちゃんとブログで紹介していませんでした。これは去年の9月ごろに行った時の写真です。まだ夏!だけど少しだけ秋も近いか?というぐらいの頃ですね。

新宿御苑

1590年に徳川家康が関東に領地替えになった際に譜代家臣内藤清成に与えた屋敷の一部が現在の新宿御苑にあたります。
その後、内藤氏は信州高遠城主となり、江戸下屋敷として使われました。甲州街道、青梅街道などが延びる交通の要衝にあり、内藤氏は家康の信頼が厚かったと考えられています。
その後、明治五年(1872年)に明治政府はこの敷地+買収した周辺の土地あわせて58.3haの土地に農業振興を目的とした内藤新宿試験場が設置。
明治七年(1874年)農事修学所(のち駒場に移転し駒場農学校→東大農学部)を経て、明治十二年(1879年)新宿植物御苑として宮内省(当時)の管理下で日露戦勝記念式典や大正天皇大喪の儀などが執り行われました。
戦後の昭和24年(1949年)に国民公園新宿御苑として一般に開放され現在に至ります。

日本庭園、芝生広場、イギリス風景式庭園、フランス式整形庭園など広大な敷地にぎっちりと見所が詰まっていて、とても心地いい。芝生広場で寝っころがるもよし、日本庭園を散策するも良し、玉川上水の水を引いて作った各種の池の畔で亀や鯉と戯れるも良し、四季折々の草木を愛でるも良し、一日と言わず何日でも潰せる個人的に東京で五本の指に入ると思う公園/庭園です。

新宿御苑新宿御苑

芝生広場ひろい
新宿御苑

新宿区指定歴史建造物に指定されている旧御涼亭は昭和2年(1927年)、昭和天皇御成婚記念で建てられ、第二次大戦の戦災を逃れた台湾建築の建物。
新宿御苑

イギリス式風景庭園はすこーーんと抜けた空と広大な芝生と木々のバランスが気持ちいい。
新宿御苑イギリス式風景庭園

フランス式整形庭園はプラタナスの並木が素敵。
新宿御苑フランス式整形庭園

とにかく色々な顔を持っていて飽きないですねー。ここは何度も行ってしまいます。

新宿御苑

参考サイト
新宿御苑[環境省]
新宿御苑 - Wikipedia

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新宿御苑撮影ガイド―花と風景の12ヵ月 (ニューズムック―旅・写真ガイドムック)
新宿御苑撮影ガイド―花と風景の12ヵ月 (ニューズムック―旅・写真ガイドムック)
木村 正博,横田 久

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昔話を少し掘り下げて知りたい

河合隼雄の「昔話と日本人の心」を読んでいるのだけど、これ面白いなー。

昔話と日本人の心 (岩波現代文庫―学術)
昔話と日本人の心 (岩波現代文庫―学術)
河合 隼雄

しかし、図書館の返却期限が来てしまって、次の予約も到着したようなので、一旦返却することにします。
近々また借りようと思うのだけど、これ、基本はユング派深層心理学の立場から昔話の裏の日本人の心理やアイデンティティを探るというアプローチな訳で、とても重要な方法ではあるんだけど正攻法ではないですよね。
次借りるときまでにちょっとオーソドックスな方法での本を読みたいんだけどどういうのがいいかなぁ。
出来れば西洋ではなく、日本の昔話をメインに。

僕の持っている「神話学とは何か」によると













神話
伝説
昔話
真偽
真実
事実
虚偽
時間
世界の完成以前の太古
歴史上のある時
無時間
場所
完成以前の世界
現在と同じ世界
不定
性格
神聖
神聖または世俗的
世俗的
主人公
人間以外(主として神々)
人間
人間または人間以外(妖精など)


一概にはこの表の通りとはいえないと思うけど、こういう比較などは面白いと思う。

やっぱり民俗学系の本から入っていくのがわかりやすいだろうか。
特に、昔話な背後にある日本の文化的な概念とか思考の変化とかってある程度理解が必要だなぁと思っているので、そこらへん、徐々に知りたいなぁと思う。

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ビージーズ「ステイン・アライブ」"Stayin' Alive"

Bee Gees Stayin' Alive


まさにハイトーンボイス。というか声高い。高すぎる。ビージーズといえばサタデーナイトフィーバーですね。70年代ディスコミュージックって今聞くと能天気なのに何故だかちょっと影がある。これもそんな感じ。ノリノリなのにぐっとくる。

サタデー・ナイト・フィーバー
サタデー・ナイト・フィーバー
サントラ,クール&ザ・ギャング,ザ・ビージーズ,K.C.アンド・サンシャイン・バンド,トランプス,イヴォンヌ・エリマン,タヴァレス,デヴィッド・シャイアー,M.F.S.B.,ウォルター・マーフィー,ラルフ・マクドナルド

このサントラ持ってるけど名盤ですね。

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読みたい本「川の地図辞典 江戸・東京/23区編」「新・都市論TOKYO」

[新刊] 川の地図辞典 江戸・東京/23区編
[新刊] 川の地図辞典 江戸・東京/23区編
菅原健二
川の別称や流路、歴史や役割に触れた解説+地図のはじめての辞典。藍染川、蟹川、「竈(へっつい)河岸、河骨(こうほね)川、薬研(やげん)堀、葛西用水、笄(こうがい)川」・・・・江戸・東京の川、堀、用水、運河など約400を網羅。 いまある川、消えてしまった川や堀などの場所と、その名前が一目でわかる。明治初期の参謀本部地形図(迅速測図)と現代地図を対照。 信頼できる古地図(旧版地形図)集としても大変貴重、お買い得。これぞ真正な大人のぬり絵、大人の調査散歩ガイドブック。 川のみならず、地域の原地形、旧土地利用、地盤環境調べに役立つ。ここからあなたもEarth Diving, 書を持って街へ、場所の物語へ。


最近、フィールドワーク・散歩散策系ブロガーの間で話題沸騰な一冊。(→テクノラティ検索)内容紹介も超アツイなぁ。ちょっとどこか大型書店で中身をチェックしてから基本購入する方向で検討したい。

新・都市論TOKYO (集英社新書 426B) (集英社新書 426B)
隈 研吾,清野 由美
バブルが崩壊した。
世紀が変わった。
そして、大規模再開発が始まった―。
<変貌する東京>を読み解く!

景気回復の実感はいまだ薄い。にもかかわらず、東京では空前の大規模再開発が進行中だ。林立する高層ビル、変貌する街の風景。これは、本当に “東京の再生” につながるのだろうか?
「都市は失敗の集積にほかならない。失敗を重ねた都市ほど偉大な都市だ」と語る建築家が、二一世紀TOKYOを象徴する、五つのスポットを巡った。汐留、丸の内、六本木ヒルズ、代官山、町田。そこに見えてきたのは、どんな「失敗」と「未来」の姿だったのか?

内容パラパラと見たけど、もう少しじっくり読んでみたいと思った。

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「「空気」の研究」山本七平著

現代の日本で我々を支配する"空気"の正体を考察した山本七平の代表作。
「空気」とは何かについて考察した『「空気」の研究』、
その空気を溶解させる水を差すという行為について考察した『「水=通常性」の研究』
空気と水の関係の背景にある日本的思想について考察した『日本的根本主義(ファンダメンタリズム)について』
の三部からなっている。

以下長文なため、続きを読むからどうぞ。


続きを読む >>
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振り返りが大事

寝る前にメモとして。

その日その日で、自分はどんな判断をしたか、というのを振り返っておく必要があると思う。特に自分が何か体系的に物事に法則性を持って行動しているわけでは全然無くて、その場その場の状況に応じて何か判断しているだけなので。

一日の振り返りを繰り返し、ある程度の期間、例えば一ヶ月とか三ヶ月とかでもその期間全体を振り返る必要があるのかなぁと思う。

そういう積み重ねが自己を相対化できるんじゃないだろうか、というのを『「空気」の研究』を読み返しながら思った。

「空気」の研究 (文春文庫 (306‐3))
「空気」の研究 (文春文庫 (306‐3))
山本 七平


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日経で「最近の日本人は見知らぬ人と議論しない。議論できる喫茶店を作れ」と大阪大学学長

今日の日経新聞を読んでいたら、大阪大学の鷲田清一学長が議論できる喫茶店を作ろうという提言をしていた。
趣旨としては、
「最近の日本人は同年代、同職種など繋がりのある人とのコミュニケーションしかなくて見知らぬ人同士のコミュニケーションがなくなっている。そのせいで物事を考える力が低下し、創造力がしぼんでいる。十七世紀後半英国のコーヒーハウスをモデルにした、議論できる喫茶店を作ろう。そこで見知らぬ人同士世代を超えて議論することで視野を広げたりコミュニケーション力を磨いたりしよう。で、実際今大阪大学と鉄道会社と喫茶店と組んで産学連携でそういうコーヒーハウスを立ち上げる計画を進めている。」
ということ。

これ読んで思ったのは、やっぱり住んでいる環境によって見えている世界って違うんだなぁと言うこと。
はてなや2chやスラッシュドットなどを見ているせいか、WEB上で毎日のようにいたるところで世代や価値観を超えて議論が行われているというイメージがあって、最近の人が議論しなくなった、なんて発想がこれっぽっちもなかったので、ある種カルチャーギャップというか、知識の呪いみたいなものがあって新鮮でした。

WEBをあまり活用しない人にとっては、コミュニケーションは少なくなっていると見えるんだなぁ。
WEBでの情報量や議論も含めたコミュニケーション量が増大しているという反面、リアルでのコミュニケーションが激減しているという印象を持っている人がいるというのは、コミュニケーションの場がリアルからWEBへと以降しているからだろうなぁ。それは進むべくして進んだ変化のように思います。

同期から非同期ということが盛んに言われているけど、リアルでの議論をするために必要なコストを払うより、非同期でも議論が成立する状況になったことが大きいのでしょう。

WEB上など非同期で議論することより、リアルで同期で議論することでのメリットってなんだろうと言うとあまりメリット無いように僕は感じていて、デメリットの方が大きいなぁと思います。特に議論に参加する人の時間が同時に拘束されることと、特に日本人はそうなのだけど、その場が作り出す空気に左右されやすくなること、というのがデメリットかなぁ。
リアルの方が議論によるアウトプットが出にくいようにも感じます。喫茶店や居酒屋トークだと特に、その場で生まれる空気に支配されて、適切な判断が出来にくい。(特に僕自身空気が全く読めず、その場の議論の流れを見失うことが多いので困る。)熟練したファシリテーターがいないと、その場の雰囲気に流されてしまう人ばかりで難しいだろうな。

客観的な資料をWEB上にアップして、あとはそれを時間のあるときに各自がチェックして、意見を書き込み、それらを見て結論出すと、少なくともリアルよりは空気に左右されにくいし、同時拘束されることも無い。
確かにあうんの呼吸みたいなものは感じにくいし、表情を読んだり、話し方を磨いたりということは出来ないけど、それは議論とは分離して磨くべきことなのかもしれません。

不特定多数の見知らぬ人が顔を合わせて、アウトプットが出せるかどうかわからないけど、議論をする、ということにコストを支払うというのは、リアルコミュニケーションの重要性とは別の課題かなと。

ということで議論のための喫茶店を提供することよりも違う形でのリアルコミュニケーションの方法を考えるほうがいいんじゃないか。と思う。

と思ったら、ITプラスでこの記事に反応したコメントとしてグリーの田中さんも似たようなこと書いてた。
議論は喫茶店よりもネットで - 議論できる喫茶店を作れ - ニュース交差点 - 日経ネットPLUS(要ログイン)
利用者のリテラシー(使いこなす能力)が高まっていけば、ネット上の議論はさらに有意義になる。今後ネットの議論を通じて公論が形成される象徴的な事例が出てくれば、多くの人がネットが議論の場として有効であることに改めて気付くだろう。もちろん対面で議論したほうがいい場合もある。あとは使い分けの問題だ。


同意です。ブレインストーミングなんかは対面でわいわいやる方が面白いかも。
ということで、例えば喫茶店じゃなくて軽くお酒を出すような店で、
7時からは○○について〜
8時からは××について〜
とかお店でお題を決めて、お客さんは見知らぬ人同士でいくつかのグループに分かれて、最大10人ぐらいが限界かな。その時間帯で定められているテーマについて話する。誰かが司会者になって、お酒飲んだりおつまみ食べたりして話スタート。時間の終了までになんらかアウトプットを出す。基本各グループ途中での出入り自由。要録音。みたいな。
そういう感じのバーなり飲み屋なり作ると案外上手くリアルコミュニケーションの場として活発にならないかな、と思ってみたり。。。まぁ、僕はそういうの苦手なので行かないと思いますが(笑)学長がわざわざ産学連携!とか肩肘張らずともすぐ出来そうです。

ところで、企業はかなり社内SNSやグループウェア導入で非同期の情報共有が進んでいると思うのだけど、学問や研究、あと医療関係とかってどうされてるのかしら。と気になるところです。

秘伝すごい会議
秘伝すごい会議
大橋 禅太郎,雨宮 幸弘


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日本中世の聖から賎への商業観の転換

聖と賎の商業観「日本中世に何が起きたか 都市と宗教と「資本主義」」 - 福耳コラム
三宅先生の記事の続きが気になる・・・

以下網野善彦の「日本の歴史をよみなおす」より引用します。
日本の歴史をよみなおす (全) (ちくま学芸文庫)
日本の歴史をよみなおす (全) (ちくま学芸文庫)
網野 善彦


超長くなってしまったので、以下続きを読むから。
続きを読む >>
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多重人格は普通と言うべきじゃないけど人は多面的です。

404 Blog Not Found:多重人格って普通だよね?

確かに我々は多くの側面を持っていて人格自体は多重構造になっていると僕も思うのだけど、解離性同一性障害(多重人格)が普通状態かというと、普通状態じゃないから障害であるというように言えるのではないかしら。

特に幼児期の虐待によって別人格を作り出し、それらの人格は記憶や知覚、意識について継続性が無い独立した状態になっていて、それが自分の責任において入れ替え出来ない状態にあることだと思う。継続性が無く、認知できないため、社会生活を送るのが困難だし、その人格の一つが反社会的であることも多いようだ。

解離性同一性障害って意識せずに次々と人格が切り替わり、相当な苦しみではないかと思うが、境界性人格障害や統合失調症あるいは演技性人格障害などとの混同もあるようだし、人格の一つが治療を拒否したりで、なかなか回復が大変そうなどと想像すると、ちょっと重い気持ちになってしまって、体験談を読むことを避けてしまうんですよね。

人格=アイデンティティという前提であるなら多重人格が普通というべきではない。
人格をもっとゆるく性格=キャラクターと使うのならありかなとも思うけど。

障害であるところの解離性同一性障害と切り分けて、「思考の継続性と社会への責任能力がある範囲において多面的」という状態がいわゆる普通で、その様々な側面がそれぞれ個性として他者から、あるいは自分で認知される人格なのだろうと思っている。

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解離性障害―「うしろに誰かいる」の精神病理 (ちくま新書 677)
解離性障害―「うしろに誰かいる」の精神病理 (ちくま新書 677)
柴山 雅俊

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ブックマークしたらその記事についてアウトプットしたい

ソーシャルブックマークをよく使うのですが、(はてなブックマーク/LivedoorClip/Newsing)ただ読んでブックマークするだけではやはりダメだなぁ。と思いますね。「一度読んだことがあるページ」というものが積もっていくだけで、結局通り過ぎただけだなぁと。
読んで、なんらかアウトプットしていかないと、残っていかないですよね。
丁度去年の今頃似たようなことを書いていてちょっと笑えるんだけど。
Kousyoublog | 積読される情報

アウトプットするためにそのページを見てブックマークしていくという姿勢じゃないと残らないなぁ。というあたりまえの事を思ったので、とりあえず、昨日ブックマークした記事に色々反応してみようと思う。

わたしが考えたボーイズ・ラブ - ぼんやり上手
超面白い。・・・!や・・・?が多いのは、読み手のイマジネーションに多く頼るジャンルだからでしょうね。いや、多かれ少なかれ全ての創作物はそうなんでしょうけども、特にボーイズ・ラブなどというジャンルだと、どれだけ妄想力を書き立てるかに掛かっている気がします。

パブコメで著作権法違反の「非親告罪化」に反対意見多数
結局のところ、権利者が揃ってしまっているので、自己の権利を通すために必死なんでしょうね。それは既得権益を受ける者という立場上仕方ない振る舞いなのだろうけど、全体として見ると、その既得権者の利害の影響を受けない立場の人物が高所から采配する必要があるだろうと思います。

太陽風の影響で携帯が使えなくなるかも [Orbium -そらのたま-]
太陽嵐が2011〜12年ごろに活発になるというニュースを受けてのわかりやすい解説でした。こちらを見ながら、特に疑問だったのが日本での各施設の対応状況と、人体への影響の二点だったんですが、色々検索してもよくわからないままでした。特にインフラ周りは結構対応しているんだろうと思っているんですが。また人体の影響は気になりますねぇ。

[ 大学時代の超アスペルガー的大失敗] by アスペルガーライフblog
読んで、これはアスペルガーとか関係なしに教授の方にも大きな問題があって普通対処するのは難しいだろうと思ったんですが、大学教授を親族に持つ知人に聞くと意外とこういうことがあるそうで・・・どれだけ熱意を持って教授に接するかが重要で、その熱意に打たれて最終的には已む無く折れて、試験を受けさせてあげる、というストーリー展開を教授側は求めているようです。コミュニケーション能力をフルに使わされる人種だなぁ・・・ただ、この事例はやっぱり教授側にも対応に問題があるように読める・・・

革命の季節 - 雑種路線でいこう
ネタ記事として読んだんですが・・・ですよね?
黒点なんたらは僕も学生時代のころだから15〜6年前か、栗本慎一郎読んで、無邪気に納得した時期があったなぁ・・・まぁ、現代が様々な価値が大きく転換する時期なのだとしたら、もしかして一つの事象をきっかけにしてどーーんとひっくり返る事態があるかもしれません。南北朝期のように。(→Kousyoublog | 「異形の王権」網野善彦著

ざーっと書いていて、もっと膨らませて個々に一つの記事にまで出来そうな気もしてきたなぁ。ちょっと考えてみようか。
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『点を繋げる』ということ〜ジョブズ卒業式スピーチ字幕付を見た



mbp&co: ジョブズの卒業式スピーチを字幕で
先を見て『点を繋げる』ことはできない。
出来るのは、過去を振り返って『点を繋げる』ことだけなのです。
点が繋がって道となることを信じることで、心に確信を持てるのです。


まさしくその通りだと思う。
様々な過去の、忘れていたり、もう興味も失ったはずの体験がふと気付いたときに一つのことに繋がっていくという経験をすることがある。それが、過去を振り返ってというだけでなく、「ああ、過去の色々な事がまさか今こうして繋がってくるとはねぇ。」というライブ経験をしたときに、毎日の様々な取るに足りないことであっても実感を持って毎日を送ろうという思いが芽生えてくるように思う。
僕も点が繋がっていくだろうという確信を最近は持っていて、その点が繋がるという状態は、自分の体験の積み重ねだけでなく、周囲の様々な事象についても大きく関連していくので、自分を取り巻く世界に目を向けておくことで、道となっていく確信が得やすいのではないだろうか。
その上で自分の、自分なりの物語を生きるということになるのだろう。

また、喪失と死についてはまだよく考えきれていないところはあるのだけど、ただ、丁度昨日「遠い太鼓」の感想書いたけど、同書でも村上春樹は死を意識して作品を書いていると言っていたなぁと思った。
「ノルウェイの森」の有名な一節とも繋がるのだろう。
死は生の対極としてではなく、その一部として存在している。

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)
ノルウェイの森 上 (講談社文庫)
村上 春樹

あるいは喪失と死はある種の同一なものだと言っていいと思う。

喪失も死も人生を形作るものであるわけで、そういう人生観をスティーブ・ジョブズも言い方は違えど持っているというのがこのスピーチからでも分かりますね。

死を常に心に持ち、様々な事を実感して生きていく。多くの喪失を経験しながら、それらの経験が将来道として繋がっていくという確信を持つこと。

真摯に自身の人生に向き合った人の知が溢れるスピーチだと思います。
やっと、ジョブズが話している内容が実感として入ってくるようになってきた。

喪失は実感として持てる。しかし、まだ自分が死ぬというイメージがもてないなぁ。今も好むと好まざるとにかかわらず生きるために、ゆっくりであっても走ってはいるわけだけど、その『死』を実感出来ることで、それまでの走り方とは違う、周囲と自分の体を実感して走り続けることが出来るようになり始めるのかなぁと思う。
死を実感するとは何か、がまた難しいところなのだけど、やはりあらゆる全てのものを喪失する。ということなのだろう。死は等しく誰にも訪れるが、生きることへの強い気持ちがあって始めて、死の実感もまた芽生えると思う。

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スティーブ・ジョブズ-偶像復活
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5分ぐらいで分かる伊勢神宮の歴史

ココロ社さんの記事が超面白かったので、伊勢神宮の歴史についてざっくりとしたまとめです。
実は、伊勢神宮は不変ではない…が、そこがいい。 - ココロ社

■創建〜平安時代
伊勢神宮の創建は不明です。古事記・日本書紀には第十一代垂仁天皇(紀元前69〜70年ごろ?)の皇女によるとも書かれているが伝説にすぎません。

7世紀に持統天皇が式年遷宮を始め、天照大神という天皇の祖先を祀っていることから平安時代を通しては皇室以外の参拝は禁止されていました。

■伊勢神道の成立
鎌倉〜南北朝時代、朝廷の力が衰微したことで、伊勢神宮の外宮内に祀られていた食物・穀物の女神豊受大神(トヨウケビメ)の方が天照大神より偉いんだから、これからはトヨウケビメをメインで祀ろうという考え方を外宮の禰宜(神官)だった度会さんが言い出し始める(伊勢神道のはじまり)

この間も粛々と式年遷宮は続いていたが、戦国時代になると、流石にもう無理っす。ということで式年遷宮は中断。

■伊勢講の始まりとお伊勢参りブーム

16世紀〜17世紀、完全に忘れ去られつつあり、財政難に苦しんでいた伊勢神宮だったが、ここで会心の一撃となるビジネスモデルを考案する。

神官A「外宮に祀られてるトヨウケってさー、食物、穀物の女神じゃん?」
神官B「うんうん。」
神官A「これからはトヨウケを前面に押し出さない?」
神官B「えー、なんで?うち皇室の祖先のアマテラスがメインじゃん」
神官A「いやいや。アマテラスがメインなままじゃもう稼げないって。アマテラスがメインだったら皇室しか参拝に来ないし、朝廷はもうお金ないじゃん。トヨウケが丁度穀物の女神だし、神仏習合でいうと稲荷大明神とイコールだからさー多分ポテンシャルあると思うんだよねー、一気に農民のみなさんに来てもらうのよ。ブルーオーシャン戦略って感じ」
神官B「うーん。そりゃわかるけど農民はみんな金ないし、うちの神社結構辺鄙なところにあるからそう上手くいかないよ。」
神官A「いやいや、そこでまず伊勢神宮のファンを増やして、ファンの皆さんが積み立てしあう仕組みつくるの。最近神社ブーム(中世は現世に嫌気をさした人達の参拝がブームとなった)だし、街道整備されてきてるから(五街道の整備)昔より旅行しやすいし、なんだかんだで昔よりみんなお金持ってるから(後醍醐天皇から織田信長、秀吉に至る各大名・商人の重商主義政策が効を奏して貨幣経済が浸透した)、農民たちもお金さえなんとかなればいけると思うんだ。」
神官B「そうねぇ。今のままだとジリ貧だし、ここは色々やってみた方がよさそうね」

というわけでのちにお伊勢参りとして数百万人を動員することになる「伊勢講」の始まりでした。信者たちで伊勢神宮へ参るための積み立てグループ(=講)が各地で結成され、旅行も兼ねて伊勢参りに行きたいというムーブメントが起こります。お伊勢参り観光ガイドブックとか出たり、伊勢神宮に参ることは一種のステータスになっていたようですね。

最大で以下のような動員数を記録。
1705年4月〜6月 330万〜370万人
1771年4月〜7月 200万人
1830年3月初〜8月末 :427万6500人
当時の日本の人口が約3000万人だったことから考えて凄まじいブームです。

すっかりアマテラスは過去の神。やっぱりトヨウケちゃんだよねー。という感じだったんでしょう。

■明治〜現代へ

時は変わって明治維新。

M天皇「大政奉還してもらったはいいけどさー、朕ってマイナーじゃね?民衆は天皇のこと知らないっぽいじゃん」
大臣A「そうですねー。なんとか知名度アップしていかないといけないんですが・・・」
大臣B「あ、そういえば伊勢神宮ってあるじゃないですか」
M天皇「あー、うちのご先祖様のアマテラスが祀られてるあれね。でも行ったことないからよく知らないんだけどねー。で、それがどうしたの。突然。」
大臣B「ひらめきました。民衆に人気の伊勢神宮利用しない手はないっすよ。(ニヤリ)」

ということで、明治政府は天皇が伊勢神宮の天照大神の子孫であることを前面に押し出し、伊勢神宮を最高位の神社として権威付けに利用しました。
民衆に大人気の伊勢神宮に祀られている天照大神の子孫こそ明治天皇であり、天照の子孫であるから天皇は現人神であるとして祭政一致的体制が整備されました。
第二次大戦後も、神社の別格として最高の地位であることは続きます。

伊勢神宮はこのようにもっとも権威のある神社なり、式年遷宮は絶えることなく続き、常に多くの参拝客で賑わう人気スポットとなりました。

というわけで、かなりアバウトでざっくりなまとめですが、まぁ大体の理解としては間違ってない・・・かな。

とりあえず伊勢神宮まだ行ったことないので、家庭内で伊勢講するか。

参考サイト
伊勢神宮 - Wikipedia
お蔭参り - Wikipedia
神宮式年遷宮 - Wikipedia
神仏習合 - Wikipedia
伊勢神道 - Wikipedia
国家神道の成立
第二節 神明社の歴史

関連書籍
神仏習合 (岩波新書)
日本宗教史 (岩波新書)
古事記講義 (文春文庫 (み32-3))
現人神の創作者たち 上 (1) (ちくま文庫 や 30-3)
ブルー・オーシャン戦略 競争のない世界を創造する (Harvard business school press)

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伊勢詣と江戸の旅 (文春新書)
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金森 敦子
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書店に求めるのはセンスではなくセレンディピティです

行きやすい書店ではなく、センスのいい書店に行く (今日の仕事のコツ ver2.0):NBonline(日経ビジネス オンライン)

基本条件として四つ挙げられているけれど、僕はどれもあまり重視しない。やはり「センスのいい」と感じるポイントは人それぞれかなと思う。

僕にとって書店は本との出会いと発見と情報収集の場。
書店で本を探して内容を軽く把握したり、興味ある分野の本を新たに見つけたりするために書店に行っているなぁ。ほとんど書店では買わなくなったけど、どうしてもすぐに買って読みたい!というような本と出会うことがある。そういう時は書店でみつけた時に買ってしまうかな。

基本的に僕が本を買うまでの流れとしては、書店でみつけた読みたい本をメモ→古い本であれば図書館で予約して読む。新刊であっても図書館入荷を基本的には待つ。
家に帰ってから少し時間を置いて考えた上で、すぐに読みたい本だと思えばamazonなどネットで購入。また図書館で読んだ上で手元に置きたくなったときにもamazonを通じて購入する。

僕にとっての書店の役割というか位置を上記のようなところにおいているので自ずとセンスのよいと思う書店は上記の記事で上げられているものとは違ってくる、というかセンス自体を重視しないところあるなぁ。
良いと思う書店のポイントは以下のような感じかな。

・専門書でも面陳で目立つように並べている。
・出版社別ではなくジャンルやタイトル、作家別である。
・品揃えが豊富
・検索機能がある

ま、どこの書店も特に大型店なら普通そんな状態ですよね。特段のセンスは求めない。

でも書店に行くという行為にセレンディピティというか、偶然の本との出会いみたいなのを期待するところがあって、書店に行くという行為は軽い高揚感を持つイベントなんですよね。僕にとっては。言葉に出来ないんだけど、そういうお客にビビビッ!という感覚を持ってもらおうという努力をしている書店に行きたいとは思う。細分化、具体化出来ない感覚的なものなのが悔しいところだけど。

そういうビビビッ!を感じたら、上に挙げたような書店発図書館経由amazonを儲けさせるみたいなマイルールを無視してその場で買っちゃいますねー。

最近(というかここ半年ぐらいで)書店でビビビッ!というセレンディピティを感じて買った三冊の本
考える人 2008年 02月号 [雑誌]
考える人 2008年 02月号 [雑誌]

Kousyoublog | 故河合隼雄氏最期の対談(考える人 2008年 冬号)は現代人必読です。

ぼくには数字が風景に見える
ぼくには数字が風景に見える
D. タメット

Kousyoublog | 「ぼくには数字が風景に見える」ダニエル・タメット著/古屋美登里訳

ぐるりのこと
ぐるりのこと
梨木 香歩

Kousyoublog | 「ぐるりのこと」梨木香歩著
Kousyoublog | 目的に向かうために忘れないこと

ということで、センスがいい本屋ではなく、我々のセンスを敏感にさせるような環境を作っている書店がいい。要するに書店は出会い系がいい(笑)、というのが僕の結論ってことで。

関連エントリー
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セレンディピティの探求―その活用と重層性思考 (角川学芸ブックス)
セレンディピティの探求―その活用と重層性思考 (角川学芸ブックス)
澤泉 重一,片井 修
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故河合隼雄氏最期の対談(考える人 2008年 冬号)は現代人必読です。

考える人 2008年 冬号 の河合隼雄氏追悼特集がすごい。
何度か行って書籍化の予定が、河合氏が倒れたため未発表となった河合隼雄×小川洋子の対談と、92年に行われた立花隆との対談の二つが収録されている。書店でパラパラと立ち読みしたら、特に前者が余りにも面白くて即買いました。

人が生きていくために物語が欠かせないのではないかということについて様々な側面から二人が語っているのですが、多方面に話題が移りながら、とても示唆に富むというか、今、最も大事なことを河合氏はこれからまとめようとしていたことが分かり、つくづくその死が惜しまれるなぁと思う。

河合 そう。「個」というものは、実は無限な広がりを持っているのに、人間は自分の知ってる範囲内で個に執着するからね。私はこういう人間やからこうだとか、あれが欲しいとか。「個」というのは、本当はそんな単純なものじゃないのに、そんなところを基にして、限定された中で合理的に考えるからろくなことがないです。前提が間違っているんですから。
小川 何か大きな流れの一部として、自分を捉えるような見方が足りないんですね。
河合 「個」を大きな流れの中で考える、そういうふうに「個」を見るいうことはものすごく大事なんじゃないですかね。
小川 日本人は元々そういう素質はあった。
河合 そうですよ。僕はだから、これからそういうことを真剣に考えようと思っているんです。大きな流れの中における個人主義。現代の日本人が考えている個人主義というのは、ものすごく小さいんですよ。ムチャクチャに小さい。


私もここ一年半、大きな流れの中の個ということについて、ずっと考え続けています。個の区切りは人体という個体で区切られるわけじゃなく、もっと曖昧で広いんじゃないか。そして、多分、大きな流れ、というのは有史からの大きな歴史や社会や文化の流れの中での世界と個という関係性について考え続けています。生活の様々な側面を実感して確実に生きることを少しずつでも心がけるようにしていくことで、色々なところにヒントは見えてくるのだけど、それがまだ形として現れてはこない。
とても難しい。
そういう意識を河合氏も持っていたのだなぁと思ってとても嬉しかったとともに、亡くなられた事が返す返すも残念ですね。

小川 でも、科学技術が限界まで発達してしまった現在の段階になると、むしろ厳密さよりも曖昧さの方が人間を楽にしてくれるんじゃないかなって思いますよね。
河合 その通りですね。だからこれからは、厳密さと曖昧さの共存をよく考えないかんことになる。
ただしそれは論理的に矛盾するわけでしょ。でも矛盾したものを持たないかんということです。ガッチリやらないかんことと、曖昧なのと。科学技術を享受しながら、曖昧がよいと言ってはいけないわけですよね、本当はね。
小川 いいとこ取りしているということですものね。
河合 そうそう。だからそれを共存させるような人生観、世界観がないかっていうことを、今ものすごく考えているんです。人間は矛盾しているから生きている。全く矛盾性のない、整合性のあるものは、生き物ではなくて機械です。命というものはそもそも矛盾を孕んでいるものであって、その矛盾を生きている存在として、自分はこういうふうに矛盾してるんだとか、なぜ矛盾してるんだということを、意識して生きていくよりしかたないんじゃないかと、この頃思っています。そして、それをごまかさない。
(中略)
河合 僕の言い方だと、それが「個性」です。「その矛盾を私はこう生きました」というところに、個性が光るんじゃないかと思っているんです。
小川 矛盾との折り合いのつけ方にこそ、その人の個性が発揮される。
河合 そしてそのときには、自然科学じゃなくて、物語だとしか言いようがない。
小川 そこで個人を支えるのが物語なんですね。
河合 ええ。自然科学の成果はたとえば数式になったりして、みんなに通用するように均一に供給できる。そして、それで個が生きるから、物語になるんだっていうのが、僕の考え方です。


そうそう。そうなんです。合理主義的な側面と相矛盾する曖昧さやこころの問題について、特に文化や社会のありようと自分との関係性ってどう折り合いをつけるのかが最大の課題だと私も思っています。合理的なだけでは割り切れない様々な現実をどう乗り越えるかって、私にはとても大きな壁であり、課題であると感じていて、それは明治維新に日本的なものと西洋的なものとの二重構造を生んだままでここまで来たからだという理解までは今辿りつきました。

今現代の矛盾を生きるために、自分でどのような物語を構築するか、そこを考え続けています。
物語の不在とともに、今や一度作った物語がすぐに陳腐化し、無力化していく速度の速さがあると思っていて、そのベースをどう構築するかがとても重要なのだよなぁ。
個性という物語を作ること、そして常に新しい物語を作り続けていくことだと思うのだけど、その一歩がまだ戸惑うこと多い。

まぁ、この物語の不在という話は語り始めたらまだまだ書くこと一杯あるので、折々書いていきたいと思っています。

そして、対談が盛り上がりこれから!という感じのところで河合先生から
河合 続きはまた今度にしましょうか。

この対談の二ヵ月後、河合隼雄氏は脳梗塞で倒れ、翌2007年1月永眠された。

対談の最後は河合氏一流のジョークで締められている。

河合 「望みがない時にどうするか」という有名な話。僕は「望みを持ってずっと傍にいる」ことが大事だってさっき言いましたが、「望みがない時はどうするんですか」って聞かれたんです。すると僕の目の前におった人が「のぞみのない時はひかりです」。みたらね、新幹線の売り場なんです(笑)。


のぞみのないときはひかりです。そしたらこだまが帰って来ますよ。

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馬事公苑前のけやき並木道

馬事公苑前のけやき並木

去年の十月ごろに撮った写真。馬事公苑前のけやき並木です。この頃はまだ緑がよく繁る心地よい雰囲気。11月には紅葉が始まり徐々に美しくなります。そして12月末には落葉して、今は寂しい感じです。

夏と秋の境目ごろのこの並木道、特に世田谷通り側から見る風景はなんともいえない素敵な雰囲気を持っているなぁと思っています。

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馬事公苑前のけやき並木

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初夢のおはなし

日本人というか人間と夢の関係は古く古代にまで遡る訳ですが、日本では古く古事記の頃には中国式の夢占いや夢解きが行われ、夢を皆が語るようになっていたようです。平安時代から鎌倉時代になると西行は「年暮れぬ春来べしとは思ひ寝にまさしく見えてかなふ初夢」と詠んだり、僧明恵は「夢記」という夢日記をつけたりして、夢を語ることは日本人と切っても切り離せぬものになっていたように見えます。その後室町時代には良い初夢を見るために「永き世の遠の眠りの皆目覚め波乗り船の音の良きかな(なかきよのとおのねふりのみなめさめなみのりふねのおとのよきかな)」という回文を書いた宝船の絵を枕の下にしのばせたり、江戸時代には初夢で縁起の良いものを「一富士二鷹三茄子」と言う様になったりして初夢が特別視されるようになりました。
習俗として1月1日〜1月2日または1月2日〜3日にかけてみる夢を初夢とするのが一般的ですね。

明恵 夢を生きる (講談社プラスアルファ文庫)
明恵 夢を生きる (講談社プラスアルファ文庫)
河合 隼雄

ここまで、参考URL
初夢 - Wikipedia
枕の夢・夢の枕1
初夢/江戸のつれづれ/江戸文化と伝承/吉原遊び江戸の日々
日本史特講I「夢見と夢解きの古代文化論」質問と回答
明恵 - Wikipedia

さて、私は今までは夢を見てもあまり心に留めずさらっと流していたのですが、最近、特にここ一年ぐらいは、夢もまた、自分の中のイメージの一つとして、一旦受け止めるというか、受け入れるようになってきました。

我が家では毎朝起きてから家人とどんな夢を見て、その夢をどう思うかみたいなことを雑談として話すことが多いのですが、(そういえば村上春樹も「遠い太鼓」で奥様と朝は夢の話をすると書いていて、ちょっと親近感を持った)そういう生活の一部としての距離感を持っていると、なかなか毎日が面白く感じます。

遠い太鼓 (講談社文庫)
遠い太鼓 (講談社文庫)
村上 春樹

特に初夢だから、とか夢占いとかは考えず、夢もまた生活の一部という自然な感覚かな。夢に意味や吉凶とか予知とかがあるとは思いませんが、夢を端緒に自分自身の感情とか思いとか生活とかを振り返るというのはなかなか良いことなんじゃないかなぁと。

ということで、初夢!というように肩肘張らず、大晦日から今朝方までに見た夢はこんな感じ。

12月31日〜1月1日にかけてみた夢
私は犬が苦手なのだけど知人の飼い犬を預かることになり、どうしていいかわからずあたふたとしてしまう。とりあえず散歩させたりするのだけど、犬が疲れたようで抱きかかえてやると犬は糞をもらしてしまい、私の手にもついてしまう。とりあえず手についた糞を洗い流して犬を見ると犬も汚れているのだが、タツノオトシゴのような子供が生まれてその犬の側に横たわっているのと、その犬の背中に胴長の犬がもう一匹重なっていて何やら不思議な状態に。とりあえず犬の汚れをとってやらなきゃと思い、ホースを探してきて犬に向かって放水すると、犬の背中に乗っていた胴長犬がコテッと倒れてしまう。そこに僕に犬を預けた方が戻ってきて、嘆息して静かに「こんなことを犬にしてはダメですよ・・・」と静かに言ってくる。では、私はどうすればよかったのだろうか・・・と戸惑いつつ夢は終わり。

1月1日〜2日にかけてみた夢
映画館か喫茶店だと思うのだけど、テイクアウト式のカウンターでメニューを見ながら紅茶を注文すると「2,600円になります」と店員が当たり前のように言ってきてびっくりする。高すぎる・・・と思い注文をキャンセル。何故2600円もするのだろう。という疑問とともに目が覚めた。

1月2日〜3日にかけては夢を覚えていない。何か断片的にイメージが残ってはいるのだけど。

ということで、犬を好きになろう!という訳ではなく、確かに苦手なことと上手く付き合い、適切に対処することを避けているようなところがあるなぁという感覚はなんとなく持っていたけどやはりそれと向き合うことは先延ばしにしていたなぁと思います。そういう思い抱きつつ正月を過ごしている感じ。

初夢からどんなことを感じて、どんな自分の姿に向き合えたかを考えてみるというのも一年の最初にしてみると面白いかもしれませんね。

ヒトはなぜ、夢を見るのか (文春新書)
ヒトはなぜ、夢を見るのか (文春新書)
北浜 邦夫

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初詣の歴史を調べてみた

初詣の由来について以下のエントリーを見てかなり興味が沸いたので調べてみました。

初詣の歴史を皆知らない - mmpoloの日記

盆と正月はそもそもは豊穣を祈る行事として存在していた。
参考
◆夏の行事、お盆・盂蘭盆会(うらぼんえ)(八)
(※注1)農耕民族である我が国において、正月と盆の行事は、年中行事の中で最も重要なものである。正月は歳神(トシガミ)の来臨を願いこれを祀り、一年の農耕生活の安泰を祈ろうとすることと、一年の行事を儀礼化して演出し、類感呪術・模倣呪術によって豫期の収穫を得ようとする行事や、年穀や天候の吉凶を占う行事を中心にして、種々の呪術宗教的な要素を以て構成されている。歳神のトシは時間の区切りとしての「年」であるとともに年穀の稔(トシ)でもあり、したがってこの神は穀物霊、ことに稲霊から発達した農耕神と考えられている。

 すなわち、秋の収穫が終わって次の蒔種期に至る中間、そして太陽が南行の極みに達して北行に変わろうとする境目において、穀霊の活力の復活を祈り、豊かな稔りを期待する呪術的・祈祷的な儀礼行事として始まったものと考えられる。しかし他面、この神をミタマサマといい、供飯をミタマノメシと呼び、さらには「佛の年越」「先祖正月」として家の先祖の霊を迎え祀るところの多いのを見ると、この神は先祖霊としての性格も持っており、七月の盆行事に対する祖霊祭祀としての色彩も濃いようだ。

ということで、正月は五穀豊穣を祈り神の訪れを待つ行事だったものが、

書評・川田稔『柳田国男のえがいた日本』
氏神とは、本来それに奉仕している人々の祖先の霊魂を神として祀ったものであり、初代の祖先の霊のみでなく、代々の祖先の霊をも包含した祖霊の融合体である。そして、人は誰しも死後一定の期間を経た後に浄化され、清められた存在になることによって氏神に融合され、山のいただきにとどまって、農産物の成育を助け、子孫の繁栄を見守っていると人々に考えられてきた。したがって、氏神の守護に対して人々は一定の時期に神を祀る儀式を毎年繰り返し行っていたのである。このように本来氏神は大家族制のもとに、同一の血縁集団とその占有する土地を保護するものであったが、大家族制の解体が進み、複数の異なった氏神をもつ人々が集合して村を形成するようになると、村の住民の内面的な共同性を形成し村内部の結合を安定化させるために、通常それらの家々の氏神がともに合祀されるようになった。それが、近代日本の農村において一般的にみられる「村の氏神」である。

このような過程で後に村の巨大化によって氏神を共同で祀るようになって、家長が祈願のために大晦日の夜から元日の朝にかけて氏神の社に蘢る「年蘢り」が行われるようになったということでしょうね。
ちなみに現在のような村の成立は網野善彦の「日本の歴史をよみなおす」によると南北朝から室町にかけて15世紀前後だと言われているようです。
日本列島の主要部に、村と町といえる明確な実体を持つ集落が安定的に成立するのは、だいたい十五世紀ぐらいからといってよいと思います。


おそらく15〜16世紀にかけて合祀された氏神を中心とした村落が成立したのちに、「年篭り」が始まったと考えられますね。
そののち除夜詣でと元日詣でに別れて、恵方詣でが始まる訳ですが、除夜詣で、元日詣での成立はよくわかりませんでした。元日なだけに図書館も開いてないし。ただ、大晦日と元日の役割の違いが根本にはありそう。

◆夏の行事、お盆・盂蘭盆会(うらぼんえ)(八)
正月は歳神(トシガミ)の来臨を願いこれを祀り、一年の農耕生活の安泰を祈ろうとする

六月と十二月の晦日(みそか)には、天下万民の罪や穢れを祓う大祓が恒例となっている。

ハレのイベントとしての正月と禊としての大晦日。これを明確に分けた、あるいは別れていったんじゃないだろうか。

で、ハレのイベントだけが家長だけでなく家族みんなで氏神に詣でるようになったと。
さらに恵方詣では恵方というと陰陽五行思想に基づいていると思いますが、陰陽道の全盛期にあわせて恵方など方位がブームになり、江戸末期にそのブームがしぼんでいったんだろうと思われますね。
陰陽道とは
陰陽道宗家の凋落的な傾向とは別に室町時代辺りから民間に浸透してきた陰陽道は江戸時代に全盛期を迎えます。諸国を巡回して暦や方角の吉凶を教えたり加持祈祷などによって一般庶民の支持を得てきました。

明治時代には新政府による陰陽道の廃止により土御門神道は取り壊されましたが、戦後、信教の自由のもとで天社土御門神道として再興されました。


おそらく恵方詣での終わりと、鉄道など日本の流通力の飛躍的増大とがマッチして、かつ氏神を中心とした村の単位が明治維新によって壊れていったという転換点で、農耕的な祭祀からイベントとしての初詣に転じていったのだろうと思われます。
そういう空気があって、恵方なんて関係ねーというような鉄道会社のPRが効を奏したのかと。

鉄道会社がPRしたのは間違い無さそうですね。
ちくさ通信: 初詣の歴史

だから、鉄道会社のPRによって現在の初詣が始まったのではなく、社会の転換として現在の初詣が始まったといえるのかなぁ。

複数の家族による村の成立が生産力の向上、分業、貨幣経済と流通網の整備で15世紀に成立したように、明治期に村社会が崩れ鉄道によって流通網が飛躍的に向上し、宗教的祭祀の効果が薄れたことで、とりあえず区切りとしての初詣というイベントが成立していったんじゃないかなぁ思ったりします。それは鉄道会社が恵方を混乱させたりしなくても自然と成立したものではないか、と思ったりするのだけど、そこはもっと調べてみたいなぁと思います。

後半グダグダというか推論ばっかりになってるのがイマイチあれかな・・・と思いつつ。

1/2 16:55追記
続けて、このことに関連してちょっと飛躍したことを書きました。
Kousyoublog | 初詣は変化を体験する画期的イベントだったのではないか。ケータイ小説のような。

日本の歴史をよみなおす (全) (ちくま学芸文庫)
日本の歴史をよみなおす (全) (ちくま学芸文庫)
網野 善彦

関連エントリー
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Kousyoublog | 神社にはお願い事をするより報告をしよう
Kousyoublog | 神社の参拝の方法
Kousyoublog | 初詣

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今年の15冊

今年読んだ僕が大きく影響を受けたり考えさせられた本一般書10冊+小説・エッセイ5冊。
超長くなったので続きを読むからどうぞ。

関連
2007年の○冊 - はてなムラ揉め事マグニチュード

↑こちらのブログが今年の○冊がまとまっていてとても参考になる。
続きを読む >>
読書:全般 | trackbacks(1) | ブログランキング・にほんブログ村へ ブックマークに追加する あとで読むこのエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーを含むはてなブックマーク

最近見た夢いくつか

最近観た夢をいくつか。
ここ最近、夢が明確なイメージとして起きた時に残っていることが多くて、戸惑い半分、面白さ半分みたいな感じ。

12月21日に見た夢。
掃除機が進化して僕の脳や身体に電波を送って優しくリラックスさせてくれる夢を見た。心地よい気持ちになったんだけど変な夢だ。その後その掃除機と一緒に親戚?の家を掃除しにいくのだが、そこはスラム街。掃除を拒否して放水とかしてくる。しかし、掃除機は水すら吸い取り、掃除してきれいにすることを相手も納得して掃除に応じてくれる。気持ちよく帰路につく途中で威勢よく川沿いに集まる一団が。油断しているとタバコの火を押しつけてきたりするが、何故か打ち解ける。最後はみんなで川に飛び込むことになって次々皆が飛び込み、僕も橋の欄干から飛んだところで目が覚めた。

年末差し迫った時期で身辺整理&大掃除しないとという気持ちの投影かなーとか思ったり。

12月22日に見た夢
おそらく夏場、アーケードになってる商店街を歩いていると突然二人組の中年男性にその来ているTシャツ万引きしただろう!と言いがかりつけられる。潔白を証明するために服を脱いで見せたら、相手は非を認めて、一方が着ていた上着を僕にくれた。それを羽織って別れるのだけど、ポケットには彼の鍵とかタバコとか入ったままだし、なんだか格好悪いしこの服とは別の服にしないと・・・という焦りを覚える・・・というところで覚醒。

よそ行きのペルソナみたいな僕の外交的な側面が未熟であることの投影か。社会化に不安は確かに持っている。

そのほか、ここ数日は見なくなったけど、電車に乗る夢を毎日のようによく見ていた。どれも乗換えで迷ったり、待たされたり、行き先がわからなかったり、延々と乗っていたり。
電車は人生だったり環境・人間関係の変化だったりを自分が感じていることの投影とも言う。確かにそうだなー。今抱いている感じを現実の変化につなげたいと思う。

夢というのは確かに記憶の断片の再整理やイメージでしかないのだけど、現実の振り返りとしてそこに意味やつながりがあるのではないか、という思いで現実との接点を探る一手段として思索してみると意外な発見があるのでは無いか、と思ったりしています。勿論なんの意味や象徴性も無いことも多いのだけどね。

ヒトはなぜ、夢を見るのか (文春新書)
ヒトはなぜ、夢を見るのか (文春新書)
北浜 邦夫


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アマデウス

アマデウス
アマデウス

ひさしぶりに再見。天才音楽家ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの生涯を同時期の音楽家アントニオ・サリエリの視点から描いた傑作で、アカデミー賞など各賞受賞。

若い頃に見たときはサリエリの気持ちって良く分からなかったのだけど、今になって見直したら、サリエリの思いがひしひしと伝わってきた。嫉妬というより執着。本当にモーツァルトが作る音楽が好きでその虜になってしまったのだと思う。その音楽がたまらなく好きで、でも下品で軽薄なモーツァルトの性格が許せない。だから、モーツァルトを殺すことを想像して、敢えて追い詰めるべく鎮魂曲(レクイエム)の作曲を依頼するのだけど、サリエリは本当に殺そうとは思ってなかったのではないかなー。少なくとも、自分に足りないモーツァルトの音楽の才を受け継ぎたかった。そういう自分の不足を補いたいという渇望が、サリエリを突き動かしたという展開はとても面白い。最後にモーツァルトの作曲を体験出来たことでサリエリはとても充実した瞬間を味わえたのではないだろうか。

実際のサリエリはモーツァルトに嫉妬するような要素は無いほどに社会的成功を収め音楽教育者として、少年期のベートーベン、シューベルト、リストなどを指導するなど絶大な功績を残しており、モーツァルトの次男も師事している。
実際、サリエリによるモーツァルト暗殺説が口さがない人々に囁かれて晩年はとても苦しんだそう。人の悪意が消えず200年余りも続くのは残酷である。
サリエリ再評価の兆しが最近あるそうで、それが救いかな。

しかし、サリエリ老の昔話に付き合わされた神父様おつかれ。この物語を受け止めるには荷が重そうな人だった。しかし、神父様もサリエリもまた我々の姿であった。
『凡人よ。罪を許そう』
そうサリエリは宣言して物語が終わる。
足りないものを埋めたいという願いは誰もが持つものだが、過ぎた願い、埋められない願いを持つことは罪であろうか。

人は誰しも、自分に足りない部分を埋めたいと思う欲求を持つし、それが何かの原動力になり、成長していくのだけど、埋めようにも埋められないものがあって、それを持ってしまうことはとても不幸である。
人が人である限り欲を持つことは止められないと思う。だから「罪を許そう」なのだ。そのような人間の弱さを許して物語が終わる。

この映画はサリエリとモーツァルトの物語に仮託して人の業や弱さを描いた人間賛歌の傑作だと実感しました。
映画レビュー:洋画 | trackbacks(0) | ブログランキング・にほんブログ村へ ブックマークに追加する あとで読むこのエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーを含むはてなブックマーク

かれは○○な人なんですよー

良く他人がどんな人かを説明するとき、または自分のことを説明するとき、○○な人という言い方します。僕も人から知らない人に紹介されるときは「映画に詳しい人」とか「神社に良く行く人」とか「良く歩く人」とかそういう言われ方をします。実は、こういう紹介のされ方をするたびに、軽い戸惑いと微妙な違和感みたいなのを覚えて、『いや、確かに映画は人より観ている方だと思うのだけど最近はそうでもなくて、しかも映画的素養は殆ど無いので映画に詳しい人と今言われたんですが、そういうわけではないんですよ。』とか『確かに神社に行くんですが、良く行くかというと微妙で、確かに人より神社を訪れる頻度は高いとは思うのだけど、この「神社に良く行く人」という言われ方から生じる神道だったりそういう信仰を持っている信心深い人の様なイメージを持たれるかもしれませんがそういうことはなくてうんぬん』とか抗弁したくなる思いが込み上げてきます。勿論そんなことは言いませんけどね。確かにそういう側面はあるんだけど、その側面だけを捉えて僕の全体であるかのように紹介されることに関して内心忸怩たる思い(一度使ってみたかったフレーズ)を抱いてしまう。

ただ、こういうラベリングをすることで、相手は想像しやすくはなるんですよね。あー、この人は散歩が好きなんだとか映画が好きな人なんだとか、僕は言われたことないけど、とにかく面白い人とか、紹介者が被紹介者に対して持っているなんらかの強いイメージを表現して○○な人って言っているんだろうなー。だから、紹介者と被紹介者を紹介される第三者との相互理解のために○○な人って言っているのであって、被紹介者を紹介する目的ではないのかなーと思うようにしてる。例えばAさんが僕を「映画に詳しい人」とBさんに紹介したら、Aさんが僕に対して持っている映画に詳しいkousyouというイメージに沿うような振る舞いをして、AさんとBさんが僕を媒介にしてイメージを共有・共感し合えるように心がけるようにしている。

でも、本当に見て欲しいのは映画に詳しい僕ではなく、良く歩く僕でもなく、映画に詳しい僕と良く歩く僕と神社に良く行く僕と本をよく読む僕など、色々な切り口の僕を繋ぐ部分であり、逆に誰かを紹介されたらそういうラベリングされた彼/彼女ではなく、そのラベリングされた部分も含め、その切片に繋がる無形の部分を知りたいと思う。

そこが人を理解することなんじゃないのかなぁということを最近思うようになってきたのだけど、なかなか相手のそういう部分を見出すことは難しい。自分のそういう部分を伝えることはさらにむずかしい。

人を一面だけで見ないように気をつけたいなぁとおもう今日この頃。
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女性美容師との会話が地雷原のようなものである件

今日の午前中久しぶりに髪を切ってきた訳ですが、美容師との会話ってなぜこんなに大変なのでしょうか。今日もどうやら地雷を踏んでしまいました。
私:35歳男。独身。彼女あり。
美容師:20歳前後女性。独身。恋人の有無不明。

美容師(以下ビ): 「今日は結婚式日和なのか、髪をアップにするお客さん多いんですよー。午前中だけでもう三人も」

私: 「そうなんですか。大安なのかなー」

ビ: 「いやー、大安というわけでは無さそうなんですけどねー」

私: 「そうなんですか。雨なのに結婚式なんてみんな大変ですねー」

ビ: 「ですよねー。結婚式をするなら天気良い方がいいですよねー。結婚式するならどんな天気でどんなシチュエーションでとかなにかイメージありますか」…A

私: 「(少し考え込んで)いやー、特にイメージできないですねー」…1

ビ: 「そうですかー。やっぱり男性より女性の方が結婚式は具体的なイメージとかあるんでしょうねー」…B

私: 「どうなんでしょうねー」…2

ビ: 「私もイメージしにくいなー。というか結婚自体出来るかあやしいです(笑)」…C

私: 「(苦笑)」…3


〜〜微妙な雰囲気になりこの話題終了。数分後別の話題に〜〜

どこが悪かったのか色々反省してみる。
というか、一目瞭然なんだけど、決定的なのは美容師の発言Cに対して3のように苦笑でしかリアクション取れなかったことにあるんだけど、その決定的な自爆テロ攻撃の前に回避するポイントが1、2と二回もあったことが、会話を振り返ってみるとわかった。

美容師の発言Aで、美容師本人はイメージを持っていないけどある程度一般的だったりするような結婚式のイメージから話題を膨らませよう、あるいは美容師自身アバウトにイメージを持っていることをほのめかしているにも関わらず、私は自分がイメージが特に無かったので、特に無いと答えてしまいキャッチボールを終わらせようとしてしまっている。さらに発言Bでそんな会話に助け舟を出すようなもう一歩突っ込んだ発言をBがしているのに、さらに発言2で華麗にスルー。美容師の気持ちを汲取らなかったため、発言Cという地雷散布で、そこも回避出来ず(発言3)微妙な雰囲気が生まれてしまったようだ。

発言1、2で
「イメージですかー、僕はあんまりイメージできないんですが、美容師さんは何かあるんじゃないですか?」
あるいは
「知り合いでゴンドラ乗ったりするのが夢の男性とかいましたけどねー。ゴンドラどうですか?」
とか具体例を出すことで相手の気持ちを引き出すことで、話題が具体的になって良かったのかもしれない。

そうすると発言Cのようなコミュニケーション能力を最大限に生かさなければならないシビアな発言は回避出来たんじゃないかしら。と反省中。

今読んでるこの本が結構ためになるんだけど
対話で心をケアするスペシャリスト《精神対話士》の 人の話を「聴く」技術
対話で心をケアするスペシャリスト《精神対話士》の 人の話を「聴く」技術

「オウム返し」の相づちで、話題の核心に迫っていく
「キーワード」をさりげなく復唱する
というあたり使えるかもしれない。
この本では結構シビアな場面で想定されているのだけど、上記のような話題の広がりを行わないといけないが、自分にノーアイデアなときにもいいかもしれない。

しかし、発言Cのような自虐系発言は女性と話すと定期的に飛び出してとても困るんだよなー。あれは即座に否定するか話題を変えて相手を褒めないと地雷踏んじゃう。とても難しい。上のような苦笑で終わらせるリアクションは最悪の手だった。

発言Cはどう答えるべきか。というのがまだ答えが出ていない・・・
「大丈夫。きっとできますよー」だととても無責任
「あー、好みの理想が高い感じ?」だとやらしい。
「いやいやー、まだ若いんだし」あたりが無難だろうか・・・
あるいは「結婚なんてタイミングだし、私もかなりあやしい」と自爆で返すとか。

まぁ、私は空気と相手の感情が限りなく読めないタイプなので、こういうコミュニケーションはかなり難しいのです。(と自爆で締める)

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「沼地のある森を抜けて」梨木香歩著

沼地のある森を抜けて
沼地のある森を抜けて

化学メーカーの研究室で研究者として働く上淵久美は、叔母の時子が突然亡くなったことで代々伝わる「ぬか床」を引き継ぐことになった。ぬか床を引き継いでから不思議な現象が相次ぎ、その謎を探っていく。というお話。
サイドストーリーとして異世界の話「かつて風に靡く白銀の草原があったシマの話」が同時進行するという展開から、村上春樹の「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」を想像させられる。確かに似ている様にも見えるのだけど、大きな違いがあって、「世界の〜」は意識と無意識の統合の話で、こちらは意識と集合的無意識の統合の話だと思う。

この作品のテーマは後半のセリフに集約されている。
世界は最初、たった一つの細胞から始まった。この細胞は夢を見ている。ずっと未来永劫、自分が「在り続ける」夢だ。この細胞は、ずっとその夢を見続けている。さて、この細胞から、(中略)羊歯状にあらゆる生物の系統が拡がった。その全ての種が、この母細胞の夢を、かなえようとしている。この世で起きる全ての争いや殺し合いですら、結局、この細胞を少しでも長く在り続けさせるために協力している結果、起きること。単なる弱肉強食ということではなく。全ての種が、競い合っているような表面の裏で、実は誰かが生き残るように協力している(中略)生物が目指しているものは進化ではなく、ただただ、その細胞の遺伝子を生きながらえさせること。


壮大だが、同意する。しかしどこかで、そうではない。とも思う。
種全体で見れば目的に向けて調和しているのかもしれないが、個のレベルでは必ずしもそうではない、と信じたい。遺伝子の「目的」に違和感を感じている。種全体で目的と言うほど強い何かを持っているのだろうか。それぞれの個は自分と自分の身の回りの調和に全力を尽くすだけなのではないだろうか。そういった種全体としてではなくとても卑近な範囲での目的の積み重ねが、もしかしたら全体の調和に繋がっているのではないか。種全体の意識には目的は無いし、それに個が必ずしも向かっているわけではない。と信じたい。

梨木さんは飛躍を遂げるためにこの作品をまとめたのだろう。「ぐるりのこと」の後に出したのがこういう作品だというところに意味を感じずにはいられない。

「ぐるりのこと」はまさに彼女の「ぐるりのこと」にリフレクトし深化しあうということを意識した内容だった。この「沼地のある森を抜けて」は彼女のぐるりのことがまさに人類あるいは生命全体の広い世界に拡がっていることを感じる。そして、残念ながら僕はそこまで至っていないので、多分このあと出る本からは梨木さんの本とは少し離れていくことになるのかなぁと思ったりする。僕の世界と梨木さんの描く世界が接さなくなってきている感覚。

また、蛇足だけど、この本は壮大なテーマに感慨を抱かされる反面、残念なところも多い。「安世文書」は大正期の書物ならば当時の文体で描くべきであったのではないだろうか。あるいは文書を読んだ登場人物に説明させるとか――現代的な表現も多くて読みながら違和感を拭えなかった。
何度か読み直して自分の中でかなり変換作業をした上で当時風のイメージを作れたけども。
またこれだけのテーマを小説として物語化するにはもう少しボリュームが欲しいかもしれないなぁ。

クライマックス、壮大なテーマが集約していく様の見事さはおお!と思った。生命の素晴らしさを描きたかったのだということをとても感じさせられる。残念なところもあったが良い作品だと思う。

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「ぼくには数字が風景に見える」ダニエル・タメット著/古屋美登里訳

ぼくには数字が風景に見える
ぼくには数字が風景に見える
D. タメット


サヴァン症候群かつ、自閉症スペクトラムとしてアスペルガー症候群であり、円周率を22514桁まで暗唱し、10ヶ国語を操るダニエル・タメットの半生を著した自伝。

サヴァン症候群は普通とは違った脳の発達の結果、記憶、計算、芸術などの領域において超人的な才能を発揮する反面、アスペルガー症候群や自閉症などの発達障害を併せ持つことになるという。

主人公ダニエルはサヴァン症候群として数学、言語の面で天才的な才能を有し「共感覚」という不思議な感覚を持っている。共感覚とは一つの刺激によって複数の感覚が連動して生じる現象のことで、ダニエルの場合、数字と色や形や感情が浮かんでくるのだという。
11は人なつこく、5は騒々しい、4は内気で物静かだ(中略)
1という数字は明るく輝く白で、懐中電灯で目を照らされたような感じ。5は雷鳴、あるいは岩に当たって砕ける波の音。37はポリッジのようにぼつぼつしているし、89は舞い落ちる雪に見える。


サヴァン症候群と共感覚による才能の素晴らしさはもちろんだが、彼が真に素晴らしいと思うのは、自分一人だけの世界を選ばず外に一歩踏み出したことだと思う。アスペルガーであれば、自己を他者から弧絶された環境に身を置いたほうが楽に感じる事が多いだろうに。
さらに他者との関係の中でも自分を見失わず冷静に自己を見つめているところが尊敬に値する。他者との関係の中での自分像に気付かない、あるいは目を向けることが出来ずに疲弊してしまい、適切な関係を築くことが出来ないことも、アスペルガーであれば多いのではないだろうか。
25514桁を暗唱し、アイウsランド語を一週間で覚える天才としての姿より、そういう日々の等身大の、自己を見失わず、丁寧に生きている彼に感動した。

ダニエル・ダメットには数字が風景に見える。そしてその風景には数字だけでなく様々な人々や、日々の生活で直面する事柄もまた美しい風景としてリアルに存在しているのだろう。

僕の風景には何が見えるだろうか。

ということを考えずにはいられない一冊。
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「こころの処方箋」河合隼雄著

こころの処方箋 (新潮文庫)
こころの処方箋 (新潮文庫)

先日亡くなった臨床心理学の大家、河合隼雄氏のエッセイ集。
氏はあとがきでこの本について、なかなか言葉にしにくい常識を書いたものだが、常識があまり知られない世の中になってきたので、こうやって本にして売ることになったのだなぁ、というようなことを仰っている。
確かに、この本には当たり前のこと、というか読むと納得することが多く書かれているのだけど、それを言葉として目の当たりにすると本当に多くの発見と気付きがもたらされるように思います。すぅっと身体のどこかに入ってきて、ストンと落ちる感じ。

目次を目にするだけでも、ああ、という気持ちになる。

人の心などわかるはずがない/ふたつよいことさてないものよ/100%正しい忠告はまず役に立たない/絵に描いた餅は餅より高価なことがある/言いはじめたのなら話合いを続けよう/日本人としての自覚が国際性を高める/心のなかの自然破壊を防ごう/灯台に近づきすぎると難破する/イライラは見とおしのなさを示す/己を殺して他人を殺す/100点以外はダメなときがある/マジメも休み休み言え/やりたいことは、まずやってみる/一番生じやすいのは一八〇度の変化である/心の中の勝負は51対49のことが多い/うそからまことが出てくる/説教の効果はその長さと反比例する/男女は協力し合えても理解し合うことは難しい/人間理解は命がけの仕事である/ものごとは努力によって解決しない/自立は依存によって裏づけられている/心の新鉱脈を掘り当てよう/健康病が心身をむしばむ/善は微に入り細にわたって行わねばならない/「耐える」だけが精神力ではない/灯を消す方がよく見えることがある/文句を言っているうちが華である/生まれ変わるためには死なねばならない/同じ「運命」でも演奏次第で値段が違う/ソウル・メーキングでもやってみませんか/うそは常備薬 真実は劇薬/逃げるときはもの惜しみしない/どっぷりつかったものがほんとうに離れられる/強い者だけが感謝することができる/勇気にもハードとソフトがある/一人でも二人、二人でも一人で生きるつもり/心の支えがたましいの重荷になる/「昔はよかった」とは進歩についてゆけぬ人の言葉である/道草によってこそ「道」の味がわかる/危機の際には生地が出てくる/日本的民主主義は創造の目をつみやすい/家族関係の仕事は大事業である/物が豊かになると子育てが難しくなる/権力を棄てることによって内的権威が磨かれる/権力の座は孤独を要求する/二つの目でみると奥行きがわかる/羨ましかったら何かやってみる/心配も苦しみも楽しみのうち/のぼせが終わるところに関係がはじまる/裏切りによってしか距離がとれないときがある/精神的なものが精神を覆い隠す/「知る」ことによって二次災害を避ける/「幸福」になるためには断念が必要である/すべての人が創造性を持っている


各項目4ページ程度で幅広く様々な事柄について語られているので、様々な自分の置かれた状況によって考えさせられることが変わってくるだろうし、その都度発見があるだろうと思うテーマの数々です。

最近の僕の感覚だと『道草によってこそ「道」の味がわかる』は深く肯かされるなぁ。道草ばかりしてきたけど、真に道草はまだできていないように思っている。

夏目漱石の『道草』を取り上げて同作に俯瞰している目の存在を指摘した上で
道草によってこそ道の味がわかるとは言っても、それを味わう力をもたねばならない。そのためには漱石の『道草』ほどまでにはいかないとしても、それを眺める視点をもつことが必要だと思われる。


そうそう。その道草している自分を俯瞰する視点を自覚するようになってきた。これから今までとこれからの道草の味を心に染みさせることができるようになればなぁと思うのだけど。

他、どの項目も色々思ったり、気付かされることが多いです。たびたび読み返したいなぁと思う。
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「人類の足跡10万年全史」スティーヴン・オッペンハイマー著

人類の足跡10万年全史
  • スティーヴン オッペンハイマー、仲村 明子
  • 草思社
  • 2520円
Amazonで購入
livedoor BOOKS
書評/サイエンス

人類は、いつどのようにして生まれ、どのような過程を経て現代に生きる我々へと至るのか、という問いに対する現時点での総まとめ的な一冊。

付録の図表まで含めて400ページを超える論文で、読むのにかなりの時間と労力と手応えがありました。
枕元に置いて寝る前に読んでいたのだけれど、夢の中で手斧を持った現生人類に襲われたことが一度ならずあって命がけの読書だった・・・というのはウソです。

さて、人類はどのように歩んできたのか。
かつては各地域で個々に進化したとする他地域進化説とアフリカから全世界に広がったとするアフリカ起源説とがあったが、遺伝子学の発展によって、後者が定説となった。

そして今や、我々非アフリカ人はたった一組の男女にまで遡ることが出来る。母系はミトコンドリア、父系はY染色体が交配によっても変わることなくその特徴を残しているのだ。

400万年前にアウストラロピテクス・アナメンシスが二足歩行を開始し、いくつもの類人猿が登場しては消えて行き、250万年前、ついに我々の祖ホモ族がアフリカに登場。脳の容量が増え、道具を使うようになったホモ族は系統に分かれながらも地上を支配した。しかし氷河期によって絶滅の危機に瀕する。しかしなんとか生き残り17万年前、我々ホモ・サピエンスが登場。
アフリカで漁労採集生活を送りながら徐々に発展していった。

我々がアフリカを出発したのは諸説あるが、この本では七万年前以上(8万5千年前)という説を採っている。
数十名から数百名のこの一団は何か必要に駆られてアラビア半島の南側からアフリカを出発した。人類史上アフリカを旅立つことに成功したのはこの集団だけだった。ここから人類の長い長い旅が始まる。
勇敢な彼らだったが、しかし、数万年の旅の過程で最初の遺伝子は一組の男女を残して絶滅した。この集団のうち、現代まで生き残っているのは男性、女性たった一組の遺伝子だけしかない。
この一組の遺伝子が壮大な人類史の始まりだったというお話。

ぼんやりと知っていたが、こうして科学的な考察を含めて提示されるとその壮大さに身震いがします。

この一組の遺伝子はのちにインドで母系のミトコンドリアイブは二手に、父系のY染色体は三つに別れ、アジア、オセアニア、ヨーロッパへと分散していきます。
この系統図は図解で挿入され各人種がどこで別れて行ったのかも一目出来、その過程を遡っていく楽しみが味わえます。系統図に日本人を見つけたときにはやはり嬉しい。我々も長い旅をしてきたのだなぁという感慨は確かに沸いてきます。

一組の遺伝子から始まる人類の旅は長く、その別れた子孫たちはその地域毎の環境に合わせて変化していきます。アジア地域のモンゴロイド、西ヨーロッパのコーカソイド、アフリカ・東南アジアの一部のネグロイド、オセアニアのオーストラロイド。
この本では人種間に優劣は無いとしていますが、そこはまだ異説もあり研究過程の分野。人種によってその環境に適用するため優劣が生じたという説も強いようです。勿論、差はあっても、そこに差別を持ち込むべきではないと思いますが、差別を否定するために事実を見ないようにはしたくないところ。ナイーヴな問題が科学者達を囲んでいるようで、著者は敢えて優劣は無いと力説しています。

アフリカを出た我々の祖先がどのように別れどこに行ったのか、一組の遺伝子を持つ子孫がどのように変わって行ったのか、についてはまだ仮設と推論も多いようなのですが、大きな流れが具体的に描写されていて面白かった。しかし、読み辛さは確かにあるので理解が及んでいない面も多かったです。

このように、凄いボリュームで文字通り全史と言って良い内容なのですが、惜しいのは2003年に出版された本の翻訳というところですね。こういう研究分野はそれこそ日進月歩、次々と新しい発見がなされる分野だけに、すでに古くなってしまったり、新たな発見があった部分も多いと思われます。ぜひ最新の内容でのこういうまとめを読みたいですね。

事実がわかると、そこに物語を見出したくなります。
何故我々はアフリカを出て世界中を旅したのか、そして何故別れて行ったのか。そこにどんなドラマがあったのか。事実を知り、そこにある人間模様や物語を感じることが出来たときに、この本の序文が生きてきます。

自分がどこへ行くかを知るためには
自分が今いるところを知らなければならない。
そのためには、自分がどこから来たかをした無ければならない。
        フィリピンに残るオセアニアの古いことわざ
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「生物と無生物のあいだ」福岡伸一著

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書 1891)
生物と無生物のあいだ (講談社現代新書 1891)

これまで多くの科学者達が、科学者として生命とは何かという問いを追究してきた。その生命とは何か、という根源的な問いの答えへと至る過程を、まずは先人たち、特に表舞台で賞賛された訳ではない三人の科学者(アンサング・ヒーローズ=縁の下の力持ち)にスポットを当て、その研究成果から続く著者の試行錯誤の過程を生き生きと、スリリングに描いた読み物的科学書。読者をぐいぐいと引き込んで離さない。

「生命とは何か」それは自己複製を行うシステムである。科学が科学である特性の一つにあらゆるものを機械的に見るというものがあります。生命体を一個の機械と考えると、生命体は分解できる。生命を構成する最小の要素を探求する過程が科学の歴史だったといっていいのではないでしょうか。その生命を機械としてみるという前提があったから、遺伝子が発見されたのでしょう。

では、生命体を構成する遺伝子の情報を構成するパーツに欠けがあったらその自己複製システムは作用せず、異常な生命体になるのではないか。
しかしそのような遺伝子ノックアウトは失敗に終わる。
遺伝子の情報が欠けていたら、その部分をバックアップしようとする働きが生命体にはある。その動的平衡をもたらそうとする動きこそ、生物が生命を持っているという証しに他ならない。


秩序は守られるために絶え間なく壊されなければならない。

この言葉に真理の一つがあるように思う。生命体ならずとも様々な局面でこの表現は当てはまるように思える雰囲気のある言葉だと思います。
生命体は常に平衡状態を動的に保っている。それは欠損があってもなんらかバックアップして平衡であり続けるのだけど、その構成要素は常に一旦壊されて、新しいパーツによって再構成され続けている。

我々は分子のレベルで、髪、皮膚、骨、爪、内臓、手、足などありとあらゆるものが一旦分解され新しいパーツによって再構成され続けている。

これは常識なのかもしれないけど、衝撃の事実でもあります。
過去の自分と今の自分はもう分子のレベルで自分ではない。
時間軸の上を不可逆的に一方向に向かって常に変わり続けながら動的に平衡し続け、バックアップが出来ないほどにパーツが欠けたとき、死に至る。

この事実へと至る過程の面白さがこの本の魅力なのだけど、もう一つ、この本が面白いのは科学の無力さを描いている点にあります。

生命は動的平衡するということは、生命を機械的に扱うことの不可能性の証明でもある。

科学的な、つまり万物を機械として考え、遺伝子という最小のパーツまで分解した結果、生命を分解しパーツを切り貼りすることが出来ないことがわかったのだ。機械的に扱えないとしても、科学的アプローチは勿論有効なのだけど。

そういう多くの科学者たちが科学的アプローチで探求した結果、科学が無力であるという結末に至る過程の潔さと、著者も含めた科学者たちの人間ドラマがこの本の魅力。

読んでいてこれほどドキドキワクワクと胸躍ったのは本当に久しぶりでした。
生命のダイナミズムがここにあります。
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ゲノム解読の米科学者、合成染色体に成功か 人工生命体の創造に大きな一歩

ゲノム解読の米科学者、合成染色体に成功か 人工生命体の創造に大きな一歩 国際ニュース : AFPBB News

【10月7日 AFP】英ガーディアン(Guardian)紙は6日、ヒトゲノム解読の先駆者である米国のクレイグ・ベンター(Craig Venter)博士が、化学物質から人工合成染色体を作ることに成功したと報じた。



 しかし、現在のところベンター博士側はこの報道を否定している。広報担当者のHeather Kowalskiさんは、「あまり先走られても困る。人工生命の分野で、一部で報道されているような成果はあげていないし、成功した際には科学出版物に発表する。その段階までにはまだ数か月はかかるだろう」と述べた。



 一方、ベンター博士はガーディアン紙の取材に対して、数週間以内、早ければ8日にも発表を行うと答えている。



 同博士は、「(この成功は)人類史における非常に重要な哲学的一歩となった」としたうえで、「われわれは遺伝子情報を解読する段階から、書き換える段階に移りつつある。今まで考えもしなかったことができる可能性がある」と語っており、自身の研究が地球温暖化を防ぐ新たなエネルギー源の開発に活用されることを期待している。



 ベンター博士率いる研究チームが合成したとされる染色体はMycoplasma laboratoriumと名付けられ、一連の研究の最終段階では、それを生きている細胞に移植し、「遺伝情報を制御することによって」新しい生命体を生み出すことを目指している。



 カナダの生命倫理団体、ETC GroupのPat Mooney代表は、ベンター博士が「ほぼ何でも創り出せる可能性を持った基盤を生みだそうとしている」と指摘したうえで、「新薬の開発など人類に貢献することも考えられるし、生物兵器のような人類に対する脅威となる可能性もある」と懸念を示している。(c)AFP




どういうことなのかイマイチこの記事ではわからないけど、生物を一から作り出せるようになる、あるいは既存の生物を違う生物にしてしまえるその第一歩、というような感じなのでしょうか。



生物と無生物のあいだ (講談社現代新書 1891)

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書 1891)

福岡 伸一


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白山神社

白山神社白山神社

天暦2年(948年)、加賀の白山神社から勧請を受けて、武蔵国豊島郡本郷元町(現在の本郷1丁目)に創建された。元和年間(1615年〜1624年)に将軍徳川秀忠の命で現 小石川植物園内に移りましたが、1655年、その地に徳川綱吉の屋敷(白山御殿)が作られることになったため、現在の場所に移転したとのことです。

祭神は「菊理姫命(くくりひめのかみ)」「伊弉諾命(いざなぎのみこと)」「伊弉冉命(いざなみのみこと)」で、菊理姫命(くくりひめのかみ)が伊弉諾命(いざなぎのみこと)と伊弉冉命(いざなみのみこと)の間を取り持ったという神話から縁結びの神として三柱一緒に祀られていることが多い。
白山神社は全国に2700社あり、石川県白山市の白山比弯声劼総本社。
明治時代には准勅祭社として、東京十社の一つに数えられています。

6月の見ごろには紫陽花(アジサイ)が評判。

ということで、敷地のかなりの部分が駐車場になってしまっているのがとても残念ですが、大きな鳥居と立派な本殿がいい雰囲気をかもし出しています。

白山神社

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「コーリング」赤坂真理著

コーリング
コーリング

自傷行為が止められない女性の物語である表題作他、「最大幅七ミリ」「起爆者」「フィギュアズ」「水の膚」「雨」収録の短編集。

「コーリング」は自分を傷つける人の心理が、まるでメスの様にスーーーッと音も立てず、しかし確実に読んでいる僕の心を切りつけてくるような感覚になる。

生きている実感が欲しいから自分を切りつけるのだそうだ。
「行為はサドで知覚はマゾ」、「行為と知覚が離れて他人を虐める」のだという。そういう自己が何なのか、自己が皮につつまれただけの存在だから、皮の内側で乖離が起きているという側面は、はっきり明確に感じたことは無いのだけど、漠然と自分ではない何かという感覚を味わったことがある人ならなんとなくわかるのではないか。その漠然とした感覚を、自傷行為をする女性の姿を描くことで、読者に対して切りつけてくるような作品になっている。

正直あまり向かい合いたくないんですよね。こういう問題。自分の中にある明確な他者のようなものは敢えて明確にしたくない。漠然とした形でそれを含めて自己だということでリンクさせたい。自己の範囲が、身体と心で乖離したことで生じる衝動が自傷行為なのかな、と読み終わって思った。

このコーリングと四作目の「フィギュアズ」が出色の出来。
「フィギュアズ」は解離性人格障害、いわゆる多重人格の女性の物語。これもおそらくそうなのだ。自己の中にある把握できない自己。それが明確に他者として出現してくるという現象。多重人格の治療は一つの新たな人格を作り出して、それに収縮させていくか、あるいは複数ある人格の一つに収縮させていく、というような話を以前TVか何かで見たように思う。
自己の中を明確に分けてしまう悲劇が多重人格を生み出すのかなぁとふと思ったりしつつ読んだ。
多重人格の女性と、手術への恐怖を持ってしまった元外科医の歯科医との交流。
傷ついた身体を私の身体だと実感できると、前に進めると思うんだ。多分。

他、「水の膚」もそのグロテスクで不快な描写ゆえに印象的だった。

赤坂真理の作品は医者と患者としての関係性が多く描かれているように思うのだけど、そこには何か強い思いを持っているのだろうか。

そのダイレクトさ故に劇物的な短編集だと思います。

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受身型の決断スタイルを進化させる方法を考え中

一人で何かすることを決断するときはいいのだけど、他者が関係することを決めるとき、仕事上の殆どのことや、プライベートで誰かと何かをするときは、必ず当事者の意志を確認した上でないと決断することが出来ません。それも、当事者の意志を聞いたら基本的にそれに従う方向です。
僕にとって決断することは当事者の意志や意見を聞いてそれに従えるかどうかを決めることとニアリーイコールかなぁと思う。
何か定見を持っているという訳ではないので、どうしても他者の意見に流される方を選ぶんですよね。

ただ、その他者の意見に対する客観的な意見とか、提案とかを考えることは出来るのでただただ流されるだけな訳ではないのだろうけども、基本的に受身型の思考と性格なのかなぁと思う。

逆に、自分が一度決めたことに対して、他者の意見を聞いて自分の決断したことを修正したり変更したりすることがとてもストレスで労力を使います。
時にはパニックになりその気持ちを落ち着かせるために時間を掛けて思考を整理しないといけなくなることもあります。
多分相当に頑固な思考回路なんだなぁ。
だから、自分の意見を容易に修正して他者の意見を取り入れつつ調整していける人は別世界の人のように思える。

・どんな時でも相手の意見を引き出せるようなコミュニケーション
・あらかじめ相手の意見を先取り出来る様な前準備
を心掛けてみると上手くその決断に関する受身スタイルを進化させることが出来るのではないだろうか、と思う。

決断力 (角川oneテーマ21)
決断力 (角川oneテーマ21)
羽生 善治
思考・心理 | trackbacks(0) | ブログランキング・にほんブログ村へ ブックマークに追加する あとで読むこのエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーを含むはてなブックマーク

「りかさん」梨木香歩著

りかさん (新潮文庫)
りかさん (新潮文庫)
梨木 香歩

同著者の「からくりからくさ」の過去にあたるエピソード。
リカちゃん人形が欲しいとねだったようこにおばあちゃんから贈られたのは"りかさん"という名の市松人形だった。落胆するようこだったが、りかさんには特別な力があり、古い他の人形たちと人間との橋渡しをしてくれて、その人形たちの想いや、関わった人々の人生に触れてようこは少し成長していくというお話。

日本が強く持つ文化の一つに擬人化というものがあると思う。自然科学と合理主義が興隆していく中で西欧世界では否定されていったものの見方の一つだけど、(もちろんファンタジーとしては残っているけども)日本では山川草木ありとあらゆる自然には魂があると考えられていて、それゆえに人形にも魂があるというのはかつて当然のこととしてあり、今でも比較的抵抗が無く受け入れることが出来るのではないだろうか。もちろん真面目に信じている人は少ないけれど、日本文化の下地として、擬人化が受け入れやすいと思う。

さて、りかさんだけど、そういう日本の文化的下地があるのでりかさんが言葉を話していても、凛とした振る舞いでいても違和感無く物語世界に入っていけて、他の人形たちと心通わせるのも自然な流れであるし、自然なことです。
人形には心があり、人にも心があるのだからその間にも関係性が生まれる。男雛は冠が無いことで人形間での地位が軽んじられて辛い目にあっていたり、西洋人形のアビゲイルが悲劇的な運命を辿るのも人間との関係によってであるように描かれています。

人形を人形らしく尊重してあげることでそれは解決していくのだけど、ここに描かれているのは他者を尊重して、関係性を築いていくことであり、他者に敬意を持つことです。その他者とは人間に限らなくて、人形も心があるという前提で尊重してあげて、敬意を持って接してあげる生き方があると思えます。
そういう人間に限らずあらゆるものを尊重して接する生き方というのは日本的美徳だよなぁと思わされますね。

人形との経験ののち、ようこはおばあちゃんの指導で植物染めを始める。
染物はその植物の「素性を話してもらう」作業だ。

P202-203
科学染料の場合は単純にその色素だけを狙って作るんだけど、植物のときは媒染をかけてようやく色を出すだろう。頼んで素性を話してもらうように。そうすると、どうしても、アクが出るんだ。自分を出そうとするとアクが出る、それは仕方がないんだと。だから植物染料はどんな色でも少し悲しげだ。少し灰色が入っているんだ。一つのものを他から見極めようとすると、どうしてもそこで差別ということが起きる。この差別にも澄んだものと濁りのあるものがあって(中略)澄んだ差別をして、ものごとに区別をつけて行かなくてはならないよ(中略)まず、自分の濁りを押しつけない。それからどんな『差』や違いでも、なんて、かわいい、ってまず思うのさ


P204
頭でなく言葉でなく、納得していく感じは、そういう『悲しいもの』が『昇華に至る道筋』をつけるんだよ。


染物は植物のアクを聞き、美しい色へと昇華させる道筋をつけることだ。
人にはそれぞれ物語があり、物語を語るとどうしてもアクが出る。アクという悲しい物語に昇華へと至る道筋をつけることが美しい色を出すことだ。
そういう意味がやっとわかってきている今日この頃なので心に染みたお話でした。

また併録の「みけるの庭」は「からくりからくさ」の後日譚で、か「からくりからくさ」の最後で生まれたマーガレットの子ミケルと蓉子、蓉子、与希子の三人との物語。
赤ん坊が世界と関係を持とうとする第一歩とそれを取り巻く人々にとっての生命との向き合い方が描かれています。
生命と向き合うことは自分が伝えたい物語を伝えることかもしれない。そして、世界とのかかわりを知ることが自我の芽生えだろうなぁ。
ミケルが庭に降り立ち、蔓につかまり、そして外へと出て行くという心象世界は勿論リアルでは無いのかもしれないけれど、象徴としてとても印象的でした。
「りかさん」「からくりからくさ」と来てここで新しい物語が始まったという、まさに生命が循環するストーリーになっていて、敢えてこのお話を後日譚として書いた意図が見えてきて、じわっと響いてきました。

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求人の年齢制限を禁止…改正雇用対策法、10月1日に施行 : 経済ニュース : 経済・マネー : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

求人の年齢制限を禁止…改正雇用対策法、10月1日に施行 : 経済ニュース : 経済・マネー : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

企業が労働者を募集・採用する際に年齢制限を設けることを原則禁止する改正雇用対策法が10月1日に施行される。



 ハローワークでの求人だけでなく、民間の職業紹介や求人広告でも、「年齢の壁」が取り除かれる。中高年や30歳を超えた年長フリーターなどの就職機会を広げる狙いだ。



(中略)



 しかし、実際には、企業が書類選考や面接の段階で年齢を理由に不採用とする事例も多く、10月1日以降もこうした「暗黙の年齢制限」が残る可能性がある。




いくら年齢で選ばないと言っても、その企業内のコミュニティにその年齢層の人がマッチするかどうかという問題があるからなぁ。

企業の年齢層にマッチしない層であっても入社させるだけのキャパを持った企業がどれだけあるか、意識的に企業文化にそういう幅広さを養う目的で採用を行えるかがミソかな。



企業文化―生き残りの指針

企業文化―生き残りの指針

エド・H. シャイン, Edgar H. Schein, 金井 寿宏, 片山 佳代子, 尾川 丈一
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これから調べたい14のこと

■スギ林について
最近読んだ二冊「鎮守の森」「人はなぜ天気に左右されるのか」の両方に、花粉症の原因としてスギ林があり、このスギ林は第二次大戦後政府の政策によって植林が進められたが輸入木材によって放置された。そのスギ花粉が大量生産の時期に入っていることが原因だという趣旨の記述があった。
どうやら政府の政策の失敗が花粉症の原因の一つっぽいのだけど、このあたり調べたい。
ちょっと前、石原都知事がスギ林対策の話していたようなしてないような記憶あるな。

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■地球温暖化、特にCO2の排出について
CO2の排出に関する日本の状況とか、あとCO2だけじゃなく、メタンや水蒸気など温室効果ガスについて知りたい。その対策も。

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■生気象学
気候と人間の体の関係。何故人は冬になるとうつ病になったり、秋は寂しくなったり、篤くなると攻撃的になったりするのか。何故人が死ぬ時期はひとところに固まるのか。
以前から思っていたのだけど、人が亡くなる時って季節の変わり目のある一定の日前後に固まるんですよね。前職で人事系なことしていたので痛感していたのだけど、従業員のご家族が亡くなるのって一斉に示し合わせたように同じ時期だと思う。

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■東京の植林、緑化の状況について
公園など緑地面積はすごいと思うのだけど、さらに増やして欲しいなぁと思っている。そういう取り組み状況知りたい。

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■暗渠化された川について
東京は都市化の過程で様々な自然の川を埋め立てたり、暗渠にして下水道として再利用したり、あと池も埋められて公園になったりしているわけですが、その現状、過程とこれからについて調べたい。
都民なら誰でもしってる等々力渓谷ですが、源流がどこか知っていますか?とある団地の間の小さな小さな、ブランコが一つだけポツンとあるだけの公園の地下だということを。

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■東京の移り変わり
例えば路地の一つ、道路の一つとっても歴史があって、例えば246はかつては大山道(矢倉沢往還)と呼ばれ街道の一つだったり、渋谷はその名の通りいくつもの川が集まる谷だったりしているわけだけど、そういう東京の移り変わりに興味がある。結構ライフワークに近いところあるなぁ。

■神社の信仰対象について
神社はご神体が森だったり山だったりと基本アニミズムだと思っているのだけどその信仰体系について調べたい。
いや、最近神社を見て歩いていて、鎮守の森が無いなんて本末転倒じゃないの?と思うので、実際本末転倒なのか。

■日本文化と自然科学の関係
科学ってそもそも、キリスト教的だと思うのですが、今科学は本当に普遍的なのか。日本に輸入されて今に至る間で矛盾や二重構造になっているのではないか、というあたり知りたい。
多分、擬人化文化に擬人化否定・客観化主義というのはマッチしていなくて、何かその齟齬が大きな格差になっているんじゃないか、と漠然と思っているのだけど。

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■自己と他者の関係性
アイデンティティというか、自己と他者との関係性についてもっと深く突っ込んでいってみたい。僕の持っている性質として変化に対して不変を求めるというか、様々なことに執着してしまう傾向があって、それはなんとかしたいなぁと思っているのだけど。その傾向が他者とのコミュニケーションについて問題になっているんだよな。

■スケジューリング
惰性で、好きなことや、やりたいことに流れやすいので、上手くスケジューリングしていきたいのだけど、なかなか上手くいかない。

■人類の起源
数万年前にコーカソイドもモンゴロイドもオーソトラロイドもアフリカから出てきたんだそうだ。その一組の男女の子孫が世界中を旅して、子を産み、文化を作り、旅を続けた。
その過程って余りにもドラマティックで感動的な気がするのだけど、それ、今読んでる
→「人類の足跡10万年全史」
特にその移り変わりと文化はとっても興味あるので詳しく調べたい

■仏教の歴史、というか日本の宗教史
先日も書いたのだけど、日本の宗教史とその宗教の影響を受けて人々の生活がどう変わっていったのか、そしてどのような影響を文化に与えたのか、はとても調べたい。
特に神仏習合から廃仏毀釈まで。

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■世界の神話
神話は多分人々のイマジネーションのプリミティブな発露だと思うのだけど、そのプリミティブな心の動きに興味がある。何故人は物語るのかまでいくよなぁ。この話は。

■意識と無意識
ユング、フロイト、ラカン、まぁ、いわゆる心理分析、精神分析系。
なんか、こうしてみるとあれですな。
ロハス(笑)エコ(笑)スピリチュアル(笑)自分探し(笑)ライフハック(笑)東京(笑)
みたいな、アレな人風味。
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仏教を知りたいのだが

仏教を知りたいのだが
僕も知りたいのでトラバ。

とりあえず、日本仏教史(末木文美士)と、あと松岡正剛の本何冊か読んだのと、記紀神話寄りの本数冊、あと神社仏閣巡りしたあたりの知識程度ですが、
仏教は
・成立からアジア一帯への伝播
・日本への輸入の経緯
・日本古来の神話との神仏習合
・日本仏教の成立(空海とか最澄とか)
・鎌倉新仏教の成立(親鸞とか法然とかそのへん)
・仏教の先鋭化と弾圧(一向一揆とかvs.信長あたり)
・江戸時代の仏教の国家制度化(檀家精度とか)
廃仏毀釈から明治大正第二次大戦終了までの仏教
・現代仏教

あたりで全く違う顔を持っていて、特にインドの仏教と中国の仏教と日本の仏教はそれぞれ全く別物っぽい。その時々の状況を知っておくと、仏教が全体として日本文化に与えた影響がざっくりと分かりそう。で、そこから個々に思想的なところに入っていくといいのかなと思っています。

ということで、それぞれで読むといい本知りたい。

日本宗教史 (岩波新書)
日本宗教史 (岩波新書)
末木 文美士

特に、ざっくりと知るのにこの「日本宗教史」はわかりやすかった。かなりざっくりだけど。

日本の歴史をよみなおす (全) (ちくま学芸文庫)
日本の歴史をよみなおす (全) (ちくま学芸文庫)
網野 善彦

鎌倉新仏教のあたり詳しくよく書いてある。

日本という方法―おもかげ・うつろいの文化 (NHKブックス)
日本という方法―おもかげ・うつろいの文化 (NHKブックス)
松岡 正剛

神仏習合とか仏教文化あたりのことのざっくり概論がわかりやすい。

ここからがっと詳しく突っ込んで知って行きたいなぁと思う今日この頃です。

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一目ぼれに必要なのは0.5秒=米研究

Yahoo!ニュース - ロイター - 一目ぼれに必要なのは0.5秒=米研究

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?b=20070919-00000536-reu-ent

 [ニューヨーク 18日 ロイター] 他人を魅力的に感じたり、仲良くなる可能性があると判断するにはわずか0.5秒しかかからないという新たな研究結果が発表された。

 米フロリダ州立大学の心理学者ジョン・マナー氏の研究チームは、専門誌「Journal of Personality and Social Psychology」で、人々は興味をそそられる顔を見ると0.5秒以内に注意を集中し、仲間かライバルかを判断する傾向があると指摘した。

 研究では、大学生を対象に、非常に魅力的な人と平均的な人の写真を1秒間見た後、視線をほかの物に移すよう求めた。被験者の反応のタイミングを計ったところ、人々がある人物を魅力的かどうか判断するのには0.5秒しかかからないことが分かったという。

 魅力的な顔は、規定の1秒が過ぎた後でも0.5秒長く凝視されることも明らかになった。

 また、独身の人は異性に関心を持つ一方、決まった相手のいる人は、自分のパートナーの不貞を警戒し同姓に注意を向けたという。




どこを見て判断するんだろ。判断基準は個人差や性差あるのかな。

僕は判断基準は雰囲気も含めたその人が持っている質感みたいなので判断するかも。説明が難しいけど。



惚れ薬でもあれば一服盛りましょうか

惚れ薬でもあれば一服盛りましょうか

紗伯 樹




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自己愛性パーソナリティの9つの特徴と自己診断チェックリスト

安倍総理辞任に関して、安倍さんが自己愛性パーソナリティが強い、という記事がyahooに掲載(→なぜ“ポッキリ”折れたのか 安倍首相の「心」を分析)されていましたが、その自己愛性パーソナリティについて、まとめてみました。といっても以下の書籍の該当ページ(P102〜P133)のまとめです。

パーソナリティ障害―いかに接し、どう克服するか (PHP新書)
岡田 尊司
PHP研究所
売り上げランキング: 2036
おすすめ度の平均: 4.5
5 役に立ちました!岡田先生の博識にも脱帽!
1 自己診断の危うさ
5 ”人格は陶冶するもの”そう言い切ったことが素晴らしい
3 分かりやすくは書かれているんだけど…
3 もう少し現場の生の意見がほしかった


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身体と健康 | trackbacks(0) | ブログランキング・にほんブログ村へ ブックマークに追加する あとで読むこのエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーを含むはてなブックマーク

政治ポジションテスト

政治ポジションテスト
Yahooがやっている政治ポジションテストをやってみました。

政治ポジションテストの結果
リベラルな政治を求めるタイプでした。

あなたは個人の自由や権利を尊重しながら古い仕組みを変えていく政治が望ましいという考え方を持っているようです。また、新しい価値観や仕組みを積極的に取り入れようとする姿勢を持っていますが、そのせいで従来の社会が持つ良い面を見落としてしまうこともあるかもしれません。

あれー、質問に従来の社会が持つよい面についての質問なんてあったかな・・・
なーーんか最近もう右とか左とか保守とかリベラルとか区別のつけ方がわけわかんない感じに混沌としているようなので、リベラルと言われてもいまいち実感がないのですが(笑)
リベラル
個人の自由や権利を尊重し、社会や体制の変化を促進していこうとする立場。
保守
共同体の伝統・秩序・習慣を重視し、社会や体制を維持していこうとする立場。

小さな政府 (市場信頼)
規制緩和を推進し、政府が市民生活に与える影響を抑えようという立場。公共事業や福祉の削減による効率的な行政運営を重視する傾向がある。
大きな政府 (政府規制)
規制を強化し、政府が市民生活に積極的に秩序を与えようという立場。政府に権限を集中させ、公共事業や福祉の充実を重視する傾向がある。


ということなのですが、スタンス的には共同体の伝統・秩序・習慣を重視しつつ、個人の自由や権利を尊重し、社会や体制の変えるべきは変え、維持すべきは維持する立場なんだけどなー。あと、大きい、小さいはこういう定義でいいのかしら。
規制緩和し、政府の介入は少なく、しかし公共事業や福祉の充実を重視して、政府が主導的に動いてほしいって思っているんだけど、矛盾するのかな。対立するものではないと思うのだけど。

それぞれの質問に対しての僕の考え
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政治・経済 | trackbacks(0) | ブログランキング・にほんブログ村へ ブックマークに追加する あとで読むこのエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーを含むはてなブックマーク

木にも花にも人形にも動物にも心はあることにしませんか?

近代自然科学が発展した要素の一つに擬人主義に対する否定ということがあると思うのですが、これは必ずしも全てに適用するべきでは無いと思うのですがどうだろうか。

意志は人間のみが持ち、人間以外は意志の無い機械論的構造である。しかも人間に対しても心や意志を奪うことで科学の対象とするという態度は、一方でとても重要で、科学の原動力の一つと言っていい面なのですが、他方、特に日本社会でのモラルや教育の面においては、ちょっと問題があるのでは無いかなぁと思います。

もともと日本は山川草木、森羅万象あらゆるものに魂が宿るという思想でした。
アニミズム的に様々な生き物、植物、物それぞれに魂があり擬人化する文化であったと言っていい。そこには人間と接すのと同様に物や自然にも感謝や礼を持って接する姿勢だったのではないかなぁ。そこには擬人化というのがあって、人形にも、家にも、木にも人間と同様の魂があるという前提で文化が成立していたように思います。

何故自然を大事にしないといけないのか、物を大事にしないといけないのか、それらには自分と同様に魂があるから大事にしましょうという思想だったはずなんですが、物は物、自然は自然、人は人と分離した結果、関係性が曖昧になって切り離されてしまったように思います。
それどころか、人間すらも擬人化の対象外になったことで物的に扱われるようになっているのではないかなぁ。

そういう訳で、非科学的、エセ科学的、あるいはシュウキョウじみているかもしれませんが、物には魂がある、というスタンスで生活するというのがいいのではないかなぁと漠然と考えています。
しかし、科学的思考というのも我々に膾炙しているので、昔のような、無邪気に非科学的なものを疑問を持たず信じることが出来ません。

科学的思考、つまり意志や心の存在を分離させつつ、科学的視点では意志や心が無い物や自然に対して、心ある存在と同様の関係性を構築できるか、が今考えないといけないことなんじゃないかなぁと思う今日この頃です。
じゃー、どうするべ。ってところがこれからの課題。

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授業のために手りゅう弾を、全校児童避難の騒ぎ

授業のために手りゅう弾を、全校児童避難の騒ぎ 国際ニュース : AFPBB News

【9月16日 AFP】フランス北部の小学校で15日、9歳の少女が第二次世界大戦時の手りゅう弾を教室に持ち込み、児童が学校から避難する騒ぎが起きた。警察当局が伝えた。



 警察によると、教師が授業の中でこの児童に何か珍しい物を持ってくるようにと伝えたところ、この児童が手りゅう弾を持ってきてしまったという。



 教師は、少女が持ち込んだ手りゅう弾を「即座に発見し、プラスチック製のカバンに入れ中庭に置き、校長に連絡した」とのこと。その後全校児童191人が避難し、警察や消防隊が駆けつけた。



 また警察は、最終的に手りゅう弾の安全ピンを外しても爆発は起きなかったと伝えている。(c)AFP




確かに珍しいけど、この子はどこから入手したんだろう・・・

家の倉庫にでも転がっていたとかありうるなー。



メッケもん!―掘り出し珍品図鑑

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桂 文我
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ネアンデルタール人の寒冷期絶滅説、新手法の年代測定で否定 国際ニュース : AFPBB News

ネアンデルタール人の寒冷期絶滅説、新手法の年代測定で否定 国際ニュース : AFPBB News



「大規模な気候変動がネアンデルタール人絶滅の原因になったという説は排除できる」との結論を導き出せるという。ただ、極寒期が長期的に続いたことで数が徐々に減少した可能性も否定できない。その一方で、ネアンデルタール人はそれ以前の氷河期に耐えてきた、たくましい種である点も見過ごせないのだという。



■人類の中にネアンデルタール人の遺伝子が?



 では、気候変動でなければ何が絶滅の原因となったのだろうか。



 残る学説は2つある。1つは、ネアンデルタール人が現生人類に滅ぼされたとする説。現生人類は石器を使い、食糧や居住地を奪うだけの知恵も持っていた。



 もう1つは、ネアンデルタール人と現生人類の血が交わったとする説。もしこの説が正しければ、ネアンデルタール人の直系の血筋は途絶えても、その遺伝子はヒトゲノムに記録されてわれわれ人類の中に生き続けているのかもしれない。




人類とネアンデルタール人は交配出来たのだろうか。

もし出来たのだとすると感覚的には最後が一番有力だし、信じたいと思うのだけど、ただ人類が完膚なきまでに絶滅させたという説も有力なのかなぁ。最後の一人になるまで殺し尽くすことが、当時出来たのか。



5万年前―このとき人類の壮大な旅が始まった

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ニコラス・ウェイド, 安田 喜憲, 沼尻 由起子
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谷中霊園と天王寺

谷中霊園はその名の通り東京都台東区谷中にある都立の墓地です。
およそ7000基以上の墓石があり、とても広大なスペースです。

谷中霊園
谷中霊園の桜並木。通称さくら通りです。桜の季節には一斉に桜色に染まって綺麗だろうなぁ。
谷中霊園 - Wikipediaによると

かつては、天王寺の寺域の一部であり、中央園路は天王寺の参道であった。通りの半ばには、幸田露伴の小説『五重塔』のモデルとなった五重塔跡がある。これは、1908年に天王寺より寄贈されたものであった。この五重塔は、1957年に谷中五重塔放火心中事件で焼失するが、東京都が史跡に指定した。五重塔跡付近には、駐在所と児童公園がある。谷中霊園は、桜の名所としても親しまれている。中央園路は通称「さくら通り」ともよばれ園路を覆う桜の枝に花が咲くと、まるで桜のトンネルのようになる。


ということで、その五重塔がこちら。
天王寺五重塔跡
消失後土台だけが残り周辺は小さな広場になっていました。
五重塔跡横の看板から歴史を引用すると、

最初の五重塔は、寛永二一年(正保元年・一六四四)に建立されたが、百三十年ほど後の明和九年(安永元年・一七七二)目黒行人坂の大火で消失した。
罹災から十九年後の寛政三年(一七九一)に近江国(滋賀県)高島郡の棟梁八田清兵衛ら四八人によって再建された五重塔は、幸田露伴の小説『五重塔』のモデルとしても知られている。総欅造りで高さ十一丈二尺八寸(三四・一八メートル)は、関東で一番高い塔であった。明治四一年(一九〇八)六月東京市に寄贈され、震災・戦災にも遭遇せず、谷中のランドマークになっていたが、昭和三二年七月九日放火により消失した・・・


五重塔 (岩波文庫)
五重塔 (岩波文庫)
幸田 露伴


そして、その昭和三二年の消失事件についてはwikipediaから。